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三本脚で立つ~思考の経路

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BABYMETAL探究(週刊誌はBABYMETALをどう扱えるのか?→BURRN!問題②)

2016-06-27 19:15:01 | babymetal
もはや”神々しい”としか言いようのない、ダウンロードUKの「KARATE」プロショット
何度観返しても、毎回涙が滲んでしまう。

いやあ、これはもう、泣くでしょ。普通。

これを観ると(すでに潜在的には”わかっていたはず”のことだが)、BABYMETALはこの数ヶ月でまたまたとんでもない進化を遂げているのだ、ということ、それが痛いほどわかる。

こうして、結果としてのパフォーマンスや観客の反応を映像で観て、「とんでもない進化」なんて言うだけならば何の苦労もいらない簡単なことだが、ニューアルバム発売(それに伴う数多くの取材・インタビュー)、歴史的なウェンブリー・アリーナ公演、全米ツアー(初めてのTV番組出演)、欧州ツアー、という怒濤のスケジュールをこなしながら、セットリストや各曲目の「演」奏を、どんどん高みへと引き上げているBABYMETALの、「目標設定値・自己評価の基準の高さ」には、改めて驚嘆するしかない。

慢心、油断、安心感など、ひとかけらも感じられないし、実際にチームBABYMETALにはそんなものはこれっぽっちもないはずだ。

これまで、同じフェスに出演した世界規模のバンド、例えばメタリカのライヴを実際に袖から(「演者」としての立場から)観て、その凄まじい観客との盛り上がり方を目撃し、それとの比較対照から自らのパフォーマンスを鑑みると、反省・改善すべきことはいくらでもあるのだ(だからこそ、挑戦すべきことはいくらでもあって、楽しい!)。

実際にチームBABYMETALが考えているのは、そうしたことであるはずだ。

それにしても、例えば「ビルボードチャートTOP40入り」を、ファンの僕たちも(おそらくチームBABYMETALも)”後世に語り継ぐべき記念すべき到達点”などではなく、”単なる通過点”としか考えていない、というこの事実は、改めて考えてみると、とんでもなく恐ろしいことではないか・・・。

しかし、それが(熱狂的なファンの盲信ではなく)BABYMETALをめぐる現実、なのである。

ダウンロードUKの「KARATE」動画の、
冒頭の大観衆の絵だけでもすでに鳥肌ものだが、
楽曲の演奏がはじまった途端の「セイヤ、セッセッセセイヤ、・・・」の観客の大合唱、
青山神のドラムの(音としても、絵姿としても)凄まじさ、
大会場に響き渡り、その説得力で大群衆を統べるSU-METALの力強い美声、
どの瞬間を切り取ってもひたすらチャーミングなSU-・YUI・MOAの美貌、
神バンドの演奏とシンクロした3人のキレキレの舞踊、
「押忍!」「ウォオー・オオー・オオー」の観客席とのシンガロング、
どれもこれも、言葉にならない感動を与えてくれる。

そして、中間部からの感動の畳みかけは、さらに凄まじい
(半年前に横アリでこの曲に初遭遇したときとは、もはや全く別次元のパフォーマンスだ)。

雨で水浸しのステージにYUI・MOAが倒れ込み、懸命に立ち上がろうとする姿
(ここは、観ていてブワッと涙腺がゆるむのは必至)、
SU-METALの煽り「How are you feeling?」に応える大観衆、
「Put your hands in the air !」で一斉にあがる腕の大群、
SU-METALの美声のフェイク(これなどもまさに「進化」の賜物だ)、
会場中の「ウォオー・オオー・オオー」の大合唱、
激しくなってカメラにはっきりと映る雨、
「Every・body Jump!」に煽られて波打つ会場、
ステージ上でユニゾン・ジャンプする、SU-、YUI、MOA、BOHの一体化した躍動、
余韻をたっぷり残しながらステージ上でたたずむ3姫4神の威厳ある立ち姿。

なんとまあ過剰な楽しさ・美しさ・カッコよさよ!
(激しい雨になるところなど、まさに『BECK』である。漫画を劇的に演出するための仕掛けが、リアルに起こってしまう、これもまたBABYMETALの”凄み”だ。)

・・・こうなると、もはや、国内の一般誌(あるいはTVニュース等)では報道のしようがなくなってしまった
そんな風に思えてならない。

BABYMETALを報道する”、とは、(少なくとも現時点では)”BABYMETALの凄さを報道する”ことだ。
しかし、BABYMETALの「今」の”凄さ”は、報道で伝えることのできるものではなくなってしまったのだ、と。

一般誌の報道とは、”情報”(あるいは”風聞”)を一般大衆に伝えることであり、それが商業活動である以上、その”情報”(あるいは”風聞”)が一般大衆にとってそれなりの商品価値を持っている必要がある。

しかし、今のBABYMETALの”凄さ”は、一般大衆にとっての商品価値がある”凄さ”ではない、と思う。そんなものをはるかに超えた”高み”に達してしまった、と。

例えば、このダウンロードUKの映像をTVニュースで流したとして、お茶の間では消化できないだろう。
「何、これ?・・・」と。
そして、消化・理解できないものは、すぐに意識から排除されてしまうだろう。

もちろん、結果としての数字や現象を報道することはできるが、それとて、その数字や現象がBABYMETALの何によって引き起こされているのか、その”凄さ”までも伝えないと、お茶の間(一般大衆)には意味ある情報として伝わらない。

だから、もう、仕方ないのではないか、と思う。
もはや、一般誌の報道やお茶の間向けのニュースでは、伝えきれないレベルにBABYMETALの”凄さ”は達しているのだから(ちょうど、ノーベル物理学賞を受賞した「理論」の凄さを、新聞・一般誌・テレビニュースでは伝えられないのと同質の事態だ、とも言えようか)。

