リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

「労働力商品化」の実質的意味

2018-01-13 13:48:03 | 賃金・価値・権力
 こんにちは。日本、どこもかしこも寒そうですね。前言いましたっけ、東京地方、なぜか北からの夜風は1年中おんなじ匂いがする、あるいは同じ香りがする。何の匂いなんだろうかね、私にとってはとてもアットホーム。

 さて、今週はなんだかぼろぼろと聞き捨て、じゃない、見捨てならない情報が。ま、余裕というかヒマというか、現状、次回用に資料知識を詰め込む段階なので、頭脳がフリー。でも、ただの感想だけですが。

1 満員状態の信越線普通電車が15時間半も立ち往生。冗談じゃない、トイレ溢れてない? そんな目にあうのは御免こうむりたい。NHKニュースでは、日中除雪もしてないうえに除雪車の到着にも基地発車から(ほんとは15分のところ)9時間以上かかったそうな。どうせ人員切り詰めだろうが。JR幹部は「なんかあったら時が解決」とか思ってたに違いない。と思って、労組広報を見ましたが、東日本ユニオン新潟地本(=JR東日本労働組合新潟地方本部)、何の意識も持っていない。恥ずかしいぞ。それとも労働者がたるんでたのか。もっともここは国労でも動労でもないもよう。鬼の新潟地本はどこにいってしまったのかね。
 ちなみに動労千葉は及ばずながら反合理化宣伝をしている(ある程度検索すると目に入る)。すなおに褒めておきたいことです。
 
2 ネットで見たら渋谷大盛堂書店が移ったそうな。おや、あの辺は旭屋書店があるところでは、と思ったら旭屋もうないんだって。青春の思い出書店なのに。
 大盛堂書店は思春期の思い出書店。現状をネットで見れば見る影もない、バッタ屋的書店ですが。バッタ屋というのはバタ屋のことと思いますが、若人はバタ屋も知らないんでしょうね。昔、大盛堂闘争なんてあったよね、って誰に言ってんだろう。外から見えるようになったのはまだ40年前。あれが最後の花火だろうけど。

3 明治神宮奉納土俵入り、白鵬に拍手まばら。(スポーツ報知)
 もうやめちまえよ、白鵬。相手してるこたあない。くずの相撲ばら、やめて相撲の歴史に刻みつけていついつまでも思い知らせてやれ。お前が日本の恥だ、相撲評論家。どこが日本人だって? 韓国以下だぜ。ネットウヨ以下。いや、失礼しました、同じでした。
 
4 「前橋市で乗用車にはねられた自転車の女子高校生2人が重体となった事故で、、、車を運転していた同市の男(85)を逮捕した。」(共同通信)
 なにをいうかは常連様ご存知のとおり。おめえのおかげで若人が何十人も死んでるぞ、国会議員。早く道交法を改正しろ。
 
5 中国河南省済源市の観光地「五龍口」で8日、降りしきる雪の中カメラを構える男性。人間に慣れた猿たちは望遠レンズに興味津々、まるで写真をレクチャーをしているかのようだ(アフロ)。えーーニホンザルじゃん。人間もサルも、日本とおなじな河南省。

6 「名探偵コナン」ボスの正体は烏丸蓮耶? なわけないだろ。商売人だね、青山先生。

7 着物の販売・レンタルなどを手がける「はれのひ」(横浜市中区)が突如店を閉じ、予約していた新成人客が8日の成人式で晴れ着を着られなくなった。(朝日)
 でも、もう晴れ着なんてやめたら? ネットの着物評論家も、金儲けだからやめろといってるよ。着物文化がよけりゃふつうに普段着をきればいいじゃん。金持ちの道楽に付き合う必要なんかない。
 ちなみに俺らの上なんて、女も普通にスーツだぜ。スーツは普通じゃないか。
 ちなみに俺らの頃なんて、成人式なんて誰も行きゃしないさ。me too。

8 正月ぶとり、なぜすぐ太るのに苦労しないと痩せないんだろうか? 家人いわく「せっかく飢えに備えて太ったのに、すぐ痩せたらまるで無駄じゃない」。まったくそのとおりで。

9 「北海道白老町の踏切で乗用車がJRの特急列車に衝突する事故がありました。列車に乗っていたセンター試験の受験生は、警察のパトカーで会場に送られました」(ANN)。よかったね。で、この受験生の担当教師って佐藤君そっくり。(誰にいってんだろ)。実家に帰ったのかね。お兄さんかな? そういう偶然で捕まる人もいる。(佐藤君は立派な人です。)

 というわけで、感想だけなので多少は役に立つように、「労働力の商品化」の行為論的意味とは。
 例によって漫画の代わりに柴垣和夫教授「マルクス=宇野経済学とともに」。柴垣という人はわたしほどの昔は社会党系の学者だったのですが、昨今は「宇野派」などと呼ばれていて、しかし、いかにも宇野価値論を知らない。どこが宇野派なんだろうといぶかしく思っておりましたが、(宇野の受容者の)大内力の指導の下で金融資本段階論をやったということのようだとわかりました。で、その昔話の中で、労働力商品化について、 ”これは
1 労賃の市場での他律的設定
2 労働力が売れなければ失業し、生存の危機になる
3 労働過程が資本家の指揮命令下で行われ、労働の疎外が生ずる。
 ことが問題である。
 ところで、現代資本主義においては、
1’ 賃金決定は労使交渉によって行われる
2’ 生活保護がある
3’ 仕事を生きがいにしている労働者も多い。
 この日本の事態こそ資本主義の社会主義への世界史的移行の時代だからである”、と。まあ読んで呆れてウサ晴らし。

