飲食居抜きソムリエ  山田 茂  飲食を辞める始めるときのブログ                 

飲食店を希望を持って始めたり順調に多店舗化したり、内装設備に費用がかなり掛かります。その投資を回収できます。

3.宅建取引主任士(22)

2017-02-15 10:52:38 | 宅建取引主任士

      不動産独立開業は
         定年後の今が チャンス 

        

 「店舗物語」連載開始
    てんぽたんの
 「不動産開業顛末記」
   
           プロフィール
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    5.宅建業取得

         30.借地権     
   心配ございません、こちらで
   すべて 文書で処理中ですと、
   ほっとするような、なめらか
   な口調だった。内見が終わっ
   た翌日、買い付け依頼書を受
   け取り売主と相談、条件は全
   てクリアーしたが問題は地主
   の承諾と地代・名義変更料の
   料金だ。売り主からすべて任
   されその大手銀行の子会社の
   地主に訪問することとなった
   。東京駅の近くの事務所を訪
   問するときは、さすがに緊張
   の連続である。仲介で東京駅
   に来ることはありえないこと
   だった。女子事務員の案内で
   応接室で待つ時間がすごく長
   く感じられ、果たして順調に
   進むかと考えると心臓が高鳴
   った。
   

 

   29.内見する    
   近くのカフェで少し休憩して
   事務所に戻ると、先ほど訪問
   したパソコン会社からの内見
   依頼の連絡が入っていた。
   早い、これは縁がありそうだ
   とワクワク感で売り主に連絡
   すると、やっぱりそうでした
   か、と予想していたみたいな
   口ぶりだった。あまりに早い
   進行なので少し面食らった。
   2日後の14:00に内見した、
   家主・買主・当社と関係者が
   そろって内見、買主のさらっ
   とした内見が気になったので
   後で聞くと建て替える予定と
   、聞いて安心したもんだ。な
   んせ生まれて初めての売買の
   立ち合いなのでこちらもかな
   緊張している。やはり、買主
   は、立ち退きがうまくいって
   いっているか気にしている。
   買主の前で、こちらも気にな
   っていることなので、売り主
   にあえて質問した。
   

         28.  隣に紹介    
   売買物件の資料を作っている
   時、どこに紹介するか思案中   
   に、ふと、売買物件は隣に紹
   介しろ、との格言を思い出し
   た、調べてみると、左隣がパ
   ソコンの販売店一棟使用中、
   右隣は個人のはんこ屋さん、
   流れからいってパソコン屋さ
   んが本命だ。聞いたところ秋
   葉原に7店舗ほどあり一棟丸
   事使用している、後でわかっ
   たことだが所有権が方針らし
   。経営者は蕎麦屋さんだった
   と聞いた。本店も近くにあり
   早速飛び込みで訪問した。受
   付で訪問内容を説明している
   と中年の髪がすこし薄く赤ら
   顔の人が「売買物件はみんな
   知っているよ」と、声をかけ
   てきた。「知らない物件だと
   思います」と、言うと、応接
   室に早速案内された。名刺を
   みると、常務取締役で、この
   出会いが開業間もないころ知
   り合ったDVDの顧客と秋葉
   に開業したことが深く結びつ
   いて力を発揮した。
   
   

         27. 信頼        
         売買物件相談の来客を忘れて
   飲食店舗客の案内で追われる
   なか、再来社の予約の電話が
   入った。お任せします、と予
   想してない答えだった。入居
   者の立ち退きも売り主が全部
   処理し、空の状態で責任もっ
   引渡します、と一番の難問題
   解決しての依頼である。
   どうして当社に任してくれる
   のですか、と聞いてみた。す
   ると、一番丁寧に対応してく
   れ、他社は、威張っていた、
   との返事だった。委任状なし
   の口頭契約だったが信頼でき
   ると判断し、請求しなかった。
   お任せします、を信頼できる
   、との判断が正解だった。不
   思議に予定していない物件だ
   ったので余裕があったのだ。
   この後、物件紹介で不動産の
   鉄則を経験する。
   

   25.初めての売買物件 
   三人体制でどうにか無難にス
   タートした新年も、走馬灯の
   様に月日が流れ、さすがに広
   告を減らした影響で電話の本
   数や来客が少なくなっている。
   そんな中、飛び込みで70歳位
   の来客があり住まいは千葉県
   、当入居ビルの近くの物件で
   相続で売却したいとの相談だ
   った。何でも千葉の友人の不
   動産にに声をかけたら高く売
   れない、と言われて、地元の
   の秋葉原の不動産屋巡りをし
   ているとのことだった。世間
   話をしながら物件の条件を聞
   くと、借地権としては安くな
   い。その時は、一生懸命やり
   ますと、丁寧に答えておいた。
   5社ほど訪問したと言ってい
   た。まあ、新人の当社には縁
   はないだろうとこもっていた
   が、とんでもない結果が待っ
   ていた。
   
   
   

   24.方針再決定   
   求人募集は、千代田区という
   所在地も相まって複数の応募
   があり40台の主婦が採用でき
   新たな体制で新年をスタート
   できた。秋葉原駅を中心に神
   田・御徒町・浅草橋・お茶の
   水の5駅で店舗専門不動業と
   して№1を目指しての再スタ
   -ト。経理もオープン化し全
   員固定給、賞与も基準を決定
   した。しばらくは、この体制
   行こうと決まると、少し気持
   ちが落着き、次の企画が脳裏
   に浮かぶ気分だ。そろそろ広
   告費用を減らさなければなら
   ない時期、今まで法外に出稿
   してきたが、広告だけに頼る
   過ぎている。
   

