54のパラレルワールド

Photon's parallel world~光子の世界はパラレルだ。

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空の旅4「軽くイリュージョン」

2006年06月29日 | パラソル
20:55発、夜のフライトは真っ暗で何も見えなかった。

三日月だけがただただ輝いていた。

この三日月、違和感があって最初は月だとは思わなかった。
違和感、それは月の位置。
普段は月を見上げるけれども、空だと月は真横に見える。

三日月がずっとついてくるだけで、何もないなあと思っていたら、、
ピカッ、一瞬空が光った。

まさかと思って見ていると、
またピカッ

雷だった。

まさか空の上で、雲の上から雷を見るとは思わなかった。

真っ暗が一瞬光って雲が姿を現す。
そしてまた真っ暗に戻る。

ずっと気になっていたのだが、
月の右下辺りの空で、オレンジの帯状の光がチカッ、チカッと秒針のリズムで点滅していた。
あれは何なのだろう?物理的に説明できる現象だろうか?
オレンジ色の帯はその後ずっと点滅しながら飛行機についてきた。

雲のないところに来たのか、地上に街の光が見えてきた。
今どこを飛んでいるのかわからないけど。

でももっと気になったのは街のずっと向こう、港なのか、光の点がポツポツと数十個くらいあった。
それはまるでろうそくの火のようだった。
「ベティ・ブルー」における十字架じゃないけど、なんか嫌な感じがした。

この日、夜の空港は人が少なくて静かで閉店間際って感じで、飛行機の乗客も少なくてまばらで、飛行機の出発時刻がやや遅れて、、
なんだか不安だった。
落ちるんじゃないか、、という不安。
ここにいる人間みんな死んじゃうのか、有無を言わさず死んじゃうのか、俺このまま死んでもいいのか、、なんてことを考えていた。

しかも空の上の雷、わけのわからないオレンジの帯、、そしてろうそくの火、、、

上空はるか遠く、それは普通に命がけ、、

飛行機は着陸態勢に入った。
ここが最後の勝負、無事に乗り切れるか、、などと願っていた。

なんと、、

三日月とオレンジ色の帯は、、

実は飛行機の翼から発せられた光でした。。

闇で翼が見えなくて気づかなかったけど、空港の光で翼が見えて、
三日月だと思っていたのは翼の光、オレンジ色の帯も翼の光、、

私が一時間三十分見てきたものは一体なんだったのだろう。
軽くイリュージョン。

もしかすると、雷だと思っていたものも翼の光だったりして、、

空から見る景色は毎回違ってくる。

今回の空は、、
勘違いイリュージョン。。

すごすぎるよ。。

羽田に降り立った瞬間、空気がぬるかった。
北海道の夜は涼しい(むしろ寒い)けど、こっちはぬるい、暑いよ。

うちに帰ってきて思ったけど、いろいろやることあって大変。
過密日程や、、
一人暮らしモードに早く戻らないと。。

>>「空の旅3」
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教育実習

2006年06月27日 | コラム
今日のテーマは「教育実習」です。
なぜって、つい先週まで私が教育実習生だったからです。

あなたは学生のときに来た教育実習生のことを覚えていますか?
私は覚えていません。
教育実習生どころか担任の先生もクラスメイトも何も覚えていません。
そもそも私には小学生中学生高校生の頃があったのだろうか?それさえわかりません。
気がついたら教育実習をやっていた。

人間はどこから来てどこへ行くのでしょうか。

家に帰ると横浜行きの航空券があって、ああ私は横浜に行くのだなと知りました。
はたして横浜には何があるのか。
横浜に着いたら私の記憶が戻るだろうか。

横浜とは何なのか。ここはどこなのか。私は誰なのか。

結局は「我思う、ゆえに我あり」ですから、何にも考えなかったら自分という存在は消えてしまうのですね。

緊張の二週間が終わって気の抜けた状態から、またRE,RE,RE-FRESH!(byキックザカンクルー)で頑張ります。。

SAYONARA俺の嫌いなところだけ。。

「人間なんて誰だってとても普通で
 出会いはどれだって特別だろう」
 (「RUN」B'z)

「さよならなんかは言わせない 僕らはまた必ず会えるから
 輝く時間を分け合った あの日を胸に今日も生きている」
 (「さよならなんかは言わせない」B'z)

「ゆかいな時だけ思い出して涙に溺れる たまにはそれもいい
 共に過ごした日々は僕らを強くしてくれるよ この胸を張ろう
 絶対会いましょう いつかどこかで
 忘れるわけないだろう baby you're the only one」
 (「ONE」B'z)

「BROTHER 生きてゆくだけだよ
 ためらうことなど何も無いよ 今更
 同じ道を行くわけじゃない
 それぞれの前にそれぞれの道しかないんだ
 We'll be alright!」
 (「Brotherhood」B'z)

