ケルベロスの基地

三本脚で立つ~思考の経路

BABYMETAL探究(番外編~「GQ JAPAN」2016年1月号 賛!)

2015-11-24 19:05:29 | babymetal
本日発売の『GQ JAPAN』1月号。
BABYMETALの掲載ページは、2見開き、4頁ぶんだけだが、
(僕にとっては)600円払って購入する値打ちの十分あるものだった。

仕事の移動中に、電車の中で鞄から取り出し、記事を読んで、
(いつものことではあるが、でもいつも以上に)涙が滲んできた。

写真もカッコいい。
2015年の暮れのBABYMETALの「いま」を体現する、勇ましく、上品で、カッコよく、可愛く、メタルな写真だ。

で、電車から降りて、改札口を出たところの書店で、もう1冊購入してしまった。
こんなことは、初めてである。

以下、賛の寸感を少しだけ。
(今回は、短文です)。

『ヘドバン』誌の熱い記事には、毎回エネルギーをもらっていて、感涙してしまうことも多いのだが、独特の「いつもの臭み」がある。
(もちろん、それも大好きだからこそ、毎号、発売日前日に、フラゲしているのだが)。
その「臭み」とは、主に「(俺たちの)BABYMETALは、(俺たちの)メタルなんだ!」という「力み」からくるものだろう。
『ヘドバン』はメタル雑誌(あるいは、ベビーメタル雑誌)だからそれでよいのである。

僕の、このブログも、そうした「力み」=「臭み」がぷんぷんしているはずだ。
メタルを愛するブログ主が書くからそうなるのである。
今後もそれは変わらない。

また、この1年でも、『ヘドバン』以外の音楽誌にもいくつかBABYMETALの記事が掲載されたが、記事の執筆者は、ヘドバン関係者(?)で、率直に言って、文面は食傷気味のものが多かった。いつかどこかで見た、個人的な熱い思いの吐露。もちろん、共感はするのだが、正直、「またか」という印象も否めなかった。

音楽誌以外の経済誌とかでは、「なぜヒットしたのか?」というピントのずれたものが多く、(個人的には)噴飯ものでしかなかった。(「成功」考 で述べたことがある)

今回の『GQ JAPAN』の記事は、それらとは全く異なるトーンが基調になっていて、「ああ、とうとう、(正当に)こういう捉え方・書き方がされるようになったんだな」と感慨深かった、のである。

記事執筆者の「三井三奈子」氏については、存じ上げない(ググったけれど、よくわからなかった)が、記事全体が、「世界規模で活躍している」ということを既定の事実として冷静に捉えたうえで、「これから、この3人の少女たちは、どのように活動していくのか?」を本人たちに語らせるという、「実」のあるものだ。

いわば、『Number』誌に掲載される、アスリートのインタビュー記事、のトーンである。

それほど長い記事でもないし、それをここに引用するのは、商業妨害になるかもしれないし、このブログをご覧になっている皆さんならば、もうすでに、あるいはこれからすぐに、購入されるだろうから、詳しい引用はしない。

冒頭のプロフィールも、『GQ』誌を読む、BABYMETALを知らない人には、簡にして要を得ている。ファンにとっては、「今さらレディー・ガガかよ」と感じるかもしれないが、「一般」の人にはこれはやはり必要な紹介だと思う。

MOAMETALの語りから始まっているのもよい。このファミレスの話は、僕は初見であった。SU-METALの語りは、やはりいちばんのお姉さんぶりであるし、YUIMETALは、彼女の一面である「プロデュース委員長」的な硬派な語りであって、三人の個性が滲み出ている。

何より、プロフィールを含めて記事中に「アイドル」という単語がひと言もない、のだ。
これは、『GQ』誌がBABYMETALをどのような存在として捉えているかの端的な証しである。

もちろん、この号はBABYMETAL効果でそれなりに売れるだろう(僕ですら2冊買ってしまったのだから)が、売るために載せたのではなく(もちろん、そうした判断もあるには決まっているが)、「MEN OF THE YEAR」の6人よりも前のページに、こうした「正しい」扱いで載っている、という姿勢に、大人が認めたBABYMETAL、が登場している、という印象を受けるのだ。

引用はしないと言ったが、2箇所だけ、どうしても引用したくなってしまった。
(皆さん、買いますよね?)

「目の前にちょこんと座っているこぎつねの姉妹のような少女たちと話していると、大人なんだか子どもなんだか、強面なんだかかわいらしいんだかわからなくなる。でも、それこそが彼女たちの魅力なのだろう。正体不明、変幻自在。だからこそ、その一挙手一投足が気になり、彼女たちが進んでいく道を見ていたいと思ってしまう。」

素晴らしい文章だと思う。
考察中のMOAMETALの「笑顔」にも関わる、BABYMETALの魅力を、実に的確に(しかも僕のように「臭く」ならずに)表現している。

記事は、こう結ばれる。
「…きっと彼女たちは、3人で前を向いて、”その先”へと突き進んでいくだろう。これまで日本人アーティストが辿りつけなかった場所に、彼女たちなら行けるかもしれない。」

これも、素晴らしい。
こうして書き写しているだけで、感激の涙がこぼれそうになる。
本当にその通りで、こうした「まともなBABYMETAL評」が、一般男性誌に掲載された、ことは、2015年の特記すべきトピックのひとつだと、(こんなブログを書き続けているからこそ、余計に)思うのである。

…もう一冊買おうかな…?






BABYMETAL探究(巨大天下一メタル武道会~MOAMETAL「最強」説3)

2015-11-22 21:49:46 | babymetal
「BABYMETAL DEATH」での、MOAMETALによる「MOAMETAL DEATH!」のキメ笑顔

あの何とも魅力的/挑発的な笑顔は、
a〈アイドルな笑顔〉なのだろうか?それとも、b〈メタルな笑顔〉なのだろうか?
今回は、そこを焦点として、MOAMETALの「最強」ぶりを探究してみよう。

と、その前に、まず、この「BABYMETAL DEATH」という楽曲の、いわば”狂気に満ちた楽しさ/カッコよさ”は、BABYMETALの楽曲のなかでも、とりわけ無類である、ということに(皆さんには「釈迦に説法」でしょうが)改めて言及しておきたい。

BABYMETALの楽曲のなかでも無類、ということは、この世のありとあらゆる音楽のなかでも、「なんじゃこりゃ!」度においてのある極点に位置するものだ、ということになる。
この(いい意味で)”狂った”楽曲は、古今東西のロック史のなかに燦然と輝く1曲なのだ(少なくとも、僕にとっては、そうなのだ)。
いや、もちろん、へんな曲というだけならこの世に星の数ほどあるかもしれないが、この、「BABYMETAL DEATH」の、カッコよさ・可愛さに満ちた疾走ヘヴィ・メタル・チューンであるがゆえの「なんじゃこりゃ!」感の横溢、これは、まさに、「唯一無二」と形容するしかない。

