sigh of relief

くたくたな1日の終わりに、
熱いコーヒーと、
甘いドーナツと、
友達からの手紙にほっとする、感じ。

ポーセリン

2012-02-15 | 小さいもの
マレーシアに住んでいた頃、
帯同家族にはワーキングビザが出ないので
主婦は専業主婦しかできなくて、
みんないろんなお稽古事をしていました。
メイドとかもいたから、時間がたくさんあったからね。

わたしは手芸系がダメで
編み物も興味がなくて
水墨画とバイオリンは続けたけど
他はあまりしてなかったです。

磁器の絵付け、ポーセリンも
少しだけ、日本人の友達に教わっただけ。
数枚描いて気が済んだ(笑)
でも、こういうものは残るから
少しだけど、やってみてよかったと思う。
向いてたと思う。
向いてないバイオリンにばかり夢中だったけど(笑)。
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東北とアジアまでの距離

2012-02-14 | Weblog
この二年、息子のクリスマスプレゼントは、なしで、
その分を寄付してた。
特にほしいものが思いつかない幸せな子どもなんだもん。
今年も、ほしいものはあるけど、お年玉もらえるから
寄付でいい、ということに。
ま、わたしもラクだし。

世界中の貧しい、あるいは不幸な人たちを知ることも助けることもできませんから、
わたしは寄付などする時はずっと前から、
主に海外の子ども、または母子に関するものに決めてる。
決めとかないときりがないので。
でも今年はやはり東北だろうと一度は思ったけど、
それはそれで別にしてるから、
息子のクリスマス寄付はやっぱり、ソマリアの子ども関係のものに。

ソマリアよりどこより、まず日本だろうと思われそうだけど、
心の距離では、わたしには例えばソマリアの子ども達の方が近い気もするのです。
こういうこと書くと誤解や非難をされそうだけど、
東北はずっと、わたしには外国より縁の薄い遠い場所だったのです。
東北に親戚も知り合いも友達もいなかったし
東北に行ったこともないし
東北のことを考えたことさえなくて
自分の中にあまり繋がるものがなかった。
アジアに対しては濃厚に感じる何かが、東北にはなかったのです。

だから、どうでもいいと思っているわけではないし
もちろん、遠くの他人事ではないし
以前のように縁のない無関係な土地とも思えないけど。
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確定申告

2012-02-13 | Weblog
確定申告やってるうちに、ふと思ったんだけど、
いくらわたしがバカで数字にも弱くても、
ここまでわかんないのっておかしくないか?
去年税務署から記帳指導にきてくれた税理士さんが、
真面目で杓子定規すぎて、
それは仕事上仕方ないと思ってたんだけど、
彼女と一緒にやればやるほどわからなくなった・・・
こんな小さい店の経理なのに。

だって必要なことなんて、ホントにわずかなのです、
小さい店で人も雇ってないし簡単だもん、帳簿。
子どものお小遣い帳と変わらないくらい。
なのに彼女は多分知っとくといいけど実際は必要ないとうなことをたくさん説明して
必要なことは教えきれてなかった気がする・・・
悪気はなかったろうけど教えるのが下手な人だったんだろうなぁ。

例えば、何度も何度も繰り返しテンキー入力を勧められた。
その方がラクです、と。
でもうちの店の会計くらいなら、テンキー使おうがどうしようが、
全然スピード的にも大差はないのです。
メインのMacにはテンキーついてないので
会計ソフト用のWindowsのテンキーもさわったことがないわたしに、
ただ、彼女自身がいつもやってるやり方を勧めるばかりだったのよね。
マウスを使った方がいいとも。(わたし、マウス使わない派)
確定申告するのにそれって、別に税理士さんがあれこれ言うとこじゃないでしょ。
もっと必要なこと大枠だけでもきちんと教えてほしかったなぁ。
と、人のせいにしつつ会計ソフトを閉じる。

何で固定資産科目が書き出せないのかわからんけど、
ぼやきながら結局国税庁HPのフォームに入力して
なんとか書類揃えました。
後は税務署で若くて独身の男前に教わる!(いるのだろうか?笑)

