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近くの散歩11 和泉市いずみの国歴史館

2023-11-30 | 街角の話し
和泉市いずみの国歴史館
桃山学院大学内の景色です
いずみの国歴史館は和泉中央駅から桃山学院大学に向かって歩いて行っても行けます、
車で行っても宮の上公園内にあります。

常設展「和泉史-ひとのくらしのもの語りー」
考古資料、古文書、民俗資料を展示。

岩宿(旧石器)時代から現代までの和泉市の歴史







いずみの国歴史館の風景
もう秋も終わりかな

近くの散歩
近くの散歩10 泉佐野ふるさと町屋館(旧新川ーにいがわー家住宅)  ここ
近くの散歩9 貝塚市民図書館 ここ
近くの散歩8 道の駅みさき 夢灯台 ここ
近くの散歩7 国華園 二色の浜店 ここ
近くの散歩6 和泉リサイクル環境公園 ここ
近くの散歩5 貝塚市立自然遊学館 2023-10-20  ここ
近くの散歩4 大木の里コスモス園  泉佐野市 2023-10-12  ここ
近くの散歩3 青木松風庵 月化粧ファクトリ工場見学 2023-09-20 ここ
近くの散歩2 歴史館いずみさの 2023-09-09  ここ
近くの散歩 貝塚市歴史展示館 2023-08-19  ここ
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南大阪のお寺めぐり

2023-11-28 | 街角の話し
「京都や奈良もいいけれど、まずは地元から」をコンセプトに南大阪の57寺を紹介した「南大阪のお寺めぐり」が今秋出版された。昨年出版の「南大阪の神社めぐり」の第2弾。
これはトヨタのお店で観ました

隠れキリシタンの祈りを擁護した寺で光背に十字架を取り付けた小さな阿弥陀如来像がまつられている阿免寺(あめんじ、来寺の前は要事前連絡)、日本最初の大黒天出現霊場といわれる大黒寺、ツツジの名所の法雲寺など知っているようで知らない地元の寺を全ページカラーで紹介。

また、参拝がてらの立ち寄りにぴったり「寺チカぐるめ」として寺から徒歩10分以内のおすすめの店や、南大阪にあるおいしい店も掲載。「南大阪の神社仏閣の魅力を再発見してもらえたら」と出版元代表の小田原大輔さん。
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晩秋の紅葉

2023-11-27 | 街角の話し
晩秋とは、秋の終わりのことです。
秋の末や暮の秋とも言います。秋の期間は日本では細かく分けられており、晩秋は11月4日から11月25日までを指します。
今年は少し遅れているのかな

ピラカンサ




自由が丘公園


泉の森



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家康ゆかりの京をめぐる~伏見城・二条城・金地院~

2023-11-26 | 街角の話し
伏見城(京都府)
模擬大天守、小天守 模擬大天守、小天守
別名 桃山城、木幡山城
京都浪漫 悠久の物語|KBS京都
第113回 家康ゆかりの京をめぐる~伏見城・二条城・金地院~
観ました
私なりの思い出のホームページです

伏見城
伏見城(ふしみじょう)は、現在の京都市伏見区の桃山丘陵にあった日本の城。
歴史
豊臣秀吉の没後、正室の北政所は慶長8年(1603年)に後陽成天皇から「高台院」の号を勅賜されると、秀吉の菩提を弔おうと寺院の建立を発願し徳川家康もその建立を支援した。高台寺の創建地は、元々は黄金八丈の阿弥陀如来像(大仏)を安置する雲居寺の境内であったが、応仁の乱で焼失していた。

家康と高台院は、現在高台寺や塔頭・圓徳院があるこの地にあった岩栖院を南禅寺の境内に塔頭として移転させると、慶長10年(1605年)に高台院は実母である朝日局が眠る康徳寺(現・上京区上御霊馬場町にあった)をこの地に移転させて新たな寺院・高台寺を建立し、その境内を整えていった。また、高台院は高台寺の西側に自らの屋敷と甥の木下利房の屋敷を造営することとし、同年に伏見城にあった北政所化粧御殿とその前庭を移築して自らの邸宅・高台院屋敷とした。

