泡 盛 日 記

演劇人(役者・演出家)丹下一の日記です。

井村組忘年会

2018-12-31 16:07:10 | 丹下一の泡盛日記

ベジ炒飯。
30日(日)、幸せな忘年会の名残のなか部屋を片付ける。
ぼんやりとした日が続いている。
なんだか早く新しい年になって走り出したい気持ちと、
一年の疲れがどんよりと溜まっているのでもう少しだらだらさせてほしい、という気持ちが混ざり合っている。
それでも年賀状の作業は終了。
冷蔵庫の中もだいぶすっきりした。

夜は、井村家の忘年会へ。
今年5月の「葉衣」のチームで飲む。
正確に言うと保高文子と井村さんの奥様以外は男子。
例によって、音響担当・猪俣健くんの北海道のご実家から送られてきた海産物の鍋で。
なんせ父上は網元。
毎年のこの鍋が一年闘ってきた井村組の最高のご褒美だ。
井村さんは来年、少年王者館での新国立劇場での公演の前にも東京シェイクスピアカンパニーや自分のTama+ projectなど何本も舞台を抱え、
海外公演も。
流星舎時代からのおつきあいの猪股俊明さんは、すでに予定がびっしりの売れっ子になっている。
そんな先輩方に加えてまだまだ先が長い若い衆たちもいる。
色々あるけど、みんななんとか芝居を続けている。
ありがたいこっちゃ。
幸せすぎたのか、乗り換えるはずの駅の手前でふっと睡魔が。
終電で上大岡に。
そこから寒風の中を歩いて帰宅。。。。

皆様
本年もおつきあい下さいまして、本当にありがとうございました。
思いもかけないほどたくさんの方にお目通し頂いて本当に有り難く、嬉しく思っています。
新年3が日が空けての4日からブログを再開します。
皆様、よい年をお迎え下さいますように。
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プレイバッカーズ忘年会

2018-12-30 12:40:19 | 丹下一の泡盛日記
29日は、プレイバッカーズの忘年会。
2011年以来6年間は我が家で開催されてきたのだけど、移転準備中につき、かよさん(宗像佳代)のお宅で。

北海道のフローラが送ってくれた鮭一本。
豪快だ!
こんなでかい魚をさばいたのは初めて。

キャベツとジャガイモでちゃんちゃん焼き。

前日に稽古しておいたソテーをマスタードソースで。
美味しい!
元の鮭のクオリティが高いので何をやっても美味しい:)
その他かよさんが用意してくれた様々な料理で大宴会:)

窓の向こうには富士山。
最高の午後。
そして一旦帰宅して風呂に入った後、地元の忘年会へ。
最後はお世話になっている社長さんと二人で夜道を歩く。
ようやく年を越す気持ちになってきた。
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忘年会では誰かの手料理が食べたい

2018-12-28 17:04:50 | 丹下一の泡盛日記
昨日、仕事のつもりでいたら、それは来年1月の同じ日のことで。
「ばたばたの中でやり取りしてると危ないよ」と神様に警告された気分。
今年は3月の「ハムレッツ」終了後をひたすら「役者」として走ってきた。
これはこれで幸せなことなんだけど。
やっぱり自分の演出作品に向き合い時間がないとね。
だから、ではなく、もちろん来年3月11日に「ハムレッツ」やります。
引っ越しの準備で本棚をひっくり返していたら30年以上前のテキストが出てきた。
素晴らしい言葉たちが並んでいる。
使いたいなあ、これ。


プレイバッカーズの忘年会でチキンライス(チキン抜きだけど)を子どもたちのために作ろうかな、と試作。
日常は美味しく頂いているのだけど、(自分の)宴会料理の味に飽きてきてる。
誰かの手料理が食べたいなあ。。。
かつて「忘年会」はいくつかのお宅を尋ねて歩くホームパーティーがほとんどだった。
(我が家含む)
もちろん、料理するのは男性ばかりで。
天女座だって、打ち上げはとんちゃん(矢中鷹光)か役者の大ちゃんがメインのシェフ。
考えてみれば宴会で女性がシェフだった記憶がない。
プレイバッカーズはもちろん、この頃男の手料理食べてないなあ。
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地元で見た朗読に歯がゆい思い

