泡 盛 日 記

役者でありコミュニケーショントレーナーである丹下一の日記です。

回家―帰宅

2012-02-12 15:19:58 | 丹下一の泡盛日記
金沢から帰宅。
土曜日、気合入りすぎたのか、羽田空港でなにかがすとんと落ちてしまった。
搭乗口の椅子に座ってなんだかぼんやり。
というのも、ちょっと懸念材料があって、この日の稽古はリフレッシュから始めようと思っていた。
それが引っかかったままだったが、何か予感があった。
稽古場にはいってみるとそれはあたっていて、稽古の後で聞かされた。。。
ま、すべては良い方向に行くのであろう。

稽古は、いよいよ「本格的」に。
全体の動きをつくりだし、場面の登場人物にいくつかサジェッション。
周りの子たちも結構集中して聴いていてくれていて嬉しい。


気温は思ったほどではない。空気は冷たいが新鮮で気持ちいいな♪

稽古の後、例によって打ち合わせ。
自分が向かいたい方向に一つずつ進んでいる。
嬉しいなあ。

ホテルに入ったら、なんかぐったりしていて風呂に入ってベッドで寝てしまった。
夜中に起きて、スカイプで別件打ち合わせ。
稽古場、追加で手配しないといかん。
パソではなくiPhoneのスカイプを使うのだが、まあまあいける。
何よりも電話代が節約できて助かる。

夜中、ついつい映画を見てしまう。
「パイレーツ・オブ・カリビアン」の最新作。
いかんな英語が半分以上聞きとれない。
人魚のお姉さんが美しくて怖い。
いいな♪
気がついたら朝4時半。
ま、別に問題ない。
軽く寝て風呂に入りつつ、今度はジャッキー・チェンがハリウッドで撮ったのを。
こっちの英語の方がわかるのはなぜだろう。。。

今日は昼の便で戻る。
夜は、井村さんと会うかも。

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金沢へ

2012-02-11 07:31:19 | 丹下一の泡盛日記
なんだろう。
ま、年のせいだと思うのだけど。
飲んで寝ると3時間くらいで目が覚める(-_-;;
うつらうつらしていると、夢とも妄想ともつかないイメージが次々と現れては消えていく。
毎週末に「稽古」と「会議」という「締め切り」があるおかげかもしれない。
そして一歩一歩確実にゴールへと近づいていく感が面白い。

ただ、演出が走り出しているが子どもたちはまだまだ。
なんたって受験の季節を迎えてきもそぞろな子がたくさん。
そりゃあそうだよな。
自分の時のことを思い出す。
今の方がはるかに厳しい現実が待っている。

だけど仕事は9時から5時(残業あるから7時か?)だけの世界が全てじゃない。
金や数字が全ての世界に染まってほしくない。
アメリカの後を追い、経済的な二極化も進んだ(進められた)が、
生活を根底から見直す二極化も一気に加速していると思っている。
自分も電車の音に目覚めずにすみ、緑に囲まれたところで暮らしたいと思っている。

これから金沢へ。
今日はちょっと気分を変える稽古にしようかな♪

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思う存分「妄想」させてもらってます♪

2012-02-10 21:55:09 | 丹下一の泡盛日記
昨夜、なんだかんだでワインとチーズが♪
その後(意地汚く)お湯割り〜〜♪
布団にもぐり込んでその直後から記憶無し。
で、なんでだろう、3時半に目が覚める。
枕元ではシカゴが鳴り続けている。
5、6、7と聞いていたのは覚えている。
で、なんたって「シカゴ32」まで出てるもんだから10時間でも終わらない。
このPAは、iPodを装着して鳴らすようになているのだが、低音がきれいに出る。
ピーター・セテラ(Peter Cetera)のベースラインがけっこういい感じ。
40年も聞いているのにやっと気がついたフレーズがたくさん。
誰かが「彼は(ヴォーカルだけでなく)ベーシストとしてもっと評価されてもいい」と言っていたのを思いだす。

