読書感想とロードバイク日記2

週末のお天気の日にロードで走っています。晴耕雨読ならぬ、晴れたらバイク、雨の日は読書の日々

「仕事文具」

2019年03月27日 | 日記
 土橋 正(東洋経済新報社)

 こういう写真がたくさんある文具本は楽しい。いくつかはそのうち手に入れたいとか、こんな使い方もあるのかという発見がある。

 内容紹介は
『仕事の創造性を高め、あなたのパフォーマンスをアップさせる!
ロングセラーから最新の文具まで。ビジネスシーンで実際に使われることを切り口に、数多くのカラー写真とともに、あまり知られていないツールや、ひと味違った使い方などを紹介。取り上げるのは全235アイテム。アイディア発想やプレゼン、スケジュールや名刺の管理など、それぞれの仕事のシーンごとに厳選したアイテムの蘊蓄から具体的な使い方までを詳しく説明します。

【主な内容】
情報をインプットする/アイディア発想をサポートする/情報・書類を整理する/プレゼンをスマートにする/技ありノート/ビジネスで活躍するノートカバー/スケジュール管理をスムーズにする手帳&アシストツール/仕事がはかどる名刺管理ツール/快適に仕事ができるデスク整理アイテム/A4書類を快適に持ち歩く/どこでも仕事ができるツール/付せんを使いこなす/万年筆のすすめ/鉛筆を使いこなす/集中力がアップする単機能なボールペン/「消す」を効率化する/「気配り系」の多機能文具/イライラ知らずの快適ステーショナリー/大人のペンケース/ひと味違う手紙ツール・一筆箋/ビジネスで使える製図文具/ショップオリジナル文具で個性を出す

著者について
土橋 正(ツチハシ タダシ)
ステーショナリーディレクター
ステーショナリーディレクター、文具コンサルタント。
文具の展示会ISOT事務局を経て、土橋正事務所を設立。商品企画や商品PRのコンサルティング、文具売り場のプロデュース、商品セレクト、ディレクションなどを行っている。また、文具ウェブマガジン「pen-info」の発行をはじめ、雑誌・新聞への寄稿多数。これまでに書いてきた文具コラムの数は948本にのぼる。日本経済新聞の新製品評価委員、生活総合情報サイト「All About」のステーショナリーガイドも務める。
著書に『文具の流儀』『文具上手』『仕事にすぐ効く魔法の文房具』(いずれも東京書籍)、『やっぱり欲しい文房具』(技術評論社)、『モノが少ないと快適に働ける』(東洋経済新報社)、『ステーショナリーハック! 』(共著、マガジンハウス)、『文房具のやすみじかん』(共著、福音館書店)がある。

・・・のんびり眺めて目と心を休めるのにいいですよ。文具好きにお勧め。
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「天空の蜂」

2019年03月19日 | 日記
 東野圭吾(講談社)

 長編だけど面白く読ませるサスペンンス。3・11を経験した今だから、原子力発電の危うさを実感できるけど、執筆時にこのようなことが起こるとは予想だにしていなかっただろう。怖さを感じる。
 
 内容紹介は
『奪取された超大型特殊ヘリコプターには爆薬が満載されていた。無人操縦でホバリングしているのは、稼働中の原子力発電所の真上。日本国民すべてを人質にしたテロリストの脅迫に対し、政府が下した非情の決断とは。そしてヘリの燃料が尽きるとき…。驚愕のクライシス、圧倒的な緊迫感で魅了する傑作サスペンス。

 著者について
1958年、大阪府生まれ。大阪府立大学電気工学科卒業後、生産技術エンジニアとして会社勤めの傍ら、ミステリーを執筆。’85年『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受賞、専業作家に。著書『悪意』(双葉社)、『名探偵の掟』『どちらかが彼女を殺した』(ともに講談社)、『秘密』(文藝春秋)ほか。  』

・・・科学技術の負の面を考慮せずイケイケどんどんで進めた原子力行政の怖さを今更ながら感じる。「もんじゅ」が対象の話で実際に廃炉決定が納得できる話です。映画にもなっているようで、是非見なくては・・・お勧めです。

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51wS1MHT-uL._SX352_BO1,204,203,200_.jpg
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「オーブランの少女」

2019年03月12日 | 日記
深緑野分(東京創元社)
 表題作が短篇ながらアッと言わせる展開で印象に残る。
 他にいくつかの短篇があるが解説にもあるように『大雨とトマト』の話も面白かった。ちょっと不気味さが漂いますね。

