非国民通信

ノーモア・コイズミ

Back in Black

2012-07-15 10:56:25 | 雇用・経済

 いつの間にやらブラック企業という言葉は完全に市民権を得ているわけですが、一方で「ブラック企業的なもの」を正当化し、ダメな企業をブラックと呼んで敬遠する風潮を「甘え」である云々と精神論への落とし込みを図る人もまた少なくありません。そして「ブラック企業」という概念が乱用されているとの批判も存在します。ただ単に気に入らない企業をブラックと呼んでいる、と。この辺はまぁ、頷けないでもないでしょうか。例えば、マトモに相手をする必要がある対象かはさておき「ブラック企業大賞」なんて企画もあるわけですが、そこにノミネートされている顔ぶれを見るに、なるほど確かに「ブラック企業」という言葉を便利に使いすぎているなと感じます。ブラックとは何か、それをロクに考えないまま、ただ自分にとって気に入らない企業を罵倒し、晒し挙げるためのマジックワードになってはいないかと。

参考、ブラック企業大賞2012

 ブラック企業と言っても、明確な定義のある言葉ではありません。ですから何をブラックと呼ぼうがその人の勝手と言われれば、それでお終いです。ただ、何であれ最低限の一貫性がなければ信用も置けないというものではないでしょうか。そこで私なりに考えるブラック企業の最大公約数的なイメージですが、まず第一は「対価が支払われないこと」ですね。例え激務でも、労働に見合った高額の報酬や将来的な地位が見返りとして与えられるなら、それはブラックではありません。これがワタミのように「金より幸せ」と精神論が優位に立つようであればブラックと呼ばれるに十分ですが――「精神的な豊かさを大切にしろ」と喧しい日本全体が黒ずんだ社会なのではと思えてきます。あるいは「若者に雇用機会を」みたいな風潮に先立って中高年という「元・若者」を追い出しては若年層に置き換える、その若年層もトウが立ってきたらまた新たな若者に置き換える、そういう形で「若さ」を保っている企業もまた見事なブラックと言えます。

 社員を支配したがる、と言うのもブラック企業の特徴に数えられるべきでしょう。餃子の王将の研修とかもつとに有名ですけれど、ワタミもまた研修熱心です。人件費は惜しんでも研修費用は惜しみません。でも、その研修で教えられるのは実務で必要なことではなく、雇用側が奉じる価値観であったり、社畜としての心得などに終始しているわけです。長時間労働で社員を拘束するだけでは飽き足らず、価値観の面でも社員を従わせる、従業員の「心」にも干渉したがる、それこそブラック企業の条件にふさわしいと思います。

 上述のブラック企業大賞では、バス事故で有名になった「陸援隊」がノミネートされています。でも、これは明らかにブラックとは違うでしょう。むしろブラックとは対極です。ブラック企業であれば従業員に副業なんて認めないものです。陸援隊の場合は管理の杜撰さが問題なのであって、そうした「ほったらかし」はブラック企業の雇用関係では「あり得ない」類と言えます。それはそれで別種の問題があることは確かですけれど、ブラック企業の特徴とは相容れないところもあったはずです。陸援隊をブラックと呼んでしまうなら、それこそ「ブラック」とは気に入らない企業を罵るだけの空疎な言葉、軽い言葉になってしまいます。これは「ブラック企業」を批判する側にとっても好ましいことではないでしょう。

 「支配したがる」という観点から陸援隊に代わってノミネートされるべきは、大阪市役所ですね。雇用側が従業員サイドの内心や価値観に干渉したがる、業務とは無関係な領域にまで手を突っ込んでくる、ブラック企業に見られる典型的な雇用関係は、少なくとも陸援隊なんかよりは大阪市でこそ頻繁に見られると言えます。あるいは、単に待遇の悪さを要件とするなら外国人研修生を「購入」している無名の事業者達こそ糾弾されてしかるべきでしょう。良くも悪くも有名税、名の知れた大企業における不正や労働問題は大きく取り上げられますが、往々にして最悪の雇用主は中小零細でこそ見られるものです。陸援隊という事故さえなければ決して世間に名を知られることがなかったであろう小さな有限会社を槍玉に挙げるくらいなら、外国人研修生に強制労働をさせている連中にも切り込んで欲しいところです。

 例によって「ブラック企業大賞2012」では東京電力もノミネートされています。「気に入らない企業」ランキングとしては妥当な選択なのかも知れません。ただ東京電力までをも「ブラック」と呼んでいいのか、そこはまた首を傾げるところです。たしかに東京電力では大幅な賃金の引き下げが行われており、従業員の労働者としての権利を不当に侵害してはいないか、その辺は厳しく問われてしかるべきと思います。ところが、上述のブラック企業大賞では東京電力のリストラには全く触れていません。ブラック企業大賞の選考委員にとってはどうでもいいことのようです。刑事事件の被告人に人権はない、不祥事を起こした会社の従業員に労働者としての権利はない、そう考えている人にとって東京電力のリストラの是非など問われるまでもないことなのでしょう。