うちみたいな小さい店は、青色申告にしなけりゃよかったんだろうけど、
初年度の赤字を持ち越したいと思ったのでした。
今から思うと、急にもうかるわけじゃないし、白色でよかったか、とも。
ま、いいや。税務署の男前、待ってろよ!www

・・・・・・・・・・・・・・・
という日記を書いたのは実は2週間前。
確定申告はもう出してきました。
税務署にそんな男前はいませんでしたが(笑)
気持ち晴れ晴れです。
あと10ヶ月くらいは、またすっかり忘れて
来年の今頃も焦ってぼやいていることでしょうが。
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雨が降ると

2012-02-12 | つぶやき
>雨のときだけ車で送ってくれる人がいる、と
>友人が教えてくれた。晴れていると会う理由がないの。
>だからその時間だけ雨が降ってほしい、と。
>雨が降ると、会えたかな、と気になる私。彼女のおかげで、雨が温かい

・・・という呟きがあって、

クアラルンプールの道路もバンコクほどじゃないけど、
スコールのときは水浸しになり、機能しなくなる。
かなりしょっちゅうでした、雨期だと毎日夕方。
雨が強く降ると、わたしのバイオリンの先生から、
渋滞で今日は行けませんという電話が来たことを思い出した。
市内のプチ洪水は仕方ないけど、
バイオリンの先生の会社(昼間は会社勤めしてた)とうちの間ではさほどの浸水はない。
雨降ると渋滞にはなるけど、そうでない時も稀にある。
でも雨が降ると大体いつも電話が来て、バイオリンレッスンは中止になる。
わたしはこのレッスンが大好きだったのでがっかりしたな。
そしてバルコニーから、灰色の空と容赦なく降るスコールを見ながら
きっと先生には、雨の日にしか会えない恋人がいるのかも、と想像した。
何やってる恋人かな。
雨が降ると仕事がなくなる仕事って何があるかな。
テニスのインストラクターなど、外での仕事の女性かなぁ。

普段仕事時間がすれ違いだけど雨の日にだけ会えて渋滞の中、
動かない車内で甘い時間を楽しんでいるのかな、とか
他人事ながら、甘い妄想をしたものです(笑)

雨のときだけ送ってくれる人がいれば
雨が待ち遠しいんでしょうね。
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自分でプリントすると

2012-02-11 | 写真
いやぁ、写真、ホント下手だなぁと、わかる。
家の古いプリンタが悪いのかと思ったけど
この前ヨドバシ行った時そこのデジタルDPE機?でやってみても
やっぱり下手だった。(笑)

ただ家のと全然違うのは、自動補正のせいだけでもない感じがした。
家のプリンタは、モノクロがなぜか紫味がかっててぼんやりした感じだけど
機械のはちゃんと白黒で、輪郭もシャープで硬くて
家でプリントしたときより、ピントがあってるように見える。
かといって機械の方がいいかというと
表面のなんとなくぬるんとした質感が好きになれなかったり。
これはどうすればいいのでしょう?
紙、ちょっといいのにすると厚すぎるのか紙詰まりするし
紙、ちょっと安いのにすると途端に色がおかしくなって
白黒が紫以外の何モノでもなくなったりするし。
もっと高いプリンタを買って家でやるのがいいのかなぁ。

PCとプリンタを思い通り仲良くさせるための
何とか(キャリブレーションソフト?)を入れて
それで調整するってきいたけど、
フォトショも持ってないわたしにそれ、いるのか?できるのか?

