<VW違法ソフト05~06年決定 苦境打開の焦り背景か>毎日新聞 9月29日(火)11時26分配信より一部引用
VWは当時、米国市場対策として主力製品のディーゼル車の製造コストを抑制しながら排ガス基準を守ろうとした。だが、追加の排ガス除去装置を装着するとコストを押し上げるため、装着が見送られたという。代わりに検査時に排ガス量を操作するソフトを導入したとみられる。
ソフトは独大手自動車部品メーカーのボッシュが供給したが、同社は07年の段階でVWに対し実験用に開発したソフトを市販車に搭載した場合、違法になると警告したという。
現在進行形のニュースであるため、日ごとに明らかになる新たな事実に私の理解は追いつかず、また他国の一私企業の話をえんえんと続けているのは本意ではないため、現時点での私の文章における不正確な箇所を記すことで、この件については終わりにする。
「若者の時代&ワンコの季節」の、『vwの技術をそれなりに信用してきた自分としては、4年前に技術者自身が「基準を満たしていない」と指摘していたことに多少の安堵を覚えるが、違法なプログラムを開発し組み込んだのも又セクションは違えど技術者であるので、「技術者の良心・良識」について考えさせられた。』という私の文では、不正を指摘したのも違法ソフトを開発したのも共にvw社内の技術者であるかのように受け止められるが、違法ソフトを開発したは異なるメーカー(ボッシュ)であり、このボッシューは「メーカー(vw)指定の部品を供給しただけ」と声明を発表しているので、この点を訂正しておく。
排ガス規制試験を不正に逃れるソフトが、試験を不正に逃れる以外にどのような利用価値があると考えて開発供給したのか全く理解できないが、メーカー相互の力学はどの国にも、どの業界にもあることでもあり、他国のことでもあるので、これ以上は言及しない。
が、世界一厳しい排ガス基準をクリアするだけの技術を低コストで開発することを諦め安易に不正ソフトに走り、自らの能力に限界を設けたのも人間なら、銭金を優先させるという判断をしたのも人間。
一連の問題を見て思うのは、結局、このところ引用している「真夏の方程式」(東野圭吾)の湯川博士の言葉どおり、科学の限界を生み出すのは人間だということだ。
『この世界には』
『現代科学では解けない謎がいくつもある。しかし科学の発展と共に、いずれはそれらも解かれていくだろう。
では科学に限界はあるのだろうか。あるとすれば、何がそれを生み出すのだろうか』
『それは人間だ』
ところで、「真夏の方程式」を私に勧めてくれた子供とほぼ同年代の小5の少年が、事件で重要なカギを握ることになるが、この少年と湯川博士の会話は、強く印象に残った。
親の仕事の都合で夏休みの最後を親戚の旅館で過すことになった少年は、そこで宿泊客が死亡するという事件に遭遇するが、大人は事件について口を閉ざす。
詳細を知らされない少年は、同じ旅館に泊まっている湯川博士に不満を漏らすが、これに対しての湯川の答えは最終場面に繋がっているように、私には感じられた。
『くだらないことで拗ねるな。大人が隠していること知ったって、君の人生にとって大してプラスにならない』
『大人が隠していること』とは?
それは、事件が事故か殺人か、事故であれ殺人であれ実行行為は何で、そこに因果関係が認められるのか。
少年は事件を引き起こす不確定要素に無自覚のまま関与してしまうのだが、夏休みの宿題の自由研究を湯川博士に手助けしてもらう過程で、自分の行動が果たした意味に気づいてしまう。物語の最終場面で、苦しむ少年に対して湯川がかける言葉は、子供にも、子供と接する大人にも読んでほしいものだと感じた。
『どんな問題にも答えは必ずある』
『だけれどそれをすぐに導き出せるとはかぎらない。人生においてもそうだ。
今すぐには答えを出せない問題なんて、これから先、いくつも現れるだろう。
そのたびに悩むことには価値がある。
しかし焦る必要はない。答えを出すためには、自分自身の成長が求められている場合も少なくない。
だから人間は学び、努力し、自分を磨かなけりゃいけないんだ』
『今回のことで君がなんらかの答えを出せる日まで、私は君と一緒に同じ問題を抱え、悩み続けよう。
忘れないでほしい。君は一人ぼっちじゃない』
『君は一人ぼっちじゃない』
もちろん厳しい時代は過去にもあったが、「一億総中流」の残り香と「先進国で最悪レベルの日本の子供の貧困」の現実が混在する現在を、生きにくいと感じる子供は多いと思われる。
現在はあらゆる物事の端境の時期にある。
東宮の一粒種のお姫様として誕生した敬宮様も、ご自身の関知しないところで、女性天皇が検討され、廃案にされ、廃案になると同時に御存在を否定するためのバッシングの嵐が起こされているが、それは21世紀を如何なる日本にするかという価値観の端境の直中におられるからであり、今すぐに答えが出るというものでもなければ、お一人で解決できるものでもない。大人の頑迷な思い込みや欲得が絡む法整備が俎上にあがるたびにバッシングがおこり翻弄され傷つかれるのを拝見するのは辛いが、悩みながら学びながら磨きながら成長され、一歩ずつ答えに近づいておられると感じている。
法整備ゆえに御自身のお考えとは異なる条件が提示されることもありうるが、その中で最上の答えを見つけられると信じている。