 労働者だったことのない人に教えてあげましょう。この思いつきの列挙の中で、2つは別の話。
1” 労賃は誰が決めようが、まともな額が入ればいい
3” 労働過程は自己の選んだ想定どおりの結果が確保されればいい
 で、日本がどうだって? 賃金は大学教授の5分の1だけど、君はいくらだっけ?
 労働過程が生きがい? 生きがいというのは、仲間や他社を出し抜いたり陥れたりしないと手に入らないのだけれど、それが好きか? 人間、知らないことに口を突っ込むものではない。
 ま、それはいいとして問題は真ん中の2。これのみが「労働力の商品化」の一部をなす。
 一部というのは、労働力の商品化は、これを扱う「資本家」の存在をも規定するからである。知らんかった? 
 労働力の商品化の行為論的翻訳は、
(1) 賃金をこれだけしかもらえない労働者ばかりでなく、賃金を「残念ながらこれだけしか」払えない資本家や、同様に「嫌々これだけは」払わなければならない資本家をも含むのである。
(2) 同様に、勤勉であっても首になる労働者と、「残念ながら首にするしかない」資本家や、同様に「首にしてせいせいする」資本家をも含むのである。
 当たり前。資本主義は、これに関わる行為者から行為を取り上げカテゴリーとなす。この人間行為の拘束性が労働力の商品化なのであり、これこそが資本制社会の根本なのです。と宇野が言ったし、わたしも思う。
 本来、支配社会における労働力の使用は権力者の専用事項であり、被支配者はその我慢の範囲内でこれに従うしかない。この資本主義での従属被支配形態が労働力の商品化である。このとき、支配権力者ではなく権力者から私的所有権を分与されたに過ぎない資本家は、その私的所有権の範囲内でこの労働力を使うしかない。資本主義国での労働者奴隷は、奴隷ではあるが、制限せられた奴隷なのであり、この労資に課せられた制限こそが「労働力の商品化」なのである。では、資本家は? 資本家は儲けることしか許されない。儲けるのをやめたとき、彼は「人間」に戻り、そして飢えて死ぬ。そう宇野は言ったし、わたしもそう思う、これが柴崎の知らない宇野経済学の世界なのだ。
 
 実際、「労働力の商品化」というのはいい切り分けだと思います。
 ただし、こう切り分けてしまったので、宇野弘蔵が口を閉じてしまうことがある。それがソ同盟経済です。この切り分けの中でソ連社会主義は決して資本主義ではない。そこには労働力の商品化はない。かたや、いかに我が同盟とはいえソ連社会主義を容認するわけにはいかない。
 イコール、「人間社会は労働力の商品化を止揚しただけであってはならない」ことがバレてしまう。それでは折角の自分の名声が崩れてしまう。
 かくて、宇野弘蔵は、ソ連の評価をすることはなかった、というわけです。
 じゃあ、「労働力の商品化」という切り分けはまずいではないか? そんなことはない。「労働力が商品化されなくとも国家がある限り人間は収奪される」と自分の理論のままに大声をあげればよかったのだ。自分がそれに殉じなくて、何の「理論」か。
 ま、そういうことです。

 別件。柴垣氏、自分で武蔵大学を(無言で)けなしていたけど、武蔵ってネット口コミがひどいねえ。昔はほとんど一流大学だったけどね。少人数だと世間に知られないから、知らないやつが言いたい放題して、悪循環に陥るんじゃないかね。
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リサーチと理論

2017-12-23 16:34:47 | 賃金・価値・権力
 こんにちは。シャンシャンちゃん当たりました? 平日46倍じゃムリですね。宝くじ並みかと思ってみたら、宝くじは10万円当てるのに1万枚買わないといけないそうな。(http://kazuya01.com/takarakuji-1546)。おかしいなあ、昔、出張時の昼休みに他人のクジを買って当ててやったはずなんですが。お礼貰った覚えはないけど。当選3000円だったのかなあ、3000円は100枚買うと当たる。なお、今年のクジの発売は昨日で終わりね。
 で、「パンダは和歌山にも」いると和歌山県知事が。今ごろなにいってんだい。可愛い時分に報道努力もしないでおいて、遅い。だいたい和歌山にシャンシャンちゃんがいるわきゃあないだろうが。誰でも自分の子のほうが可愛いのだ。、、、自分の子だっけ?

 私んとこは液晶モニターが壊れてしまいました。サムソンの570Sという、16年前発売の中古。スリープから画面が復活できない。それでも1ヶ月くらいヒヤヒヤしながら使っていたのですが、いちおうVGA端子つきのノートPCは別に持ってるとはいえ(=つなぎ換えればそっちで見られる、はず)、恐いから買い換えました。信頼のIOデータ新品。もっとも15インチはその機種しかないに近いのですが。誰も買わないのでしょう、来るのに6日かかりました。年末のせいかな。
 で、今はとてもクリア。切れかけの昼白色蛍光灯から新しい昼光色に変えたような感じ。今まで見えなかった鼠色がよく見えます。私は字の画面を長く見るので、前のもマイルドでよかったともいえますが。写真や絵を観る人で壊れかけのモニターを使っている人は買う算段をするのも良さそうです。もっとも、私のは1024×768なので、字は点点に見えます。
 (後日:しばらく使ってオヤと思うのですが、どうも起動が早くなった気がします。数秒以上。そんなことってあんのかな?)
 