高台寺(髙臺寺、こうだいじ)は、京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院。山号は鷲峰山(じゅぶさん)。本尊は釈迦如来。寺号は詳しくは高台寿聖禅寺と称する。豊臣秀吉の正室である北政所が秀吉の冥福を祈るため建立した寺院であり、寺号は北政所の落飾(仏門に入る)後の院号である高台院にちなむ。禅宗寺院であるとともに、秀吉と北政所を祀る霊廟としての性格を持った寺院である。元々は黄金八丈の阿弥陀如来像(大仏)を安置する雲居寺の境内であった。

霊屋(おたまや)の堂内装飾には桃山様式の蒔絵が用いられ、これを「高台寺蒔絵」と呼ぶ。他に北政所所持と伝えられる蒔絵調度類を多数蔵することから「蒔絵の寺」の通称がある。夜間拝観を京都で最初に行い始めた寺院である。
小生のブログ 高台寺は ここ

高台寺は、豊臣秀吉の正妻ねねが、夫の菩提を弔うために建立した寺。
開山堂に続く屋根付きの渡り廊下の途中にあるのは観月台(重要文化財)いずれも居城であった伏見城から移築した。

二条城

小生のホームページは ここ
東南隅櫓
二条城は、慶長8年(1603年)、徳川将軍家康が造営し、3代将軍家光により、伏見城の遺構を移すなどして、寛永3年(1626年)に完成。そして1867年 慶応三年に15代将軍の慶喜が大政奉還を発表したのもここであった。まさに徳川家の歴史に立ち会って来たと言える。
豊臣秀吉の残した文禄年間の遺構と家康が建てた慶長年間の建築と家光がつくらせた絵画・彫刻などが総合されて、いわゆる桃山時代様式の全貌を見ることができる。
寛永期に建てられた隅櫓が本来四隅にあった、天明8年の大火の際に2つが焼失し、今はこの東南隅櫓と西南隅櫓が残っているだけ。

金地院

南禅寺の塔頭の一つ、東照宮門。
以心崇伝の住坊。寺内に家康を祀る東照宮がある。この門は日頃は使われていない。
小生のホームページは ここ
金地院(こんちいん)
は、京都市左京区南禅寺福地町にある臨済宗南禅寺派の寺院。大本山南禅寺の塔頭。本尊は地蔵菩薩。江戸幕府の法律や外交を担った僧・以心崇伝が住したことで知られる。僧録司が置かれ、一塔頭寺院に留まらず江戸時代を通じて五山十刹以下全ての住職の任命権を持つ事実上の最高機関とされた。また10万石の格式を持ち、「寺大名」とも呼ばれた。小堀遠州作の庭が国の特別名勝に指定されている。

徳川家康の遺言による3つの東照宮のうちの一つがあり、江戸幕府による増改築が度々なされた。京都三名席の茶室がある。

以心崇伝像(狩野探幽筆)
応永年間(1394年 - 1428年)に、室町幕府第4代将軍足利義持が大業徳基(南禅寺68世)を開山として洛北・鷹ケ峯に創建したと伝えるが、明らかではない。

慶長10年(1605年)、徳川家康の信任が篤く、江戸幕府の幕政に参与して「黒衣の宰相」と呼ばれた以心崇伝(金地院崇伝)によって現在地に移され、南禅寺の塔頭とし、自らの住坊として再興された。

慶長15年(1610年)には駿河国・駿府城内に駿府金地院が、元和5年(1619年)には江戸城内北ノ丸に江戸金地院が開かれ、駿府と江戸における崇伝の活動拠点となった。

崇伝は元和5年(1619年)に幕府より僧録に任ぜられた。それまで相国寺塔頭鹿苑院院主が務めていた僧録職は以後、幕末まで金地院住持が務め、金地僧録と呼ばれて五山十刹以下の禅寺を統括する最高機関となった。そして、10万石の格式を与えられ、「寺大名」とも呼ばれる権勢を誇った。

