検証・電力システムに関する改革方針

「自然エネルギーですべての電力をまかなう町」の第2部です。

全体の46%がいっせいに伐採期を迎える 連載小説64

2012年07月31日 | 第2部-小説
 「このグラフは、少し古いが」といって貝田がファイルから取り出したのは「人工林の歳級別面積」をグラフにしたものだった。(上記)
 齢級とは木の成長を5年ごとに区分したもので1齢級は1~5年生の木で10齢級であれば46~50年生の木になる。
「日本の森林はこのグラフの通り、8~10歳級で植林全体の46%を占めています。木材は10 齢級以上で可能です。全国の山がその時期にきているわけです」
「日本の植林は、昭和20年代後半から40年代にかけて、盛んに行われたから、いっせいに伐採の時期にきている」と公平が珍しく口を開いた。貝田は公平の言葉が終わらないうちに「この占部でも事情は同じで、昭和25年から伐採と植林が行われた」と言葉をつないだ。

「その木が伐採時期にきたわけですね」と将太はうけてきいた。
「そうです。全国いっせいにそんな状態」
「完全に供給過剰状態」
「そうです」
「木材価格は?」
「それは」と貝田はファイルをめくり、別の資料を取り出した。




10年後、林業は今より大変なことになる 連載小説63

2012年07月30日 | 第2部-小説
「おっしゃる通りです。林業は消えることはないと思いますが個人の持ち山はこの先もダメでしょ。将来性がない林業を継ぐ者はいません。だから林業を研究しようとする人もいない、そうしたなかで冨田さんのような人はめずらしい。だが私たちにとってはありがたい」と貝田はいっきにいった。
「何ができるか、わかってやっているのではないので」
「いやいや、関心を持っていただく人がいる。それだけでもありがたいことです」

 将太は、貝田のそうした物言いに接して、この男は業界で活躍している人物だと思った。創業者の3世かと思う若さだが知見は林業全体をつかみ、ありようについて責任の一端をになっている自負を漂わせている。それであれば一林業会社の経営状況を聞くより、林業全体の状況や業界の取り組みを聞いたほうが貝田に似合っていると思い、次のような質問をした。
「林業は今、何が一番問題ですか」
「丸太の売値がこれまでの投下資本より低いことです」
「その一番の原因は何ですか」
「円高と外材の完全輸入自由化です」
「外材も今は集成材や合板として輸入されていますよね」
「よくご存知で」
「少し、勉強しましたから」
「いやいや、そこまで知っている方は少ないです」
「東京の新木場に巨大な貯木場がありますが、今、一本もありません」
「かつてあそこはラワンの原木などでいっぱいでした」
「木材輸出国が付加価値をつけた木材輸出に転じている影響はどうですか」
「その影響は本当に大きい」
「それは例えば、貝田さんの会社にも影響がある」
「もちろん、あります」

「例えば」
「やはり施主さんの要求ですよ。ツーバイフォ建築や集成材建築を求められると、それに応えなければいけない」
「ということは、こちらでも外材を扱うことがある」
「いや、私の会社は扱っていません」
「ということは外材の影響を受けていることに」
「そう、直接ではないが間接的に外材に食われている」
「それに対抗できる方法は何か、考えていることはありますか」
「業界としていろいろやつていますが決定打になっていません」
「それは国内材の大量消費には及ばないということで」
「ええ、その通りです。日本の林業は10年後、今より大変なことになります」
「大径木問題」
「そうです。そのとおりです」

林業絶好調の時と今 連載小説62

2012年07月28日 | 第2部-小説
 工場は昼休みに入って、人影はなく作業車も機械も止まっていた。入口の右手に杉の原木が機械の台に何本もあり、その下に樹皮の山があった。将太が珍しそうに眺めていると松本課長が「これはリングバーガーという機械でバークを剥ぎ取る機械です。これだけの設備を持っている工場はこの周辺にありません」といった。
バークとは木の樹皮のことだという。
 樹皮を剝いだ原木は未口(木の径)の寸法や年輪の密度、節などを見て、選別して柱材、板材などに加工するという。
 事務所に入ると正面に松本や公平と同じ世代と思われる男が座っていて、その斜め向かいに年配の女性が弁当を食べている最中のようだった。男とは公平も友達のようだった。互いに「おっ!」と声を出し、手を上げて握手しあった。
「まあ、そこに座ってくれ」
 男が案内すると弁当を食べていた婦人は箸を止めて窓際の流しに向うとお茶の用意をはじめた。