 さて、本日は読書2件。
 まずはクリスマスで、『34丁目の奇跡』を借りました。ヴァレンタイン・デイヴィスのほう(映画の原案のほう)。先週テレビで、アメリカ、ボルチモアの34丁目のクリスマス報道をやってて。映画原案とは関係なさそうですが、1947年からずっとだって。映像がなかなか綺麗でよかった。本の仕掛けは原案より映画のほうがよさそう。まあいずれにせよ筋に少し無理があるけれど、おめでたいんだからいいや、みたいなところ。しかし、なぜか読んだ記憶がある。まだ発売後15年なんだけど、15年て、忘れるか。
 
 ついで、ヴェルナー・ゾンバルトの2冊、『恋愛と贅沢と資本主義』(1912)、『戦争と資本主義』(1913)。これは感心。ゾンバルトなんて擬似マルキストの俗流だとずっと思っておりましたが、とんでもない間違いだった。
 といってもご存じないはずなので、他の皆さんによるご紹介を。
 まずは『恋愛と贅沢と資本主義』、苫野一徳氏の紹介をお借りして(借りるだけ)。「資本主義を生み出した最大の要因は、ヨーロッパの宮廷における「奢侈」である。そしてその動機は、宮廷内の「非合法的恋愛」にあった。/これが本書におけるゾンバルトの主張だ。/要するに、ヨーロッパの大金持ち貴族たちが、愛妾たちに貢ぐためにさまざまな奢侈品を購入し、これを扱う商人たちが潤って、彼らが資本家へと発展していったとゾンバルトは言うわけだ。/現代では、このゾンバルト説は多くの研究者によって否定されている。/たとえば、現代アメリカの歴史学者ポメランツは、当時のヨーロッパ程度の奢侈なら、中国や日本にもあったと言って、ゾンバルト説を一笑に付している」。
 とのこと。
 さらに『戦争と資本主義』は『三つ子のキャットシットワン』氏のをお借り。
「・軍隊は莫大な物資を消費する/・莫大な物資を生産、流通させるには産業を起こす必要がある/
 この2点からゾンバルトは「ヨーロッパ中世から近世にかけて巨大化した軍隊が産業を育て資本主義を育んだ」と結論している/だが、待ってほしい/では何故 軍隊が巨大化したのか?/例えば中世から近世にかけて各国海軍の軍艦が質・量ともに巨大化したとある
だが 何故、海軍が巨大化したのか?/あるいは出来たのか?/と考えるとまた別の答えが産まれてくる」「本書は資本主義勃興期における軍隊の経済的側面の研究 という意味では大変優れたモノ、として見ていいだろう。」
 とのこと。
 引用文をお借りしたのは、私の手抜きでも被引用者様への批判でもなく、普通に読むと皆さんがどう受け取るか、の確認で。
 ご覧の通り、「この本いいよ」だけだと、「たいしたことねえな」で返されてしまう。変だけど、まあそういうものです。
 
 さて、問い直し、「資本主義は誰が作ったんだろうか?」
 誰かな? 商人? 工業主? 民間資本家?
 この問いで問題なのは、「産業革命以前、誰が資本を持っていたか」という点です。
 ブルジョワジーは持っていない。そもそも商人はいてもブルジョワジーなどいない。
 カネを持っていたのは農民から重税を召し上げた王侯貴族であり、「国家」という名の国家権力者です。このカネという資本原資がブルジョワジーの手に移るさまと、商工業システムや流通機構の需要が先行的に確立していく過程を詳細に描いたのがゾンバルトなのです。この描写を他に誰がやった? マルクス? ウェーバー? やりゃあしない。軍隊装備と産業育成は日本近代史的にはおなじみですけどね。それさえも第2次大戦後の学問です。
 やらないことを十分以上にやったゾンバルトをなぜ批判できるのか?
 できませんぜ。
 って、種を明かせば、自分で書こうとしたけど、こんなことやってたら膨大になっちまう、という動機で先行研究を検索。100年前に目を疑うほどよくできたリサーチがあった、というわけで。
 もちろんなんとなく読めば上記批評者様のように受け取るのもふつう。そもそも問題意識が出てこないということ自体、「経済学」通説なるもののいい加減さが分かると思うのですが。
 ただし、この2著はただのリサーチ。何も理論ではありません。「ああそうなの」で終わってしまう。理論とは、それをもって別の社会事象の解読に使えるものでなければならない。
 たとえば、極貧後進国家の経済発展にです。
 「なに、そんな国でも国家権力者が贅沢をすればいいのさ」って、そういうもんじゃあない。
 「じゃあゾンバルトだって一番早かっただけで大したことないじゃないか」。そうなんだけどね。私は違う。それは私の次回論究のお楽しみ。本にはしない予定ですけど。

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社会主義原理論の構制

2017-08-19 15:49:00 | 賃金・価値・権力
 こんにちは。お盆休みも終わってそろそろ稲刈り準備でしょうか。準備って、わたしはほとんど知りませんけど。今日は東京は久しぶりにちょっと太陽が見えましたが東北地方の米はだいじょうぶでしょうか。寒さの夏はおろおろ歩き、で、心配です。日本のお米食いたいし。
 
 さて、不愉快なニュースも多々ありましたが、すぐに日が経ってしまうのでわざわざ書く気になりません。どうせただの感想ですし。KKKはアメリカのエスタブリッシュメントが代わりに文句を言ってるし、キチガイイスラムは全庶民的に代わりに言ってるし。
 ただ、某派を覗いたら「エックスキースコア」とかいう知らん単語が出てきてて、朝日新聞に書いてないことはよくわからない。ネット使うと内容まで全部官憲にばれちゃうんだって? それはそれは。警察も大変ですね。解読に人がいくらいても足りない。アルバイトにはやらせられないし。どうせなら私のような素性のはっきりした人間にやらせたほうがいいのでは? 最賃でいいですぜ。
 