最近またB'zが好きで、稲葉さんの言葉、歌からはエネルギーがもらえて、
そういう意味では稲葉さんは「先生」なんですよ。
数学の先生ではなく、人生の先生。

僕はそういう意味で「先生」になりたいなと思う。
音楽か文学で。

夢見がちだね~やっぱり。。
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適職・適学診断

2006年06月26日 | ハコ
ベネッセ・マナビジョンの適職・適学診断やってみた。

研究性優位型 文化・芸術研究系

行動するよりも考えるのが好きで、知的好奇心旺盛なキミは、抽象的な思考能力が高く、物事を分析することに向いている。

特に、芸術に対する関心が強く、美意識と直観に優れたキミは、まだ世の中では広まっていない、新しい感覚によって創造的な表現をする仕事が向いている。

調香師 イラストレーター 音楽家
小説家・作家 アニメーター CGデザイナー

まあ小説家とか音楽家が出てきたけどさ、、
だからってなれるわけじゃないし!

てか教師は向いてないし!!

やっぱりイリュージョンを起こせる人になりたいなあ。
タイタンの妖女、アラビアの夜の種族、ドグラマグラ、、

若いうちは無茶をしろってね。
我武者羅な日々は報われるってね。

一日一冊生活、また始めますか。。

すぐには戻れそうもない。。

まず二週間分の勉強をどう取り戻すのよ、、
大学生活の仕方完全に忘れたわ、、
料理とか洗濯とか掃除とか家事全般とか、、

今日のヘビーローテーションはB'z「明日また陽が昇るなら」です。
「MONSTER」なかなかいいアルバムと思うよ。。

あと、B'zとAEROSMITHのセッション「Train kept a rollin」の映像を発見して感動した。。
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大学進学で地元を離れるということ

2006年06月25日 | 高校生のために
なんで北海道出身の僕が横浜国立大学を選んだか。

B'zの稲葉さん、、
中学生の頃からB'zが好きで、稲葉さんが横国出身って知って、だから中学のときから横国行きたいって思ってた。
それも理由の一つ。

もちろんそれだけが理由じゃない。

高校一年のときの担任だった島影先生が言ってたこと。
「道外に出ると世界観が広がっていい経験になる。北海道という狭い世界では見えてこないいろいろなものが見えてくる。」
その言葉は僕の心に強く響いた。

そんなことがあって、僕は大学選びのときに「北海道」は考えていなかった。
「東京」に対する憧れみたいのもあったけど。
「国立大学で首都圏」で探すと、東京大学、横浜国立大学、埼玉大学、千葉大学が出てきて、
この4つだと、横浜が一番ベストかな。(東大も一時期本気で目指してました。残念ながら無理でした。)

で、実際道外に出てみて思うこと。
絶対道外に出たほうがいい。

本当に世界観が広がります。全然違うもん、世界が。
東京大都会。アホみたいにビルが立ち並び、あらゆるモノが揃っていて、全国各地からいろんな人たちが集まってて、ここが日本の中心地だというのを強く感じます。
横浜は東京よりも都会都会してなくて、まだ自然が少し残ってる感じ。自然がまだ残ってるぶん、僕は東京よりも横浜のほうが好き。(第二の地元愛みたいな)

だけど一番大きいのは北海道のよさが見えてきたこと。
北海道にずっと住んでると気づかないけど、北海道ってやっぱりすごくいいよ。
大自然が広がってるもん。東京なんてビルばっかりで息苦しいもん。北海道に帰ってくると本当に空気がきれいで深呼吸したくなる。人間は自然からエネルギーをもらうんだよ。

それに、雪。
北海道だと当たり前に雪が降り積もるけど、横浜には雪が年に2,3回しか降らないし、全然積もらない。冬の太平洋側は降水量が少ないから毎日晴れ。
雪が降らなくて便利だと思うかもしれないけど、雪が降らないのってめちゃめちゃ寂しい。雪のあの白い感じ、銀世界。あれは美しいよ。北海道の雪景色、GLAYが歌いたくなる気持ちもすごくわかる。

雪のあの白さが、人間の心を真っ白にきれいにしてくれるんじゃないかな。だから北海道の人って優しいし、感性が豊かなんだと思う。
毎年冬には絶対北海道に帰ってきて、柔らかく積もった雪にバフッてしたい。その気持ちよさは一度北海道の外に出てみないとわからないと思う。

結局世界にはいろんなところがあって、それぞれ特色があって、それぞれの良さがあるんだと思う。
横浜と北海道、その比較の中でそれぞれの良さを感じた。そんな経験を通して僕は、京都や沖縄に住んでみたいと思うし、フランスやイタリアにも行ってみたいと思ってる。