などと疑問だらけで納得のいかないプリントをしてたけど
先月写真屋さんに出した写真が(→お店での写真プリント
思ってたよりさらにずっときれいにできてて
すごい感激してしまいました。
PCで見てるそのままで、白黒もすごくきれい!
家のプリンタや駅前のチェーンのDPE店や
ヨドバシやコンビニの機械のデジタルプリント機でしたものが
全部ゴミに見えてきちゃうレベル(笑)。
値段もほとんど変わらないんだから
ちょっと遠くても
これから大事な写真はちゃんと、こういう写真屋さんに行って
プリントしてもらおうと思いました。
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1月のこと

2012-02-08 | Weblog
1月はブログは随分休みましたが
友達の歌うジャズのライブに行ったり
日本画のグループ展に行ったり
写真展に行ったりしてました。

写真展は、ひとつは去年も行った
写真家50人のグループ展 KOBE☆HEARTS。
去年は神戸の震災からの復興を記憶、記念する写真展だったのですが
今年は東北大震災も加わることになってしまいました。
意義のある写真展として続くといいと思います。

それから京都にドアノーの写真展も見に行きました。
美術館とかギャラリーとか、いつも最終日になって
あわてることが多いけど、今回も最終日(笑)
ドアノーは有名な「市庁舎前のキス」という写真が
学生時代の自分の部屋に貼っていましたが
良くも悪くも安心感のある暖かいユーモアの写真です。
ドアノーはアーウィットと似たところがあるけど
アメリカとパリの雰囲気の違いがよくわかるなぁと思います。



そして確定申告もしましたよ。。
去年は税理士さんがついてるのに
なんだかわからないことだらけで苦労しましたが
今年はさっくりやってしまいました。
去年教わって頑張った会計ソフトですが
うちのお店のレベルでは機能が多すぎ、細かすぎるのです。
しかも、青色申告のフォームでも
うちのお店の使う種類のものはないので
結局国税庁のHPに行って
そこのフォームにしたがって入力、ということになり
次はもう会計ソフトは使わないことにしました。
ソフト使わないと多少計算が増えますが
まあ、ソフトに悩む時間を考えるとたいしたことじゃないし
複式簿記がいらない申告だと、この方が早い気が。
1月のうちに税務署に持って行ってチェックしてもらい
2月早々に提出してきて、気分すっきりです。

こんな風に1月は過ぎました。
2月からは、ここも、毎日更新はしないかもしれないけど
ぽつぽつ更新していくつもりです。
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バレンタイン前のプリザカフェ

2012-02-06 | 物件?お店を持つ?
買うと小さいものでも結構高価なプリザーブドフラワーを作る
ワークショップをやります。

今回はバレンタイン前ということで
甘くやさしいピンクのアレンジです。
お友達や家族へのプレゼントにいかがでしょう。
レッスンは初めての方でも完成までサポートさせてもらいますので
安心してご参加下さい。
お一人でのご参加も大歓迎です。




   ■開催日時・・2月8日(水曜日)10:30〜(所要時間1時間半〜2時間)
   ■場所  ・・アトリエ+カフェミント
   ■料金  ・・¥2500(花材・レッスン料)+カフェでのワンオーダー実費
                         (コーヒー紅茶400円)
   ■持ち物 ・・作品お持ち帰り用の袋
          お持ちの方はクラフト用はさみ

  講師:FT*jumelleの福澤先生
        インテリアコーディネーター資格
        AUBEプリザーブドフラワー協会ディプロマ取得

 ※お申し込みはここでのコメントかお店へのメールでお願いします。 
  お店へのメールは件名を「プリザカフェ」として下さい。

(注:上の写真は生花です、今回のアレンジではありません。)
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1月の写真集:鈴木理策

2012-02-05 | 写真
鈴木理策「PILES OF TIME」
これも木村伊兵衛賞作家
この作家のインタビューを読んだら
写真と言うものについて
なんとなくもやもやしてたことがひとつ、
すっきりしたような気がした。
大学の先生らしく、わかりやすい言葉で語っていて
なんだか何かが腑に落ちて、写真自体の印象よりそちらが興味深い。


インタビューより抜粋。

>人は必要なことしか見ないから、何が写っているかわかると
>自動的に見ることを止めるんです。
>つまり写真の情報を伝えるという得意な部分が
>写真の本性を隠してしまっていて、
>僕は写真の本性を隠していることが気になっている。

