いやあ、ほんとうによかった・・・。Mステ。
期待はしていなかっただけに、その反動の感激は大きく、実に幸せな54分間だった。
にやにやしたり、涙を流したり、何とも忙しい(幸せな)54分間だった。
なぜか、今回のMステも、(The Late Show 同様)たまたまリアルタイムで観られる時間に帰宅できた(先週でも来週でも仕事のために無理だった)ので、もちろん録画予約してあったし、同時間帯には阪神対広島のテレビ中継等もあったのだけれど、「せっかく生で見れるのだし、始めからきちんと観ようか」と、覚悟を決めて、午後8時の5分ほど前から6チャン(関西では)を点け、番組を観はじめたのだった。
どちらかといえば、不安を強くもちながら。
このブログでも、過去のMステ出演に関して何回か感想を記したが、個人的には、過去のBABYMETALのMステ出演は、鬼門というか、黒歴史というか、そうした(BABYMETALには本当に珍しい)負の印象を重ねることになってしまったコンテンツだったので、今回も、期待感はほとんどなく見始めたのだった。(録画したものを帰宅後に観る、のではなく、「生」で視聴するというのは今回が初めてだったのだが・・・)
ところが、である。
番組冒頭から、今回はBABYMETALをフィーチャーしたものであることが高らかに謳われ、そのすぐ後で、主演者の先陣を切って美しい・可愛い3人が登場し(礼儀正しいいつもの深いお辞儀を披露し)、ビルボードやウエンブリーでの「快挙」が何度も言及・紹介され、そのまま最後までタモリの近くの特等席に位置してカメラに映りっぱなし、ファンから見て合格点を挙げられる構成の「偉業」紹介VTRもあったうえに、SU-METAL、YUIMETAL、MOAMETALがそれぞれの「らしさ」全開で長く喋る尺もあり、(スピッツの草野氏のベビメタ押しの発言まであり)、と、
何とも露骨な贔屓番組ではないか!
最高!
結局、最初から最後まで、観入り・没入してしまった。
ずーっとニヤニヤしながら。
途中で爆笑し(実際に、声を出してしまった。我ながらキモいが、あれは破顔せずにはいられなかった・・・おそらく皆さん同様に)、
そして落涙(これも、皆さんの多くとおそらく同様に)しながら。
いちばんのトピックは、やはり、SU-METALの”あれ”、だ。
これも、(皆さん同様)全く想定していない事態だったので、もう唖然・愕然だった。
次の「は~し~れ~、ええ~ええ~ええ~」の所謂”マライア”の部分はどうなるんだろう?と、もう、不安で不安で目の前が真っ暗になった。
しかし、僕のそんな思いなどものともせず、SU-METALは、渾身の「は~し~れ~、ええ~ええ~ええ~」を発し、魂をこめたパフォーマンスを終えた。
もう、落涙。鳥肌。
いやあ、さすがSU-METALだ。・・・凄い。
おそらく、彼女自身にとってはたいへんに不本意な「演」奏だったのだろうが、へんにすっきりと歌いきるよりも、いっそう感動的なパフォーマンスになった、と僕は感じた。
まさに「怪我の功名」を地で行くエピソードになった、と。
ここで、僕は、
「ああ、BABYMETALは、また戦いに勝ったのだな。」と感じていた。
歌い始めの瞬間から、SU-METALの声の迫力・質はそれまでの出演者とは「別次元」のものだった。
Mステ出演時特有の緊張感は少なからずあったのかもしれないが、それを差し引いても、圧倒的に他の(それまでの)出演者とは「異次元」の、ああやはりBABYMETALは”日本の歌番組”などには収まらない世界を相手にしたパフォーマンスをし続けているのだなあ、ということをありありと感じさせる、そうした歌声だった。
倍音たっぷりの爽やかな歌声だが、そこに、風格までも感じさせる、世界レベルの「強さ」を芯にもった歌声だった。
録画したものを観るのであれば、他の歌い手のところは早送りで飛ばしてしまうだろうから、これほどありありと「別次元」「異次元」ぶりを感じることはなかっただろう。