たった一度の限りある人生の中でできるだけ多くの世界を見てみたいと思う。。

きっかけは島影先生、ありがとう。。

とりあえずさ、このブログのカテゴリの「高校生のために」で高校生のためになること書くからたまのたまには見にきてよ。(「ミニ着てよ」ってなってびびった、、)

明日学校に出現するかもしれません。

完全に特定少数に向かって書いてるね。。

高校生のために>>「速読術のススメ」
このブログのアホみたいな文章量を読むには「速読術」が必要でしょう。「速読術」、本を10倍速く読む技術。これがあれば学校の勉強も受験もとっても楽になるはず。お近くの図書館などで借りて読んでみてください。。

どうでもいいけど、「花ホール」って、、鼻の穴を連想しちゃうよね。。
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教育実習終了

2006年06月24日 | パラソル
♪1年3組のみなさ~ん、、本当に本当に本当に本当に、、、どうもありがと~う~~~~!!!
みんなのことは一生忘れません。。

「みんな」というか、君のことは一生忘れません。。

(「君」と言われて思い当たる人全員ね。一言でも言葉を交わした人、ちゃんと覚えてます。一言も話さなかった人でも、ちらっと目が合った瞬間覚えてます。)

色紙に書いてあるプライスレスなメッセージを読みながら感動しちゃった。

なんだか未だに教育実習が終わったという実感がありません。

昨日教育実習生みんなで打ち上げやったのに、今日も5時30分に起きちゃうし、

また月曜日に学校に行って、HRやって授業やって、、というのが続くんじゃないかと思ってしまいます。

多分何日か経って、普通の大学生活に戻ったときに、思い出し泣きしちゃうんじゃないかと思う。

この二週間、ものすごく濃い二週間だった。人生の中で一番学ぶことが多かった二週間。「情報」の授業やりながら学ぶことも多かったけど、僕はやっぱりHRで学んだことの方が大きかった。

「人間的な小ささ」を感じました。
みんなのために伝えられることは全部伝えようと思うと全然伝えられなかったり。しゃべりで伝えるよりも書いて伝える方が得意と思い知らされたし。
もっと人間的に大きくなりたいと思ったよ。

身長の話じゃない。。

このブログは誰に向けて書いたらいいんだろうね?
1-3の何人かが見に来たりしてくれたり、教育実習生の何人かも見に来たり、室井さんはやっぱ見るんだろうね、いつもブログを見てくれる特定少数の人たちとか、、

う~ん、、、カオスだ。。
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勉強を好きになろう

2006年06月18日 | 高校生のために
小学生、中学生、高校生、「勉強が嫌い」と思っている人はたくさんいるんじゃないかな?嫌いまで行かなくても、勉強は好きではないという人はたくさんいるんじゃないかな?
「勉強が好きだ」と言える人はどれだけいるだろう。

そういう僕も高校生の時は勉強は好きではなかった。
でも、大学生になって、自分の好きなことを勉強できるようになると、勉強がすごくおもしろいものだと思えるようになった。
勉強は本来、とてもおもしろいものなんだ。

「勉強が嫌い」なんて思ってる人でも、「好きな教科」ってものがあるはず。好きな教科は人それぞれで、数学が好きな人もいれば、歴史が好きだという人、英語が好きだという人、いろいろだ。

で、歴史が好きだという人もいれば、逆に歴史が嫌いだという人もいるわけで。でも、おんなじ「歴史」なんだよね。
ということは、「歴史」自体がおもしろくないものなんじゃなくて、歴史が嫌いな人は、歴史のおもしろさがわからないだけなんだ。
歴史は本当はおもしろいものなんだ。

歴史はおもしろいよ。
猿から猿人に進化してから現在に至るまでの歴史。驚くべき変化があったわけで。何がどうなって、今のアメリカがあんなことになっているのか、日本はどうやって今のような感じになったのか。
知りたいことはたくさんある。

大事なのは、その教科のおもしろさを発見するということ。どの教科にもそれぞれのおもしろさってものがあるんだ。それを発見できれば、勉強を好きになれるはず。

一日六時間授業があって、それを「嫌いだ~」と思ってやるよりも、「勉強っておもしろい!」と思ってやった方が学校生活楽しいよ。

「好きだ」と思って勉強した方が内容もスラスラ覚えられるんだ。それは「好きだ」と思うことで脳が活性化するからなんだ。

だから、、
勉強を好きになろう。。
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教育実習一日目

2006年06月13日 | パラソル
緊張しすぎて自己紹介でドカーン!でした。

しかも学生な感じが出てしまう、、

1年生の教室が4階とか、、果てしないし、、
老人な感じが、、

教育実習一日目は校長先生や生徒指導の先生などなどの話を聞くのがほとんどで、どの先生もいい話をしてくれました。
先生はみんなそれぞれに教育哲学をもっているのだと思った。

