こんにちは江崎遊子です。

ちょっと言ってもいいですか。

よろみ村通信掲載文。

2017年03月11日 | 日記
ともかくおばあちゃんは行く

おばあちゃんが立って歩けなくなり、急にこけたりして畳の上をズリズリする様子をみて、
パンツ型の紙おむつから寝かせたまま変えられる紙おむつに変えた。
大きな赤ちゃんの世話をしているみたいな感じである。
おばあちゃんは楽な年寄りだと思う。
そっと部屋を覗いて観察しているけれど、立てなくなったものの、横にずりながら移動し、今だに仕事をしている。
おばあちゃんの仕事とは、衣類を触る事である。まれにおばあちゃんなりに片づけているけれど、大方衣類は散らばっている。
一枚一枚手に取って見ている姿は,大事なものを触っているようである。
綺麗にたたんで衣装ケースに収めておくのが、普通の感覚だけれど、
もはやどんなものも,今、手に取ったものだけが分かる,という感じだろうか。
以前のように、管理は出来ないのである。朝起きて,ここはどこだね,とか、誰の家かと聞く事もある。
ケアマネージャーさんに介護の仕方を教わろうと思って来てもらった時、
入所の申し込みしておきましょうか,と言われ、急に心が弾けた。
心のどこかで、施設にお願いするという思いがなかった訳ではない。
おばあちゃんを抱きかかえられないし、慢性心不全の薬を飲んでいる身であり、時々心臓がパクパクするのである。
それでも,おばあちゃんのように勝手気ままに暮らしてきて、いきなり集団生活が出来るものかどーか。
ケアマネージャーさんにおばあちゃんの表情がとてもいいと誉められたけれど、
それはおばあちゃんに自分の部屋があり、好き勝手やっているし、傍にわたしたちがいる事も大きいかも知れなかった。
好きな人形や飾り物を目の前に並べ、ぽりぽりお菓子を食べたりテレビを見たり。
施設入所については、旦那の母親なので正直な意見を聞いてみた。
すると旦那は「20年も付き合って来たんだ、もう充分だろ」と言った。
そうだよね,と急に気が大きくなった。
今はもう自立している息子が6歳の時、長女の家で暮らしていて折りあいが悪くなり、
行き場の無くなったおじいちゃんとおばあちゃんを我等は引き取った。
狭い家を建て増しし、3世代が暮らす風景は悪くなかった。あっという間の20年だったと思う。
今月の3月9日はおばあちゃんの97歳の誕生日である。
偶然その日にあての木園という老人ホームにショートステーが決まった。
果しておばあちゃんは施設でどんな日々を過ごすのか、それはとても興味深い事だった。
施設に連れて行ってすぐにお昼ご飯があたった。すると、おばあちゃんは半分寝ていたけれど、すぐに箸を持ってご飯を食べ始めた。
もう何もみていない。そこにあるご飯だけみていた。その姿を見て、心配ないと実感し、わたしたちは施設を後にした。
家に戻って、おばあちゃんの部屋を覗くと、テレビもエアコンも消えた暗い部屋が、主がいなくてシュンとしているようだった。
                           江崎遊子

編集長のオーケーがでたので掲載しました。
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