林 住 記

寝言 うわごと のようなもの

鬼柚子

2010-11-30 | 高麗便り

柚子は柚子でも「鬼」が付く「鬼柚子(おにゆず)」。行きつけの床屋さんで見つけた。
観音さまのようなマダム・バーバーは、「高麗ではどこにもありますよ」、と。

柚子の里で、初めて見つけた森生の徘徊不足が恥ずかしい。
マダムも、夢見る頃を少し過ぎた美人姉妹も、柚子湯の毎日らしく、お肌はピッカピカつ~るつる。ねっ▼

何故か、姫だけが鬼柚子が嫌いらしい。
このゼイタクものめが。

101130B


恥を知る

2010-11-29 | あらら!

 この二人はアダム氏とイヴ夫人であろう。 林檎を食う前から服を着て、お行儀がいい。



いま、都庁議会棟前にお住まいだ。丸裸で恥知らずどもが巣食う国会議事堂前に移住して頂いたら如何?

 101129


野獣派短歌

2010-11-28 | 重箱の隅

短歌業界に「アララギ派」という党派がある事は聞いているけれど、平成の世になり「野獣派」が誕生しそうである。
その例証として14日の「朝日歌壇」から転記します。

  ・ 市街地をじゃれて歩きし二十分後 射殺されたる羆の親子

  ・ 菜園のキャベツ野兎に食べられし スーパーに行くマンガのような

  ・ 猿二頭わっさわっさと木を揺らす 廃屋なればそれさえうれし

  ・ 廃校の鉄棒に来て小猿めが 夕日を蹴りてくるりとまわる

  ・ イノシシが処かまわず掘り返す そのひもじさを当り散らすがに

  ・ うかうかと博物館に棲みついた 狸見たさに博物館へ

  ・ 猿が食い猪が荒らして残したる 虫食い栗を食うはせつなし

ほんと、切ないねぇ。
佐々木幸綱先生が選んだ全10首中7首が野獣関連短歌で、次の歌も入れれば8首にもなる。

  ・ 生きるため街に出てゆく熊に似た 父を見送る出稼ぎの朝

野獣派立ち上げを目論んでいるらしい佐佐木幸綱先生は、大歌人佐佐木信綱のお孫さんである。
もっとも既に相当おじいさんなお孫さんですが。

ただ森生は、歌を詠んだ方々の辛いお暮らしが分らないではない。その諦観に深く感じ入るところが多々ある。
何故なら現在、わが町や、わが庵・猫額亭自体が、猪一家や鹿、猿、ハクビシン、その他に囲まれているからね。

森生は、幸綱先生のお爺さまである佐佐木信綱の歌を一首だけ覚えている。

 ・・ ゆく秋の大和の國の薬師寺の 塔の上なる一ひらの雲 ・・

おおらかであり、気品を湛えており、声に出して読みたい名歌だと思う。
この歌は、高校の先生が授業をそっちのけにし、信綱先生に従い奈良を巡り歩いた思い出として、声涙ともに下る名調子で教えてくれたのである。

で、大歌人の歌風に習い、雲のように森生の頭に浮かんだ一ひらだけれど、幸綱先生は選んで下さるだろうか........。
ま、ブログの恥は書き捨てだからね、なに、構うもんか。

・・ ゆく秋の彩の国なり高麗の里 柵の内なる一まいの畑 ・・

                                  ..........猫額亭 森生

【脚注】

念の為に「佐佐木幸綱」を調べました。生誕秘話ほか、大変な経歴の先生でした。
どうも失礼しました。

埼玉県はあのタモリ氏に「ダサイタマ」と揶揄されました。
埼玉県所沢で生まれた所・ジョージ氏は、「タモリさん独特の愛情表現」、と受け流したけれど、
当時の県知事が憤慨し「彩の国」にした。
だから今では、県内どこへ行っても「彩の国」だらけです。

101128


柿食へど

2010-11-27 | うわごと

閑話休題(あだしごとはさておき).............。

  柿食へどカネにもならぬ里歩き 
              ............ 猫額亭森生


句を捻ることに草臥れました。一息入れさせて頂きまする。

続きは「野獣派短歌」にしたい。
有難いおコメントへの返歌を考えるために、しばらく徘徊して参りますね。
では、またあした。ふぅ。

101127 


現代短歌を考える

2010-11-26 | 重箱の隅

現代短歌は結構おもしろい。なにもかもをあっさりと受け入れ、むしろ楽しんでいるかのようだ。
例えば11月14日の「朝日歌壇」から抜き出してみると.......

  ・ 白子乾しに蛸混じりゐて職場での 個性豊かな友思はしむ

  ・ 生きるため街に出てゆく熊に似た 父を見送る出稼ぎの朝

  ・ 吟行の列忽ちに乱れけり 通草(あけび)の熟るる径に入りて

  ・ 疲れたとスーツが言ってるような 面接試験二十三回

ここまではまぁ、「それなり」、ではあるが、以下となると、「いやはや」、ですな。

  ・ PTAのママとろう下ですれちがう 私のママじゃないママみたい

  ・ 雨合羽着たる男が目瞑りて <モデルハウス↓>の看板持つ

嗚呼、敷島の大和の国の歌心は一体全体どこへふっ飛んだのか。
ご先祖さまから連綿と受け継いできた「もののあはれ」のカケラもないではないか。
もしも宮中の歌会始めに、これらが採用されたら、畏れ多くも両陛下におかせられましては、お口アングリであろう。