今回、「生」で番組を初めから通して観ていたために、その印象は強烈だったのだ。
というふうに、「KARATE」のパフォーマンスを視聴しながら、僕は、はじめから「ああ、BABYMETALは他の出演者たちとは全く別の世界で戦っているのだなあ」という思いを強く感じていたのだが、後半で、”あれ”があり、そこから”マライア”を歌いきった、まさに「渾身」と呼ぶべきパフォーマンスに、堪えきれず落涙してしまった。
まさか、Mステで泣くなんて思ってもいなかった。
でも、これが、SU-METALなのだ。
これが、BABYMETALなのだ。
常に、全身全霊で、渾身のパフォーマンスをぶつける。愚直に。ひたむきに。
「ライヴは戦いだ」とは、単なるキャッチフレーズではなく、BABYMETALにおける”真実”なのである。
こうした「あ、これ、単なるおふざけ、ネタ、たまたま話題性でウケているだけ、とかじゃない、凄く真剣なものなんだな」ということは、お茶の間に(もちろん全ての視聴者にであるはずはないが)迫力として伝わった、と思う。
僕にとっては、想定外の結果、嬉しい誤算だった。
実際、このMステ以降、明らかにBABYMETALに風が吹いている、それを実感している。
いちばん顕著なのは、YOUTUBEの「KARATE」や「ギミチョコ!!」、そして「ド・キ・ド・キ☆モーニング」(!!!)のコメント欄だ。
はっきりと「Mステから来ました」と明言しているもの以外にも、日本語のコメントがどっと増えた。再生回数もぐんと増えたのではないか?(きちんと数えていないので、印象でしかないが)
そして、我が家の近所のTSUTAYAでも、先日(Mステを観て感動した、スピッツ兄さんのCDを借りるために)久しぶりに行った際、BESTランキングの3位として「METAL RESISTANCE」がどーんと並べられている!
しかも、そのほとんどが「貸し出し中」になっているではないか!
なおかつ、別の棚にいくつか並んでいる1st「BABYMETAL」は、すべて「貸し出し中」だった!
何度も書くが、東京とは違って、ウチの近所では、BABYMETALなんてほとんど無名だったはずなのに、それがまるっきり刷新されようとしている、そんな大きな波が来ているのを、はっきり実感したのだ。
iTunesのアルバムランキング(4月26日午後11時00分)でも、4位が「METAL RESISTANCE」で、それ以上に驚愕なのは、8位に「BABYMETAL」がランクインしていることだ。
風が吹いている!!!
しかし、この風は、単に話題性だけで吹いている風、浮ついた一過性のもの、ではないはずだ。
これは、BABYMETALが常に一戦一戦戦い続け、勝負どころで勝ってきた、その結果としての実に確かな風である。
もちろん、先日のMステのパフォーマンスだけではなく、4月2日のWEMBLEY ARENAでのライヴの成功、ビルボード等の海外総合チャートへのランク・イン、そうした「情報」の与えたインパクトも大きかったはずだ。
これは、まぎれもない彼女たちの「実績」だ。
彼女たちが、実際に海外で披露したとんでもなく魅力的な「演」奏の、地道な積み重ね(にしても、あまりにも凄いスピードで世界を魅了しているのだがそれはともかく)、その結果であって、実に地に足のついた確かなものだ。
あるいは、例えば今度のMステをきっかけにある程度興味を持ち、半信半疑でYOUTUBEの様々な動画を観たとして、そこには(全員がではないにせよ、その多くが)「あ、これは本物だな」と思わざるをえない、そんな映像がネットには溢れている。
そのどれもが、1回1回のライヴの、1曲1曲の、一瞬一瞬の歌や舞踊に、常に命がけで臨んできたBABYMETALの「リアル」な姿なのだ。
とりわけ、勝負どころでいえば、
なんといっても2014年のソニスフェア → 英国。