仮に、BABYMETALの”凄さ”を伝えるとして、その伝えやすさの順序は、次のようなものだろうか。

① 神バンドの演奏の凄さ。
② SU-METALの歌の凄さ
③ 3人の可愛さの凄さ。
④ 楽曲のこだわり・仕上がりの凄さ。
⑤ YUI・MOAの舞踊、表情、さらにはその存在のありようの凄さ。

・・・こう並べてみると、絶望的である。

せいぜい、①くらいだろうか、一般誌やTVニュースを通じて一般大衆に「伝える」ことができそうなのは。しかし、だからと言って、わかりやすい語りやすい①を(のみ)強く語ることは、例えば『週刊文春』の近田春夫のコラムを典型とする的外れなものになってしまう。

②ですら、一般大衆に伝えるのは難しい。
例えばSuperflyのような(わかりやすい)凄さ、ではないから、報道を目にして興味をひかれた人が、YOUTUBEの動画(MVとか)をちょっと観て「歌が凄いってニュースで言ってたけど、単なるアイドル歌唱だろ、これ。・・・あのニュースって、アミューズのステマか?・・・」なんて思ってしまう危険性も、大である。

③は、まさにそうで、ダウンロードUKの冒頭のインタビューの3人の可愛さなど、「(ステージ上でのパフォーマンスとは逆の意味で)女子高生(SU-は卒業したはずだが)とは思えない」、年齢を超越した天使・妖精ぶり、なのだが、可愛いなどというのは主観でしかないから、報道では強調しづらいし、③のみを強調することはBABYMETALへのありがちな「誤解」への一本道である。
「ああ、可愛いアイドルをメタルに持ち込んだのか。・・・なるほどね。・・・あざといことするなあ・・・」等々。

④の、新しくかつ王道であり、遊び心あふれた過激さがあり、かつ、BABYMETALという存在・その活動そのもののメタな表現になっていること。こんな楽曲構造や歌詞の中身をめぐる凄さは、一般大衆向けの報道の立ち入るところではない。

⑤の、(③とも深く関わる)ヘヴィ・メタルの表現としてのYUI・MOAというまさに「魔術」は、それがあまりにも革新的であるがゆえに、常識的な知ではとうてい理解しようがない(何しろやがてファンになった多くの人でさえ意識に受け入れることがなかなかできなかったのだから)。一般大衆に向けて報道のしようもないし、報道する側にYUI・MOAの”凄み”の認識があるなんてことは、(現状)まれであるだろう(TBSの川西記者と、あと何人いる?)。
これは、もう、ライヴを観てね、としか言いようがない(ライヴを観れば、必ずわかるはず、なのだが・・・)。

BABYMETALの”凄さ”は、①~⑤までの全てが「超絶的」と言うべきハイ・スペックで積み重なっているところにあるのだが、それは「常識的な知的枠組み」をはるかに超えたところにある。
そのことから、例えば先日の「サンデー毎日」のような、頓珍漢な文言が生まれてくる、のだろう。

結論:(ダウンロードUKの「KARATE」動画に満ちあふれているような)BABYMETALの凄さは、一般誌やTVニュースでは伝えることができない。

とすれば、今僕たちが望むべき一般誌やTVニュースの報道とは、
せめてBABYMETALを「誤解」させない報道を!
ということになるのだが、これがBABYMETALの場合はとりわけ大変なのだ。
逆に言えば、既存の語り方では誤解を招くような紹介しかできない、それだけBABYMETALが斬新で過激でハイスペックな存在だ、ということなのだ。
つまり、一般誌、TVニュース、ネットの記事、での的外れな記事の氾濫は、
いわばBABYMETAL自身の「罪」(=とんでもなく凄すぎる、まさに「筆舌に尽くしがたい存在」であること)に拠るものでもある、のだ。

ダウンロードUKの「KARATE」動画を観ながら、そんな思いを深くしている。

そして、ここで考えざるをえないのが、『BURRN!』誌について、である。
『BURRN!』誌という”日本の専門誌”ならば、①~⑤をきちんと捉え、報道することができるはず、だからだ。

(つづく)



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BABYMETAL探究(番外編:あの”魔曲”も誕生日DEATH!)

2016-06-20 23:22:18 | babymetal
今日はYUIMETALの誕生日だが、だからというわけでもなく、カラオケ(ジャンカラ)に行き、ライヴダムで、BABYMETALの楽曲を中心にはじけてきた。
眼目は、何といっても「ヤバッ!」の公式映像の視聴である。

考えてみれば、この”魔曲”「ヤバッ!」が僕たちのところに降臨したのが、昨年の6月21日、幕張メッセの巨大天下一メタル武道会だから、ちょうど1年前である。
いわば、6月20日のYUIMETAL誕生日に続き、6月21日は「ヤバッ!」の誕生日でもある、のだ。

異形の子、鬼っ子。

一般にそんな認識はなされていないのかもないのかもしれないが、僕は「ヤバッ!」には初遭遇以来ずっとそんな印象をもちつづけ、だからこそ個人的には、たいへん依怙贔屓な心情を抱いているのだ(昨年の初遭遇後にも、ここにこの”新たな調べ”についての熱い思いをここに書き綴ったこともある)。

生まれて初めてのBABYMETALのライヴで遭遇できた「新たな調べ」という天からの贈り物であり、しかも誰も予想もしなかった「スカ・メタル」であり、呪文のような歌詞、そして、ゴーレムか仏像かをも思わせるキテレツな振り付けは、まさに「なんじゃこりゃ?」の衝撃であった(会場中ポカーンであった)。

この曲は、まさにBABYMETALの(代表曲ではないかもしれないが)”らしさ”を体現する究極の1曲だ、と思っているのだ。

そう、この「ヤバッ!」のいわば狂気に満ちた「なんじゃこりゃ?」奇妙奇天烈・摩訶不思議感こそ、BABYMETALの魅力の本質なのだ、と。
(だから、こうした”狂気”を体験していない人の、BABYMETALへの評言(成功したのはなぜか?等の語り)は、全く無意味・無価値なものだと思っている。実際、そうだ)。