   23.流れに任す   
   年末・年始は気分転換で久し
   ぶりに旅行で過ごした。でも
   、仕事に変調があると中々楽
   しめないものだ。冷静になっ
   てみると未経験から独立して
   売上だけ見るとどうにか回っ
   ている。資金的にはしばらく
   大丈夫そうだ。もう少し会社
   方針を明確にしないと協力し
   てくれる人に迷惑がかかる。
   年末女子事務員の売り上げに
   対する報酬も男性営業マンに
   遠慮して出してない。本人も
   気にしているはずだ。人材は
   流れに任して、今の体制、女
   子事務員に法人営業を任して
   反響営業をこちらでこなす。
   もう一人、事務職を採用して
   営業の負担をへらして、3人
   で、様子を見ることに決定し
   新年早々、事務職の募集をか
   けた。
        

   22.営業マン辞める  
   渋谷の店舗が決まる1カ月ほ
   ど前、やはり業界流通機構の
   物件で千葉県の木更津の店舗
   が出回り、女子事務人が居酒
   チェーン店に送ったところ(
   当時はfax)Sグループが移転
   のため問い合わせがあり意外
   簡単に決まった。そして渋谷
   が決まった。最初は男性営業
   マンも喜んでくれたが渋谷が
   決まりかけてくると社内の雰
   囲気が一変した。男性営業マ
   ン同士で喫茶店で隠れて話す
   ことがおおくなった。しまっ
   た、とおもったが、後の祭り
   だった。少し配慮が足りなか
   ったのだ。案の定、理由も言
   わず3人のうち二人の営業マ
   が辞めた。不徳のの致すとこ
   ろだ。年明けになるともう一
   人の営業マンもやめた。女子
   事務員と二人になった。取り
   残された心境だった。
   

         21.社内混乱    
         バブルがはじけての初めての
   年末迎えた。女子事務員の渋
   谷の店舗の経緯を聞いたが結
   構大変だったみたいだ。物元
   の担当者に聞いたところによ
   ると、他同業者の営業マンが
   契約先に先に情報渡している
   とか、女性ではうまくいかな
   いとか、かなりしつっこくく
   いさがって、それも複数の男
   性から妨害されていやになっ
   たらしい。又、契約先にも物
   元はコントロールできるから
   とか、やはり女性ではうまく
   行かないからとか、先に情報
   出したからとか同じような嫌
   がらせが複数担当者にあった
   しい。女子事務員の良かった
   のは、最終段階で、物元と契
   約先に訪問して、お互いに経
   緯を確認しあい正々堂々と、
   後で業者から苦情等の来ない
   ように正式に紹介客付け業者
   として優先権を貰ったことだ
   。「いい社員をお持ちですね
   」と物元と契約先に褒められ
   時は思わず涙が出てきた。女
   性の正義感が案外不動産に向
   いているのかもしれない。
   だが、この契約が社内に悪影
   響与えることとなった。
   
   
   

   20.予定外の申し込み 
   女子事務員が提出した2枚の
   A4の用紙は、民間の不動産
   流通募集情報と申し込みだっ
   た。渋谷駅前の1・2階の前ゲ
   ームセンターの店舗の募集で
   合計40坪の賃料500万円で赤
   坂の業者が物元だった。申込
   書を見ると大手金融会社(?
    )だった。契約日は5日後、
   すでに合意しているという。
   信じがたい話だが、そういえ
   ば、女子事務員がここんとこ
   ろ電話を掛けたり出かけたい
   してたの思い出した。全員が
   帰ったので、挨拶がてら物元
   と申し込会社に電話を入れて
   予定の確認をとると、間違い
   なかった。ワクワク感と別に
   2つの予感が脳裏を横切った。
   

         19.バブル崩壊   
   創業以来、順調とは言えない
   がどうにか全員の知恵と努力
   で二回目の夏休みが終わり年
   末向けていろいろと方向性を
   考えて少しでも前進するため
   知恵を絞っていた。日本経済
   や世界情勢などあまり気にし
   いなかったが株価の動きが変
   動しているのは気になってい
   た。そしてついに株価が10月
   1日2万円を切り昨年末の最高
   値から9カ月で50%減少。い
   ゆるバブル崩壊である。売買
   中心の同業者が飲食店の開店
   依頼が増えたと書いたが、や
   売買業者はすでに兆候を感じ
   ていたらしい。借入額が大き
   いから敏感なのだろう。当面
   仕事には今のところ大きな変
   化はなかった。帰り際、女子
   事務員からの報告に驚いた。
   
   
   

         18. 女子事務員の提案 
         不動産業者で特に売買を中心
   の同業者で飲食店を経営した
   いという社長さんからの依頼
   を何件か受けた。少し不思議
   な感じがしたが、夏を過ぎる
   頃理由が分かった。早いもの
   で物件求のチラシ請負人の配
   布結果は1ヵ月目で2件の店
   舗譲渡依頼を受け、その後も
   大体そのペースで推移した。
   まあまあであるが、その他の
   求む広告は全滅に近い。そん
   な中、女性の事務員が前から
   時間があるので(暇だったの
   だ)営業(物件紹介)してい
   いか、と言われていたので断
   る理由もないのでOKの返事
   を出しておいた。どうせやる
   なら営業マンとぶつからない
   お客、そこそこの会社を選ん
   だらと、ヒントらしきものを
   暗示しておいた。当時、チェ
   ーン店・大手会社組織は簡単
   に契約出来ないのでほとんど
   の営業マンは無視をしていた。
   それが、年末にかけて大化け
   する結果になる。
   

