sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

少しずつの故郷

2018-06-30 | Weblog
つかこうへいの言葉だったか、故郷は愛する人の胸の中にある、
というのが好きなんですけど、
それは自分が、在日で、故郷らしい故郷なしに生きているからかもしれません。
自分にとって一番大事な場所を、それが実際の土地でも、誰かの腕の中でも、
あるいは夢の中の想像の世界であっても、そこが故郷だと考えるのが好きです。

生きているといろんな場所に住む。
同じ場所にずっと住んでいる人もいるでしょうが、
心の中は、今実際に立っているその場所よりも広く遠くへ行くこともありますよね。
そういう中で、人生のどこかの部分で馴染みになる大事な場所というのができてきて
それら全部が、少しずつ自分の故郷になっているのだと思うと、暖かい気持ちになる。
住んだ場所も、会った人たちの輪も、よく訪ねる同じ美術館や映画館も、
通学や通勤で乗り続けた電車の中も、何度も繰り返し読んだ好きな本の世界も、
あるいはもう記憶にしかない楽しかった思い出の時間も、
それぞれが少しずつわたしの故郷なのだと思います。現実の場所だけでなく。

そして、日本人以外は出て行け、文句があるなら日本から出て行け、と
在日の人や外国人の人に言う人たちを、窮屈でつまらない人たちだなぁと思う。
そういう人たちにだけ優しい故郷って、実際は狭くて息苦しいことだろう。

たたかれる

2018-06-29 | Weblog
前に電車の中で、咳が出て(風邪ではなく、なにかのどにひっかかった?)
手で口元を押さえながら咳をしてたら横の横にいた年配男性に凄い形相で睨みつけられ
咳するたびに咳の数だけこれ見よがしに派手な舌打ちをされて、
猛烈に腹が立ったことがありますが、
今日は電車でわたしの横の狭い隙間に無理やり座ったおっさんに、
いきなり扇子で足をペシッて叩かれた。
小さく組んでた足がそのおっさんのズボンに触れたのかもしれないと、
とっさに謝って足を組むのを解いてさらに小さくしたけど、
後で考えたら、これって、いくらなんでも、普通、叩く?
自分が悪かったのかとつい恐縮して謝ってしまうけど、
後でだんだん腹が立ってきた。
それ、わたしは女子供でなくても、叩いた?叩かないよねきっと。

そういう失礼で不躾なのは、ほぼ100パーセント年配男性だ。
威張った態度が癖になってるんだろうな。

つい数日前に、駅のホームで譲り合う人たちの気持ちいい場面を書いたけど
電車の中では、嫌な思いをすることも多いです。
多くの場合、女だから。やる方は自覚してない顔しれないけど
わたしがでかい男だったら、きっとやられてないことばかり。
弱い相手に優しくなるどころか、居丈高になる人って多い。
つい謝ってしまう、わたしもよくない。
自分のためじゃなく、他の女性や子供たちのためにも、
こういう相手にはちゃんと怒るべきなのよね。
「もしも靴の先がどこかに触れてしまったなら大変申し訳ありませんでした。
 お詫びします。でも、だからって人の体を叩く権利は、あなたにはない。
 とても失礼だし、痛くなくても暴力ですよ。いい加減にしてください。」
と、怒るべきだったんだなぁ。
でも驚きすぎると、そんなことを考える余裕もない。
タイミングを逃さず、怒れる人になりたい・・・。

ただの人。

2018-06-28 | Weblog
事務の仕事を始めてちょうど一年。
カフェと教室をたたんでから、ちょうど3年になります。
カフェをたたんだあとは、とても疲れていました。
ひとりでお店をやるのって、体力だけでなく、
なんでも自分ひとりで考えて決めてやるしかなくて、
そういう心細さや孤独が身にしみる5年だったので、2年くらいはぼーっとしてた。
困ったことやつらいことがあっても、人に相談できない自分の性格も
よくなかったですねぇ。しかもどう考えても相手が悪いときでさえ
わたしはすぐに自分が悪かったのかもと思ってしまうし・・・。

お店を閉めたときに、こんなことを書いていました。
まだ片付けや引越しや解体やいろいろあるけど、
ああ、仕事終わったんやなぁと、今頃しみじみ。
子どもたちが、クラスなくなるのやだやだ言ってくれて、
申し訳なかったけどうれしかった。
子どもは苦手だし、いつもなめられてばかりだったけど、いい経験だったなぁ。
いい仕事だった。

