ケルベロスの基地

三本脚で立つ~思考の経路

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

BABYMETAL探究(「異邦人」!)

2017-03-31 23:26:17 | babymetal
無事、東京ドームデロの「発送完了メール」が先ほど届いた。
予定どおり、明日からまたさらに「ベビメタ極楽」が加速・加重されるのだ。

WOWOW放映にはなかった、
『RED NIGHIT』の「シンコペーション」「4の歌」「悪夢の輪舞曲」
『BLACK NIGHT』の「おねだり大作戦」「NO RAIN,NO RAINBOW」、そして、(あ、これ未放映だったのか、と今あらためて慄然としているのだが)「ド・キ・ド・キ☆モーニング」!!
って、まだまだ垂涎の演目が残っている。
(いやあ、そうか、まだドキモも残ってたんですね。わお。)


参戦した『RED NIGHT』でも、
ほぼ初演奏に近かったその希少価値から、もはや(ライヴでの)神曲となった「シンコペーション」。
チーム分けがされていたのだが、花道最前列の興奮から、自分が何チームだったのか未だ不確かな、「4の歌」。
ライヴ当日の記憶がほとんどないから、デロでじっくり味わいたい「悪夢の輪舞曲」。

そして、『BLACK NIGHT』は参戦していないので、一夜全体がどのようにうねっていたのか、3曲も含めて全体像をようやく体験できるのだ。

そして、THE ONE版、毎度の楽しみ(というか、これがあるからTHE ONE版を購入するのだが)ライヴ音盤!!!

BABYMETAL正規レパートリー(2枚のアルバム)全ての楽曲を、ダブりなしで、という、キャリア・ハイともいうべき「東京ドーム2days」ライヴにはあまりにもストイックというか贅沢というかスタイリッシュすぎるというかそんな演目構成が、ライヴ・アルバムとして(おそらく今後死ぬまで)聴き続けるに最適のものとして「成就」する。

もちろん、KOBAMETALは、ここまでのコンテンツ化を見越した上で、(『RED NIGHT』当夜の「短すぎる」等の批判を甘受する覚悟をして)この2DAYSの楽曲の並びを構成したのだ。

WOWOW放映版は、もちろんたいへんありがたく、すでにずいぶんお世話になったのだが、残念ながら音があまりにも貧弱だったので、映像盤・音盤ともに、重爆音で「伝説の2夜」をたっぷり・じっくり堪能できるのが楽しみである。

2015年の初春には、武道館デロ購入をきっかけに、ヘッドフォンアンプとイヤフォンを購入した。
JVCの「SU-AX7」(名前もよい!!!)と「HAーFX1100」の組み合わせは、BABYMETALを聴く際の鳥肌を高めてくれる。(この時には、SONYのヘッドフォンMDR-10RCも購入したのだが、(個人的には)ハズレだった)

2016年の初春には、大画面TVと、BRレコーダー2機目(ダブル・チューナー)と、BRのみられるパソコンを購入。ずいぶん溜まった、映像盤や、WOWOWの録画をより楽しむためである。

そして、今年2017年の初めには、ウォークマンとヘッドフォンを買い直した。
ウォークマンはZXー100。最新ではないが、容量が大きく、また、ポケットに入れて持ち歩けるギリギリの分厚さかな、という重厚感がある。
これに、BABYMETALの音盤を、全て、FLAC形式に(説明書によれば、CD音質から劣化なし、のようだ)入れ直し、ひたすら聴く日々。
この新春に購入したヘッドフォンは、SONYのMDR-1A。
決してモニターヘッドフォンではなく、独特の味付けのなされた音を響かせるのだが、それが絶妙だと感じる。
わずか数ヶ月で片方の音が途切れるようになったので、リケーブルしたのだが、怪我の功名、明らかに重低音がいっそう引き締まった。

いまのところ、この布陣で、BABYMETALを聴きながら京都を歩きまわったり、通勤(帰り)の1時間ほどの電車の座席で、BABYMETALのライヴステージを堪能している。

あるレベルまで機器に投資すると、「あとは結局、じぶんの目の能力、耳の能力しだいだな」という当然の事実に気づいてしまうことになってしまうのだが、ともかく、(オーディオ・マニアの皆さんからすれば失笑物なのかもしれないが)じぶんなりには、よりよい視聴環境づくりもそれなりにしてきたつもりだ。
(もちろん、BABYMETALのためにだけ環境を整えたのではないが、とりわけBABYMETALのために、であることは間違いない)