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どんぐり 拾いました 熊取町 ロケット 公園

2023-11-24 | 街角の話し
ドングリあるいはどんぐり(団栗、無食子、英: acorn)とは、広義にはブナ科の果実の俗称[1]。狭義にはクリ、ブナ、イヌブナ以外のブナ科の果実[1]。最狭義にはブナ科のうち特にカシ・ナラ・カシワなどコナラ属樹木の果実の総称をいう]。

ドングリは、一部または全体を殻斗(かくと、英: cupule)に覆われる堅果であるが、これはブナ科の果実に共通した特徴であり、またブナ科にほぼ固有の特徴である。

ブナ科の果実には、「どんぐり」以外の固有の名称を持つものもある。クリの果実は「栗」もしくは「栗の実」と呼ばれる。「椎(しい)の実」、「楢(なら)の実」の語もある。ブナの果実は「そばぐり」と呼ばれることもある。
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第37回 泉南地区合唱フェスティバル

2023-11-24 | 街角の話し
泉南地区の合唱団19団体が出演
公演日:2023年11月23日(木・祝)
13時
会場:大ホール









17 ハミング・バード

  「あなたへのうた」より

  空のワルツ  栗原 寛 作詞  大藤 史 作曲 高橋 直誠編曲

 「おてんきのうた?」

  傘立てに   木坂 涼 詩   森山 至貴 作曲
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近くの散歩10 泉佐野ふるさと町屋館(旧新川ーにいがわー家住宅) 

2023-11-23 | 街角の話し
旧新川家住宅 中庭
たまたまお客様の為に用意した傘がいい雰囲気です

今回の散歩は旧新川家住宅です
車で行くには無理があります

旧新川家住宅(きゅうにいがわけじゅうたく)は、大阪府泉佐野市にある伝統的建造物(町家)。もとは18世紀末から同地で醤油業を営んでいた新川家(にいがわけ)の住宅であり、泉佐野市の指定文化財となっている。
入母屋造本瓦葺の町家建築であるが、木割が太く豪壮な農家風の部分もある。現在は泉佐野の町場活性化の拠点施設「泉佐野ふるさと町屋館」として、各種地域イベントに活用されている。邸内には江戸・明治期の商いや生活の様子を伝える展示がされ、町屋の暮しぶりを間近に見ることができる。


パンフレット








2012年と2014年は ひなまつり  見に来ました
 ここ



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秋です 皇帝ダリア

2023-11-21 | 街角の話し
皇帝ダリア 咲いています
愛彩ランドの近くです 毎年楽しみにしています

キダチダリア コダチダリア 英名Tree dahlia
コダチダリア(木立ダリア、学名 Dahlia imperialis)は、高さ8-10メートルになるダリア属の種で、メキシコ、中米、コロンビアの原産。
日本では学名を訳した「皇帝ダリア」等の別名でも呼ばれる。俗にキダチダリアと呼ばれることもある。

概要
高地・山地の植物で、標高1,500-1,700メートルの所に生育する。塊根を有する多年草で、冬期の休眠の後急速に生長し、脆く竹のような膨れた節のある四角形の茎と、大きな3回羽状複葉を展開し、地面近くの葉はすぐに日陰に入ってしまう。懸垂しまたは下向きに咲く頭花は直径75-150mmで、舌状花はラベンダー色または紫がかったピンク色をしている[1][2]。

本種は生長が速く、急激な生長は短日条件により起き、普通秋の最初の霜の下りる前に開花する。繁殖は種子、または少なくとも2節を持つ長さ30cm程の茎を土中に水平に置く挿し芽による[3]。



貝塚市 東山 の善兵衛ランド近くの民家も見事に咲いています




熊取町の図書館近くの銀杏も秋です



他にも秋が



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円成寺(えんじょうじ)