もうわたし、絵の先生じゃないんだなぁ。
英語の先生でもないし。カフェのオーナーでもないし。
ただの人になりました。ただの酒飲みか。笑


お店を閉めてから2年ほど酔っ払ってて、
去年からは地味に昼間の仕事に落ち着いて、色々と気持ちが枯れていますが
結局今も、ただの人として、相変わらず大体機嫌よく生きています。
でも普通に働いているので、
なんでもない、何者でもない空っぽな人、という意味の「ただの人」ではなく、
ごく普通のどこにでもいる人という意味の、ただの人、かなぁ。
誰かに初めての場所で知らない人たちに紹介されるときに、以前は、
ええっと、なんかたくさん映画見たりしてる人、とかもごもご言われてたんだけど
今は普通に、会社員、と言えるので、ただの人でも、ちょっと内容が違うか。
自分の頼りなく寄る辺ない、何者でもなさは、変わらないけど。

でも、もっとうんと、なんでもない「ただの人」になって、
そこからそっと自分にとって大事な何かだけに取り掛かりたいとは思っている。
自分の人生を落ち着いて取り戻している最中なんだろうな。

エアコン最強

2018-06-27 | Weblog
昨夜みたいな蒸し暑さだと、暑さに異常に弱いわたしは
39度くらいの熱が出てる方がまだ元気、というくらい元気がなくなります。
インフルエンザもつらいけど、一番しんどいのは数日だけ。
でも日本の蒸し暑さは何ヶ月も毎日毎日続くのです。
大げさでなく、39度の熱でろくに動けない方が、まだしんどさはマシなわたしには
昨夜はもう、数分ごとにじわじわと内臓にもダメージが溜まっていく感じで、
息は浅く頭は朦朧。熱中症に似てるけど、暑いところにいる間はず〜っと
こういう暑さでパニックになってる感じ。実際パニック状態と同じで、
扇風機の前で冷えた炭酸水を飲んでても、暑さで何も考えられない。
本も読めず、ツイッターさえできない。。。
朝起きても胃が、ボトル1本飲んだ翌朝なみに、ボロ雑巾のように疲れ切ってた。
瀕死。

というわけで、今月いっぱい、なしで頑張ろうと思ってたけど、エアコン始めました。
今、嘘みたいに元気です。
美味しいもの作る元気も食べる元気ももりもり。

エアコンとコリン・ファースとどちらかしか選べないならエアコンを選ぶくらい、
暑さに弱い。特に湿気。25度くらいでも昨夜のように
フローリングの床がべたつくほどの湿度は、もう無理。
脳みそも心も内臓も、ほぼ死にます。

それで、エアコンなんですけど、
小さい部屋でエアコンを効かせると風や冷気でしんどくなるので、
大きめの部屋でしっかり湿度を下げてほどほどの気温という環境でないとダメ。
エアコンの冷気の風で気温が下がってるというよりは、
全体に壁も床も全部ひんやりしてるために・風はなくても自然に涼しい感じ。
うちの20畳くらいのリビングで25度設定でエアコンを24時間つけてると、
室温は多分25〜6度くらいだけど湿度が低く、すごく快適。
ドア閉めてても、24時間つけっぱなし効果で廊下や他の部屋の湿度も上がりにくく最高。
ちょっと今日、外も涼しいなと、エアコンを止めて窓を開けると、
気温は変わらなくても、うにゅ〜っと流れ込んでくる湿気で、
いきなりわたしの行動力は8割減くらいに減ります・・・。
だから、いない時間が多くても、基本的に24時間つけっぱなしにする。
数年前に、こまめに消すのと、何週間でもつけっぱなしなのと
電気代を比べて、つけっぱなしの方が安かった実績があるので
もったいないとか思わないで、つけっぱなしにします。
いや、もし、もったいなくても、日本の長い夏の間頭も心も内臓も死んで
何ヶ月も本も読めずものも考えられず使い物にならないよりは
頭と心はちゃんとくつろげて本も読めて、体はしっかり動けるまともな室温の方が
生活の質が100倍良いので、選択肢は他にないのです。

ほんと、愛するコリン・ファースには申し訳ないけど、
エアコンを選ぶしかない。ごめんね、コリン。

「朝鮮大学校物語」

2018-06-26 | 本とか
お風呂でヤン・ヨンヒの「朝鮮大学校物語」を読み終わって、のぼせる。
暑ぅ〜。扇風機出さなければ。

映画監督である作者の作った映画「かぞくのくに」はとてもよかったし、
「かぞくのくに」の方が、作者の人生に近い話だということだけど、
そのせいなのかどうか、それに比べると小説はいまひとつな感じ。
映画的なシーンが目に浮かぶ場面は多かったので、
小説ではなく映画にしたらいいのにと、普通に思う。
コンパクトにまとめて、70分くらいの映画にするといいかな。
小説としては、物語は凡庸だし、人物も特に面白くなくて、
恋愛も、主人公の心の動きさえごくありきたりと思うけど、
でも、それよりなにより朝鮮大学の実態が珍しくて興味深い本でした。
物語は、まあどうでもいいか、と思うくらい。