そんな中に、明日、到着する最新・最強のコンテンツ。

いやはや、楽しみだ。

で、その前夜の今日は、意外にBABYMETALファンの皆さんも、目を通していないのではないか、と思われる情報を一つとりあげておきたい。

発売中の『カドカワ DIRECT 05』である。
表紙は「欅坂46」で、表紙にも目次にもBABYMETALのBの字もなく、僕が購入した書店でも音楽雑誌ではなく芸能雑誌のコーナーに置いてあったので、メタルヘッズからBABYMETALファンになった(僕のような)方々が手に取ることはまあないであろう雑誌だ。

僕がこの雑誌を手にとってみたのは、まとめサイトで、ゆよゆっぺの「「KARATE」はメタルの最高の悪ふざけ」という発言を柱とした誌面が紹介されていたからなのだが、この発言も、「ふ~ん」という感じで、特に気を惹くものでもないから、「ま、一応確かめておこうかな」という程度の意識で、書店の店頭でこの雑誌を手にとり、めくってみたのである。

すると・・・
3頁の、それほどボリュームのある記事でもないが、
「BABYMETALの楽曲の創られ方」を明かす、貴重な赤裸々な証言、であった。

率直に言って、今後、BABYMETAL(の楽曲、音楽性)を語る上で、外せない、貴重な証言が披露されていた、と思うのだが、
あまり多く引用すると商売妨害になりそうなので、ひと言だけ、
例えばこんなことを、ゆよゆっぺは語っている。

「KARATE」が決まった段階で他にも「ヤバッ!」「GJ!」「Sis.Anger」と、編曲含めて4曲作ることになった。2か月間くらい他の制作案件を一切入れないで、ひたすら作り続ける日々でした。それでもKOBAMETALさんはうちに来るたびに「うーん、違う」と(笑)。「異邦人」、チェッカーズ、『魁、男塾』など、いろんなモチーフをどんどん出してきて『これを今の感じに混ぜて』みたいに言う。発想がめちゃめちゃ飛躍しているんですよ。だからこそ面白い音楽が生まれているんだろうなと思うんですよね。


ここまで具体的に、メタル以外にブレンドされた要素が明確に指摘されるのは、珍しい。
もちろん、まずは、KOBAMETALとゆよゆっぺに、共通する「メタル愛」、メタルへの深い通暁・造詣の共通基盤があったうえでのことだが、にしても、
メタルと「異邦人」、チェッカーズ、『魁、男塾』
なんて、まさに日本からしか出てこない、摩訶不思議・奇妙奇天烈な組み合わせだ。

そうか~!「異邦人」か!
「ヤバッ!」について、目から鱗が落ちる思いをした。

「ちがう、ちがう」って、そこから(も)来てたんだな。
そう言われると、「ヤバッ!」のメロディーには、「異邦人」に似たエキゾチックなところもあるもんなあ。
そう思って聴くと、イントロから、すでに似てるよな。
そうか~、「異邦人」か~。
(たまたま最新のウォークマンに入っていた「異邦人」を聴き直してみると、久保田早紀の歌声って、SU-METALにたいへんよく似た「笛」的なものですよね)

いやあ、BABYMETALは、やっぱ深いですね。ほんと。

こだわって、こだわって、こだわって、創りあげた「完璧」な楽曲・振り付けを、
とんでもない才能で、速く・激しく・鋭く・可愛く・美しく、「完璧」以上に、「演」奏してしまう。

その秘密の一端を、またまた伺い知ることができた、そんな一冊(の一記事)だった。
ただ、これ、1,100円もするので、いくらBABYMETALファンでも、買うのには躊躇してしまう。
(僕も、買おうかどうかは、逡巡しました)。
だからこそ、ここに、こうして(せっかく思い切って購入したのだから)記しておくことにする。

さあ、明日が来るぞ!


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BABYMETAL探究(「Kawaii」という「極み」考④)

2017-03-12 01:14:17 | babymetal
WOWOWの東京ドーム公演再放送を見ながら今回の記事を書きはじめているのだが、
いや、ホント、こんな(とりわけメタル好きのオッサンにとって)楽しいショーはない。

「ありえない」レベルの、至上・至高のエンターテインメント・ショウ、だ。

激しく・美しく・カワイく・かっこいい。
何度観ても、大の大人が、思わずニヤケてしまいながら、涙ぐんでしまう。

耳で聴いて、
目で観て、
(ライヴ会場では)汗だくの身体全体で感じて、
「最高級」の充実感を与えてくれる。
そんな、「極み」の「凄み」を放射するライヴだ。

ときどき、まとめサイトとかで、2017年初春のBABYMETALの現状の活動に不平不満を唱える書き込み
(「ファンをないがしろにしている」とか「Tシャツ屋」とか)
を目にするが、僕は、とてもとてもそんな風には思うことができない。
「盲目的なファンの無批判的な肯定が、BABYMETALの向上を損なっている」
なんて趣旨の書き込みも目にしたことがあるけれど、何を言っているんだろう?という感じである。

