Activated Sludge ブログ ~日々読学~

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●常軌を逸した〝法治〟国家、そして、マスコミの始末の悪さ

2012年05月18日 00時00分25秒 | Weblog


gendai.netの記事3つ(http://gendai.net/articles/view/syakai/136519http://gendai.net/articles/view/syakai/136494http://gendai.net/articles/view/syakai/136532)。

 小出裕章さんがしばしば嘆いておられた、「日本は法治国家ではないのか?」と。(大人同様に子供も一律ということでは、そもそも拙かったとはいえ)年間1ミリシーベルトを平気で破る国である。他の件は知りません、でも、本件小沢裁判も同様である。冤罪事件が多発することも、そう。本来、検察や警察を監視すべきマスコミがそれに輪をかけて、「犯罪者」に対する市民の感情を煽り立てるのだから、始末が悪い。
 偉そうな東京〝ト〟知事の偉そうな息子の方を騒いでみてはどうか? 小沢氏どころか、水谷建設裏金問題事件は自民党議員が関係しているのじゃないのか? なぜ騒がないのか? なぜ検察審査会や検察は犯罪者を野放しにしているのか?

   『●続報=水谷建設裏金問題、小沢一郎氏でなく自民党議員だった!?
   『●水谷建設裏金問題、小沢一郎氏でなく自民党議員だった!?

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http://gendai.net/articles/view/syakai/136519

この国はすでに法治国家ではない
2012年5月11日 掲載

「国民目線」という奇怪な基準

<それで裁判をやられたらたまらないし、法学部はいらない>

 この国は本当に「法治国家」なのか。日本はもう一度、司法制度を一から考え直したほうがいい。1審無罪となった小沢一郎を、指定弁護士が「控訴」した一件は、どう考えてもムチャクチャだ。「法」と「証拠」を最重視する欧米先進国だったら、絶対にあり得ない。


<「検審」「指定弁護士」「裁判員裁判」は全部リンチ、人民裁判だ>

 そもそも小沢事件は、東京地検特捜部が全国から応援検事をかき集めて捜査したにもかかわらず結局、起訴できず、2度も不起訴にした案件だ。それも起訴猶予じゃない。嫌疑不十分だから「証拠ゼロ」ということだ。
 欧米各国なら、この時点で事件は終わっている。ところが、民間人11人で構成する「検察審査会」が、感情に任せて、シロウト判断で「強制起訴」してしまった。結果は案の定「無罪」。つまり、小沢は2度の不起訴(=無罪)を含め、3度目も「無罪」になっている。証拠がないのだから、当たり前だ。
 ところが、指定弁護士は、判決を覆す自信は「5割を超える程度」(大室俊三弁護士)しかないのに、また小沢一郎を刑事被告人にしてしまった。大新聞やテレビは、例によって「市民感覚踏まえた判断」などと、指定弁護士が「控訴」したことを絶賛しているが、これほど恐ろしいことはない
 刑事裁判は、人ひとりを「罪人」にしかねない。法律のプロが「法」と「証拠」に基づいて裁くのが当然だろう。なのに、「国民目線だ」「市民感覚だ」と、法律のホの字も知らないド素人が裁くなんて、これでは中世の「魔女狩り」「人民裁判」と変わらない。大マスコミが絶賛するような「市民感覚」だけで起訴し、裁判を行うなら、大学の法学部なんて必要ないではないか。

   「新聞テレビは、さも〈国民目線の裁判〉が良いことのように
    報じていますが、勘違いもいいところです。たとえば
    〈裁判員裁判制度〉です。導入前から『素人に量刑判断は
    難しい』と指摘されていましたが、予想通り、1審の無罪判決が
    高裁でひっくり返される逆転判決が続出しています。
    検察審も、本当は検察を監視するのが役割なのに、
    検察の手先として利用されている。やはりシロウトが
    判断するのはムリがありますよ」(司法関係者)

 おかしいのは、レッキとした法律家なのに、指定弁護士3人が小沢一郎を平然と「控訴」したことだ。弁護士の3人は、本来、被告の人権を守るのが役割のはず。小沢弁護団の弘中惇一郎弁護士が「指定弁護士だから、弁護士の感覚はあるかと期待したが、ガッカリしている」と感想を漏らしたのも当然だ。
 弁護士会では以前から「検察官の上訴禁止」を求める声が強かったからなおさらである。日本の刑事裁判では、1審で無罪が出ても、検察官が控訴し、控訴審で逆転有罪になるケースが多い。これが「冤罪事件」を生む温床ともいわれてきた。
 アメリカでは、刑事裁判という「危険」に1度さらされた人を同じ事件で再び刑事手続きに服させない――という「二重の危険の禁止」という考え方で、検察官上訴は禁止されている。
 元最高検アドバイザーで、検察審制度に詳しい山下幸夫弁護士(東京弁護士会)はこう言う。