 「5次・6次にわたる多重請負の構造がある」「その中では、被曝に関する安全管理や教育も不十分であり、また使い捨てともいえる雇用状態が続いている」環境への影響に関する完全に偏見だらけの評価は相手にしないとして、とりあえず「ブラック企業大賞2012」のノミネート理由として多重請負や安全管理の問題が挙げられています。ただ、これをブラックと呼んでしまうと、建設や工事業者と関わる会社はほぼ全てブラックになってしまうわけです。それ自体は決して好ましいことではない、是正されるべき物ではあるにせよ、多重請負や安全管理の不備は決して東京電力や原発だけの問題に矮小されてはならない広範な問題ですから。

 実際、私の職場でも元請け工事をやったりしますが、実際の作業は下請けの工事会社が行います。そして下請けの工事会社は、業務量に応じて一人親方を連れてきます。その下請けの社長が呼び出した一人親方の素性までは把握しきれませんし、発注元企業にも報告してません。まぁ、東京電力の敷地内での工事とかですと格段にチェックが厳しいので、そのときは下請け会社で直接雇用されていることが確認できた人に限定して作業に当たらせたりもしますけれど、ソフトバンクなんかは緩いので人選は下請けの社長に任せちゃってますね! ともあれ、原発作業でなくても多重請負は普遍的に発生するものです。下請け会社に支払った金額は管理してますが、下請けの社長が一人親方にどれだけ払っているかは知りません。

 ただ多重請負を無くすためには、下請けの社長なり一人親方なりに工事発注元の大企業から直接仕事を引っ張ってこれるような営業力や、各種工事に必要な物品を調達できるだけのネットワークが求められます。それが無理だから、間に入った会社が色々と代行する、そのコストとして「中抜き」が行われているのです。中間業者だって、別に仕事をしていないわけじゃありません。その辺は働いている人なら多かれ少なかれ誰でも知りうることのはずですが、まぁ世間的には「悪」とされる何かを糾弾することの方が大事なのでしょう。

 「ブラック企業大賞2012」もそうですが、例によって被曝云々に関しては放射線のリスクを1000倍くらいは誇張していて、その反動として放射線「以外」のリスクが忘れられがちだなとも思います。労災による死者が続出する林業とかの方がどう見ても危ない、単に仕事にあぶれただけの人に「成長産業」と称して林業を勧めていた連中の方が格段に非人道的と思えるのですが、まぁ勧善懲悪の世界は善悪二元論の世界でもあります。リスクを比較しない、程度の問題であることを理解したがらないのも宜なるかなでしょうか。そうして安全管理や教育における「重心」が誤ったところに置かれてしまう、話題性の強いものばかりが重視され、より頻度の高い「当たり前」のリスクが軽視されることも珍しくない、その一端を「ブラック企業大賞2012」も担っていると言えます。

 どっちかと言えば、AKB48とかの売り方ってどうなんだろうと思ったりもします。あの売り方はえげつないし、AKBの構成員でもファンの少ない人は随分と厳しいのではないでしょうか。親族が生活保護を受給していた芸能人が話題になったりもしましたけれど、売れないときは極貧生活に陥るのが芸能界です。芸能界に限らず「夢を追う」タイプの業界は慣例的に収入の少なさも「夢」のためと許容されがちですけれど、もうちょっと労働者としての権利を考えてもいいのかも知れません。「夢」と引き替えに貧乏暮らしを受け入れさせるのは、待遇改善の代わりに「やりがい」とか「幸せ」を持ち出すのと完全に別物とは言い切れませんから。

 

 ←応援よろしくお願いします


コメント (11)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 実績抜群のゴールデンコンビ... | トップ | どうしようもない »
最新の画像もっと見る

11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ノエルザブレイヴ)
2012-07-15 20:15:42
>「5次・6次にわたる多重請負の構造がある」「その中では、被曝に関する安全管理や教育も不十分であり、また使い捨てともいえる雇用状態が続いている」

こういった労働環境上の不備が「悪の権化がやっているから」といった理由ではなく「そういうのは良くないから」といった理由で批判されれば本当はいいのですけど。
しかし、「悪の権化」と認定されないうちは何もしないくせに、一旦「悪の権化」と認定されたが最後草木一本残らぬまで叩き続ける、という姿勢は全くどうにかならないものでしょうかね。それこそ「精神的豊かさを蔑ろにしている」行為では有りますまいか(私には「生意義の快感に溺れ切っている」行為にも見えます)。もっとも、最低限度の生活が保障されなくては「精神的豊かさ」など追えないでしょうからある意味では仕方のないことかもしれないですね。
返信する
Unknown (非国民通信管理人)
2012-07-15 23:52:23
>ノエルザブレイヴさん

