goo

和歌山のマンゴー  有田中央高校

2012-08-27 | 街角の話し
2010年、完熟マンゴーのおいしさと送って頂いた喜びをブログにしました。

ブログはここ 和歌山県 有田産の完熟マンゴー

3男の奥さんの実家のお父様が、ブログを読んで、今年予約をして頂いていたようで
届けて頂きました。
感謝 感激ですね。ありがとうございました。
早速頂きました。今年も甘い。
ますます マンゴー大好きになります。




有田中央高校、わが青春時代には 吉備高校という名前でした。

*ポチッとクリックし、投票していただけると嬉しいです。*
日記@BlogRanking

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

大阪城 城灯りの景(しろあかりのえ)

2012-08-27 | 街角の話し
2009.8.22に初めて行ったが、今年で12回目らしい。

平成24年8月25日(土)・26日(日)17時~20時30分

前回のブログはここ大阪城 城灯(あか)りの景(え) 

やはりこの光景が素晴らしい。




西の丸庭園からはこんな風景も見れます。



「天空の大阪城」

雲に見立てたろうそく行灯。その奥に見える大阪城天守閣が、まるで、天空にそびえ立つ城を彷彿させる。という仕掛けのようです。



まだまだ明るい西の丸庭園。すごい人・人です。

まるで花見の時の西の丸庭園(笑)みたい。何年間前を思い出します。
小さい子供たちが、元気に飛び回っています。




天守閣の上を、飛行機が煩雑に飛びます。まるで赤トンボのように・・・




西の丸庭園では、「大阪的グルメグランプリ」が開催されています。
こだわりの逸品をもつ大阪の飲食店約50店舗が集結し、真夏のこの2日間、屋台形式の料理で、″大阪的グルメナンバー1″をめざします。フードは全てワンコイン(500円)

何を食べるか迷いますね?
次のを買って食べました。

たこ焼き餃子丸のたこ焼き
炭火焼 寝床の うなぎそぼろコロッケ
神田川 肉まん

グランプリには、神田川様、大阪市長賞​には、泉州かしみん焼 はこ様 社団法人大阪青年会議所​理事長特別賞は、もつマニア様になったようです。

神田川の肉まんはおいしかった。会場では神田川俊郎さんをお見かけしたから、力の入れようも違うのかな?「大阪的な・・・?」「的な?」



夕闇迫る大阪城

夕闇迫る中、大阪城を眺めているのもいいものですね。

*ポチッとクリックし、投票していただけると嬉しいです。*
日記@BlogRanking

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

サルスベリ 京都大和大路通

2012-08-23 | 街角の話し
京都国立博物館から京阪七条駅に戻るときに「大仏前交番所」がある。
ちょうど、その前の通りを大和大路通と言い、今、街路樹のサルスベリが元気である。
現在工事中だが京都国立博物館の正門がある通りだ。

サルスベリ(百日紅=ヒャクジツコウ)

今年の開花は少し遅かったようですが、今は満開です。
花言葉は敬愛、潔白 雄弁 不用意


ここ京都大和大路通りでは、区民の誇りの木に選定されているようです。
近所でも良く見かける樹ですが、こんなにたくさんの色が揃っているのは珍しいですね。















なんで大仏前なの・・と思う京都に詳しくない方のためには、こちらをご覧下さい。

太閤の夢の跡

*ポチッとクリックし、投票していただけると嬉しいです。*
日記@BlogRanking

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

大出雲展 京都国立博物館

2012-08-19 | ア-トな話し
京都国立博物館の前の案内板はいつもながら立派である。
いつもこの前で記念写真を撮ることにしている。
暑い毎日のなか、きっと空いているだろうと思って出かけたが、満員だった。

現存最古の歴史書である『古事記』に、スサノヲが「八雲も立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を (やくもたつ いづもやへがき つまごみに やへがきつくる そのやへがきを)」と詠んだと記す出雲の国。

本展は、古事記編纂1300年、そして2013年に約60年ぶりで行われる出雲大社大遷宮を機に、出雲の古社、そして関わりの深い古寺の宝物と、出雲の重要遺跡から出土した品々を一堂に紹介する空前絶後の展覧会。


ポイントは2つある。『古事記』に語られる神話の中で、出雲は重要な位置を占めていると言われています。そもそも古事記とはどのような書物で、そこに記された神話はどのように成立したのか。