 

   17.チラシ請負人   
   60歳ぐらいのその男性は「チ
   ラシ専門の配布を個人でやっ
   ています」といきなり言いつ
   つお茶をうまそうに飲んだ。
   大きな顔が赤く照っている。
   バイクで移動しているそうだ
   。反響の数または固定給で請
   け負う方法が提案されたが、
   固定給のほうがお互い嫌な思
   いをしないですむので固定給
   にした。一日300枚20日間で
   6000枚配布、月額10万円の
   支払い。高いように思えるが
   配布先がどこでもいいわけで
   ない、結果が出なければ解約
   だし、配布先の選択も大変に
   思う。1年契約で3か月後に反
   響がないときは解約できるこ
   とで合意した。世の中いろい
   ろな仕事があるものだ。
   

 

   16.開業一周年     
   開業一周年が近づくころ広告
   反響に少し変化が現れた。捺
   印付きのチラシの反応が少し
   づつ出てきた。そう営業マン
   が出先で配布したチラシだ。
   全戸配布と比べると少ない枚
   数だが狙い撃ちできる強みが
   ある、各営業マンのセンスで
   可能性のある店舗に投函して
   いるはずだ。自分が撒いたチ
   ラシの反応なので張り切って
   訪問するし仲介にも力が入る
   。新聞・雑誌広告の反響もた
   まにあったが訪問するまでい
   かない問い合わせが多かった。
   一周年の簡単な飲み会を会社
   でやり二次会に遅れて会社を
   出ようとしたとき中年の男性
   の訪問を受けた。
   
   

  

    15.チラシ作戦  
   はっきり広告反響が激減し
   電話の数も少ない。これ以
   上広告予算を増やすのはき
   ついのでなるべく現状で行
   きたい。新聞広告は広く募
   できるのでありがたいが大
   雑把なところがある、もっ
   と地域で一番になる方法。
   やはりチラシしかない。
   今まで2万部を月一回配布
   していたものを地域を倍に
   に増やし2万部を隔月で配
   布すれば同じ予算で配布出
   来る。早速秋葉原駅を中心
   に四方、神田・御徒町・浅
   草橋・お茶の水とチラシ東
   西南北作戦となずけ実行し
   た。また、営業マンに常に
   チラシを持参させ1日100
   枚程出かけた時に配布する
   用に心がけ、配布員の捺印
   で本人の成績とした。
        

   14.ライバル増える  
   新年を迎えて順調に物件も
   確保できたが、3月の中旬
   位から急に広告反響が少な
   くというか、まったくなく
   なって電話も鳴らなくなっ
   た。社内の雰囲気が悪くな
   らないうちに原因を突き止
   対策を立てないと取り返し
   がつかなくなるので少し焦
   った。Y新聞の広告掲載欄
   を代理店にお願いして去年
   の9月分から今日までの分
   を調達した。反響がある時
   きずかなかったが同業者が
   増えているのだ、驚いた。
   いつの間にか10社ほど、
   半年間で増えている。それ
   と月刊誌で店舗専門のT雑
   も前から気になっていたが
   購入して読んでみると有力
   な不動産会社が1ページ広
   告を出し、内装業者さんは
   カラー広告で最初のほうを
   独占していた。費用はかな
   りかけている。すでに競争
   が激化していたのだ。迂闊
   だった。
   

   13.年末株価38,915円
      史上最高根つける
            
   開業以来順調に推移し、年
   末資金もどうにかクリアー
   でき、来年の計画を練って
   いる12月29日ついに株式
   市場最高根の38,915円を
   つけて終了した。その熱狂
   はすごかった。取引銀行の
   担当者が融資するから買っ
   ておいたら、と気楽に声を
   かけてくれた。当時、誰が
   本日がピークの株価と想像
   しただろう。株や不動産を
   購入した人は年明けの夢を
   見て、眠りについたことだ
   ろう。店舗の取引では周り
   が騒ぐほどではなかった。
   

         12.秋葉原申し込み
   3日後、例の秋葉原の居抜
   店舗の喫茶店で先日来客の
   CD売買の社長と打ち合わ
   のため待ち合わせした。申
   し込みである。造作代の交
   渉があったが、無理のない
   範囲なので問題なかった。
   驚いたのは物販で喫茶店の
   居抜きを買ってまで出店す
   るとは想像もしてなかった
   、しかも1500万も出して、
   まったくどぶである。来年
   1月末引渡希望なのでタイ
   ミングもよかった。先日の
   新宿の店舗に続き、年末・
   年始を穏やかに迎えること
   ができる。ちなみにビデオ
   販売の社長は造作代が買い
   取れないとの断りの連絡を
   もらっていた。CDとビデ
   オの両社長とは最後まで秋
   葉原で長いありがたいお客
   さんとして貢献してくれた。
   神様の大きな2つのプレゼン
   トと受け取っている。
   

         11.幸運舞い落ちる   
   あれから10日程すぎた帰る
   準備中に電話が鳴った。先
   日、秋葉原店舗広告のお客
   さんから今から寄りたいと
   いうのでお茶を入れ直して
   待った。池袋で中古CDの
   販売買取を中心に運営して
   社長だった。今後秋葉原で
   多店舗展開するので物件の
   紹介依頼だった。例の秋葉
   原喫茶店の物件資料持って
   間もなく帰った。
   翌日も同じような時間帯に
   都内でビデオを販売やって
   いる社長さんが来社し秋葉
   原喫茶店物件を渡したら、
   やはり秋葉原で多店舗展開
   したいと物件の紹介の依頼
   を受けた。不思議な2日連
   続の来客であったが、この
   2人の来客が幸運をもたら
   すとは微塵も思わなかった。
   