そして、布団の中でまた妄想。
今年になってから(1泊2日を)3回、金沢に出かけている。
その度に「妄想」が少しずつ形になっていく。
というか演出担当として、スタッフを前に形にしていかなければならない。
話がでかいだけに「やってみないとわかんない」とか「もう少し稽古しないと見えてこない」というわけにはいかない。
様々な未来を想定しつつ半年前の今から「これで」と方針を示さなければならないのだ。

あらためて言うが、会場は金沢歌劇座。
この規模というか「格」の劇場で演出させてもらうなんてはじめて。
あろうことか装置や衣装デザインも基本からイメージさせてもらっている。
思う存分妄想し、考え抜いて提案しなければ、この最高の金沢チームのメンバーだけでなくお天道様にも申し訳が立たない。
枕元にスケッチブックが起きっぱなしになっている所以。

その妄想には「予算」も絡む。
30年以上芝居やってきて「予算はあるから大丈夫」と言われたことが一度もない(T.T)
それが基本の状態なので、はなから安易に「予算無いんで〜」などと口にする行政担当者がいると彼/彼女の業務遂行能力を疑うことにしているし、それが間違いだったことは日本では一度も無い。(ちなみに「彼女」だったことは滅多にない。男性として実に悲しい)
そして、かつて予算がなかろうがなんだろうが、あの手この手で自分たちの舞台やプレイバッカーズのイベントを成立させてきてくれた人たちを忘れない。(「彼」も「彼女」もいた♪)
もちろんこちらだってアングラで鍛えられてるし、仙台の劇団からは多くを学ばせていただいている♪
そんな意味でもこの金沢のチームは最高だ(^o^)

ぐらぐら妄想をするうちに再び眠り、朝が来る。

飲んだ翌日の「朝」ご飯。
とっておいた青森の長芋。使い切ったよん。

今日は溜まっていた事務仕事を一気に。
パソの前から動かないぞ。
といいつつ、息抜きに台所で。
遅めのランチは野菜たっぷりのタイ・グリーン・カレー♪

晩の「あて」も仕込んどく。

事務作業は予想よりも早く終了。
夕方、スカイプで打ち合わせ。
光フレッツ入れてるんだが、なんでフリーズするんかいな?
うちだけか? こういうの。
なんかいつも自分だけ損してるように思っちゃうんだよな。
ワークショップのメニューの微妙な話を図解入れつつ話してんのに、もう(-_-;;
ごめんなさい。。。
NTTにクレーム入れようかな。

明日は、再び金沢に(^^)



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やっぱり春先はこれがなくちゃね

2012-02-09 15:45:01 | 丹下一の泡盛日記
昨夜、悩んだ末に「ふきのとう」を購入。
買うもんじゃなくて、自分でとってくるか人様からいただくものだったんだが。。。
ついでに「うど」も。
うどはそのまま皮剥いてばりばりかじる。
ふきのとうは天ぷらで。
しめじと茄子も一緒に揚げる。
あ、もういかん、と途中から燗つける。
ふきのとうの天ぷらは難しいな。
それでも、やっぱり春先はこれがないとなあ。

飲みながら図面引き始めてしまった。
アイデアがわいてきたので紙上にまとめてみたかっただけ。
いつも飲みながら仕事してるわけではありません!

締めは蕎麦。
わかっていたけど、やっぱりいい蕎麦食べ過ぎたなあ。
「もり」は何食べても満足できん。

今日は早起き、風呂に入り目をさます。
都内の稽古場へ。
10時から打ち合わせと本読み稽古。
久しぶりにちょこっと「稽古」の真似事。
それなりに集中♪
声に出してみてわかったことは色々あるんだが、さて、これをどうしたものか。。。

相手役の方と一緒にランチへ。
実はこの界隈、18歳で入った今はない某情報誌の編集部があったところ。
生まれて初めて持った銀行口座もこの四つ角の支店のものだし、ちょっと歩くと新聞の国際面を読んでいればいいという自分にぴったりの仕事を18年も続けていたビルも。
懐かしい界隈だが、さすがに随分と様子が変わって最近出来たらしい上海料理屋へ。
美味しかった。ただ量が「中華」でお腹が苦しい。。。