さらに、初登場の後の変容ぶり(迷走ぶり?)も、「ヤバッ!」は他のBABYMETALの楽曲に比べて、際立っていた。
BABYMETALのレパートリーのなかでも、とびぬけた異形の楽曲、なのである。

僕自身、6月の幕張での初遭遇、8月の新木場での黒ミサⅡ、12月の横アリ、と、3回ライヴでこの楽曲を体験したが、その度に、かなり大きくアレンジが変わっていて、また、その度に、どこでどのようにノればよいのか観客として戸惑う楽曲でありつづけた。

とりわけ、Aメロの「スカ」の部分のノリ方は、いまだによくわかっていない
最新のアレンジでは、極端に楽器音もシンプルになったから、この「ヌケ」感は、他の楽曲とは全く異質だ。メタルのノリ方でもない、アイドル楽曲の合いの手でもない、というのが何とも微妙なのだ。

9月の東京ドームでも、(1stの楽曲群、会場中の一糸乱れぬノリ方が固定化・浸透・定着したものとは異なる)”微妙な”ノリ方になるのだろうか。
(そのうちに、この曲も、はじめから終わりまでしっかりみんなでノル、そんな楽曲になるのだろうか?そんなふうにはとても思えないのだが・・・。つまり、いつまでも「微妙」な曲であり続けるのではないか?)

鬼っ子、と書いたのは、そうした印象があるからだ。

そして、だからこそ、いまや代表曲となった「KARATE」等に比べると、判官贔屓・できの悪い子供ほどかわいい、という心情にも似た、とても強い個人的な思い入れを持っているのだ。(「できの悪い」というのは言い過ぎだが、BABYMETALの楽曲群のなかでは、「異端」に位置する、代表曲というよりは癖の強い一曲、であることは間違いないだろう)。

だからこそひときわ愛しい、そんな1曲なのである。

そんな中、「あわだまフィーバー」とともに「ヤバッ!」がライブダムの「まま音」で配信される、という知らせは、まさに”恩寵”とも言うべきものであった。

2ndアルバムからは、「Road of Resistance」に続き、2曲目、3曲目であり、あの「KARATE」にも先んじて、なのだから!
(僕は、別に「KARATE」が嫌いなわけではない。ただ、12月に登場してあっという間に堂々たる代表曲になった「karate」に対して、いわば”抜かされて”しまったお姉ちゃん「ヤバッ!」には、特別な思い入れがあるのだ)

で、
ライヴダムの映像は、やはりすばらしいものであった。
「ヤバッ!」派のおっさんとしては、ジーンと目がうるんでしまった
いやあ、やはりBABYMETALは凄い!鳥肌を立てながらそう再確認した

イントロのフィル・インに合わせて顔の横の両手を細かく刻み、一瞬静止する、その「間」の緊張感。
その後の爆発的な「スカ・メタル」の疾走。

昨年12月の横アリでの映像だから、初披露とはかなり演奏も変わっているのだろうが、3人+神バンド(+観客席)の「演」奏は、重厚でありながら溌剌とした、というBABYMETALの神々しい魅力を発散し続けている。

3人の、とりわけYUIMETALの表情は、妖艶、といってもよいものだ。これは、「ちがう」という歌詞の表現として、他の楽曲以上に”悩ましい”顔を表出しているからでもあるのだろう。

・・・にしても、撮り直しなどできないライヴでの映像の、どの一瞬の表情とも3人とも実に美しく、凛々しい。(これに慣れてしまうと、他のバンドは、いくら演奏や歌が凄くても、物足りなくなってしまうのだ・・・。)もう、存在そのものがプロフェッショナルなのだ。
神に選ばれた3人、という設定が、そのままリアルなものとして顕現している。

どの瞬間も、実に実に実に楽しい。

「ち~がうでしょ!」で腕をつきだして止まる振りでは、MOAMETALの方頬をふくらませた変顔(かな?)も見られる。

そして、いつもながら、スタジオ盤をはるかに超えたライヴ映像のこのグルーヴ感よ!

絵としても、神バンドの動き、とりわけ青山神、BOH神(位置的にこの2人が中央部にいるから3姫の動きとシンクロして見えやすい)とのバンドとしての一体感よ!(大村神は、赤いVシェイプを奏でている)。

こうしてちゃんとした映像を観てあらためて思うのは、
この楽曲は(この楽曲も)、
SU-METALの”この”歌声、
YUI・MOAの”この”キレキレの動き、
そして3人の”この”表情
だからこそ、
感動的な楽曲・パフォーマンスとなっている、ということだ。

だって、これ、コミック・ソングの成分も実に実に大量に含んでいるもの。
(その含有率は、BABYMETALの楽曲中最大、ではないか?)
それが、コミック・ソングどころか、超絶的にカッコよく・カワイイ至高の楽曲となっている。
それが、「この3人だからBABYMETALだ」ということの凄みなのだ。

しかし、考えてみれば、「BABYMETAL DEATH」にしても、「メギツネ」にしても、「ギミチョコ!!」はもちろん、「ヘドバンギャー!!」も「イジメ、ダメ、ゼッタイ」も、BABYMETALの楽曲は、ある意味すべてコミック・ソング成分を多分に含んでいる。(例外は、SU-METALのソロ曲群だ。ただし、「Amore~蒼星」の歌詞は別。これはまたここで考察するつもりだ)

先日、あるガールズ・バンド(ユニット)のCDを買った。BABYMETAL経由でネット上の動画を何本か観て、「わお、演奏上手い、歌上手い、曲かっこいい。こりゃ凄い!」となり、すぐにAmazonで注文したのだが、アルバムを数回通して聴いて、すでに飽きはじめてしまった自分がいる。