 さて、というわけで、普通の皆様にはここまでで。ここまで、ってなにもない、、、
 昨日チキンナゲット作ったんですが、失敗。挽肉に相当味付けて卵入り、衣なし。苦労のわりにうまくない。だいたい苦労のない唐揚げのほうが断然うまい。
 それとソースさあ、蜂蜜、マヨネーズ、ケチャップ。分量変えて試したけど、本体がソースに負けちまう。負けない味じゃあ身体に悪い。っていうかそんな強い味ならソースいらない。
 というわけでお作りになる方は味の付いた衣が必須と思料します。しかし、あのべたべた肉に衣つけたくねえ、、、
  
 本日は先週の続き。聽涛という男、けなすだけけなして中身書いてないからね。話は、日本はもうみんな豊かになったから、あとは福祉国家を追求すりゃあいいんだってさ。共産党はインター組織に入ってないから自分の食い物や衣類が他国の貧窮労働者の産物だと知っていても平気の平左。

 さて、話を変えるようですが、生産力とはなんでしょう? 私は社会科学徒なので暇つぶしの哲学上の定義など知りません。生産力とは食べ物を何人分作れるか、という力のことであり、食べ物を作る人が欲しがる消費物品を何人分作れるか、という力のことです。
 さて生産力といえば歴史の発展の動因ということになっています(みなさま、chiebukuroを見るときは、常に、眉に唾をつけてみるように)。ではなぜ生産力が発展の動因かというと、食物の供給にあずかれるヒマな人間だけが、支配し、水道を作り、医療や衛生をつかさどるからです。まあ、御自分の好きな消費物品を足してもよろしいですが。で、これらを圧倒的に生産できるのが、資本主義生産様式だ、ということになるからです。
 はん、ちょっとコトバが変だけどアタリマエ? いやいや、おそらくおわかりでない。
 
 で、(元?)共産党が誇る日本の福祉は、既に日本人民の作ったものではありません。日本人民の闘争の勝利の結果だとか書いてありますが、ウソです(テーマが別なので注1)。共産党以外のマルクス主義者なら誰でもいうように、その原資は帝国主義国の後進(植民)国への収奪の結果です。南北問題、中心と周辺、みな同じ事態への呼称の振り方の違いに過ぎません。
 そんなんでいいのかい?
 左翼ならいいわけがない。しかし、よくないといってもそうなっている。それは資本主義の鉄の法則、窮乏化を担うのが既に植民地的周辺だからです。そこから逃れるためには、先進国以上の利潤を上げ、先進国労働者をこき使うしかない。しかし、残念なことに、この椅子取りゲームには勝利できない。後進国は後進国内に無告の窮民を抱えており、この窮民の行き先がない。行き先は先進国に押さえられていて作れないのです。かくて狂気のイスラム国です。あるいは凶器のアルカイーダであり、タリバンです。彼らは別にイスラム教徒ではなく、先進国の暴虐に挑む狂人にすぎない。

 じゃあどうするんだ、って、基本、そんなに「福祉の」資本主義がよかったらそうしてりゃいいと思うんだよね、先進国労働者貴族たちは。あとで泣いたってそりゃあ知らねえ。後って次の平日のことだよ。2017年8月21日(月)。朝出勤したら「お前クビ」。いつまでものうのうと暮らしてられると思わないほうがいい。ま、私には関係ないわけだ。
 私の仲間は既に分断された下位のプロレタリアートであり、それに賛同する左翼のみ。
 で、そこでどうするんだって、さてそこで生産力定義です。先に述べた説明のどこにも、生産力は1国の全体範囲で上昇しなければならない、とは書いておりません。誰もが毎日ビームスメンのシャツとパンツ(注2)を着て毎日フルコースを食べられなければならないとは書いてありません。
 食べたいものは食べれば良いが、変わったものを食べなくとも不幸などではない、ということです。
 衛生的な日常とどこかに医療があれば、理不尽な死が身内にやってこなければ、あとはその国での人間の行為の自由があれば良い。
 
 じゃあ、人間の行為の自由はどうやって得られるんだ? 日本の資本の下で現地の「小さな」大企業に収奪される労働者に行為の自由はあるというのか?
 今私が言ったのは、後進国がブルジョワジーとプロレタリアートとに2大分化する必要はない、ということなのです。そう書かないと、「資本主義を経由しないと社会主義にはならない」 とか言い出す連中がいるからね。そんなものを経由しなくとも、商品文化にさらされた人間たちは別の社会システムを作れる。(ロシア革命の話じゃありません)
 どんな社会だ? って、人間が都会でカネのためだけに働いて思う、「帰りたい社会」であり、かつ、「帰ってやっぱりよかった」という社会です。
 抽象的?
 世界ってさあ、206カ国もあるの。具体的に言ったら「ここは適合しっこない」ってけちが飛ぶだけじゃん。そういうことをいってるんじゃないの。だいたい作るのは当該国の人民だし。
 
 じゃあ、そんな他人が作るシステムなんて語れないじゃないか、ってそうではない。
 資本主義という頚木(くびき)、世界資本主義という頚木をどうやって取るか、どうやったら取れるか、そのときの先進資本主義国のシステムは何か。それが『社会主義経済学批判』なのです。問題はグローバルだということです。このグローバルな影響には、先進資本主義国の資本主義からの脱却が必要なのです、共産党は聞いてるか? さらにいえば、社会主義原理論には、資本主義のこれから辿る過程までもが、世界社会主義の原始的蓄積として、必要なのです。資本論は現にある現実の分析だから、過去にあった事象等を分析する必要もない。原蓄のことです。しかし未来の社会体制の本質を語る原理論においては、そこまでの道程までが原理論の範囲となります。 
 
 ま、わたしなど今日死んでもぜんぜんおかしくないんで、ここにいらっしゃるユニックな方たちに引き継いでやってくれるならと、ちょっとお話をしておこうかと。
 もっとも問題があって、まだ私の代表作3冊目が印刷されていない(=印刷原稿として見直すのがつまらないからやってない)。


