sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

うさぎと猫と問い

2019-06-30 | うさぎとねこ
11年生きたうちのうさこさん(はてな)が死んで3年目。猫が来て10ヶ月。
やっと猫をうさこさんの名前で間違えて呼ばなくなったなぁと思ってたのに、
この前ひさしぶりに、はてちゃん、と猫を呼んでしまって、
ああ、はてな、まだ忘れてないよん、となんとなく笑う。
猫はどっちにしろ、いつも通りきょとんとしてる。

うさこさんは赤ちゃんの時、きょとんとモノ問いたげな顔をしていたので
「はてな」と名付けた。
問い、のかたちのうさぎ。答えはなかった。
猫もやはり、どこにいても振り返ると、首を傾げてきょとんとした顔で、
まん丸な目でわたしを見る。でも猫はわたしに何も問うていない感じがする。
むしろわたしの、形にならない問いに対して、
「ん?そんなん知らんし。」と関西弁で言ってるように見える。
ねぇ、猫よ。
「んん?知らんよ」

写真は首を傾げてまん丸な顔ではなく、大人な流し目の猫。

5月のつぶやき:後半

2019-06-29 | つぶやき
麦門冬湯、ほんとによく効くなー。
喘息的な咳と痰が出始めた時に飲むと30分で治る。合ってる。助かる。


わたしは洗い物が結構好きなので(水を触ってるのが好き)、
友達のホームパーティの後半、洗い物しながら人の話を聞いてて楽しかった。
飲んだあとなのにグラスを一つも割らずに洗えた。えらいな〜。
パーティには2歳半くらいの女の子がいて、いっぱい遊んでもらった。
むくむくして、かわいい。猫もかわいいけど、人間の子供もかわいいな。
基本的にわたしは子供は特に好きではないんだけど、自分の趣味と違っても、
かわいいものはかわいいとわかるし愛でられる。大人だもん。
そして多分、子供も子供で、自分の趣味と違っても、面白がって遊んでくれる大人は
遊んでくれる大人として楽しめるんだろう。子供もさすがだ。


70年代サブカルの伝説の編集者の青春を描いた邦画。なんか疲労感。
大体思ってたような映画だったんだけど、
こういうのを面白がるのに、昔よりエネルギーがいるようになってしまった。
時代って難しいな。主人公は上手いけど、なんだかなぁ。
悪趣味を面白がるということが、なんかもういいわって年になってしまったのか。
ポリコレ的な問題のある映画は世の中にいくらでもあるけど、
自分はどういうのが嫌でどういうのなら平気なのかも、考えないとなぁ。


わたしの故郷は日本でも韓国でもなく、どんな土地でも場所でもなく、
日本語という手に取れない目に見えないものが故郷なのかもしれないと思うので、
もっと日本語を大事にしながら生きていこうと思う。


浅漬けの水茄子の巻き寿司というのを見て作りたくて仕方ない。
水茄子おいしいよねぇ。


弟とは年子で、わたしは早生まれなので学年は2つ違うのですが、
わたしが小学校の給食で何度も食べた記憶のあるきな粉のかかったマカロニ
(甘い。デザート的な)を、弟は一度も食べたことも見たこともないと言い張る。
ググったら存在はあったけど。給食に出てたよね?(1965年生まれ)


最年少のイスラエル国会議員というこの男の言葉に怒りがふつふつ。
イスララエルの占領に対しての16歳パレスチナ少女の丸腰での抵抗に対して、
自分なら彼女の顔を蹴って病院行きにしてやったと言い切る。
盗人猛々しいとはこのこと。



自分に正直ってそんなにえらいことなのかな。


映画の会で、アベンジャーズエンドゲームが課題映画で、
それぞれ見てきてから話すのだけど、もうみんなアベンジャーズ愛しかなくて、
愛しかないところに面白い話は中々生まれず、
その後の旧作課題の方が話が弾んだという。。。


暮れ切る前の空の色。お米とコーヒー豆と青カビチーズの袋を下げた帰り道。
帰ったら元気で退屈した猫がミャゴミャゴ甘えて寄ってくるし、
冷蔵庫には白ワインが冷えてる。こんな日が続きますように。


毎月くる新聞の集金のおばさんが、猫の鳴き声に気づき会いたいというのでご対面。
まあ!きれいな猫ちゃんと褒めてもらっても、猫は別にうれしくなさそう。
人間はちょっとうれしい。おばさんちにも、柴犬と保護猫出身の猫がいるそうです
かわいい猫ちゃんが来てよかったわねぇ。これで寂しくないわねぇ、と言われる。
猫がいなくてもあんまり寂しくはないんですけど。


子供の頃、よく鍛えてもっと目が良くなれば、
風が見えるようになるのではないかと思って、
練習に遠くの山の木の間を渡る風を見ようと頑張っていたことがあるのを思い出した。
高校生くらいまで頑張ったけど、見えるようにならなかった。


