この映画見た後、わたしが絶賛してたら、わたしの倍以上映画を見てる友達が
タイトルと予告でダメ認定、ノーマークで観る予定なかったと言ってて、
いやすごくいいから見て〜!と必死で説得したのですが、
「マダム」と同じで、これの原題もただの「ケーキ職人」(The Cakemaker)なのよね。
そしてLGBT映画と書いてる人も見かけたけど、それも違う感じがする。
愛した相手が男性だっただけで、別にそれがテーマの映画ではないし、
LGBT映画とカテゴライズすることは、この映画の良さを見落とすことになると思う。
同様に、イスラエルのユダヤ人とドイツ人の関係が描かれていて、
それもこの映画の要素のひとつではあるけど、それだけの映画でもない。
骨太なメッセージがあるのではなく、もっと繊細な作品です。
機微!機微ですよ!
機微ってやつが、あざとさゼロの切実さで描かれているのですね。
大きなドラマのある大作は、案外似通ったものになりがちだけど
(ロックスター映画のボヘミアンラプソディとかも)
こういう普通の人の人生の機微を繊細に描いたものは、
それぞれとても違うなぁと思う。
説明的なところもなく、人の気持ちの在りどころや心の動きを想像させ、
深い余韻を残します。
低予算映画ということで、派手な仕掛けやセットや舞台は全然ないし、地味だし、
ケーキやカフェの映画だけどスイーツ感もあまりないし、
名作でも大作でもないですが、こういう映画が本当に好きだわ。
ベルリンのカフェで働くケーキ職人のトーマス(ティム・カルクオフ)。イスラエルから出張でやって来るなじみ客のオーレン(ロイ・ミラー)といつしか恋人関係に発展していく。オーレンには妻子がいるが、仕事でベルリンに滞在する限られた時間、ふたりは愛し合う。ある日「また一カ月後に」と言ってエルサレムの家へ帰って行ったオーレンから連絡が途絶えてしまう。実は交通事故で亡くなっていたのだった―。
エルサレムで夫の死亡手続きをした妻のアナト(サラ・アドラー)。休業していたカフェを再開させ、女手ひとつで息子を育てる多忙ななか、客としてトーマスがやってくる。職探しをしているという彼をアナトは戸惑いながらも雇うことに。次第にふたりの距離は近づいていき……(公式サイト)
公式サイトのインストラクションにはこの映画のことがよくまとまってるので以下コピペ。
無名の若手イスラエル人監督 オフィル・ラウル・グレイツァが手がけた本作は、低予算映画ながらもカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭でワールドプレミアされるやいなや、観客から総立ちの拍手喝采で絶賛され、エキュメニカル審査員賞を受賞する快挙を成し遂げた。主人公は【恋人】を不慮の事故で失ったドイツ人のトーマスと、【夫】を亡くし女手ひとつで息子を育てるイスラエル人のアナト。【同じ男性】を愛し、同じ絶望と喪失感を抱えるふたりは、哀愁漂うエルサレムでめぐり逢い、運命的に惹かれ合っていく―。
悲しみに暮れる男女を繊細に描いたエモーショナルなドラマは、ケーキ作りを通して宗教的慣習の違いをあぶり出し、食べること、生きること、そして愛することを浮き彫りにしていく。静かな感動を呼ぶ美しいラストは、国籍や文化、宗教やセクシュアリティといった違いを超越し、単純なラブストーリーの枠に収まらない壮大な人間讃歌として、見るものの心を揺さぶるはずだ。
公式サイトでも、いやそれ違うでしょ?と思うことが書かれてるものは多いけど、ここは良いです。
ドイツ人青年のトーマスが、とてもドイツ人っぽくて、最初はあまり好感を持てないんです。
綺麗な青い目で、金髪で白い肌、がっしりして、無口で、感情を表に出さないし、
たとえば軍服を着せて、ナチス軍人の役をさせても似合いそう。
でもだんだんと彼の孤独がわかってくると、愛おしくなってくる。
恋人男性の家族の話も普通に聞くし、もっと会いたいとわがままも言わない。
育ててくれた祖母なきあとは、天涯孤独で、
人生に期待しても仕方ないと諦めて、何も求めない男の子。
おそらく恋人に捨てられたら、きっと諦めて受け入れて何もしなかったと思う。
求めることが苦手だから、捨てられたらまた孤独になるだけ。
でも突然死んでしまったというのは、自分の中で納得できなかったんでしょう。
特に何かを求めるわけではなく、ただ恋人の人生の近くに行ってみようと思ったのでしょう。
イスラエルでは、「よりによってドイツ人!」と冷たい目で見られたりしますが
諦めることに慣れているので、それも淡々と受け入れる。
感情を出さない人ですが後半は、うれしいことが起こるとにっこりします。
死んだ男の母親(ヒロインの姑ですね。これがなかなか素敵な人)が作りすぎたと持ってきて
押し付けるように置いていった料理を少しかじる、あ、おいしいな、もう一口、
さらにもう一口というシーンがあるのですが、
ここの演技は
「ア・ゴースト・ストーリー」でルーニー・マーラがパイをむしゃむしゃ食べる
長回しで彼女の悲しみや空虚を表現したシーンよりずっと、あざとさがなく自然で
ずっと、ずっと、良い。彼の孤独もしあわせもほんのりと浮かび上がります。良い。
また女の気持ちの動きも、はっきり描かれないので、後半の彼女の行動には少し驚く。
この女優さんはフランス出身のイスラエル人女優ということですが、
雰囲気や演技がかなりシャルロット・ゲンズブールで、
思い浮かべるとシャルロットの顔が出てくるくらい。
トーマスの経営するベルリンのケーキ屋さんはまさにベルリンのカフェでとても素敵。
そこに出てくるケーキがすごく食べたくなるのですが、今時のオシャレなケーキではなく
どちらかというと素朴で伝統的なケーキだと思います。
クッキーのデコレーションも、垢抜けない家庭的な感じ。そこがとてもいいです。
映画の主な舞台になるのはエルサレムにあるヒロインの方のカフェで、
調理をするときのユダヤのコシェル(食物規定)というのが何度も問題になるのですが
これについてはよく知らなかったので興味深かったです。
イスラム教徒が豚を食べないのはよく知られてると思うけど、
ユダヤ教の戒律については日本ではさほど知られてないのでは?(わたしが無知なだけか…)
食べてはいけないものがあり、動物の場合の仕方も決まっていて、
洗い場のシンクも肉とミルクは必ず分けて2つ必要であるとか、
いろいろと細かい決まりがあるようです。
映画の中では、シンクの話の他に、外国人がオーブンを使ってはいけない?ということで
トーマスが無断でクッキーを焼いて叱られるシーンがありました。
宗教戒律というももの是非はさておき、厳格に強制されるのは窮屈で好きになれないので
ヒロインがそれを「押し付けないで」というところはちょっと、すっとして、ほっとしました。
実際、完璧に守っている人ばかりではないようで、自然に守られているものもあり
人によって気にしない決まりもあり、という感じでしょうか。
以下ちょっとネタバレをひとこと。(ネタバレ嫌いな人は見ないで)
ラストでヒロインが死んだ夫との最後の状況を話すんだけど、
それで、それまでのヒロインの感情などが一気に鮮やかになる感じは見事。
そしてその内容は、ヒロインにとってはつらいものだけど、
トーマスにとっては、確かに愛されてたという証拠で、
孤独なトーマスのためには、知ってよかったと思いました。