2023-11-18 | 街角の話し
円成寺
若一調査隊  円城寺
山号の由来
かつて奈良の東郊に「北大和五山」と呼ばれる五つの寺がありました。忍辱山円成寺、菩提山正暦寺、鹿野園梵福寺、誓多林万福寺、大慈山薬師寺の五つです。総じて平安時代に創建されたと考えられています。それらの山号は、釈尊出家以後、その成道に至る苦行修練の物語に由来しています。今日、当山及び菩提山正暦寺を除く鹿野園、誓多林、大慈山の三ヵ寺は廃絶し、地名にその名を残すだけとなりました。
忍辱山の「忍辱」とは、菩薩の修行すべき六つの徳目をあらわす菩薩行六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若)のひとつで、いかなる身心の苦悩をも耐え忍ぶというということを意味しています。
名勝庭園
円成寺でまず目に入るのが、楼門前に広がる美しい庭園です。平安時代末期に寛遍上人のころに造成されたと見られています。平安から鎌倉時代にかけて貴族住宅に流行した寝殿造系庭園に類似し、寺院としては阿弥陀堂の前面に広がる浄土式庭園として、奥州平泉(岩手県)の毛越寺庭園とともに貴重な遺構です。
苑池中央と西には中島があり、かつて中央の島には橋が架かっていました。
明治以降、池と伽藍地の間に県道が走り、その景観を著しく損なっていましたが、昭和36年(1961)県道を庭園の南に移し、昭和51年に庭園の復元改修を施行、現在の美しい面目を回復しました。

私のホームページは ここ
寺名 円成寺(えんじょうじ)
山号 忍辱山(にんにくせん)
宗派 真言宗 御室派
所在地 奈良市忍辱山町

名勝庭園

お目当ての桔梗が迎えてくれる。
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近くの散歩9 貝塚市民図書館

2023-11-16 | 街角の話し
企画展「写真で見る昭和の貝塚」


貝塚市民図書館
水間鉄道「貝塚市役所前駅」のすぐ側にある”貝塚市民図書館”では、市民のみなさんの生涯学習・教養の向上に役立てていただけるように、資料や情報を提供しています
また、あかちゃんや、小さな子どもむけに設けた“あかちゃんえほんコーナー”もあります。そのほか、読書の機会を広めるため、いろいろな展示や行事を開催しています。

近くの散歩
近くの散歩8 道の駅みさき 夢灯台 ここ
近くの散歩7 国華園 二色の浜店 ここ
近くの散歩6 和泉リサイクル環境公園 ここ
近くの散歩5 貝塚市立自然遊学館 2023-10-20  ここ
近くの散歩4 大木の里コスモス園  泉佐野市 2023-10-12  ここ
近くの散歩3 青木松風庵 月化粧ファクトリ工場見学 2023-09-20 ここ
近くの散歩2 歴史館いずみさの 2023-09-09  ここ
近くの散歩 貝塚市歴史展示館 2023-08-19  ここ
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思い出の品 ーその15ーモディリアーニ風似顔絵 桃井あおい

2023-11-14 | 街角の話し
名刺のデザインとして今も使います
2008-04-26 国立新美術館 で開催されたモディリアーニ展 で
画家の 桃井あおい さんに描いて頂いた モディリアーニ風似顔絵です
似ていると他の人から良くいわれます


展覧会の特別イベントとして、「桃井あおい」プロが、モディリアーニ風似顔を描いてくれます。館内の喫茶コーナーでやってます。-毎日開催されているのではないようです。-

一人3分で描く、500円。


魅力ある謳い文句に釣られて(笑)私も描いてもらいました。

この作品はかなり時間がかかりましたが嬉しいです
桃井あおい さん 今も尊敬してます ありがとうございました



ブログは ここ

思い出の品 

思い出の品 ーその1 ー淡路島七福神めぐり 朱印状 ここ
思い出の品 ーその2 ー  如意輪観音 森脇聖淳 作  ここ
思い出の品 ーその3 ー あらぎ島(蘭島) ここ
思い出の品 ーその4 ー 雪の逆さ金閣 ここ
思い出の品 ーその5ー 水路閣 ここ