 内容紹介は(出版社から引用)
『色鮮やかな花々の咲く、比類なく美しい庭園オーブラン。
ある日、異様な風体の老婆に庭園の女管理人が惨殺され、その妹も1ヶ月後に自ら命を絶つという痛ましい事件が起きる。殺人現場に居合わせた作家の“私”は、後日奇妙な縁から手に入れた管理人の妹の日記を繙(ひもと)くが、そこにはオーブランの恐るべき過去が綴られていた。――かつて重度の病や障害を持つ少女がオーブランの館に集められたこと。彼女達が完全に外界から隔絶されていたこと。謎めいた規則に縛られていたこと。そしてある日を境に、何者かによって次々と殺されていったこと。
なぜオーブランは少女を集めたのか。彼女達はどこに行ったのか?
 楽園崩壊に隠された驚愕の真相を描いて、第7回ミステリーズ!新人賞佳作に入選した表題作ほか、“少女”にまつわる謎を描く全5篇を収める。

*第6位『闘うベスト10 2013』
*第8位『ミステリが読みたい!2015年版』国内篇
*第9位「闘うベストテン場外乱闘篇 ROUND2」国内篇(2014年1月13日、於・新宿ロフトプラスワン)

著者紹介
深緑野分(フカミドリノワキ )
1983年神奈川県生まれ。2010年、「オーブランの少女」が第七回ミステリーズ!新人賞佳作に入選する。13年、入選作を表題作とした短編集でデビューし、その年の『AXNミステリー闘うベストテン』第6位となる。15年刊の初長編『戦場のコックたち』は、三つの年末ミステリベストランキングでベスト3にランクインしたほか、第154回直木賞、2016年本屋大賞、第18回大藪春彦賞の候補となるなど高く評価されている。   』

・・・テーマは”少女”つながりだが、少々無理筋の展開かなと思うところもあるけど、一気に読まされる。『ベルリン』と『戦場のコックたち』が面白かったので、作者つながりでさかのぼってみた。短篇ミステリ好きにはお勧め。
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映画「007スカイフォール」

2019年03月07日 | 日記
 頭が疲れた時には、冒険アクション映画が良いですよね。
 というわけで、ジェームズ・ボンドもの。
 007シリーズは悪役が歴史的背景をもっていて、初期はソビエト、次に中国だとか北の国だったりしていたような気がするが、今回のは舞台がイスタンブール、上海やマカオだった。観光旅行みたいで楽しい。けど、その悪役は・・・

 内容紹介は
『007のコードネームを持つイギリスの敏腕諜報(ちょうほう)員、ジェームズ・ボンドの活躍を描くスパイ・アクションのシリーズ第23弾。上司Mとの信頼が揺らぐ事態が発生する中、世界的ネットワークを誇る悪の犯罪組織とボンドが壮絶な戦いを繰り広げる。『007/カジノ・ロワイヤル』からボンドを演じるダニエル・クレイグが続投。監督に『アメリカン・ビューティー』のサム・メンデス、共演には『ノーカントリー』のハビエル・バルデム、『シンドラーのリスト』のレイフ・ファインズら、そうそうたるメンバーが結集。イスタンブールをはじめ世界各地でロケが行われた美しい映像も見もの。

シネマトゥデイ (外部リンク)
あらすじ
MI6のエージェントのジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)は、NATOの諜報(ちょうほう)部員の情報が記録されているハードドライブを強奪した敵のアジトを特定し、トルコのイスタンブールに降り立つ。その組織をあと少しのところまで追い詰めるも、同僚のロンソンが傷を負ってしまう。上司のM(ジュディ・デンチ)からは、敵の追跡を最優先にとの指令が入り、後から駆け付けたアシスタントエージェントのイヴ(ナオミ・ハリス)と共に、敵を追跡するボンドだったが……。

映画レポート
「007 スカイフォール」ボンド映画の存在意義を問う、“屈折した家族”MI6の崩壊と再生劇
 007シリーズに新たな生命を吹き込んだダニエル・クレイグの無骨なボンド像とは、過激なファイターであり、非情なスペシャリストであり、その反面、人間的な弱みをひた隠すセンチメンタリストだ。複雑な内面を抱える彼が、半世紀の長きに渡るスパイ活劇の伝統の重みと疲れを引き受けるかのようにしてミドルエイジ・クライシスに陥り、自分探しを迫られる。冷戦の遺物である工作員に大義はあるか。デジタル万能時代における身体能力とは何か。男尊女卑のイコンは生き残れるのか。サム・メンデスは、正義の在り処とヒーローの居場所を探りつつ、ボンド映画が作り続けられる意味を自問自答する。