   

   10.運命の広告  
   新宿店舗はその後、スムー
   ずに進んだ。不動産はそれ
   ぞれの希望が合意すると進
   行が早くなるし、成立する。
   社内は年末に向けて各営業
   マンが一生懸命案内してい
   いる。そして地元秋葉原の
   電気街の居抜き物件の新聞
   広告を入れる時期が来た。
   店舗経営者の希望も入れて
   11月の末に3連載で入れ
   た。結果は散々だった。初
   日1件、2日目は無し、3
   日目1件、計2件であった。
   確かに地下一階で立地は良
   いといっても喫茶居抜き代
   金1800万円はさすがに
   きつかったか。しかも閉店
   間際に2件とも、近くに行
   った ら寄ります、と言っ
   て切られたのだ。社名もわ
   からない、二件とも個人名
   だった。
   
   

         9.合意する   
   「契約を進めたいと思うが、
   どうですか」と店舗経営者。
   「問題ありません」
   おそらく管理会社から金銭
   的要求をされているはず、
   が、何も言わないで冷めた
   珈琲を口に含み天井に目を
   運んだ。管理会社に300
   万円黙って払うつもりなの
   だ。沈黙が続いたので珈琲
   のお代わりを頼むと「二つ
   にして」店舗経営者。
   珈琲がくると
   「じゃあ、この話進めて下
   さい、後は任せます」
   喫茶店を出て、新宿駅で別
   れ事務所に向かった。新宿
   街がいやに眩しかった。
   

         8.待機作戦で好転  
   営業継続の方針から3週間が
   過ぎた時、店舗経営者から一
   緒に新宿店舗の管理会社から
   打ち合わせしたいとの連絡を
   受け訪問することとなった。
   申込人の意思の確認はしなか
   った。訪問すると別々に面談
   し話を進めるうえでの提案が
   それぞれにあり、その場の結
   論は保留して管理会社を出た
   。あの懐かしい「名曲喫茶店
   」に入って打ち合わせした。
   当時の銀座・新宿等の繁華街
   の造作付き貸店舗は、権利売
   買とみなし総額(保証金+造
   作代)の3%を商習慣として
   仲介料としていた。今回で言
   えば300万円である。それ
   は事前に店舗経営者から聞い
   ていた。
   

   7.美空ひばり死去  
   初めての暑い夏が過ぎ秋らし
   日差しが射し始め過ごしやす
   くなった。契約も順調とまで
   行かないが経営維持できる売
   り上げが、ありがたいことに
   確保でた。開業のころ美空ひ 
   が死去し先日改めテレビで拝
   見して偉大さを再認識。「乱
   れ髪」が大好きだ。カラオケ
   で今でも良く歌う。
   新宿店舗の4者会談後間もな
   く管理会社が物販店舗として
   募集していると店舗経営者か
   ら連絡もらい、協議した結果、
   2人で管理会社に出向き厳重
   に抗議した。なんと造作代が
   希望の1/3で募集中だった。
   作戦通り営業続けると通告し
   帰った。解約通告を提出しな
   い方法が結果論であるが良か
   った。
   
   

         6.4者面談    
   2日後の午後3時、新宿の店舗
   を管理している不動産会社に
   店舗経営者と訪問すると、案
   の定、賃貸人は来ていなかっ
   た。名刺交換後、申込書を渡
   し、様子を見ていると、
   「お預かりいたします、後日
   ご連絡いたしす」と、
   事務的に済まそうとするので
   相方が「可能性はどうなの
   でしょう」と、聞いた。
   「家主さんと打ち合わせしな
   いと、何とも言えませんが。
   ブティック等のお客さんも居
   るので何とも言えません」
   予想通りの答えが返ってきた。
   その日はそのまま引き下がっ
   た。「様子を見よう」と、相
   方と別れた。歌舞伎町の街は
   相変わらず活気に満ちていた。
   

    5.賃貸人に連絡する 
   新宿の店舗の申し込みの件は
   しばらく社内では内緒にして
   進めた、なぜなら金額が金額
   なので大物狙いが社風になる
   のが良くないと思ったからだ。
   早速、新宿店舗の経営者を訪
   して打ち合わせをした。懸念
   は、バブル期なので当時、宝
   飾関係の開業者が新宿は沢山
   いるらしかった。ただ、簡単
   に開業者は造作代を高く買っ
   はくれない、家主側どう判断
   するかだ。その辺を念頭に入
   れて家主と管理会社を含めて
   4者会談が決まった。
   

         4.300万円預かる 
   翌日、9時前に出社して開店
   の準備をしていると階段をド
   シドシと昨日の新宿の店舗の
   お客さんが入ってきた。開店
   は、10時からなので他の社
   員はいない、遅い開店なのだ
   。とりあえずお茶を出して座
   ると、いきなり、お客さんが
   100万円束3個目の前に出
   し、「申込金だ、話を進め
   てくれ」。
   少し驚いたが、話を聞くと麹
   町店が立ち退きになるらしい
   、24時間・年中営業できる場
   所を探していたというのだ。
   広告の24時間営業可が幸いし
   たらしい。申し込み条件は手
   数料込みの1億円でその他は
   条件現状通りで、預かり証に
   本人途中撤回の場合は、手付
   の性格になりますの但し書き
   を了解もらい帰ってもらった。
   実は、これからが大変だった
   のだ。
   