先日のThe Late Show → 米国。
先日のMステや、過年のラウドパークや、サマソニや、・・・→ 日本。
と、挙げればキリがないが、こうしたフェスやテレビ番組や単独ライヴにおいて、BABYMETALは、その懸命な渾身のパフォーマンスによって、「僕たちを感動させる」という結果を勝ち取ってきた、のである。
誰かさんがおっしゃるように、BABYMETALが”まがい物”であったとしても(見方によってはそうも言える、というのは事実だろう)、彼女たちが国境を超え、言葉の壁を超え、多くの人をステージ上でのパフォーマンスによって完膚なきまで魅了しつくし、さらにはステージ後も僕たちの日々の生活に元気と勇気を与えていること、これは「事実」である。
それにしても、例えば(あくまでも一例であって、どの楽曲のどの「演」奏でもよいのだが)、「ヘドバンギャー!!」のライヴでのYUI・MOAのあの懸命な跳躍の姿を見て、それでも「まがい物」とか「恥ずかしい」なんてのたまうのであれば、僕はその人を「人間として」軽蔑してしまう。
もちろん音楽的な好みはあるだろうから、「好きになれない」という感想があるのは当然だが、「敵ながらあっぱれ」と感じるのが「人間として」当然だろうと思うのだ。
先入観ではない、とは、自分は確かにそういう認識を固めている、ということだろうが、その結果として、目の前にある、才能をもった少女たちの命を削ったパフォーマンスの凄さが感じ取れない(好きになるかどうかは別である)となると、もう「人として」僕はその人の言動をまともに受け取ることはできない。
あるいは、例えば「ヘドバンギャー!!」のライヴ映像すらも観ずに否定的な言動を公の場で強弁した、のであれば、それは、「大人として」「社会人として」「職業人として」許されるものではない、と思う。
それは、ルール違反でしょ?どう考えても。
こんな凡人の僕ですら、(若気の至りで、というのはいろいろあったけれど)それなりに半世紀も生きてきて、そうした最低限のルールは守っている(つもりである)。
余計な話になったが、ともかく、その成り立ちや一見そのようにしか見えない”ギミック”性に反し、BABYMETALのパフォーマンスは、大箱であろうが小箱であろうが、大都市であろうが小さな町であろうが、ワンマンライヴであろうがフェスであろうが、いつも全身全霊をかけた「戦い」であり、彼女たちはデビュー以来、とりわけ神バンド帯同が通常になってからはよりいっそうそれを続けて来ているのである。
近ごろヘヴィローテーションの『黒ミサ』『赤ミサ』のライヴ映像。
これも、当然といえば当然なのだが、魂の震えるような渾身のライヴだ。
いわば「身内」向けの小箱のライヴであったのだが、ここにはいっさい手抜きなどなく、(MOAMETALの変顔などの「余裕」「遊び心」は織り込みながら)、一回限りの完全燃焼の「戦い」を、映像越しにではあるが体験できる。
(ああ、こんな小箱でまたBABYMETALを観たい!)
これが、BABYMETALなのだ。
目の前の観客に、音楽の楽しさを、ヘヴィメタルの生動を、唯一無二のBABYMETALの魅力を、カラダでハートで感じてもらうために、(たとえ、口さがない大人たちから”まがい物”などという不当な罵詈雑言を浴びせられようとも)懸命にパフォーマンスをいっさい手抜きなしに行い続けているのだ。
その証しを、僕は『黒ミサ』『赤ミサ』で改めて確認し、感動しながらも、襟を糺す、そんな気分になるのである。
先日のMステは、(結果的に)そうした「本当の戦い」を感じさせるものになった。
僕は、そう感じている。
なおかつ、ずーっと画面に映りっぱなしだったから、その「素材」のよさもお茶の間の視聴者に(全員にではないにせよ)感じさせたはずだ。
例えば、きゃりーぱみゅぱみゅがパフォーマンスを終えて帰って来たときの、YUIMETALの表情・仕種よ!