   「今回の控訴は、1審判決が指定弁護士に配慮した内容だったため、
    『それなら別の裁判官なら違う結論になるのではないか』と
    判断したのではないかと思います。つまり配慮がアダになった
    わけです。私は検察官上訴を禁止することから始めなければ、
    今回のような問題は解決しないと思います」

「証拠」もないのに被告人とされ、「無罪」となっても、また裁判にかけられる。この国は法治国家でも何でもない
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http://gendai.net/articles/view/syakai/136494

小沢控訴はそもそも裁判が成り立つのか
2012年5月10日 掲載

 もうウンザリだ。これ以上、不毛な裁判を続けて誰が得をするのか。少なくとも国民にメリットは何もない。未曽有の国難の中、政治の混乱が再び繰り返されるだけだ。
 マトモな国民なら誰もが驚き、アキレたのが、9日の指定弁護士の“決断″だ。民主党の小沢一郎元代表(69)への1審無罪判決を不服として控訴した。
 何度でも言うが、この裁判は不当だ。中世の魔女狩りにも等しい暗黒裁判である。
 1審の公判過程では小沢の犯罪を裏付ける証拠はことごとく失われた。検察審査会が「強制起訴」する最大の根拠となった「捜査報告書」も特捜検事が捏造したものだった。指定弁護士が裁判を続ける道理はもはや存在しない。百歩譲って無罪判決を引っくり返すだけの新証拠や証人をつかんだのなら、控訴する意味もあるだろう。しかし、新証拠はゼロ。控訴しても、また「無罪」になるのは目に見えている。
 会見で判決を覆す自信を聞かれると、指定弁護士の3人は「100%とは言えない」(村本道夫弁護士=57)、「5割を超える確度」(大室俊三弁護士=62)、「弁護士として恥ずかしくない程度には判決を破棄する可能性はあるだろう」(山本健一弁護士=48)とか言うのである。
 この程度の覚悟で、引き続き小沢は刑事被告人として裁判に縛られ、政治活動を制限されてしまったのだ。控訴しても公判維持すら疑わしい。それが司法のプロの見立てである。

   「そもそも、この裁判は小沢氏を罪に問える証拠が乏しい。
    十分な証拠があれば検察が2度も不起訴にしていません
    ただ、1審判決では予想以上に指定弁護士の主張が認められた。
    控訴審で裁判官が代われば、もう少し踏み込んだ評価を
    してくれるのではないか。それだけを期待し、指定弁護士は
    勝負をかけたに過ぎません」(元東京地検検事の落合洋司弁護士)

 最高裁は今年2月、1審の無罪判決について「明らかに不合理でなければ尊重すべきだ」と初判断を示したよほどのことがない限り、控訴は慎重に考えよ、ということだ。それでも指定弁護士は控訴したのだから、常軌を逸している
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http://gendai.net/articles/view/syakai/136532

ゼネコン西松と小沢は共謀したのか
2012年5月12日 掲載

なぜそれほど重大なのか、小沢裁判

 無罪判決を受けて、党員資格を回復した小沢一郎元代表に対し、大マスコミや野党のイチャモンが続いている。指定弁護士が控訴したことで、まだ振り上げたコブシを下ろさないのだ。自民党の石原伸晃幹事長なんて、「国民の大多数の疑念に応えるべく下された判断だ」などと控訴を“評価”していたが、そもそも、小沢裁判のどこが“疑念”なのか。
 「収支報告の虚偽記載の共謀」とか言うが、実態は、単なる帳簿の「期ズレ」でしかない。虚偽どころか、ミスともいえないようなチンケな問題である。小沢裁判に証人として出廷した会計の専門家、弥永真生・筑波大教授(商事法)は、「会計学上は陸山会の土地購入に関する会計処理は許容範囲」と断言していた。しかも、小沢は会計責任者ではない。期ズレの背景に犯罪があって、それが立証されたわけでもない。どう考えても、ムリ筋なのだ。
 加えて、収支報告書の会計基準は「主婦の家計簿レベルに近い」(弥永教授)といわれるほど、大まかなものだ。だからこれまで多くの国会議員は、たとえ間違いがあっても収支報告書を訂正すれば、おとがめナシで済んできた。しょせん、その程度の問題なのだ。

   「収支報告書を一から全部見ている政治家なんて永田町には
    ほぼゼロです。ふつうは秘書にまかせて、入りと出が
    一致しているのを確認するだけ。間違いを指摘されれば、
    訂正すればいい。同じようなケースは年間数百件もあります。
    つまり、微罪にもならないちっぽけな問題なのです」(国会議員秘書)

