ケルベロスの基地

三本脚で立つ~思考の経路

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

BABYMETAL探究(巨大天下一メタル武道会~MOAMETAL「最強」説2)

2015-11-15 01:01:12 | babymetal
ジェイソン・ベッカーが、
「Hey guys, am I weird for totally digging @BABYMETAL_JAPAN?」
とツイートした
、というニュースには、感激した。

で、WOWOWで放映したドキュメンタリーを、今日、改めて観直してみた。
ALSに罹患しながら、瞳を動かして作曲を続ける、元天才速弾きメタル・ギタリスト。
映像で流れる、高校時代の文化祭での、イングヴェイの楽曲の演奏は、すでに、本家を凌ぐ迫力・音楽的魅力をも感じさせる、まさに天才少年のそれだ。
その彼が、ALSに罹患し、余命5年という宣告を受けながら、その後25年以上生き続け、周囲の人とりわけ父親の協力の元、日々楽曲の制作を行いながら、生きている、その映像が映し出される。
その、ひとつひとつのプロセスを、丹念に積み重ねながら、じわじわと音楽ができあがっていく様は、安易な形容を阻む、凄さだ。崇高さ、さえ感じさせる。
というか、彼にとっては、生きることは音楽を創ることなのだ。全身が動かなくなり、瞳だけしか動かなくなっても、それで音楽を創ることができる、そうして、彼は生き続けている。
とんでもない悲劇なのだが、見ているこちら側が心底励まされる内容だった。
可哀想というよりも、人間の持つ素晴らしさに勇気を与えられる。
そんな彼が、「BABYMETALにハマっている」と!

激熱である。

BABYMETALの凄さは、決して世界中でヒットしている、などということではない(以前、「成功」考で述べたことだ)。実際、まだ、そんなところにまでは至っていない。日本ですらそうだ。
そうではなく、例えばジェイソン・ベッカーのような、「生きる=音楽」であるような本物の音楽好きに、幸せを与えてくれる、ということにある。しかも、僕たち日本人だけでなく、言葉の壁を超えて。その凄さを改めて思い知らされた出来事だった。

にしても、ジェイソン・ベッカーがBABYMETALを観たり聴いたりしている横には必ず父親や介護スタッフがいるわけだから、その絵を想像すると(たいへん不謹慎だが)何か楽しくなる。ジェイソンにギターを教えた父親も、BABYMETALを楽しんでいるのだろうな、「WAO!」なんて目を丸くして、ジェイソンと目を見合わせたりして、なんて想像すると、こちらまでほんわかしてくる。
とても、いいニュースだった。

それと、私事ですが、
四度目のチャレンジ、アミュモバで、横アリ、当選death!
やった!!!
12時01分にメールが来て、それから出勤したのですが、もう、気づいたら口もとが緩んでしまっています。いやあ、本当に幸せです。
娘に知らせたら、第一声は「えっ、ホンマ?」でした。「やったー!」ではないのは、娘もチケット獲得の難しさを痛感しているからでしょう。娘の大好きな、ポルノグラフィティも、ライヴのチケットは当然抽選で、やはりいつも落選祭のようです。
とりあえず、娘と一緒にダメジャンプ!
楽しんできます。
未だチャレンジ中の方、あきらめないで、まだチャンスはあります。
Put Your KITSUNE Up!
キツネ様のご加護のあらんことを!

さて、以下、本論。前回の続きです。


ステージの上で、最強の「微笑」「笑顔」をみせ続ける、MOAMETAL
その「笑顔」は、例えば次のような4種に区分できるのではないだろうか。

a<アイドルな笑顔>
b<メタルな笑顔>
c<最愛な笑顔>
d<最愛の笑顔>

この4種の笑顔を変幻自在に(意識的に/時には無意識に)織り交ぜながらのDanscreamによって、MOAMETALは、僕たちメタル・ヘッズを”完膚なきまで”魅了する(腑抜けにする)のだ。
それを、僕は、『巨大天下一メタル武道会』の映像によって、改めてまざまざと体感しているのである。

(前回も触れたことだが)MOAMETALは、はじめから「微笑の天使」だった。しかし、初期の「微笑」「笑顔」には、a~dの4種を織り交ぜた分厚さはなかったように思われる。(初期の「笑顔」は、もっぱらaのみだった)。
その後のMOAMETALの「笑顔」の進化ぶり、つまり、さまざまな修羅場をくぐり、とんでもないアウェイな状況を(すべてではないにせよ、その多くを)覆してきた末の(また、実人間、菊地最愛としての成長もあったのだろう)、「笑顔」の熟成・飛躍的な質の向上が、そのままBABYMETALの魅力を、単なる企画もの・ギミックではない、”本物中の本物”にしている秘密の核なのだ、と思う。
メタルヘッズだけではなく、ロック好き、洋楽好きのオヤジ達が、「この娘たちは、本物だ」と熱くなる、その核に、楽曲やSU-METALの歌声や神バンドのテクニックや高速キレキレ舞踊やにも増して、MOAMETALの「最強の笑顔」があるのだ、と。