各雑誌等で窺える、彼女のパフォーマーとしての自覚、同じパフォーマーとしての共感があそこにはあった。
(BABYMETALのソニスフェアの映像が紹介された時の、きゃりーぱみゅぱみゅのリアクションもよかった。ある意味ではライバルなのかもしれないが、同じく「世界」を相手にパフォーマンスを続けている、「同士」としてのリスペクトを抱き合っていることが感じ取れた。どこぞの誰かさんとは大違いである。)
そして、”お菓子”の話。
YUIMETALのコメント力の凄さについては、このブログでも何回か書いてきたが、これも、彼女の実体験を率直な・生身の言葉で語っているだけ、なのである。
BABYMETALという、日本人の誰も経験したことのない、とんでもないムーヴメントの中で、自分を見失わずに、謙虚に・素直に、しかし、向上心・挑戦する魂は熱く持ち続けているYUIMETALだからできた、爆笑トークだった。
いや、ほんと、幸せな笑顔を浮かべてしまった(皆さん同様)。
言うまでもなく、SU-METALもMOAMETALも、こうした人柄は同じである。
こんな3人に風が吹くのは当然、である。
ただ単に、彼女たちが売れっ子になりつつあることに僕が舞い上がってるのではなく、彼女たちの才能と努力と実績に少しは見合う世間の反応が見られるようになってきたことに、首肯している、そんな気分だ。
ただし、風が吹く、ということは、余計なつむじ風も巻き上がる、ということだ。
どこぞの誰かさんをはじめとする不当な批判的な言辞や、下品な興味本位の週刊誌の記事や、というものもこれからますます増えるのだろう。
これまで、BABYMETALがらみのものであれば、可能な限り目を通し、購入してきたが、これからは、あえて買わない(立ち読みはどうしてもしてしまうだろうが)という選択・決断も大人の僕たちには求められているのだろう。
いま、そんなことを思っている。
期待はしていなかっただけに、その反動の感激は大きく、実に幸せな54分間だった。
にやにやしたり、涙を流したり、何とも忙しい(幸せな)54分間だった。
なぜか、今回のMステも、(The Late Show 同様)たまたまリアルタイムで観られる時間に帰宅できた(先週でも来週でも仕事のために無理だった)ので、もちろん録画予約してあったし、同時間帯には阪神対広島のテレビ中継等もあったのだけれど、「せっかく生で見れるのだし、始めからきちんと観ようか」と、覚悟を決めて、午後8時の5分ほど前から6チャン(関西では)を点け、番組を観はじめたのだった。
どちらかといえば、不安を強くもちながら。
このブログでも、過去のMステ出演に関して何回か感想を記したが、個人的には、過去のBABYMETALのMステ出演は、鬼門というか、黒歴史というか、そうした(BABYMETALには本当に珍しい)負の印象を重ねることになってしまったコンテンツだったので、今回も、期待感はほとんどなく見始めたのだった。(録画したものを帰宅後に観る、のではなく、「生」で視聴するというのは今回が初めてだったのだが・・・)
ところが、である。
番組冒頭から、今回はBABYMETALをフィーチャーしたものであることが高らかに謳われ、そのすぐ後で、主演者の先陣を切って美しい・可愛い3人が登場し(礼儀正しいいつもの深いお辞儀を披露し)、ビルボードやウエンブリーでの「快挙」が何度も言及・紹介され、そのまま最後までタモリの近くの特等席に位置してカメラに映りっぱなし、ファンから見て合格点を挙げられる構成の「偉業」紹介VTRもあったうえに、SU-METAL、YUIMETAL、MOAMETALがそれぞれの「らしさ」全開で長く喋る尺もあり、(スピッツの草野氏のベビメタ押しの発言まであり)、と、
何とも露骨な贔屓番組ではないか!
最高!