SU-METAL、YUIMETAL、MOAMETAL、という(運命・絆で繫がれた)天才美少女3人が、
よりにもよってヘヴィ・メタル(を軸とする)激しく・重く・鋭い音楽を、
神バンドなる世界レヴェルの技巧を駆使する奏者たちをバック・バンドにしながら、
カワイく・カッコよく・楽しく・美しく、歌い・踊る。

こんなもの、もう2度と、絶対に出て来るはずがない。
そんなとんでもなく「ありえない」ものに、僕(たち)はいま遭遇している、のである。

しかも、本気で「世界征服」(その焦点は、当然「米国制覇」だ)を目指している(ようだ)。

これは、とんでもなく高い高い壁だ。
(映画『We are X』も観たが、いかに「言葉の壁」が高いものなのか、改めて認識した。
ある意味、Toshiの洗脳も、そこ(「言葉の壁」)に端を発しているし、
さらに、ひょっとしたらHideの死も、その延長線上に発生した事態なのかもしれない。
国内活動で「満足」できていれば、Xjapanをめぐる数々の悲劇もなかったのかもしれない。
でも、それで「満足」できないのが、Yoshikiの「業」なのだろうが・・・)

さすがに、BABYMETALの「盲目的なファン」の一人である僕にとっても、
(例えば、「ビルボード1位」に象徴されるような)「世界征服」「米国制覇」なんて、(今のところ)夢物語でしかない。
でも、「ひょっとしたら、ひょっとして・・・」とも思ってしまうのだ。
そんな期待を抱かせるのがBABYMETALの「実力」であり「実績」なのだ。

こんな、ありえない「実話=伝説」がリアルタイムで進行中なのである。
これに、文句をつけるって・・・、本当に、さっぱりわからない(あくまでも個人の感想です)。

そんなBABYMETALの活動を、ワクワク・ドキドキ・ハラハラしながら見守っている(米国でのアニメ化、もあるし)
それが、2017年3月時点でのBABYMETALファンの「まとも」な心情であるはずで、
こんな「贅沢な活動」に文句をつける、なんて、どれだけ欲どおしいんだ、と思ってしまうのだ。(あくまでも、個人の感想です)。

ベビメタ黒Tシャツも、いつのまにか30枚ほど所有するようになってしまったが、
普段着として(さすがに職場には「まだ」着ていっていないが)、”休日には必ず”着るようにしている。
(あ、パーカーやコーチジャケットは、普通に、職場にも着て行っている)。
気分やコーディネイトの具合によってあれを着たりこれを着たりと、いろいろと楽しんでいるので、
先日のメタリカT、ガンズTも(娘の分の「FOX AND ROSE」TEEを含めて)「どうせ、買えないだろうな~」なんて覚悟しながら、
幸い、5枚購入できた(2枚は、すでに持っているのと柄が被るので、今回購入しなかった。なんて・・・何という贅沢!!)。

もしも、僕の購入が、BABYMETALの「世界征服」のための礎(資金)の、ささやかな一部になるのならば、
まさにWin&Winだ。

4月の、「LIVE AT TOKYO DOME」 WORLD PREMIERE には、仕事で日程が合わずに参加できないが、
翌日、なんばでのFILM FES TOURの初日、LEGEND "I"、LEGEND "D"、 LEGEND "Z"には、
行く時間があるので、THE ONE 先行を申し込んでみた。

もちろん(このブログでも度々触れているが)、『Legend I,D,Z』のブルーレイは、2014年9月に購入し、
以来、数えきれないくらい視聴しているが、
映画館の大画面で観る、というのも(一度は経験してみたい)楽しみだし、
たぶん、
『Legend I』のアンコール、初代神バンドの降臨(「ヘドバンギャー!」の凶悪な生ドラム!)とか、
『Legend D』の「Over the Future」とか、
『Legend Z』の冒頭、ナウシカ・レクイエムからの「イジメ、ダメ、ゼッタイ」とか、
映画館の大画面で観ると、また泣いてしまうのではないか、と思っている。