 だから、当然の結果として小沢は無罪判決となった。疑念を抱かれるいわれも、証人喚問を求められる筋合いもないのである。


<自民党議員の方が疑惑ゾロゾロ>

 大体、喚問を求めている石原伸晃だって、6万8000円の講演会の会場使用料を68万円と記載し、5年後にやっと報告書の訂正をした過去がある。「週刊ポスト」(5月18日号)は、伸晃がかつて、日歯連から巨額の迂回献金を受け取った重大疑惑があるとして、こう書いている。

   〈手法は、日歯連がいったん自民党の資金団体『国民政治協会』
    に献金。その後、党本部から石原氏(党支部)への交付金として
    00~02年で総額4000万円が環流したというものだ〉

 こっちの方こそ問題視すべきなのに、なぜ小沢だけが記載漏れで捜査され、いつまでも不毛な裁判に付き合わされ、控訴だから灰色だとか言われるのか。そこには何の正義もない
 小沢捜査の入り口となった西松事件にしても同様だ。ゼネコンの西松から政治献金を受け取っていた政治家は18人。うち15人は、二階俊博森喜朗、尾身幸次といった自民党議員だ。それなのに、小沢だけがゼネコンとの癒着や共謀を疑われ、大マスコミは“天の声を出していた”と大騒ぎ。しかし、特捜検事が束になって捜査しても、怪しい話など何も出てこなかった。秘書の逮捕だって、あまりにも理不尽な話だ。小沢が裏金をもらっていたならまだしも、寄付を明らかにし、収支報告書にきちんと載せた政治団体について、「怪しい」「ダミーだ」とイチャモンをつけて、秘書を捕まえたのである検察批判が湧き起こらなければウソなのだ。
 政治評論家の本澤二郎氏が言う。

   「社民党の福島党首が、『日本では無罪判決が極めて少ない。
    1審の貴重な無罪判決は尊重されるべきだった』と控訴を
    批判していましたが、その通りです。これまで検察が
    仕掛けた事件で有罪にできなかったケースはほとんどない。
    同じ捜査をやられれば、自民党はもちろん、すべての国会議員が
    有罪になるでしょう。それでも小沢氏は無罪だった。つまり、
    完全な“シロ”といえる。それなのに、いまだに
    刑事被告人扱いです。こんな人権侵害は許されません」

 控訴審でも小沢の無罪は確実だが、そのとき、この国の司法と大マスコミはどう責任を取るのか
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●小皇帝知事と連携を模索する政治家のセンスを疑う

2012年02月13日 00時00分45秒 | Weblog


zakzak.co.jpの記事を二つ(http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20120207/plt1202070708000-n1.htmhttp://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20120206/plt1202061539003-n1.htm)。

 息子にまで批判される地方政治家で、新党だのなんだの、バッカじゃなかろうか。連携を模索しているとして名の上がった政治家・・・本気ならば、気がしれない。申し訳ないけれども、酷い目に合うのは都民だけで十分でしょう。

   『●〝腰ぬけ〟で結構、害悪老人よりは!!
   『石原慎太郎よ、退場せよ!
   『●恥ずかしいから、引っ込んでてくれ
   『●選挙に際しての祈り: 「空疎な小皇帝」を支持することの意味

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http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20120207/plt1202070708000-n1.htm

自民・石原幹事長「父は利用されている」…石原新党に不快感
2012.02.07

 次期衆院選をにらみ、石原慎太郎東京都知事の新党構想が本格化する中、長男の石原伸晃自民党幹事長は6日、BS朝日の番組で「子供から見ると(父親は)利用されているようにしか見えない」と強い不快感を表明。国民新党とたちあがれ日本による合流の動きについても「与党の国民新党と野党のたちあがれ日本が一緒になったら何党になるのか」と批判した。

 慎太郎氏は3日のたちあがれ日本の全国拡大支部長会議で「東京でやることはやった。皆さんに命を預けて一緒にやろうじゃないの」と国政復帰に意欲を示したばかり。伸晃氏はこれ以上看過できないと考えたようだ。

 伸晃氏は、新党構想について「言われているほど煮詰まっていない」と指摘。慎太郎氏の国政復帰に関しても「ないんじゃないですか。(都政の)仕事がまだ終わっていないから」と否定した。

 また、石原新党が大阪維新の会を率いる橋下徹大阪市長や、大村秀章愛知県知事と連携する可能性についても「橋下市長と都知事は考えが非常に似ており行政手法も同じだが、国政に出て何をするのか。大阪都を作る、中京都を作るというのは国政マターではない。橋下氏は衆院選に出ないし、大村氏も出ない」と否定的な見方を示した。