と言いながら、(このことは何度か触れたが)この「BABYMETAL DEATH」だけではなく、BABYMETALのすべての楽曲が、”唯一無二のBABYMETALらしさ”(ある種の”狂気”)の体現であり、これこそが、「オンリーワンのジャンル」ということの内実(のひとつ)なのだろう。

BABYMETALに似たバンド・ユニットがいくつかある、という意味での「ジャンル」ではなく(それだと、もはやオンリー・ワンではなくなってしまう)、BABYMETALのすべての楽曲が、「アイドルでもメタルでもあり、アイドルでもメタルでもない、BABYMETAL」としか言いようのない、他に類のない魅力をいつも持っている、ということだ。そうした楽曲・パフォーマンスの集成、それがジャンルとしてのBABYMETAL、ということだ。
(例えば、本日のオズ・フェスというガチのメタル・フェスで、「あわだまフィーバー」が演じられたというではないですか!「まさか!」ですよね。でも、それこそがBABYMETALなのだ、と。)

そうしたオンリー・ワンの楽曲群のなかでも、「BABYMETAL DEATH」こそは、とりわけオンリー・ワン、なのだ。

アルバム『BABYMETAL』のオープニング曲であり、多くのライヴでのオープニング(あるいはアンコールの幕開け)であるのは当然である。
いまや「伝説」というべき「神」番組、『BABYMETAL現象』も、
冒頭のメタル没落の状況紹介→世界を沸かせるBABYMETALの映像数枚→「BABYMETAL DEATH」の爆音疾走→タイトル「BABYMETAL現象~世界が熱狂する理由~』がバーン!、と、ここまでの3分40秒で、すでに鳥肌モノだ。ここまでで、心を鷲掴みにされた新規の方も少なからずいたのではないか。
(そして、そのあとのロンドンでバスの中からファンの行列を目にして「わー」「きゃー」言う3人の可愛い姿、など、さらに、多次元での魅力の攻撃が休むことなく繰り出される)。

そして、そこで「演」奏される、「MOAMETAL DEATH!」の「キメ笑顔」は、「BABYMETAL DEATH」の”狂気に満ちた楽しさ/カッコよさ”の最大の核のひとつである。あの笑顔があるのとないのとでは、この曲の”狂気”の迫力・味わいはまったく違う。
(また、音盤だけ聴いていても、「SU-METAL DEATH!」「MOAMETAL DEATH!」につづく、「MOAMETAL DEATH!」の発音のうわずったキレの良さ、はじけた楽しさ(「モアメタルでふっ!」)は、やはり無類である。)

BABYMETALに出会ってから、僕の場合は、まだ1年と2カ月なのだが、しかしほぼ毎日「BABYMETAL DEATH」も聴き倒しているわけで、まあ、かなり聴き込んでいる方だと言ってよいはずだが、それでもいまだに、この曲には「なんじゃ、こりゃ」と震撼させられることがよくある(まあ、BABYMETALの全ての曲がそうなのだが。そうした、いくらでもしゃぶりつくせる、というのは、それだけBABYMETALの楽曲群が、練りに練られていることの証なのだろう。鑑賞期間の射程が極めて長い、というか、鑑賞に足る深度が底なしに深い、というか。このへんの「飽きない」をめぐる考察もそのうちきちんとまとめたい)。

この曲中に、3回の「MOAMETAL DEATH!」のキメ顔があるのだが、必ずしも3回とも同じ顔ではない。
というよりも、ライヴごとに、その3回の表情(の組み合わせ)も異なる

というか、そもそも、この楽曲の「演」奏としては、「笑顔」を見せないのがデフォルト(初期設定)であったはずなのだ。(今から振り返れば、この曲のキメ顔にふさわしい「笑顔」を、当時のMOAMETALはまだつくれなかった、ということになるのかもしれない。)

ざっと、最初期の映像から、「BABYMETAL DEATH」における「MOAMETAL DEATH!」の3回の表情の変遷をざっと瞥見してみよう。

以下、笑顔か笑顔でないかは、まあ客観的に判断できるが、a<アイドルな笑顔>なのか、b<メタルな笑顔>なのかは、現段階での僕の個人的な印象である。次に視聴した際には、aかbかの判定は変わるかもしれない。

より、ドヤ度や挑発度の高いのがb〈メタルな笑顔〉で、そこまで挑発的ではないチャーミングな美少女ぶりを見せるのがa〈アイドルな笑顔〉だ。

aとbとの差は、気合の入れ方やあるいはカメラに映る角度によって見え方や印象が微妙に変わる、ということもあるだろうし、あるいは、MOAMETALが意識的に顔を演じ分けている(いわゆる「顔芸」)のかもしれない。

① 『 LEGEND I 』 2012.10.06
1回目 真顔
2回目 真顔? 直後には笑みを浮かべている
3回目 真顔
MOAのジャンプのタイミングが遅れたりもあった。

② 『 LEGEND D 』 2012.12.20
1回目 真顔
2回目 真顔 (顔をつくる余裕がない、という感じ)
3回目 真顔
とりあえず振り付けとおりに、あごをあげる、という所作に見える。

③ 『 LEGEND Z 』 2013.02.01
1回目 真顔
2回目 やや、a〈アイドルな笑顔〉が淡く見える気がする
3回目 真顔

ここに至って、初めて笑顔らしきキメ顔が登場したが、はっきりとした笑顔ではない。笑顔ナシがデフォルトだった、ということの内実はこのことだ。むしろ、MOAMETALを含めた3人は、まるで木偶(でく)のような感情をもたない操り人形を演じているかのようにも見える。

④ 『 LEGEND 1999 』 2013.06.30
1回目 ロングの映像でまったく表情は見えない。
2回目 微妙。だが、真顔でキメて、すぐに表情を緩めている、と判定。
3回目 これも微妙。2回目同様、真顔でキメて表情を緩めている、と判定。

③④をみると、2回目のキメ顔は意識的に笑顔をつくろうとしているのかもしれないし、
「DEATH」の「エ」の発音によって口元が笑顔に近くなるのかもしれない(写真撮影時の「チーズ」に近い効果)、とも思う。
いずれにせよ、最近の明らかなキメ笑顔(後述)ではないこと、しかし、①とくらべるとキメの表情に余裕ができてきていること、は間違いないだろう。

⑤ 『 SUMMER SONIC 2013 』 2013.08.10
1回目 すまし顔(キメ顔の後も、闘う顔を見せ続ける)
2回目 すまし顔。(キメ顔を緩めた後は、柔らかな笑顔に近い表情を見せる)
3回目 すまし顔。その後も真剣な顔だ。

「1万人のステージに挑むのである!」と紙芝居で宣言される「天下一メタル武道会」。
笑顔を見せてなどいられない、ということだろうか。
フル神バンドによるライヴのオープニングらしい、緊張感・闘争心に満ちた表情である。