息子に派手な靴下を送ることが、趣味になりつつある。
会社にはいていけないようなやつ。でも履いて行ってるらしいけど。


「ピーカピーカー」ハリウッドのポケモン映画を見た。
4本足で歩くポケモンや、まん丸い目で首をかしげるピカチュー見ると、
留守番してる猫を何度か思い出したな。動きが。かわいさが。


冬はこたつだったソファの前の、今はサイドテーブルになってるところの下に、
ゴロンと寝転んでることの多い猫が、
たまにそっと、あぐらをかいるわたしの足に触れてくるのですが、
テーブルの下を覗くとまんまるい目をしてこっちを見ていて、
ああ尊いことであるなー
動物は尊い。特に眠くてぼーっとおとなしい時の猫は。。。


胸が張って痛いので、また排卵が来て生理が来るのかと、うんざりする。
年末から周期は乱れてるので、そろそろ終わっていい頃と期待してるんだけど。
もう40年くらい、大体毎月来てるわけですよ。
妊娠してた時期も、二十歳前後に胃潰瘍やストレスで何ヶ月も生理がこない不順な時もあったので、
少なく見積もっても400回くらい来てる計算になる、生理。
平均5日出血してるとして、2000日、出血して来たのかー。
その内お腹痛いのは平均2日くらいだから800日か。やれやれ。

おばあさんは、もう疲れたよ。もういいよ。


おしゃれな人が怖いという話で、おしゃれな人というより、
パリピ(パーティーピープル)が怖いんだとわかった。結局学生時代に、
スクールカーストの底辺にいた時に、上の方の人達が怖かったのと同じなのかも。
大人になって、もはやそんなカースト存在しないのにねぇ。


友達が絶賛してたのに見逃した映画「クレイジーリッチ」をやっと見る。
シンガポールやマレーシアのお金持ち華僑の人の生活は、
少し覗き見たことがあるので、なんか懐かしい。
楽しいパーティ映画だし、おもしろかったぁ。
ヒロインはアメリカでは優秀な若手大学教授の設定で、
アジア系アメリカ人として差別を感じたことがあるかどうかは描かれてないけど、
シンガポールの華僑世界ではバナナだ、アメリカ人だと差別され、
どないしろっちゅうねんというのは在日でもよくあった問題だね。


まだみじかい髪をたくさんヘアクリップで留め付けながらまとめたら、少し涼しい。
この夏は刈り上げない。


安くて美味しい手作り弁当屋さんの、ピビンバ弁当を食べたら、
コチュジャンでなく、甜麺醤が載ってて、野菜もナムル感なく
(ごま油とニンニクを使ってない)全くピビンバ感のない不思議な食べ物だった。
不味くはなかったけど、どうにも納得がいかないぞ。


会社に来てた不動産屋さんというか開発業者というか。
ほぼ、カリスマトップのいる自己啓発セミナーのノリの不動産業者の押しがすごい。
こういう押しを、されるだけで、わたしならもうイヤになるなぁ。
最近は銀行や証券会社でも、こういう営業はしない感じだけど、
畳み掛けるように、続けて連日アポを取り、口の達者な人を送り込み、
考える時間を与えず、スピーディにハンコを押させるところまで進み
ここで決めないとあなたの人生は開けないままですよみたいなことを言うやつ。

うーん、長居して粘って中々帰らない営業マンからは何も買ってはいかん、
というのをうちの家訓にしようと思う。

2時間半粘ってた、と思ったら4時間だった。朝からいたらしい。
やっと帰ったけど。人のこだわりやスタイルなんていろいろなのに、
儲かる話を合理的に押せばなんとかなると思ってるタイプの営業スタイル。
儲かってもイヤなもんはイヤ、と言うのがわからないらしい。

わたしは、自分の、なんとなくイヤという気持ちをスルーしないようにしたい。



映画「コレット」でも、キーラ・ナイトレイはどうしてもフランス人に見えない。
もちろんいつも通り英語を喋ってるし。
コレットの映画はフランス映画で見たかったな。。。


ディテールが全て。
の人かもしれない。


本のあとがきで「最愛の人、僕の孤独を守ってくれる人」と、
パートナーへの感謝を捧げている文章を見て、これ!と思う。
孤独を埋めてくれる人でも、癒してくれる人でもなく、
わたしの孤独を尊重して守ってくれる人はいいなぁと思う。

孤独なしで生きていける気がしない。孤独なしで、自分に戻る時間が作れるだろうか。

ツイッターはむやみに孤独を埋めてしまうのが、あかんことのひとつよね。



年金は互助的なものでもあるから、
自分に戻ってこなくてもそれで救われる人のために払うべきだというのには
一定の納得はするけど、それならなおのこと今の政府が無責任に溶かしてしまう年金や
人殺しの道具である武器などではなく、
自分の救いたい層に向けてのもっと信用できる寄付などに払ったほうがよくない?