たとえば、生徒指導は服装がどうというよりも、授業を受ける姿勢を身につけさせることが大事だということ。
授業を真面目に受ける態度、それによって授業が円滑に進む。
そのためにはまず服装から。見た目は精神に作用する。
掃除もそうで、きれいな教室だからこそ、気持ちよく授業を受けられる。
重要なのは教師と生徒との信頼関係。

校長先生は哲学的な話をしてくれた。
「なぜ生きなければならないのか」
校長先生は「生まれてきた以上、生きなければならないのだ」と言っていた。
それは生物の命題でもある。本能はそのようにできている。
そこに「理由」なんてものはない。

私の答えは「死にたくないから」だ。
「死にたい」と思うことはたしかにあるかもしれない。しかしそれがすべてではない。
「死」などというものは普段は見えないもので、一瞬の「死にたい」のために死ぬのは不幸だと思うのだ。
月並みな言葉だが、人生つらいことばかりでなく、楽しいこともたくさんある。
B'zのLIVE-GYMに行ったときに「死にたい」なんて思わない。「生きたい」と思うだろう。
その「生きたい」と思う自分のためにも、一瞬の「死にたい」で死んではいけないのだ。

精神は不安定なもので、波があって、上がるときもあれば下がるときもある。
どうしようもなく落ち込んだら、上がるまで待ちましょう。

B'zの「RUN」を聴くとか。
「死ぬなら一人だ 生きるなら一人じゃない」

あるいはB'z「Brotherhood」
「BROTHER 生きてゆくだけだよ ためらうことなど何もないよ 今更」

答えの出ない問題を考えることがおもしろい。。

7:30出勤とか、、
5:00起きとか、、
ぬるい大学生活を送ってきた自分には過酷な朝、、

しかも6時間授業、、それも毎日、、
授業が終わっても部活があるし、、
高校生って大変だ、、

それ以上に、
学校の先生って大変だ、、

眠すぎて、、9:00睡眠、、
サッカーワールドカップ初戦「日本VSオーストラリア」見逃した!
死にたい!!(死なねー!!)

しかも負けるだなんてね、、
クロアチアとブラジルに勝って決勝トーナメントまでいったらすごいね。。
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モエレ沼公園

2006年06月12日 | パラソル
行ってきました。
イサム・ノグチの遺作、
モエレ沼公園

ここで残念なお知らせがあります、、

私、

財布落としました。。ちーん

楽しかったモエレ沼公園、最後モエレ山を降りるときに気づいた、財布がねえ!
あんなに楽しかったのに、、しょぼーん、、、

天国から地獄へ反転
まったく、、
はしゃぐんじゃないよ。。

北海道の地で一文無しになってしまいましたとさ。

家に帰ってすぐにインターネットで「俺の財布 モエレ沼公園」で検索したけど、みつかりませんでした。

そんなわけで、
探してください、僕の財布。。

迷彩柄の長財布、学生証が入ってるので見つけたら特定できるはず。
モエレ山→アクアプラザ、カナール→ミュージックシェル→テトラマウンド→プレイマウンテン→海の噴水→ガラスのピラミッド→モエレ山
の順で見て回ったのでそのどこかにあるはず。広っ、、

かねてからモエレ沼公園に行こうと思っていた人、モエレ沼公園行ってみようかなと思った人、行く気は無いけどモエレ沼公園近郊に住んでいる人、、さっそくモエレ沼公園に行って僕の財布を捜してください、お願いします。

ザ・宝探しゲーム

奇跡的にもみつかったその暁には、中に入ってる金全部上げます。

本当に、本当にお願いします。。

実は私は4年前にも財布を失くしています。
ワールドカップが来る年に、財布を失くします、、ちーん
いやだよ、こんなジンクス。。

////
その後、奇跡的にもみつかりました。
意気揚々と探しに行こうと思っていたあなた、
残念でした。。

いや~よかったよ~
さすが北海道、財布を拾っても届けてくれる。
みつけてくれた人、本当に本当にありがとうございます。。
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空の旅3「天界の二面性」

2006年06月09日 | パラソル
10:15分発の飛行機、、6:40分発ではなく、ゆとりをもって、、というつもりだったのだが、、

通勤ラッシュを見過ごしてた!

しかもなんか人身事故で混雑極まりなかったし、、死にました。
帰省的バッグをもっての満員電車なんか、ありえへんし!
密着しすぎやし、変な体勢で身体が痛いし、満員電車恐ろしいで。

京急蒲田で降りたら、ボタンが無いのに気づいた。私はスーツ。
そういや、満員電車の中で、ブチッというヤな音がしていたが、、
ボタン二つぶっ飛んでた。
第2ボタンとられちゃった!じゃねえし、マジで!
満員電車ではスーツのボタンを留めてはいけないということを知りました。

で、羽田空港にて。

エレベーターでポテトチップスを食ってるやつがいて、
ありえへん!と思って、、

お前、それ食って体重増えてエレベーターブーッてなったらどうすんねん!