カッコイイ歌詞ののったカッコイイ曲を、カッコイイ歌い方で、カッコイイ演奏で、かっこよく始まり、楽器のソロとかもあり、かっこよく終わる。
その物足りなさよ・・・。

BABYMETALを体験してしまうと、そんな風に感じてしまう。
(だから、今までのバンド(ユニット)で、”BABYMETALの「なんじゃ、こりゃ!」の魅力”に多少なりとも迫ったのは、やはりLADYBABYだったのだ。
しかし、LADYBABYには、BABYMETALがどの曲でも見せている、「いわばコミックソングが、その至高のパフォーマンスによって超絶的にカッコよく・カワイイ楽曲へと化している」というマジックは見られなかった。コミック・ソングがコミック・ソングのままで楽しくパフォーマンスされていた。)

ヤバッ!」とは、まさにそんな”BABYMETALのマジック”を堪能できる、究極の一曲だ。

「いわばコミック・ソング」を、美少女3人が汗を飛び散らせながら、その「生身」を精一杯使って、楽器隊の音を増幅しある時にはカウンターメロディーのように複雑に絡みながら、具現化する、舞踊による「演」奏。
改めて、唯一無二、だと痛感した。
いやあ、これは楽しい!なんて楽しいんだ!

家では、ここまで大音量では再生できないので、カラオケで神バンドの演奏をずんずん腹に響くまで味わうのは、BABYMETALのヘヴィメタル面を改めて堪能できる楽しさがある。
「ヤバッ!」のAメロ部分のスカと、Bメロ・サビ・ブレイクダウンのところの凶悪なメタルサウンドとの強烈な対比は、スタジオ盤をイヤフォンで楽しんでいるいつもの視聴とは異なる次元の高みを体験できる。

いわゆる「1番」の後の、3人の「ピッポパッポ・ピッポパッポピー」のところの振りは、3人のユニゾンではあるが、その身のこなし方は3人それぞれ微妙に異なる。
それぞれの「らしさ」を味わうことができる。

精確な美しさのキレキレのYUIMETAL。
ハートフル・ダイナミックなMOAMETAL。
豪快・奔放なぶるんぶるんのSU-METAL。

これは例えば、ジューダス・プリーストのグレン・ティプトンとK.K.ダウニングの奏でるトーンの違いを味わいわける、ようなもので、映像を繰り返し観れば観るほど、その絶妙な動きの個性のブレンド具合を味わうことができるようになる、そんな気がする。

にしても、なんじゃ!?この歌詞は。
”歌詞に頼らない楽曲”というか、”洋楽の歌詞”というか。
「ギミチョコ!!」もまさにそうだが、BABYMETALの歌詞は、その楽曲世界を構成するマテリアルの一つであり、「ヤバッ!」も、この歌詞だからこその世界観をふりまきつつ、オノマトペ・呪文として働いている。(SU-METALのソロ曲は、もう少し「詞」が「歌詞」としてのオーソドックスな働きをしている。)

一個一個の単語の意味はわかるが、曲全体を通して、これほど抽象的な歌詞というのも、実に珍しいのではないか。

「違う」「気になっちゃった」ということをひたすら歌っているのだが、結局「違う」のか「違わない」のかも判然としない。
ピッポパッポピー、なのだ。

BABYMETALの歌詞の”自己言及性”にあてはめれば、BABYMETAL自身のことを歌っている、ということになり、それで一応辻褄は合うような気もするのだが、そうした具体的な事象に結びつかない、「摩訶不思議な浮遊感」こそが、この楽曲の世界観なのだろう。

ジャンカラには、フリータイムで入ったので、時々は歌ったり(昭和の歌謡曲、メタル、そしてもちろんBABYMETAL)、映像を流しつつ持ち込んだ仕事をしたりしながら、結局、計20回以上「ヤバッ!」を観てしまったが、観れば観るほど、かっこよさが研ぎ澄まされる感がつのる。

いやあ、やはり”魔曲”だなあ、これは。
横アリの、巨大キツネスフィンクス?のセットとも、絶妙に合っているし。

正規映像を繰り返し観ながら、まずますこの曲に惚れ直したのであった。

ああ、幕張の「ヤバッ!」と横アリの「ヤバッ!」の正規映像盤が手にはいるまでまだ丸2ヶ月もある・・・のだ。

それまで、何度もジャンカラに足を運び、ライブダムのこの映像で渇きを癒すことになるのだろう。(まだ、の方は、ぜひ!1人でも・おっさんでも、ジャンカラ、ふつうに入れますよ。ぜんぜん平気ですよ。)
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BABYMETAL探究~番外編:ポチったぞ!→(ああ、どうしよう・・・)→よし、使うぞ!

2016-06-14 23:20:49 | babymetal
さすがに、買わないですよね、普通は。

メールが来て、もちろん、躊躇しましたよ、僕も。当然。

だって、そんな「誘い」が来るなんて、まったく想定外だったから。(だれも予測できるはずがない)
しかも、5万円超、って・・・。

先々週に「誘い」のメールの来た、
Trilogy3部作、27,000円は、(値段には、ギョッとしながらも)躊躇なくポチりました。
胸を躍らせながらの、ポチり、でした。

だって、我が記念すべきBABYMETALライヴ初参戦の「巨大天下一メタル武道会」、
娘と参加した(今のところ)唯一のライヴ「THE FINAL CHAPTER OF TRILOGY」の、
収録された、正規のBDですから。

まさに、(残りそう長くもなさそうな)一生の宝物。
何百回となく繰り返し観るでしょうし、
死ぬ間際に「一緒に棺桶に入れてくれ」と遺言してもおかしくない、
そんな永久保存版映像版になるはずの、絶対的なDISK、これはもう、まさにPRICELESSです。

とりわけ、「巨大天下一メタル武道会」の正規映像版は、「ひょっとして・・・没・・・?」なんて懸念も大きくなっていただけに、今回の正式リリースの告知には、安堵・狂喜しました。