⑥ 『 LEGEND 1997 』 2013.12.21
1回目 b〈メタルな笑顔〉(スロー確認)
2回目 真顔。
3回目 ナシ

1回目、映像の角度が見にくいのだが、コマ送りで確認すると、鋭い眼光に笑みの組み合わせの〈メタルな笑顔〉が確認できる。ほんの一瞬だが、この笑顔、初登場、だ。
この「BABYMETAL DEATH」は、聖誕祭なのに、途中からSU-METALが十字架にはりつけになる変則ヴァージョンで、3回目の「MOAMETAL DEATH!」は演じられなかった。

⑦ 『 赤い夜 』 2014.03.01
1回目 真顔(笑顔ではない)、
2回目の「MOAMETAL DEATH!」は、〈アイドルな笑顔〉(優しいやわらかな笑みである)、
3回目の「MOAMETAL DEATH!」はまた真顔、のようである。

2回目のキメ顔は、はっきりと「笑顔」である。⑥の〈メタルな笑顔〉は通常再生では印象に残らない一瞬のものなので、はっきりとMOAMETALのキメ笑顔がこの「BABYMETAL DEATH」に降臨したのは、この『赤い夜』が初めてである。

⑧ 『 黒い夜 』 2014.03.02
1回目は、a〈アイドルな笑顔〉(?)笑顔かどうか、判定は微妙ではあるが…。
2回目は、真顔、
3回目は、また真顔、のようである(「デス」の「ス」の口が微妙に笑んでいるようにも見えなくもないが、笑顔とはいえまい)。

2日連続の公演、初日とは明らかに表情の組み合わせが異なる。
YUI・MOAバトルを考察したときにもそうだったが、単純に、ある時からこう変化したと言えないところが、BABYMETALの奥深さであり、「探究」のしがいがある、とも言えるところだ。

⑨『 The FORUM 』 2014.07.07
1回目は、顔がよく見えず、
2回目は、ドヤ感満載のb<メタルな笑顔>(笑顔を通り越して顰め面にさえ見える)であるが、
3回目は、笑顔ではあるが、もう少し控え目なa〈アイドルな笑顔〉

3回中2回キメ笑顔を見せる「演」奏は、初めて、である。①~③などと比べると明らかだが、「笑顔でキメる」表情が、この頃には堂に入りつつある。
この⑨の2回目と3回目を、a〈アイドルな笑顔〉とb〈メタルな笑顔〉の典型例としたい。

しかし、この表情の組み合わせが固定化されたわけではなかった。

⑩ 『 SUMMER SONIC 2014 』 2014.08.16
1回目 すまし顔(凛とした勇ましい顔)でキメて、ほどけた顔は笑顔に近い柔らかな表情だ。
2回目 b〈メタルな笑顔〉<メタル>だと感じさせるのは、目つきの鋭さである。口元は笑顔ながら、目つきは戦う時のそれだからだ。
3回目 すまし顔。1回目よりは勇まし度の低い、MOAMETALの真顔に近い表情だ。

2回目ははっきりとした<メタルな笑顔>だが、1回目・3回目は笑顔ではない。


⑪『WORLD TOUR 2014 幕張メッセ』 2014.09.14
1回目 a〈アイドルな笑顔〉
2回目 a〈アイドルな笑顔〉 ほとんど同じ笑顔の繰り返しだ。
3回目 a〈アイドルな笑顔〉だが、笑顔の余韻のなかで、”ドヤ顔”も見えるので、多少bも混じっているといってよいかもしれない。

ついに出た!3回ともの「キメ笑顔」!
ワールド・ツアー最中の、いわば凱旋公演に降臨した、微笑の天使による、「MOAMETAL DEATH!」の3度の「キメ笑顔」!。
ここでは、戦う顔ではなく、愛らしい<アイドルの笑顔>を見せている。
やはり、ホームだという安心感が滲み出ているのだろうか。そうだとすれば、日本のファン大感激だし、そういう風に思わせるような「顔芸」だとすれば、それもまた大したものだ。

⑫『 BRIXTON 』 2014.11.08
1回目は、顔がまったく見えず、
2回目は、真顔、
3回目も、はっきりは見えないが、真顔のように見える。

あれ?という感じ。⑨~⑪と笑顔率が上昇してきたのに・・・。
やはり、必ずしも時系列に添って、単純に、ということではないのだ。

そして、表情ではないが、ここまでの「演」奏では、MOAMETALは、「B!」「A!」「B!」「Y!」「M!」「E!」「T!」「A!」「L!」で身体を前に折って、起き上がり両手を掲げる動きの際、膝を折っている。YUIMETALが両脚を伸ばしたまま、腰を支点にしての上半身の折り畳みをしているのと比べると、MOAMETALの、華奢さが仄かに伺われる。腰を痛めないための配慮、あるいは、腹筋・背筋の未熟さ、ということだろう。
(これは、MOAMETALうんぬんではなく、YUIMETALの身体能力のバケモノぶり、を賞すべきなのだろうが)。

2015年に入る。

⑬ 『 新春キツネ祭り 』 2015.01.10
1回目 b〈メタルな笑顔〉。鋭い流し目つきのドヤ顔!
2回目 a〈アイドルな笑顔〉。1回目よりは柔らかな、落ち着いた笑顔だ。
3回目 b〈メタルな笑顔〉!これも、もう顰めっ面に近い笑顔だ。それがカッコよくってカワイイのだ。

また、3度とも笑顔!
そして、3回目の「ドヤ!」度の高さ!
何か、余裕・安定感さえ感じさせる「笑顔」を3度繰り出すのだ。
⑫とは、緊張感等も違ったのかもしれない。
何しろホームでの、『キツネ祭り』なのだから。

そして、このライヴから、MOAMETALも、折り畳みの際に、膝を曲げなくなる。(「L!」では、YUI・MOAともに、次の動きへと勢いをつけるためのバネとして膝を曲げる)。
でも、これって、動きは単純だけど、サマソニの映像を見て、えげつない角度だな!と震撼させられた。いくらふだんからお辞儀の深い3姫だといっても、これをライヴの現場でやっているのだからなあ…。
これ、おっさんにはとても無理、一発で腰をやられる、というレベルの折りたたみである。
MOAMETALの明らかなヴァージョン・アップを、この動きにおいて(も)痛感させられるのだ。

そして、
⑭ 『 巨大天下一メタル武道会 』 2015.06.21  では、
1回目 a〈アイドルな笑顔〉b〈メタルな笑顔〉の融合、b寄り。
2回目 a〈アイドルな笑顔〉b〈メタルな笑顔〉の融合、a寄り。
3回目 a〈アイドルな笑顔〉b〈メタルな笑顔〉の融合、ジャスト中間。


そう、ここでも、3度とも「笑顔」で、しかも、可愛らしさを放ちながら、ドヤ顔の挑発も含む「笑顔」である。
成田亨の言う「本当に強い者は戦う時にすこし笑っている」をまさに具現する「笑顔」であり、さらに、
ここでのMOAMETALの笑顔には、単純にaともbともいえない、もっとふくよかな豊かな感情の横溢さえも伺われる、のだ。
次回考察することになるはずの、c〈最愛な笑顔〉あるいはd〈最愛の笑顔〉という新たな概念が必要になるのは、例えばこのへんを語るためである。