彼は写真の、情報を伝えるという以外の部分を
大事にしたいんですね。
その部分と言うのは、人が実際にものを見るときの視点で
情報ではなく印象や自分の記憶の経験や
あいまいなものだったりすると言っています。
それを大事にするために↓

>今までの写真史のなかのある種の方法論を、
>僕はできるだけ削除したいという気持ちがあるんです。
>フレーミングによる安定した構図や絵画的な方法論を削除していくと、
>あたかもその場で自分がモノを見ている状態に重なってきたんです。
>だから、ある場所に行ったときに、自分がその場所で目にしたものや、
>ピントを合わせた場所にカメラをセットしておいて、
>構図をできるだけ考えないようにしているんです。
>シャッターを押すタイミングも自分自身が決定すると、
>決定したことが写真に写りこんでしまうように見えるので、
>たとえば風が吹いたり、鳥が鳴いたり、
>自分が体を動かした瞬間に折れた小枝の音だったり、
>自分の外にある要因でシャッターを押すようにしているんです。

これはつまり、写真を偶然性にゆだねているというよりも
自分の意志が関わるのを注意深く避けているということでしょう。
見えてわかって安心する情報を提示するのではなく、
そうすることで自分の枠の外のものも写し取り
自分の枠を無限に広げているということかな。
表現って、「自分」が見えちゃううちは
あざといものだと思うからなぁ。

>そうすることで、見る側からすると何が写っているのか一目ではわからない。
>写真を読み解かないとわからないから、写真に関わろうとする。
>そのことで、あたかも自分がそこに立っている錯覚が起こると思うんです。
>写真はイリュージョンだから、
>錯覚を誘発しなければならない。

>人はピントの合っていない絵を見ると、ピントを合わせたくて彷徨うんです。
>でも合わないんです。
>目では合っているんだけど、ピントがぼけている状態だから
>合っているところを探すんですよ。
>僕は必ずピントの合っているところを作っておくから、
>必ず見つけてピントの合っているところにとどまるんです。
>人はそこで絵が見えたと思うんです。

>フォーカスがあってないほうが人は焦る
>焦ったほうが感覚を開く

これは、無作為だったりピントがずらしたりした写真を
錯覚を誘発するものとして
新しい感覚を開くものとしてとらえているのですね。
わたしの思う現代美術というものの考え方と同じだなぁ。


>デジカメが動画と比較されて、写真の延長線上にあるというより、
>僕は動画の止まっている静止画として考えます。
>ちょっとカメラとは違う感じがしますよね。
>緊張感無しに生まれてきた写真に対して、僕は興味が持てないんです。

>暗いところが見えてしまうと、人は想像しなくなる。
>デジカメは、ある種の闇を無くしているんです。

結局、写真というものの一番の役割は情報ではなく
想像の余地、というか
想像を誘発するものと、この作家は考えているということですね。

このインタビューを読んだ後で
最初の佐内さんの写真集について改めて考えると
少し何かわかってくる気がしました。
こういうことをよく考えていると
自分の写真も変わって行きそうな気がするなぁ。


hope the stories that
begin here continue on into your dreams.
(この物語があなたの夢の中へつづいていくことを)
これはこの写真集の冒頭のことばです。

写真は息子の学校。
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1月の写真集:佐内正史、楢橋朝子

2012-02-03 | 写真
1月のカラープリント授業の日に紹介された写真集について。

佐内正史「生きている」
木村伊兵衛賞受賞作家の、デビュー写真集です。
対象物そのものではなく、写真を撮りたいのだ、
というようなことをおっしゃってるようです。
広告の仕事も色々活躍されているようですが、
この写真集の被写体は日常生活の中の何でもないもので
標識とかドアノブとか机の上とかで、
その少し黄色がかった写真たちは、
甘さはないけどノスタルジックな感じがする。
とても丁寧に静かに撮っている感じです。
写っている何でもないものに、ちょっと心を留める感じはわかるんだけど
それをこんなに丁寧な写真にするのは正直よくわからないのです。
たくさん撮って、薄い紙にプリントして
大量のボリュームで作品集にするなら、わかりやすい。
そうやって見ると、ものではなくそこに共通するもの
つまり作家の言う「被写体ではなく写真」が見えてくる気はするのです。
でもこんなに丁寧に静かに撮って
1枚1枚に完結した十分な意味があるように見せられるのは、わからないなぁ。
こちらも同じ丁寧さで読み解くように見ないといけないのかな。