邦画にあまりそそられないわたしですが、近いシネコンは邦画が多くて、
今やってるのは1本を除いて全部邦画。そしてそのたった1本は名探偵ピカチュー。
そりゃ、アメリカ映画だけど、アメリカ映画だけど。。。


食べてもたべても太らない体になって、
美味しいものを次々に作って食べて振る舞いたいなー。


何年かぶりにパーマをかけようと思ったけど、お金を持ってなかった。
お花とコロッケ買うくらいのお金はあった。
お花とコロッケ、きれいなものとおいしいものは、わたしの二大重要項目だから、
パーマは後回しになっても仕方ない。


猫は静かな時は大体何か悪さをしている。
いつもまとわりついてる猫が見えないところにいて、静かでなんだか不穏だけど、
人間は週末だしワイン飲んでるので、まあいいやとおおらかな気持ち。。


中学から電車通学でも自分はほとんど痴漢に遭ったことがないと思ってたけど、
精液かけられてたことはあるし、
座ってて前に立った男がコート広げて露出させたのを見せられたこともある。
でもそれくらいは痴漢にあったことがない方、と思ってしまうくらい
ひどい目にあってる子が多かったのなー。
若い頃は、こういうのは痴漢のうちに入らないと思ってました。
変態男から気持ち悪い目にあったけど、
それが痴漢とか性犯罪とかとは思ってなかったんですよ。
今はわかる。わたしも被害者だったんだ。

5月のつぶやき:前半

2019-06-28 | つぶやき
じっとしてると自分の中で熱が上がったり下がったりしてる感じがわかる。
年をとって鈍くなるところもあり、過敏になるところもあり、だな。
若い頃は熱が出るのはもっと平気だった。
熱のせいか、今日は自分のダメさをじんじんと思い知る。
生きてるだけで恥さらしな気分。


昭和から平成になったとき、わたしは日本にいなかったので、
その時の日本がどんな感じだったのか知らないし、今はテレビを持ってないので、
世の中がどんなに改元騒ぎ一色になってるのか、やっぱりあんまり知らない。


体制に守られ利用される国威発揚アーティストがどれだけダメでダサいかということも
まだ知らないような10代の子たちを取り込もうとするのにはムカムカするし、
すごく気持ち悪い。そんなことも誰も教えてくれなかったの?


連休が始まって、半分は写真展関係で埋まるのはわかってたし楽しいんだけど、
たくさんの人と連続して会ってると、
疲れるというよりなんとなく自己嫌悪になるのがしんどい。
強く正しい人間になりたいわけじゃないけど、
あまりに弱くずるく浅はかな自分に嫌気がさすのです。


臣下って・・・日本人は大変だなぁ。
天皇が象徴であるなら、臣下も象徴。象徴臣下。象徴としての臣下。
まあ、わたくしも猫の下僕ではあるけど。笑


今日も、弱っちく生きのびたぞ。


ビアガーデンに行ったのでもう夏です。


人が死ぬ話は切ないけど、人は死ぬものと思ってるし、
自分的には笑い話にしたい方だけど、それでも切ないことは切ない。
自分が死ぬときは、いっぱいネタにしてもらって、たくさん笑ってもらって、
ちょびっと寂しく切なくなってもらえばいいなー。
あとは、いいシャンパンで酔っ払ってほしい。
葬式する予定はないけど、シャンパンを際限なく振る舞う予算分のお金は
とっておこう。


若い時は働きたかったし、今は家にいたいけど、どうもうまくいかず、
逆に、若い時は家に閉じ込められ、年をとったら働かねばならぬことに。
まあ仕方ないし自分なりにやっていくしかないねぇ。


ピカピカ光ってる。
雷は子供の頃から特にこわくはないんだけど、
音にはいつもびっくりする。大きい音が苦手なのよ。


お腹痛い日来て、連休明けの出勤が憂鬱だけど、
考えてみると昭和平成令和と生理が来続けてるんだなぁ。
もういいわほんとに。


人気取りのために反日を煽っていると日本の人に言われることも多いらしい
文大統領だけど、それこそ、そう言い立てている側の印象操作なのではと
今も思う。この人は信じていいのではないかと思っています。


猫が手足をしまって、でろろ〜んと伸びて寝てるのを見ると、
いつも、つちのこみたいと思うけど、考えてみたらつちのこ見たことない。


人の旅行を見るとキラキラして楽しそうでいいなーと思うけど、
自分の旅行のブログ見ると、地味ながら味わい深くてまあいいか、と思う。
切手の話が延々続くのとか、わたし以外楽しい人おらんかもと思いつつ。