この頃iPhoneの文字キーがおかしい。
ちょっと上下にずれるのだ。
今日も「か」が「な」になったままメールしてしまい、大変なことになった(-_-;;;
さて、いよいよ再び怒濤の週末に突入だ。


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1万年後も変わらなかった

2012-02-08 10:51:56 | 丹下一の泡盛日記
今日の朝ご飯。


こういうぶっかけ飯が大好き。
わかめと油揚、長ネギ。
そして、韓国唐辛子がどばっと♪
炊飯器の中にとても美味しい群馬のご飯が残っていて冷凍するのも勿体ない。
で、こうなった。

で、ちょっと尾籠な話。
愛読しているナショナル・ジオグラフィックに載っていた。
アメリカで1万年くらい前の犬の骨が発見された。
それが小指の爪くらいの大きさで、人間に食べられたものだという。
当時、儀式など特別な時に犬が食べられたのだそうな。

この骨はある遺跡で採取された人間の排泄物を洗いながらざるで漉していくうちに発見された。
発見した学者によると、最初は乾ききっていた「物体」をお湯に浸すうちに「まごうことなき匂いが研究室に満ちてきた」そうで。
1万年たってもうんこの匂いは変わらないんだ、と妙に感動した。
肉食べた後だから匂いもきつかったんだろうか、などと思いをめぐらしている(^o^)
演出プランのネタを確認していたはずが、例によってまた「雑学の大家」の方向へと脱線しているのであった(-_-;
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パソの設定に一日がかり

2012-02-07 15:32:33 | 丹下一の泡盛日記
朝、風の音で目が覚める。
嵐みたいな風と雨。
昨夜、早く寝るつもりがちょっと遅くなったせいか、だるい。
昼前に風がやんで窓を開けると気温も緩んでいる。
部屋の空気が悪い感じがしたので窓を開け放ち、掃除機をかけ、床を拭く。
すっきり。

で、やっぱり風邪気味、を自覚。
都会に出るとどうしてももらってきてしまう。
困ったもんだね。

パソがネットにつながらなくなり、メルアドの設定も含めて電話相談。
そこそこは理解しているつもりだ。
その証拠に言われた通りにすると、ね、うまくいかないでしょ。
向こうも電話を保留にして上の技術者かな、と相談してお返事。
ようやく開通。
でも、最初に作ったメルアドも機能していて,今度は、Macちゃんの方が、ええと。。。
どうもさくさくいかなくて気持ちが落ち着かない。

昨日購入した電球ソケットなど組み合わせて、枕元用のスタンドつくる。
昔はこういうのをちょこちょこ作って遊んでたんだよな。


この手透きの「和紙」はサンフランシスコで公演したときの打ち上げでもらったサンキューカードを包装してあったもの。
捨てるに忍びなくこういう使い方をいつか、ととっておいた。
寝る前はひたすら読書の日々。
先日まではスケッチブックまで置いてあった。
枕元の環境も整えないとね♪

パソ問題は無事解決。
気がつくともう夕方。。。
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写真展「舞台のまなざし」

2012-02-06 21:35:24 | 丹下一の泡盛日記
朝、目覚めてぼんやりの布団の中でなんとなくぽん(水木菜花)のブログをみたら面白そうな展覧会。
これは行くべし。

まず開いたばかりの郵便局に直行。
懸案の書類を出す。一安心。
ていうかようやくスタートラインに立った。
ちょっとどきどき。
自分にとっては小さな仕事ではない。
そして、ものすごく楽しみでもある。
もちろん自信がないわけではない。
それでも小心者なので今から思うことたくさん。

もちろんこちらも思うことたくさんの金沢ジュニアオペラの演出プラン。
天の差配か。
今週は仕事がない。(誰か仕事ください(T.T)
昨夜も次々と本を読み、ネットで画像を検索。
以前から見たかったサイトの動画、短いものがたくさんあるのを片っ端から見ていった。
こういうことのために時間をいただいているのだろう。

