本来的には相容れないはずのものが、時に不思議な共闘関係を結んでしまうことがあります。たとえばポルノ規制であれば、家父長制的な男女関係を理想とする保守的な道徳主義者と、女性の権利を重んじると称する人々が、結果的にではあれ同じ主張を展開しがちです。そこで雇用/規制緩和もまた、本来は対極にいるはずの人々が肩を組む傾向にあるのではないでしょうか。ほら、構造改革時代に最も割を食ったとされる若年層――より幅を狭めて言うなら「ロスジェネ」層が、実は最も小泉改革の支持が厚い世代でもあったわけです。若い世代ほど構造改革/規制緩和路線に肯定的である、そうした傾向の中で、これから引用する記事は書かれたのかもしれません。
日本社会は中高年の雇用を頑なに守り、若者を見捨て続ける(DIAMOND online)
これをひっくり返して考えれば、新卒で就職できなければ、その後に大企業に職を得ることは極めて難しいということになる。なぜか。もはや、高度成長期はとうに過ぎた。低成長時代にいずれの企業も雇用を大幅に拡大することなどありえない。
どういうノリの記事であるかは見出しから大体の推測はできると思いますが、本題に入る前に、この財界(の代弁者)にありがちな世界設定を(繰り返しにはなりますが)指摘しておきます。つまり、「高度成長期はとうに過ぎた」「(これからは)低成長時代」という認識ですね。確かにこうした論調は政財界の「常識」とすらいえます。しかし、日本以外の国は概ね成長を続けているわけです。高度成長時代が終わったのは日本だけの話であって、まぁ今後も日本だけは例外的に世界の経済成長から取り残され続ける可能性は否定しませんけれど、もう少しグローバルな視点に立てば「高度成長期はとうに過ぎた」と考えるのはいかがなものでしょうか。引用記事ではあくまで低成長を前提に話が進められていくわけですが、普通に成長していく、もう一つの未来は可能だと思います。
行きつく答えは、正非、男女、年齢を超えた「同一労働同一賃金」の実現である。人件費枠を拡大するわけにいかないのだから、有利な立場にある人々の既得権をはぎ取って、不利な立場にいる人々に再配分するしかない。
で、この辺りから本題です。まぁ要するに正社員を既得権益者と呼び、その「既得権」を剥ぎ取れと、しかもそれを「若年層(非正規社員)を救うため」と称して主張しているわけです。しかし、ここでもやはり前提条件の部分からして偽りがあります。曰く「人件費枠を拡大するわけにいかないのだから」とのこと。う~ん、これはいくらなんでも、日本の企業活動には該当しない、どこか架空世界の設定の域を出ませんよね? ソ連時代のSF小説に出てくるような、悪夢のごとき管理社会であれば人件費枠が固定されていて動かないなんてこともありうるのかもしれませんが、現実の資本主義社会においては人件費枠は増えたり減ったりするものです。人件費枠を拡大させたくない、という論者の願望の現われなのか、それとも論者の主張を成り立たせるために架空の前提を捏造しているのか知りませんが、ともあれ議論の前提が誤っている以上、そこから先の主張は言うまでもない、現実には当てはまらない話です。
_________経常利益____従業員給与
1997年:27.8兆円____146.8兆円
1998年:21.1兆円____146.8兆円
1999年:26.9兆円____146.0兆円
2000年:35.8兆円____146.6兆円
2001年:28.2兆円____138.5兆円
2002年:31.0兆円____136.1兆円
2003年:36.1兆円____133.3兆円
2004年:44.7兆円____139.7兆円
2005年:51.6兆円____146.2兆円
2006年:54.3兆円____149.1兆円
2007年:53.4兆円____125.2兆円
たしかに人件費枠が決して拡大しないのであれば、正社員と非正規雇用、中高年と若年層で分け合うことが唯一の方法になってしまうのかもしれません。しかし実際には人件費は増減するわけです。まぁ昨今は減少する方ばかりですが、微増した年もあったはずです(個々の企業を見れば、当然のことですが人件費枠が拡大し続けている会社もありますよね)。そもそも人件費枠が固定であるなら、誰か(たとえば若年層)が貧困化すれば、その代わりに他の誰か(たとえば中高年層)の取り分が増えていなければなりませんが、現実はどうだったでしょうか? 一部の階層の給与が減った分は、お笑いダイヤモンドが主張する中高年正社員のためではなく、もっと他のところに回っているように見えますが。
こちらで小倉秀夫氏が指摘していますが、この10年で30〜34歳大卒男子の賃金労働者の平均年収は7%下落する一方で、50〜54歳は14%、55〜59歳は17%、60〜64歳は10%、それぞれ賃金が下落しているわけです。どうも若年層の貧困化も深刻ながら、中高年を取り巻く事情はもっと大変なのかもしれません。不況の初期段階に、真っ先に狙い撃ちにされたのはどんな人々であったか、「リストラ」という言葉がはやりだした頃に標的にされたのはどんな人々であったかを思い出してください。まず初めに行われたのは賃金の高い中高年を対象とした人員整理であったはずです。たぶん、ロスジェネ層の中には不況の初期に父親がリストラされて、それで教育機会を損ない、貧困を引き継いでしまった人も結構な数、いるのではないでしょうか。
まぁ人件費枠が増えないというのであれば、被雇用者間で分配を考えるしかないとの主張も意味を持ちますが、ありえない前提で議論を進めるよりも分配のパイを増やすことを考えたほうが建設的です。それは可能なのですから。経済成長もさることながら、併せて会社と従業員で利益を分け合う、株主と従業員で利益を分け合うことだって当然、可能な選択肢です。正社員の給与を今まで以上に削らずとも、人件費を圧縮することで利益を確保する傾向を改めれば、雇用は確保できます。ただし、一社だけがそれをやると同業他社との競争で不利になるだけ、正直者が馬鹿を見る展開になってしまいますから、そうならないためには全国的に足並みを揃える必要があるわけです。そのためには必要なのは当然、行き過ぎた規制緩和の見直しとなりますね。
若者だけが‥なんて野暮は無しにしょうじゃござんせんか
今に、中後年が若者グループを‥
なんて情けない世の中に
情けない記事が‥巷を騒がせ‥
あくまでさ‥ダイヤモンドの記事が共感されたら
の話しさ。
あと、「週刊現代」「AERA」なんかに載っていたのが、子供手当てや高校授業料実質無償化や高速道路一部無料化あたりをさして書いたと思われる「バラマキ政策の鳩山政権は社会主義経済」なる論調です。こういう論調を見るたびに、疑問符ばかりが浮かんできます。
ある意味、公務員叩きの延長線上にあるような気がしますね。公務員の次は中高年/正社員をバッシングの対象にしようとしているような。これが随所で共感を呼ぶようなら、世も末です。
>凡人69号さん
とかく経済系の記事は、分析や提言である以前に、ほとんどイデオロギーの世界で埋め尽くされている印象がありますね。単に論者の好き嫌いに基づいて、気に入らない政策を罵っているだけで、同じ趣味思考を持つ人以外には通じない話ばっかりなのではないかと……