ここでは、『巨大天下一メタル武道会』でのMOAMETALの凄さを検証するのが、主目的なのだが、そのための補助線として、初期~今までの「笑顔」もいくつか瞥見しつつ、a~dについての考察を進めていこう。(今回は、まずa、bについて)。

a<アイドルな笑顔>
すべてのベースになる「微笑」「笑顔」である。
これは、初期の映像から、現在に至るまで、MOAMETALに(だけでなく、SU-METALにもYUIMETALにも)ふんだんに見ることができる。
科学的な術語を用いて説明するならば例えばミラー・ニューロン効果(これについては以前、ここで探究した)によって、あるいはもっと素朴な印象において形容すればその「見目麗しさ」によって、すべての観客を笑顔にしてしまうものだ。

他のヘヴィ・メタル・バンドに比べても、BABYMETALのライヴが”超絶的に”楽しいのは、このa<アイドルな笑顔>がベースになっていることは間違いない。
そして、(以下を文字にするのは我ながら面映ゆいが、これは明らかにしなければならない「事実」なので、感じたままを率直に文字にすると)、MOAMETALはたいへんな美少女である。
さらに、その美しさの進化の飛躍ぶりが、とんでもなく凄い。
(ごめんなさい、やっぱり気色悪いなあ・・・こんな評言は。でも、この辺への言及を避けては、MOAMETALがヘヴィ・メタルにおいて為していることをきちんと語ることはできないので、このまま続けます)。

個人的には、「ド・キ・ド・キ☆モーニング」・「いいね!」のPVや、『LEGEND I』のステージなどの、初期の映像で目にするMOAMETALの顔は、目鼻のつぶだちの大きさの割に顔の土台が貧弱というかまだ未発達なので(頬が細いので顔が長く見える)、どなたかがどこかで「ロバみたい」と(失礼な!)形容していたのと、同様の印象を受けもした(…ごめんなさい…)。

ところが、すぐに、その美少女ぶりは、とんでもない次元へと飛翔する。

とりわけ、その進化に驚愕させられた印象の鮮明なのが、『LEGEND 1999』で映し出された写真だ。
「生誕」を祝う紙芝居に続き、幼い頃からの写真が何枚か映し出される。はじめの「お猿さん服」からして可愛い写真なのだが、最後に映し出されるさくら学院制服姿の菊地最愛の写真は、「唖然」としてしまうほどの美少女ぶりだ。
(ネットでの年代別アイドル美少女総選挙でも、確か2年連続優勝していたはずで、個人的な好みとかを超えた、誰が見ても認めざるをえない”普遍的な美少女”、それがMOAMETALなのである。)
その、超絶美少女がみせる、両えくぼも鮮やかな「笑顔」は、老若男女を問わず、観るものを幸せにしてくれる。
それがaだ。

あらゆるアイドルがこうした「笑顔」をみせてはいるのだが、その中でも、MOAMETALの「笑顔」は、最高品質の、完璧な、とんでもないクオリティのもの、である。

「メタル原理主義者」がBABYMETALにみせる”拒否反応”には、こんな美少女に慣れていない照れくささも入っているのかもしれないなあ、と、こうして考察しながら、ふと思った。
あまりにも相手が可愛いと、ドギマギしながらも「馬鹿にすんなよ、このやろう!」なんて口をとがらせて粗暴な振る舞いをしてしまう、なんてこと、男子にはよくあるし。
でも、「この可愛さを、そのまま受け入れていいんだ」と素直に認めることができたら、楽になるのだ。
そうした当惑→逡巡→陥落、を経験した末、今やすっかりBABYMETAL中毒者である、という方も、世界中にたくさんいるはずだ。

「ド・キ・ド・キ☆モーニング」のPVでは、真顔と笑顔のコントラストが、メタルとアイドルの融合(ギャップ)の表象にもなっているのだが、「リン、リン、リン」「お・ね・が・い、ちょ、まって~。ちょ、まって~」の「笑顔」がほんとうに”嬉しそう”に見えるのは、さすがである。
「いいね!」のPVにも、同様の印象を受ける。
(しかし、改めて初期のPVの「笑顔」と見くらべてみても、現在の方が「さらにずっとカワイイ」って、これは、本当に凄いことだ。というよりも、むしろ、初期のPVよりも、今のステージ上の方がずっとずっと「本当に楽しそう」に見える。実際にそうなのだろう。あんな超人的な高速舞踊を繰り広げながら、シンクロナイズドスイミングのような「明らかな作り笑顔」ではない、「本当に楽しそう」な<アイドルな笑顔>を常に見せ続けて観客を幸せにする、これは、改めて、とんでもないことだ、と感じる。)

