非国民通信

ノーモア・コイズミ

経済界が反発しているのなら、たぶん良い政策なのだろう

2012-03-22 23:26:34 | 雇用・経済

65歳まで雇用、企業猛反発「若者にしわ寄せ」(読売新聞)

  希望者全員を65歳まで再雇用することを企業に義務づける高年齢者雇用安定法改正案に対し、経済界が強く反発している。

 改正案は、より長く働いてもらうことで、年金制度を維持しやすくするのが狙いで、2013年度導入を目指す。経済界は、一律に全員再雇用を義務づければ職場の士気が下がり、人件費負担も膨らみかねないと訴えている。

 改正案は、労使が合意した場合は企業が再雇用対象者を選ぶ基準を設けられる現行規定を廃止する規制強化が柱だ。3月9日に閣議決定され、今国会に提出された。年金支給開始年齢の段階的引き上げによって、定年後に給料も年金も受け取れない人が出るのを防ぐ狙いがある。

 現在、企業は、定年後の再雇用を希望する社員に対し、健康状態や働く意欲、人事考課などを目安とする社内基準に沿って選んでいる。希望者の大半を再雇用しているが、厚生労働省の11年の調査によると、定年を迎えた約43万5000人のうち、1・8%にあたる約7600人は再就職が認められなかった。

 改正案で全員再雇用が義務づけられることに対し、「仕事に手を抜いても再雇用されるという雰囲気が広がり、社員の士気が低下しかねない」(高島屋人事部)などの懸念が広がっている。60歳以上になると、意欲や能力などの個人差も大きくなるためだ。製造業の海外移転に拍車がかかる中、雇用規制が厳しくなれば国内雇用の維持がさらに難しくなるため、「若年者の雇用を減らすなど若者へのしわ寄せが生じる」(自動車大手)との声も出ている。

 

 これは、日本の制度改正に伴う措置としてはかなり例外的なものと見るべきでしょうか。年金支給開始年齢が加入者の同意なく引き上げられることの穴埋めなのか、かつて一般的であった60歳定年で終わらず年金支給開始年齢となる65歳までを再雇用すべしとの法改正案が出ているわけです。基本的に、日本では制度改正に伴い新たに生じた負担は個人が負わされるものであって、今回のように定年から年金支給開始年齢までの空白期間を埋める役割を雇用側に求めるというのは、極めて異例のことと言えます。十数年に渡り、雇用側に便宜を図ることを以て改革と称してきた中で、このような政治判断が表れたことは青天の霹靂ですね。まぁ、そんな年齢まで働きたくないなと思わないでもありませんけれど、平均寿命がこれだけ長く伸びた時代には、それに応じて働く期間も後ろにシフトしないと釣り合いが取れないのかも知れません。

 それはさておき、行政から便宜を図られるのが当たり前という感覚がすっかり染みついているであろう経営側からは、当然のように反発が出ています。しかし、厚生労働省の11年の調査によると現状でも再就職が認められなかったのは1.8%なのだそうです。再雇用と称して大幅に減給した社員を1.8%くらい追加で拾い上げても、コスト的にはそう大きな問題はなさそうですが、それでも嫌なものは嫌と言ったところでしょうか。曰く「仕事に手を抜いても再雇用されるという雰囲気が広がり、社員の士気が低下しかねない」云々。その辺は詭弁と言いますか、じゃぁ反対に必死で会社に尽くさないと切り捨てられるという焦燥感に包まれた職場の士気は高いのか、会社が男性正社員の人生を保証してくれるという雰囲気のあった高度経済成長期の日本の大企業の士気は低かったのかとか、反論はいくらでも出てきます。

 例によって記者による補足も無茶です。何でも「60歳以上になると、意欲や能力などの個人差も大きくなる」そうですけれど、60歳以下ならば個人差は小さいのでしょうか? そんなはずはないですよね。いかにもとってつけた、再雇用義務化否定のための口実としか言い様がありません。加えて「製造業の海外移転~、雇用規制が厳しくなれば~」とのことですが、そもそもモノを大切にするばかりでモノを浪費しない日本に製造業が止まる必然性はないわけで、よりモノを新規に購入してくれる市場へ製造業が流れていくのは自然なことです(加えて電力不足という負の要因も追加してしまいましたし、あろう事か西日本にまで!)。そこで雇用規制を緩和すれば製造業が国内に止まるのかと言えば、規制緩和を続けた日本の現状が雄弁に物語る通り、自治体は補助金を毟り取られるばかり、増える雇用は非正規ばかりで働く人の取り分は減るばかり、日本人ひいては日本社会は貧しくなるばかりです。もう十年以上にもわたって規制緩和を続けてきたのですから、それがもたらした惨状を直視した上で口を開いて欲しいと思います。もう実験の段階は終わった、いい加減に失敗を認めなければいけない時期です。