大きなライヴとしては、今まででいちばん公演からリリースまで時間がかかったものですよね。
いくら遅くても、今までのBABYMETALのライヴは、公演後一年以内にはリリースされていましたから
(「LEGEND I」は公演後一年少し経った後でのリリースでしたが、それでも、この「巨大天下一メタル武道会」ほどは間は空いていなかった)。

もちろん、WOWOWで放映した「巨大天下一メタル武道会」の映像はあります。
録画をBDにしたものを、頻繁に視聴してはいますが、やはり、(正規のBDに比べて)音が圧倒的に貧弱で、通勤時に耽っているパソコンでの再生だと、イヤフォンを差してボリュームを最大にして、ようやくまあ迫力をそれなりに感じる再生が出来る、という感じでしかないのです。
とてもとても、あの「狂乱のライヴ」を堪能する、とまではいかない。
途中に、ワールドツアー等の映像が挟み込まれる構成は、この番組そのものとしては悪くはないのだけれど、
”あの日”の熱気・感動(とりあえず、いろんな意味で「熱かった」!)に水をさすものであることもまた事実。
実際にライヴに参加して痛感した、あの、次々と楽曲が畳みかけられることによる汗だくでのクタクタな多幸感は、このWOWOW放映の抜粋版では、反芻できるはずもない。
(そう、今からちょうど一年前になるのですね。そうそう、今頃のこんな空気感の中、会場に向かい、雨の中駐車場で整列し、ライヴ後はまるで自分がエイになったかのような気分で、夜の幕張を彷徨したりしたのでした。)

(3曲目以降はず~っと)汗だく・へとへとになりながら遭遇した、
あの”新しい調べ”降臨の告知の紙芝居の「キター!!!」という歓喜の瞬間や、
「See You!」ナシの意外なラストの後の、神秘的な謎のスキャット(当時)の余韻など、
やはり”あの日”のライヴは何としてでも「完全版」が欲しかった
まさに宿願・待望の、リリース告知だったのです。

だから、2万7千円であろうとこれは「ポチり」一択だったのです。
写真集は別にいらないし、後日に知った横アリの1日目(TheOneオープニング!神バンド新ソロ!4の歌!紅月!)が収録されないことには愕然としたけれど、しかし、いずれにせよ、「ポチり」しない、という選択はありえなかったのです。

でも、昨日の「お誘い」メールは全く違った。
「ポチり」する必然性など、まったくなかった。
まさに晴天の霹靂、だったのに・・・。

「わ、ポチってしまった!」までの経緯は、僕の場合は、次のようなものでした。

①スタバでパソコンを開き、メールが来ていることに気づく。

******-METAL

諸君、旅の準備はできているか

BABYMETALマイクロラゲッジ(Bluetoothスピーカー付)をアスマートにて THE ONE 限定販売いたします。

【BABYMETALマイクロラゲッジ(Bluetoothスピーカー付)】
 ¥54,000(tax in)
※お一人様一つのみ
※数に限りがあり、売切れる場合がございます。

詳しくは、アスマートにてご確認ください。


②そもそも、「マイクロラゲッジ」って何なのだ?
旅の準備って書いてあるから、鞄かなあ?
と、アスマートのページへ飛ぶ。

③ああ、こういうのね。へえ。
お、MOVIEまで作ってるやん。
(ここの運営に時々ある、バカバカしい悪ノリに、ニヤニヤ)
まあ、しかし、これは使わない(使えない)なあ・・・。
それに、今日、市民税の振込用紙も届いたところだしなあ。
この前の2万7千円もあるし。
・・・買えるわけないし。別に要らないし・・・。

と、いったんパソコンを閉じ、持ち帰りの仕事をはじめる。

④でも、気になって仕方がない。
これ、後から欲しくなっても、手に入らないのだぞ・・・。
ウチにはスーツケースはないしなあ。盆・正月の帰省時にこれ使ってもいいなあ・・・。
子ども達がこれから海外に行く機会もあるだろうし、家に一個あっても悪くないし・・・。
僕ももう年だから、重たいリュックじゃなくて、ガラガラ曳くヤツの方が、腰にも悪くないし・・・。

と、「ポチる」理由をいつのまにか挙げはじめている自分がいる・・・。

⑤(どこかで、ヤバいヤバい、おい、やめとけ、と思いながら)もう一度パソコンを開き、
再度アスマートのページを眺める。
・・・。
で、手書きロゴのアップ画像を見ながら、ポチり

⑥ ふー。・・・。

で、また仕事にかかったのだが、途端に、猛烈な後悔が押し寄せてくる。

⑦ いやいや、さすがにこれはあかん!
どうかしてた、我ながら。
これは、さすがに、意味のない無駄遣いだ。
年に1回使うかどうかも不確かな鞄に、5万円って!
Bluetoothスピーカー付、って、街中でどうやって使うねん・・・。
しまったなー。
でももうキャンセルはできないし。
あーあ、やっちゃったなあ・・・

と、そんな動揺した気分のまま、帰宅したのでした。

で、いくつかのまとめサイトを見ているなかに、ある方の、
マイクロラゲッジは定価¥38,800~¥46,800の大人向け商品だぞ 無知無教養!」という書き込みを目にし、HPを見てみたのです。

商品紹介の写真には、
スーツ姿のぱりっとしたモデルが、颯爽とマイクロラゲッジを駆っている!

これだ!
びびび、と来ました。

よし、もういまさらキャンセルはできないのだから、バリバリ使い倒そうと決心したのです。

出勤時も、地下鉄の駅から勤務先まで、けっこうな距離を歩く日があるので、その日は、マイクロラゲッジ・ベビメタ号を駆っていこう!(他人に迷惑をかけないように、小さな音で「Amore~蒼星」をBluetoothスピーカーで流しながら!)。

休日は、いつものようにベビメタTシャツを着て、マイクロラゲッジ・ベビメタ号で、京都の町中を駆け回ろう!