 たちあがれ日本の平沼赳夫代表が「70~80人の集団でキャスチングボートを握る」と民主、自民両党議員に新党参加を呼びかけたことに対しては、伸晃氏は「自民党から候補者を取るのはけしからん」と不快感を示した。


 一方、「減税日本」代表を務める河村たかし名古屋市長は6日の記者会見で、次期衆院選での連携に向け、慎太郎氏と会談する意向を示した。慎太郎氏が減税に否定的な見解を示していることを踏まえ「私の減税政策に対する誤解を解きたい」と語った。

 次期衆院選での独自候補擁立については、大村氏と調整を進める考えを表明。自らの衆院選出馬について「(平成25年4月の)市長任期満了までしっかりやりたい」と否定した。
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http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20120206/plt1202061539003-n1.htm

石原、橋下新党を34%が支持!民主は期待できず
2012.02.06

 永田町を震撼させそうな世論調査が5日公表された。フジテレビ系「新報道2001」が、「あなたは今後どんな政権の形に期待しますか」と聞いたところ、民主党などの既成政党は不人気だったが、東京都の石原慎太郎知事や、大阪市の橋下徹市長らによる新党中心の政権に約34%もの支持が集まったのだ。

 調査結果によると、「民主党政権、または民主を中心にした連立政権」を期待したのは、わずか8・6%で、「自民党政権、または自民を中心にした連立政権」も15・0%。「民主・自民の大連立政権」も11・8%だった。

 ところが、「既成政党が分裂・政界再編した新たな枠組みの政権」は22・8%に跳ね上がり、「石原都知事や橋下大阪市長などによる新党中心の政権」は33・6%に上った。

 政治の閉塞感が高まる中、地方でリーダーシップを発揮する石原、橋下両氏への期待が集まっているようだ。
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●「死の町」にした者が悪いのではないか?

2011年09月18日 00時00分12秒 | Weblog


CML(http://list.jca.apc.org/public/cml/2011-September/011753.html)で気づいた論考(http://news.livedoor.com/article/detail/5863443/http://news.livedoor.com/article/detail/5863443/?p=2)。

 第一報を聞いて、「死の町」にした者が悪いのではないか、人災で「死の町」化させてしまった者こそが批判されるべきではないのか? そう思ったのですが、この鈴木氏の論考に大きく頷かされました。「原子力ムラ」と云う虎の尾を踏んでしまった、というのが辞任の裏事情だったのでしょう。怖いものですし、マスメディアも「原子力ムラ」と一体化していることが理解できます。

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http://news.livedoor.com/article/detail/5863443/http://news.livedoor.com/article/detail/5863443/?p=2


自滅する国家 自壊するマスメディア - 鈴木耕
201109141917

 9月11日、大震災からちょうど半年。そして原発が荒れ狂い始めてから6ヵ月。この国は、何が変わったか? なんだか、何も変わっていないような気がするんだ、僕には。いっとき息をひそめていた連中がゾンビの如く甦り、また思いどおりに国を動かし始めた。違う?

 新聞を開けばまたしても「大臣辞任」。テレビは「なでしこジャパン」で大フィーバー(古い表現!)。「なでしこ狂想曲(放送局)」とでも駄洒落で名前を変えたらいかがかと思う僕は、ただの臍曲がり。
 
 むろん、なでしこたちの健闘ぶりは素敵だし、それを祝う気持ちは僕にもあるけれど、これでいいのか、と立ち止まってしまう自分がいることも確かだ。
 ツイッターを見ていたら、こんな呟きが目に留まった。

   @kentaro666 竹熊健太郎さん。
    「国家の自滅」なんて滅多に見られるものじゃない。
    歴史上、戦争もせずに自滅した国家なんてありましたか?

 ドキリとした。そのとおりじゃないか。僕らの国は、すでに崩壊過程に入っているのかもしれない。しかも最悪なことに、それを必死に押しとどめようとする気配が、政治にも文化にも感じられない。政治は放射能汚染になす術もない。子どもたちの被曝への不安は母親たちを独自の動きに走らせている。政治が機能しないからだ。

 原発の“安全神話”など、とうの昔に崩れ去った。もはや誰がそんなものを信じるか。効果を失くした古証文などさっさと捨てればいいものを、まだ後生大事に拝み続ける輩

 またしても“黒塗り”の事故対応マニュアルとやらを国会の委員会へ提出し、恬として恥じない東京電力。黒塗りではなく“恥の上塗り”。

 東京電力という会社は、「東電を潰すことはできまい。やれるもんならやってみろ!」と開き直ったとしか思えない。
 
 電力会社の地域独占体制を解体し、発送電分離による一層の電力自由化を実現しなければ、この国のエネルギー政策、つまり原子力政策を抜本的に改革することはできない。だが、それを阻止するために蠢きだした者たちがいる。春でもないのに、啓蟄よろしく、潜り込んで隠れていた泥の中から、ジュルジュルと姿を現し始めた。

