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●原発人災直後からメルトダウンは分かっていた

2012年10月12日 00時00分48秒 | Weblog


東京電力原発人災直後のテレビ会議の模様についての東京新聞の記事(http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012100602000120.html)。

 記者会見で枝野氏や御用学者らが「安全神話」を振りまいていたその舞台裏では、東電は、そして、おそらく政府も、メルトダウンが既に起こりつつあることを知っていたわけです。現場に居た人たちにとっては、それはあたりまえでしょう。
 アメリカは、すぐさま、80km圏内からの撤退を在留アメリカ人に命じていたのではなかったでしょうか。それに対して、原発周辺の日本人に対しては、後手後手に回り、しかも風下側に避難させて被曝させてしまう始末だ。メルトダウンを認めたのは、人災から数か月後。話にならない。これを見ただけでも、原発再稼働や建設再開、原発輸出など許されるはずもない。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012100602000120.html

東電 TV会議一般公開 緊迫のやりとり HPに6時間分
2012年10月6日 朝刊

 東京電力は五日、福島第一原発事故直後から記録された社内テレビ会議の映像約百五十時間のうち、約六時間分をホームページで一般公開した。3号機の水素爆発前には吉田昌郎所長(当時)が「もう危機的状況ですよ」「完全に(核燃料が)露出している状態」と上ずった声で本店に叫ぶなど、緊迫した様子が克明に記録されている。
 3号機は昨年三月十四日午前十一時すぎに爆発したが、前日の十三日午後には爆発を避けるために建屋内の水素を抜こうと、本店幹部が「自衛隊に火器で(建屋の)パネルを吹っ飛ばしてもらえば」と発案。危険性を指摘され「どの道、吹っ飛ぶぜとさじを投げるような発言をする場面もあった。
 公開されたのは昨年三月十二日深夜から十五日未明までの映像で、八月に一般公開した約一時間半分の追加に当たる。ただ、今回の映像を合わせても公開されたのは計約七時間半分にすぎない。社員らの顔や声にぼかしや音声処理も施されており、全面公開を求める声が再燃しそうだ。
 映像では、3号機の注水に使う消防車の燃料となる軽油について「(在庫は)あるはず」と報告した部下に、吉田所長が「『はず』はやめよう。今日は『はず』で全部失敗してきた」と注意している。
 その後、吉田所長が2号機への注水ラインを確保するため「じじいの決死隊で行こうかと相談していた」と思い詰めた様子で述べたり、プラントの監視体制などをめぐって部下に「言うだけの人はうらやましいよ。できないものはできないんだよ」と声を荒らげたりする場面もある。
 今回、公開対象になった映像は八月の公開後にメディアの要請を受け、東電が抜粋した。日本新聞協会は映像の全面公開などを求めている。
 映像の一部は東京新聞ホームページ「TOKYO Web」に掲載しています。
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