(注1)それは「運動の結果」であって「闘争の成果」ではない。それでは労働者や被支配者が勝利したみたいではないか。支配の構造とは「動的均衡」というものだ。文句が強ければ「わかったわかった」と所与の条件に入れるだけであって、その分他でバランスを取る。一部の資本家が困ろうが、支配者はぜんぜん困らない。又、他の資本家も困らない。では全体の資本家に関わる事項ならどうかといえば、全員が歩調を合わせるならどの資本家も困らないのだ。そんなものは基本である。実際、支配者も資本家も人間なのだから、一般人に良いことは自分にも良いことであり、利潤のために頑張っているようでも行為者としては痛し痒しなのだ。

(注2)わたしゃ知らない。今検索して見つけただけ。

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宇野恐慌論の限定性の無意味さ

2017-08-12 11:28:31 | 賃金・価値・権力
 こんにちは。いよいよお盆休み。今年は長いですか? 先週は東北は大祭シーズンでしたね。雨もだいじょうぶだったようで、遠いのが残念。でもこれから天気はちょっとはかばかしくないもよう。留守番担当の人は、譲歩のずらし日分、ちょうどいい天気だといいですね。
 ちなみに、夏の温泉もよさそうですよ。私は足の小キズで、一昨日、久しぶりに全身湯船に浸かったところ、気持ち良くて驚いた。地域的には東京にも温泉はたくさんありますぜ。戸越銀座温泉とか、中延温泉とか、って、特殊地域的に有名な馬込温泉をお知らせしようとしたらもうやめたんだって。お近くに銭湯ありましたら思い出に入っておいてくださいな。
 わたしは状況つまんないので関係ないす。

 世間では、小三治が「アルツハイマー」だって一時ネットニュースで流れて驚きました。アルツハイマーで落語やれる! 信じられない。実際、事務所は否定だって。そらそうさ。他人に分かる時分に落語ができたら、そりゃ本当の年季。もっとも小三治なら、とも思うけど。
 それとは別にただの認知症人間。ありゃ絶対年寄りのふてくされだと思いますね。努力しなきゃ忘れる器質の存在(出現)は認めますけどね、でも、ありゃあウソ。つまんねえから疲れる「記憶作業」をサボってるだけ。(こういうのを昔風には「ネグってる」といいます)。それで努力しないから忘れるし、本人それでいいや、ケセラセラと思っている。「急に劇的に改善した」とかって、単に、なんか状況の変化で自分の行いを正しただけだと思いますね。誰でも直るのでは? と、これは最近の収約。

 もっと世間では、いよいよ戦争、というか、襲撃勃発か? 北も周りが一生懸命とめてるのに、というふうがありあり。アメリカも資本家出身高官は常識がありそうだけれど、海兵隊大将のジョン・ ケリーは危険そうなやつ。こひつの根性を1割でもアベにあげたらすぐ日本など引っくり返るだろう。こうゆうのは「反乱」か「革命」か。およそ国家支配者とは資本家ではなく武力操縦者なのだから、いくらでも国家を非合理的に操れるのだ。「大統領」でないからといって油断などできやしない。

 さて、こちらの記事は左翼用。
 
 姫岡玲治(青木昌彦)が回想録を出したと知れて、こういう連中が何を考えてるのかずっと以前から知りたかったので借りてみました。西部は読んだことあるが、あいつはもともと変なやつのようだし。で、読んでやっと分かった。ただの権力主義者・権威主義者なんだ。そこらの社長とおんなじ。わたしなど、左翼といえば人間中1割のエリートと思ってるから分からなかった。こうゆう権力主義者・権威主義者が左翼の範疇に入っていく、そんな時代が変革の時代なんだよね。今はかんけえねえひとびと。わたしにはあんなやつらは友達にいないのでうれしい
 ついでに、共産党の主張の確認のため、元の党政策委員長という触れ込みの聽涛弘、大月書店というのがあったので借りてきました。ら、失望。習い覚えた左翼用語で言葉を飾り立てても、要するに社民以下、民同以下。民主党の枝野とどこも変わらない。こんなとこにも転向者がいたのか、と暗澹です。もっとも、これが共産党かも。まあ飽食の世界で選挙票を受動的に取りたいと思うとこうなるんだろうねえ。
 ついでに、朝日新聞の土曜連載は、「思想家」渡辺京二だと。まったく飽食の時代。転向者はなぜおとなしく塾の講師をしていないのだ。と、前ならいぶかしく思うところ、分かった、こういうのも姫岡と同じなのだろう。これからは「姫岡と同じだ」とつぶやけば何も悩まずに済みます。