敬宮様が答えを出されるまで、この国の大人の国民として一緒に悩み考え、心から応援していきたいと思っている。
VWは当時、米国市場対策として主力製品のディーゼル車の製造コストを抑制しながら排ガス基準を守ろうとした。だが、追加の排ガス除去装置を装着するとコストを押し上げるため、装着が見送られたという。代わりに検査時に排ガス量を操作するソフトを導入したとみられる。
ソフトは独大手自動車部品メーカーのボッシュが供給したが、同社は07年の段階でVWに対し実験用に開発したソフトを市販車に搭載した場合、違法になると警告したという。
現在進行形のニュースであるため、日ごとに明らかになる新たな事実に私の理解は追いつかず、また他国の一私企業の話をえんえんと続けているのは本意ではないため、現時点での私の文章における不正確な箇所を記すことで、この件については終わりにする。
「若者の時代&ワンコの季節」の、『vwの技術をそれなりに信用してきた自分としては、4年前に技術者自身が「基準を満たしていない」と指摘していたことに多少の安堵を覚えるが、違法なプログラムを開発し組み込んだのも又セクションは違えど技術者であるので、「技術者の良心・良識」について考えさせられた。』という私の文では、不正を指摘したのも違法ソフトを開発したのも共にvw社内の技術者であるかのように受け止められるが、違法ソフトを開発したは異なるメーカー(ボッシュ)であり、このボッシューは「メーカー(vw)指定の部品を供給しただけ」と声明を発表しているので、この点を訂正しておく。
排ガス規制試験を不正に逃れるソフトが、試験を不正に逃れる以外にどのような利用価値があると考えて開発供給したのか全く理解できないが、メーカー相互の力学はどの国にも、どの業界にもあることでもあり、他国のことでもあるので、これ以上は言及しない。
が、世界一厳しい排ガス基準をクリアするだけの技術を低コストで開発することを諦め安易に不正ソフトに走り、自らの能力に限界を設けたのも人間なら、銭金を優先させるという判断をしたのも人間。
一連の問題を見て思うのは、結局、このところ引用している「真夏の方程式」(東野圭吾)の湯川博士の言葉どおり、科学の限界を生み出すのは人間だということだ。
『この世界には』
『現代科学では解けない謎がいくつもある。しかし科学の発展と共に、いずれはそれらも解かれていくだろう。
では科学に限界はあるのだろうか。あるとすれば、何がそれを生み出すのだろうか』
『それは人間だ』
ところで、「真夏の方程式」を私に勧めてくれた子供とほぼ同年代の小5の少年が、事件で重要なカギを握ることになるが、この少年と湯川博士の会話は、強く印象に残った。
親の仕事の都合で夏休みの最後を親戚の旅館で過すことになった少年は、そこで宿泊客が死亡するという事件に遭遇するが、大人は事件について口を閉ざす。
詳細を知らされない少年は、同じ旅館に泊まっている湯川博士に不満を漏らすが、これに対しての湯川の答えは最終場面に繋がっているように、私には感じられた。
『くだらないことで拗ねるな。大人が隠していること知ったって、君の人生にとって大してプラスにならない』
『大人が隠していること』とは?
それは、事件が事故か殺人か、事故であれ殺人であれ実行行為は何で、そこに因果関係が認められるのか。
少年は事件を引き起こす不確定要素に無自覚のまま関与してしまうのだが、夏休みの宿題の自由研究を湯川博士に手助けしてもらう過程で、自分の行動が果たした意味に気づいてしまう。物語の最終場面で、苦しむ少年に対して湯川がかける言葉は、子供にも、子供と接する大人にも読んでほしいものだと感じた。
『どんな問題にも答えは必ずある』
『だけれどそれをすぐに導き出せるとはかぎらない。人生においてもそうだ。
今すぐには答えを出せない問題なんて、これから先、いくつも現れるだろう。
そのたびに悩むことには価値がある。
しかし焦る必要はない。答えを出すためには、自分自身の成長が求められている場合も少なくない。
だから人間は学び、努力し、自分を磨かなけりゃいけないんだ』
『今回のことで君がなんらかの答えを出せる日まで、私は君と一緒に同じ問題を抱え、悩み続けよう。
忘れないでほしい。君は一人ぼっちじゃない』
『君は一人ぼっちじゃない』
もちろん厳しい時代は過去にもあったが、「一億総中流」の残り香と「先進国で最悪レベルの日本の子供の貧困」の現実が混在する現在を、生きにくいと感じる子供は多いと思われる。
現在はあらゆる物事の端境の時期にある。
東宮の一粒種のお姫様として誕生した敬宮様も、ご自身の関知しないところで、女性天皇が検討され、廃案にされ、廃案になると同時に御存在を否定するためのバッシングの嵐が起こされているが、それは21世紀を如何なる日本にするかという価値観の端境の直中におられるからであり、今すぐに答えが出るというものでもなければ、お一人で解決できるものでもない。大人の頑迷な思い込みや欲得が絡む法整備が俎上にあがるたびにバッシングがおこり翻弄され傷つかれるのを拝見するのは辛いが、悩みながら学びながら磨きながら成長され、一歩ずつ答えに近づいておられると感じている。
法整備ゆえに御自身のお考えとは異なる条件が提示されることもありうるが、その中で最上の答えを見つけられると信じている。
敬宮様が答えを出されるまで、この国の大人の国民として一緒に悩み考え、心から応援していきたいと思っている。