思い出の品 ーその6ー 馬川 亜弓 ここ
思い出の品 ーその7ー カワセミ ここ
思い出の品 ーその8ー 色紙 片岡鶴太郎 ここ
思い出の品 ーその9ー 色紙 赤星憲広さん ここ
思い出の品 ーその10ー 森俊雄さん作品 ふくろう ここ
思い出の品 ーその11ー 府川誠  作品 ここ
思い出の品 ーその12ー アンリ・マティス 「家に住まう沈黙」 作品 ここ
思い出の品 ーその13ー LEONARDO CAMEOS カメオ ペンダント Roma ここ
思い出の品 ーその14ー 「写蝶」のたのしみ―レンズのむこうに見えるいのちの不思議 中嶋/正人 ここ
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思い出の西本願寺

2023-11-12 | 街角の話し
西本願寺
第707回 京都・西本願寺 おとな旅|おとな旅あるき旅|テレビ大阪で放送してました

西本願寺(にしほんがんじ)は、京都市下京区本願寺門前町にある浄土真宗本願寺派の本山の寺院。
山号は龍谷山(りゅうこくざん)。本尊は阿弥陀如来。正式名称は龍谷山 本願寺、宗教法人としての名称は本願寺である。
本願寺住職は浄土真宗本願寺派門主を兼務する。真宗大谷派の本山である東本願寺(正式名称「真宗本廟」)と区別するため、両派の本山は通称で呼ばれることが多い。
京都市民からはお西さんの愛称でも親しまれている。
文永7年(1272年)、親鸞の廟堂として京都東山の吉水の地に創建された。その後、比叡山延暦寺から迫害を受けるなど場所は転々とし、現在地には天正19年(1591年)、豊臣秀吉の寄進により大坂天満から移転した

私のホームページ ここ

最初に参拝した時の参拝記はこちら 2004.2.8 ここ

飛雲閣

当時撮影したもの 

幻の「飛雲閣」
国宝であり、京都三名閣のひとつ。
内部は非公開、外観見学も特定日のみ。パンフレットには、そんな制限は一言も書いてない、パンフレットの地図を頼りにぐるぐる回って探したが見つからず。受付に戻って聞くと、最初の女の子は外観も見ることが出来ませんという回答。次の女の子は5月頃に見ることが出来る日があるはずですが..。
諦め切れずに(笑)ぐるぐる回って見つけました。
隣の興正寺の阿弥陀堂から上部を盗み見出来るのです。いい雰囲気の色合いの建物です。いつかきっちり見たい物です。


京都三名閣の一つ、国宝・飛雲閣を特別公開 西本願寺が12日から
テレビで見ました
最近の飛雲閣



 浄土真宗本願寺派の本山で、世界遺産の西本願寺(京都市下京区)が、秋の「京都非公開文化財特別公開」で、飛雲閣(ひうんかく、国宝)と書院の浪之間(なみのま)・太鼓之間(重要文化財)を特別公開する。開祖・親鸞(しんらん、1173~1262)の生誕850年を記念した取り組みだ。

 飛雲閣は、京都の幹線・堀川通に面した広い境内の南東隅にある。築地塀の門をくぐると、名勝庭園・滴翠園(てきすいえん)の奥に3層こけら葺(ぶ)きの楼閣が現れる。

 金閣、銀閣とともに「京都三名閣」と並び称され、左右非対称でありながら調和のとれた独特の姿が、滄浪池(そうろうち)に反射する。

 桃山~江戸初期の建築とされ、柱が細く障子が目立つ1層部分など、全体が軽やかで空に浮かぶ雲のようだとして、その名がついたといわれる。

 1層には主室のほか、池に面して舟の入り口もある。2層の戸板には三十六歌仙の絵が
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宍道湖の思い出

2023-11-12 | 街角の話し
島根県出雲市に 2009 年 10 月 21 日 行きました
オカリナの練習をする人宍道湖の荒波に、オカリナはぴったしです。