会場でのグッズ、特に「メンバーコメントで軌跡を辿る〝オリジナル・パンフレット〟」は、ぜひぜひ入手したいし。

もちろん、国内ライヴがあれば嬉しいのは当たり前だが、
4月1日には、東京ドーム公演の映像盤、音盤、も手に入るのだ、
何とも楽しみだらけ、ではないか。

だから、いまの実感としては、文句を垂れるどころが、
「ありがたや~!」
の一語、なのである。
もったいない~!という感情も混じっている)。

あと、率直に言って、
「健康に気をつけて、できるだけ長生きしたい」、という切なる願いもある。
30代~40代はじめまでには、全く感じなかったのだけれど、40歳の後半になるとまずは、老眼からはじまり、
いろんなところにガタがきて、明らかに人生の残り時間はそんなに長くもないのだな、ということを考えさせられるのだ。

いや、ほんと、5年後、10年後、BABYMETALはどうなっているのだろうか、
(自分の娘たちの将来も期待・不安だらけだが、それ以上に)
何とかBABYMETALの「世界征服」を見届けたい
という切なる願いを抱いている。

たぶん、あと10年間は、僕も(それなりに)元気だろう(希望的観測)だから、
BABYMETALの「奇跡」を目撃・体験できるのではないか、と思っているのだ。

って、こんな期待が持てるなんて、ほんとうに「贅沢」の極みである。

先日来、映画『Bis誕生の詩』『Sis消滅の詩』、および、DVD『完全版 Bisキャノンボール』、
(これは昨年だが)DVD『はじめてのももクロ 完全版』
などを観てみた。

BABYMETALの「凄み」が何なのか、
「アイドル」という方向から考えてみたい、と思ったからである。

「アイドル」と言う言葉の定義はいろいろあろうが、
2010年代の「アイドル」の享受の仕方とは、
女の子達がひたむきに歌って踊る、そのことに対する「萌え」「感動」を主成分とする
ということは共通しているはずだ。
偶像的な恋人への憧れ(山口百恵とか)ではなく、「がんばっている娘を応援する」熱意によく似た心情。

という点から考えると、
BABYMETALが僕(たち)にもたらす(大きな)感動の主成分(のひとつ)が
「アイドル」的なものであること
これは、間違いない。

そういう意味では、「BABYMETALはアイドルだ」、と言うべきなのだ、今でも、やはり。

ただし、BABYMETALは、その”超絶的な可愛さ・カッコよさ”の「極み」「凄み」が「異常」である。

これは、他の「アイドル」と見比べると、つくづくそう思う。

というか、むしろ、
2010年代のアイドルの、
<女の子達がひたむきに歌って踊る、そのことに対する「萌え」「感動」>
を与えるためには、決して超絶的な才能は必要ないのである。
というか、むしろ邪魔なのである。

特に才能もない、普通の女の子(もちろん、何らかの「魅力」は潜在的に備えているのだろうが)が、
がんばって、パフォーマンスの質をあげていく。
活動の規模を大きくしていく。
メディアへの露出度を高めていく。
ファンを増やしてゆく。

それを熱心に見守り、ライヴでは一体化して大騒ぎする。

2010年代のアイドルの典型が、ももクロだろうが、
DVDで初期の映像を見ると、びっくりするくらい歌も踊りもヘタ、なのだ。

ところが、そんな彼女たちが、オリコン・チャートで上位に入ったり、
次々と大きな会場を満員にしたり、
結成当時の目標であった「紅白出場」という「夢」物語を、
現実のものにしてゆく。
その(「太閤記」のような)「成り上がり」のドラマは、BABYMETAL以上である。
Bisも、解散コンサートは、横浜アリーナを満員にしていた。

実際に映像で観てみた、ももクロやBis等には、
「ジャイ子」や「岡本太郎」を彷彿させるビジュアルの娘さえいた。
もちろん、あえて、そういう娘をメンバーに入れているのだ。

”普通に可愛らしい(いかにもアイドル的な)女の子”のみのグループでは「個性」に欠ける。
むしろ、「冴えない女の子達が、一所懸命にがんばる」のを「応援」する、
というのが、2010年代の「アイドル」を楽しむ醍醐味・たしなみ、なのだ。

BABYMETALにも、そういう要素(少女たちの懸命な頑張り)はあるのだが、
ただ、彼女達はその美しさにおいて「極み」の「凄み」を具現しているのだ。

それは、単に「程度の違い」ではなく、
もう根本的に「質の違い」「異次元」なものになっている。

BABYMETALの中で、そうした「アイドル」成分を最も体現しているのは、
MOAMETALだろう。
それは、「アイドル」志望であった彼女自身の「本懐」なのだろうが、
にしても、彼女の美貌、表情、歌、ダンス、インタビュアーとのやりとり、等のチャーミングさは、
「アイドル」として「異次元」のレベルにある。