   

   3.物件広告初掲載  
   物件広告をY紙の3行広告に
   初めて掲載。例の新宿の歌舞
   伎町の総額(保証金+造作代
   )1億円の店舗だ。やはり問
   い合わせはなかった。営業マ
   ンも期待していたらしくがっ
   かりした様子だった。その日
   一人仕事を終えて帰ろうとし
   た時、電話が鳴った。面倒く
   さそうに受けてみると新宿の
   店舗の反響だ、今から会社に
   行くから待ってくれとのこと
   だ、仕方ないので1時間ほど
   待ったころ、階段をドシドシ
   と重そうな音がした。ドアを
   開けて誘導すると50歳ぐら
   いの太めのっ男性が入って来
   た。名刺交換して物件を説明
   すると明日9時まで物件を優  
   先しろとのことだった。どう
   せ他にあてがないので安請け
   した。お客は今から現地に行
   って見てくると重い体で階段
   をドタドタと降りて行った。
   元気なのだ。
   

   2.チラシ配布    
   秋葉原を中心に2万部を開店
   のお知らせと業態「店舗専門
   特に飲食居抜き店舗の譲渡」
   をメインに表現したチラシ第
   1号を配布した、反響5件の
   内3件訪問、造作売却以来専
   任媒介1件だった。一番多か
   ったのは同業者の電話であっ
   た。都心で「店舗専門不動産
   」珍しく新鮮に映ったのかも
   しれない。おかげで地元の同
   業のネットワークみたいのが
   自然に出来上がった。この同
   業者の電話の意味は数年を待
   って理解できた。賃貸人から
   反響はなかった。やはりそん
   な簡単に信用される訳がない。
   
        ★貴方の「開店物語」掲載し
   ませんか。貴方の能力発信
   と社会貢献を兼ねて。沢山
   の飲食関係者が読んでいま
   す。

   


   1.不動産業ついに開店  
   待ちに待った宅建業の許可が
   おり事務所も看板も人材もそ
   ろい待望の開店である。営業
   マンはそれぞれ顧客を抱えて
   おり流通機構の情報で電話案
   内したり業者に物件情報の提
   供をお願いして仕事にしてい
   た。物件求む広告も新聞2紙
   雑誌2誌と最大限だしたので
   少しずつ反響が出てきて、営
   業マンに順番に担当になって
   もらった。広告反響で意外な
   のはNスポーツ紙の企画広告
   (そう説得して掲載をお願い)
   反響であった。本数も多かっ
   たが都心でなく少し離れた、
   例えば東横線の綱島駅・伯楽
   駅等、すべて駅前の1階なの
   だ。やはり造作を高く売りた
   いということは立地に自信あ
   る店舗になるわけだ。少し自
   信につながるような結果であ
   る。この辺は手探りなのでい
   もドキドキものであるし、費
   用も安くない。
   

 

    4.初めての不動産業界

   27.当時の出前事情  
   歌舞伎町のらーめん居抜きの
   売却以来の件で。興味ある話
   を聞けた。24時間営業に付、
   深夜の出前は、別途出前料を
   一件100円もらっています。 
   ホステス壌によっては1000
   円位くれる人もいたそうです。
   もちろん、出前料は出前する
   人の収入になるので出前専門
   を希望する人もいたそうです。
   バブル期のなんと優雅な光景
   でありませんか。今の通販の
   配達料は無料が当たり前の時
   代から見るとなんか滑稽に見
   えます。世の中変わるもんで
   す。
   

   26.居抜き売却依頼
   ほぼ体制が整いあいさつ回り
   しているうちに神田を中心に
   10店舗ほど経営しているらー
   めんやさんから新宿の歌舞伎
   町の店舗を処分したいと連絡
   もらい打ち合わせの訪問した。
   何でもほかの店舗は会社街な
   のに歌舞伎町店だけ年中無休
   24時間営業なので管理が大変
   なので処分したい、売上も順
   調なので高く売りたいという
   ことだった。早速現地に行く
        と歌舞伎町風林会館の目の前
   大変立地が良かった。ただ、
   条件が高い、保証金造作代込
   1億円である、そう高いのだ
   。バブルの真っ最中なので、
   やるしかない、なのだ。居抜
   2件目目の依頼だ。
   
   

         25.人材募集    
   会社設立の報告活動を続けて
   いるうちに知り合った営業マ
   ンが歩合でいいからと複数声
   をかけてくれた。おかげで男
   性社員3人は歩合制ですぐに
   採用となり事務員1名の募集
   広告も出し、間もなく20歳
   の女性を採用した。そんな
   中、秋葉原中心に開店と物件
   求のチラシ配布が話題になり
   検討した結果、毎月1万部1年
   継続していると決めた。約10
   万円年間120万円だ。決して
   安くはないがのちに千代田区
   の店舗専門不動さんとしての
   知名度アップに貢献したと思
   う。当時、千代田区で店舗専
   門不動産を看板にしていた会
   社はなかった。新聞広告とチ
   ラシが重要な方法だった。
      

   24.いろいろな広告検討  
   準備中一番考えたのは物件の
   確保である。業者間の流通機
   構もあるがそれで経営が続く
   と思えない。経験ない経営な
   ので広告で補うしかないと決
   めた。従来はほとんどの会社
   がY新聞に3行広告で月に4~
   20回位出している。それが
   メインだが、それだけでは弱
   と思いいろいろ調べていると
   飲食系の月刊誌が目につき問
   居合わせると1/3ページ記事
   中が価格が適当だった。それ
   とNスポーツ紙の中古品買い
   取コーナー欄があり月ぎめで
   毎日掲載で格安欄があった。
   A新聞系列だ。不動産は掲載
   不可だったが造作は動産であ
   り粘って交渉していたら部長
   さんが来社し、要請文をかい
   て提出すると時間はかかった
   が許可が下り、結果的にこの
   広告が開業当初の物件収集に
   ちからを発揮してくれて助か
   った。合計月額50万円位の予
   算でかなりの負担だが半年間
   だけと決め予定した。
   

