邦画ブラボー

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「天城越え」和田勉版

2006年03月23日 | ★人生色々な映画
「あの日、どんなことが待っているか知っていたら、
女も土工も私も天城を越えようなどとは思わなかっただろうに」

宇野重吉の回想から始まる「天城越え」は当時油が乗っていた
和田勉演出ドラマの中でも珠玉の作品といえる。

有名な田中裕子主演の映画もよいが、
こちらは殺される側の土工、娼婦、少年、三人のドラマがあぶりだされ、
交錯している点で映画をしのいでいるかも知れない。

映画では、慕っていた母親の情事を目撃したことも
(「影の車」的でもあった)
動機のひとつとして示唆されていた。
が、ここでは動機をはっきりとは書いていないがゆえに
胸が詰まるような深い余韻を残す。
和田勉のすごいところだ。

松本清張ご自身が現場を目撃しながらも去っていく遍路役で出演している。

めった刺しにされた土工(佐藤慶)が、
よろよろとトンネルから出、
そよぐ木々と晴れ渡った空を仰ぐ。

彼の頭には何がよぎったのか。
幼い頃、父親に殺されかけ、虚無の人生を歩んできた男は
清張:「鬼畜」の子供が大人になった姿でもあった。

大谷直子はまぶしいほどに色っぽいし
鶴見辰吾はこの作品が今まで見た中で一番すごい。

「もう二度と会うこともないだろうけど、
私みたいな女のことを本気で思ってくれたのは、
にいさんだけかもしれない。ありがとうよ」

その言葉を聞いた少年の顔が忘れられない。

柔和な表情の中で時折キラリと光る目が恐い元刑事、
中村翫右衛門VS表情だけですべて表現する(し得る)宇野重吉の
重厚なシニア戦もみものだ。

深緑の梢、清流のすがすがしさを映し出すカメラ。
「にいさん」と呼ぶ美しい声、白いうなじ。

トンネルの向こうには違う世界が待っているのだ。

1978年第33回芸術祭大賞受賞作品。
原作: 松本清張  脚本: 大野靖子  音楽: 林 光 演出: 和田 勉

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