sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

息子と猫と大晦日

2018-12-31 | こども
息子がお正月にうちにいるのは6年ぶりくらい。
年末年始は息子はいつも元夫と海外にいってたので、
去年まではいつもひとりだったのですが、
今年は猫もいるので、わりとにぎやかな気分です。

今年の一番大きな出来事は、猫が来たことかなぁ。
生活がずいぶん変わりました、というか大変になった。
家の中でごく普通の洗濯を干す、というだけのことも
早めに時間をとって段取りを考えて猫が見ていない隙にベランダに出るとか
毎日大変です。来年の年末は、今の大変さが笑い話になってるといいなぁ。

息子は会社員1年目で、それなりに東京の暮らしを楽しんでいるようで
あまりに自由で楽しそうなのが悔しいくらい羨ましいですが、いいことです。

大晦日の午後は友達に誘われたジルベスターコンサートに息子も一緒に行きました。
大晦日らしいミュージカルナンバーの華やかで楽しいコンサートで
晴れ晴れした落ち着いた気持ちになるコンサートだったな。

バーンスタインの弟子の人が、師のミュージカルナンバーを指揮し
きらびやかな歌手の方たちの寸劇風な演出もあり、
オーケストラもいつもの白黒ではなくカラフルなドレスで見た目に楽しく、
とてもリラックスできる半日をすごしました。

このブログも、時々お出かけが続いて書けない時もあったけど
350日くらいは書いたと思う。
多くを望まない人生になって久しいですが、今も、どこも痛くなくて
休み休みで、人の10倍のろくても、考えたり読んだり作ったりできて、
ささやかに美味しいものを作ったり食べたりして、季節が変わることが面白くて、
世界は素晴らしいなぁとたまに思うことがある毎日が、もう少し続きますように。

小さい土鍋

2018-12-30 | お弁当や食べ物
炊飯器が壊れて捨ててから10年近くご飯は鍋で炊いてる。
フィスラーの重いけど小さいステンレス鍋で、
直径16センチだけど深さも15センチ以上あるので2合炊くにちょうどいい。
無理したら3合も炊けるけど。好きな鍋。

家のリフォームの時、鍋もずいぶん減らしたけど、困ってないんだよね。
大中小のステンレスと、ホーローのごく小さいやつとフライパンで
足りなかったことがない。まだ減らせるくらいだ。

でもこの前息子がクレイポットライス的なものを作ろうとしてるのを見て
自分でも作ってみたんだけど、やっぱりこれ土鍋がいいかなと思い
ご飯専用の小さい土鍋を買おうかなぁと、近くのスーパーを覗いたら
一人分より更に小さい小鍋が277円だったので買ってみました。

ご飯なら半合くらい。鍋焼きうどんなら半人分。
小さいけど一人の夕ご飯にはこれくらいでいいかな、と楽しんでいます。



これは白菜と鯖缶だけの小鍋。見た目は良くないけど美味しい。
鯖缶の汁にナンプラー少しとレモン麹で味付けしてだしにしました。

翌日には残りをマヨネーズと和えてトーストに。
鍋や食器や料理のことを考えるのは楽しくて落ち着くなあ。

葛根湯

2018-12-29 | Weblog
風邪のひきはじめにいいと言われる葛根湯ですが、
自分はあんまり効果を感じたことがなく合わないのかな〜と思ってたんだけど、
風邪というか肩こりや更年期のいろいろにもふんわり効く、効いてると友達が言うので
もう一度試してみようと思いました。プラセボでもいいわ、効けば。

それで薬局で見たら、頭痛や肩こりにも葛根湯はいいみたい、ということで、
久しぶりに飲んで見た。こわ張ってる感じの痛みに効くんかなー?
と思いながら飲んだら、なんだか初めて効いた感じがする。ほんまかいな?