「どうだ景気は」
 松本が切り出した。
「大変だよ」
「東北大震災の関係はどうだ」
「うちらはまつたく関係ないね。むしろ動きは悪くなった」
「県の林業開発公社もついに、解散することになったからなあ」
「売値が安いから造林費用が出ない。山を育てようとすればするほど足が出るわけだからどうしょうもない」
「山は不良債権化しているからね。おれがこんなことをいってはいけないのだろうが」
「お前の責任じゃない。日本の山はどこも同じだ。木は枝打ちや間伐をしないといけない。自分ではできないから人に頼む。すると金がでる。しかし売ると売値はかかった費用より安いから、やってられない。そんな山ばっかりだから」

 そんな話を立ち話が忙しく交わされたあと、松本は将太を紹介した。
「こちらは大平の元、上司の方で冨田さんという。今は退職されて林業と中山間地振興を研究されている」
「それはありがとうございます。貝田といいます」
 貝田は事務机の引き出しから名刺を取り出すと冨田に差し出し、お互いに名刺交換をしたとき、事務の婦人が盆にお茶を乗せてきたのでみんな、貝田の事務机の前につくられた応接ソフアに座った。

 すると貝田が「それにしても、いまどき林業研究をされているとは珍しいですね」と将太の顔をみつめ、真面目に聞いた。将太は貝田のその真面目な顔の意味がよくわからなかった。
「そんなに珍しいですか」
「珍しいですよ。なあ、課長もそう思うだろう」
「まったくないわけじゃないが、少なくなった」
「業界の見通しがないからですか」と将太はたずねた。それは将太のとっさの反応だった。

松本課長のターゲットは公平 連載小説61

2012年07月27日 | 第2部-小説
  すると松本は、車を路肩に止めた。山の地肌がむき出しになっている場所だった。アスナロ神社のときは車から降りたが今度は降りる気配をみせない。ハンドルに手をかけたまま「冨田さん。山の土はこのへり面のように石だらけです」と指差していった。
 将太がうなずいてみていると「開墾は、この土を野菜が植えられる土に変える仕事です。ちょっとやそっとのことでできることじゃない」というと車を走らせた。

 将太は言葉がでなかった。公平も口を閉じたままだった。松本も黙って運転をしている。狭い自動車の中で、男3人、だれも口を開かない無言の時間が続いた。それは重苦しい空気とは違うが口を開くことができない空気だった。ただ松本の気持ちは痛いほどわかるように思った。松本は村の今を本当に悔やしんでいるのだ。
 公平が黙っているのは、村を出た身からではないか。松本に負い目を感じているのではないか。

 それにしても、これまでの話の中でどうにも分からないことが1つあった。
占部町の町長は町のため、町民のためにがんばっている人だ。松本は心底、尊敬しているようだ。だとしたら来年に予定されている町長選挙は現町長で問題がないはず。それなのに松本は今日、庁舎内であった途端、公平に「町長選に出るのか」というようなことを口にした。
 なぜそんなことをいったのか。今夜、その件で公平の家に来るという。将太は今日中に家に帰る予定だから話は聞けないが何か重大な問題が発生しているのだと思う。
そう思ったとき、松本はこれまで将太に町を案内しているように見えるが、本当の狙いは公平にあるのではないか。将太の頭にそんな思いがよぎったとき、「この先が占部林業です」と松本が口を開いた。
 公平は相変わらず黙ったままだった。

課長の家は開拓農家 連載小説60

2012年07月26日 | 第2部-小説
 開拓と聞くと、将太の頭に思い浮かぶのは満州、北海道の開拓団だった。いずれもすさまじい体験、悲惨な結果に終わった入植者が多い。だが将太は実際の開拓者に出会ったことはない。開拓とはどういうものかたずねた。
「それはもう、大変な苦労をされたようです」
「そういう話はききますが、どう大変だったのか」
「この町は武田勝頼の家臣が切り拓いたと伝えられていますが戦後、開拓に入った人は恐らく、勝頼の家臣以上の辛酸があったと思いますよ」
「戦国時代より苦労があったと」
「そうです。勝頼の時代の人は条件がいい場所を開墾しています」