そして、つい先日放映された
⑮ 『 SUMMER SONIC 2015 』 2015.08.15  では、
1回目 b<メタルな笑顔>
2回目 a<アイドルな笑顔>
3回目 b<メタルな笑顔>


aかbかの区分は微妙だが、3回ともはっきりとした魅力的な笑顔でキメているのは明らかだ。

2015年ヴァージョンは、(確認できるかぎり)すべて、3度とも「笑顔でのキメ」だった。

そして、冒頭に書いたように、このMOAMETALの笑顔のキメ顔が、この「BABYMETAL DEATH」の”必殺のエッジ”となっているのだ。
とりわけ、ライヴのオープニングでの、このMOAMETALのキメ笑顔たるや、ライヴ全体の超絶的な楽しさへの先導として絶大なる効果を発揮している、それは疑いようがない(実際には、ライヴの現場では、「あっ、MOAMETAL、笑顔でキメたな」なんて確認する余裕はないが)。

MOAMETAL最強!を唱える所以である。
(もちろん、SU-METALも最強、YUIMETALも最強、なのだ。3人が3人とも異なる質の「最強」であることがBABYMETALというユニットの「無敵」ぶりの内実なのだ。そのうえさらに、神バンド帯同、という「最強」のミルフィーユ状態!)

いや~、こうして瞥見し、改めて、MOAMETALの「進化」ぶりの凄さを、痛感している。

例えば、①と⑮とを見比べると、これはもう、別物と言ってよい。①~③に比べて、⑬~⑮の「キメ笑顔」の”殺傷力”の凄さよ!
⑩と⑮を比べても、1年間での「キメ笑顔」の量・質の「進化」は歴然としている。

ふう。

こんな風に、MOAMETALの「キメ顔」に注目しながら「BABYMETAL DEATH」を連続で見る、という体験をしたのは初めてだが、実に実に楽しい体験であった。

これまで、ついついYUIMETALの動きに目を奪われがちだったのだが、そうして見慣れたはずの映像が、MOAMETALの表情を追うことによって、また別の輝きを放つのだ。
BABYMETALのライヴ映像の、魅力の「無尽蔵」ぶりを、改めて痛感している。

そして、⑮を確認するために、MOAMETALの顔に注目しつつ「Road of Resistance」まで観つづけていたら、(またまた)泣けてくる自分がいた。
⑬~⑮のライヴでの、とりわけ「Road of Resistance」におけるMOAMETALの「笑顔」は、また別の次元のものなのだ。
次回はそのへんの機微を中心に考察したい。

(つづく)

BABYMETAL探究(巨大天下一メタル武道会~MOAMETAL「最強」説2)

2015-11-15 01:01:12 | babymetal
ジェイソン・ベッカーが、
「Hey guys, am I weird for totally digging @BABYMETAL_JAPAN?」
とツイートした
、というニュースには、感激した。

で、WOWOWで放映したドキュメンタリーを、今日、改めて観直してみた。
ALSに罹患しながら、瞳を動かして作曲を続ける、元天才速弾きメタル・ギタリスト。
映像で流れる、高校時代の文化祭での、イングヴェイの楽曲の演奏は、すでに、本家を凌ぐ迫力・音楽的魅力をも感じさせる、まさに天才少年のそれだ。
その彼が、ALSに罹患し、余命5年という宣告を受けながら、その後25年以上生き続け、周囲の人とりわけ父親の協力の元、日々楽曲の制作を行いながら、生きている、その映像が映し出される。
その、ひとつひとつのプロセスを、丹念に積み重ねながら、じわじわと音楽ができあがっていく様は、安易な形容を阻む、凄さだ。崇高さ、さえ感じさせる。
というか、彼にとっては、生きることは音楽を創ることなのだ。全身が動かなくなり、瞳だけしか動かなくなっても、それで音楽を創ることができる、そうして、彼は生き続けている。
とんでもない悲劇なのだが、見ているこちら側が心底励まされる内容だった。
可哀想というよりも、人間の持つ素晴らしさに勇気を与えられる。
そんな彼が、「BABYMETALにハマっている」と!

激熱である。

BABYMETALの凄さは、決して世界中でヒットしている、などということではない(以前、「成功」考で述べたことだ)。実際、まだ、そんなところにまでは至っていない。日本ですらそうだ。
そうではなく、例えばジェイソン・ベッカーのような、「生きる=音楽」であるような本物の音楽好きに、幸せを与えてくれる、ということにある。しかも、僕たち日本人だけでなく、言葉の壁を超えて。その凄さを改めて思い知らされた出来事だった。

にしても、ジェイソン・ベッカーがBABYMETALを観たり聴いたりしている横には必ず父親や介護スタッフがいるわけだから、その絵を想像すると(たいへん不謹慎だが)何か楽しくなる。ジェイソンにギターを教えた父親も、BABYMETALを楽しんでいるのだろうな、「WAO!」なんて目を丸くして、ジェイソンと目を見合わせたりして、なんて想像すると、こちらまでほんわかしてくる。
とても、いいニュースだった。

それと、私事ですが、
四度目のチャレンジ、アミュモバで、横アリ、当選death!
やった!!!
12時01分にメールが来て、それから出勤したのですが、もう、気づいたら口もとが緩んでしまっています。いやあ、本当に幸せです。
娘に知らせたら、第一声は「えっ、ホンマ?」でした。「やったー!」ではないのは、娘もチケット獲得の難しさを痛感しているからでしょう。娘の大好きな、ポルノグラフィティも、ライヴのチケットは当然抽選で、やはりいつも落選祭のようです。
とりあえず、娘と一緒にダメジャンプ!
楽しんできます。
未だチャレンジ中の方、あきらめないで、まだチャンスはあります。
Put Your KITSUNE Up!
キツネ様のご加護のあらんことを!

さて、以下、本論。前回の続きです。


ステージの上で、最強の「微笑」「笑顔」をみせ続ける、MOAMETAL
その「笑顔」は、例えば次のような4種に区分できるのではないだろうか。

a<アイドルな笑顔>
b<メタルな笑顔>
c<最愛な笑顔>
d<最愛の笑顔>

この4種の笑顔を変幻自在に(意識的に/時には無意識に)織り交ぜながらのDanscreamによって、MOAMETALは、僕たちメタル・ヘッズを”完膚なきまで”魅了する(腑抜けにする)のだ。
それを、僕は、『巨大天下一メタル武道会』の映像によって、改めてまざまざと体感しているのである。

(前回も触れたことだが)MOAMETALは、はじめから「微笑の天使」だった。しかし、初期の「微笑」「笑顔」には、a~dの4種を織り交ぜた分厚さはなかったように思われる。(初期の「笑顔」は、もっぱらaのみだった)。
その後のMOAMETALの「笑顔」の進化ぶり、つまり、さまざまな修羅場をくぐり、とんでもないアウェイな状況を(すべてではないにせよ、その多くを)覆してきた末の(また、実人間、菊地最愛としての成長もあったのだろう)、「笑顔」の熟成・飛躍的な質の向上が、そのままBABYMETALの魅力を、単なる企画もの・ギミックではない、”本物中の本物”にしている秘密の核なのだ、と思う。
メタルヘッズだけではなく、ロック好き、洋楽好きのオヤジ達が、「この娘たちは、本物だ」と熱くなる、その核に、楽曲やSU-METALの歌声や神バンドのテクニックや高速キレキレ舞踊やにも増して、MOAMETALの「最強の笑顔」があるのだ、と。