風邪じゃなくても、ちょっと疲れるとすぐに熱を出すのですが、
そういう時にのんでもいい気がしてきました。
まあ、お守りみたいなもんか。

風邪のひき始めにいいと聞いてたけど、わたしが飲んだのは風邪を引いた後。
その2歩3歩手前の、喉に違和感がある、なんか微妙にだるい気がする、
辺りで飲んだら、少し効いてる気がした。

この冬は、風邪のひき始めじゃなく、それよりずっと早い地点で
葛根湯を飲んで寝る!というのをやってみようと思います。

小さいものの世話

2018-12-28 | こども
猫が来てひと月くらい経った頃1泊の旅行に出かけなくてはいけなかった時
猫の餌やりを向かいの親戚に頼みました。
旅行中、猫の餌を頼んでる人から何も連絡ないので、
多分猫は無事おとなしくしてるはず、と思いつつ、
でも困ったもので、心配で仕方なかった。本当に、困ったものだわ。

自分は、いわゆる情が薄いというか、なにそれ?っていうか、
甘えられるのがすごい苦手で、頼られるのも本当に嫌なんだけど、結局、
あーもー仕方ないなー、と面倒を見てしまう、わりと古典的なダメ女のタイプだなーと、
子猫の世話をしながら思う・・・。
結局、我慢して自分を曲げて子育てをしてしまい、恨みを貯めてしまう。
あかんやつよねこれ。

人間の子供を育てていた時、勝手に我慢して勝手にストレスと不満を貯めて、
無意識に息子につらく当たってたと思う自分を、もう責めたくないけど、
息子には悪かったなーと思う。
猫はそのぶん人間の息子に感謝してほしい。
母はそこで少しは学んだからね。

しかし、ワンオペは人間の赤ん坊でも子猫でも、とにかく大変よね。
わたしは、ワンオペおかあさんたちの味方になるぞと思う。

映画:メアリーの総て

2018-12-27 | 映画


フランケンシュタインの作者、メアリーの物語。
でもこれ、メアリーの悲劇の主人公扱いがすごすぎて、
メアリー役のエル・ファニングは好きだけど、あまり共感も同情もなかった。
むしろ、男としてダメンズだけど、シェリーそんなにひどくないと思ってしまった。
いや、ひどいかな。ひどいな。笑

メアリーは本屋の娘で、両親はインテリ。でも実の母親は亡くなってて
意地悪な継母がいて、スコットランドに送られてしまう。
そこで出会った新進の詩人シェリーと恋に落ちるけど、
それは彼女の不幸の始まりだった、というような話ですが、
メアリーをすごく不幸で可哀想という声が多くて、いや違うなぁと思ってしまった。
メアリーにイラっとするのは、彼女自身、自分を被害者としてしか見てなくて、
妻子のいる男と一緒になり結局その妻を自殺に追い込んだ
加害者としての自分を自覚ぜず、全部ただただ男が悪いことになってるとこかな。
駆け落ちして子まで作った女性を簡単に捨てた男と知ってながら、
そういう男とまた駆け落ちするには、
同じことを自分だけはされない、自分は違うという傲慢な自信があったのか。
いやでも、16歳とかそういう年頃の子にそこまで言うのはこくかな。
自己責任と言ってメアリーの悲劇を責めるつもりはないのですが、
自分の間接的加害に無自覚な「悲劇のヒロイン」には、もやもやするのです。

メアリーと恋に落ちて駆け落ちするシェリーは男としてはそのようにダメですが、
人の気持ちが変わるのは仕方ないこと。結婚して子供もできたら無責任は困るけど
他に好きな人ができたら仕方ないよねぇと思うので、あまり悪く思えない。。。
しかも最後までメアリーの味方ではあったし、
彼女の才能を認めて助けようとしていたし手柄を取るようなこともなかった。
一番の理解者だったのでは。