おっきい旅行を長らくしてない。猫が完全に大人になったらどこか行きたいなぁ。

同じ頃、息子はベルリンからポルトガルに行くらしく、やっぱり羨ましい。
若くて自由でいいなー。年取って自由もいいけど、
年をとると収入がとても少ない上に体力がないから、自由でも不便なのよ。


出張中の弟と入れ違いで旅行に行くのだけど、
弟の飛行機はビジネスで空港には迎えの人と車があり、
わたしは預け入れ手荷物なしのLCCで、空港から電車と地下鉄で街に行きます。
でも多分わたしの方が楽しいと思う。


今日、夕方実家に早めの母の日のご機嫌伺いに行ったのだけど、
息がつまるような家族不和に満ち満ちた家で、苦しかった。
こじれにこじれた二世帯住宅。大変だなー。
実家のようにお金がなくても、わたしの古い家は、甘えたの猫と二人で楽しいし
不和も緊張もどこにもなくてよかった。ほんとうによかった。
でも何十年もかかってやっと手に入れたんだよ。


何かあると「それ日本の方なのかしら?」と言う人がナチュラルにいる。
皇居にドローン飛ばしてないかの確認が関西にいる知り合いにまで来たと言う話で、
それ日本人ですかね?とコメントをする、ネトウヨとかではない(つもりの)
善良な(つもりの)市民。差別はしませんけどね、と言うのはこういう人。


なにか事件や悲劇が起こると、大体の人は被害者に同情し感情移入することが多いけど
自分が加害者になるかもしれないと感じて怖がることも、必要なことでは。
そもそもほとんどの人は無自覚に、知らず知らずのうちに
誰かを傷つけたり何かの加害者になったりしてるものだし。


帰りのリムジンバスでツイッター見てたら、すっかり日常に戻ってきた感。むー
わたしにとって日本語ツイッタこそが日本なのか・・・。


息子にLINEで、今どこなん?「ベルリン。古着買ったよ〜」
いやあの日本では昨日は母の日というやつでしてね「ベルリンに母の日はない」
でも、ぐぐったら、あったわ。。。あったよ!おい!こら!


パソ・ド・ブレを、初めて教わったけど、なんか楽しいぞこれ。
闘牛士の踊りですが、男子が闘牛士で女子は牛かと思ったら、
女子は赤いマント的な役割だとのこと。
マントかー、と思いながら新しいステップの練習。
ダンッと足を鳴らすのが好き。


代わり映えしないけど、3日旅行に行ってたあとの、自分の料理はホッとするなー。
旅行の後すぐ仕事の日に、作りたくはないけど、
お弁当用におかずをいろいろ小分け冷凍しといた先週のわたしよ、ありがとう。


楽しい時しか飲まないけど、お弁当も楽しい時しか作れないかもしれん。
子供がいた時はどんな気分でも作るしかなかったけど。


悲しい夢を見た。夢に出てくる息子は10歳までの子どものことが多いけど、
その、まだ5歳くらいの息子が、ペットボトルのキャップみたいなロボットになる夢。
小さくて見失いそう。見失ったらどうしようと。


性犯罪は、たとえ一度だけでも殺人くらいに扱ってほしい。
死んだ人が戻らないように、受けた傷が消えないこともあるのよ。


西瓜のグミ。
夏は家計に西瓜予算を組むほど西瓜に逆らえない。
そしてかわいいお菓子に弱い。
そしてコンビニのレジの前にこれをたくさん並べた男前の店長さんに、
これぼく大好きなんですよ!と言われると、買うしかない。


あ、泊まったホテルのレビューを航空会社のレビューに間違えて書いてしまった。
駅から近くて交番も近くて便利、って飛行機の感想に・・・


「端的に言って」を、やたら使う人が昔いた。全然端的に言ってないのに。


アラバマの腐れ保守オヤジども。
望まぬ妊娠でも受け切れるべき神の御心だなどと言うけど、
妊娠は神ではなく男女の性行為によるもの。
望まぬ妊娠では、女性ばかりが傷つくもの。
なんでも神様のせいにするんじゃない。ばちあたりが。


温かい短編小説を一つ読んで生き返る。


子どもの絵の教室をやってた時には、
何回かに一度すごい充実した授業になることがあって、
わたし天才だなーと体から溢れそうなうれしさを感じることがあって、
そういうのは創作の喜びと同じ種類なんだけど、ここ数年それが足りない。
足りない。

猫がいても絵が描ける体勢を考えなくてはいけないんだけど、難しいわ。
好奇心が毛皮を着ているのが猫だからなぁ。


電車の中で暑くて汗が流れる。これは暑がりのやつではなく、自律神経のやつ。
自律神経めちゃめちゃだなぁ。更年期なる前からだけど。
寒くなったり暑くなったり30分くらいでもコロコロ変わるので、ヘトヘトになる。
このおばか自律神経め。