 

        23.宅建業の申請   
   事務所も決まり、会社設立等
   すべてが完了し、いよいよ宅
   建業の申請。すぐに営業でき
   るように1000万円を供託し
   同時に協会に入ることによっ  
   て供託金を取り戻す方法で進
   めた。協会入会に200万ほど
   かかり差し引き800万円の返
   却になり、とりあえず運転資
   金に回した。1989年(平成
   元年)6月の中旬の宅建免許
   交付が決定し、少し時間が
   あるので不動産歩合営業中
   に知り会ったた営業マンや
   お客さんに独立開業の挨拶
   をしまくった。例の秋葉原
   喫茶店のマスターに早速挨
   拶に行き、造作売却の専任
   媒介契約を結んだ。第一号
   である。
   
      

   22.秋葉原に決定  
   秋葉原電気街は不動産業には
   馴染まない雰囲気がある。そ
   れに階段の5階だ。何人かに
   相談してみたが全員反対だ。
   でも、何か秋葉原に魅力を感
   じるし、広告反響を主体とす
   るので階段は問題ないと思う
   。人通りもあるし、立地は良
   い。それと小さい坪数の事務
   所はなかなかない。ここを借
   りることに決定した。早速、
   個人契約で会社設立時、法人
   契約に名義変更で出来る特約
   付きでお願いした。予定通り
   すんなりと進み、賃貸人は都
   心に10棟ほどビルを所有して
   いる2代目で、宅建業も持っ
   ている。独立開業ということ
   いろいろ親切にしばらくは物
   件も紹介してくれたりした。
   秋葉原に決めたことがのちに
   幸運をもたらすことは想像も
   してなかった。
   

   21.事務所内見する  
   電気街の裏通りといっても人
   通りはある。その一角に「
   事務所募集」の張り紙があっ
   た。5階とあったので登って
   みた、階段である。階段は広
   く上りやすい一番上の階であ
   った。とりあえず電話してみ
   ると条件が結構高いのだ、そ
   のかし満額であれば業種は問
   わない、そう借りられるのだ
   。内見の予約を取ってビルの
   前で30分ほどで,スーツ姿の
        営業マンが声をかけてきた。
        なんでも水道橋で親父が開業
   した不動産で今見習い中であ
   るという。
   「仲間だ」、中に入って窓か
   ら覗くと電気街の景色が一望
   出来る。「何をやるのですか
   」「店舗専門の不動産です」
   「面白そうですね」
   「よろしくお願いいたします
   」申込書をもらって別れた。
   

         20.居抜き物件の依頼
   営業続けながら事務所探しを
   続け、お客さんや同業者に独
   立希望の話を伝えた。結構協
   力的であった。いろいろな事
   を教えてもらった、有難い事
   である。それと秋葉原の電気
   街で喫茶店を長年経営してい
   るマスターがそろそろ引退し
   たいので独立したら任せるか
   らと、れしい予約をもっらっ
   た。時々顔つなぎでその喫茶
   店でお茶を飲んだ。帰り際に
   秋葉原を散策した。電気製品
   や部品屋さんにはお客さんが
   沢山いてにぎわっている。雑
   多な街である。裏通りに回っ
   見るとやはり部品屋さんや色
   な店が並んで適当に人もいた。
   

   19.事務所探し    
   歩合制営業を続けながら拠点
   となる事務所探しを始めた。
   いろいろ情報探しているうち
   不動産の事務所の立地は営業
   形態や成績に関係あるの、と
   いう問題だ。店舗専門という
   業態だと地域密着でなくある
   程度広い地域を扱う必要があ
   ると思われが、どこでもとい
   うわけににはいかない。やは
   り名刺の所在地は中央がいい
   と、思うし中央区より千代田
   区のほうがなじみがある。神
   あたりが無難か。神田・御徒
   町にふさわしい物件を見つけ
   内見して申し込みを入れた。
   意外や断られた。不動産業は
   あ好まれていないらしい、ま
   して仲介している地元の不動
   産屋が歓迎する訳もない。結
   構事務所探しも手間がかかる
   かも知れない。
         

    18.独立実行    
   宅建が合格になったのでつい
   に正式に独立を決意、ただ当
   時はバブル中の1988年なの
   で世の中金回りが良かった。
   周りも浮いていたので特に注
   目に値しなかった。歩合給で
   働いていたので時間はとれ早
   速金融機関と行政書士に依頼
   した。地元の信用金庫と都銀
   に訪問、都銀は少し慎重で希
   望額より少なめな提案をうけ
   た。
   地元の信用金庫は口座も持っ
   いることとこちらの事情をあ
   程度把握していた。さすがで
   ある。希望額が了承されて実
   行が決まった。簡単である。
   