一方『日本書紀』が語る有名な国譲り神話。天孫に国を譲った代償として、大国主命を祀る高く広く大きい天日隅宮あめのひのすみのみや、すなわち出雲大社が造営されたといいます。実際に発掘された巨大神殿の柱や遷宮で降ろされた部材なども公開し、創始から中世にいたる壮大な出雲大社を偲ぶ。

2009年10月に出雲大社に参拝しました。参拝記はここ




今回の図録です。333ペ-ジというボリューム。ずっしりと重いです。

古代出雲大社復元模型

古代の出雲大社の壮大さが伺える模型です。1/10模型です。
図録の裏面はこの写真です。そして会場内唯一の撮影可能場所です。
残念ながらカメラはロッカーに入れていたので携帯電話でフラッシュなしの撮影では、いい写真になりませんでした。
以前に出雲に行った時に島根県立古代出雲歴史博物館で見ました。




袈裟襷文(けさたすきもん)銅鐸(国宝) 島根・加茂岩倉遺跡

加茂岩倉遺跡から出土した39個の銅鐸は、一カ所からの出土としては全国最多です。全国で約470個余り出土している銅鐸のうち、合計50個もの銅鐸が出雲から出土していることとなり、古代出雲を知る上で大きな示唆を与えてくれると思われます。出土した銅鐸は弥生時代中期ごろに作成された古い形式のものと、新しい形式のものとがあります。
会場にも、これだよとばかりに多数展示されています。
圧倒されますね。神話の出雲が古代出雲になります。

平成8年10月14日、島根県雲南市加茂町岩倉の農道工事現場より発見。
平成20年7月に国宝に決定

見る物が多い中、心に残ったものもたくさんあります。



須恵器 子持壺 山代二子塚古墳 古墳時代のもの

肩にある小物の壺 四角形、三角形のスカシ。
現代にも通じるデザイン感覚だと、自分で感心してます。いい作品ですね(笑)

国宝の古事記、日本書紀も展示されています

展覧会は2012.10.10~11.25まで東京国立博物館で展示されるようです。

*ポチッとクリックし、投票していただけると嬉しいです。*
日記@BlogRanking


goo | コメント ( 1 ) | トラックバック ( 0 )

蝉を撮る 2

2012-08-11 | 街角の話し
今年は偶偶セミを撮る機会に恵まれているようだ。
これは自宅の玄関の松。
3匹同時に撮れたのがうれしい。しっかり鳴いていました。
蝉を撮る」はここです。

セミは、卵→幼虫→成虫という不完全変態をする虫。

成虫期間は1-2週間ほどと言われていたが、これは成虫の飼育が困難ですぐ死んでしまうことからきた俗説で、野外では1か月ほどとも言われている

さらに、幼虫として地下生活する期間は3-17年(アブラゼミは6年)に達し、短命どころか昆虫類でも上位に入る寿命の長さをもつ。

鳴き声や鳴く時間帯は種類によって異なり、種類を判別する有効な手がかりとなる。たとえば日本産セミ類ではクマゼミは午前中、アブラゼミやツクツクボウシは午後、ヒグラシは朝夕、ニイニイゼミは早朝から夕暮れまで、などとなる。

夏に多いとはいえ真昼の暑い時間帯に鳴くセミは少なく、比較的涼しい朝夕の方が多くの種類の鳴き声が聞かれる。

そういえば、朝出勤時が多いように思いますね。

閑さや岩にしみ入る蝉の声(しずけさや いわにしみいる せみのこえ)
は、松尾芭蕉が元禄2年5月27日(1689年7月13日)に山形市立石寺に参詣した際に詠んだ発句として有名です。

蝉の声が煩いのか、静かなのか。

岩にしみ入蝉の声は現実の音、
一方、「閑さや」は心の世界という次元の異なるものの取り合わせ。

「岩にしみ入蝉の声」という現実の音をきっかけにして芭蕉の心の中に静寂な世界が開けた。それが「閑さや」という言葉になった。

あたりで鳴きしきる蝉の声を聞いて、芭蕉の中にしんと静かな世界が広がった。
そこで芭蕉が感じた静けさはもはや現実の静けさではない。蝉が鳴こうともびくともしない、宇宙全体に水のように満ちている静けさ。立石寺の山上に立った芭蕉は蝉の声に耳を澄ませているうちに、現実の世界の向こうに広がる宇宙的な静けさを感じとった。
「閑さや」の句は宇宙的なスケールの句である。