楢橋朝子「half awake and half asleep in the water」
ホームページ
水中にカメラを持ち込んで画面の中程に水面が来る写真で
以前紹介された写真家のMartin Parrによる編集。
溺れた時に最後に見るシーン、という見方もできる写真で
わたしはぷかぷかと不思議な気持ちがしたけど
先生は不穏な、不吉な感じがすると言ってた。
水面は並行ではなく、波で揺れてたり
単に斜めになってたり、広くぼけてたり、で
スタイリッシュな感じではなく、撮ったままな感じだけど
だからこそ、コンセプトだけではない何かが心に残る写真ではある。

上の写真は近所の駐車場。
この石の「ね」の文字が謎で長年の疑問なのです(笑)。
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お店での写真プリントの頼み方

2012-02-01 | 写真
1月最後の写真のクラスは、
甲東園にある「フレーム」というかわいい写真屋さんへ行き
プリントしてもらうときのオーダーの伝え方を練習する授業でした。



まずは学校で一旦集合し、一通りの説明。
オーダーで
コントラスト、色味、シャープネスなどを変えられるし
あと白いフチありとか、マットな写真とかもできるお店です。




写真屋さんに移動して、
どれくらい変えたらどれくらい変わるかのサンプル写真も見ながら
各自自分の持参したデータやネガに各自オーダー付きでプリント依頼。
わたしは、まずカラーのコントラストのはっきりした写真ひとつを
普通のそのままプリントと
少しハイキーでコントラスト弱くしたのと
それをさらにマットな紙にしたのと
3種類オーダー。
あと去年韓国に行ったときのモノクロの夜の写真を
まとめてマットな紙の写真にお願いしました。
これは全部白フチ付きで
黒いところはシャープな黒さでお願いします、と頼んでみた。

駅前のチェーンのDPEショップとかでは
できないことが多いかもしれないので
楽しみです。
出来上がりは次の授業なので、待ちきれない〜。

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石けんワークショップ

2012-01-30 | 物件?お店を持つ?
お店では毎月ニットカフェと石けんカフェをしています。
ニットカフェは毎月第1水曜日の10:30〜
石けんカフェは毎月第1土曜日の10:30〜です。

今月はもうニットカフェは定員なのですが
石けん作りの石けんカフェはまだ大丈夫です。
お時間があえば、ぜひどうぞ。

2月はこぼれ梅石けん。
これは酒粕の仲間のみりん粕の名前で
それを加えて作る石けんになります。
酒粕が美白や保湿にいいというのはよく聞きますが
みりん粕は、糖分などが酒粕より多いので、さらに効果的な
しっとりした洗い上がりが期待できます。

講師は石けん作り10年のキャリアがあり
神戸や伊丹で教室をしているアトリエ アプンテさんです。
(→アトリエ アプンテ ブログ

日時 :2月4日(土曜日)10:30〜12:30
持ち物:筆記用具、エプロン、ゴム手袋、洗って乾かした牛乳パック
    タオル(牛乳パックをくるめる大きさ、保温用)
    牛乳パックを横に入れられる袋(持ち帰るとき用)
定員 :6名
受講料:3500円で通常サイズ石けん8〜10個分、さらにナチュラルプチコスメ付き
*お菓子とカフェでのおいしいドリンク込み

お申し込みはここへのコメントか
cafemintへのお電話やメールなどで承ります。

写真は先月作った椿油石けん。マーブル模様にしてみました。
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角座

2012-01-26 | 小さいもの
お店の木の椅子用に
マーガレットの円座をたくさん一気に編んだけど(下写真)
渋いチャコール色の毛糸があったので
これはマーガレットじゃないなぁとさがして
スタークロシェというかぎ針の編み方のひとつで
角座を編んでみました。

スタークロシェは結構しっかりした編み地なのだけど
糸の太さが足りないので、裏側に軽い編み地のものを編んで
2枚まつって作りました。
小さい星が並ぶようなスタークロシェを編むのは初めてて
ネットの動画や編み方を見て編んだので
あってるかどうか不安ですが
見た目はいい感じで満足です。
スタークロシェ編み、楽しいー!