ここでは、『巨大天下一メタル武道会』でのMOAMETALの凄さを検証するのが、主目的なのだが、そのための補助線として、初期~今までの「笑顔」もいくつか瞥見しつつ、a~dについての考察を進めていこう。(今回は、まずa、bについて)。

a<アイドルな笑顔>
すべてのベースになる「微笑」「笑顔」である。
これは、初期の映像から、現在に至るまで、MOAMETALに(だけでなく、SU-METALにもYUIMETALにも)ふんだんに見ることができる。
科学的な術語を用いて説明するならば例えばミラー・ニューロン効果(これについては以前、ここで探究した)によって、あるいはもっと素朴な印象において形容すればその「見目麗しさ」によって、すべての観客を笑顔にしてしまうものだ。

他のヘヴィ・メタル・バンドに比べても、BABYMETALのライヴが”超絶的に”楽しいのは、このa<アイドルな笑顔>がベースになっていることは間違いない。
そして、(以下を文字にするのは我ながら面映ゆいが、これは明らかにしなければならない「事実」なので、感じたままを率直に文字にすると)、MOAMETALはたいへんな美少女である。
さらに、その美しさの進化の飛躍ぶりが、とんでもなく凄い。
(ごめんなさい、やっぱり気色悪いなあ・・・こんな評言は。でも、この辺への言及を避けては、MOAMETALがヘヴィ・メタルにおいて為していることをきちんと語ることはできないので、このまま続けます)。

個人的には、「ド・キ・ド・キ☆モーニング」・「いいね!」のPVや、『LEGEND I』のステージなどの、初期の映像で目にするMOAMETALの顔は、目鼻のつぶだちの大きさの割に顔の土台が貧弱というかまだ未発達なので(頬が細いので顔が長く見える)、どなたかがどこかで「ロバみたい」と(失礼な!)形容していたのと、同様の印象を受けもした(…ごめんなさい…)。

ところが、すぐに、その美少女ぶりは、とんでもない次元へと飛翔する。

とりわけ、その進化に驚愕させられた印象の鮮明なのが、『LEGEND 1999』で映し出された写真だ。
「生誕」を祝う紙芝居に続き、幼い頃からの写真が何枚か映し出される。はじめの「お猿さん服」からして可愛い写真なのだが、最後に映し出されるさくら学院制服姿の菊地最愛の写真は、「唖然」としてしまうほどの美少女ぶりだ。
(ネットでの年代別アイドル美少女総選挙でも、確か2年連続優勝していたはずで、個人的な好みとかを超えた、誰が見ても認めざるをえない”普遍的な美少女”、それがMOAMETALなのである。)
その、超絶美少女がみせる、両えくぼも鮮やかな「笑顔」は、老若男女を問わず、観るものを幸せにしてくれる。
それがaだ。

あらゆるアイドルがこうした「笑顔」をみせてはいるのだが、その中でも、MOAMETALの「笑顔」は、最高品質の、完璧な、とんでもないクオリティのもの、である。

「メタル原理主義者」がBABYMETALにみせる”拒否反応”には、こんな美少女に慣れていない照れくささも入っているのかもしれないなあ、と、こうして考察しながら、ふと思った。
あまりにも相手が可愛いと、ドギマギしながらも「馬鹿にすんなよ、このやろう!」なんて口をとがらせて粗暴な振る舞いをしてしまう、なんてこと、男子にはよくあるし。
でも、「この可愛さを、そのまま受け入れていいんだ」と素直に認めることができたら、楽になるのだ。
そうした当惑→逡巡→陥落、を経験した末、今やすっかりBABYMETAL中毒者である、という方も、世界中にたくさんいるはずだ。

「ド・キ・ド・キ☆モーニング」のPVでは、真顔と笑顔のコントラストが、メタルとアイドルの融合(ギャップ)の表象にもなっているのだが、「リン、リン、リン」「お・ね・が・い、ちょ、まって~。ちょ、まって~」の「笑顔」がほんとうに”嬉しそう”に見えるのは、さすがである。
「いいね!」のPVにも、同様の印象を受ける。
(しかし、改めて初期のPVの「笑顔」と見くらべてみても、現在の方が「さらにずっとカワイイ」って、これは、本当に凄いことだ。というよりも、むしろ、初期のPVよりも、今のステージ上の方がずっとずっと「本当に楽しそう」に見える。実際にそうなのだろう。あんな超人的な高速舞踊を繰り広げながら、シンクロナイズドスイミングのような「明らかな作り笑顔」ではない、「本当に楽しそう」な<アイドルな笑顔>を常に見せ続けて観客を幸せにする、これは、改めて、とんでもないことだ、と感じる。)

「イジメ、ダメ、ゼッタイ」のPVでは、MOAMETALの頬のラインもややふくよかになり、「イエスタデーイ」「バイ、バイ」の笑顔はいっそう「美」少女のそれである。(「笑顔」の話ではないが、間奏でギターを操っているMOAMETALのカッコカワイさよ!改めて観直すと、何ともサマになっているではないか!…これで陥落したメタルヘッズもいるだろうな・・・)

「メギツネ」のPV(僕が一発で陥落した)では、冒頭からのカッコいい振りを舞う3姫の姿と対照的に、挟み込まれるYUI・MOAの遊びながらの笑顔が本当に楽しそうで、楽曲、演奏、SU-METALの歌のカッコよさもあいまって、いったい何次元攻撃なんだ、といいたくなる凄まじさ・贅沢さ・魅力の分厚さである。
ブレイクダウンの後の「そいや、そいや」のところに挟み込まれる、廊下をすべったり跳ね回ったりするYUI・MOAの無邪気な笑顔と、その後のステージでのダイナミックな舞踊の激しさ・カッコよさ(この衣装も、絶妙にPVの世界観に花を添えている)との、ギャップの融合すなわち弁証法。これは、凄い。

そして、『巨大天下一メタル武道会』であるが、ここでも、このa〈アイドルな笑顔〉が基調になっている。
2曲目の「ギミ・チョコ!!」からすでに汗だくであるが、それでも3人(とりわけYUI・MOA、そのなかでも特に特にMOAMETAL)は、常に魅力的な「笑顔」を見せながら、超絶的な「演」奏を、実に楽しそうに演じ続けるのだ。

年月・経験を重ねて、”至高の原石”が”唯一無二の本物”になってきている様がまざまざと見てとれる。「地」としてのこの〈アイドルな笑顔〉自体の向上が、まず、凄まじいのだ。