 さて、本題は、唯一敬意を払う日本人学者、宇野の失敗作、恐慌論。
 yahooニュースから。「外食企業によるM&A(合併・買収)が活発化している。(中略)そこには「人手不足」という根深い事情がある」だとさ。
 何度もいうように、人手なんか足りてるんだよ。いくらでも職のない人たちはいる。じゃあ何が足りない、って給料が足らないのだ。給料を時給900円から1500円に上げろ。すぐ人なんか集まってくる。ムリだ? ムリかどうか資本家じゃないから知らんが、給料は上がらない。
 そこで宇野の悪名高き恐慌論。「給料騰貴で恐慌が起きる」とか、死んどれ、って気がするやね。そういう話はやめれ、ムダだ。ということです。でもいわざるを得ない? そりゃ自分の理論の構成が間違っている。
 これは「原理論的恐慌論」というべきであって、こんなのを「恐慌論」と呼ぶから宇野自身の信用が薄れる。マルクスだって資本論でそういってる、って、19世紀前半のイギリスは、あるいはもっと経った後も、労働市場(いちば)制なの。労働者が市場に寄り集まって、「おいお前、週4シリングだ」って。今じゃないだろうけど、昔は高田馬場の戸山公園で朝労働者が集まってガタイのいいのからバスに乗って連れられてった、そういう制度。わたしゃ地域ベ平連の集会でしか行ったことないけど。ともかく、そういう競り市場ならそりゃ給料も上がりもするだろうさ。で、日本で好況のせいで上がるのか。そのせいで不況になるのか。どっちもウソだ。
 もっとも、そもそも読み方は違う。
 たとえば衣料品産業で好況になると、あぶれていた労働者が衣料品産業に集まる。これが給料の騰貴です。衣料品産業総体の給料費は高くなってんだからさ。
 で、衣料品産業の各会社は売れるからばんばん商品を作る。作りゃ競争で商品価格は下がる。ここで給料は下がらない。かくて、給料は相対的にさらに騰貴し、利潤率が低下する。いくら売れたって衣料品産業総体は儲かんないからね。
 このとき現象は相対的に給料は高騰している。利潤率も低下している、でも後から後から作るべく生産機械はフル活動、これでは衣料品会社はやっていけない。何かをきっかけに一部が倒産すれば、あとはドミノ倒しで恐慌が起こる。
 この事態をどう表現するか、というだけの問題です。
 まず第1に、こういうのは「商品が多すぎて売れない」というのが本当なのだが、そういってしまうと『どんどん買えばいいじゃないか。なぜ買わないのか』という別の問いが出てしまう。もちろん「いらないものなんか誰が買うか」というのが本当なのだが、『いやそれは金がないから買わないのだろう。いやそのはずだ。さて、好況期で賃金もあるんだから売れないのはそのせいではない。そもそも「売れない」という言い方からしておかしい。これは資本家が「これ以上安くは売らない」せいに違いない』とかいう展開になる。原理論主義者は消費者のそうした欲求・欲求充足は「経済学的原則」としてカッコに括って欲しいのだ。経済学至上主義だから。
 さらに第2に、原理論主義者は競争がお嫌い。資本は資本でやることは同じでないといけないのですよ、資本の間で競争なんかしない。そういう行動は辞書にない。「総資本」という言葉はあるけどね。マルクスもそういっている。「競争の現実の運動はわれわれの計画の範囲外にある、、、われわれは、、、理想的平均において、示しさえすればいい」んだそうだ。競争を書かないから窮乏化さえ起こらない。ま、これは別のテーマだが。
 ともかくばかばかしい話で、実際どうだっていい。現実の個人の賃金はそんなことでは上がらず、現実の恐慌はそんなことでは起こらない。「いや、現実は段階論的に扱う」、とか、勝手に教室で講義してろって。
 はじめからあるべき理論の構成が違うのだ。
 原理論とは価値の理論であり、それに尽きるべきなのだ。
 もちろん、それは資本論の間違いでもある。
 恐慌は恐慌の理論を作って解明しなければ無意味なのだ。経済学ではできないが。
 現実にあるとおり、恐慌は世界市場の問題である。「基礎理論的に世界市場を、すなわち、国家を、どこまで法則的に組み込むのか」には天才が要るのだが、マルクス主義者には残念ながらそんな天才は持ち合わせた者はどこにもいない、というところが最後の「問題」というわけだ。マルクス主義者が世界市場を取り上げると貿易問題になってしまう。あるいはよくて国際価値論だ。それでは何も分かりはしない。
 はじめからあるべき理論の構成が違うのだ。
    ここまでついてこれたら偉い。これた人には課題として渡そう。人生、だんだん文字書くのが面倒になってきました。読める人がいないんじゃあね。
    じゃあやんないのか、って、人がやらなきゃやるけどまだまだ他の問題が多いのでまとめてやるには早すぎるでしょう。

 (p.s. そういえば恐慌論を読んだのは、20年前に呆れながら、10年前に馬鹿にしながら、の2回しかないのを思い出しました。厚い本だからなんか言い訳が隠れてるかも。宇野って隠すからね。なんか言い訳がありましたら教えてください)

 (p.s.2 それも無責任ぽいので、借りてざっと読み返しました。上記に問題なし。まあ、宇野的には恐慌は必ず金融恐慌を呈するのに利子率の高騰に言及しないお前は何だ(社会で資金形態の資本の供給が逼迫して利子率が上がるという)、というかもしれない、がそういう問題ではない。需要供給のつじつまあわせはただの形式に過ぎない。初めと終わりがつながればそれで原理論的恐慌論の記述は終わる、が、それでめでたいのは「これで資本論ぽくなった」と喜ぶ学者だけにすぎない。いったいなんのための恐慌論だろうか。資本主義の矛盾がその歴史的時点でどう現象するか、を法則的に告げない科学など人民にはいらないのだ。それは恐慌が破綻せずに繰り返すから悪いというのではない。資本主義はどの状況でどのように人民にマイナスの現象を起こすか、という因果連関の現実的解明ができなければ科学などではなく、それをあたかも為したかのごとき誤解しか結果しない仕事など、どこにも評価の余地はない、といっている。価値論は確かに宇野の誇る不朽の成果だが、同じ伝で資本主義分析が終わると思ったら大間違いだ。)

 (p.s.3 しつこいですが、宇野の経済学ゼミナールによると、資本主義の矛盾は、どの蓄積様式段階でも相対的過剰人口の形成にある、と思っているようです。そこまでいわれてはどうしようもねえ。全面的にアウト。哲学者と文学者は喜ぶだろうが、歴史はそうは動かない。
 ぶっきらぼうすぎるか。資本主義はね、教えてやるけど世界が相手なんだよ。欲しい労働力はいくらでも世界にある。タイの労働力を「相対的過剰人口」と呼べ、とでもいうのか。
 相手がバカだといくらでも書くことが増えていく。
 そんなものを相対的過剰人口と呼んだ瞬間に、理論の実効性はゼロになるんだよ。
 こういう気遣いは際限がない。果てしないバカを知りすぎてるし。もうやめた。)
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世界資本主義論の大枠組