2018-12-27 00:54:40 | 丹下一の泡盛日記

冷蔵庫の片付けをかねて炒飯。
冷凍してあったサラダ用の海老も投入。
卵を割ったら双子だった。
写真撮っとけばよかったなあ。
早めの晩ご飯食べて地元の小劇場へ。
精神疾患を患い30歳を前に死んでしまったイギリス人女性のテキストを「朗読」する舞台。
お久しぶりの原内真理さんと一緒に見る。
舞台は興味深いものだった。
プレイベートでも演劇的にも。
というのも作家が精神病を患っていたからで。
身近に境界線人格障害の患者たち(複数)を抱えていた体験/経験を持つ身としては、わかりすぎるほどわかる「ことば」がたくさん。
逆に、前世紀に書かれたこのテキストを演出家がどういう手つきで扱っているのだろう? と。
「境界線人格障害」は一般的には後天的なもので、生育期の周囲に原因があることが多い。
日本でも数千万人はこの症状が当てはまるという国家的、国民的な「症状」。
だからこそ「社会」との関わりが重要な視点になってくるはず。
とはいえ、オーバードーズで意識が無くなっていく人を平手打ちしながら呼びかけ続けたことや。
目の前で手首を切られたこと。
別件で、手首を切った跡、といってもそれは稲妻が走った後のようなギザギザの傷跡だったり。
包丁を突きつけられた修羅場の後、アパートから脱出、その後、窓辺によって様子をうかがったときに窓越しに聞こえてくる忍び笑い。
(「笑い」は現実逃避なのだ)
そんな「光景」がフラッシュバックしてくるので、客席で歯がゆい思いをした。
作家が「オーバードーズしてから手首を切り首を吊る」というのも、とてもわかりやすいコースだ。
薬も刃物も首を吊るひもやシーツがない中で、信じられない方法で死んでしまう話も聞いた。
立ち会ってきた自分も「被害者」だと医者は慰めてくれた。
まあ、これは「演劇」とは関係ないことなのだろうけど。
パンクやレゲエを流すからには「社会」との関わりを忘れないようにしているはず。
この「朗読」はパフォーマンスへの第一歩だそうな。
こんな自分の心をわしづかみにしてくれる舞台を期待している。
終了後は、もちろん原内さんとぐいっと:)
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チューリッヒバレエ団「くるみ割り人形」

2018-12-26 16:56:10 | 丹下一の泡盛日記
やっぱり疲れが出ているのか、何なんだろう。
ほとんど引きこもりになりそうなくらい「やる気」がでない。
布団から出てきたくない、のだけど。
ありがたいことに「やらないといけないこと」がたくさんあるので、なんとか這い出て対応。
それにしても体重が増え続けているのはどういうわけだ(-_-;;;
昔から「腹ふくるる思い」とは言うけれど。
腹は膨れる一方だ。
資料として見ていただくために「さらばアメリカ!」の舞台DVDを見る。
自分の演技が、突っ込みどころ満載で、どこか遠いものに見える。
元々が「お芝居」の人間ではない。
「演劇」に興味を持ってこの世界に入ってきたのだけど。
もちろん役者として「お芝居」の深みにもはまっている。
来年は「お芝居」をさせていただける機会があるかもしれない。
そんなことも考えつつ、チューリッヒバレエ団の「くるみ割り人形」を観た。
子どもも、そして自分のような大人も楽しめる、素晴らしいバレエだった。
寺山修司さんなんかが好きそうな世界観。
カーテンコールでは最後に登場した全体を引っ張っていく「案内人」の白人の男性ダンサーが素晴らしい。
ああいう役者になりたかったなあ。
体型からしてあまりに違いすぎるが(-_-;;;
こういう舞台だって創ってみたいと思う。
限りなく東京育ちの「日本人」なのだけど、東京で、欧米の文化で育ってきているからね。
そしてダンサーたちの名前を見て、改めて「欧州」で活動する人たちのルーツの広さに驚く。
まあヒップホップが小学校の授業に取り入れられて、日本人の先生方が即座に対応できる余裕があるとは思われないので。
これから全国で2万を越える小学校は、アメリカのアフリカ系の方たちの重要な就職先の一つになるのだろう。
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能舞台での公演、無事終了

2018-12-25 16:13:34 | 丹下一の泡盛日記
昨日は朝から銕仙会に。
渋谷で大好きな立ち食い蕎麦屋が開いていて、いつものたぬき蕎麦。
お腹があったまった状態で小屋入り。
めちゃくちゃな進行状態で小屋入りしたこのプロジェクトもいよいよ本番。
スタッフたちは限られた時間の中、粛々と作業を進めていく。
通し稽古(ゲネなんてできる状態ではない)も一回止めただけで無事終了。
出演者たちは本当によく闘っている。
そのまま突っ込んだ最初のマチネ公演は、「臨機応変」の極地みたいな状態で無事終了。
なんか別の意味で「達成感」がある。。。。(-_-;;;
夜も本番直前の変更が。
まあ、そんなことではびくともしないのだけど。
こういうことが「普通」だと思ってもらっては、困る。
夜の公演も無事終了。
そして、「手違い」から「聞いてないよ」のピアノ移動再び。
小屋を出たときはさすがに疲れが。
そのまま帰ろうかとも思ったのだけど、出演者の3人に失礼な気がして打ち上げへ。
ちょっと飲んだビールが回る。
この3日間の睡眠時間も厳しかったのと、気合いが入って食欲もほとんどなかった。
帰宅して風呂、ビール、で爆睡。
そして、何故か体重に変化なし。
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しめ飾りをドアに