重みに耐え切れなくなってワイヤー切れたら絶叫マシンなるやんけ!

なんで上昇しながら食わなあかんねん。
ポテトチップスなんて油食ってるようなもんやで。
すぐ太るでマジで。

上げ物に乗りながら揚げ物てなんやねん!うまくないわ!

と、そんなことがありつつの今回の空の旅。
通路側だったからあまり見えなかったけれど。

乱気流、揺れる機体、、
アテンションプリーズ!と叫びたい。

しかし、雲を抜けた天界はやはりすばらしい景色だった。
真っ青な空と真っ白な雲。
世界は青と白にはっきりくっきり分かれていた。

やはり水蒸気を通さない空は青い。
何にも邪魔されない純粋な青。太陽光の青い成分。
こんな世界で暮らしたい。
年中雨の降らない真っ青な空!

降下するとまた雲の中。灰色の雲の中。
800フィート霧の中。灰色の世界。
水蒸気を切り裂く翼、霧が一瞬水粒になる。

千歳は雨だった。
窓にも雨粒が、誰よりも早くにぶつかる雨粒。
雨雲の真っただ中で。

さっきまでの純粋な青と白の美しき世界は、あっという間に灰色の混沌へと飲み込まれてしまった。
空には、天にはそんな二面性がある。
そんなことを感じた。

やつはやはり800フィートの世界でポテトチップスを食っていたのだろうか。
低気圧で増量中。
ますます膨らむ風船。

空の上では夢が膨らむ。。

ぱつんぱつんだ、ふんがふんが。。

>>「神が描く直線」 >>「光のアート」
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イサム・ノグチ展

2006年06月08日 | パラソル
イサム・ノグチ展@横浜美術館に行ってきました。

地味に久しぶりな桜木町でした。1ヶ月ぶりくらい。
ランドマークタワーはあいかわらずでかかった。
3つ並んだクイーンズタワーABCもでかかった。
NTTドコモのタワーもでかかった。
その前では大規模な工事が行われていて、そのクレーンもでかかった。

人間はなんて巨大なんだ!
それに比べて俺はなんて小さいんだ、、

そんなことを考えながら、美術館に入る前から美術展は始まっているのだ、と思った。

さて、イサム・ノグチ展はどうだったかというと、、

よくわかりませんでした。

そういうことです。

なんだこのオチ。。

今日のヘビーローテーションは、というか昨日のヘビーローテーションは、B'zの「パルス」でした。「SPLASH!」の青版についてたDVDを見まくりです。
愛のバクダン(風船)が落ちてくる「愛のバクダン」のDVDにしようかとも迷ったけど、「LOVE BOM」は今後のLIVEでも演奏されるし、LIVE DVDにもなるだろうと踏んで、「パルス」にしやした。
360度の円形ステージ、稲葉さんの派手なスーツ、、「CIRCLE OF ROCK」なあの日を思い出した。やっぱB'zのLIVE-GYMはいいねえ!
「SPLASH!」は爽快な夏ロックというよりは、大人ロックって感じです。

上木彩矢の「もう君だけを離したりはしない」のカップリング「傷だらけでも抱きしめて」がいい曲でした。
そんで上木彩矢のアルバムをみつけたので買いました。「ROCK ON」です。
まさに上木さんにROCK ONされてる感じで、1stアルバム「CONSTELLATION」も手に入れたい感じです。

さて、イサム・ノグチ展。
このまま感想なしで終わっては500円が無駄になるので書きます。
確かによくわからなかった。でもわからないなりに書き方はあるのです。

教養のない家庭で育った私は今回がはじめての美術館でした。
静かな展内、おごそかな雰囲気、息を止めてたら窒息しそうになった
走り回る子ども、子どもに美術展の何がわかるというのだろう?

よくわからない彫刻が並んでいて、よくわからないなあと思って見ていくと、やけにリアルな人物像が、しかも彩色までされている、、と思ったら係員の女性でした。じろじろ見てしまった。でも突っ立ってる女性係員はどう見ても美術展の一部と化していた。そこから発せられる視線がまた、作品を見る私に妙な感じを与えていた。
女性係員は走り回っている子どもの親に、どうぞお静かにして下さいなどと言っていた。

「死(リンチされた人体)」はわかりやすかったけど、ほとんどの作品は抽象的で理解できなかった。
このわけのわかんない形にどんな意味があるのか、なぜこんな作品が世界で認められているのか。全然わからなかった。
しかしこれは脳みそのせいかもしれない。

イサム・ノグチは「世界は一つであり、有史以前の芸術はどこのものでも似通っている。人種や時代を超えて普遍的な、直接私達の心に語りかける言葉こそオリジナルな芸術だ」と言っている。