さらに、もっと破天荒でトンデモな人に描かれてたバイロン卿はダメんずとか
そういうレベルではなくて、普通に天才なだけでしょ、と受け入れてしまって
やっぱり悪く思えないし、嫌いでもない。
人を弄ぶようなところはひどいし、いやなやつだけど、
そういう自分をわかってやってる人です。興味深い。

そして、そのように才能を押さえつけられていた悲劇のヒロイン扱いされてるメアリーは
50年以上生き、シェリーは20代で早世。死ぬまで二人は別れなかったということで、
実際のメアリーはもっとどっしりと頑丈な人だったのではとも思う。
何を着ても凛としてかわいいエル・ファニングの繊細さは映画ならではで。
可憐で孤独で意志的な美少女、エル・ファニングを見るだけでも値打ちあります。
監督は「少女は自転車に乗って」の人。
この映画は、女性の受ける抑圧や差別について静かに訴える良い映画だったので、
「メアリーの総て」の監督がこの人だというのは、とても自然で納得できますね。

ソウル市長とその市民民主主義

2018-12-26 | Weblog
夏でしたが(時差があるブログ)ソウルの市民民主主義についての話を聞いてきて、
わたしにもちゃんと分かる話ばかりですごくおもしろかった。
わたしは韓国の旧弊で男尊女卑で父権的な威張り腐った男性優位社会、おっさん社会が
死ぬほど嫌いだったので、人が韓国の民主化運動の話をしても、
苦しんだことのない人の身勝手な話だとしか思ってなかったけど、少し変わりました。

自分の知ってる韓国のそういう村的なところを離れた政治を改めて俯瞰して考えてみて、
この国の民主化への意識の高さを振り返ってみると、
どんなに威張り腐って差別的で旧弊な父権強権おっさん社会であったとしても、
それはそれとして、別のものとして認めるしかないなぁとは少し思ってて、
そこで今回現ソウル市長についての話を聞いて、さらに認識が変わったのでした。

民主化の過程の中で培った思いつきではない理念を持ち、
支持を集めた上で実現させていくその鮮やかさ。
たくさん掲げた公約の80パーセント超をすでに実現しているという実行力。
(2011年10月選挙の公約中、2014年時点で、327公約のうち286は完了。)
大統領も含め自分の次にも続く政策を考えているという、
自分ありきではなく継続的に構造的に社会を良くするための展望。
こうやってソウルが率先していけば、これは本当に10年経ったら韓国という国も
経済的にも希望のある国になってるのかもしれないと思わせる話でした。

すでに成し遂げた公約として
公共住宅を何万戸もすでに増やした話(日本の都営住宅は全然増えていない?)、
義務教育の学校給食無償化への取り組み、大学学費の負担軽減、
非正規職の正規職雇用化、感情労働者の保護、残業ゼロワークシェアリングなどがあり、
それだけでも、日本とは違うなぁと感心する。
正規職員を増やして最低賃金を上げて残業ゼロを推進して、格差を是正し
基礎生活に必要な住宅や医療、教育、介護などを無償化に近づけていくというのは
日本では主に財源の問題を言い訳に、全然できていないことばかりで、
韓国でもこれを推し進めていく場合経済的に大変なことになるのでしょう。
もちろんうまくいってることばかりではないだろうし、
日本よりもっと出口のなさそうな問題もいくつもあるとは思います。
実際、失業率は増え、構造的な問題がより鮮明に現れ出てているようです。
でもそこで折れずに頑張ってほしい。くぐり抜けて成果を見せて欲しいものです。

こうして民主化を進めていくうちに、わたしの知っていた韓国の、
旧弊で腐った男尊女卑で父権的威張ったおっさん社会も、
少しは変わってきてるのかもしれない。。。
自分の目で本当に感じるまでは、あんまり信じすぎないつもりですけどね。

韓国の現大統領と市長の違いを考えるのに、アメリカを例に出すと、
文大統領はオバマというよりはヒラリー・クリントンで
(元々盧武鉉大統領時代、彼はリベラルなグローバリゼーションを推進していた)
朴元淳市長の方がオバマに近いという話も、わかりやすかったです。

「恋愛」って趣味?

