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群衆~未踏の時代~日本SF精神史

2010年03月06日 | SF
「日本SF精神史」の明治時代パートは横田順彌の「日本SFこてん古典」のほぼ焼き直し、と言ってもいい。著者と横田順彌は師弟関係らしいので、ひき写しというよりリライトと言ったほうがいいかもしれない。個人的には大正以降から現代までの流れ、とくに戦後のいきさつが興味深い。



いっぽう福島正実の「未踏の時代」は、文字通りに「SFを開拓していった」初代SFマガジン編集長の苦闘の記録。SFマガジン連載中に著者が急逝したために未完となっているが、そのまま書かれていったのなら「匿名座談会のいきさつ」も書かれるはずだったに違いない。解説の高橋良平は福島寄りの視点で書いているが、「日本SF精神史」での長山靖生は批判された作家たちの(小松左京、星新一など)側に立っており、福島正実がなにをしたかったのか、またそれはどんな影響を与えたのか、裏表の立場から読むことができる。
福島側の言い分としては「批判も含めての創作活動」ということだが、作家側は匿名座談会をきっかけとして福島専制体制からの離脱を宣言したという結果となった。
これ以降、ハヤカワSFマガジンに批判された作家が寄稿したのかどうか知らないのだが、
福島正実がこれほど強権的な編集者でなかったならば、日本SFはもう少し幸福な展開をしていたかもしれない。



「日本SF精神史」の中で、「日本SFこてん古典」にない部分は大正時代以降のパートだが、そうなると視野に大きく入ってくるのは「新青年」の作家たちだ。江戸川乱歩をはじめ、夢野久作、小栗虫太郎など、ミステリでもおなじみの顔ぶれが「SF作家」としてあげられている。夢野久作の「ドグラ・マグラ」は円環的構造を持ち近代合理主義を拒否している、と評されている。「群衆 - 機械のなかの難民」で「ドグラ・マグラ」がどう読まれているかと見ると、現実の事件をネタにして探偵と犯人、医者と患者、正気と狂気が逆転する脱近代小説と書かれている。たしかにそうなのだろうけど、ルポライターとして活躍していたことも考え合わせると、ただ幻想小説としてだけ読ませようとしたのか。主人公の名前「呉」を、当時実在した医師の名から引用したことを解明したのなら、もう少しほかの部分も掘り下げて調べてほしかった。しかし、「ドグラ・マグラ」解説ではないのだから、しかたのないところか。


■群衆 - 機械のなかの難民 松山巌著 中公文庫
■未踏の時代 日本SFを築いた男の回想録 福島正実著 ハヤカワ文庫
■日本SF精神史 幕末・明治から戦後まで 長山靖生著 河出ブックス
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