猫を飼いたいという人に、猫によっては著しく人間の自由な活動を制限されますよ!
と忠告。。。いやほんと。


自分が酔っぱらって正体なくなるのはものすごく恥ずかしいのに、
人が酔っぱらってむき出しのその人になるのは、なんともかわいいなぁ、と思うのよ。
かわいいなぁ。
わたしがばかな酔っぱらいになっても、そういう風に思ってもらえるのか自信が全くない。
ので酔わずに帰るぞ。

むき出しの自分なんて、あまりに愚かで情けなくて薄っぺらで恥ずかしくて、
誰にも見られたくないのに、酔っぱらうとチラチラと見せてしまう。あー。


創作するものとして謙遜は傲慢なのだと教わった。
自分はこんなものじゃないという傲慢なのだと。ふむ。


相変わらず、誰にあってもすっかり三毛猫の人と思われてるんだけど、
わたし猫だけの人じゃないんですみたいな主張もないし、
ま、わかりやすくていいか、と猫の写真をまたアップ。


首輪をつけた猫の可動域を増やしてみたけど、
子猫時代のような大変なことには今の所なってない。
わたしが家にいる間は自由にさせてあげることにしよう。
台所でもどんどん登っていろんなものを蹴散らしたりは、もうせず、
おとなしくうろうろしてるので、わたしが料理するときなども大丈夫かなと思う。
昔に比べたら大人になったなぁ。


なぜ猫はいつもこっちを見ているのか。なぜ猫はいつも首をかしげているのか。


隠居だから意志がないのですごい才能を見てもいちいち動揺しないのだけど、
動揺未遂の種は少しずつ溜まってて、時々自分の凡庸さに打ちのめされる気分になる。
それがいやで隠居的に生きているのにな。


テレビで見たい優良番組もたまにあって、テレビないと不便で悔しい思いもするけど、
それでもテレビは害の方がずっと大きいように思う。
みんなテレビなくなったら世の中マシになりそうな。。。

芸術の役割

2019-06-27 | 芸術、とか
ブライアンイーノの記事で、芸術の役割みたいなのがあって、概ね同感でした。
アーティストとしてはかなり冷めた発言で、芸術の社会に対する役割の限界を
淡々と語っています。
→リンク「ブライナン・イーノ、現代のアートやカルチャーはその意味が取り違えられていると語る」

>芸術や文化が、こうした意味でとても重要な働きをしてきた一方で、「アートとは別にやらなくてもいいことのすべてを意味している」とブライアン・イーノは述べ、生活していく上では二次的なものに過ぎないと説明しているが、こうしたアートの基本的な性格が最近ではどうも取り違えられやすくなっていると指摘している。
>「その一方でアートというのは、あればとてもいいものなのですが、言ってみれば贅沢品や趣向品みたいなもので、しっかりした仕事場でみっちり働いたあとで、帰宅して息抜きにやるようなことなのです。ですから、芸術や文化をまるで経済行為に繋がるものとして考えるのは新しい発想だということです」

芸術はおやつみたいなもので、なくても生きていけるとわたしも思ってる。
パンより理想!といえる人は、ものすごく強い人か、パンに困ったことのない人か。
でも自分の美大卒業式で学長か誰かが、いや芸術には力があると言った言葉は
軽んじたくないなぁとは、やはりずっと思っているのです。
パンこそが必要なものであっても、理想にも力があると信じたい。

そして美大の卒業式から10年近く経って
やっぱりまだわたしは長田弘さんの詩に、結局、強く共感している。

>パンのみにあらずだなんて
>うそよ
>パンをおいしく食べることが文化だわ。
>まずパンね、それからわたしはかんがえる。


これは戦っている人への言い訳でしかないのではないかと思いながらも、
美味しいものを作っていいお酒を飲んで、自分の人生をまず充実させてしまう。
パン大事やで。まずはパン!と。
いや、わたしの呑気な楽しい晩酌ではなく、もっとそれが必要な人の、
心や体が飢えている人のパン。それが一番大事なはずですが、
でもとりあえず、わたしはわたしの一日を充実させる。
それはそれでいいのだと今は、頭では考えているけど。
だから、
長田弘さんの詩の「それからわたしはかんがえる」というところが好き、
それから考えればいい。考えよう。考えるのをやめないようにしよう。

ゴヤ 理性の眠り

2019-06-26 | 芸術、とか
ゴヤ 理性の眠り「ロス・カプリチョスに」見る奇想と創意。
半年前に見た展示なのですがちょっとメモ。
これはこの美術館の収蔵品展なのですが、ゴヤの版画をまとめてゆっくり見て、
動物テーマの俳句の展示で応挙や若冲の軸などを見て、楽しかった。

ゴヤは、「裸のマハ」や「我が子を喰らうサトゥルヌス」なども有名な宮廷画家ですが
わたしにとっては「マドリード1808年5月3日」という
スペイン戦争で銃殺される人の絵の画家です。