また、貴重な新聞紙面を空白にはできない選者諸先生のご苦労と無理矢理選評を書く苦しみはいかばかりか。
夜更けの酒は多分、ヤケ酒になってるだろうね。

だが、これが現代短歌なのだ。敷居はぐんと低くなったのだ。
恋の歌なんかどうでもよくなったのだ。
こーゆーのなら不肖森生にだってできるわぃ、と勇気付けられてとりあえずの一首。

・・ すきま風歯ぐきに沁みる秋の夜の ブログ気ままに書くべかりけり ・・

なお平成23年度歌会始めのお題は「葉」です。ガンバッテね。
ご疑問がありましたら、宮内庁式部職宛にどうぞ
締め切りはとっくに過ぎましたが。

101126A


なるほど納得

2010-11-25 | 知ったかぶり

荘厳な都庁の展望室に上がった。確かに東京はスバラシイ! 2~3日なら都知事になってあげてもいいよ。
う~む、窓ガラスが邪魔っけだ。室内の様子がガラス窓に映りこんでしまうぞ。ガラスを外しなさい。



東京スカイツリーを撮るために、あちこち、いろいろ工夫をしていると...........。
な~るほど納得な紳士がいた。


でも、よく検問を通過したものだね。エライ。

101125B


署名捺印

2010-11-25 | 林住期

お膳立ては完璧だった。
森生は署名し、実印を渡した。先方は慣れた手つきであっけなく捺印。

要らなくなった大量の資料を引き渡した。

海辺の古い街からやって来た人たちにはもう会うことはない。
後は事務方が坦々とことを運ぶはずである。

立会い人の部長から昼食に誘われて、最上階にある天井が頗る高い洋食屋へ。
朝、曇っていた空は見事に晴れ渡り、眼下の街は輝いていた。



この会社の定年まであと二年、定年後をどう過ごすか、まだ探しあぐねている。
そう言うのこの部長とも、今日が最後の日になるだろう。
いろいろあったが、何だかお名残惜しい。

食後、秋が急に深くなった超高層ビル街を歩いた。
父から引き継いだ土地。ようやくけりを付けたというのに、達成感よりも喪失感がある。

    そうだ、年内にも両親の墓参りをしなければ...........。

高いビルに遮られた空には絹雲が。

日陰には冷気が漂い、ぞくぞくする。

今夜の高麗は寒くなりそうだ。日はまだ高かったが、帰途についた。

101125A


ここにも秋が

2010-11-24 | 高麗便り

巾着田にも、また秋が来た。


誰もいない川原。


枯葉が淀む水路では、雲が掬える。


車は去り、原っぱに戻った。


高麗川の対岸の丘陵は綾錦を纏う。

また冬が、駆け足でやって来る。

11月23日の巾着田です。

101124B


理想の林住期

2010-11-23 | 拍手

「武蔵丘陵森林公園」には、林住期の理想の暮らしがあった。

ハンモックに乗り、「林住記」の更新もな~んにも考えずに、日向ぼっこをする。

焚き火をする。薩摩芋はもう懲り懲りだけどね。

親友とひねもす釣り糸を垂れる。晩のおかずが釣れたら最高。

隠れ家を持つ。これが木の上ならもっと良し。

日が高いうちから露天風呂で手足を伸ばす。.......下半身が無いなんて口惜しいねぇ。

旅に出たい。彼岸ほど遠くなく、また帰ってこられるところへ。

 

なお順不同です。本当はいっぺんにやりたい。

101123C


秋ぞ悲しき

2010-11-22 | 床屋放談

武蔵丘陵森林公園は花の春、そして輝く新緑に続き、もみじの今が掻き入れ時である。
国営といってもおっとり構えてはいられないご時勢だ。集客に大車輪である。





夜間営業「紅葉見ナイト」は経営努力が窺がえてエライ。だが、ヘンな作り物が目立ち遺憾である。
園内で立ち枯れた赤松の作り物。民主党のお歴々に見える。近寄る人も無く、悲しい秋となりにけり。



公園内で猛威を振るう孟宗竹を利用した「作品」群の三例。これって勅使河原草月流だわさ。
マネには大宮人が愛した「紅葉狩り」の雅やかさがまるでない。これも今どきの「もののあはれ」であろうか。

・・ 公園のもみじ踏み分け見るごみを われになぞらえ秋ぞ悲しき ・・

.......... 森生  

実は森生の仲間たちが先月作っていた「作品」もあった。
竹筒が蝋燭台になっている清々しい傑作です。ご苦労さまでした。

作業中の写真は過去記事「こそこそ帰る」をご覧下さいね。
この記事、下にまだ続きます▼


アートフェスタ

2010-11-22 | 色めがね


なんじゃらほい、である。しかし、作品名と尤もらしい作品名がある。
あまりにもチャチ。村上・奈良に較べて原材料が劣り、難解なお説も無く、近所の小中学生の作品みたいだ。



大人でも「紅葉見ナイト」の薄暗がりで白骨体や生首を見たら卒倒するかも。
少なくとも、寝床で魘されるそうで、今夜は眠れない。



自称アーチストらは、一体全体何を食って生きているのだろうか。
あれま、ここにもごみがあった。



余談ですが、この傘は素人の入場客がマジックインキ描いたもの。
即席でも、少しも見劣りしませんね。

すみません、まだ続きます

101122B