「条件がいいとは」
「水ですよ。農業は水がなければダメです。竹水路でもなんでも工夫して水を確保できた。ところが昭和に入植された人たちに国が用意した土地は原野です。開墾の条件がぜんぜん違うわけです」
「条件のいい場所はすでに畑になっている」
「そうです。昭和に入植した人たちはの人たちも手をつけない場所を与えられた。ススキも生えているし大木も生えている。それを切り倒し、株を掘り起こす。勝頼の時は牛も馬も荷車も持ち込んでその力を使った。ところが昭和に入植した人たちは牛も馬も持っていません。みんな貧乏人です。スコップとツルハシで株を掘り起こした。これは大変です」

「山でしょ」
「そうです。山です」
「株を掘り起こしても、すぐには作物は採れないでしょ」
「山の土はサラ土で石ころだらけ、鍬を打つと石に当たって、耕せない。朝から晩までそうした重労働」
「国からの支援は」
「何もありませんよ。5年間に開墾した土地はすべて所有を認める。それだけです」
「その5年間、生活扶助的な支援は」
「ありません、ありません」と松本は首を大きくふった。
 その時、公平が「課長の家は開拓者なんですよ」といった。
「そうなのですか」
「ええ、そうです。祖父がこの村に入植しました」
「すると、松本さんは3世?」
「そうです。ですから開拓当時のことは知りません。ただ母親からはいろいろ聞かされました」

「相当、苦労された」
「そうですね。なにしろ原野を掘り起こすのですから。掘り起こしてからも大変だったようです」
「蕎麦なんかは荒地でも育つと聞きますが」
「それも程度ものですよ。最初は蕎麦も育ちませんよ!」
「そうなんですか」

「今、走っている左下、開けているでしょ」
「え、え」
「ここは少し前まで畑だったところです。今は耕作放棄地になっていますがやはり開拓地です。しかし後をつぐものが東京に出て、そのまま放棄地になりました。生涯をかけて開墾した農地が一代で荒地になろうとしています。この悔しさは本人でなければわからないでしょうね」
 松本のいった開墾地はすでに通りすぎたが目に飛び込んだ斜面には、一面、つる性の草がおおっていた。おそらく人間の背丈以上に生え、土は根が幾重にもからみあっているのに違いないと思うと将太は松本に返す言葉がでなかった。


開拓地があった 連載小説59

2012年07月25日 | 第2部-小説
   階段を降り、再び車に乗ると将太は「占部町が木でうるおい、いっときは町民税をゼロにしようかとした時がありましたね?」と聞いた。
「ええ」と松本は答えた。
「潤ったのは、木材を売ってですか」
「それがやはり一番、主要な要因です。山の木がどんどん売れるのですから」
「昔は?」
「昔も、よかったのですよ」
「山は全部、江戸幕府のものだったのでしょ」
「でも入会地があったから、比較的自由に山のものを使えたから」
「炭を焼くとか?」
「それは大きい収入源ですが、昔は杉の葉1つ、捨てるなんてことはなかった」
「杉の葉は火を起こすとき、役に立ちますからね」
「そうです。よくご存知で」
「キャンプで火をおこすのに使ったから」

「風呂を湧かすときの燃料になったから、この村では杉の葉を束ねて、牛に引かせて下の町に売っていたようです」
「杉の皮で屋根を葺くとか」
「山仕事をする小屋などで屋根を杉皮で葺くことはしたようですが住む家はたいがい、はカヤ葺きです」
「カヤのほうが雨の水きりがいいからですか」
「杉皮はどうしても水分を吸収しますから、屋根にはむかないですね」
「なるほど。ところでカヤって、ススキなんですね」
「そうです」
「それを長い間、知らなかったですよ」
はっはっは、と松本は声をあげて、豪快に笑い、「そうでしょ。都会育ちの人は知らないでしょうね」

「こちらでもカヤ場があるのですか」
 カヤの屋根をふき替えるのに大量のカヤを必要とする。そのカヤは太く、長いものが良い。カヤは野菜が採れない痩せた土地でもすくすく育つ特性があるから山の斜面で立派に育つ。そのためごとにカヤ場を持っているのが普通だった。
「今、牧場になっています」
「ほう、牧場に」
「ええ、カヤ場が開拓地になって出来た牧場です」
「開拓地があるんですか」
「ええ、戦後、戦地から引き上げてきた人たちを受け入れるため国が原野を開放して、入植し、開墾した土地です。これは全国どこにでもあると思いますよ」