2016-07-30 14:22:32 | 賃金・価値・権力
 こんにちは。東京地方梅雨があけ、いつもどおりの夏空が広がっております。青い空に日光に輝く白い雲。
 ところでインターネットエクスプローラーまだIE9の方います? ここのところIE9、調子悪くないですか? どうもジャバスクリプトの動く画面はしばらく考えないと拒否するもよう。 (わたしんとこだとie9のくせにie10の表示が出るんですが、ようするにie9。前言いましたが、ie10だとIMEがうまく動かないんで。)
 まあブラウザなんかいつでも変えてやるんだからいいんだけど(ただ慣れてるから動く間はie使うけど)。

 さて、世間ではとにかく毎週毎週ひどいニュースが。私の感想はふつうの人と同じなんでとくにブログの題材にはなりませんが。
 明日は都知事選とのこと。都議会のドンとかいうやつが落ちぶれるといいですね。これは普通の人の感想かしら。
 これは家人が言っていてなるほどと思ったんですが、82歳にもなって働かされるなんて天皇もひどいね、奴隷。
 もう体力がないからやめたいっていってるのに、馬車馬のように斃れるまで働けと。馬って倒れると死ぬんだよね。やめさせてやれよ、自民党。道具じゃねえぞ。あ、道具か。
 まったく、「私は人間だ、人間らしい人生を!」 つったら「象徴」じゃなくなるとね。しかし、「給料やるから働け」 なんて論理は60歳までだよ。
 ほんと、非人間。
 もちろん問題は「私は人間だ!」 と叫ぶのを、一族のため控える天皇ではなく、(そんな言葉はサラリーマンはいつでも呑み込んでいる。) 偉そうな顔してこれを操縦せんとする会社社長、この場合、アベ以下、自民党・公明党の幹部にあるんだけどね。
 左翼も、極左以外は、こういうときに天皇と連帯したらいいんだ。他に価値もない。
 まあ天皇なんちゅうのは存在からして人民を裏切ってるわけだけど、それはもちろん「人民」というカテゴリーを裏切る6千万サラリーマンと同様。左翼が横恋慕している他称「労働者」とおんなじさね。

 で、今日のテーマはまたオタク系なので、早々に役に立つ記事を。
 
 薬物中毒者には近づいてはいけない。
 あの殺人犯は大麻中毒だって? ヤクチュウは人間じゃないから関わっちゃだめ。大麻、ヘロイン、アル中。全部だめ。アナキスト的にはいいたくないけど、警察は取り締まれ。「同じ人間だから」、「かわいそうだから」。無用の感情。人間の成れの果ては人を殺す。ニコ中はだいじょぶだろうけど。
 他方、同じほど大事な話、いわゆる精神病患者は、療養中の人はまっとうな人間です。ここんとこは誤解なきよう。統合失調症のたぐいの病気ね。
 昔そういう人たちと将棋指したりしたけど、普通の人と違う点は、「違っててかわいそう」に向かう変さしかないし。
 やはり変わった人は病院に行かせたほうがいい。将棋2ちゃんねる、たくさんいるんだよね。
 
 以上終了。
 
 本題は、森田桐郎「世界経済論の構図」室井義雄編集。森田桐郎の遺稿を室井義雄というお弟子さんが編集したもの。
 図書館でマンガの代わりに山田鋭夫と一緒に借りて、山田は可笑しくもなんともないのですが、こちらは面白かった。世界経済論の序説ですけどね。
 世界経済論というのは、本来、世界で一つの資本主義、という意味で、大昔、岩田弘という人が有名にしましたが、それはただの先進資本主義諸国関係論。他方でアカデミズムから松井清という人が世界は一つの経済論を出してきたんですが、こちらは残念ながら夭折。って60歳だけど。森田氏はそのお弟子さんに当たると推測。こちらも61歳段階で序説だったはずですが、作りが悪いのでやっぱりムリでしたね。
 何が面白いかというと、松井清は純粋に商品経済学だけど、こちらは一応労働力にまで立ち入って世界は一つ論を組み立てようとしているところ。たったそれだけだけど、初めて目にしました。西洋の未訳論文を参考にしてましたけど。
 ただし残念ながら序説で終わるのは、例によって、せっかくマルクス・レーニンが話を特定化しているのに、勝手に散漫な「種々の」労働力現象をカテゴライズしてまとめようというところ。
 まとまんないって。本としてまとめたつもりのものができたとしても、そんな論は結局何も伝えていないって。どうしてわかんないのかねえ。
 
 だめだね。「経済学」の「学者」は。
 「経済学」だけでは何もわかりっこないのに、あとは自分の常識でなんとかなるだろうと思っているのね、おそらく。
 残念ながら常識で済めばマルクスはいらない。
 ついで、学者は教授や著者として論を売るために、なんとか現実に近づいて人の興味を満足しようとするのね、たぶん。
 現象に名前をつければ「学」になるなら、弁証法はいらない。
 まあ、こんなことは「世界経済論の構図」を開けば5分で分かる。
 とはいえ、350頁あるから、とりあえず目で流して、やはりそうであることを確認するのにさらに20分。
 遺稿編者の室井義雄という人がまともであることを確認するのに2分。
 しかし本人の志向が森田氏のそれとはずれていることは、一目、5秒で分かるので、室井さんという人のさらに弟子に託せばよかろうと思うのに2秒。
 計27分7秒、面白かった。
 