BABYMETALは、少女だからいいのであって、年をとるにしたがって、その「カワイさ」は劣化するから、「賞味期限」も限られているんだ…なんて見解が、まことしやかに語られていた時期もあったようだが、あにはからんや、もちろん少女的な「可愛さ」は3人の成長とともになくなっていっているのだが、にもかかわらず、あるいはだからこそ、「笑顔」の魅力は劣化どころかいっそう増している。
BABYMETALの、とりわけMOAMETALの、a〈アイドルな笑顔〉は、むしろ年とともに成熟し、よりいっそう観客を幸せにする高みへとのぼりつつある

これだけでも凄いことなのだが、とりわけMOAMETALの笑顔は、このa〈アイドルな笑顔〉の進化にとどまらず、b・c・dを加えて多面的になってさえいる。
速球の速度がぐんぐん増しつつ、変化球が多彩になる、まさに、大谷翔平状態なのだ。今のMOAMETALは。

b<メタルな笑顔>
その「笑顔」の多彩さのひとつとは、まず、これだ。
aがアイドルに普遍的なものだとすれば、このbは、まさにBABYMETAL(とりわけMOAMETAL)独自の「笑顔」だと言うべきものかもしれない。
(SU-METALもYUIMETALも、<メタルな>表情、戦う顔を見せるけれど、それを「笑顔」で表現する、のは、MOAMETALの独擅場といってよいだろう)。

BABYMETALをいわば”世界に知らしめた「ギミ・チョコ」のPV”の、イントロでの、MOAMETALの「ニヤリ」というか「ニカッ」というか、その不敵な「笑顔」。
PVの冒頭から「いったい何が始まったんだ!」という衝撃にあっけにとられたまま、信じられない動きの高速舞踊の怒濤の波にのせられて観つづける目に飛び込んでくるその不敵な「笑顔」は、戦う美少女、を強く印象づける、”メタル”なものだ。
いかにもメタル風の、やさぐれた、ブルータルな表情やしぐさではなく、「ニカッ」とした笑顔で、道なき道を突き進むメタル魂を表象する、そのカッコかわいさよ。
このPVでのMOAMETALは、全編、この<メタルな笑顔>を保ち続けているように感じられる。チョコを食べる振りの時の「満面の笑み」にも、「不敵」さが感じられる。

この映像は、もともとは『LEGEND1997』での「演」奏、それが本邦(すなわち全世界)初公開の初演であったはずだ(『LEGEND 1997』での冒頭の紙芝居も実に愉快だ。「ああ、おねだり大作戦か」と思わせて・・・あれ?SU-METAL???からの、まさかの新曲、なんじゃこりゃ!という流れだ)。
その「初演」で、こんな圧倒的な「表情」を見せつけ続ける、というのは、何とも恐ろしい。
これが海外に大受け(賛否の否も含めて、大きな衝撃を与えた)というのは、言葉の壁の低い楽曲であるという要因もあるのだろうけれど、何といっても、3姫が見せる、歌、スクリーム、舞踊、そして「表情」が、何度見ても見ているこっちに正体不明の汗が噴き出してくる「とんでもなく楽しい衝撃」に満ちているからだ。
いわば「狂気」に満ちたこの曲の「演」奏のなかでも、とりわけMOAMETALの表情は、ヤバい

a<アイドルな笑顔>の考察では、「普遍的な美少女」と書いたが、MOAMETALの顔の、とりわけ、眉や目のあたりは、よく見るとボーイッシュといってもいい、凛々しさを湛えている。なよなよとしたたおやかな美しさではなく、きりっとした目もとの凛々しい美しさは、「戦う美少女」を具現するものであり、このb〈メタルな笑顔〉の下地になっている。

おそらく、aとbとはほんのわずかな、例えば眉の角度のほんの少しの傾きの、差なのだ。しかし、このb〈メタルな笑顔〉は、「ギミ・チョコ!!」初演以前には見られない表情であるように僕には感じられる(すべての映像をつぶさに検証してはいないが、少なくとも残っている印象に即して言えば、そうだ)。
いわば、この楽曲において、MOAMETALの笑顔も、一段(?一挙に数段かもしれない)ギア・チェンジをしたのだ。

その、ひとつの「集大成」が、ソニスフィアでの、「ギミ・チョコ!!」冒頭での、あの「ニヤリ」だといえよう。
MOAMETALの心中が実際にどんなだったのか、想像することも困難だし、おそらく本人自身も理性的には捉えていないいわゆる「ゾーン」に入った状態だったのだろうが、それが、ともかく”戦う表情”であったことは間違いないだろう。
本当に強いウルトラマンは、いつもアルカイックスマイルを浮かべているのだが、MOAMETALも普段湛えているその表情(a〈アイドルな笑顔〉)が、さらに臨戦モードに入ると、さらに大胆な「ニカッ」と不敵な笑み(b〈メタルな笑顔〉)を浮かべる(こともある)、ということだ。
何とも、カッコいいじゃないか。頼もしいじゃないか。

(つづく)


BABYMETAL探究(巨大天下一メタル武道会~MOAMETAL「最強」説1)

2015-11-08 10:12:51 | babymetal
『巨大天下一メタル武道会』の放送を繰り返し見るごとに、どんどん鮮明になってくるBABYMETALの壮絶な進化ぶり
その、核のひとつが、MOAMETALの凄さ、だ。

何が、凄いのか?

何といっても、その「微笑」「笑顔」だ。
BABYMETALのライヴを、他のどのミュージシャン・バンドのライヴとも異なる唯一無二・至上のものにしているものが、MOAMETALの「笑顔」なのだ、ということを、『巨大天下一メタル武道会』の映像を繰り返し観ながら、僕は痛感している。

微笑の天使MOAMETAL
もちろん、そうだ。彼女は初めから”微笑の天使”(という設定)だった。
でも、それが、BABYMETALのライヴ・パフォーマンスをこんなにも超絶的な次元に高めている核心なのだ、ということを、今回の放送(参加したライヴの現場では、きちんと「観る」ことなど全くできなかったので)を通じて、やや大げさに言えば”臓腑まるごと震撼させながら”気づき・納得していのだ。

それにしても、BABYMETALの蔵する(ヘヴィ・メタルとしては「異形」というしかない)数々の属性のうちでも、「いわゆるヘヴィ・メタル」からいちばん遠いものが、これだろう。
微笑の天使、って?
ヘヴィ・メタルの演奏・「演」奏において、いったいそんなものがどんな役割を果たすのか?想像もできない。

SU-METALの歌声は、既存のヘヴィ・メタル界にはなかった独特の(とりわけ、その声質はまるで天上のものであるかのような唯一無二・至極の)ものだが、ナイト・ウィッシュ等をはじめ、いわゆるゴシック・メタルのバンドの中には、SU-METALの歌声に似ていると言えば言えなくもないクラシックのソプラノ風女性ヴォーカルを配したメタルバンドも、それなりの数、いることはいる。
もちろん、SU-METALの”あの”声(とりわけ、スタジオ盤の「紅月」の「過ぎてゆく、時のなか、瞳を閉じたま~ま~」のところ、などは、一年以上中毒症状のように聴き続けている今でも、いまだに必ず涙が滲む、とんでもない魔力を秘めたものだ)は類を見ないものなのだが、BABYMETALにおけるSU-METALという女性ヴォーカルの存在は、決して、その存在が想像もできない、というものではない。(もちろん、こんなことは、すでにBABYMETALが出現してしまった後での、後づけの納得であるのだが)。

