FALLEN ANGEL-堕天使とは、生まれ落ちたばかりの天使のような赤ん坊を指すのではない。
堕天使が真に意味するのは―――堕胎だ。
多くの人間にとって、胎動前の堕胎はよしとされている。胎児が動き出す前、正確には母親が胎児が動いたと感じる前なら、胎児にはまだ魂が宿っていないと考えられているからだ。
しかし考えても見てほしい。量子論的多世界の時空連続体においては、受精卵が誕生した瞬間にすでにあらゆる時空の世界が生まれるのだ。
受精卵が成長し、産まれ、子ども期を過ごし、大人になり、老いて死んでゆく、そのすべてが、受精卵が誕生した瞬間につくりだされる。
なぜなら、時間と空間はひとつながりであり、過去と未来が同時にすべて存在しているからである。そして、光は同時に無数に存在し、無数の宇宙をつくりあげているからである。
だからたとえ胎動の前であっても胎児を潰すというのは、ひとつの人生を潰すということなのである。
胎動前の小さな胎児を潰すことがどんなに簡単だとしても、たとえばカタツムリを指で軽くつまみ潰すくらい簡単だとしても、その小さな生命がもつ無数の未来を潰すことを考えると、とても簡単なことではないはずなのだ。
「中絶」とは「中で絶する」と書く。産まれてもいないのだからまだ始まってもいないと考えるかもしれないが、しかし受精卵が誕生した瞬間から、生まれてから死ぬまでのあらゆる未来が形成されるのである。時空連続体とはそういうものである。
一人の人間が消えるというのは大きなことである。
自分の身の回りにいる誰かの存在が、ある瞬間に、最初からまったく存在しなかったことになるということを考えてほしい。突然亡くなるというのではなく、最初からいなかったことになる、消えるとはそういうことである。
自分の人生に大きな影響を与えた人間がもしも消えてしまったら、私という人間はまったく違う人間になってしまう。そんな人間が何人もいる。
一人の人間が消えるというのは大きなことである。
どっかの知らない誰かの存在が消えたとしても、私にとってはたいしたことではないが、しかしそのどっかの知らない誰かはどっかの知らない別の誰かに大きな影響を与えているに違いないのだ。
私が消えても誰も困らないと思うが、しかし未来のどこかにおいて私は誰かにとって大きな影響を与えるかもしれない、そうに違いないのだ。
一人の人間が消えるというのは大きなことなのだ。
生まれる前の小さな胎児を潰すことくらいわけない、誰も困らない。違う。多くの人間の存在が危ぶまれるのだ。時空連続体の中で大きな影響がでてくるのだ。
天使は堕ちるために存在するのではない。翔ぶために存在するのだ。
中絶を中絶すべきである。。
Where can dolls burn in...
エアロスミスのスティーヴン・タイラーはこう歌った。
Where do fallen angels go (堕ちた天使達はどこへ行く)
I just don't know (俺にはわからない)
Where do fallen angels go (堕ちた天使達はどこへ行く)
They keep falling, falling, falling... (次から次へと堕ちてくるのに)
There's a candle burnning... (またこの世のロウソクに一本火が灯る)
(AEROSMITH「Fallen Angels」)
堕天使が真に意味するのは―――堕胎だ。
多くの人間にとって、胎動前の堕胎はよしとされている。胎児が動き出す前、正確には母親が胎児が動いたと感じる前なら、胎児にはまだ魂が宿っていないと考えられているからだ。
しかし考えても見てほしい。量子論的多世界の時空連続体においては、受精卵が誕生した瞬間にすでにあらゆる時空の世界が生まれるのだ。
受精卵が成長し、産まれ、子ども期を過ごし、大人になり、老いて死んでゆく、そのすべてが、受精卵が誕生した瞬間につくりだされる。
なぜなら、時間と空間はひとつながりであり、過去と未来が同時にすべて存在しているからである。そして、光は同時に無数に存在し、無数の宇宙をつくりあげているからである。
だからたとえ胎動の前であっても胎児を潰すというのは、ひとつの人生を潰すということなのである。
胎動前の小さな胎児を潰すことがどんなに簡単だとしても、たとえばカタツムリを指で軽くつまみ潰すくらい簡単だとしても、その小さな生命がもつ無数の未来を潰すことを考えると、とても簡単なことではないはずなのだ。
「中絶」とは「中で絶する」と書く。産まれてもいないのだからまだ始まってもいないと考えるかもしれないが、しかし受精卵が誕生した瞬間から、生まれてから死ぬまでのあらゆる未来が形成されるのである。時空連続体とはそういうものである。
一人の人間が消えるというのは大きなことである。
自分の身の回りにいる誰かの存在が、ある瞬間に、最初からまったく存在しなかったことになるということを考えてほしい。突然亡くなるというのではなく、最初からいなかったことになる、消えるとはそういうことである。
自分の人生に大きな影響を与えた人間がもしも消えてしまったら、私という人間はまったく違う人間になってしまう。そんな人間が何人もいる。
一人の人間が消えるというのは大きなことである。
どっかの知らない誰かの存在が消えたとしても、私にとってはたいしたことではないが、しかしそのどっかの知らない誰かはどっかの知らない別の誰かに大きな影響を与えているに違いないのだ。
私が消えても誰も困らないと思うが、しかし未来のどこかにおいて私は誰かにとって大きな影響を与えるかもしれない、そうに違いないのだ。
一人の人間が消えるというのは大きなことなのだ。
生まれる前の小さな胎児を潰すことくらいわけない、誰も困らない。違う。多くの人間の存在が危ぶまれるのだ。時空連続体の中で大きな影響がでてくるのだ。
天使は堕ちるために存在するのではない。翔ぶために存在するのだ。
中絶を中絶すべきである。。
Where can dolls burn in...
エアロスミスのスティーヴン・タイラーはこう歌った。
Where do fallen angels go (堕ちた天使達はどこへ行く)
I just don't know (俺にはわからない)
Where do fallen angels go (堕ちた天使達はどこへ行く)
They keep falling, falling, falling... (次から次へと堕ちてくるのに)
There's a candle burnning... (またこの世のロウソクに一本火が灯る)
(AEROSMITH「Fallen Angels」)
影響力の有る人が 突然去ることは ある。
そんな時は、自立の時と 頑張ってれば
次の 影響力の有る人が 来る。
備えできれば 師が歩み寄る。
宇宙はフラクタル構造 限り無い器
スーパースターが輝きを失ったとき、落ち目を迎えたとき、盲目的に信じ続けるか、それとも新しい星をみつけにいくか。
それと、街で芸能人に出会いたくはない。たとえばそれが自分が大好きな人だったりすると特に嫌。
魔法が解けたときに出会ってもしょうがないだろう。。