「イジメ、ダメ、ゼッタイ」のPVでは、MOAMETALの頬のラインもややふくよかになり、「イエスタデーイ」「バイ、バイ」の笑顔はいっそう「美」少女のそれである。(「笑顔」の話ではないが、間奏でギターを操っているMOAMETALのカッコカワイさよ!改めて観直すと、何ともサマになっているではないか!…これで陥落したメタルヘッズもいるだろうな・・・)

「メギツネ」のPV(僕が一発で陥落した)では、冒頭からのカッコいい振りを舞う3姫の姿と対照的に、挟み込まれるYUI・MOAの遊びながらの笑顔が本当に楽しそうで、楽曲、演奏、SU-METALの歌のカッコよさもあいまって、いったい何次元攻撃なんだ、といいたくなる凄まじさ・贅沢さ・魅力の分厚さである。
ブレイクダウンの後の「そいや、そいや」のところに挟み込まれる、廊下をすべったり跳ね回ったりするYUI・MOAの無邪気な笑顔と、その後のステージでのダイナミックな舞踊の激しさ・カッコよさ(この衣装も、絶妙にPVの世界観に花を添えている)との、ギャップの融合すなわち弁証法。これは、凄い。

そして、『巨大天下一メタル武道会』であるが、ここでも、このa〈アイドルな笑顔〉が基調になっている。
2曲目の「ギミ・チョコ!!」からすでに汗だくであるが、それでも3人(とりわけYUI・MOA、そのなかでも特に特にMOAMETAL)は、常に魅力的な「笑顔」を見せながら、超絶的な「演」奏を、実に楽しそうに演じ続けるのだ。

年月・経験を重ねて、”至高の原石”が”唯一無二の本物”になってきている様がまざまざと見てとれる。「地」としてのこの〈アイドルな笑顔〉自体の向上が、まず、凄まじいのだ。

BABYMETALは、少女だからいいのであって、年をとるにしたがって、その「カワイさ」は劣化するから、「賞味期限」も限られているんだ…なんて見解が、まことしやかに語られていた時期もあったようだが、あにはからんや、もちろん少女的な「可愛さ」は3人の成長とともになくなっていっているのだが、にもかかわらず、あるいはだからこそ、「笑顔」の魅力は劣化どころかいっそう増している。
BABYMETALの、とりわけMOAMETALの、a〈アイドルな笑顔〉は、むしろ年とともに成熟し、よりいっそう観客を幸せにする高みへとのぼりつつある

これだけでも凄いことなのだが、とりわけMOAMETALの笑顔は、このa〈アイドルな笑顔〉の進化にとどまらず、b・c・dを加えて多面的になってさえいる。
速球の速度がぐんぐん増しつつ、変化球が多彩になる、まさに、大谷翔平状態なのだ。今のMOAMETALは。

b<メタルな笑顔>
その「笑顔」の多彩さのひとつとは、まず、これだ。
aがアイドルに普遍的なものだとすれば、このbは、まさにBABYMETAL(とりわけMOAMETAL)独自の「笑顔」だと言うべきものかもしれない。
(SU-METALもYUIMETALも、<メタルな>表情、戦う顔を見せるけれど、それを「笑顔」で表現する、のは、MOAMETALの独擅場といってよいだろう)。

BABYMETALをいわば”世界に知らしめた「ギミ・チョコ」のPV”の、イントロでの、MOAMETALの「ニヤリ」というか「ニカッ」というか、その不敵な「笑顔」。
PVの冒頭から「いったい何が始まったんだ!」という衝撃にあっけにとられたまま、信じられない動きの高速舞踊の怒濤の波にのせられて観つづける目に飛び込んでくるその不敵な「笑顔」は、戦う美少女、を強く印象づける、”メタル”なものだ。
いかにもメタル風の、やさぐれた、ブルータルな表情やしぐさではなく、「ニカッ」とした笑顔で、道なき道を突き進むメタル魂を表象する、そのカッコかわいさよ。
このPVでのMOAMETALは、全編、この<メタルな笑顔>を保ち続けているように感じられる。チョコを食べる振りの時の「満面の笑み」にも、「不敵」さが感じられる。