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カラープリント体験

2012-01-24 | 写真
一体どういうことをどういう手順でするのか
よくわからないまま、どきどきと行ってきました。

カラーの暗室は本当に真っ暗です。
よく、暗闇に目が慣れると言うけど
あれは本当の暗闇じゃないから慣れるのですね。
本当に真っ暗だと、いつまでたっても真っ暗です(笑)
直島で体験した真っ暗闇を思い出しました。
ジェームズ・タレルの真っ暗な室内のアートです。
ジェームズ・タレルの南寺
あれは圧倒的な真っ暗体験だったなぁ。

さて、ざっくり説明しましょう。

写真の奥に並んでいるブースの中にあるのが引伸機。


ここの上下に動く部分(ネガキャリア)に写真のネガをはさみます。


そのネガに上から赤い光があたって
下にある台(イーゼル)の上に像が出るので
それを見ながらピントや大きさ、絞りを調節します。
それからイーゼルに手さぐりで印画紙を置いたら、
まずは1枚、段階露光をして光の調子を見ます。
段階露光と言うのは段階的に時間を変えて光を当てることで、
ボール紙などで部分的に隠す部分を動かしながら
1秒〜数秒おきにネガに露光していくのです。
これらのボタンが露光時間のタイマーなどです。


ちなみにネガは、写真撮るときとは逆で
光が多く当たれば当たるほど暗く
光を当てる時間が少ないほど明るくなります。

露光が終わったら、こちらの機械(ペーパープロセッサ)を通して現像。


中には3種類の調合した液体が入ってて
これは時間と共ににどんどん酸化するし
プリントするたびに液も劣化?するので
同じ写真でも二枚と同じにはできない
すごくアナログというか、生ものな感じの作業です。
プリントしたら水洗いして液をきれいに取り去ります(かなりごしごし洗う)。


乾燥機を通して、出来上がり。


この段階露光した写真で光を当てる時間の長さを決めます。
わたしは1秒と2秒の間くらいかなぁ、と1.4秒にしてました。
それで、その明るさでもう1枚プリントしてみたら
今度は色味の補正です。
引き延ばし機の右側のこのつまみの
イエローとマゼンタ(赤っぽい色)を使い
色を足したり引いたりするのです。


これもパソコンなどの編集作業と逆になるので、
黄色が強いと黄色を足すことになります。
捕食の関係の色を足したり引いたりもするので
慣れないと頭がこんがらがります(笑)

補正の色や量を決めるときは
セロファンみたいなフィルターを通して写真を見て参考にします。

フィルターには濃さの違う色があって
それぞれに何を+いくら、みたいなことが書かれています。

わたしの場合は、緑がかっていたので、
イエロー+10、マジェンダ+10、にして再挑戦。
写真屋さんの同時プリントに比べると
まだ緑が強い気もするけど、色はそのまま
もう少し露光を減らして明るくして、もう1枚プリントしてみました。
少しだけノスタルジックないい感じの色になったかなぁ。

パソコンでやる作業と、要は同じことなんだけど
プリントのきれいさが違うし
手作業が面白いし
フィルムの写真を撮る機会が増えたら
もっとやってみたいなぁと思いましたが
フィルムで撮る機会は、増えはしないかなぁ。
機械や廃液処理の問題もあるので、
素人が自宅でやるのは難しいですね。

でも、こんな面白いんなら、白黒の自家現像も
いつかやってみたいかも・・・
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写真学校の生徒作品講評