 強敵シルバは世界征服など眼中にない。情報局MI6の内情に精通する彼の狙いは、ボンドの女性上司M。権威の象徴をママと呼んで怨念をたぎらせる悪は、国家の歪な落とし子であり、黒々としたもうひとりのボンドだ。憎まれ口を叩きながらもMに従う不肖の息子ボンドとシルバの三角関係は、ボンドガールならぬボンドマザーをめぐる修羅場と化す。1995年以来、Mを演じてきたジュディ・デンチがテニスンの詩を引用し、運命に翻弄されて弱りきった正義の存在意義を訴える演説が胸に迫る。

 アストンマーチンDB5の登場はセルフオマージュを超え、ボンドが出自をたどる旅の一環だ。スコットランドへと舞台を移してからは撮影監督ロジャー・ディーキンスの腕が冴えわたり、曇天の英国原風景で繰り広げられる決闘は息を呑む。本質を見失わないために大胆に変わる。サム・メンデスの起用は吉と出た。古色蒼然たるMI6を家に見立て、屈折した家族の崩壊と再生を描く“イングリッシュ・ビューティー”を経て、007は振り出しに戻る。(清水節)  』

・・・ジェームズはスコットランドの出身ということになっていたのですね。荒涼たる風景がスコットランド人を作っているような気がする映像でとても印象に残った。セリフで"Welcome to Scotland!"と戦いの最中におじいさんが言うのが洒落ていた。
スカッとするけど、舞台が色々な場所なのでめまぐるしい。
解説の引用はhttps://movies.yahoo.co.jp/movie/007+%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AB/342363/story/
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映画「スタンド・バイ・ミー」

2019年03月05日 | 日記
DVD

 小学生4人が主人公の映画で7、原作がスティーヴン・キング。原作を読んだけど、映画はちょっと別の面白さだ。無駄な描写がなく内容が凝縮してテンポがいい。結末は少し原作と違っていた気がするが定かではない。

 内容紹介は(https://rollingstonejapan.com/articles/detail/26668から引用)
『1986年のロブ・ライナー監督によるスティーヴン・キングの短編小説の映画化は、青春、ノスタルジア、死生観、を掛け合わせた成長物語の金字塔となった。
 
 焼けるような暑さの夏の日、近所に住む4人の少年たちは、ガラクタ置き場の送水ポンプのそばの日陰で喉を潤し、だらだら過ごしながら暑さをしのごうとしていた。4人は涼を得ると、数フィート離れた先の古びた缶の中にだるそうに小石を投げ入れながら、『ミッキーマウス・クラブ』の出演者、アネット・ファニセロの胸は膨らみ始めているかという何の役にも立たない推理をしながら暇な時間をやり過ごしていた。短い幕間の何もないひと時を楽しみながら、一人が幸せそうにつぶやいた。「なんていい時間なんだ」。このシーンは、1959年の労働者の日(9月の第一月曜日)の週末に特定されている。しかし、小さな不良少年たちのあまり純粋とは言えない純粋さは永遠だ。
 
 1986年のロブ・レイナー監督映画『スタンド・バイ・ミー』は、今年で30周年を迎える。公開当時の興行収入は5230万ドルと比較的控えめだったが、その後、少年期と大人の境界線をまたぐ青春ノスタルジーの代表作に成長した。この映画(と原作のスティーヴン・キングの物語)で描かれているのは、大人の世界の残酷な真実が純粋な日々に取って代わる、誰もが経験する岐路の物語だ。子供時代の目隠しを失うという普遍的な過程をネタにした成長物語は無数にあるが、この冒険物語には2つの決定的な付加価値がある。一つは子供の生を構成する詳細を見逃さないレイナーの嗅覚、もう一つはキングの原作の持つ迫り来る闇だ。

 この映画は、ベストセラー作家の短編『死体』を原作に、気楽な子供向けの冒険物語と、世界はどんなに残酷になり得るかという、知ったばかりの事実に踏み込んだドラマを足して2で割ったような作品だ。ある程度は、この前提の枠内に収まっている。
 "訓練中"の4人組――穏やかで頭の良いゴーディ(ウィル・ウィートン)、ゴーディが信頼する仲間のクリス(リヴァー・フェニックス)、何をしでかすか分からないテディ(コリー・フェルドマン)、ずんぐりしたいじられ役のバーン(ジェリー・オコンネル)――は、町のどこかに地元の少年の死体があるという噂を聞き、発見できれば地元の英雄になれると考える。全シーンを通し、"スティーヴン・キング"という署名がスクリーンの隅に常に書いてあるかのように、死の気配が映画全体に重くのしかかっている。そしてその気配は、大人になったゴーディ(リチャード・ドレイファス)が、最後のナレーションで仲間たちのその後の残酷な運命を語るシーンまで覆い続ける。しかし、最も差し迫った危険は、死の中にではなく生の中にある。