 新しい未来図を描けない政治家や、金のことしか頭にない財界人、自身の保身のみを考える電力会社の経営者たち。こんな人たちが…。それこそ「戦争もせずに自滅する国家」への道か。
 
 そこからはみ出ようとする者は潰される

 鉢呂吉雄氏が、どこへ向かおうとしていたのかは、何もやれずに去ってしまった今となっては定かではない。だが、彼の経産相辞任劇は、僕にはどうも納得できない。確かに、「放射能つけちゃうぞ」とほんとうに言ってしまったとしたら、それはやはり大臣にふさわしくない、と批判されても仕方ない。だが、そう言われたという当の「毎日新聞記者」は、なぜか自分の言葉でその時の状況を正確に説明しようとしない。不可解。
 
 朝日新聞(9月13日付)が、この問題をやや詳しく取り上げている。それによれば、新聞各社の鉢呂氏発言は微妙に違う。

 「放射能をつけちゃうぞ」朝日、「ほら、放射能」読売、「放射能をつけたぞ」毎日、「放射能をつけてやろうか」日経、「放射能をうつしてやる」東京、「放射能をうつしてやる」産経、「放射能をうつしてやる」共同、「放射能を付けたぞ」時事…

 各社とも、「…との趣旨の発言をした」と逃げているが、これだけバラバラだと、その信憑性が疑われて当然だろう。

 もし、これらの記事を書いた記者が自分の耳で聞いていたのなら、こんなに多様な言葉が出てくるはずがない。つまり、きちんとした録音やメモをとってはおらず、“どこかのメディア”が発信したために「乗り遅れるな」とばかりに、あやふやな記憶や伝聞に頼って一斉に報じたとしか考えられない。しかも論調は「鉢呂、大臣失格」の大合唱。「右へならえ」の一斉報道ならば、メディアの独立性などないに等しい

 では、どこが最初に発信したか。朝日の記事によれば「『放射能』発言を最初に報じたのはフジテレビとみられる」ということだ。

 各メディアによって言い回しがみな違うということは、つまり、ほんとうは鉢呂氏がどう言ったのか、どのメディアも正確には掴んでいなかったことになる。

 鉢呂氏自身も「そう言ったかどうか記憶が定かではない」と会見で語っている。ならば、当の言われたという毎日新聞の記者自身が、正確に鉢呂氏が発したとされる言葉とその時の状況やニュアンスを明らかにするべきではないか。その“言葉”によって、ひとりの大臣の首が飛んだのだ。それは報道者としての当然の責務だろう。

 なぜ、隠すのか? どうも、怪しげな臭いがする。
 同じ朝日の記事によれば、こうだ。

 (略)毎日新聞は「毎日新聞記者に近寄り、防災服をすりつけるしぐさをしながら『放射能を付けたぞ』という趣旨の発言をした」と報道。9日に報じなかった理由は「経緯についてはお話ししかねる」(社長室広報担当)という。

 妙な話だ。鉢呂氏の発言は8日の午後11時20分ごろ。それをフジテレビが報じたのが、なぜか翌日(9日)の午後6時50分過ぎ。なぜこんなに時間がたってからの報道だったか。さらに、新聞各社が報じたのは10日朝刊。どうもおかしい。

 しかも、ネタモトの毎日新聞は「…という趣旨の発言」と、妙に奥歯に物の挟まったような表現で、その上「経緯は話せない」と言う。いったいなんなんだ、これは。自社の記者への発言だったのなら、正確に伝えればいい。なぜ隠す必要があるのか。なぜこんなにも報道が遅れたのか。裏にどんな事情があったのか。

 ここまで調べて書いた朝日だが、自分のところのこととなると、とたんに歯切れが悪くなる。同記事の末尾に、こんなふうに付け加えている。

 朝日新聞の渡辺勉・政治エディターは「8日夜の議員宿舎での発言の後、鉢呂氏は9日午前の記者会見で『死の町』とも発言。閣僚の資質に関わる重大な問題と判断して10日付朝刊(最終版)で掲載した」と話す。

 おかしくないか? なぜ10日の朝刊最終版だったのか。9日午前の「死の町」が問題になったといっても、「放射能」は8日夜のことだった。ならば、9日夕刊には十分間に合う。それがなぜ10日のしかも最終版になったのか。まるで説明になっていない。
 