一応自伝的「フィクション」らしいので、小説も全てが事実ではないでしょうが、
わたしとほぼ同じ世代(せいぜい1歳くらいしか違わない)の作者の大学生活に呆然。
本の帯にも「ここ(朝鮮大学校)は日本ではありません」とあった気がするけど、
ここに描かれている大学は、嫌韓・嫌朝鮮の人が揶揄する北朝鮮が、
まあそのままの感じに存在するような場所で、こんなだったのかぁ、と驚きました。
個人崇拝、愛国、情報統制、思想も表現も行動も自由がなく、
ひたすら従順に首領様を崇め、進路まで強制される。ぞっとした。
小説の舞台は30年前なので、今はどうなのかはよく知りませんが、
死んでもこんなところに通いたくないし、息子をやりたくもないと強く思った。
心や行動の自由を奪われたところに、民族意識だけ注がれて一体何になる。。。
主人公が訪ねる北朝鮮の描写も、そこで苦しむ人たちの様子に心が痛み、
つらい気持ちで、北朝鮮の独裁体制への憤りを抑えることができません。

一方でそれとはまた別に、日本人の友達や恋人から主人公への
善意の、無自覚な暴力も、きつい。それ、わかりすぎる・・・。
在日の特に女性が、内憂外患というか四面楚歌というか、三界に家なしというか、
体制からは抑圧され、世間からは差別され、親には支配されながら、
そのような差別に反対のはずのやさしい善意の日本の人の
無知や無理解にも傷つけられるというのも、本当によくわかるのです。ああ。

そんな中で主人公はよく自分を貫いたものだと、感心する。
洗脳に近い教育をずっと受けてきて、疑問さえ持たない人が多い中、
自分で気づき、よく考え悩み、結局自分を信じて戦う主人公の勇気。
作者の人生に起こったことや出会った人物は、この通りじゃなくても、
彼女が見たことや感じたことのほとんどは、この通りなんじゃないかな。
まっすぐで強く優しく、立派な人だなぁ。
そういう人が、あの映画を撮ったのねぇ、ともう一度観たくなりました。

でも、そうやって感心して納得しながらも、
作者の勇気に、かえってうちのめされる自分も、またあるのです。
同じ年代でも、全く全然ダメだった、弱くて戦えなかった自分を直視させられて。
彼女はあんなところで、あんな自由で優しい心を失くさず、
よく潰れずにひとりで頑張れたものだなぁ。
それに比べて、わたしは簡単に負けて壊れてしまったし、
多分もう回復はしないと思うくらいダメになった。
読み終わって、自分が情けなくてお風呂の底に沈んでいたかった。

小説の内容について、あと、一点、
本の中では、ほとんど語られてなかったけど、
組織のために、主人公の姉を北朝鮮に帰らせて苦しませながら、
主人公の進路も学校と一緒になって強制し、
彼女本人の意思に反して、体制追従の教師にしようとした父親のこと。
この父親、いったいどういう人間なんだ。
30年前とはいえ、娘を一人の、人格のある対等な人間だと思ってたら
そんなことはできなかっただろうに。
まあ30年前の在日社会など、日本の何倍も、恐ろしく旧弊で父権的な父親が
ごく普通だったとは思うけど、
そういう父親のことや、父に対する主人公の気持ちなどの描写が
ほとんどなかったのが気になりました。
父親を悪く書かないと言うのは、北朝鮮や総連を単純な悪者にしないのと同様の
作者のバランス感覚なのかもしれないし、
この小説のテーマがぼやけるからという考えなのかもしれないし、
朝鮮大学校に対しても北朝鮮に対しても、小説の中で声高なメッセージで
批判するような幼稚な表現は避けているというのもわかります。
でも、わたしは、奥歯にものが挟まったような気持ちになって、もやもやして、
こういう部分は、わたしの、この小説の正直さに感動する気持ちを少し削ぎました。