その普遍的なオリジナルの芸術を、私の脳は理解できなかった。
おそらく多くの人にとって、イサム・ノグチの芸術は理解できないものではないかと思うのだが、どうだろう。

高度文明によって極度に合理化された脳は、本能に直接語りかけるような芸術性を感じることができなくなっているのではないか。

走り回っている子どもというのは、実はイサム・ノグチの作品が発する普遍的で心に直接語りかける言葉を感じて、それで走り回っていたのではないか。
合理的な知識というものがまだ身についていない子どもの純粋な感性はオリジナルの芸術を感じていたのではないか。
だとすると、「お静かにしてください」という係員の言葉は、イサム・ノグチの作品を感じて反応しないでください、ということと同じだったのではないか。

あのイサム・ノグチ展において、その芸術性をもっとも理解していたのは、観客でもなく、係員でもなく、あの走り回っていた子どもだけだったのではないか。
そう思った。

ところで、私はイサム・ノグチ展よりも、横浜美術館コレクション展のサルバドール・ダリの「幻想的風景-暁、英雄的昼、夕暮」が感動だった。
でかい3枚絵でね、それほどでかい絵画を見たことが初めてだったし、そのシュールレアリズム的な感じ、「英雄」の顔が全部鳥でできているのがすごかった。うまい具合に眉毛とか目鼻口が鳥なんですよ。

やっぱりわかりやすいものを求めてしまうようです。
わからないものをわかるようになりたい。

鳥になりたい。。
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身体を変えたい

2006年06月07日 | 心の探求
最近思うこと。

身体を変えたい。

つまり、この性格というか性質が嫌なのです。

外交的でない部分や、女々しい部分、そしてときおり訪れるディープブルー、、そのすべてが嫌なのです。

人間の性質、性格というものは身体によって決まってくる。身体感覚というものがまずはじめにあり、それをもとに思考回路は形成されていく。
まず身体ありきなのだ。

それは進化の歴史を見ても明らかである。
身体がはじめにあり、その後の進化によって脳が生まれ、思考が生まれたのだ。

たとえば、背が低いことや筋肉が弱いことは行動に影響を与え、思考に影響を与える。
体格や顔つきなどの外見、身体的特徴によってある程度性格が予測できるのは身体が性格を形成するということの表れである。

そんなわけで、私のくそったれな性格はこのくそったれの身体のせいなのだ。
だから身体を変えたいのだ。

私の意識、魂がどこから来たのかはわからないが、たとえば宇宙から来たとしよう。宇宙からやってきた私の魂はたまたま偶然にこの身体に宿った。それがすべてのはじまり。
60億分の1の確率でこの身体と融合してしまった。
たしかに、日本という豊かで平和な国に生まれついたのは幸せなことだと思う。
しかし、この身体は決して恵まれているとはいえない。
五体満足なのは幸いなことではあるけど、でもダメダメな部分が多すぎる。
もっとマシな身体に生まれつきたかった。

しかし60億分の1の選択をやり直すことは二度とできない。
私は結局この身体から逃げ出すことはできないのだ。死ぬ瞬間までは。

この身体に生まれついてしまった以上、私はこのあまりにも不完全な身体と折り合いをつけて生きていかなければいけないのだ。
この身体は嫌だけど、身体を変えることはできないのだから、この身体を使ってできる最良の性格を生み出すしかない。
あるいは、心理学や脳科学といったものが、性格を変える手助けになるかもしれない。

よりよい自己を求めて。。

進退を決めたい。。

身体を変えることはできなくても、身体感覚を変えることは可能である。
たとえば、姿勢やしぐさを変えるだけでも全然違う。
だらだらした姿勢はだらだらした心境を生み出し、背筋を伸ばししゃきっとした姿勢にすれば集中が生まれしゃきっとした心境が生まれる。
また、私は「ブラック・レイン」の松田優作のしぐさが印象に残っていて真似していたので、まさに「佐藤」のような狂気が生まれていた。
動物のような姿勢をとれば、動物的な感覚が生まれてくるだろうし、自動車を運転している人にとっては自動車が身体の延長として知覚される。

人は外見で判断してはいけないというが、外見が内面を形作るのだから、外見は重要である。

ギターをはじめるやつが、衣装まで用意して、「まずは見た目から入んないとな」というのは、実は効果的なのだ。

まずは見た目からはじめよう。。

>>「死にたい衝動」 >>「無意識の支配」
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カルシウム不足

2006年06月06日 | パラソル
400万年前の猿人の化石がみつかったり、何十億年も前の恐竜の化石がみつかったり、
これはよく考えてみたらすごいことで。
骨というのはずっとずっと残っていくものなのだ。
人間が死んだときも、肉体は朽ち果てても骨だけは残る。