山の歴史―林業従事者の意識 連載小説58

2012年07月24日 | 第2部-小説
 階段を降りながら、松本は「この村の繁栄は入会地が山の大部分を占めたことが大きいんですよ」といった。
「それは、どうして」
「小林多喜二の蟹工船をご存知でしょうか」
「ええ」
 将太は、小説・蟹工船の話が出るのに驚いたが面白いと思った。
「あの小説は低い賃金に工員が立ち上がる話。労働の搾取、資本が問題になりますがこの占部で一揆や騒動が起こった記録はありません」
「それは珍しいですね」
「そうでしょ。たいがいの地方では一揆や騒動が起こっています」
「なぜ、起こらなかった」
「江戸時代のことは省くとして、山林労働が不当に安いことはなかったからです」
「なるほど」

 林業従事者は「雇われている」という感覚を持つ人間は少ない。「働いている」という感覚の者が多いという。山林所有者も「山の面倒を見てもらっている」感覚でいるのが多数だという。だから資本家と労働者の階級的な意識が生まれなかったようだ。
 特に、山の仕事は危険できつい。他の仕事と比べて熟練も要す。そうした特殊性から山の労働は、他の労働と比較して恵まれた条件、すなわち高めで決められていた。そしてそれは町の他の職種の労賃を決める基準になったという。

 「川上から川下」という言葉がある。木についていえば育林・造林から製材、普請まで、すそ野業種は広い。占部は平野の少ないが山林は広大だ。歴代首長は山を生かすことに活路を定めた。
 杉、カラマツ、ヒノキを植え、百目柿(枯露柿)、栃を奨励し、コウゾウも植えた。そうしたなかで大変な発見をした。

 杉を間伐すると太陽の日はまたたくまに下草を繁茂させる。それは山の養分を吸い取るから、定期的に下草刈をしなければいけない。その労働は造林経費にのしかかる。この問題解決にアスナロを使うことを考えたのだ。
 成長の遅いアスナロは葉を扇のように広げて陽をさえぎり、下草の発生を抑えた。おかげで下草刈の費用が少なくなった。
 そして占部は産地間の価格競争で低い価格で落札されながらも利幅は、他所よりあった。だがその植林技術はチェンソーなど林業の機械化の中で、非効率として排除された。

「昔の人の方が、山をよく知っていたのかも知れませんね」
 今、間伐をしない山林、間伐してもそのまま放置した山が増えている。細い、弱弱しい木は根の張りが浅い。少しの雨で土砂崩れが起きる。災害に強い山にするため紅葉樹と混成した植林が大切だといわれている。アスナロを利用した林業もテーマになっていいのではないかと将太は思った。


アスナロ神社にみる町の栄華盛衰  連載小説57

2012年07月23日 | 第2部-小説
 「木にはその木、特有の匂いがあります。たる酒の樽は杉で作っていますから杉の香りがします。ヒノキにはヒノキの香りがします」
「新築の家などに招かれていくと部屋全体にいい香りが漂っている。あれはいい」
「ヒノキ風呂は最高でしょ」
「いいですね」
「このアスナロは、やや黄白色をした材ですがヒノキ以上にヒノキの芳香を放つ木なんですよ」
「そうなんですか」
「ええ、そこに着目した占部の先人がまな板やしゃもじ、桶を造ったようです」
「なるほど」

「明治、大正になるとアスナロの浴槽はヒノキ風呂に優る極上浴槽として高級旅館や資産家から特注があったようで、おおいに財をなした者が何人も生まれ、その1人がこの神社を建てました」
「その人は今は」
「没落しました。遠縁にあたる人が5年ほど前までいたのですが独り暮らしの高齢になって、息子夫婦の許にいったので、縁者はいなくなりました」
「あの滑り台やブランコは」と将太がたずねた。
「あれは、この占部に住んでいた人たちの家族が孫や子どもを連れてここに来たとき、子どもが退屈するからと作ったと聞いています」
「でも、どなたかが、手入れしている。草も刈られているしブランコも滑り台もペンキが塗られていますからね」
「だれかがやっているんでしょうね。町としては嬉しいことです。行きましょうか」
 というと、松本は階段に向かった。

 将太は松本の後ろ姿をみながら改めて境内を見回した。小さな境内であるが、ここに財をなした一族とその関係者が数十人、あるいは境内いっぱいに人が集まった時代があった。だれもが豊かで満ちていた。その一族が没落して絶えたが、アスナロ神社は今も山と人の守り神としてあり続けている。
 鴨長明の方丈記ではないが、この3、4百年を鳥瞰して見ると、占部町はひと時も踏みとどまることなく移ろい、世代を重ねてきたから今があるのだと思う。今でこそ、甲府、笛吹から車で1時間ほどで来ることができるが、その昔は秘境だったと思う。その地で財を築き、子孫に引き渡し、6000人を超える町を作り上げた。
そして今、築いたものがガラガラと壊れている。
 その中で、松本は町役場の課長として、なんとかしょうとしている。公平の妻・京香とその仲間もなんとかしょうとしている。神社のブランコを人知れずペンキで塗り替えている人がいる。すごいことだと思った