いろいろ書いたけど、最後に、もし、この本を日本の人が読んで、
ああ北朝鮮怖い、朝鮮学校サイテーというだけの感想しか持たなかったなら、
いくつもの意味でとても残念だし、悲しい。
また祖国を愛する在日の人たちや、朝鮮学校で民族教育を受けた人たちが
この本に対して、我が国のことを誹謗中傷するな!と怒ったりするのも、
それ以上に残念だし、バカバカしいと思う。
誰かにとって未知の世界で、得体の知れないコミュニティに思えても、
どんな体制や社会の下でも人は生きていて、生きている人々は多様で、
そのすべての人に、人権はあるということだけはわかったまま、読んでほしい。

ある同級生

2018-06-25 | Weblog
私用で、役所の出先機関?サービスセンターみたいなところに行ったら、
窓口の人がわたしの身分証を見てすごく怪訝そうな顔をする。
在日の人も多く来るだろうに、特別永住者証明カードがそんなに珍しいのかな?
新人パートかな?と訝しんでたら、そこに書かれていない古い名前を呼ばれて驚いた。
高校まで使ってた親の通名だったので、学生時代の友達だろうとか気づいたけど、
「わたし、〜〜よ。」と言われてもどうも思い出せない。
何度か旧姓を聞きなおしたけど、耳が悪いのでよく聞き取れなかった。
ごめん思い出せない、と正直に言ったけど、
「いやー。わたしよ。〜〜よ。覚えてるでしょ!」と言い張るので、
仕方なく曖昧な顔で話を合わせた。
そのあと、何人か共通の友達の話をしたけど最後まで思い出せないままでした。
中高大と10年同じ女子校に通ったはずなのに。
中高は学年180人しかいないのにね。
今度会おうね!といわれたけど、中高大とつらいことが多かったし、
学校は嫌いだったし、あまり誰にも会いたくないのよねぇ・・・
本当に本当にしんどかったんだもん。学校。
学校は、間違った場所にいるということのつらさをよく学んだだけだったと思う。
それは家庭も同じで、30歳すぎるまで居心地のいい場所や人たちというのを
ほとんど知らずにいました。
そして普通に自分で居られる場所を初めて知って
普通に友達もできて、なんだこれは!とびっくりした。
学校でも家でも、そんなことは全然なかったからなぁ。ずっとひとりだった。

それはそうとして、
日本で生まれ育ってその人と同じ日本の女子校に中高大と通って、
在日でも2〜3世の世代のわたしの特別永住証明カードを見ながら、
ずっと日本に住んでたの?韓国には帰らなかったの?家族は帰った?と聞かれて、
普通の日本の人の理解ってこんなレベルなのよねぇ・・・と、どっと疲れもした。
悪意は全くないのはわかるし、ヘイトから遠いか近いかはどうもわからないけど、
少なくともあらゆる理解から遠い・・・。

とん

2018-06-24 | Weblog
巨大で欲深く、鉄も石も山も、全て喰らって、闇、無だけを残す、
最後には自分自身さえも食べてしまうという、
中国の伝説の怪物「とん(犭貪)の話を聞いて、
なきゃないで食べずにいられるのに、、食べ物がテーブルに出てくると
何でもたくさんたくさん食べてしまう自分の業の深さに
その「とん(犭貪)」を思う。
いっそすがすがしいほど、究極に愚かで浅ましく醜いとん(犭貪)とは違って
昨夜飲みすぎ、今日食べ過ぎのわたしは、ただの愚かな人間ですが。

人ごみでぶつかる

2018-06-22 | Weblog
駅で二人の男性が人混みの中すれ違う時に、ぶつかりそうになって、
それぞれ、左、右、左、右と同じ方に避けるのでどちらも進めない。
時々ありますよね、これ。
どっちか不機嫌になって舌打ちでもしそう、と横を通り過ぎながら見ていたら
二人ともふっと顔を緩めてやさしい苦笑をして、ゆずりあって通り、
ああ、ちゃんと優し人もたくさんいるよねー、と、ほっとしていい気分になった。

でも、実際はそういうことは少なくて、だいたい大きい方、強そうな方が、
不快感をあらわに舌打ちしたりすることの方が多いんですけどね・・・。

大きくて強くて年上ってだけでそうでない人より少しやさしくあれ、って思うのは
場合によっては不公平で酷な要求かもしれないけど、できればそうあってほしい。
わたしも、自分より小さくて弱くて幼い人には、
できるだけ、相手より少しだけでも余分にやさしくありたいと思うけど
できてないことも多いかなぁ。

江戸の戯画と鈴木春信展

2018-06-21 | 芸術、とか
大阪市立美術館でやってる「江戸の戯画」展のチケットをもらってたので
ギリギリに駆け込みました。いつもギリギリだな。
「江戸の戯画」展は見に行った人も多くて評判が良く、楽しい展示でした。
滑稽な人間もおかしいけど、動物を不思議に擬人化して描いたものが可愛くて好き。