 「『死の町』発言が閣僚の資質に関わる重大な問題なのかどうかを、果たして社内できちんと判断したのか」という疑問はさておいても、「他社に遅れてはならない」の横並び意識、そこには「これをどう報じるべきか」の逡巡も迷いも疑問も自らへの問いかけも再調査への意識も問題化すべきかどうかの判断も、ここにはまるでないではないか。

 朝日が、この問題に目をつぶらなかった姿勢だけは認めるにしても、それならば自らの姿勢もきちんと問うべきではなかったか。

 よってたかっての「鉢呂おろし」。少し前の「菅おろし」の、あの凄まじいメディア・スクラム報道とどこが違うのだろう。こういう一色に染まった報道が人々の不信を買い、マス“ゴミ”(僕は嫌いな言葉なので使わないが)とネット上などで吐き捨てられるようになりつつあることに、なぜ、当のマスメディア内部の人たちが気づかないのか

 鉢呂氏の「脱原発」志向と今回の“鉢呂おろし”は、果たして無関係だったか。もし、まったく関係なかったのだとすれば、なぜこんな一斉報道が巻き起こったのか。それを検証する義務が、マスメディアにはあるのではないか。

 もうひとつの辞任理由の「死の町」発言については、なぜそれがこんな大問題になるのか、僕にはよく分からない。チェルノブイリのルポなどで「死の町」とか「ゴーストタウン」などという表現は、これまでに何度も目にした。新聞や雑誌で読んだし、テレビのリポーターがそう言うのを耳にしたことも、何度もある。外国への表現はなんでもなくて、日本国内での言い回しであれば問題化される。どうにも納得いかない。

 これについて、的確に呟いてくれている方がいた。


   @tako ashi
小田嶋隆さん。
    「死の町」という描写は被災者の心を傷つけた。だから大臣は辞任した。
    ということはつまり、被災地を描写するにあたって「被災者を傷つけない言葉」を
    見つけることができなかった人間は、被災について言及することが許されない。
    実質的な言論タブーの成立ですよ。


 この文意に、僕は賛同する。僕も文章を書いている。むろん、読んでくれる方たちに“不快の念”を与えないように、それなりに注意を払って書いているつもりだ。しかし、それでも「不快だ」という方が時折反論や批判を寄せてくる。それは仕方ない。

 

 だが、当事者に成り代わって「当事者はきっと不快に思うだろう。だからお前の言葉はおかしい」と、なぜマスメディアが鬼の首を取ったように騒ぎ立てるのか。大きな影響力を持つ新聞やテレビが騒ぎ立てれば、まずある種の政治勢力が喚き始め、それをさらにマスメディアが増幅する。報道に煽られた当事者たちも、やがて「どうも、不快に思わないといけないらしい」という心理に陥る…。そういう図式ではないだろうか。

 被災者に対し「あの『死の町』発言をどう思われますか」と記者が問いかければ、「あまり気持ちのいい言葉ではない」「愉快ではないよね」「不快です」という答えが返ってくるのは自明だろう。だが「確かにもう帰れないかもしれない。『死の町』かもしれないなあ」と感じている被災者だっているだろう。だが、そこは取り上げられない。そして「被災者のみなさんは、不快感を露わにしました」という報道一色になる。そこからは「そんな言葉を発した鉢呂氏は、大臣にふさわしくない」という結論が、否応なく導き出される。

 今回の報道が、(最初に報じたテレビ局の意図はわからないが)ある同じ意図で一斉に行われた、とまで僕も言うつもりはない。だが結果として起きた現象は、まさにそういうことだ。不気味な現象。

 「脱原発」の記事や放送を、事故以前は(原発マネーで飼い馴らされて)ほとんどできなかったマスメディアが、少しは“原発安全神話”への疑問を報じ始めたと思っていたが、やはりその本質は変わっていなかった、ということなのか。

 「死の町」発言を被災者たちが不快に感じた、というよりは、その一斉報道ぶりを不快に感じた、というのがほんとうのところではないか。まともな食料も入手できなかった被災者が、テレビ各局が大好きな「グルメ番組」を観てどう感じたか、聞いて回ってみるがいい。「グルメ番組、楽しいですか?」と。「不快なのはどちらですか?」と。

 「死の町」発言をほんとうに「不快だ」と感じたのは、実は被災者の方々などではなく、「死の町」を造りだしてしまった政治家・電力会社・財界・学者、そして当のマスメディアの人々だったのだ。だから、これほどまでに過剰反応したのだ。これは正しい。僕は断言する。

 郷原信郎(弁護士、名城大学教授)氏が、ご自身のブログ(9月11日)に「鉢呂経済産業大臣辞任の不可解」というタイトルで、次のように書いている。

     (略)どうして、このようなことで、経済産業大臣という重要閣僚が、しかも就任直後に、
    辞任しなければならないのだろうか。しかも、発言の事実関係や意図・動機等は
    ほとんど明らかにならないまま、あっという間に辞任会見が行われた。
    全く不可解というほかない。
    