そんな感じで聞いてみると、蝉の音も心静かに聞けるものですね。

*ポチッとクリックし、投票していただけると嬉しいです。*
日記@BlogRanking

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

桔梗 金熊寺

2012-08-10 | 街角の話し
彼岸でお墓参りに行ったところお墓のある金熊寺(泉南市)で桔梗に出会った。
本堂の近く。

桔梗は秋の七草の一つである。秋の七草は以下の7種の野草のことである。
おみなえし 女郎花
おばな 尾花(ススキのこと)
ききょう 桔梗
なでしこ 撫子
ふじばかま 藤袴
くず 葛
はぎ 萩
桔梗は絶滅危惧種であり、どこでも見かけるという花ではないが、清楚な感じが大好きなので結構見に出かけている。

2006.8 奈良 円成寺(えんじょうじ) 運慶作国宝大日如来座像で有名 ここ
2007.6 京都妙心寺の塔頭のひとつ、「退蔵院」 ここ 白い花もある
2007.7 奈良 元興寺(がんごうじ) ここ
2008.8 京都 廬山寺(ろざんじ)紫式部邸宅遺跡で有名 ここ
2011.6 京都東福寺塔頭 天得院 ここ


そして、今年は我が家の菩提寺 金熊寺で出会った、今年のお彼岸は父の月命日の日にお参りすることが出来た。
桔梗も、そのお蔭かも知れない。

*ポチッとクリックし、投票していただけると嬉しいです。*
日記@BlogRanking

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

暑中見舞い オリンピックバージョンにチャレンジ

2012-08-06 | チャレンジの話し
パナソニックがオリンピック協賛として「号外marker」というソフトを提供している。
誰もが簡単に、スポーツ新聞風の号外らしき物を作れるソフトである。
ここ

マエッチBさんが担当しているスワンホールの日記に載っていました
ここ

暑中見舞い以外に結婚や、出産、感動や、勝利 ワイルドだ!などなど、いろんなテーマが用意されているのも楽しい。

孫の写真を使って「超かわいい」というテーマでも作ってみました。

お孫さんがおられる方には、おすすめですね。記念になりますよ。
A4 サイズの紙に印刷すると立派な号外の出来上がりです。


kazu_san(13)はホ-ムペ-ジをアップした最初が1999年1月です。
そこから kazu_sanも13歳になりました。
感謝!! ありがとう は、その気持ちです。

お中元 待ってるぜ は元々のデザインです。待ってませんから安心してください(笑)

写真は去年の
第59回岸和田港まつり花火大会の分です

*ポチッとクリックし、投票していただけると嬉しいです。*
日記@BlogRanking

goo | コメント ( 2 ) | トラックバック ( 0 )

明恵の故郷(和歌山県有田町)

2012-08-05 | 街角の話し
明恵大橋の明恵上人の銅像

紀州が育んだ偉大な明恵上人


明恵上人は和歌山県は有田の生まれです。
承安三年(1173)の生まれですから平安時代の終わり頃である。
父は平重国という武士で、母は有田の豪族湯浅宗重の娘だった。
上人八歳の正月、母は病気で亡くなり、その年の九月、父は関東の戦いに出陣して戦死した。そこで伯母に養われることになり、田殿(吉備町)の崎山(大師山)に移った。そして翌年出家を志し、京都高尾の神護寺に居る伯父の上覚上人を頼ったのである。
 
二十三歳の時には立派なお坊様になられていたが、静かな山中にこもり、尚一層の修行を重ねたいと数人の弟子をともない、有田に帰ってきた。始めは西白上(有田郡湯浅町栖原)東白上(栖原)で修行し、つづいて筏立(歓喜寺)、糸野と修行を重ね、三十四歳の時京都に帰られたのである。以上有田での修行地七ヶ所に誕生地を加え、八所遺跡として史跡に指定されている。
 
