尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「ハドソン川の奇跡」をどう見るか

2017年01月19日 18時41分17秒 |  〃  (新作外国映画)
 2016年に日本で公開された外国映画では、「ハドソン川の奇跡」がキネ旬でもSCREENでもベストワンに選ばれた。僕も見て、大変よく出来ていると思った。それならブログで紹介して大々的にほめたたえてもいいようなものだが、僕はここでは書かなかった。それは何故かという話である。映画に限らず、人の好き好きは様々だから、僕がどの映画をどう評価しようが自由である。映画批評を仕事にしているわけじゃないから、書かなくてもいいわけだけど、「書かない理由」にも意味はあるかと思う。

 クリント・イーストウッド監督の新作が公開されたら、それを見ない映画ファンはいないだろう。今じゃ、何でも作れる境地に達している感じである。最近の2作、「ジャージーボーイズ」と「アメリカン・スナイパー」は書いた。でも、どちらもその年のベストテンに入れるほど、好きな映画ではなかった。「ジャージー・ボーイズ」は楽しいから見てて充実感がある。「アメリカン・スナイパー」は緊迫感が半端じゃないけど、映画の世界に納得できないものがあった。

 「ハドソン川の奇跡」は、イマドキのハリウッド映画には珍しく、96分しかない。話がサクサク進んで、どこにも淀みがない。やはりうまいなあと、その演出能力に感心して堪能する。その意味では見ただけの価値がある。僕が思ったのは、「一年に一度ぐらい映画を見ようかという人に、何がいいかと聞かれたら、ぜひ薦めたいなと思う映画」という感じ。もっと映画をたくさん見る僕としては、もう少し濃厚な味が欲しい気がする。一年にいっぺんラーメンを食べるという人なら、やはり東京風醤油ラーメンがいいんじゃないか。その醤油ラーメンみたいな味わいかなと思う。

 いや、このたとえはちょっと変か。僕はみそやとんこつではなく、醤油ラーメンが好きなんだから。でも、映画としては、もっとコクや辛味が欲しいと思うのである。映画の中身の話を書いてないけど、これは2009年1月15日に起こった飛行機事故の映画である。鳥が入ってエンジンが停止し、機長の判断でハドソン川に不時着して全員救助された。知ってるよね、この話。覚えてますよね。だから、飛行機がどうなるかは事前に判っている。よって、事故そのものの再現シーンは、それでも緊迫感はあるけれど、知ってることの確認になる。メロドラマのラストのように、判っていても幸福なラブシーンとも言えるが。

 映画の宣伝でも、観客が事故を知ってることは前提にしていて、「155人の命を救い、容疑者になった男」をキャッチコピーにしている。だから、そこが見どころと思って見たわけだが…。これはちょっと「誇大広告」ではないか。容疑者というのは、普通は刑事責任を追及されたときに使う言葉である。特に現代日本では、「逮捕されてから起訴されるまでの肩書」として使われる。(逮捕前は匿名で、起訴後は被告となる。)でも、この機長は刑事責任なんか全然問題になってないのである。

 確かに機長は調査対象になる。それは「航空機事故調査会」(みたいなもの)である。実際に事故は起こったんだから、その時の機長の判断が問われるのは当然である。その時に問題になったのは、行政責任である。つまり、交通事故で言えば免許停止みたいなケースである。機長が免停になれば、仕事ができない。大事ではあるが、それは「容疑者」ではないだろう。その調査会の査問を大きく扱って映画化したわけである。それはなかなか迫力があるが、「容疑者」とは違う感じ。

 クリント・イーストウッドはキネ旬ベストワンが、なんと8回目である。許されざる者、スペース カウボーイ、ミスティック・リバー、ミリオンダラー・ベイビー、父親たちの星条旗、グラン・トリノ、ジャージー・ボーイズ、ハドソン川の奇跡。「許されざる者」と「ミリオンダラー・ベイビー」は、米国アカデミー賞でも作品賞、監督賞を受賞している。高く評価されるのは当然の名作。「ミスティック・リバー」や硫黄島二部作も立派な出来だった。(アメリカでは「硫黄島からの手紙」の方が評価が高く、アカデミー作品、監督賞にノミネートされた。)だけど、その他は過大評価なんではないだろうか。

 チャールズ・チャップリンの4回(巴里の女性、黄金狂時代、殺人狂時代、独裁者)やフェデリコ・フェリーニの3回(道、8 1/2、アマルコルド)より、イーストウッドははるかに偉大な監督なのだろうか。衰えを知らずに作り続けるイーストウッドだけど、その監督のあり方は今までの巨匠とかなり違っている。フェリーニや黒澤明は晩年に衰えた感じがしたが、もともと彼ら独自の世界があり、自分も加わったオリジナル・シナリオが多かった。そういう「作家性の強い監督」は、年齢とともに作家性の衰弱が見えやすい。(最近の山田洋次もそうかもしれない。)

 一方、クリント・イーストウッドは、製作と監督を兼ねることが多く、脚本は優秀なライターに任せている。題材は多様で、特に実話の映画化や話題になった原作が多い。一貫した作風というよりは、題材に合わせた自在な演出こそ魅力である。特に硫黄島二部作以後は、自分なりに興味をひかれた題材を選んでいる感じがする。「映画作家」というよりは、「映画演出家」という感じがする。その語り口のうまさは絶品である。だけど、映像美やテーマ性を基準にすると若干弱い。

 話を知ってると面白くないと僕は思うんだけど、それを言ったら忠臣蔵は見られない。落語だってクラシック音楽だって、知ってる上で演者の工夫を楽しんでいる。日本の文学でも「再話」(リライト)がかなりある。日本文化のそういう特徴から、日本の批評家は語り口のうまさにひかれるかもしれない。でも、僕はもっと辛味のあるテーマ性、コクのある人間ドラマを上にしたいという映画観の違いがある。なお、ロードショーで見逃した人は、今後名画座でやるので必見。まあ、東京の人じゃないと見れないが。(新文芸座、早稲田松竹、ギンレイホールなどで上映予定。詳しくはそれぞれのHPで。)これは大きなスクリーンで見ないと意味がないので、ぜひ見ておくべきだろう。
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1 コメント

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オーソドックスな味 (PineWood)
2017-01-31 02:13:08
早稲田松竹で本編を見ました。スコモリスキ監督最新作イレブン・ミニッツの前衛性とは対照的なイーストウッド監督のオーソドックスな味わいでしたね。第一級のストーリー・テラーでヒューマニスト。
不可解のエニグマめいたコクと言う点ではポーランドの鬼才の作家の方が面白いかも知れないが…。同じ<奇跡>でも、実録ものの重みと言う事では本編もかなり濃厚な醤油味では有るが…
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