そして、YUIMETALだ。

冒頭に書いた、BABYMETALの「ありえなさ」、
その権化が、YUIMETALだ。

BABYMETALって、結局は、YUIMETALなんだよな。

これは「真実」だろう。

ただし、
BABYMETALって、結局は、SU-METALなんだよな。
これは、もう、言わずもがなの「大前提」だし、

BABYMETALって、結局は、MOAMETALなんだよな。
これも、「事実の核心」だ。

まあ、その中で、YUIMETALの「ありえなさ」こそが、
BABYMETALの底なし沼のような魅力の「深み」
中心である、と思うのだ。

『RED NIGHT 2016』での、
「KARATE」でYUIMETALの感極まった泣き顔は、
観る度に、こちらをも涙ぐませるのだが、
なぜ、「KARATE」まで来てここで泣くのか?というのが、不思議、でもある。
だからこそ、こちらの胸が衝かれてしまうのだ。
まさに「ユイ・ラグ」の真骨頂発揮である。

(あ、そうそう、余談をひとつ。WOWOWの映像にはなかったが、「RoR」の出だしのイントロで、MOAMETALの目じりから頬にすーっと涙が一筋流れる絵を、当日目にした気がするのだが、あの崇高な絵姿は、ブルーレイの方には映ってはいないだろうか?)

で、『RED NIGHT 2016』で、
何度観ても鳥肌が立つのが、
「Tales of the Destinies」でのYUIMETALの「手刀繰り出し」である。
「ダメじゃない、ダメじゃない・・・夢じゃない、夢じゃない・・・」の後、
左足でリズムを刻みながら、右斜め上方に「手刀」を何度も繰り出すのだが、
そのメタルなカッコよさ、は、
もう言葉を失う。

メタル・ダンス、とは、これ、だ。

いや、本当に、中3の秋の夜に、渋谷陽一のNHK-FM番組で出会った、Michael Schenker Group の「Into the Arena」の衝撃に匹敵する、メタルなカッコよさ、である。

YUIMETALの恐ろしさ(「極み」の「凄み」)が、ここにある。

神秘的な美貌、性格をもちながら、
ヘヴィ・メタルの「鋭いカッコよさ」を具現化するキレッキレの舞踊を繰り出す、
その存在のありようの「深み」。

「謎」めいてるよなあ、YUIMETALは。
「深い」よなあ、YUIMETALって。


『BLACK NIGHT2016』では、オープニングの「BABYMETAL DEATH」。
これも、何度観ても、鳥肌が立つ。

どこかのまとめサイトで目にしたのだが、初めてこの放送で”噂のBABYMETAL”なるものを観た女性の、
「メンバーが十字架に磔になって出てきて、DEATH!DEATH!とい連呼しているのを目にして、こんなものがウケているんだとおぞましい思いでテレビを消した」
という趣旨のツイッターの文言が紹介されていた。

たいへん不幸な出会いだったですね、としか言いようがない。

SU-METALはともかく、YUIMETAL、MOAMETALが十字架の磔になって登場なんて、BABYMETALのキャリア上はじめてであり、
「BABYMETALの集大成としてのお祭りの演出」(大意)というKOBAMETALの東京ドーム公演における「遊び心」は、
ファンを大狂喜させたであろう(僕ももしその場にいたら、卒倒するほどの衝撃を受けたであろう)のだから。

で、その、「BABYMETAL DEATH」の冒頭、磔で登場した後、「動く魔方陣」に乗って3人が花道の端からステージ中央に向かって移動するのだが、
その際の、「DEATH!DEATH!DEATH!DEATH! SU-METAL DEATH!」の後、
「DEATH!DEATH!DEATH!DEATH!」に続くYUIMETALの所作、
くるっと一回転して、「YUIMETAL DEATH!」のキメポーズをする、その一連の動きのかっこよさよ!
これ、悶絶ものである。

これ、2014年新春キツネ祭りの「イジメ、ダメ、ゼッタイ」での、
間奏のバトルにおける「MOAMETAL飛び越え」に匹敵する、YUIMETALの神がかった格好良さ、だと思うのだ。

「GJ!」等の振り付けを観ると、YUIMETALの動きは(MOAMETALと比べると)後ノリというか、じっくりタメてから素早くキメる、という動きが本来のスタイルだと思う(このへんの2人の微妙な差は、例えばK.K.ダウニングとグレン・ティプトンのツイン・リードを思わせる)のだが、
このBLACK NIGHTの「BABYMETAL DEATH」の冒頭部の「YUIMETAL DEATH!」のキメ方は、
逆に、やや早めに始動してきちんとクルッと回るのを観客に見せたうえで、
しっかり間をとって「YUIMETAL DEATH!」とキメる、という「優雅」かつ「カッコイイ」ものだ。