さて、現代人のカルシウム不足は問題だ。
骨粗しょう症になる人が増え、骨はスカスカ、若いのに骨年齢は老人、ちょっと転んだだけで骨折、、なんて事態だ。

しかし、カルシウム不足というのは当然の帰結ではないだろうか。
化石に見られるように、骨というのはずっとずっと残っていくものなのだ。
カルシウムが化石という形で保存されてしまい、自然界に存在する生きたカルシウム自体が不足してしまっているのだ。

いずれカルシウムは枯渇し、骨を持った生物は滅びるだろう。
そんな未来世界では軟体動物が地上を支配するに違いない。

2億年後の地球の生物を描いた「フューチャー・イズ・ワイルド」では巨大イカが地上を支配すると描かれていたが、
それはまさにカルシウムの枯渇した未来世界での軟体動物の支配ということであろう。。

骨まで愛して。。

今日のヘビーローテーションはHIGH and MIGHTY COLOR「傲音プログレッシヴ」です。
シングル「一輪の花」もいい曲だけど、それ以上に「for Dear」「ガーデン オブ MY ハート」が好き。
ハイカラらしい、ギターとシャウトのヘヴィなサウンド、前作「G∞VER」よりも進化してる。

フジテレビの「PRIDE」放送中止ってどういうことや!
今年のプライドはヘビー級ミドル級関係ない無差別級GPってことでかなりおもしろくなるはずなのに!
まあね、あんな殺し合いを放送すべきでないといえばたしかに放送すべきではないけどね。。
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アフリカ人は低脳なのか?

2006年06月03日 | パラソル
人類進化には「アフリカ起源説」と「多地域進化説」があるそうです。
私はアフリカ起源説しか知らなかったので、人類はみなアフリカ人なんだ!と自信満々に言っていたのでお恥ずかしいしだいです。
結局どちらも仮説に過ぎないのだけどね。
しかしながらアフリカ起源説の方が有力なわけです。
だからやっぱり人類はみなアフリカ人なのです!

ところで、黒人差別ってあるでしょ。アフリカ人を低脳とみなす偏見。
でもみんなもともとアフリカ人なのにねえ。
しかしながら、テレビでボビー・オロゴンなんか見ると、アフリカ人は馬鹿なんだとすり込まれるわけです。
アフリカ人なんかに国家を運営できるはずないと思わせるのです。
実際ボビーはかなり計算高いのですが。
先進国に働きに来ているアフリカ人はみんな頭いいですよ。

でもアフリカの教育水準はかなり低いのも事実。
やはりアフリカ人は低脳なのか?
遺伝的に?
そうではないと私は思う。

暑いと馬鹿になる仮説

というものを提唱したい。
暑いと衝動買いしたりして馬鹿になるという経験ありませんか?
そもそも夏休みというのは暑いから勉強なんてできないから休みなのです。
アフリカはかなり長い期間暑いわけですから、勉強なんてできないのです。
暑さのせいで思考力が慢性的に鈍っているのです。
アフリカ人が馬鹿に見えるのは、その暑さのせいなのです。
遺伝的要因ではなく、環境要因なのです。
だから先進国にきているアフリカ人は頭がいい。
おそらく我々がアフリカに行ったら馬鹿になるでしょう。
アフリカ人が低脳なのではなく、アフリカという暑い大地が脳を鈍らせるのだ。

南北問題というのも気候のせいではないかと思う。
南の地域は暑いので馬鹿になるから経済的にも発展できない、北の地域は涼しいので効率よく勉強でき経済発展できた。

さて、地球温暖化で世界的に気温が上昇したら、みんな馬鹿になるのではないか。
そもそも東京の気温はヒートアイランド現象ですでに数℃上昇しており、実際、近年の日本の学習レベルは低下してきている。
地球温暖化はそういう意味においても人類を破滅に導くかもしれない。
そうならないためにもみんな北海道に移住したらいい。。

遺伝子のスープ

アフリカの大地でサルはヒトへと進化した。
なぜ他の地域ではなく、アフリカだったのか。
答えはその高温にあるのではないか。
現在においても、これは南米の話だが、ジャングルでは多くの新種が誕生している。
そもそも生物は、原始の地球の超高温、原子のスープから誕生したのである。
高温は遺伝子をドロドロに溶かし、化学反応を引き起こし、新種を生み出すのではないか。
古代のアフリカ大陸は遺伝子のスープだったのではないか。

もしも地球温暖化で地球の気温が急激に上昇したら、世界規模で遺伝子のスープ状態になり、新たな人類が誕生するのではないか。
人類の更なる進化。
温暖化は人類進化をもたらすかもしれない。