 まず①の言動(注・「放射能つけちゃうぞ」発言)は、確かに子供じみたものではあるし、
    原発事故被災者が知れば不快に思う軽率な行動と言えるだろう。(略)その行動が、
    どれだけの悪意によるものか、或いは、鉢呂氏本人の「放射能」への無神経さを
    表すものなのかは、前後の状況、発言時の本人の態度等を明らかにしないと
    判断できないはずだ。(略)一方、鉢呂氏からそのようなことをされた相手の記者の
    具体的な証言は全く出て来ないし、そもそも、その記者が一体誰なのかもよくわからない。
     ②の発言(注・「死の町」発言)も、私には、それがなぜ問題なのか、よくわからない。
    原発周辺の市街地が「死の町」であることは客観的事実だ。我々は、今後も、
    容易には「生きた町」に復活させられるとは思えない「死の町」を作ってしまったことを
    真摯に反省し、被災者への賠償、事故の再発防止対策を行い、今後の原発をめぐる論議を
    行っていかなければならない。そういう意味では、「死の町」というのは現実であり、
    それを視察した大臣が、その通りに発言することが、どうしてそんなに悪いことなのだろうか
    (略)
     原発事故で被災した町を「死の町」と表現するかどうかではなく、その現実を受け止め、
    今後、そういう事故を二度と起こさないためにどうしようとするのかが、
    問題なのではないのか。(略)

 

 これが当たり前の感覚だと、僕も思う。ことはあまりに不可解だ。もっとも、だからといって郷原さんは「鉢呂氏を擁護する気は全くない」と続ける。事実関係のろくな説明もなしに辞任するのは、閣僚の責任感欠如だし、「その程度の人物なのであれば、経産大臣を続けていても、ろくな仕事はできなかったであろう」と辛口で締めくくっている。

 僕には、鉢呂氏の資質を云々するだけの知識はないが、郷原さんの言うことは納得がいく。

 今回の「死の町」騒動での、自民党の石破茂政調会長や石原伸晃幹事長のような大はしゃぎの鉢呂批判は、おのれの吐いたツバが自分の頭に降りかかる典型例だろう。「死の町」を造ったのは、まさに、旧来の自民党政権の原子力政策そのものだったではないか。自分たちの蒔いたタネが、いま「死の町」として福島に噴き出た。どこに、批判できる資格があるというのか

 マスメディアも、言葉尻で「死の町」騒ぎを演ずる前に、その「死の町」を造った者たちの責任を追及するのが筋ではないのか。でも、そのマスメディアも原発マネーに汚染された「原子力ムラ・ペンタゴン」の一角であったことを考えれば、そんなことを言っても虚しいか。

 あの「朝日がん大賞」受賞のミスター100ミリシーベルトこと山下俊一福島県立医大副学長を、朝日新聞「ひと欄」(9月1日)が褒め称えたことを、僕は忘れてはいないよ。

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●反原発という潮流と日本人の反応

2011年06月28日 00時15分00秒 | Weblog


asahi.comの記事(http://www.asahi.com/international/update/0614/TKY201106140106.html)。いろんな問題があることは分かっていますが、イタリアやドイツがうらやましい。本来、FUKUSIMAを経験してしまった日本人こそがいち早く世界に脱原発を宣言すべきと思うのですが・・・。やらない方がよいと思っていますけれども、例えば、国民投票を日本でやったとしても、まだ推進派の方が多い結果になるでしょうね、きっと。もう、のど元を過ぎた雰囲気ですし。被災地や放射能汚染地域に住んでいた人たちはどんな思いで、日本の原子力の「平和」利用を、いま、見ておられることでしょう。
 ドイツやイタリアがフランスの原子力発電所から電力を買っているという批難については、電力調整の出来ない原子力発電所を抱えるフランスを逆に助けているという説明もあります。


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http://www.asahi.com/international/update/0614/TKY201106140106.html

原発凍結賛成は94% イタリア国民投票、開票終わる
                                                       2011年6月15日7時0分