 そして最も滑稽なのは「若年者の雇用を減らすなど若者へのしわ寄せが生じる」との戯言です。まず普通に会社に勤めたことがある人なら誰でも分かると思いますが、60歳を超えて再雇用された人と若年層では任される仕事の領分は全く異なるのが一般的です。60歳以上の雇用と若年層の雇用は競合しません。ましてや中高年層を切り捨てることによって浮いた人件費がそのまま若年層の雇用に回るみたいなことは、自称経済誌の描く夢物語の中にしか存在しないわけです。加えて中高年層をターゲットにしたリストラの横行と規制緩和の結果として若年層の雇用は増えたのか? 増えた、と小泉一派はふんぞり返ったものですが、それは専ら非正規雇用でした。そして昨今の新卒者の就職難はエスカレートするばかりです。どうして? 結局のところ若者が就きたがるのは年金受給年齢まで働き続けられるような、そんな仕事です。自分が中高年になったら若者に席を譲らされるであろうことが確実な会社もまたブラックと呼ばれて敬遠されている、そうでなくとも年金受給年齢までの空白期間を心配しなければならないような雇用を若年層が望んでいないことは意識されなければなりません。

 実際のところ年代に関わらず雇用の増減は景気に左右されるところが大きく、円高やデフレの方が、あるのかないのか分からない日本の雇用規制なんかよりもずっと影響してしまうものです。今よりずっと雇用規制が厳しかったバブル期と、規制緩和が進んで野放し状態の現在、就職の機会が多いのはどちらの方ですかね? それ以上に問題なのは、再雇用されなかった場合に年金が支給される65歳までの期間をどうしたらいいのか、です。無収入でも暮らせる裕福な世帯ならいざ知らず、そうでない家庭は? 無職で無年金、即ち無収入の親の生活を、子供が働いて支えればいいのでしょうか。やれやれ、そうなったら子世代は大変です。晩婚化の時代、親が60でも子世代はまだ20代でもおかしくありません。そんなに若くして親を養わなければならないなんて……

 親世代の雇用は、子世代の生活に直結します。中高年になった親世代がガンガン解雇されるようになったら、その世帯はどうやって生きていけばいいのでしょうか? 自立を重んじる日本人として、子供は親を放り出して家から出て行く、親はやせ我慢して子供には頼らないというのも大いにありそうです。ただ世帯単位で考えると、親世代の失業はどうあっても深刻な問題です。時には子世代が、進学を諦めて早期に就職しなければならない事態にも陥るでしょう。そうでなくとも、「若者の雇用機会のため」と称してリストラされた親世代の代わりに子世代が働き、その収入で失業した両親を経済的に支えるようなケースは今後ますます増えるものと予測されます。子が親を助けるのは概ね妥当としても(でも誰だって良好な親子関係を構築できるわけではありませんし)、やっぱり釈然としないものがありますね。

 未開の社会では、子供のうちから労働力として駆り立てられ、50にもならないうちに死んでいきます。少し進んだ社会では、10代後半くらいに生き方が決まり、20前後から働き出して、60を過ぎたくらいで死んでいきます。社会が成熟するにつれて、将来が決まる時期、働き始める時期は後ろにシフトしていくものです。日本のように平均寿命の長い社会であれば、もっと大胆な後方へのシフトがあってもいいような気がします。つまり、30くらいまで(学校通いに限らず)勉強して、本格的に働き出すのは子供が生まれるぐらいの年代(この年代にしても、社会が成熟するほど後ろにシフトするわけです)からでもいいのではないでしょうか。その代わり、寿命も延びて健康になった60歳過ぎの親世代には、もう一頑張りしてもらう必要がありますが。もし、「若者の雇用機会のため」と称して中高年世代を解雇し、その代わりに若年層を働かせ、若者に席を譲らされて失業した親世代を子供が私的に支える、そういう未来を望むのならば現状の改革路線を支持し続け、自称経済誌を読んでは夢を膨らませておけばいいでしょう。その反対を望むなら、若年層を支えるため、あるいは若年層に負担をかけないため、その親世代の雇用をきっちり保証していくことを考えなければなりません。