美大時代に美術史カードを作るときにゴヤではこの絵をざっと写し取って描いたので
今も一番印象に残ってるのですが、ゴヤの銅版画はあまり見たことなかった。
版画はさらに、批判と皮肉の作品で、
政治や愚かな人間、腐敗した社会や教会を皮肉な目で風刺していて、
よっぽど反骨精神の強い理想の高い人なのかと思えば、
実はゴヤ自身は結構保身もする、名誉やお金の欲も強い、子供は甘やかしてダメにする、と、
自分に都合のいい中途半端な生き方をした男だったようで、
理想や思想があっても、勝手でわがままでダメな部分もあったのだなぁ。
こういう時代の男って、そういうものかもしれません。

版画自体は、素晴らしいものです。デッサンのうまさ、黒と白の対比の鮮やかさ、
構図のオリジナリティとモダンさ、そして人の一番いやらしい表情を捉える才能。
添えられている文章も含蓄に富んで面白いのですが
全体に暗く重くグロテスクな風刺に満ちていて、家に飾りたいとは思わない作品ですね。

伊丹で飲むのは好きなので、伊丹市美術館の帰りは飲んで帰ることが多いです。



この日も3軒くらいハシゴしました。美術館とお酒のはしご。いい組み合わせ。

「西太后秘録 近代中国の創始者」

2019-06-25 | 本とか
友達が貸してくれた西太后の本を読みました。
西太后についてとてもよく調べられた伝記、上下巻です。
書かれた順番は同じ作者ユン・チアンの、評判になった本「ワイルドスワン」が先だけど、
歴史的には西太后が亡くなった後に、共産党独裁の文化大革命時代が来て、
その頃の中国の、ある家族の話を書いたものが「ワイルド・スワン」なので
西太后のあとに、その続きのように読みたくなりました。
積ん読が多すぎてまだ読んでないけど。

この本によると、西太后は巷で思われてきた、残虐な女帝というイメージの
愚かでこわい化け物のような人間ではなかったようです。
作者が西太后好きすぎて感情移入しすぎて、
西太后に都合よく美化して書かれてる気がする箇所も多いけど、
そこを割り引いても、わたしの思ってたイメージと随分違う西太后だった。
晩年は満州を救いたい一心だった、というあたりは、ちょっと良く書きすぎで、
しょせん独裁者の独善もあるはずなのに、そういうところにこの本の限界もあるけど、
あの時代の、しかも女性指導者としては、どれだけすごい人だったかは、わかった。
纏足をやめたのも、未だかつてないほど中国の自由化文明化推し進めたのも西太后なのに
中国で生まれた作者でさえそれは中国共産党の成し遂げたことと思い込んでたくらい、
西太后は悪い方に誤解されてる。歴史が固定化してしまったデマのせいなのね。

さて、上巻の終わりにきて日清戦争が始まりました。
めっちゃ波に乗ってグイグイ来る日本と、たるみまくって鈍重な老大国中国。
光緒帝の愚かさ。李鴻章のずるさ。そして調子に乗って攻めて来るイケイケ日本。
実際この頃の日本帝國軍はほんとに破竹の勢いだったんだろうなぁと思う。
日本の人々は変な高揚感、全能感をどんどん持ち始めてしまったのだろう。

そして、日清戦争の時って、負け戦側の中国にも、特攻的なことがあって、
誰か将軍が敵に突撃して死んだのが美談になったということなので、
特攻賛美って日本特有の美学とかではなく、
戦時には負け戦側が無駄にやる定番の作戦なんだなぁと、思った。
当たり前だけど、特攻とかするようになったら負けるしかないってことね。
まあ、そんな愚かな作戦を賛美するような国が勝つはずがないけど。

下巻では、1900年頃北京議定書のあたりの欧米列強先進国が、
その半世紀前とは違う価値観を獲得し始め、人権意識が生まれてきてたようで、
中国に対しても手加減というより経済でも教育でも協力的なところが見られたし、
北京議定書のひどい内容を反省して返すアメリカのような国もあったのね。
阿片貿易も、この頃対英ではほぼなくなった。
確かに、あの異文化の広大な壮大な国を、全て占領して統治してみろ、ほい、
と言われてもできるはずがなかったし、
列強としても、中国を丸ごと支配するより、国として整えてやって
自分達に都合がいいように利用するしかない、という考えもあったのかなと思う。
列強の中でも、アメリカは、すでにボロボロの中国から分捕ったものを返したり、
教育に力を入れるように諭したりしてて、そこは若い国の理想はあったかもなぁ。
とはいえ、その一方では依然として植民地差別や搾取は続いていてて、
少しは人権や公正さのような概念を持ち始めたのに矛盾だらけじゃないかと思うけど、
そういう矛盾が人間だし、それが歴史ってことなんだろうな・・・。
そして、その頃の日本は帝国主義先進国たちの真似をして、調子に乗りはじめていたけど
どんなに調子に乗って軍備増強しても、そういう部分は遅れていて先進国ではなかったのね。