そして写真展「舞台のまなざし」。(四谷のポートレートギャラリー)
画面に何人か懐かしい知人が出ている。
あれ、Mちゃんだ。素敵だなあ。
存在感がふた回りは大きくなった。
Kさんの奥さん、すごく久しぶりに写真で見たらかっこいい大人の女性になっていた、とか。
短い時間だったけど、すごくいいものをもらえた。
東京まで来たかいがあったよ。
ぽんちゃん、ありがとう。

せっかくなので渋谷の東急ハンズに。
ずいぶんと様変わり。
浦島太郎状態だな、自分。
なんたって工具置いてない。
工具を嬬恋に置いたままなので困っていたが、ハンズにはもう置いてないとは知らなんだ。
枕元用のスタンド部品を購入♪

帰宅して野菜たっぷりの福建式炒麺。
まめもやしでナムル。
デザイナーの64が書いていたが、今年のキーワードの一つは「野菜」じゃないか、と自分も思う。
イメージがふつふつと湧いてくる。
もう少しだ。




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ちょっと脳がぱつんぱつんしてた

2012-02-05 13:52:35 | 丹下一の泡盛日記
週末は再び金沢へ。

画面の光はカメラのフラッシュ。

そしてわかりにくいんだけど、雲海の表面が虹色に光っていた。
初めて見た。


北陸地方、もう真っ白。

深夜、ホテルへの帰り道も真っ白。

誰かが書いていた。
「雪が白くてよかった。これが黒や赤だったら……」。

滞在中は、ぱつんぱつんのスケジュール。
稽古終わって会議。余裕でバス停に向かい素早くデパ地下で日本酒の小瓶と夕方で半値になったお弁当購入。
時間きっかりににバス停に立つわし♪
なかなか来ない。。。
いつも遅れるんだ5分くらい。
10分過ぎて,さすがにおかしいと思い、時刻表みて血の気が引いた。
2月からダイヤ変わってる。先週と違う!
勝手に15分も早くせんで頂きたい(T.T)
なんせバス以外に空港までの移動手段がない。
結局、財団の方に泣きついて車で送ってもらった。
Yさん、本当に助かりました。
ありがとうございます。

この1週間、ずっとオペラのことを考えていた脳のギアがハイになったまま。
なかなかロウに戻ってくれない。
せっかくの夜のフライトで夜景を見ながらちびちびやってお弁当ぱくついているのに。
頭の中をたくさんの歌や谷川さんの美しいピアノの音がぐるんぐるん。
そこそこ疲れているので本が読めない。

帰宅して、英語の練習用のコメディ映画みてみる。
ウエルメイドなんだけどダメだ。
途中でやめてしまった。
もっととんがったものでないと駄目なのだ。

これは「ブレードランナー」の出番かな、と思っているところへ、飛んで火にいる夏の虫のように電話♪
ありがとうございました。
遅くまでつき合ってもらった。
馬鹿話で笑ってると脳が静かにクールダウンしていく、そして未解決だった場面のアイデアがわいてきた。
不思議だ,本当に。
ちょっとぱつぱつしすぎてた。
独り相撲はいかんな。

今朝の体重。
68.3!!!!
夜中、ホテルでカップのたぬきそばとかすすってる場合じゃない。
こっちもなんとかせんといかんばい(-_-;;

来週末は再び金沢。
その後は、韓国♪
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学生街のバイトと雇用主はかくあるべし

2012-02-02 23:09:29 | 丹下一の泡盛日記
昨日、母校の学食で昼飯をと思ったが開いていなかった。
ので「いつもの」ではない蕎麦屋に入ってみた。
バイト(?)の男の子が注文とりにくる。
なんかぎこちない。
もしかして今日が初日か?
横に立ってるおかみさんにいちいち確認している。
ラーメンを厨房から受け取る時に中のおやじが胡椒の小瓶を添えたら、男の子は蓋を取ってかけようとした。
おやじさん、やさしく「あ、しなくていいから。かけるのはお客さんだよ」。
横の奥さんらしいおかみがにこにこしてみている。
最初は「なんだこいつ大丈夫か?」なんて思ったけど、見ていると、初老の夫婦が彼にひとつひとつ丁寧に教えている。
それを生真面目な男の子が一生懸命こなしていこうとしている。
なんだかほかほかした気持ちになった。
この(多分)夫婦、親戚の子どもを預かってるみたいな感じなのだ。
学生街の蕎麦屋とバイトはかくあるべし。
マニュアル配って「そこに書いてあっただろう」なんて台詞は絶対に出てこないな、ここでは。
彼にも「ごちそうさま」と声をかけて店を出た。

