詩  来客 「幻惑の花見」  

2015-11-25 08:12:18 | 弟の命日に
   来客 「幻惑の花見」

フルートとチェンバロの音色が、射し込んでいる光と睦み合っている時に、
君は突然現われた。開けっ放しの戸をトンと叩くと同時に、
「おっ居たね」
と上がってきた君は、散らかった部屋を見て『相変わらずだな」と笑った。
君の後ろには二人の孫娘がいて、恥ずかしそうに挨拶をしてくれた。
君は勝手に冷蔵庫を開けると「これでいいか?」と言って二人にジュースを渡した。
「兄貴、花見に行こうよ。みんな行ってるから」
今日はこの辺りはお祭りだった。桜も満開だった。
「じゃ、行くか」
君に促されてぼくらは外に出た。
一つ年下の君は年相応の体格で、土手を歩く君の背中をぼくは羨ましく見ていた。
堤には露店が並び、川面は花びらを集めて流れていた。
この花の下のどこかで君の家族が待っているのか。奥さんも子供たちも、
ぼくの分までご馳走を広げているのか。
しかし、ぼくが橋の上で足を止めている間に、ぼくは君の姿を見失ってしまった。
いつまでも消えないあの日、
貯水池の側で一緒に遊んでいた君の姿を見失った時のように。
君は三歳だった。

君が生きていたら、仲のいい兄弟で来られたと思う。
君とはウマがあったと思う。
ぼくはそんな予感を抱いたままこの先も君を迎えるだろう。
もう天国へ戻ったか。
光を集めたせせらぎが星屑のようなまばたきをした時、
ぼくは座椅子でくずれていた。


 25日は弟の祥月命日。私が4歳、弟は一つ下だった。私は今弟のおかげで生きさせてもらっている。毎朝手を合わせていても、悔いが消えることはない。「いい顔してくれ」と心でつぶやきながら手を合わせている。(詩集「スパイラル」所収を改作)
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