そう、決めたのでした(そんな使い方が実際にできるかどうかは不確かですが)。

とたんに、何かとても楽しくなりました。
こうして、日常のヴィークルとして使えるなら、5万円も決して高くはないではないか!と。
人生、何があるかわからないのだから、精一杯楽しもう!と。

ということで、マイクロラゲッジが届いたら、乗り倒そうと思っています。
京都の町を、ベビメタ・ロゴマーク入りのマイクロラゲッジに片足を乗せて、楽しそうに駆っているおっさんがいたら、たぶんそれは、僕、です。
また、レポートをここに載せるかもしれません。
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BABYMETAL探究(週刊誌はBABYMETALをどう扱えるのか?→BURRN!問題①)

2016-06-09 01:29:08 | babymetal
気づいたら、このブログの、なんとまあ、100回目、である。

せっかくなので、何か根幹的な「探究」を、なんて考えが頭をよぎったりもしたのだが、行きがかり上、「いま」BABYMETALをめぐって考えていることをそのまま、今回も綴ろう。

『サンデー毎日』を購入した。
表紙が原田知世で、以前もここに書いたが、今までの人生で僕がコンサートに足を運んだ唯一のアイドルが、30年ほど前の原田知世だった。アルバムで言えば、『NEXT DOOR』『Soshite』『Schmatz』あたりをとりわけ熱心に聴いていたなあ。特に『Soshite』は今でも好きなアルバムである(数年前に、このあたりのCDがリマスター・ボックス・セットとして発売された際に、大人買いしたので、これ以前の『バースデイ・アルバム』『パヴァーヌ』等も含めて、「初期」原田知世のアルバムは堪能できる環境にあるのだ。・・・実際には、BABYMETALの視聴やこのブログなどに時間を侵食されてほとんどきちんとは聴けていないが・・・)。

だから、この雑誌を買うこと自体には全く抵抗はなかったのだ(原田知世ももう50歳手前だというのには驚くが、そんな今でも、彼女の透明な美しさは変わらないどころか、より洗練されているように見える。巻末のインタビューの写真も含めて、実に美しい・・・。同様の感想を持つ方も多いようだが、僕も、YUIMETALには、原田知世成分をも感じる瞬間がたびたびある。「時をかける少女」での、あの芳山和子、「理想の日本の美少女」像とでもいうべき、控えめで・でも凜とした・可憐さだ。・・・ただ、YUIMETALの凄さは、そんな美しさに溢れながら、あの超絶的な身体能力による舞踊、突出したコメント力、ユイラグ等をも併せもった、唯一無二・超絶魅力の多面体だ、というところにあるのだが・・・と、こんなことはファンの皆さんに僕が語るまでもない、全くの余談だが・・・)。

そんな美しい表紙の『サンデー毎日』だが、BABYMETALの記事は、何ともまあスカスカなものだった。

でも、よく考えてみれば、これが「一般誌の報道の標準→世間の認知の平均値」ということでもあるのではないか。
つまり、BABYMETALがこうした一般誌でとりあげられる時には、このようなレベルの言説によってこれからも紹介され続けるのだろう。

今回は、この記事をきっかけに、BABYMETALを一般の雑誌で紹介する仕方、その問題点について、少し考えてみたい。
そして、これは、さらに、ヘヴィメタルの国内ではほとんど独擅場(だった)専門誌『BURRN!』誌の問題へと敷衍される。
このへんで一度、この問題も突っ込んで考えてみたい(数回にわたって書くことになりそうなので、今回は『BURRN!』問題までは踏み込まないだろう)。

まず、問題の、『サンデー毎日』の記事を挙げておこう。
本来、まだ発売中の雑誌の記事を詳細に引用することは、ルール違反・営業妨害になるだろうから、このブログでも僕も極力避けるようにしているのだが、今回の記事は、そんなことに抵触さえしない、オリジナリティが全くゼロの、クリシェ(常套句)の羅列でしかないと僕には思われるので、遠慮せずに引用する。
買われていない方、読まれていない方も多いだろう(もちろん、読まなくても何の問題もない陳腐な記事である)から。
(段落番号①~⑥を付す)

(見出し)「坂本九」以来53年ぶりの快挙 「ベビーメタル」に大器の予感

①日本のアイドルが快挙を達成した。

②3人組女性ユニット「BABYMETAL」のアルバム「METAL RESISTANCE」が4月、米ビルボードの総合アルバムチャートで39位に初登場した。ビルボードジャパンによると、日本人の「トップ40入り」は故・坂本九さん以来53年ぶりという。

③ベビーメタルは2010年結成。ヘビーメタル調の曲に日本語の歌詞を乗せて、SU-METAL(18)が歌い、YUIMETAL(16)とMOAMETAL(16)が激しいダンスで両脇を固める。アイドルグループ「さくら学院」から派生し、代表曲に、体重を気にしつつ甘いものが食べたい乙女心を歌った「ギミチョコ!!」などがある。

④昨年は欧米など10カ国を回る世界ツアーを実現。国内よりも海外での人気が先行している。ヘビメタに詳しいレコード会社「ハウリング・ブル」の小杉茂社長は「10代の可愛い女の子が活躍するヘビメタバンドは世界的に例がない。新鮮さがウケたのではないか」と分析する。人気歌手レディー・ガガも、ツアーの前座に3人を起用したほどだ。

⑤しかし、基本は可愛いアイドル。「正統派のヘビメタではない」との批判もあるが、音楽プロデューサーの山口哲一氏は「それこそが成功の理由」と指摘する。低音の効いた演奏でヘビメタファンを振り向かせつつ、日本語歌詞とポップさも兼ね備えた曲でアニメや漫画など日本の「カワイイ文化」を好む若者を取り込んだのだ。「ヘビメタもクールジャパンも世界的にはニッチな市場。だがファンの横のつながりが強いので、SNSなどを通じて短期間で知名度を上げられた」(山口氏)