結局、最初から最後まで、観入り・没入してしまった。
ずーっとニヤニヤしながら。
途中で爆笑し(実際に、声を出してしまった。我ながらキモいが、あれは破顔せずにはいられなかった・・・おそらく皆さん同様に)、
そして落涙(これも、皆さんの多くとおそらく同様に)しながら。
いちばんのトピックは、やはり、SU-METALの”あれ”、だ。
これも、(皆さん同様)全く想定していない事態だったので、もう唖然・愕然だった。
次の「は~し~れ~、ええ~ええ~ええ~」の所謂”マライア”の部分はどうなるんだろう?と、もう、不安で不安で目の前が真っ暗になった。
しかし、僕のそんな思いなどものともせず、SU-METALは、渾身の「は~し~れ~、ええ~ええ~ええ~」を発し、魂をこめたパフォーマンスを終えた。
もう、落涙。鳥肌。
いやあ、さすがSU-METALだ。・・・凄い。
おそらく、彼女自身にとってはたいへんに不本意な「演」奏だったのだろうが、へんにすっきりと歌いきるよりも、いっそう感動的なパフォーマンスになった、と僕は感じた。
まさに「怪我の功名」を地で行くエピソードになった、と。
ここで、僕は、
「ああ、BABYMETALは、また戦いに勝ったのだな。」と感じていた。
歌い始めの瞬間から、SU-METALの声の迫力・質はそれまでの出演者とは「別次元」のものだった。
Mステ出演時特有の緊張感は少なからずあったのかもしれないが、それを差し引いても、圧倒的に他の(それまでの)出演者とは「異次元」の、ああやはりBABYMETALは”日本の歌番組”などには収まらない世界を相手にしたパフォーマンスをし続けているのだなあ、ということをありありと感じさせる、そうした歌声だった。
倍音たっぷりの爽やかな歌声だが、そこに、風格までも感じさせる、世界レベルの「強さ」を芯にもった歌声だった。
録画したものを観るのであれば、他の歌い手のところは早送りで飛ばしてしまうだろうから、これほどありありと「別次元」「異次元」ぶりを感じることはなかっただろう。
今回、「生」で番組を初めから通して観ていたために、その印象は強烈だったのだ。
というふうに、「KARATE」のパフォーマンスを視聴しながら、僕は、はじめから「ああ、BABYMETALは他の出演者たちとは全く別の世界で戦っているのだなあ」という思いを強く感じていたのだが、後半で、”あれ”があり、そこから”マライア”を歌いきった、まさに「渾身」と呼ぶべきパフォーマンスに、堪えきれず落涙してしまった。
まさか、Mステで泣くなんて思ってもいなかった。
でも、これが、SU-METALなのだ。
これが、BABYMETALなのだ。
常に、全身全霊で、渾身のパフォーマンスをぶつける。愚直に。ひたむきに。
「ライヴは戦いだ」とは、単なるキャッチフレーズではなく、BABYMETALにおける”真実”なのである。
こうした「あ、これ、単なるおふざけ、ネタ、たまたま話題性でウケているだけ、とかじゃない、凄く真剣なものなんだな」ということは、お茶の間に(もちろん全ての視聴者にであるはずはないが)迫力として伝わった、と思う。
僕にとっては、想定外の結果、嬉しい誤算だった。
実際、このMステ以降、明らかにBABYMETALに風が吹いている、それを実感している。
いちばん顕著なのは、YOUTUBEの「KARATE」や「ギミチョコ!!」、そして「ド・キ・ド・キ☆モーニング」(!!!)のコメント欄だ。
はっきりと「Mステから来ました」と明言しているもの以外にも、日本語のコメントがどっと増えた。再生回数もぐんと増えたのではないか?(きちんと数えていないので、印象でしかないが)
そして、我が家の近所のTSUTAYAでも、先日(Mステを観て感動した、スピッツ兄さんのCDを借りるために)久しぶりに行った際、BESTランキングの3位として「METAL RESISTANCE」がどーんと並べられている!