 

 ←応援よろしくお願いします


コメント (5)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 無責任な報道の一例 | トップ | 脱原発のコストを負担する気... »
最新の画像もっと見る

5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
自分だって年老いるのだぞ (プチ左派)
2012-03-23 01:02:08
国家公務員の65歳までの再任用を希望者全員認めることを義務づけるという案が出てきていますね。
65歳定年制は反発が強いので再任用という「志願制」にしたのでしょうが、さっそくネットでは「若者いじめだ」などという発言が見られます。

もしこれが就職難の若者の言葉としたら(雇用側のなりすましでなければ)、お前さんもいつの日かその年齢になる日が来るんだぞと小一時間ほど(笑)。

もはや選択はふたつしかないんですけどね。
若者の雇用を守るためという名目で高齢労働者を追い出し、代わりに年金を若者が負担するか、それがいやなら高齢労働者を受けいれるしかないのです。
返信する
Unknown (unlimited1945)
2012-03-23 14:19:16
98.2%が再雇用されているなら法律で義務化する必要はないでしょう。現状で問題があると思えません。

それに、失業などで収入が無くなった人への手当ては本来なら国が行うべき業務で、失敗している年金政策の後始末を国が民間企業に押し付けようとしているとするならば、反発を受けるのも当然では。

ベーシックインカムのようなシンプルでわかりやすい社会保障制度に切り替えるべきでしょう。
返信する
Unknown (非国民通信管理人)
2012-03-23 23:06:52
>プチ左派さん

 ネットや経済誌上の「若者」言論の多くは、若者が永遠に若いことを前提としているものばっかりなんですよね。自分がいずれ年を取ることとか、それより先に親が年老いて面倒を見る必要が出てくることとかは全く想定できていないわけです。高齢労働者を職場から追い出したら、無収入になった高齢者を若者が働いて世帯ごとに支えなければならなくなる、それよりは年金の方が若者には楽なはずなのですが、どうにも根本から想定の誤った主張ばかりが目立つのが何とも……

>unlimited1945さん

 現状で問題がないのなら、ほとんどコスト的な上乗せを伴わない再雇用の義務化を決めたところで、同様に問題はないですよね? その程度のことは理解してください。

 それに収入を失った人への手当を国が行うのはヨーロッパでは普通かも知れませんが、その財源はどこから来ているか分かっていますか? 社会保障費の雇用者負担を低く抑える代わりに、企業に雇用の維持を期待してきたのが高度経済成長期からジャパンアズナンバーワンの時代に至る日本の流儀でした。そこから公的保障中心に転換するのなら、今までのように社会保障費の雇用者負担を格安のままにしておくことはできなくなります。公的保障を増やすための財源を企業に負担させる覚悟を持って発言していますか?
返信する
Unknown (不肖の弟子)
2012-03-23 23:49:22
NHKのBSニュースで流通業界が厚生年金の要件緩和に反対していることを報道していました。
業界の偉い人いわく「会社が持たない」とか「パートの人に負担が掛かる」ということです。
どちらも「あんたらが言うな」ということですが、後者の件は「時給を上げろよ。扶養控除の上限を引き上げるように制度設計の変更を働きかけろよ。パートの人をあんたらのユーザーであり続けるようにしろよ」と傍から見れば無理難題を思ったものです。

歪んだ主張は身近な人間も言うと頭が痛いものです。
「年寄りが長生きをしているから俺たちが年金を貰えないんだ」ということを言うのはどんな予防線を張ろうとも「言うことかよ」です。
祖父母はとうに亡くなりましたが親のことを考えると何もやれてない、という無力感に襲われがちです。

過労死でも「若いのに月100時間の残業で亡くなるか」ということを平気で言うのには「自分の労働環境はどうなんだ」と返したくなります。

「選り好みをしなければ仕事はある」というのは「論外」にしかなり得ませんね。
返信する
Unknown (非国民通信管理人)
2012-03-24 00:54:07
>不肖の弟子さん

 しかも偉い人だけが言うなら自分の利益を守るためと言うことで理解できますが、知ったかぶりして経済誌の受け売りを繰り返す、全く偉くない人も少なくないのですから頭の痛いところです。どうしても権力あるいは経営側への自己同一化した視点から抜け出せない、あるいは意図的にそこに閉じこもっている感じの人が多いのですね。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

雇用・経済」カテゴリの最新記事