カメラアングルの差もあるから一概に言えないが、SU-METAL、MOAMETALが、ただ回る(向きを変える)だけなのに対し、
YUIMETALは向きを変える動作そのものが、美しい「舞」でありうるようにダンスしているように見えるのだ。

もちろんSU-METALやMOAMETALをディスっているのではない(とんでもない。そんなことを「盲目的なファン」である僕がするはずがないし、するつもりなど全くない)。
ただただ、YUIMETALのここでの回転が、ヘヴィ・メタルの「演」奏として「魅せる舞」になっていることに鳥肌を立てた、という話である。

これが、BABYMETALの「極み」=「凄み」だ。

こうしたことを、(ある時はSU-METALの歌や舞踊に、またある時はMOAMETALの笑顔やチャーミングな所作に)何度も感じながら、BABYMETALを体験してきたのだ、僕は。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BABYMETAL探究(「Kawaii」という「極み」考③)

2017-03-06 14:24:40 | babymetal
昨日は、朝ゆっくり起き、録画しておいたXjapanのWembley公演を数時間遅れで視聴。
午後からは一仕事して、
夕方からは映画館で『Bis誕生の詩』『Sis消滅の詩』を連続視聴。

僕にとっては、BABYMETAL周辺のイヴェントを楽しみつつ、
改めて、BABYMETALの(ライヴの、また、3人の)独自性とは何なのか
を考える一日になった。

恐らく、BABYMETALに出会っていなかったら、
昨日、Xjapanのライヴをわざわざ録画して観る、ということもなかったはずだ。

Xも、昔はそれなりに好きなバンドで(日本からハロウィンみたいな曲をつくるバンドが出てきた!
と話題になった「紅」から数年間、アルバム「Jealousy」も買って愛聴していた)、
今でも数曲はカラオケの主要なレパートリーになっているけれど、
僕にとってはもはやほとんど「懐メロ」バンドだったから、
「(BABYMETALがいなければ)日本人初のWembley公演!」なんて喧伝されても
わざわざ観る気にはならなかったはずだし、
第一、WOWOWに加入してもいないはずだから、
観る機会さえなかった。

それを、こうして、録画して観てみることになった、というのは、
まぎれもなくBABYMETALの波及効果である。
(この火曜日には、映画『We are X』を観るつもりさえしている)

ましてや、『Bis誕生の詩』『Sis消滅の詩』なんて映画を観に行くなんてこと、
これはもう以前ならありえなかった。
いい年をしたオッサンがアイドルの映画を観に行く・・・?
人生でもっとも恥ずかしいことのひとつ、
自分の人生にそんなことがあるなんてゼッタイに許せない、そうしたことだったはずだ。

それが、まあ。

いや、BABYMETALは(もはや)アイドル(なんか)じゃない
という見解はありうるだろうし、
そういう主張を否定するつもりは全くないが、
しかし、BABYMETALが(Xを主要要素のひとつにしていることと同様、あるいは、それ以上に)
アイドルを出自としていること、あるいはアイドルであることの「凄み」を至高のかたちで世界中に発信していること、
これはBABYMETALの核として「探究」し続けるべきものだ、と僕は考えている。

タイミングがうまくあわずまだこのブログには記事をあげていないのだが、
『はじめてのももクロ[完全版]』というDVDも購入し、それとの比較対照において、
自分なりに「アイドルとは何か?BABYMETALとは何か?」を考える材料にしたりもしている。

だから、BisもSisも、ほとんど全く知らない(BiSHの「オーケストラ」という曲はたまたま知っていた)のだが、
ベビメタのまとめサイトで、この映画のことを知り、調べてみると京都でも上映されるということだったので、
後学のために、と、予定し、昨日足を運んだのだった。

で、まず、Xjapanのライヴについて。

(勝手に)危惧していたのが、放映予定時間の長さと、MCについてだった。

昨年の、当初予定されていた「日本人初」のWembley公演を前に、昨年(一昨年かな?)WOWOWで観た国内でのXjapanのライヴ
これを視聴したことがあったのだが、
笑顔でのMCもふんだんに盛り込まれ、YoshikiとToshiのいちゃいちゃしたやりとりもたっぷり交えた、
よくいえば「和気藹藹」「まったり」とした、
悪くいえば「ダラダラ」とした
ものだったのだ。
(以前このブログでその旨感想を述べたこともあった)。
早く曲に行けよ、と、何度も早送りしながら観ることになった。