京都に帰られた明恵上人は後鳥羽上皇より、栂尾の十無尽院を賜り高山寺を建立した。明恵上人は新しい宗派を興さなかった。が、釈迦仏教を研究され、書き残された教典などから、日本仏教界最大の高僧と言われている。尚また私たちにお茶を飲む効用を教えてくれたのも明恵上人である。
 明恵が生きた時代は、我が国の歴史において重要な転回点となった時代であった。それまで続いてきた天皇を中心とし、それを取り巻く公卿たちによって行われてきた政治が、武士の行う幕府へと移ったときである。一方、思想界においても大きい変革が生じた。明恵の生きた時代の前後、約一世紀たらずの間に、法然、栄西、親鸞、道元、日蓮、一遍という、我が国の仏教思想を語る上において決して無視することの出来ない名僧たちが、それぞれの新しい思想をもって活躍するのである。政権が天皇から武士へと移ってゆく流れに沿うように、それまでは天皇をとりまく上流社会のものであったと考えられる仏教が、はっきりと民衆の心のレベルまで根をおろした―それだけに、それにふさわしい変貌を必要としたが―時代であった。


道の駅 明恵ふるさと館


地元で採れた野菜や果物、特製の天然酵母パンなどを販売しています

アイスクリームがおいしかった(笑)



明恵上人 吉原遺跡





明恵上人 吉原遺跡の石碑

ふるさとのやとには  ひとり月やすむ
  をもふもさびし  秋のよのそら

碑の歌は栂尾の高山寺に残された上人御自筆の御詠草によるもの。



歓喜寺(かんぎじ)
和歌山県有田郡有田川町(旧金屋町)にある浄土宗の寺院。山号は聖聚来迎山。

明恵上人生誕の地


有田には、他にも面白いところが多いが。



吉祥寺薬師堂(国指定重要文化財)



変わった装飾ですね。
拝観出来れば、「世界一キュートな仏像」にお会いできたのですが--看板によると---
拝観は予約がいるようなので、次の楽しみにしておきます。



*ポチッとクリックし、投票していただけると嬉しいです。*
日記@BlogRanking

goo | コメント ( 0 ) | トラックバック ( 0 )

あらぎ島(蘭島)

2012-08-04 | 街角の話し
以前から行ってみたかった、あらぎ島。ようやく行ってきました。
三男の嫁さんが地元の有田の育ちということもあり、いつか一緒に行きたいねと話してましたが、三男が下見に行ってくれて、ようやく達成しました。
いつ行くか?天気が良く、田が美しく映える時という難しい注文でした。



あらぎ島(あらぎじま)は、和歌山県有田郡有田川町清水にある水田(棚田)の通称名。

正式には嶋新田と称するが通称名の方が知られており、有田川町ウェブサイトでも『あらぎ島』で案内されている。

漢字では蘭島と記すが、ひらがなの あらぎ島の方が有名。


農林水産省の『日本の棚田百選』
地球環境関西フォーラムの『関西自然に親しむ風景100選』
和歌山県観光連盟の『和歌山県朝日夕陽百選』に選定されている。

カメラを縦にしても撮って見ました。


たまたま現地で出会ったカメラ好きな人が「雲が面白い形になるのを待ってる」と言われてましたが・・・・分かるような気がしますね。

有田川町清水の有田川沿岸。川がΩ字に曲がりくねった、典型的な穿入メアンダー地形の内側が舌状の台地となり、大小の水田54枚が階段状の扇形に形成されている。全体の面積は約 24,182 平方メートル(7,315坪)。

現在休耕田はなく、すべての水田が地権者により継続的に耕作されているというのが素晴らしいですね。

高野山-標高1,009mを水源に、西へ流れる有田川は途中いろんな風景を楽しませてくれる
延長94 km。 有田市港町で紀伊水道に注ぐ。
あらぎ島までのドライブ途中はアッチコッチ寄り道しながらのんびりと・・・・



有田川に架かる橋。橋の名前は分かりませんでした。
和歌山県有田郡有田川町大字川口です 感じのいい橋です。乗っても揺れないしっかりした橋です。地元のおばさんが自転車で渡って行きました。


鮮やかな朱色の橋。蔵王橋。全長約160m。下は二川(ふたがわ)ダム湖です。

二川(ふたがわ)ダム

ダムの下流から

あらぎ島は棚田だけでなく、ひまわりや


かかしもありました。



*ポチッとクリックし、投票していただけると嬉しいです。*
日記@BlogRanking


goo | コメント ( 2 ) | トラックバック ( 0 )