2018-12-24 | Weblog
>恋愛は、している人はけっこう多いジャンルなので、
>「上級者向けの趣味」というよりは、「苦手な人はとことん苦手な趣味」
>なんだと思う。どの程度興味があるかどうかは、人それぞれだけど。

最近の「恋愛」という言葉の使われ方がよくわからない。
恋愛って趣味なのか?
する気がなくても落ちてしまうのが恋だと思ってるし、
趣味で恋に落ちたりしないぞ、わたし。
友達も恋人も、どちらも趣味で持つものじゃないと思うんだけど、
趣味である恋愛ってなんのことを言ってるんだろ?

最近別のブログで、恋愛から自由になろうというのがあったけど、
恋愛という言葉が、同じ感じの使われ方だった。
1対1での付き合いから自由になろうという内容で、
結局それってどちらも「恋愛」っていうのは、
「1対1で付き合う形のこと」という定義になってるみたいです。
中身はいろいろでとにかく、1対1で付き合う形が恋愛らしい。
法的でないゆるい結婚とか婚約みたいな???
・・・わかんないなぁ。
恋愛ってそういう形式のことじゃないと思うけど、今はそうなのか。

例えばわたしは、タンゴは趣味で、やろうと思って始めたものだけど、
恋愛は趣味じゃないし、
やろうと思って始めたことはなくて、
その気がなくても勝手に始まるし、勝手に終わる。
やる気満々でも始まらないこともあるよねぇ。

まあいいんだけどねぇ

2018-12-23 | Weblog
今、自分なりに幸せに生きているのは、本当なら当たり前のことをたくさん諦めて、
何も望まないようにして、小さく充足する癖を身につけたからなんだけど、
自分が人生をすっかり諦めて、こんな何も望まなくなってしまったことについては、
たぶん死ぬまで、親を許さないだろうな。
40過ぎてキャリアゼロ甲斐性ゼロで無謀にも離婚したわけだけど、
離婚などできないように、キャリアゼロで見合結婚させたわけです、親は。
どんな夫でも、女は家にいて従って尽くすべきだから、
絶対に離婚などできないように、自立などできないように、
女には学問や仕事はさせてはいけないという考えね。
女に学問は必要ない、ではなく、学問させてはいけない、でしたね。
見合市場で高く売るために、女子大だけは行かせてもらえたけど、
職業を持つことは許してくれなかった。

目が覚めたら全部夢で、別の場所で別の親から生まれて、
別の人生だったらいいのになぁ、と思わない日はなかったなー。20代は。
30代も40代も、似たようなものだった、支配者は親から夫に変わったけど。
今は、ちんまりと幸せに美味しいもの食べてるからまあいいんだけどね。
それ以上望まないし。
息子も元気だしねぇ。

猫と風呂

2018-12-22 | うさぎとねこ



猫から逃げて寝室に行くと、すごく寒くて辛いのですが、
お風呂は暖かくて、しかも猫に邪魔されない聖地。
お風呂読書が、猫が来る前より一層大事な時間になった。
でも、猫がドアの前でずーっと待ってて健気なので、
本を読んでる間はドアは開けてました。
時々本から顔を上げて猫と視線を交わす。
いつ見ても猫はじーっとこっちを見てる。
お風呂で本を読むのは多分20分ちょっとくらいなんですが、
その間じーっとこっちを見てます。
のぼせる前に、本を洗面所の棚に戻して、体を洗うときはドアを閉めます。
閉めないと外まで濡れるからね。

そういうお風呂の時間も少し前に終わり。
猫が台所でシンクに乗るようになり、危ないし料理などできなくなったので
リビングと台所の間にドアをつけて猫が行かないようにしたのです。
お風呂は台所の先なので、ついでに出入りできないように。
猫の自由を狭めるのは、申し訳ないけど、人間の都合もあるので。。。
そのかわり、猫はふた間続きの広い部屋で、自由に遊んでもらいます。