 建設業界、工事業者の絡むところでは普遍的に見られる問題なのに、原発や電力会社に特有の問題であるかのごとく矮小化されて語られがちな辺りから察するに、消し去りたいと望まれているのは多重請負や使い捨て雇用ではなく、別のところにあるのでしょうね。まぁ勧善懲悪の世界では「悪」を打倒することこそが問題解決の手段ですから。
返信する
Unknown (雑民子)
2012-07-16 00:06:43
『ブラックNPO&ソーシャル・ベンチャー大賞』なんてのはどうでしょう。
案外、企業版より反響が大きいかもしれません。
近年はブラック企業に痛めつけられた人々の“受け皿”として、こうした連中が暗躍していますから。
返信する
Unknown (非国民通信管理人)
2012-07-16 10:58:40
>雑民子さん

 代替医療よろしくNPOやソーシャル~にも、いかがわしいのはたくさんありますからね。加えてまっとうなNPOでも、給与支払いの面では問題のあるところもありますし。営利企業ではない、と言う美名に覆い隠されがちですが、追ってみればタチが悪いのも多いことでしょう。
返信する
Unknown (taka)
2012-07-16 17:08:15
『価値観の面でも社員を従わせる、従業員の「心」にも干渉したがる』
これ実際やられると本当に辛いですよ。精神病寸前までいきました。耐えかねて転職しましたが、新しい職場でも数ヶ月は周囲に怯える状態でした。

私の場合会社全体ではなく配属された部署の人間が問題だったのですが(人事に異動を希望したが通らず結局転職という流れです)、これが会社全体だったら間違いなく「ブラック企業」ですね。

労働時間にしても心理面にしても、社員への拘束の度合いがブラック企業の指標になると思います。
返信する
追加で (ヘタレ一代)
2012-07-16 19:27:18
こういったランキングに加えて、経済成長を阻む(効率と経済成長終焉を叫ぶ財界への皮肉としてこの名)非効率かつ不要な業務・研修・慣習ランキングなんてあっても良さそうですね。

相も変わらず信仰に取りつかれて、悪習を顧みようとしない又は、いいことだと思い込んで非効率の強制をやっている、経営者の時代遅れな頭に届くことをわずかに期待したいです。

ところで、今さらな気もしますが、日本の経営者たちは非効率とわかってて、自らの在任中に自分にとって有利で気持ちのいい環境を創るために、短期の目線でしか考えずこんなBlack経営を行っているんでしょうか。

もし本気で非効率と気づいていないのだとしたら相当な物になるでしょうが・・
返信する
Unknown (非国民通信管理人)
2012-07-16 22:02:57
>takaさん

 まぁ、そういう上司や部門を放置しておくのもブラック企業の資質の内でしょうか。コミュニケーション能力最優先の時代には尚更、ドライに仕事を進めるよりも従業員の精神面から支配したがる、「心」重視の職場も増えるばかりなんじゃないかという気がします。

>ヘタレ一代さん

 たぶん、効率を追うのは良くないことだと信じているのでしょう。効率の代わりに、自分たちの「理想」を追っているわけです。その理想とは雇用側にとっての居心地の良さであったりする、と。効率を追うのは悪いことのように言われることが多いですけれど、実際は効率を犠牲にしているために生じている問題も多そうですね。
返信する
Unknown (プチ左派)
2012-07-16 22:23:04
例に漏れず橋下も職員に自衛隊での実働部隊研修を言い出したことがありましたね。しかも40代、50代の職員にまで嫌がらせのように。あれなんか完全にブラック待遇ですが、世論からは批判が出たという話は聞きません。
ブラック企業を批判しながら、気に入らない奴らはブラック企業にでも行けばいいと思っている日本人の本性が明け透けに見えて実に嫌な思いをしました。

「民間ではもっと効率的に仕事をしている」などと馬鹿の一つ覚えを繰り返す橋下ですが、自分の言っていることは、効率から最もほど遠いところにいるという自覚はないようです。
それを支持している有権者も同じくらい愚かな人間ということなんですが。
返信する
Unknown (非国民通信管理人)
2012-07-16 23:16:10
>プチ左派さん

 「ブラック」と呼んで他人事のように非難する人も多いですけれど、その一方でブラック企業的な振る舞いを求めているケースも多いですよね。例に挙げた大阪市などが特に顕著ですが、まさにブラック企業のやり方を経営者ではなく「国民が」求めているわけですから。
返信する
Unknown (フィンクス)
2012-07-20 05:30:02
 はじめまして。私はワタミに一票ブチ込んでおきました。渡邉社長の自殺者に対するあのツイートは流石に・・。それと、東電は少し違う、というかこの賞の主旨に相応しくないな~と。私の会者(ビルメン)は同族企業で組合が無い上、当の私が鬱で休職の身なのでまあ、ウチもブラックかな?と思いますw
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

雇用・経済」カテゴリの最新記事