翌檜(アスナロ)神社1  連載小説56

2012年07月22日 | 第2部-小説
 「いや知りません。名前は小説で書かれているのを知っている程度で、見たことはないです」
「この先に、アスナロ神社があるんですよ」
「それは珍しい」
「鳥取県智頭は杉の産地で、杉神社がありますがアスナロを祭っている神社はここだけです。アスナロの大木があります。少し、寄ってみますか」
「それはぜひお願いします」
「その前に、ここに植林されているのはヒノキです」というと、松本は車を道の傍らに止めると車を降りた。将太と公平もあとにつづく。

「これがヒノキの葉です」
 ヒノキの葉は杉のトゲトゲした葉と違って平べったく、扇のように広がっている。松本は葉の1つをもぎ取ると将太に手渡した。
「アスナロと見比べてください」
 アスナロ神社は苔むした小さな石段を登った上にあった。粗末な祠のような拝殿が色あせて建っていた。広くない境内に草がまばらに生え、片隅に小さな滑り台とブランコがあった。子どもがくるような場所でないと思う場所に遊具はあるのはなんとも不思議であった。拝殿の右に石柵で囲われた細い木があった。幹周りは先ほど見たヒノキの半分ほどしかない。樹高は見た感じ4階建て建物ほどはあるかと思った。
「これがアスナロです」と松本がいった。

 ヒノキは今しがた見てきたばかりだ。それと目の前にあるアスナロとどこが違うのか。注意して見ると全体がふさふさとして葉が多いようだ。と、葉が麓から吹き上がる風にあおられて、ユラユラとゆれた。その様は団扇をゆったりとあおぐのに似ていると思った。
「全体に葉が多いように思いますね」
「そうです。そうです。アスナロは樹齢が経つほど葉の幅が扇のように広くなるんですよ。先ほどのヒノキの葉と比べると違いがわかりますよ」
 松本にいわれて将太は手にしたヒノキの葉とアスナロの葉を見比べた。アスナロの葉はヒノキより広がって大きく、節々が太かった。だがそれも注意して見比べたからわかったのでもし教えてもらわなければ分からないだろうと思った。

(左:アスナロ、右:ヒノキ)

京香の作戦 連載小説55

2012年07月21日 | 第2部-小説
  京香は松本や公平が高校生のとき、マドンナだった。だから男たちが集まると最後は、京香はだれと付き合っているかに話になるのが常だった。だれもが京香に惹かれていたがアタックする者はいなかった。ながめ、噂するだけだった。
 京香は結構、活発だったからだれとでも言葉を交わしていたし、親しげであった。松本も公平も何度か京香と教師の噂や試験の予想占いなどをして時間を過ごしたことがあるが京香からバレンタインチョコをもらったことはなかった。

 高校3年生のバイレンタインデーは、だれがもらうか。もらったものが本命。その時はもらった奴にゆずることを悪餓鬼の約束にした。そしてその当日、松本と公平が2人でいるとき、京香がやってきて2人に、チョコを「ハイ、義理チョコ」というと、1つずつ、手のひらに乗せると「だれかからももらった」と聞いた。
 2人はほとんど同時に「だれからも」も首をふり、松本が「1個じゃしょうがない。全部よこせ」といった。
「だめよ、まだまだやらないといけない奴がいるんだから」というや「じゃね」といって去った。
「気の多い奴だな」と松本は悪態をつくと、もらったチョコをポイッと口に放り込んだ。

 その後、公平から勉強を教わる京香がいた。
「あれは京香ちゃんの作戦だった。そして公平を射止めた」と松本。
「お前は本当に話をつくるのがうまい」と公平は感心していう。
 2人の話を聞きながら、将太はひょっとすると占部の乙女伝説は松本が掘り起こして、今によみがえらせ、町おこしの1つにしょうとしているのではないかと思った。
なんでもいい、町に伝わる物、歴史を掘り起こし、今につなぐのはすべての取り組みの基本だと思う。将太は松本は町おこしに懸命なのだ。その気持ちが徐々にわかってきたような気がした。
 すると松本は「冨田さんはアスナロという木をご存知ですか」といった。