しかし、本の後半に行くに従って、ますます西太后が気の毒になってくる。
賠償金や鵜呑みの条約のせいでボロボロになってしまった。
野心のために日本と組む男と、お金のために日本と組む男が皇帝に取り入り
西太后の暗殺を企てて失敗するけど、かといって皇帝を殺すわけにもいかないし、
進歩派の西太后の進めたことは全て政敵の手柄にされ、
失敗したことは頑迷な西太后によって潰されたという話が広まり、
さらにひどいデマがばらまかれる。
この政敵たちのスパイ活動のせいで下関条約はあれだけ中国にとって不利なものになり、
日本を利することになり、さらに欧米列強に付け入られることになるんだけど、
西太后の決意通りもっと抵抗していたらどうなっただろう。
どうせ負けるにしてもあれだけの不利な条約にはならなかったかも?
日清戦争のあと、ボロボロの中国がハゲタカのような列強に好き勝手蹂躙される中、
つい誤った判断でならず者の義和団と手を結んでしまうところは他人事ながら痛恨。
日清戦争でもう少し粘って、外交頑張ればよかったのになと思う。
そこで日本は調子づいてしまったし、

西太后は、ビクトリア女王はひとりで大英帝国を運営しているのではなく
後ろに議会が控えていたからできたのに対し
たったひとりで4億の民を抱え統治も外交も何もかも決めなくてはいけない
自分の体制も変えようと思ったということだけど、時すでに遅しだったのねぇ。
西太后への同情がやはり禁じ得ない。

西太后が、中国で初めて立憲君主制で選挙をやることに決めたあたり、
日清戦争で列強にボロボロにされたあと、猛然と文明開化に向かうところは素晴らしい。
西欧式文明開化は、国を強くするのには必要なことだったんでしょう。
その一方で、西太后は西欧の洋服については、
美しいが美しい体型の者でないと美しく着られない、
中国の服は誰が着てもそういう差異は出ない、というような感想を言ってたそうです。
ほんと、そうね〜。

グラス

2019-06-23 | Weblog
少し前に友達のやってる商店街イベントに行ったのですが、こじんまりとしてのんびりして
いいイベントで楽しかった。
その後、近くにある友達の事務所の屋上でパーティ。

とても気持ちのいい場所で、すぐ目の前に線路、その向こうに海、背中に山を感じる。
神戸っていいなぁ。


イベントでは別の友達が自作吹きガラスのお店を出してて、それが目当てだったんだけど
買いたかったグラスはほとんど売れてたので、小さなグラスと
ペーパーウェイト大小、それから花瓶を買いました。


昔ある友達が言ってた、手作りのものを買うということは、物語を買うことだからという言葉。
知ってる人の作ったものには、わたしも知ってる背景が見えたり、
自分も物語の中の一人だったりして、より自分の気持ちに近くように思います。

家に帰って、買ったばかりの小さいグラスに水を入れて飲むと、
厚みの分口当たりは優しいのに、繊細さは失われず、とてもいい按配。
ワインやハイボールを飲むグラスは、薄ければ薄いほど繊細な口当たりで
安い工業生産品はどうにも鈍くて重い感じになります。
それがこのグラスは、あくまでもきれいに透き通って、厚さがむしろいい効果になってる。



もっとたくさん買いたかったなぁ。また次の機会がありますように。

(水出しの緑茶は香りも良くて猫が顔を突っ込みかけたけど阻止。笑)

映画:アベンジャーズとか

2019-06-22 | 映画


アべンジャーズ。
以前映画の会で、この辺りの映画を愛する友達がDVDを何枚か貸してくれて
キャプテンアメリカやマイティソーなど数本見たおかげで、
なんとか大体のところはわかるようになりました。
見ていない作品もあるしよくわかってない登場人物もいるけど
大体分かると十分楽しめます。
主役級のキャラクターが複数集まるのだから豪華だし
強くてかっこいい人たちを見るのは楽しいし、見た人も絶賛してるのに
4年ぶりくらいに、メガネを忘れて行ってしまった。ちょっと残念。

眼科で調べると、裸眼で両目で1.2くらいの視力がいつも出るんだけど、
それは小さい輪っかにうーんと集中して勘を研ぎ澄ませての結果です。
勘が8割ですが、乱視のせいで見にくいものは
一点を時間をかけてみると見える気がするもので、それで当たって1.2。
でも実際は多分両目で0.5ないくらいと思う。
日常生活でものを見る早さだと、全然見えてないのです。
だから、大きなスクリーンの字幕ならなんとか読めますが、
メガネがないと少し余分に時間がかかるし、視界もクリアではないのです。
ずっと見てると、その視界に慣れてきて不便を感じなくなるんだけど、
メガネがあるともっと迫力あっただろうなぁとは思います。
人の表情とかも一応ちゃんと見えてはいるんだけどね。