映画:彼が愛したケーキ職人

2018-12-21 | 映画


この映画見た後、わたしが絶賛してたら、わたしの倍以上映画を見てる友達が
タイトルと予告でダメ認定、ノーマークで観る予定なかったと言ってて、
いやすごくいいから見て〜!と必死で説得したのですが、
「マダム」と同じで、これの原題もただの「ケーキ職人」(The Cakemaker)なのよね。

そしてLGBT映画と書いてる人も見かけたけど、それも違う感じがする。
愛した相手が男性だっただけで、別にそれがテーマの映画ではないし、
LGBT映画とカテゴライズすることは、この映画の良さを見落とすことになると思う。
同様に、イスラエルのユダヤ人とドイツ人の関係が描かれていて、
それもこの映画の要素のひとつではあるけど、それだけの映画でもない。
骨太なメッセージがあるのではなく、もっと繊細な作品です。
機微!機微ですよ!
機微ってやつが、あざとさゼロの切実さで描かれているのですね。
大きなドラマのある大作は、案外似通ったものになりがちだけど
(ロックスター映画のボヘミアンラプソディとかも)
こういう普通の人の人生の機微を繊細に描いたものは、
それぞれとても違うなぁと思う。
説明的なところもなく、人の気持ちの在りどころや心の動きを想像させ、
深い余韻を残します。
低予算映画ということで、派手な仕掛けやセットや舞台は全然ないし、地味だし、
ケーキやカフェの映画だけどスイーツ感もあまりないし、
名作でも大作でもないですが、こういう映画が本当に好きだわ。

ベルリンのカフェで働くケーキ職人のトーマス(ティム・カルクオフ)。イスラエルから出張でやって来るなじみ客のオーレン(ロイ・ミラー)といつしか恋人関係に発展していく。オーレンには妻子がいるが、仕事でベルリンに滞在する限られた時間、ふたりは愛し合う。ある日「また一カ月後に」と言ってエルサレムの家へ帰って行ったオーレンから連絡が途絶えてしまう。実は交通事故で亡くなっていたのだった―。
エルサレムで夫の死亡手続きをした妻のアナト(サラ・アドラー)。休業していたカフェを再開させ、女手ひとつで息子を育てる多忙ななか、客としてトーマスがやってくる。職探しをしているという彼をアナトは戸惑いながらも雇うことに。次第にふたりの距離は近づいていき……
(公式サイト)
公式サイトのインストラクションにはこの映画のことがよくまとまってるので以下コピペ。
無名の若手イスラエル人監督 オフィル・ラウル・グレイツァが手がけた本作は、低予算映画ながらもカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭でワールドプレミアされるやいなや、観客から総立ちの拍手喝采で絶賛され、エキュメニカル審査員賞を受賞する快挙を成し遂げた。主人公は【恋人】を不慮の事故で失ったドイツ人のトーマスと、【夫】を亡くし女手ひとつで息子を育てるイスラエル人のアナト。【同じ男性】を愛し、同じ絶望と喪失感を抱えるふたりは、哀愁漂うエルサレムでめぐり逢い、運命的に惹かれ合っていく―。
悲しみに暮れる男女を繊細に描いたエモーショナルなドラマは、ケーキ作りを通して宗教的慣習の違いをあぶり出し、食べること、生きること、そして愛することを浮き彫りにしていく。静かな感動を呼ぶ美しいラストは、国籍や文化、宗教やセクシュアリティといった違いを超越し、単純なラブストーリーの枠に収まらない壮大な人間讃歌として、見るものの心を揺さぶるはずだ。