この映像は、もともとは『LEGEND1997』での「演」奏、それが本邦(すなわち全世界)初公開の初演であったはずだ(『LEGEND 1997』での冒頭の紙芝居も実に愉快だ。「ああ、おねだり大作戦か」と思わせて・・・あれ?SU-METAL???からの、まさかの新曲、なんじゃこりゃ!という流れだ)。
その「初演」で、こんな圧倒的な「表情」を見せつけ続ける、というのは、何とも恐ろしい。
これが海外に大受け(賛否の否も含めて、大きな衝撃を与えた)というのは、言葉の壁の低い楽曲であるという要因もあるのだろうけれど、何といっても、3姫が見せる、歌、スクリーム、舞踊、そして「表情」が、何度見ても見ているこっちに正体不明の汗が噴き出してくる「とんでもなく楽しい衝撃」に満ちているからだ。
いわば「狂気」に満ちたこの曲の「演」奏のなかでも、とりわけMOAMETALの表情は、ヤバい

a<アイドルな笑顔>の考察では、「普遍的な美少女」と書いたが、MOAMETALの顔の、とりわけ、眉や目のあたりは、よく見るとボーイッシュといってもいい、凛々しさを湛えている。なよなよとしたたおやかな美しさではなく、きりっとした目もとの凛々しい美しさは、「戦う美少女」を具現するものであり、このb〈メタルな笑顔〉の下地になっている。

おそらく、aとbとはほんのわずかな、例えば眉の角度のほんの少しの傾きの、差なのだ。しかし、このb〈メタルな笑顔〉は、「ギミ・チョコ!!」初演以前には見られない表情であるように僕には感じられる(すべての映像をつぶさに検証してはいないが、少なくとも残っている印象に即して言えば、そうだ)。
いわば、この楽曲において、MOAMETALの笑顔も、一段(?一挙に数段かもしれない)ギア・チェンジをしたのだ。

その、ひとつの「集大成」が、ソニスフィアでの、「ギミ・チョコ!!」冒頭での、あの「ニヤリ」だといえよう。
MOAMETALの心中が実際にどんなだったのか、想像することも困難だし、おそらく本人自身も理性的には捉えていないいわゆる「ゾーン」に入った状態だったのだろうが、それが、ともかく”戦う表情”であったことは間違いないだろう。
本当に強いウルトラマンは、いつもアルカイックスマイルを浮かべているのだが、MOAMETALも普段湛えているその表情(a〈アイドルな笑顔〉)が、さらに臨戦モードに入ると、さらに大胆な「ニカッ」と不敵な笑み(b〈メタルな笑顔〉)を浮かべる(こともある)、ということだ。
何とも、カッコいいじゃないか。頼もしいじゃないか。

(つづく)

コメント (2)   この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« BABYMETAL探究(巨大天下一メ... | トップ | BABYMETAL探究(巨大天下一メ... »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (たこべい)
2015-11-21 09:48:30
いつも楽しく読んでいます。
MOAMETAL、まさに !! です。私は5月のメトロックの映像でやられました。
元々、SU 推しだったのが、YUIちゃんカワイイイとなり今やMOAの表情を追う日々です。(結局、3人とも “いいね”ということで)
ようやく「発見」されたMOAMETAL の笑顔。
体力もついてきてある程度の余裕が出てきたのかなと。
「メタルにのってアイドルを表現する」
勝手な想像ですが、ここにBMでのアイデンテティティを見つけたのかなと。
まさに唯一の存在かもしれませんね。
元々、アイドル志望でBMを続けるのに迷った、いずれ菊地最愛に戻りたいと言っていたのがやはり、引っかかっています。願わくば、このままBMでアイドルを「演」じてくれますように。

BMの映像作品はカメラアングルや編集が雑で不満が多いです。
本当に、3名の魅力を最大限に伝えているとはとうてい思えません。
・カメラの切り替えが無神経に煩雑
・意味のない引き画像多数
・観客を映し過ぎ
何やら素人が、頻繁にカメラをスイッチすることによって、「どーだ過激だろー、メタルだろーー」と言っているような。わざと「アイドル」要素を剥がそうとしているような。
メタルとアイドルの融合なのだから、そこはちゃんとやって欲しいものです。
願わくば、マルチチャンネル作品をぜひ。

横アリ当選、おめでとうございます。
まったく同感DEATH! (ケルベロスの基地)
2015-11-22 23:01:23
たこべい様
コメントありがとうございます!

マルチチャンネル作品、切望!ですよね。いや、ほんと。BABYMETALの映像のためにある技術、といってもいいんじゃないか、と思いますが。

MOAMETALの、「メタルにのってアイドルを表現する」自覚というか覚悟というか、腹のくくり方が、(「最強説3」にも書いたように)例えば、BMDでのキメ笑顔にも現われていますよね。それを楽しむことができるようになって、自分の「武器」をBABYMETALでどうやって発揮したらいいのか、確信が持てるようになった、という風に見えますよね。
そして、とりわけ「RoR」にMOAMETALは感情移入しているのかな、とも感じます。

そのへんを、もう少し、僕なりに「探究」してみたいと思います。またご覧いただけたらありがたいです。

コメントを投稿

babymetal」カテゴリの最新記事