舞踊の天使、YUIMETAL
これも、ヘヴィメタル界においては、未曾有の存在なのだが、”メタル・ダンス・ユニット”というコンセプトのユニットに、超絶テクニックをふんだんに繰り出す可愛いルックスの抜群の踊り手がメンバーのひとりとして存在しているということは、想定できること、というかむしろ、必然の理、とも言えることだ。つまり、その存在の納得性は高いのだ、「居場所」がしっかりとあるのだ。(これも、もちろん、BABYMETALのYUIMETALを知ってからの、後づけの納得ではある。ただ、「微笑の天使、MOAMETAL」と比べてその存在が極めて理にかなってはいる、ということだ)

微笑の天使って、いったい何なのだろうか?
BABYMETALがアイドル畑に源泉をもつことの、消しがたい残滓なのか?
重爆音を奏でるBABYMETALの半身(本体?)にふりかけられた、刺激的な甘いスパイスなのか?

いずれにせよ、これはBABYMETALの本質ではなく、付加価値、トッピングとして位置づけるべきものように(出会いはじめのうちは)思われる。
(それとも、映像の視聴を重ね、ライヴを体験してもなお、そのように感じているファンもいるのだろうか?例えば、神バンドとSU-METALこそが本体で、YUI・MOAは、いわば本体に味を添える、スパイス、トッピング、アクセサリー、フリルなのだ、と)

しかし、確かに、現時点から振り返ると、初期の映像作品におけるMOAMETALの「笑顔」とは、ある種のスパイスとでもいうべき役割を果たしていた(に過ぎない)という気もする。もちろん、そのスパイスは、BABYMETALの魅力をたいへん引き立てる、極めて効果的なものなのだが、しかし、現在のMOAMETALの微笑が、BABYMETALを「唯一無二・至上のものにしている」、BABYMETALの核だ、ということと比べると、存在の意味・必然性は弱かった、といいたくなる。(繰り返すが、あくまでも現時点から振り返れば、である。去年の今頃は、そんなことは全く感じもしなかった。ただただ魅了されていた。)

例えば、まず僕の脳裡に浮かぶのが、『LEGEND Z』のオープニングの「イジメ、ダメ、ゼッタイ」でのMOAMETALの表情である。
消されてしまったが、「BABYMETALにハマっていく視聴者たち」という動画(以前にもここで語ったこともあるが)を繰り返し観て、そのたびに印象的に感じるMOAMETALの表情だったのだ。
いつ観ても悶絶してしまう「ナウシカ・レクイエム」の崇高な演奏に続いて、十字架から解き放たれたSU-METALが、ダメポーズを決め、「イジメ、ダメ、ゼッタイ」のイントロのリフの疾走がはじまる。激走チューンの中、YUI・MOAの命懸けの駄々っ子ヘドバンなど、観ているこちらの胸が熱くなる・身体が燃えたぎる「演」奏がつぎつぎに繰り広げられる。
そんななか、「傷つけたのは~自分自身だけじゃなく」のところで、腕をX字に組みあげて、手のひらを開いたり閉じたりする振りのMOAMETALの、カメラ目線の顔が映されるのだが、それが、喩えるならば、「おびえた小動物」のような表情なのだ
僕には、それが、MOAMETAL(いや、MOAMETALになりきれない菊地最愛、とでもいうべきか)の怯え・所在なさの表情であるかに思われてならないのだ。

最近ではさすがに聞かなくなったが、「やらされている」感がする、という声。それも、例えばこんなMOAMETALの表情を目にすると、そう感じる人がいる、ということもうなずけなくもない。

いや、この表情はMOAMETALの「演」技であって、歌詞の内容に合わせて、イジメられている子の苦しみ・悲しさの表情を表現しているのだ、ともいえるだろう。たぶん、そうなのだろう。
しかし、そうした「演」技に、MOAMETAL(菊地最愛)じしんの怯えが透けて見えるように、僕には感じられてならないのだ。
それは、ここ以外の他のパートで見せる「微笑」が今のような絶対的な強さを持っていないことの、反作用の印象なのかもしれない。
例えば、直後の、「もって~!まけないで!」や「いえすたでい~」の合いの手では、くるっと可愛い笑顔に変わるのだが、それは、最近の、例えば『巨大天下一メタル武道会』で出会うことができる、絶対的な肯定性に満ちた強い笑顔ではない。
薄い、というか、淡い、というか、なぞっている、というか、そうした笑顔でしかない。

(とはいえ、今回の探究を書くために、久しぶりに『LEGEND IDZ』を観はじめたのだが、((用事はZの「イジメ」検証のみにあったのだが))、ふと見始めた『I』の冒頭から、もう、止められない。一瞬たりとも、目が離せない。
どの場面も、どの瞬間も素晴らしい!
『LEGEND I』の「BABYMETAL DEATH」での、会場との一体感の「熱さ」からぐいぐい引き込まれる。骨バンドだし、YUI・MOAは口パクだし、容姿はあまりにも幼女然としているし、といったことを含めても、3姫の観客を魅了するプロフェッショナルぶりをまざまざと・たっぷりと堪能できる。
いやあ、凄まじい。
この時代でもすでに、とんでもない魅力を発散する”唯一無二の原石”だったのだ、と改めて痛感した。やっぱり、この3人は凄い…。
・・・それでも、今と比べると、MOAMETALの微笑は、ただ微笑を浮かべながら踊っている、というレベルに留まり、『巨大天下一メタル武道会』に見えるような「凄み」を感じることは、さすがにない。
それだけ、この2年半の成長・進化がどれだけ凄まじいのか、ということを痛感した、という話である。)

それから約2年半後の幕張メッセに降臨した、微笑の天使、MOAMETAL。
その「微笑の天使」が、単なる「設定」を超えて、その本性を剥き出しに顕現させ、BABYMETALのライヴでの「演」奏として凄まじい意味をもって輝きながら、弾け、観客に襲いかかり、観客を笑顔に(時に泣き顔に)している。
それを、『巨大天下一メタル武道会』の映像でまざまざと体感できる。

『巨大天下一メタル武道会』の「イジメ、ダメ、ゼッタイ」は、全編、力強さにあふれている。自信、というか、確信、というか。「傷だらけになるのさ~」では、”飛びだす絵本”のようなはじける笑顔を見せてくれるが、むしろ、絶えず力強く励ましてくれる、そんな表情を見せ続けてくれている。

しかし、この『巨大天下一メタル武道会』(の映像)で、とりわけ、僕がMOAMETALの凄さを感じたのは、「イジメ、ダメ、ゼッタイ」ではなく、「Road of Resistance」だった。
初見で、まさに、ノック・アウトされた、のだ。