しかも、そのほとんどが「貸し出し中」になっているではないか!
なおかつ、別の棚にいくつか並んでいる1st「BABYMETAL」は、すべて「貸し出し中」だった!
何度も書くが、東京とは違って、ウチの近所では、BABYMETALなんてほとんど無名だったはずなのに、それがまるっきり刷新されようとしている、そんな大きな波が来ているのを、はっきり実感したのだ。
iTunesのアルバムランキング(4月26日午後11時00分)でも、4位が「METAL RESISTANCE」で、それ以上に驚愕なのは、8位に「BABYMETAL」がランクインしていることだ。
風が吹いている!!!
しかし、この風は、単に話題性だけで吹いている風、浮ついた一過性のもの、ではないはずだ。
これは、BABYMETALが常に一戦一戦戦い続け、勝負どころで勝ってきた、その結果としての実に確かな風である。
もちろん、先日のMステのパフォーマンスだけではなく、4月2日のWEMBLEY ARENAでのライヴの成功、ビルボード等の海外総合チャートへのランク・イン、そうした「情報」の与えたインパクトも大きかったはずだ。
これは、まぎれもない彼女たちの「実績」だ。
彼女たちが、実際に海外で披露したとんでもなく魅力的な「演」奏の、地道な積み重ね(にしても、あまりにも凄いスピードで世界を魅了しているのだがそれはともかく)、その結果であって、実に地に足のついた確かなものだ。
あるいは、例えば今度のMステをきっかけにある程度興味を持ち、半信半疑でYOUTUBEの様々な動画を観たとして、そこには(全員がではないにせよ、その多くが)「あ、これは本物だな」と思わざるをえない、そんな映像がネットには溢れている。
そのどれもが、1回1回のライヴの、1曲1曲の、一瞬一瞬の歌や舞踊に、常に命がけで臨んできたBABYMETALの「リアル」な姿なのだ。
とりわけ、勝負どころでいえば、
なんといっても2014年のソニスフェア → 英国。
先日のThe Late Show → 米国。
先日のMステや、過年のラウドパークや、サマソニや、・・・→ 日本。
と、挙げればキリがないが、こうしたフェスやテレビ番組や単独ライヴにおいて、BABYMETALは、その懸命な渾身のパフォーマンスによって、「僕たちを感動させる」という結果を勝ち取ってきた、のである。
誰かさんがおっしゃるように、BABYMETALが”まがい物”であったとしても(見方によってはそうも言える、というのは事実だろう)、彼女たちが国境を超え、言葉の壁を超え、多くの人をステージ上でのパフォーマンスによって完膚なきまで魅了しつくし、さらにはステージ後も僕たちの日々の生活に元気と勇気を与えていること、これは「事実」である。
それにしても、例えば(あくまでも一例であって、どの楽曲のどの「演」奏でもよいのだが)、「ヘドバンギャー!!」のライヴでのYUI・MOAのあの懸命な跳躍の姿を見て、それでも「まがい物」とか「恥ずかしい」なんてのたまうのであれば、僕はその人を「人間として」軽蔑してしまう。
もちろん音楽的な好みはあるだろうから、「好きになれない」という感想があるのは当然だが、「敵ながらあっぱれ」と感じるのが「人間として」当然だろうと思うのだ。
先入観ではない、とは、自分は確かにそういう認識を固めている、ということだろうが、その結果として、目の前にある、才能をもった少女たちの命を削ったパフォーマンスの凄さが感じ取れない(好きになるかどうかは別である)となると、もう「人として」僕はその人の言動をまともに受け取ることはできない。
あるいは、例えば「ヘドバンギャー!!」のライヴ映像すらも観ずに否定的な言動を公の場で強弁した、のであれば、それは、「大人として」「社会人として」「職業人として」許されるものではない、と思う。
それは、ルール違反でしょ?どう考えても。
こんな凡人の僕ですら、(若気の至りで、というのはいろいろあったけれど)それなりに半世紀も生きてきて、そうした最低限のルールは守っている(つもりである)。
余計な話になったが、ともかく、その成り立ちや一見そのようにしか見えない”ギミック”性に反し、BABYMETALのパフォーマンスは、大箱であろうが小箱であろうが、大都市であろうが小さな町であろうが、ワンマンライヴであろうがフェスであろうが、いつも全身全霊をかけた「戦い」であり、彼女たちはデビュー以来、とりわけ神バンド帯同が通常になってからはよりいっそうそれを続けて来ているのである。
近ごろヘヴィローテーションの『黒ミサ』『赤ミサ』のライヴ映像。
これも、当然といえば当然なのだが、魂の震えるような渾身のライヴだ。
いわば「身内」向けの小箱のライヴであったのだが、ここにはいっさい手抜きなどなく、(MOAMETALの変顔などの「余裕」「遊び心」は織り込みながら)、一回限りの完全燃焼の「戦い」を、映像越しにではあるが体験できる。
(ああ、こんな小箱でまたBABYMETALを観たい!)