しかし、今回のWembley公演では、
まさか日本語でのMCなんて出来るわけもないのだから、
そうした「和気藹藹」はざっくり削ぎ落とされ、タイトに引き締まったより純粋なロック・バンド然としたライヴになるはずだ、
と予測したのだ。

でも、にしては放映予定時間が長すぎるし・・・どうなるのだろう、
(まあ、生中継の放映予定時間は幅を持ったものなのだろうけれど、それにしても・・・)
という懸念を持ちながら、録画予約したのだった。

で、実際に観てみると・・・

何とも「まったり」していたなあ、というのが正直な感想。
まさかあんなにたっぷりと英語でのMCを盛り込むなんて思ってもいなかった。

そういう意味で僕の予想は完全に外れたのだが、
Xjapanとしては「らしさ」を存分に発揮したライヴだった、ということなのかもしれない。

MCなし、(しばしば)アンコールなし
そんなBABYMETALのライヴに慣れた身には、スリルの薄いライヴに思えたのだが、
考えてみれば、休憩なしにハイテンションで駆け抜けるBABYMETALのライヴの方が異様なのであって、
「まったり」する時間は(Xjapanほど多いかどうかは別にして)どのバンドのライヴにも基本的に存在してるし、
会場に訪れたファンもそれを楽しんでいるのである。

そう、だから、Xjapanのライヴがだらだらしていた、なんて感想を持つ方がおかしいのであって、
むしろ逆なのである。

BABYMETALのライヴが全くダラダラしていない、ほんの少しも「まったり」していない
ということ。
このことに改めて驚くべきなのだ。

「BABYMETALのライヴがMCなし(しばしば)アンコールなし」で成立している
観客に満足を与えている、
これはなぜか?その要因は何なのか?
Xjapanのライヴから、この問いが鮮明に浮かび上がってくる。

それは、端的に言えば、
(もちろんSU-METALもだが、とりわけ)YUIMETAL、MOAMETALの「kawaii」の「極み」のため、なのではないか。

BABYMETALのライヴ映像を、『Legend I,D,Z』で初めて通して体験したとき(僕は2014年の9月だった)、
「・・・何かとんでもないものを目撃してしまった・・・」と震撼させられたことはこのブログにも記したが、
その「とんでもなさ」とは、
SU-METALの歌声や神バンドの演奏という(正統的な)音楽的な感動・衝撃以上に、
YUIMETAL&MOAMETALの可愛さの「極み」、その「凄さ」に撃たれたこと、だったのではないか、と思うのだ。

YUIMETAL&MOAMETALの超絶的な「Kawaii」が、
MCなし(しばしば)アンコールなし、のBABYMETALのライヴにおける「説得力」となっている。

ここが、BABYMETALの特異性の核、なのだ。

そういう意味で、今月発売された『BURRN!』誌の、幅記者によるライヴ・レビューは、
実に「正直」なものだったと思う。

表紙にも目次にも「BABYMETAL」という文字はなかったが、あくまでもGUNSの来日公演リポートである、という大義名分があるのだから、僕はこれはこれで当然だと思う。
それ以上に、大判の『BURRN!』誌のほぼ巻頭に、BABYMETALのステージ写真とライヴリポートがかなりの分量載っている、ということ。
これには素直に感激した。
8頁~9頁には、見開き全面でのステージ写真に、「BABYMETAL」のロゴも頁をはみ出す大きさ。
その後の3日も、美しい写真が掲載される。・・・いいじゃないか。

「節操ないじゃないか。お前、『BURRN!』を批判していたんじゃないのか!」

はい。

でも、それは『BURRN!』誌がBABYMETALを不当にネグレクトしていたから、であって、
こうして(前座なのに大々的に)取り上げてくれれば、それを批判する理由は何にもない。
『BURRN!』誌が、こうしたかたちで「軟着陸」してくれたことは、単純に嬉しい。
4日間をまとめて、軽くコメントのみで済ます(前座なのだからある意味当然)という扱いもあろうし、
例えば『rockin'on』誌のようにGUNSのレポートはあってもBABYMETALなんて全く触れない(洋楽誌だから当たり前)
という扱いもありうるのに、
4日全てのライヴについて、写真とリポートを、巻頭特集の中で、
という扱いは、(前座に対する扱いとしては)「破格」と言うべきだろう。