2018-12-23 11:24:49 | 丹下一の泡盛日記
仕事の舞台の本番作業に入っている。
昨日、グランドピアノを手で持ち上げて運ぶなんてこと、初めてやった。
終了後、酒も飲まずに帰宅。
酒を抜くと身体が喜ぶのがわかる。。。
部屋を片付けてるのだけど、例によって、とても大事な探し物2点は未だに見つからない。
どうしてなんだろうなあ。
代わりにお正月用のしめ飾りが出てきて玄関のドアにはる。
クリスマスの最中なんだけど、自分には関係ない。
というのも共働きの両親に預けられていたのはカトリックのシスターたちが運営する保育園で。
あの白い髪を隠す「尼さんみたいな」(尼さんなんだけど)姿の先生たちと昼間は一緒だった。
なので、もちろんクリスマスは厳格で静かな祈りの日で。
園でのお芝居は「東方の三博士」の一人を演じたらしい。記憶にないけど。
もちろん、ランチの前に祈りを捧げてから頂くのは当然のことで。
今でも、神道だけど、食事の前には自然に手を合わせてしまう。
三つ子の魂百まで、だな。
宗教変わっちゃったけど。
なので「祈り」のないクリスマスには強い抵抗感がある。
そして、しめ飾りを「クリスマス前」に飾ることには抵抗感がない。
この頃は、ハロウイーンなども「始まった」。
気の早い仕掛人は「次のイベント」を探しているのだろう。
ならばイスラム教の「ラマダン」なんかどうだろう?
昼間は断食するけれど、日没以降は毎晩お祭り騒ぎだ。
「断食」というけれど、ラマダンの後の方が太る人が多いというのもうなづける。
毎晩、飲めや(本来はジュースかお茶だけど、日本人だから関係ないよね)食べろや(日本人だからイカやタコ、豚だって大丈夫)歌えやのお祭り騒ぎ。
しかも数週間続く。
きっとたくさんのお金が動く季節になるだろう(^o^)/
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自宅作業の日

2018-12-21 15:00:12 | 丹下一の泡盛日記
金曜日、午前中にお仕事の下見に立ち会う。
本番は24日で、元々は2日間だけの拘束。
前日は夕方だけでちょっと打ち合せ有り、なんていうから仕事を調整して受けたのだけど。
いつの間にか3日、そして午後から夜までになり、稽古場にも2回顔を出し、そして、搬入の打ち合せに会場へ。
困ったもんだ(-_-;;
搬入に必要なものを手作りする為に買い物して帰宅。
これから自宅作業が始まる。
近年稀な厳しい現場になりそうだなあ。。。
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リセットの日

2018-12-21 14:55:00 | 丹下一の泡盛日記
木曜日はリセットの日。
フリーランスなので、自宅での作業は結構ある。
オフィスや劇場にいる間が「お仕事」、というわけにはいかない。
むしろ「自宅」が拠点の仕事場で、そこから「出先」へ仕事に出ているわけで。
風呂と台所がついている仕事場。
行方不明のDVDを探すついでに当分使わないと思われる飼料用の本を箱詰めに。
移転の準備。
おかげで本棚が片付いて気持ちがいいのだけど、肝心のDVDは行方不明のまま(-_-;;
夜はM子と関内の大好きなおでん屋に。
ここの刺身は美味いんだよな。
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「泥かぶら」、66年の深さ

2018-12-20 15:12:55 | 丹下一の泡盛日記

18日(火)、新横浜から移動。
空が晴れ渡って富士山がくっきりと:)
誕生日と新しい門出をお祝いされている気分だ。
ホテルに入り、浜松から到着した本体と合流、劇団新制作座のツアーメンバー全員に紹介してもらう。

19日(水)、朝から岡崎の劇場に入り搬入、仕込み。
多分、書き割りのある芝居に(スタッフとしても)参加するのは初めてじゃないかなあ。
なんせこの「泥かぶら」は、66年前に真山美保が書いて演出、自身でも出演した作品。
それが66年間演じられてきたこともすごい。
仕込み、場当たりなどが終わり緞帳をおろす。
緞帳の裏で最初の場面の仕込みが始まるのも初体験だ。
本番は客席で拝見。
非常に興味深い舞台だった。
66年という時間の重みが舞台から伝わってくる。
主演の若い女優が素晴らしい。
そして、彼女に「ここまで」やらせるのは「66年間の時間」の重さも一因だろう。
この芝居の主演は年を重ねるごとに、もちろん交代してきている。
そして、かつて主役を演じた女優たちが脇に3人もいる。
彼女たちの支えるエネルギーも深い。
歌舞伎を踏まえて西洋の影響で始まった「新劇」の戦後初期の作品だけに、
その社会主義的な思想性は別として、どこか「歌舞伎」の匂いが残っているのだけど、音楽はフルートで。
なぜフルートになったのかも舞台を見ているとわかるような気がする。
思った以上の深い体験を噛み締めながらばらしを手伝う。

車やトラックで移動するチームとは別に新幹線で帰宅。
車中でも元主役で現在は重要な脇役で出演されている女優さんのお話を伺う。

帰宅して「春琴抄」プロジェクトの藤田さんが送って下さったワイン:)
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