これが、BABYMETALなのだ。
目の前の観客に、音楽の楽しさを、ヘヴィメタルの生動を、唯一無二のBABYMETALの魅力を、カラダでハートで感じてもらうために、(たとえ、口さがない大人たちから”まがい物”などという不当な罵詈雑言を浴びせられようとも)懸命にパフォーマンスをいっさい手抜きなしに行い続けているのだ。
その証しを、僕は『黒ミサ』『赤ミサ』で改めて確認し、感動しながらも、襟を糺す、そんな気分になるのである。
先日のMステは、(結果的に)そうした「本当の戦い」を感じさせるものになった。
僕は、そう感じている。
なおかつ、ずーっと画面に映りっぱなしだったから、その「素材」のよさもお茶の間の視聴者に(全員にではないにせよ)感じさせたはずだ。
例えば、きゃりーぱみゅぱみゅがパフォーマンスを終えて帰って来たときの、YUIMETALの表情・仕種よ!
各雑誌等で窺える、彼女のパフォーマーとしての自覚、同じパフォーマーとしての共感があそこにはあった。
(BABYMETALのソニスフェアの映像が紹介された時の、きゃりーぱみゅぱみゅのリアクションもよかった。ある意味ではライバルなのかもしれないが、同じく「世界」を相手にパフォーマンスを続けている、「同士」としてのリスペクトを抱き合っていることが感じ取れた。どこぞの誰かさんとは大違いである。)
そして、”お菓子”の話。
YUIMETALのコメント力の凄さについては、このブログでも何回か書いてきたが、これも、彼女の実体験を率直な・生身の言葉で語っているだけ、なのである。
BABYMETALという、日本人の誰も経験したことのない、とんでもないムーヴメントの中で、自分を見失わずに、謙虚に・素直に、しかし、向上心・挑戦する魂は熱く持ち続けているYUIMETALだからできた、爆笑トークだった。
いや、ほんと、幸せな笑顔を浮かべてしまった(皆さん同様)。
言うまでもなく、SU-METALもMOAMETALも、こうした人柄は同じである。
こんな3人に風が吹くのは当然、である。
ただ単に、彼女たちが売れっ子になりつつあることに僕が舞い上がってるのではなく、彼女たちの才能と努力と実績に少しは見合う世間の反応が見られるようになってきたことに、首肯している、そんな気分だ。
ただし、風が吹く、ということは、余計なつむじ風も巻き上がる、ということだ。
どこぞの誰かさんをはじめとする不当な批判的な言辞や、下品な興味本位の週刊誌の記事や、というものもこれからますます増えるのだろう。
これまで、BABYMETALがらみのものであれば、可能な限り目を通し、購入してきたが、これからは、あえて買わない(立ち読みはどうしてもしてしまうだろうが)という選択・決断も大人の僕たちには求められているのだろう。
いま、そんなことを思っている。