「光る湖面にオカリナの音」

宍道湖は波が騒いでいました。
雲の切れ目から日がさし、湖面が光っています。
オカリナの練習をする彼女は一心不乱です。
波の音に、負けまいとするかのように、オカリナの素朴な音が響きます。
スカートの裾の乱れが、風の強さを表しています。
出雲への旅の途次、立ち寄った宍道湖の畔。
宍道湖には、オカリナが似合う。
今も耳に残る。

エフェクト画像です。
こんなに水面に写っていたらすごいですね。



一畑薬師 一畑寺
参拝しました

写真
ここ


ご詠歌の石碑

目のくもり やがて晴れゆく 医王山 これぞ日本 一畑の寺
一畑寺の麓の村に与市という漁師がいた。
盲目の母親と二人暮らしであった与市は、ある日何気ないことから金色に輝く薬師如来を海中より引き上げた。
薬師如来のお告げにより、与市は、母親の眼病を治すために、千把の藁を身にまとい、近くの百丈が滝から飛び降りてお告げを実行しようとする。母親は、何とか思いとどめさせようと無我夢中で走り出す。
与市は飛び降り、千把の藁はバラバラになって転げ落ちていった。
与市の体に怪我はなく、我が子の身を案じて駆け寄った母親の目はしっかりと開いていた。
 
その後、与市は、この地を選び、四間四面のお堂を建てて如来をご安置し、自らは比叡山に上り出家をして名を補然と改めた。(開基の由来)

お寺の入り口に書いてありました。
ないものを欲しがらない あることを喜ばせていただく
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奈加美神社 なかみじんじゃ

2023-11-11 | 街角の話し
奈加美神社  大阪府泉佐野市中庄
以前に参拝しました
創建時代は平安時代初期。
奈加美神社の創建時代は平安時代初期と考えられており、旧の社名を大宮神社といって、この地域の中心の神社です。
新しい名前の由来は中庄の「な」上瓦屋の「か」湊の「み」を取り、3町合同の願いをこめて名づけられました。
主祭神・誉田別命(応仁天皇・八幡さま)、息長帯姫命(神功皇后)・比売命を祀り、御神徳は厄除開運・安産など多岐にわたっています。

奈加美神社では近年、御神紋にちなんで藤の植栽を進めており、季節には参道入口の石鳥居から美しい藤が花を付けています。














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2023年12月号 サライ

2023-11-11 | 街角の話し
シニア世代の「人生」と「暮らし」を究める
知識も経験も豊かなシニア世代にとって、人生に必要なのはホンモノと正統のみ。旅、美味、芸術、文化、道具など、あらゆる分野でホンモノと正統を取り上げ、人生(LIFE)を豊かに、暮らし(life)を愉しくする月刊誌です。
〈 目次 〉
・ [総論]草野仁さん(キャスター、司会者・78歳)が昭和黄金期を解説 「資源のない国だから、人が資源。そう教わって育ちました」
・ 盛田昭夫とトランジスタラジオ
・ 松下幸之助と家電「三種の神器」



カレンダー

若冲、等伯、北斎、応挙ほか、めでたい「龍」の画で開運を呼ぶ! 2024年日本美術 吉祥「辰年」カレンダーが、『サライ』最新号の特別付録に!!
古来、日本美術において「龍(辰)」は 如何にして描かれてきたのか
日本美術における「龍図」とは、専ら狩野派に代表される漢画系の水墨作品の定番中の定番の画題である。しかし、このカレンダーではそうした流れの中にある画家たちの作品と共に、近年とみに名声を高める「奇想の画家」と呼ばれる伊藤若冲や曽我蕭白、長沢芦雪といった画家たちの名作も盛り込み、バリエーションに富んだ龍に纏わる絵画で構成している。

そもそも、日本における龍の絵画の原初は、昭和47年(1972)に発掘された国宝『高松塚古墳壁画』(7世紀末~8世紀)である。その東壁に描き出された「青龍」が最も古い作例であり、古代中国における四方を司る守護神のひとつとして表されたものだ。
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