イントロで、3姫が旗を肩に背負って登場し、SU-METAL、YUIMETAL、MOAMETALの順に表情が映る。SU-METALも凛々しく、YUIMETALも闘志に満ちたきりっとした表情を見せるのだが、その次に映されるMOAMETALの笑顔よ!
いや~、この表情は、やばい
微笑は微笑なのだが、それこそ初期の映像作品にはまったく見ることのできない、何とも形容しがたい、充実した、満足感・うれしさ・優しさを湛えた「笑顔」なのだ。
神々しい、ともいえる崇高さ・清らかさをもった、いわば、「愛」に満ちた「笑顔」だ。

今まで見たあらゆるBABYMETALの映像のなかでも、最も美しいもののひとつ

そう断言したい。

これこそ、ほんものの笑顔だ。
いや、ほんと、この瞬間の絵姿は、至高の名画、である。
で、視線を下に落とし、きりっとした表情に変わるのだが、またふっと柔らかな笑顔が湧きあがる、という機微を確認することができる。

その後も、この曲の「演」奏じゅう、絶えず、といっていいほど笑顔が見える。(YUIMETALの、闘うんだ!という表情と、対照的である。)

曲が進み、SU-METALの「君が信じる~なら」の歌声にかぶさるMOAMETALの笑顔は、感激に焦がれた、とも見える、胸いっぱいの感情をつつみこんだ笑顔だ。

そして、「WOWOWOWOW~」のパートで、ステージからYUI・MOAが降り、リフトで高みに昇っていくときに、腕を振りあげながら、感極まった表情で目を潤ませながら両の笑窪をくっきりと笑むMOAMETALが映る。(ケロケロッと嬉しそうに笑むYUIMETALとは対照的である。)ここでのMOAMETALは、感無量という表情だ。

観客のシンガロングのパートが終わり、リフトがだんだんさがるなかで、MOAMETALが観客を見下ろしながらみせる微笑は、慈愛に(あるいは感謝に)満ちた、聖母のようなそれだ。

そして、そして、その後の、ステージに戻り、腕をくるくるっとしながら見せる笑顔は、何とも愛くるしい、躍動感に満ちた、キュート100%の笑顔だ。

その後も、曲の終わりまで、ず~っと魅力的な笑顔を見せ続け、
3人でステージを降り、下手から「We are ?」「BABYMETAL!」を煽り、「上手~!」と叫んだMOAMETALが腕をぐるぐる回しながらぴょんぴょんと跳ねながら進み、それを真似するSU-METALの全開の笑顔、ひとりマイペースでニコニコを振りまくYUIMETAL。
ここは、まさにOFFモードのBABYMETALらしさが全開で、観ていて思わずこちらもしあわせな笑顔を浮かべてしまう。
(その後の、SU-METALの「もっと声出るよね?」というまさかの「恫喝」にもドキッとしながら半笑いを浮かべてしまう。・・・げげげ、なんて楽しいんだ!)

ここでのMOAMETALの笑顔は、もはやスパイスとかトッピングとかいうレベルなどでは全くない。

で、ふと、頭をよぎったのが、故・成田亨のこんな言葉だ。ウルトラマンの顔をデザインしたときの逸話である。

「ウルトラマン」の顔についてですが、唇はアルカイック・スマイルでいこうと思いました。古式微笑、古代微笑ですね。
アルカイック・スマイルっていうのは、ギリシャの、いわゆるアルカイック時代のスマイルです。ギリシャの彫刻の中の一番古いころの、ただ立っている女たちの像が、みんな、かすかに微笑んでるんです。その微笑みからきています。
アルカイック・スマイルでいこうというのは、デザインの、一番最初の絵の段階から決めていました。
というのは、宮本武蔵が一乗寺下り松で、相手が三十六人もいるところへ一人で斬り込んでいったとき、おそらく武蔵はね、力んだ顔をしてないと思うんですよ。かすかに笑っていたと思うんです。
本当に強い人間はね、戦うときにかすかに笑うと思うんですよ
その微笑の表現が、立体化の際にいろいろちょっと難しかったけれども、これでいこう、と思いました。

『特撮と怪獣 わが造形美術』成田亨
 

この、「本当に強い人間は、戦うときにかすかに笑う」とは、まさに今のMOAMETALのことではないか!

天才彫刻家であり、日本の文化史にとんでもない貢献をしていながら、世間的評価・知名度があまりにも低い(小学校で、息子さんが「うちのお父さんがウルトラマンをデザインしたんだ!」と友達に自慢していたら、担任の先生が成田亨宅をわざわざ訪問したという。「お宅のお子さん、こんなとんでもない嘘を友達につくんですよ」と。)、いわば不遇のデザイナー成田亨と、僕は、BABYMETALの国内での(現時点での)評価・知名度の低さ、を重ねているのかもしれない。

それにしても、MOAMETALとウルトラマンとの共通性って、意外なようで実はとても腑に落ちる気もするのだ。
彼女自身(菊地最愛)の言い方で言えば、「スーパーもあちゃん」なのだろうが、僕のようなおっさんには、ウルトラマンのアルカイック・スマイル、というのが何ともしっくりくる。そう、本当にMOAMETALは強い、強くなった、のだ。だからこそ、あんな微笑を僕たちに見せることができるのだ、と。

…と、賛辞はいくら連ねても足りないが、もう少し分析的な「探究」に入りたい。詳しくは次回につづく、として、切口だけをあげておこう(以下、予告です)。

MOAMETALの「笑顔」を、分析すれば、次の4種に区分できるだろうか。
最近のMOAMETALは、この4種の笑顔を、意識的にせよ無意識にせよ、ステージの「演」奏に織り交ぜている。
こうした「微笑」の意味の分厚さ、これは、初期のBABYMETALにはみることができない、格段の進歩、壮絶なる進化、の重要な一側面だ。

a 楽しい微笑
 カワイイ  ベース→「リン、リン、リン」   …アイドルな笑顔
b 不敵な微笑
 挑発 ギミチョコ、ソニスフィアでのニヤリ  …メタルな笑顔
 (b’ 余裕の微笑 含むヘン顔 ) 
c 優しい笑顔
 観客への思いがあふれる           …最愛な笑顔
d 感激の微笑
 演者MOAMETALじしんの感激があふれる。
 → O2 「You Make Me So Happy!」    …最愛の笑顔

次回、このへんを詳しく考えてみたい。


以下、余談・私事です。

横アリ参戦は、4度目のチャレンジ中です。
確率的には、どんどん可能性が小さくなっているのは間違いないので、やはり、もはやLV頼みだというのが本音。
一度はLVを体験してみるのもいいなあ、なんて気持ちになってもいます。
…というのは、ウソです。ライヴの現場に絶対行きたい!のです。もちろん。
でも、それはどうにも叶いそうにないので、自分に言い聞かせているのです。
LVをでも、娘と一緒に観にいけるのなら、まあ救われますから・・・。