   17.民間委託に救われる  
   試験前日、最後の予想問題で
   50門中41問正解、先輩の話
   では安全圏と言われたが民法
   弱かったので少し不安だった。
   試験当日終了後門前で解答速
   報を売っていた。喫茶店に確
   認のため入るとそれらしき人
   が複数いた。正解33問、不安
   がよぎる。ギリギリなのだ。
   発表までの間、宅建試験が民
   間委託になった年なので問題
   傾向が少し変わったので平年
   より難しかったので合格ライ
   が下がるといううわさが流れ
   た。特に学校で学んだ人の成
   績が問題あると聞いた。31問
   で合格とうわさが流れた。果
   たして、合格になった。うわ
   さは本当だった、世間という
   ものこんなもんなのだ。
   

   16.宅建試験迫る      
   複数の店舗中心の不動産会社にお世
   話になり、どこでも契約は問題なく
   とれた。問題は物件の取得である。
   これが解決できれば先行きは明るい
   。当時の状況は、新聞広告で「求む
   」がメインのようだ。そこで広告出
   身なので自分なりの発想で広告費を
   惜しまずにチャレンジしようと決め
   た。そうこうしているうちに宅建の
   試験が近づいてきた。予想問題で3
   0~35問の正解率、少し足りない。
   10日間で5問UPのために少し集中
   が必要だ。試験まで仕事を休んで絶
   対に今回合格の意思を決めたのでや
   るしかない。
   

   15.経験を積む      
   5月の中旬から新しい不動産会社で
   一生懸命営業と知識やノウハウを学
   びながら宅建の勉強に精を出した。
   いろいろな仕事を経験した営業マン
   との会話は楽しかった。仕事は広告
   反響客の案内と追客で何処もそんな
   変わらなかった。ただ一社だけ造作
   売買において売り主から一度買い取
   った形をとって買主に転売、いわゆ
   る中間省略的手法で利益を出してい
   会社もあった。もちろん顧客がつい
   手からの買取でリスクはない。この
   方法は完成させれば面白いとその時
   思った。
  

         14.面接        
   毎日。帰り際に喫茶店、職場近で
   一カ所、途中で一カ所、計3時間宅
   建の勉強始める。分厚い宅建の知
   識という本を読み始めてみたが中
   々効率が悪いし飽きてしう。友人
   忠告で6年分の問題集をこなした
   方が効率よいと教えてもらい、早
   速試してみたら、なるほど理解し
   やすいので、助かった。その後に
   参考に宅建の知識を読むと理解が
   深まった。一方、経験を積むため
   店舗中心の不動産会社を調べてみ
   た。資料は不動産会社の広告だ、
   当時はネットがないので調べる資
   料がないので、広告の出す回数を
   目安に順に電話して面接をお願い
   した。広告媒体は読売新聞の求人
   欄の横に数行広告を入れる欄があ
   り、それと月刊誌の1ページ広告
   だった。10社ぐらい常連の会社
   があり、とりあえず面説に行き
   結構簡単に採用になった、もち
   ろん歩合給で経費は自己負担。
      

   13.早すぎる       
   連休中に相談相手の忠告で一番多
   かったのは、「早すぎる」もっと
   経験してからのほうがうまくいく
   ということだった。確かにそのと
   おりであるが、タイミングはグッ
   ドなのだ。年齢・社会性・ニッチ
   な市場性・銀行の借り入れ等、今
   動かなければ二度とない機会と勇
   気が逃げてしまいそうだ。でも心
   配しての忠告にも感謝し、答えな
   ければならない。そこで、忠告の
   答えとして、独立まで、店舗中心
   の不動産会社に面接して、使って
   もらって勉強することで返すしか
   ない。早速行動に移った。
   
   

   12.独立の準備     
   早いもので入社3カ月が過ぎよう
   としている。広告反響を拒否し
   て、3カ月で申し込み11件その
   うち9件契約、一件は賃貸人の
   事情で不成立、もう一軒は申込
   人が契約当日の朝、キャンセル。
   いろいろ経験できたし、反響帳
   のみの営業で自信がついた。間
   なく5月の大型連休だ。連休中
   できるだけ知り合った不動産の
   先輩や級友と会うことで自分の
   位置・意思・計画の確認を行っ
   た。
    ①1年後の6月に不動産業開店
    ②宅建試験今年の10月の試験
     で合格目指す(受からない
     場合は独立しないつもり)
    ③店舗専門とする
    ④最低3人又は5人体制
    ⑤資金は銀行借り入れとする
     (当時はバブル最盛期で金
      融期間は積極的に融資し
      た)
    

   11.目標が見えてきた 
   その後も専用反響帳で電話をか
   け続けた。流通機構に広告され
   ている物件も紹介し、案内アポ
   が適当にとれ順調に進み、営業
   とも交流が進みいろいろ目標が
   見えてきた。不動産の中でも店
   舗専門の会社は珍しく独特な仕
   事だ。以前、広告代理店で働い
   ているとき神田のレストランが
   まだ新しい内装を解体している
   現場を目撃して「もったいない
   」と、思った記憶がある。いわ
   ゆる原状回復だ。内装を次の人
   が引き継いでくれれば辞める人
   も始める人もどっちにも役に立
   つ、社会的に意義のある仕事だ。
   そう思うと、益々燃えてくる、
   しかもライバルが少ない。
   それと、10月に年1回の宅建の
   試験がある、今から勉強すれば
   どうにか間に合いそうだ。
   

   10.広告反響断る   
   入社遅れの罰則、広告反響1ヵ
   禁止の解除到来だが、社内の
   風当たりが良くないので考え
   た末、専用反響帳でしばらく
   は大丈夫と判断して半年間の
   延張を社長に申し出ると、そ
   れは、良いことだ素晴らしい
   判談だと褒めら感謝された。
   その効果は、間もなく現れた。
   営業マンから帰りに声がかか
   って一緒に飲むようになった
   のだ。いろいろな業界や社長
   の話が聞けた。中には一緒に
   独立しょうという相談まであ
   った。
   