で、そのライヴリポートの中身なのだが、『BURRN!』誌にこれほど「可愛い」という類の文言が躍ったのは(おそらく)空前のことだろう

そして、「可愛い」だから「メタルじゃない」、とはならないところが、BABYMETALの独自性、だ。
幅記者も決してそうした否定的な意味であのレポートを書いたのではない、と僕には読めた。
「Kawaii」からこそ新しい「ヘヴィメタル」であり得ている、という止揚の「凄み」
これがBABYMETALの唯一無二の独自性だ、そのことをつくづく体感した、というレポートだと読める。

1日目について。
SU-METALは凜としてよく通る歌声を聴かせ、文字どおりベビーフェイスのお人形さんみたいなYUIMETALとMOAMETALの2人は激しくシャープなダンスで魅せる。・・・最後に・・・ヘッドライナーにバトンを渡して彼女達がしゃなりしゃなりとステージを降りていった時には喝采が会場を包んだ。

2日目。
・・・周囲にBABYMETALファンが多くいたようで、ラストの「We are!」「BABYMETAL!」の掛け合いやキュートな「See you!」に対する反応はやけに熱く盛り上がっている。

3日目。
・・・その神バンドが奏でる本格派メタルなバッキングに、いかにもアイドルらしいポップさや和のテイストを備えたメロディを絡ませるBABYMETALの曲は、海外のアーティストやオーディエンスには特に新鮮に聞こえるはずで、ただでさえ幼く見える東洋人の女の子達が、媚びない強い声でひたむきに歌い、アグレッシヴに踊って全力で走り回る、そのギャップにハートを射抜かれずにいる方が難しい。メタル好きで音楽がカッコいいから聴いているという理由も成り立つし、単純に「だって可愛いんだもん」という理由だけでファンになっても許される彼女達ほどの可愛さは、ちょっと他の国では見つけられないだろう。聴けば聴くほど、観れば観るほど、実にユニークな存在である。

4日目(GUNSの5日目)。
・・・そして「ハイ!ハイ!」と腕を突き上げながらステージに戻って来た女の子達の、まあ可愛いこと。今日は初日の大阪と同じセットリストで、このキュートさは私が男だったら鼻血モノだなと思う”あわだまフィーバー”、日本人ならお祭り好きの血が騒いで「ソレ! ソレ! ソレソレソレソレ!」と盛り上がるしかない”メギツネ”と続く。
・・・”ギミチョコ!!””KARATE”、最後は”イジメ、ダメ、ゼッタイ”と、作り手の巧みさと演者としての彼女達の素晴らしさに打たれる曲が次々に繰り出され、スタンディング・エリアではモッシュ・ピットが出来るほどの騒ぎになっていたらしいが、とにかく今日も彼女達は全力でひたむきさとキュートさを振り撒いてオープニング・アクトの任務を終えた。SU-METALの「See you!」に対してMOAMETALとYUIMETALは「しーゆー♡」という感じなのもまたたまらなく可愛いのねぇ・・・と嘆息しながら、去って行く3人を見送る


もちろん、SU-METALの歌、神バンドの演奏、楽曲、の質の高さ、それらはもう当然として、
そのうえで、BABYMETALがライヴ会場の観客の心を鷲掴みにする、その「凄み」が何なのか、
とても正直に、しかも4日間にうまく評言を振り分けながら、記述した、そんなレポートだ。

さすがプロの文章だ、と引用のために書き写しながら強く感じた。

この、とりわけYUIMETAL&MOAMETALの「Kawaii」の「極み」による「凄み」。
これは、MCやアンコールの「まったり」では失われてしまうものだろう。

つまり、「鋭さ」「キレ」だ。
YUIMETAL&MOAMETALのキュートさとは、そうした次元のものである。
彼女たちの快進撃は、そうした「Kawaii」の「鋭さ」「キレ」によるもので(も)あり、
それは、現在のXjapanのような「まったり」としたライヴの楽しさとは、対極にあるものなのだろう。

「もしもBABYMETALの3人が森三中のルックスだったら・・・?」
というお題があるが、
少なくとも、ライヴにおける「説得力」は雲散霧消するだろう。
(渡辺直美だったら、また別の「説得力」はもつだろうが・・・)

ギミックに満ちたBABYMETALが、何ともスリリングな「本物」でありうるのは、
MCなし(しばしば)アンコールなしのライヴが至高のライヴとして成立しているのは、
YUIMETAL&MOAMETALの「完璧な美少女」ぶりによるのだ


それを改めて確認したのだった。


『Bis誕生の詩』『Sis消滅の詩』をめぐっては、また後日。
ひと言で言えば、
すべてのアイドルは、修羅に生きている」のだなあ、
ということをまざまざと観た気がしたのだった。

(つづく)






コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする