54のパラレルワールド

Photon's parallel world~光子の世界はパラレルだ。

おおかみ少年

2008年06月15日 | クリエイティブな思考への挑戦
「狼が来たぞ!狼が来たぞ!」
少年は叫びながら町中を走り回る。
「大変だ!」
人々は銃を持って家を飛び出す。
しかし、狼はいない。
人々は、町中の家々から町中の人々が銃を持って飛び出している様子を見てひと安心する。
これで万が一のことが起きたときでも大丈夫だ。
これは一種の訓練なのだ。

「狼が来たぞ!狼が来たぞ!」
少年は叫びながら町中を走り回る。

(あれ?今日は災害訓練の日だったっけ?)
ライトンはそう思ってカレンダーを見た。
(やっぱり、今日は訓練の日じゃないや。)

「これは訓練じゃない!本当に狼が来たんだ!」
少年は必死で叫んでいる。

「なんだか今日はいつもより芝居がかってるなあ。抜き打ちだからか?」
ライオネルは妻と食事をしていた。
「なにかの間違いよ。今日は訓練の日じゃないんだし、狼なんか出るわけないじゃない」

(なんで誰も出てこないんだ?いつもはあんなに早く銃を持ってみんな出てくるのに!)
少年は焦りと恐怖と不安でいっぱいだった。
「狼が来たんだって!!」

アイザックは銃を持って外へ出た。
少年の叫び声を聞いたとき、躊躇することなく銃を取りに行った。
訓練のときは銃を手元に置いていたのだが、いざとなるとどこに銃をしまってあるか一瞬わからなくなっていつもより倍以上も時間がかかってしまったが。
そしてアイザックは見た。大量の狼の群れが町に押し寄せてきている光景を。
「狼が来たぞ!!」
そう叫ぶなり、アイザックは銃を撃った。

アイザックの叫び声と銃声を聞いて、ライオネル夫妻はようやく事態を受け止めた。
(これは本当らしい。)
ライオネルは銃をすばやく取ると、外へ出た。

町中の家々から銃を持った人々が飛び出していた。
そして、一斉に狼の群れに向かって銃弾が飛び交った。

しかし、銃弾が当たらない。
すばやい狼を相手に銃を撃つ訓練なんてしていなかった。

町中の人々が外に出ているので、人間に銃弾が当たるのを恐れて撃てない人々がたくさんいた。
こんなとき、どのような態勢をとればいいのだろう?
訓練のときはそんなことまで考えていなかった。

アイザックが叫んだ。
「みんな、家の屋根に上れ!屋根の上から撃てば味方に当たる心配はない!」
アイザックははしごを使い、屋根の上に上った。

ライオネルは迷った。屋根に上るべきだろうか?妻はどうする?妻も屋根の上に上らせるべきだろうか?
そのときライトンの叫び声が聞こえた。
「もう無理だ!みんな、走って逃げろ!」
ライオネルは決断した。妻の手をとって走り出した。

町中の人々はばらばらに行動した。
屋根に上り銃で戦おうとする者、銃で戦うのをあきらめて逃げ出そうとする者。
マニュアルなどなかった。

アイザックは毒づいた。
大勢の人々が逃げ惑っているので、銃を撃つことができずにいた。
「みんな、家の中に入れ!男は銃を持って屋根の上から撃つんだ!」

しかし逃げ惑う人々には聞こえない。
すると一人の男が狼に倒された。
狼の方が圧倒的に速かった。男の苦痛の叫び声が響く。
人々はパニックに陥った。
我先にと逃げ出す人々。ぶつかって転ぶ人々。狼に追いつかれ襲われる人々。

アイザックは銃を撃った。
もう待てない。人々が狼に襲われている。戦わなくては。
アイザックの銃弾が一人の女性に当たった。女性は倒れた。
アイザックは一瞬ためらったが、またすぐに銃を撃ち始めた。
この場合、それでもこうするのが最善だと思った。

屋根の上から銃弾が降り注ぐ。
狼の群れが襲い掛かってくる。
逃げ惑う人々。
町はカオスだった。

どうしてこんなことになってしまったんだろう。
少年は思った。
訓練は所詮訓練でしかない。現実の災害はもっとずっとヘヴィなんだ。
「おお、神よ!!」