公式サイトでも、いやそれ違うでしょ?と思うことが書かれてるものは多いけど、ここは良いです。

ドイツ人青年のトーマスが、とてもドイツ人っぽくて、最初はあまり好感を持てないんです。
綺麗な青い目で、金髪で白い肌、がっしりして、無口で、感情を表に出さないし、
たとえば軍服を着せて、ナチス軍人の役をさせても似合いそう。
でもだんだんと彼の孤独がわかってくると、愛おしくなってくる。
恋人男性の家族の話も普通に聞くし、もっと会いたいとわがままも言わない。
育ててくれた祖母なきあとは、天涯孤独で、
人生に期待しても仕方ないと諦めて、何も求めない男の子。
おそらく恋人に捨てられたら、きっと諦めて受け入れて何もしなかったと思う。
求めることが苦手だから、捨てられたらまた孤独になるだけ。
でも突然死んでしまったというのは、自分の中で納得できなかったんでしょう。
特に何かを求めるわけではなく、ただ恋人の人生の近くに行ってみようと思ったのでしょう。

イスラエルでは、「よりによってドイツ人!」と冷たい目で見られたりしますが
諦めることに慣れているので、それも淡々と受け入れる。
感情を出さない人ですが後半は、うれしいことが起こるとにっこりします。

死んだ男の母親(ヒロインの姑ですね。これがなかなか素敵な人)が作りすぎたと持ってきて
押し付けるように置いていった料理を少しかじる、あ、おいしいな、もう一口、
さらにもう一口というシーンがあるのですが、
ここの演技は「ア・ゴースト・ストーリー」でルーニー・マーラがパイをむしゃむしゃ食べる
長回しで彼女の悲しみや空虚を表現したシーンよりずっと、あざとさがなく自然で
ずっと、ずっと、良い。彼の孤独もしあわせもほんのりと浮かび上がります。良い。

また女の気持ちの動きも、はっきり描かれないので、後半の彼女の行動には少し驚く。
この女優さんはフランス出身のイスラエル人女優ということですが、
雰囲気や演技がかなりシャルロット・ゲンズブールで、
思い浮かべるとシャルロットの顔が出てくるくらい。

トーマスの経営するベルリンのケーキ屋さんはまさにベルリンのカフェでとても素敵。
そこに出てくるケーキがすごく食べたくなるのですが、今時のオシャレなケーキではなく
どちらかというと素朴で伝統的なケーキだと思います。
クッキーのデコレーションも、垢抜けない家庭的な感じ。そこがとてもいいです。
映画の主な舞台になるのはエルサレムにあるヒロインの方のカフェで、
調理をするときのユダヤのコシェル(食物規定)というのが何度も問題になるのですが
これについてはよく知らなかったので興味深かったです。
イスラム教徒が豚を食べないのはよく知られてると思うけど、
ユダヤ教の戒律については日本ではさほど知られてないのでは?(わたしが無知なだけか…)
食べてはいけないものがあり、動物の場合の仕方も決まっていて、
洗い場のシンクも肉とミルクは必ず分けて2つ必要であるとか、
いろいろと細かい決まりがあるようです。
映画の中では、シンクの話の他に、外国人がオーブンを使ってはいけない?ということで
トーマスが無断でクッキーを焼いて叱られるシーンがありました。

宗教戒律というももの是非はさておき、厳格に強制されるのは窮屈で好きになれないので
ヒロインがそれを「押し付けないで」というところはちょっと、すっとして、ほっとしました。
実際、完璧に守っている人ばかりではないようで、自然に守られているものもあり
人によって気にしない決まりもあり、という感じでしょうか。

以下ちょっとネタバレをひとこと。(ネタバレ嫌いな人は見ないで)




ラストでヒロインが死んだ夫との最後の状況を話すんだけど、
それで、それまでのヒロインの感情などが一気に鮮やかになる感じは見事。
そしてその内容は、ヒロインにとってはつらいものだけど、
トーマスにとっては、確かに愛されてたという証拠で、
孤独なトーマスのためには、知ってよかったと思いました。