⑥9月には初のドーム公演を予定するなど、日本でもブレーク間近。所属事務所は人気俳優・福山雅治と同じで、「(福山の結婚による)ファン離れで業績低迷か」とも囁かれたが、ベビーメタルが新たな稼ぎ頭になるかもしれない。

(女性記者?ライター?の署名あり)


ここにあるのは風評である。「記事」ではない。
端的に僕の感想を述べるならばこういう文言になる。

こう言いたくなるのは、この、(女性)記者の署名付き記事(コラム?)が、記事内容からこの筆者はBABYMETALを体験していないどころか、視聴さえしていないのだな、ということが明らかであるからだ。

BABYMETALを語る際の恐ろしさは、こうした、「情報のコピペ」「印象」「先入観」「常套句の組み合わせ」による記事を、それと炙り出してしまうところにある。

まさに「百聞は一見にしかず」。
「百聞」と「一見」とで、これほど評価ががらりと変わってしまう対象もそうはない。

ただし、「一見」といっても、PVを数本流し見しただけでは、「一見→ソッ閉じ」という反応がBABYMETAL遭遇体験の王道であることからわかるように、BABYMETALの「凄さ」はわからない。
ファンにとっては素晴らしい番組だった過日の『Mステ』であっても、1曲しか「演」奏はしていないから、やはり「BABYMETALとは何か?」の核心は見えないだろう。

BABYMETALの場合の「百聞は一見にしかず」の「一見」とは、例えば、「ソニスフィア映像」「メトロック映像」といった、30分程度のフェスのものでよいから、ライヴ映像を視聴すること、だ。

もちろん、市販されている映像作品『LEGEND I・D・Z』『LEGEND 1999&1997』『LIVE AT BUDOKAN』『LIVE IN LONDON』に収録のどれか1公演(できれば全て)、あるいはWOWOW放映の昨年度のアリーナ3公演のいずれか(できれば全て)、であれば、文句はない。
さらには、もちろん、一度でもライヴを体験した人の書く記事であれば、申し分ない。

たとえ、それが批判的な内容を含んだものであっても、実際にBABYMETALのライヴを(映像であっても)体験したうえで書かれた記事であれば、織り込まれる「客観的情報の内容」は変わらなくても、「書き方」は必ず変わってくるはずなのだ。
上記の記事には、それが全くない。対象を見もせずして書いた記事もどき(コラム)、だからこれは「風評」なのだ。

具体的には、①③④に見られる「アイドル」、④⑤に見られる「可愛い」という文言だ。

僕も、BABYMETALは、「アイドル」であると言いたいし、「カワイイ」とはまさにBABYMETALの武器(例えばインギーの速弾きや、ロブ・ハルフォードのハイトーンヴォーカルにも匹敵するものだ)と思っているが、しかし、この記事には全く納得できない。

なぜか?

それは、この記事が、「すでに読者のもっている理解の枠組みに、BABYMETALをあてはめよう」つまり、「BABYMETALがわかった、と思ってもらおう」という目的で書かれているからだ。

一般雑誌でのBABYMETALの記事とは、本来的にそうしたものにならざるをえない。

「BABYMETALって何だ?」という問いかけに続いて「BABYMETALってこういうものですよ」という「答え」が来るのだ。

”何か”が「わかる」とは、自分がもっている常識・知的枠組みとその”何か”がつながる、ということだ。
未知だった”何か”が、自分がすでにもっている知的枠組み・認知のマップの中に整合性をもって位置づけられるということだ。

上記の記事を読んだ人は、「ああ、なるほどね」とBABYMETALを理解する。
そして、客観的な情報の内容としては、上記の記事には明らかな間違いはない。
つまり、それなりに正しくBABYMETALを理解するのだ。

しかし、正しく理解できるBABYMETALって、何なのだ?

今回の記事だけでなく、(このブログでも何度か取り上げた)マーケティング的な「BABYMETALの成功の秘訣」という文章に感じる違和感、その核心はここにあるのだと思う。

空前絶後。
唯一無二。
「なんじゃ、こりゃ!」
「AWESOME!」
この3人が揃うって、奇跡だよな(涙)!
圧倒的な楽しさ!カワイさ!カッコよさ!
どんな体力してるんだ!こいつら、バケモノかよ!?


実際に、BABYMETALのライヴを体験したり、あるいはフル尺のライヴ映像を視聴したり、そうすれば「必ず」感じることになるこれらの感想

これが、BABYMETALの魅力である。

つまり、「今までにこんなものは体験したことがない!何だこれは!?」と圧倒されることが、BABYMETALとの遭遇の本質なのである(そうですよね?)。

その衝撃を何とか自分自身に説明したくて、僕たちオッサンは、「BABYMETALを熱く語る」のである。
このブログもまさにそうだ。
決して「正解」があるわけではない。
生涯ではじめて出会う、正体不明の「天国(?・・・あるいは楽しい地獄?)」、こんなものが自分の人生に降臨するなんて思ってもいなかった、その衝撃。
それが僕たちの「語り」を誘うのだ。

「探究」なんて格好つけたタイトルを付しているが、それは、要するに、BABYMETALが「深淵」「泥沼」だからこその、果てしない自問自答だ、ということだ。
毎回(今回も)わかったかのようなことを書きつらねているが、BABYMETALはいつでも僕たちの「予想の遙か斜め上」を行くのだから。

メタル・ゴッドとの共演って!・・・
えっ、東京ドーム、2DAYS!?・・・

まさに「ONLY THE FOX GOD KNOWS
人知を超えた、(ある種)狂気のユニット、それがBABYMETALなのだ。

ところが、一般誌の記事とは、その性質上、読者のもっているリテラシーによって読解できる情報の質・量のなかで、”何か”を読者に理解させる、腑に落ちさせる、そのために書かれているのだから、BABYMETALの魅力の本質である人知を超えた空前絶後・唯一無二の「なんじゃこりゃ!」の狂おしく激しき楽しさ、なんてものはオミットされざるをえないのだ。