 原発再開の是非を問うイタリアの国民投票は14日朝までに開票がすべて終了し、原発反対派の票が9割以上を占めて圧勝した。東京電力福島第一原発事故後に欧州で広がる反原発世論の強さが示された。
 イタリア内務省によると、在外投票分も含めて開票が全て終わり、原発凍結賛成票が94.05%を占めた。凍結反対票は5.95%。投票率は54.79%に達した。
 原発再開を模索していたベルルスコーニ首相は13日夜、「政府と議会は結果を歓迎する義務がある。高い投票率は、自分たちの未来に関する決断に参加したいというイタリア国民の意思の表れで、無視できない」とする声明を発表。「国民投票は複雑な問題を扱うには適さないと信じてはいるが、それでも国民の意思は明らかになった」とし、原発の新設や再稼働を当面断念する意向を表明した。
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 さて、我国の一反応。同所に出ていた記事(http://www.asahi.com/politics/update/0614/TKY201106140605.html)。ト知事の息子さんのさすがな反応。御父さんヒステリー的な差別言動や行動に比べれば、イタリアの人たちはスッゴク素晴らしいと思うのですがね。関電に対する大阪のト知事さんの言動がひどくマトモに見えてしまいます。原発推進で美味しい思いをしてきた自民党の代議士先生方の当然の反応ではあります。

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http://www.asahi.com/politics/update/0614/TKY201106140605.html

反原発は「集団ヒステリー」 自民・石原幹事長

                              20116142255

 自民党の石原伸晃幹事長は14日の記者会見で、イタリアの国民投票で原発反対派が多数だったことについて「あれだけ大きな事故があったので、集団ヒステリー状態になるのは、心情としては分かる」と語った。福島第一原発事故を念頭に置いた発言で、表現が不適切との批判が出そうだ。
 石原氏は「反原発と言うのは簡単だが、生活をどうするのかということに立ち返ったとき、国民投票で9割が原発反対だから、やめましょうという簡単な問題ではない」とも述べた。
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 最後に小出裕章さんの反応(http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/06/13/tanemaki-jun13/)。

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http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/06/13/tanemaki-jun13/

613 イタリアの原発拒絶は嬉しい 小出裕章 (MBS)

2011
年6月13日(月)、MBS(毎日放送)ラジオ「たね蒔きジャーナル」に、小出裕章氏(京大原子炉実験所助教)が出演されました。


番組案内

水野キャスターが東日本大震災の被災地からお伝えします
東日本大震災から3ヶ月、水野キャスターが被災地を取材しています。この3ヶ月の被災地の人たちを見つめました。中継でお伝えします。
原発事故については京都大学の小出さんに聞きます。


録音
いつも録音してくだって、ありがとうございます。
【福島原発】6/13/月★放射性物質その物自体消えることは無い

要約
・(福島第一原発の事故に関わる水道水の摂取制限について、新たに放射性物質が大量に放出されなければ現時点で水道水は安全という報告書が出た。水道水は安全なのか?半減期30年のセシウムが今の技術で除去できるというのは大丈夫なのか?)まず、放射線の被曝について「安全」「大丈夫」という言葉を使わないでほしい。国の基準値より上なら危険、下なら安全ということではない。被曝はどんなものでも危険だ。今回の事故では3月半ばに出た放射能で水道水が汚れたが、今後大量に出なければそれほどの汚染はないということだろう。

・(雨が流れこんで放射能が濃縮するのか?)それはあるが、今後大量の放出がなければ今まで以上に汚染されることはないだろう。でもそれは安全とは違う。


・(原発の汚染水処理システムがまもなく稼働するがその処理で汚染された泥が出る?)そうだ。放射性物質そのものは消えないから移しているだけであり、水をきれいにすれば別のところに移すことになる。その処理をどうするかが次の問題。

・(処理後の泥の放射能は1立方センチあたり1億ベクレルだが、影響は?)それに近づいたらすぐに急性症状が出るくらいのレベルだ。

・(泥の量は25mプール4〜5杯分というが、それを処理施設でずっと保管できるか?)もちろんできない。暫定的に集中処理建屋に移動しても、そこで終わりではなく、その後ずっと保管は続く。

・(ヨーロッパではドイツに続き、イタリアでも原発を拒絶する可能性が高くなっている。どう見るか?)嬉しい

・(先週末に反原発の動きがあり、小出先生が神戸で登場した時には大きな拍手があった。手応えは?)40年前から原子力を廃絶したいと思いながら、今回の事故を防げないまま今の事態に至っており、楽観的な見通しは語りたくない。でも、違ってきているとは思う。労組などの組織による運動ではなく、この人たちはどうやってきたのだろう?と思うような、自立した人たち一人ひとりで来ていた。新鮮で、ありがたいことだ。

・(キュリウム検出のニュースがあった。どういう物質か?)超ウラン元素のひとつ。ウランが中性子を吸収してプルトニウムになり、それがまた中性子を吸収するとキュリウムになる。使用済み燃料に貯まっていた本来外に出にくいものが環境に出てきているということを示している。

全文書き起こし
6月13日MBSラジオ小出裕章氏「水道水、汚染水処理、世界的脱原発の動き等について」
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