『スタンド・バイ・ミー』は、大人の醜さに立ち向かうことを恐れないという点で、『グーニーズ』などの映画から一線を画している。『グーニーズ』は、『スタンド・バイ・ミー』同様に、ハチャメチャな子供たちが冒険の旅に出る、1000年愛される類いの映画だ。『スタンド・バイ・ミー』の4人組は、親からの粗雑な扱いや虐待の渦の中に閉じ込められているが、彼らは絶対にあきらめない。映画は暗に、テディの興奮しやすい振る舞いを父親との複雑な関係に結び付けている。テディの父親は第二次大戦で戦った退役軍人で、心的トラウマが原因と思われる衝動で息子の片耳を不具にしてしまう。(さらに胸が痛むのは、ガラクタ置き場の主が、テディの父親は「頭がイカれている」と挑発した時、テディが敵意をむき出しにして激高したところだ)クリスの家族は、犯罪者やアルコール中毒ばかりで、ゴーディは、兄(ジョン・キューザック)の死に対し、自分は生きているという深い罪悪感を
抱えている。打ちひしがれたゴーディの両親は、周囲との関係を完全に遮断している。

少年たちは悲しみや悲劇に四方を囲まれてはいるが、それでも彼らは子供が生きるように生きている。レイナーは彼らをきめ細かく描き、微妙な年頃の人間がどのような独特なやり方で互いに関わるのか、誠実に捉えている。ブルース・エヴァンスとレイノルド・ギデオンの脚本は、少年たちが互いに優しさや友愛をもって接しながら、思春期に足を踏み入れたばかりの子らにありがちな、とりとめもなく冗談を言い合う姿を見事に捉えている。彼らは女の子について(もちろん完全に気取って)無駄口をたたき、キャッスルロックの真偽の怪しい伝説話で盛り上がる。復讐心に燃えた嘔吐発射装置と化したラーダス・ホーガン(ブタケツ)の挿話だ。レイナー監督はこの1年後、『プリンセス・ブライド・ストーリー』で口承文学の伝統への愛を惜しみなく発揮することになるが、『スタンド・バイ・ミー』では、このありえない話は物語の一端に微妙な変化を加えた。

「僕らは自分たちが何者で、どこに向かっているのかはっきり分かっていた」と、ドレイファスが演じる未来のゴールディは言う。その言葉は悲しい皮肉に満ち、少年たちがその後の人生で対峙することになる、予期せぬトラブルをにおわせていた。(クリスは後に偶然居た場所で殺され、テディは刑務所に入ったというナレーションが続く)この台詞は、2つの感覚を完璧に内包している。そしてその2つの感覚が重なり合うことで、この映画は不朽の青春映画となった。スティーヴン・キングが背景に忍び寄りつつある中、少年期特有の向こう見ずな無敵感が、スクリーンの枠の外に壊れた未来をちらつかせている。『スタンド・バイ・ミー』は、少年たちの視点でものを見るレイナーの才覚と、少年たちのその後に対するキングの残酷な意識が重なった結果、古き良き時代への抑制されたほろ苦い眼差しによって息の長い映画となった。

よく整備されたエンジンを動かしてきたのは、常にノスタルジアというガソリンだった。30年経った今も、映画の過去への執着は、この映画を当時から引き離している。より純粋だった時代に戻ることを切望することが、――その純粋さが単なる想像の産物かどうかはさて置き――あらゆる世代の観客を、絶えず一つにしてきた。(社会の大半が、80年代を舞台にし、その時代精神に浸るテレビドラマ、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』に夢中になっているというほとんど完璧すぎるタイミングで、『スタンド・バイ・ミー』は節目となる30周年記念を迎える)。過去をしのぶ鈍い痛みは、2つのプロセスを通して思い出される。過ぎ去った日々への愛着から、次に黄金期が永遠に失われたことへの苦痛からだ。『スタンド・バイ・ミー』は今後10年先も、より甘味で憂いのある映画であり続けるだろう。時間と共に確実に良さが増していく、珍しい映画だ。

大人になったゴールディが、最後に思い出に添えるように口にする台詞は、核心に切り込んでいる。「12歳の時のような友人を、私はその後二度と持ったことはない。誰でもそうなのではないだろうか?」この大げさな質問への簡潔な答えは、もちろん、ない、だ。小石をガラクタに向かって投げたり、仲間とじっくりものを考えたりした子供時代と比較できるものなどない。その後の人生に何が待っているかを知った後で、どうして比較などできよう?  』

・・・とても印象に残った映画だった。
・・・今の齢になって何か分かるようなきがする。今まで観ていなかったことにビックリだが、今だからこそ分かる気もするのだ。お勧め映画ですね。
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