したがって、わかった顔をして書けば書くほど(客観的な情報としてはいくら正しくても、あるいは、正しければ正しいほど)、BABYMETALの魅力の核心はとりこぼすことになってしまう、のだ。

「BABYMETALがわかった」と思う/言うことは、ほんとうにはBABYMETALがわかっていないことの何よりの証左である

こんな、嘘つきクレタ人のパラドックスめいた構造が、BABYMETALにはあるのだ。

『サンデー毎日』の記事に戻ろう。

記事の基調となっている情報は、正しい。
確かに、BABYMETALはアイドルである。

「いや、そうではない、彼女たちはもはや世界的なアーティストだ!」とおっしゃりたいファンも数多くいらっしゃるだろうが、僕はむしろ積極的にBABYMETALはアイドルだ、と言いつづけたい。

「アイドルではなく、アーティストだ」というのも、やはり既存の認知の枠組みに当てはめた考え・言説だ
それではBABYMETALの「狂った凄さ」をとりこぼしてしまう。

彼女たちはアイドルだ、と見ていた方が、圧倒的におもしろい。事実、彼女たちはとんでもなくおもしろいアイドルなのだから。

しかし(あるいは、しかも)、そのアイドルとは、今まで僕たちが知ってきた・体験してきたアイドルとはまったく別次元のアイドルなのだ。

ソニスフィア、レディング&リーズ、そしてダウンロードと、年々、より大きな規模のメタル/ロック・フェスのメインステージに登場し、その圧倒的なパフォーマンスで、数万人の(懐疑的な、時にはヘイタ―も含む)海外の観客の度肝を抜き・魅了し、回心させる、「可愛いアイドル」だ
(今年のダウンロード・フェスはまだ、だが・・・)

あはは。
笑ってしまうが、でも、皆さんご存じの通り、これは掛け値なしの事実・実績である。

これを知ったうえで書くならば、たとえ「アイドル」という文言を用いたとしても、『サンデー毎日』の記事のような書き方にはなるはずがないのだ。
さすがに、『ヘドバン』誌ほどの熱量を、とまでは言わないが、”あの”BABYMETALのライヴをそれなりに体験した後では、書き手の筆致も「必ず」それなりの熱を帯びる。
それは、読み手(BABYMETALファン)にはありありと伝わるのだ。

③・・・ヘビーメタル調の曲に日本語の歌詞を乗せて、SU-METAL(18)が歌い、YUIMETAL(16)とMOAMETAL(16)が激しいダンスで両脇を固める。・・・
  ↓
⑤しかし、基本は可愛いアイドル。・・・

などという書き方になるはずはないし、

「新鮮さがウケたのではないか」
という、”ヘビメタに詳しいレコード会社「ハウリング・ブル」の小杉茂社長”の分析(これはこれで客観的な情報としては間違いではない)をまるで「正答」のように引用することもないはずだ。

ライヴ(映像)を(せめて30分間)観れば、何をさておいても、その(神バンドの超絶的な演奏と有機的に絡み合った)3人の圧倒的なパフォーマンスこそが、「ウケた」ことは明らかだからだ。
まともな感性・常識的な思考力があれば、そう思わないはずがない(ですよね?)

⑤の、「低音の効いた演奏でヘビメタファンを振り向かせつつ、日本語歌詞とポップさも兼ね備えた曲でアニメや漫画など日本の「カワイイ文化」を好む若者を取り込んだのだ。
(これが「山口哲一氏」の分析かどうかははっきりしないが)
こんな安易な「方程式(というか、単なる「足し算」だが・・・)」によってBABYMETALが世界規模で「ウケた」のではないことも、ライヴを観れば明らかだ。
代入する具体的な数値によって成り立つ/成り立たないが分かれる方程式なんてものは、方程式ではない。
BABYMETALがこのBABYMETALだから「ウケた」、ということ、
だから、他の誰も真似ができないのだ、ということ。
これも、ライヴ映像を30分観れば明らかである。

そして、まさに、BABYMETALを語るときのクリシェの王様「クールジャパン」。
そんなものとBABYMETALが全く無関係どころか、むしろ対極にあることも、ライヴ映像を30分観れば明らかなのに・・・。

懸命に髪を振り乱し、汗を跳ね飛ばしながら、笑顔で、あるいは凜々しい表情で、言葉の壁を超えて、観客を扇動し続ける、3人の姿(それを超絶演奏で支え続ける神バンドの姿)。そこからもたらされる、いままで観たことも聴いたこともない、「狂喜」。

それを目の当たりにしたうえで「クールジャパン」などという気の抜けたぬいぐるみのような文言を使える書き手などいるはずがない。
「燃える(→その結果、おっさんが「萌える」)熱い鋼鉄魂(メタル・ハート)」
まさにそれを体現する姿が、BABYMETALなのだから。

・・・にしても、少なくとも商業誌に掲載する記事・コラムを書く際に、その対象であるBABYMETALの、30分程度のライヴ映像を観るという、プロの記者・ライターならば最低限の準備・調査をさえもせずに、伝聞(ネット上等の記事?)と、微妙に(あるいは大いに)本質からずれた「識者」のコメントだけで署名記事として発表する、などというのは、恥さらし以前に、大胆というか厚顔無恥というか、何とも呆れてしまうしかない。

ここで個人攻撃をするつもりはないので、今回の記事・コラムの記者(ライター)名を挙げることまではしないが、これまでもこれからも、数々の媒体で、
BABYMETALをわかったかのように語ることで、全くわかっていないことが露呈され、書き手の無恥・厚顔がさらされてしまう」という
BABYMETALをめぐる「踏み絵」効果は、発揮されつづけられることになるのだろう。

(つづく)
コメント
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