戯画というくくりで、国芳、北斎、暁斎などの小粋な絵を集めるのはセンスいいね。

でも個人的には、このあと近くのあべのハルカス美術館で見た鈴木春信の方が好きです。

どんなにたくさん見ても全然疲れない絵なんです。
才気溢れないし、危機迫らないし、笑わせる尖ったウィットもない、
とにかく、なんしか、雅。過剰さも歪さもない、うっとりする調和の世界。
北斎などは、これに比べると技術や才能、執念に感嘆しすぎて疲れるんですよ。
春信はゆったりと気持ち良く同じ気分で見続けてればいいのです。
暑い日の美術館ハシゴでへろへろになったけど、見てよかった。

これは、春信カプチーノ。
最初はもっとはっきりしてたけど、運んでいるうちに少し崩れちゃった。
こういうの好きです。コーヒーはブラック派だけど、頼んでしまう。

鈴木春信見る前に、市立美術館横の慶沢園(住友家本邸庭園跡)をぶらぶら散歩。
東屋の中は風が吹いて気持ちよく、ご近所さんでしょうか年配の方が
よもやま話をしながら将棋を指している。
広大な庭、ではなく、割とこじんまりしていて池の周りを1周しても疲れないので
これくらいの大きさの庭が近くにあるといいなぁと思った。


「江戸の戯画」展概要(公式サイトより)
太平の世が続いた江戸時代には、多くの戯画(ぎが)が描かれました。一口に戯画といっても多種多様なものがありますが、本展では「鳥羽絵」をキーワードに江戸時代の戯画をご紹介します。
鳥羽絵は、広く戯画や漫画を指す言葉として使われることもありますが、より限られた意味では、18世紀に大坂を中心に流行した軽妙な筆致の戯画を指します。そこに描かれる人物は、目が小さく、鼻が低く、口が大きく、極端に手足が細長いという特徴を持ち、その名は国宝「鳥獣人物戯画」の筆者と伝えられてきた鳥羽僧正覚猷(とばそうじょうかくゆう)に由来するものとされます。
鳥羽絵は、18世紀の大坂で鳥羽絵本として出版され、その人気は明治にまで及びました。また、上方に留まらず、江戸の浮世絵などにも影響を与えています。鳥羽絵を洗練させたとされる大坂の「耳鳥斎(にちょうさい)」はもちろん、鳥羽絵本の影響を受けたと考えられる江戸の「北斎(ほくさい)」や「国芳(くによし)」、そしてその流れをくむ「暁斎(きょうさい)」など、時代や地域により変化しながらも、笑いの感覚は脈々と受け継がれてきました。
本展では、そのような流れを追いつつ江戸時代の戯画のエッセンスをご覧いただきます。また、歌川国芳の「金魚づくしシリーズ」全9点がそろうのも見どころの一つです(前期のみ)。 笑いを文化として発展させてきた大阪の地で、多彩な笑いの世界をご紹介します。(出品予定作品:約280点)

初体験

2018-06-20 | Weblog
友達が落語会に二十歳の甥を連れてきてて、
そのあと立ち飲みに一緒に行ったんだけど
落語会も立ち飲みも初めてだったらしい。
その少し前にも友達は、彼をワインバーに初めて連れていってあげてて、
初めてのワインバー、落語会、立ち飲み、と大人の階段を上り始めててかわいいな。
素直で優しい感じの子でした。

わたしも息子にこんなふうに教えてあげたかったなぁと思うけど、
彼は18歳から大学の近くの、
元夫の買った家に引っ越したのでわたしにはもう何もできなかった。
いずれ遠くに行くわけだから(今、東京だし)
せめて京都の学生時代の頃に一緒に飲んだりしたかったなぁと思うけど、
仕方ないよなぁ。18歳まで育てさせてもらっただけでよしとするしかない。
大人になる時期に、何も一緒にできなかったことは、寂しい心残りだけどね。

それはそれとして、初体験づくしの二十歳を見ながら、
最近自分には、初体験ってなにかあったかなー?と考えた。
先月、猫カフェというものに初めて行ったけど、
なにかもっと新しい感じの「やぶる」「超える」って感じの初体験はないかなぁ?

毎日新しい朝だし、毎日違う自分だとか、言えないわけではないけど、
そうじゃなく!もっと本当に初めての!知らない世界を見たり
自分の殻や限界を破ったりするような、初めての何か!