2012-01-18 | 写真
12月、飯沢耕太郎さんの講演のあと
昼休み休憩をはさんでから(美味しい海鮮丼を食べちゃった)
宝塚メディア図書館の写真表現大学の生徒作品を
飯沢さんが講評すると言う授業の見学をしました。
20人弱いたので2時間くらいかかったかな。

わたしの今通っているプレフォトコースというのは
10回の授業で終わるもので
いうなればこの写真表現大学のミニコース版ですが
写真大学の方は1年とか2年とかのコースになってて
週1回〜2回くらいのペースでじっくり勉強するところです。



テーブルを並べて2つの大きな場所を作り
片一方で講評している間に
もう一方に写真を並べて準備するという手順。

こういう作品の講評や合評は美大の授業で慣れてるけど
写真は日本画とはやっぱり全然違うな。
写真の講評は、できあがったものしか見れないし
できた作品に手を加えるのは難しい。
日本画は、本画を描く段階でも
多少手直しはできるし、先生の言葉は感想や批評と言うよりも
実際的なアドバイスになる。
出来上がった絵を見るときでもそうだな。
写真と絵は、本当に違うなぁと思いながら見学しました。

最初の生徒さんは、すごく写真は上手かったと思う。
すらりとしたカッコいい感じの若い男の子で
とにかく、写真も上手いし、
作品集の形式で並べてたけどその構成もうまいし、
素人っぽさも見えず、きれいにセンス良くできてると思ったけど
飯沢さんは結構厳しかった。写真自体のうまさにはひと言も触れなかったし。
上手くて当たり前なのか、とも思ったけど
後半、わたしから見てもそれほど上手くない人にも何もおっしゃらないので
上手くて当たり前というのではなく
上手い下手は、問題じゃないのかな、彼にとって。

上手い人に程、厳しいというのは
まあ、一つの態度ではあると思う。
下手な人に厳しいこと言っても通じないしできないもんなぁ。
下手な人はこれから学ぶことがたくさんあるけど
上手い人は学ぶべきことを探していかなきゃいけない。
満足させちゃいけない、ということかな?

生徒さんの年齢層は、わたしの通った美大の通信と同じく
老若男女様々で、仕事や経歴も様々でした。
やっぱりねぇ、一度こういう環境で勉強すると
同じ年ばかりの子の学校とか、もうつまんなくてやってられなくなると思う。
多様な人の多様な作品を見るというのは
本当に面白いことです。
仕事があるしお金はないので(笑)、
1年コースには通えそうもないけど
こうやって一端を見せてもらうだけでも、面白かったです。

今回は見学という立場で、
他人事のように見て聞いていましたが、
実際、自分の作品に対してアドバイスをうけるより
いろんな生徒の作品への評やアドバイスを聞くのが
何よりも勉強になるのは、絵と同じですね。
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飯沢耕太郎氏講演

2012-01-16 | 写真
12月に、震災後の写真について、というようなテーマで
写真評論家の飯沢耕太郎さんの講演会が
宝塚のメディア図書館であったので行きました。
震災後の被災地の写真については
ツイッターでも写真家の方の考えを見かけることがあって
興味があったのです。

その写真家の方は、
被災地の様子や被害者の写真を撮って発表することに
釈然としない思いがあるのです。
今起こっている悲劇や不幸を
自分の作品として発表することはできない、
美しさをそこに見ることが、作り出すことが
自分にはできないし、そういうことに好感は持てないという立場。
彼にとっての
報道写真についての考え方の一端ということですね。
わたしもそれは何となくわかるし、そう思う。
報道として撮るのはいい、
それを発表するのもいい。
でもそれは事実を知らせる、無記名の報道写真としてで
作品として名前付きで出すのはどうだろうか、と。

結果的には、わたしや前述した写真家の方の
もやもやした気持ちのような点についてはほとんど述べられず
震災後の被災地や底の人々を撮影した
写真集や写真展の増えてきた現状について
何人かの写真家をとりあげて紹介、解説するという講演でした。