いや、アフリカではすでに進化した人間が生まれているかもしれない。
たとえばロナウジーニョ。
ブラジルはもともとアフリカだったのだよ。。

暑さは身体能力の高さをも生み出すのだろうか。。

この記事のもともとのアイデアは3週間前にあったのに、ずっと書けずにいた。
長い記事を書く気がしなかった昨今、モチベーションの低下の原因は五月病か、なにか。
表現することは生きること、だとしたら死んでいたのか。
微妙に暇がなかったのと、刺激がなかったのと、バイオリズムも低かったのと、さまざまな要因の相互作用のせいだったのでしょう。
これから書けるだろうか、小説を書ける気はしない今日この頃です。

夜中にチャリのベルを鳴らすのは誰だ、と思って窓から外を見たりしていたのに、
ドリカムの「JET!!!」の効果音だったと気づいた昨日の夜。。

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「かめくん」北野勇作

2006年06月02日 | 読書感想文
「かめくん」というタイトルを見て、読まねば!と思って読んでみた。

かめくん北野勇作

かめくんの日常生活を描いた作品。りんごをかじったり、図書館で本を読んだり、巨大ザリガニと戦ったり、木星に行ったり、、かめくんの実に平凡な日常生活がそこにはある。
ちなみに北野勇作さんは「ガメラ」シリーズのデザイン担当。

亀から見た世界

「この世界は、大きな甲羅のようなものではないか。
ヒトがヒトと同じ形をしたものとして神をイメージするように、カメもカメと同じ形をしたものとして世界をイメージするのではないか。」

「いろんな大きさの六角形が組み合わさってできている。どの六角形のなかにも、それより小さな六角形があり、さらにその六角形のなかにも、、というふうに相似形がどこまでも続いている。それは世界が膨張している証拠でもあるのだ。
そして自分というのは、その六角形のなかのどれかなのだ。」

「この宇宙のすべては、たったふたつの要素に分けられる。
すなわち、甲羅の内と外。
カメというものは、甲羅の中から甲羅の外を見るようにできている。
甲羅の内部に形成された外界のモデルを操作することによって外部を推論し、行動を起こす。行動によって得られた外界の情報によって、甲羅の内部の外界のモデルは更新される。さらにそれを操作することで外部を推論する。
だからカメが外側だと感じているのは、甲羅の内部に作られた外側の模型でしかないのではないか。
そういう意味で、カメというものは所詮、自分の甲羅から出ることはできないものなのだ。」

亀から見た世界を通して、人間が見えてくる。そのように感じました。
結局人間は人間という尺度でしか世界を認識できない。
ビッグバン宇宙も実は、一個の受精卵から生長していく胎児を連想させるし、
地球の球体も原子の球体であり、受精卵の球体であり、心臓や脳も球体なのだ。
頭の中は宇宙だと言ってみたり、あの世は頭の中にあると言ってみたり、人間中心に世界が回ってる。

いや、自分中心に世界は回っている。
所詮、自分という主観を通してでしか世界を見ることができないのだから。
人間というものは所詮、自分の脳から出ることはできないものなのだ。

幽体離脱にしても。。

今日のヘビーローテーションはHINOIチーム「SUPER EURO PARTY」です。
「IKE IKE」から「KING KONG」までユーロビート全開でいいアルバムです。
「YEAH!」「Hey Mr.DJ」「SING NA NA NA」とか、いや全曲いいです。
僕はユーロビートとかトランスも好きだったりします。

ところで、コリッキーは必要でしょうか?
キレないでください。。
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TUBEの日

2006年06月01日 | コラム
今日6月1日は「TUBEの日」です。

チューブというと私は冬を連想します。
チューブに乗って雪山を滑り降りた少年の日。
どこまでも滑っていってチューブが浮き輪になったあの日。
私は冬の海で溺れかけました。(なんだそれ!)
チューブというと私はあの冬の死にかけたあの日を思い出します。(お前だけだよ!)

しかし世間一般ではチューブといえば夏、夏といえばサザン(チューブでいいだろ!)
私はB'zのLIVE-GYMにようこそ!
アメリカで「LIVE」といっても伝わらないそうです。「LIVE-GIG」だそうです。
でもB'zファンには「LIVE-GYM」。

TUBEといえばやはり「君と夏の日を」です。
あの曲を聴くと夏が来た!と思います。
友達の家で冬に「君と夏の日を」がかかっていたとき、私は冬なのに夏が来た!と思って大変な思いをしました。
冬なのに海に飛び込んで溺れかけました(またかよ!)

今日は「TUBEの日」、せっかくだからTUBEのアルバムを引っ張り出してきて聴いてみてはいかがでしょうか。。

もう今日が終わるよ。。

今日はなんか、久しぶりに10時間以上寝てた。
10時に起きて軽く朝食を食べて横になったら金縛りになって、そのまま眠りに落ち、、起きたら15時、、
昨日は2時に寝たから、、合わせると13時間睡眠!
死んだ

今日の横浜国立大学は開校記念日でお休みでしたとさ。
そうとも知らずに大学に行った人~
おるやろな。。
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