とはいえ、映画は十分楽しみました。すごい楽しかった。
オールスター全員集合って、やっぱり楽しい。
お話は、世界の人口を半分にしたらもっと素晴らしい世界が実現すると信じる
悪者が(本人は神になったつもりか、善意で)世界の半分の人を
無作為で消滅させてしまった前作の続きで、世界を元どおりに救おうとする
ヒーローたちの戦いの話。
確かに人口が半分になったら、地球的に解決する問題は多いと思うけど
生きている人を消し去るという傲慢さには驚く。
でも悪者も、傲慢ながら世界のためという大義があり、
悪意の人物ではないので、すごく憎たらしいだけの存在でもなく、
そういうところで、勧善懲悪に少し迷いと奥行きを出していますね。

主役の中でも主要な登場人物「アイアンマン」のシリーズを
を一つも見てなかったので、「エンド・ゲーム」のあとに見たら、
ほんの10年でCGや映像がこんなに変わるのか!という驚きが。
人間のドラマは何十年たってもあまりかわらなかったりするけど
テクノロジーは陳腐化というのをしうすね。
10年前にはこれが、昨日アベンジャーズエンドゲームを見たのと同じくらい
新しくてエキサイティングだったんだなー。きっと。
でもまあ、これはこれで良さはあるけど、ああテクノロジーよ。

遊びのポーズ

2019-06-21 | うさぎとねこ
猫がまだ時々、小さかった頃みたいに背中丸めて毛を逆立てて、
尻尾をタヌキのように膨らませて、横向きにぴょんぴょん飛びながら遊びに誘う。
もう10ヶ月で、そろそろ大人体格になってきたるのに、
中身はまだまだちびっこだなーと、微笑ましい。かわいい。

最初これ見た時は、何かに怯えて興奮してると思ったけど、
何かの本で遊びに誘ってるって知って、
これやってきた時はおもちゃじゃなく、人間自ら体を使って
かくれんぼや追いかけっこで遊んでやる。
いや、遊んでもらってるのか?

あと、ゴロンとお腹をみせて、遊ぼ〜と誘うときもあるし
足元にすり寄って遊ぼうとまとわりつくこともある。
もっと大人になるとなくなるのかな?

写真は猫のおもちゃ投げ遊びで、人間の投げたおもちゃを意気揚々と拾って
持って来る途中の猫。

映画:ウィンストン・チャーチル

2019-06-19 | 映画


副題は、「ヒトラーから世界を救った男」。
映画自体は、普通に面白かったのですが、なんとも、もやもや。
ヒトラーが悪の侵略者であることに異存はないけど、
イギリスの悩める正義のヒーローぶりは一体どうなの?それおかしくない?
愛国心を煽って幸福より名誉ある死に誘導するようなのも嫌いなんですけど、
相手がヒトラーならそこは百歩折れるべきなの・・・?

そもそもそれまでずっと、イギリスが大帝国主義国として
世界を侵略・搾取してまわってきたことは完全にすっかり棚に上げて、
侵略者は決して許さない、最後まで抵抗する!って、その正義漢ぶりはなんなんだ?
大英帝国の選民意識に満ち満ちていて、チャーチルに全く共感できずに終わりました。
いや、人としてはチャーミングなのかもしれないし、
映画を見るのに、歴史的な史実からこういう見方はつまらないのかもしれないけど。
たとえばクリストファー・ノーラン監督の映画「ダンケルク」を見たときは、
チャーチルがダンケルクの兵士たちを決して見捨てないと言ったというところで、
救世主のように思えたものですが、チャーチルの物語ということになると
やっぱり、エリートの帝国主義者としての彼を好きになれないのよねぇ。
(ちなみに「ダンケルク」はとてもいい映画です)

それに実はゲイリー・オールドマンが昔からどうも好きじゃないのですよ。
あの、俺はキレた演技がこんなにうまいんだぜと言わんばかりの鼻に付く演技を
みんながあまりに褒めるので、彼の得意顔を透かして見てしまうのよ。
通好みの渋い名優みたいな位置にいるのも、なんかいやだ。
薄っぺらな俳優だと思うんだけどなぁ・・・(言い過ぎか。すみません)

ヒトラーと戦ったのはえらいし、映画としては悪くはなかったんだけど、
帝国主義が嫌いすぎてねぇ。
なんか楽しいおバカ映画を見たいぞ。アベンジャーズ見に行きたいぞ。
と、これ見たすぐ次の日に、アベンジャーズ見に行きました。
それはすごく楽しかった。