飯沢さんは、震災後の写真というテーマの
「アフターマス」という本を出したところで
その中で取り上げられている写真家、菱田雄介さんもいらしてて
一緒にお話しされました。


菱田雄介「hope/TOHOKU」
震災後、同月下旬に被災地に入り撮影をし
10日後には個人で作る写真集Zineという形で作られました。
これは実物を見せてもらいましたが、
1日も早く作って見てもらわねばという気持ちが伝わります。
いそいで作ったせいかシンプルでわかりやすい写真集になっていて
その分、ややありきたりな構成で
写真集としては深みに欠けるような気はするけど
このスピード感はZineの強みかもしれません。
それをいうならネットでの発表がもっと早いけど
ネットを活用できる層とは違う層に働きかけるには
Zineは面白い媒体になるかな、と思います。


畠山直哉「ナチュラル・ストーリーズ」(東京都写真美術館の個展)
岩手県出身の畠山さんはお母様を津波で亡くされました。
震災直後から何度も被災後の街を撮影しているけど
彼の写真にわかりやすい感傷性は見られず、
個人的な記憶は目に見えないし写真に写らないというスタンスで
丁寧で明瞭な写真を撮っています。
でも、「誰かに見てもらいたいというよりも、誰かを超えた何者かに、
この出来事の全体を報告したくて撮っている」
という写真家の言葉は
わたしのもやもやの答えの一つになるように思う。
大変緻密で美しい写真なのですが
これを彼は自分のために撮っているのでは全然ないのですね。
誰かに見せるためでもない。誰のためでもなく
むしろ祈りに近いもののように思います。
祈りであれば磨いて美しくしていくのも納得できるのです。
でもそこまで全く私心や邪心のない写真家は
実は滅多にいないのではないかとも思うけど。


在本彌生「3・11大震災 写真に残された記憶と祈り」
(建築雑誌「X-Knowledge HOME」特別編集合)
たとえば被災地で、置き去られた?ソファの写真には
「こんな可愛いソファはいったいどんな家にあったのだろう。
不思議さ、奇妙さ。空恐ろしさに思わず足が止まった」
というコメントがついていて、写真家本人の揺れる感傷が伝わります。
ディテールを拾っていく感じ、物語を想定させる感じは
女子写真っぽい甘さを感じるところがありますね。


篠山紀信「ATOKATA」
これも美しい写真集です。
飯沢さんは最初否定的な気持ちで、何か文句を付けてやろうと見始めたら
見ているうちに考えが変わったと言います。
篠山紀信の本能と経験のすべてを出し切っていると感じられのだそうです。
どれもきれいな写真で、それでいいのか?と疑問視していたのが
それもありかも、と思わせる美しさに変わり
様々なあり方でいいのかもと思うようになった、と。
彼なりに全力で、全身全霊で撮ってると。
この写真集を見てわたしも確かにそう思いました。
篠山紀信が特に好きではないのだけど
この写真集は、もっとじっくり見てみたいと思いました。


最後に、過度に悲惨な写真、例えば死体の写真について
これは撮って見せるべきか、という質問にたいして
飯沢さんと菱田さんはそれぞれ別の意見を言われました。
飯沢さんは個人的には見せていいと考えているが
タブーがないわけではなく、距離感や時間の問題はある、と。
菱田さんは、家族や亡くなった人の気持ちまで含めて
撮って伝えるべきという意見もあるだろうが
自分はノーだと思う、と。
本当に必要なら個人で撮ってウェブ上にでもアップすることもできるのに
滅多にないのは、やはり人間として歯止めがかかっているのでは。
倫理観や宗教的な感覚で遺体をさらうことへの抵抗があるし
何より自分は人の死体を、どうしても写真に撮ることはできなかった、と。



・・・なるほどねぇ。
いろんな考えを聴くのは本当に勉強になるし
それよりも、自分以外の人を少しでも
傷つけないで、理解するのには必要なことですね。
想像力では補いきれないことを
たくさん見たり聴いたりしないといけないなぁと思います。
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