         9.  反響帳を追いかける 
   翌週からまた、新たに反響帳
   を追いかけまくった。毎日1
   00件以上かけているうちに自
   然に自分専用の反響帳が出来
   上がった。しかも今探してい
   新鮮なお客さんだ、つまり、
   良客だけの反響帳の出来上が
   りだ。1カ月もすると過去の
   反響帳すべた当たりつくして
   、100名ぐらいの新鮮反響帳
   が自分専用になった。すると
   間もなく、他の営業マンから
   クレームがついた古い反響帳
   を独占するなと。社長に呼ば
   れて、そのことを告げられ、
   従来の反響帳はみんなで共用
   することとなったが後の祭り
   だ。
   
      

         8.  連続申し込み受ける 
   店舗内見終え外に出るとお客
   さんが「打ち合わせしよう」
   と、改めてルノアールに入っ
   た。コーヒーを頼む。
   「喫茶店の造作買って、新規
   らーめんの内装をするのです
   か」「そうだよ」
   飲食店舗では良くあるという。
   いい経験をした、なぜなら物
   件の顧客の対象が広がるから
   名簿がさらに生きてくる。
   申し込み金20万円預かり例の
   ごとく、名刺に書き添えた。
   ついている、連続の申し込み
   だ。
   

   7.らーめん希望者の内見 
   2日後の14:00神田駅前でら
   ーめん開店希望者と待ち合わ
   せ。
   「車じゃないの」
   普通店舗内見案内は車で行く
   のが普通だったが都内は電車
   のほうが楽なのそうしてもら
   ったら他の社員が笑っていた
   。やっぱり車案内が常識らし
   い。
   駅近の路地裏の古い一戸建て
   一階の喫茶店にお客さんと入
   った。
   「業種も設備も問題ありませ
    ん」と、報告。
   お客さんは客席が何人とれる
   目で店内を追っている。気を
   使ってコーヒーをお代わりし
   てくれた。
   


         6.初 申し込み    
   内見後、駅までゆっくり歩き
   ながら商店街をゆく、当時の
   商店街はまだ元気であり活気
   があった。
   「そこのケーキセットでも食
   べながら相談したいんですが」
   テイクアウトのケーキ屋さん
   隅に6席ほどの席があり誰も
   いないのでゆっくり会話がで
   できた。造作代の交渉と趣味
   の人形を展示して販売や教室
   を開いて技術指導をし。休日
   の日を利用したら面白いです
   ねの提案が気に入ったらしく、
   会社に電話入れて造作代の交
   渉額の確認を取り預り金10万
   受け取った。
   名刺の裏に「申込人の途中撤
   回は、手付金の性格となりま
   す」と書くことになっている。
   厳しいのだ。
   
   

   5.初内見      
   品川区内の私鉄沿線の駅前に
   待ち合わせ時間にぴったりに
   30歳代の女性客が来た。初め
   て喫茶店を開くという、趣味
   は人形作りで小さいときから
   続いているらしい写真を見せ
   てくれた。中々な腕前だ。間
   もなく目当ての喫茶店前に着
   き営業中なので客のふりをし
   コーヒーを頼んだ。10年ほど
   営業してるわりにはこぎれい
   だった。そのまま店名を変え
   れば開店できそうだ。
   

         4. 業種替え
   らーめん開業希望者が気にな
   った物件は神田駅前の路地裏
   の喫茶店の古い木造の一階で
   35年営業している店舗だ。
   「喫茶店で造作代が350万円
    ついていますよ」
   「いいんだよ、自分で解体し
    らーめん出来るように改装
    するから」
   最初は意味が分からなかった
   。同業種しか引き継がないと
   思ってたので解体改装してま
   物件を取りに行くなんて思っ
   ても見なかった。
   「家主がらーめん店OKかだ
    け確認をしておいてくれ」
   
   

         3.初アポ       
   翌日から古い反響帳で順番に
   客に電話をかけ現状を聞きな
   ながら物件の紹介をした。留
   守が多く中々紹介ができない 
   。紹介できる物件は10件、喫
   茶店2件・レストラン3件・居
   酒屋3件・中華1件・カレー1
   である。午前中50件電話して
   一人会話ができ結構長い時間
   話ができて、結果的には物件
   を見ることになり、予約が取
   れた。あまり押し付けない話
   し方が素人ぽくて安心したの
   かもしれない。初アポだ。
   少し面白くなり午後からも電
   話をかけまくった。その中で
   らーめん開業希望の人が、
   「紹介できる物件順番に教え
   えろ」と、言ってきたのでそ
   のとおりに10件紹介した。神
   田の15坪の物件が気になった
   らしく詳しく聞いてきた。
          
  

   2.営業開始       
   翌日出社すると、机の上にノ
  -トが2冊置いてあった。反響
  帳と書かれてある。中を捲ると
  名前や希望業種、電話番号等が
  日付順に羅列してあり葯2年分
  の広告反響帳だった。この反響
  で追客し契約まで持ち込めとの
  社長からの指示だった。しばら
  くほかの営業の様子を見ている
  と室内で静かに自分のノートを
  見ているだけで、外出する気配
  はない。間もなくその理由が分
  かった。今日は広告が入ってい
  て反響待ちだったのだ。案の定
  間もなく複数の電話が入り在宅
  営業マンに順番で電話を回すの
  だ。3日遅れの罰則で1カ月間反
  響が回らないことの重大さが身
  にしみてわかった。
                
           

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