昨夜は延々とパソに向かっていた。
行き詰まるとなんか食べてしまう。
やばい。危険だ。
2時に布団に入っても頭の中は歌と台詞がぐるぐるしてる。
眠れん。
もちろん、6時にはしっかり起きて風呂に入る。
小金井市の小学校で午前中にプレイバックシアターの本番。
パフォーマンスはきっちりやった(つもり。。)
美味しいお弁当でお腹いっぱい。
帰りの電車で船こぎつつ帰宅。

ブロッコリーとカリフラワー茹でて、マヨネーズちょっとかけて溶けるチーズ。
トースターで焼いて。
ハイジの白パンとコーヒー。
食べつつスカイプ。
んが、気がついたらうたた寝。。。いかんいかん。
今夜中に終わらせるべし!


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久しぶりに古巣の前に立つ

2012-02-01 20:06:59 | 丹下一の泡盛日記
月曜日はなんだかあちこち滞っていたのだが、昨日からするすると流れ始めた。
不思議なもんだ。
もうそんなもんだと思っているから無理しない。
作業する時間は切羽詰まるのだけど、無理して始めたらそのひずみが最後までついてまわることがある。

今朝、中華粥で身体を暖めてから母校(大学)へ。
卒業証明書が必要になった。

大学のすぐ近くに自分が初めて参加した劇団が運営していた劇場がある。
高校生の頃、木造の喫茶店の二階に某有名アングラ劇団の劇場があった。
小劇場の走りである。
彼らが山奥に引っ越してしまい、その劇場を借りてしばしば公演をしていた若手の劇団がその場所を運営することになった。
それをきっかけに東京都から助成金を得て、新しくその場所にビルを立てて劇場をつくり、1978年の秋にオープンした。
当時としては画期的なことだ。

高校生の時に友人に誘われてその劇団を観た。(古い木造の頃だった)
面白くて通うようになり、大学に入った1978年に参加した。
ちょうどオープンしたばかり。
稽古場に行ってみるとほとんど人がいない。
たくさんいた劇団員たちは、ビルを建てて「プロ」へと歩み出した劇団から去っていた。
残った役者は3人しかいなかった。(すぐにたくさんの人が追いかけるように入ってきた)
おかげで最年少(18歳だった)の自分が座長がデザインした装置を具体的に立て込んだり、劇中歌を作曲したり、好き放題。
21歳の頃には、劇場空間の内装まで設計させてもらった。
自己流だったので、数年は平台や箱馬というものを知らずに鉄パイプなんかを組み合わせて装置や舞台をつくっていた。
今となっては冷汗ものだ。

コンビニが出来たか出来ないかの頃で夜は暗かった。
その暗さも心地よかった。
公演がある夜は、劇場の入り口に吊るされた裸電球がぼんやりとあたりを照らしていて、そこにたくさんの人が集まっていた。
自分もその群れの中に入りたかった。
バイトもしていたが、もちろん財布はいつもすかすかで空腹が当たり前。
稽古の後、歩いて帰れる自分はいつも居残って、劇団にストックしてある日本酒を湯飲みで飲ませてもらいながら先輩達の芝居の話に耳を傾けているのが好きだった。


22歳で劇団は解散し、自分もしばらくして離れたが数年後に役者個人として劇場のプロデュース公演に参加するようになった。
その頃は中も大きく改装していて劇団が運営していた時代の面影は亡くなっていた。
1987年からはこの建物の中に足を踏み入れたことはない。
現在は大学の管理下にあるこの小劇場。
ちょっと中見せてもらえないかなあ。
今はどうなっているんだろう。
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