 「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」って、
 ともかく、ある世界内国家が自分の被支配者を他国の資本主義の底辺プロレタリアート部分として組み込まれることを受け入れるか否定するかは国家支配者の恣意なのだから、これは帝国主義論レベルと同じ、資本論で解けるものではない。
 嘘だと思ったら、その時点で価値論を繰り広げてみたらいい。森田氏もいっているように、これは不等価交換。不等価交換を原理に組み込んだら、まずなによりもマルクスエンゲルスの主意である、資本家の搾取が解けない。
 なので、本来のトータルな理論の大枠をお教えします。
 「そもそも、支配者の恣意を含めた認識を原理に組み入れて」、なんていうのは経済学者には酷なので、本当であってもいわない。まずできることをやってもらいましょう。
 経済学者が支配者の立場の組み込みを脇においてまず立論すべきなのは、帝国主義論のレベルの確認、すなわち、行き詰った資本主義が海外に労働力を転嫁する要素の析出と、その現実化の枠組み。ついで、トータルな形でこれを受け入れる、「周辺」論の「周辺」ではなく、各「国家」の枠組み。ついで、この転嫁要素のトータルな形での世界での膨満と破裂の論理的過程。これは資本主義の腐朽ではない。世界資本主義として他地域のどこにも転嫁ができない状態、すなわち待っているのは「破裂」であると。
 
 当たり前だと思わない?
 数々の論者の論をのりとはさみでくっつけんじゃなくて、現実を勝手にカテゴライズするんじゃなくて、素直にこの枠組みで、理論ではなく資料と論理で組み立てれば、現実はその組み立ての部分としておもむろに範疇化をすれば、それが資本論を原理とした歴史段階論になるのですよ。
 
 と、こんなものは実質1分半で分かる、というか、提出できる。
 学者なんかそれが仕事なんだから、すぐに作れて他の人ののりとはさみの対象になるんじゃないのかねえ。教養科目を講義する片手間におやりになったら?
 もっともわたしは片手(2本指)タイプなので、書き始めてから今で40分。決して考えているのではなく、もうわかっている結論に、キーボードの指よ、早く追いつけ、という感じだね。

 さて、どこまで結論に近づけようとするか。
 要するに、経済学としては、具体的な国家ではなく、趨勢を激しい傾向性として表わす、というところでしょう。そして、それは理論上当然のことではあるが、誰もしないことなので巨大な一歩となる。というわけです。
 この3行も、「分かる」のに15秒くらいだよなあ、、、
 おら、経済学をやればよかったかも。
 ま、社会学でも経済学でもおんなじだけどね。 訳のわからない人々に本を読ませるにはプレスチージュがないと。
 というわけで、がんばってください、森田氏の孫弟子さん。

 もちろん、実は、その後で、経済学的に規定され終わった世界資本主義がどう壊れていくかを国家=支配を要素として書き直す必要があります、が、それは隈理論を携えた後代の経済学者にまかせましょう。
 わたしは次回本が最終。
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きょうは堅い

2015-08-15 10:16:33 | 賃金・価値・権力
 こんにちは、お暑うございます。今日はお盆。関東地方は酷暑からず、波も高からずで、ようやく水泳日和となりました。今日ご予定の方はよかったですね。
 当方は退職後の時間が長くなってきたせいか、姿勢を今直さないと限界だ、という状況。ごろごろしてたりふててたり目に合わないパソコン机に座ってたりしますと、どうしても背中が曲がります。曲がってから直すのもたいへん。いやな宮仕えも、事務仕事なら体にはいいものですよ。

 さて本日は終戦の日。新聞はまず安倍の談話。えらそうに安倍日本帝国をぶち上げたかったようですが、これは安倍的には失敗だったようです。これから何かにつけて「閣議決定の談話にありますように」とやりたかったのでしょうが、うやむやになんとかメンツをたてた、というところ。国家の最高権力者は各国の顔をみて控えめにしないといけないですからね。
 安倍は今ごろは、「もっと戦力を増強してアジア雑国の口を支配したい」と思っていることでしょう。
 権力者はみな同じ。橋下が、府知事に返り咲いて市を支配しようと大阪都構想を出したようなもんです。(ところで、なんで橋下、まだ市長やってるんだ? 行政の長は政治家だぞ。政治はやめるっていっただろうが。)

 で、2、3日前、朝日には、戦後の経団連等がなんとか軍需生産を強化しようと策を練っていた、と書いてありました。件。
 こうゆうの、わたし、前にここに書いた気がして検索したんですが、みつかりません。書かなかったっけ、、、で、書いときましょう。ここんとこ、まじめな話は次回作品で消化しちゃって、こっちの質が薄くなってたし。

 よく、帝国主義は自らの生きる道を軍需生産に求める、という趣旨の論調がありますでしょ? もう聞かないか。
 しかし、軍備生産をすればどの国でもそこそこ資本主義が生き残れるだろうと思うのは、間違いです。
 軍需資源が自国にある場合は、国を揚げて軍需生産に走れます。それはたとえば石油国での合成繊維の生産と変わりありません。その国家は無事に過大な生産力を消費して、労働者も職にありつける、というわけです。
 しかし、そもそもの物資がない国においては、軍需生産は、売買に根拠付けられたただの一産業となるしかないのです。
 もしも軍事生産物が自国でしか売れなければ、すなわち税金でしか買えなければ、軍事会社はもうかりますが、その代わりに第1に、労働力が投じられなくなった労働者大衆の生活物資生産が消え、労働者大衆一般の生活は貧しくなります。第2に、軍需原材料を国外から買うために、そのバーターで、食えない鉱物資源等の代わりに労働者の生産物が海外に消え、さらに労働者大衆一般の生活は貧しくなります。こうして、その他の消費物資への購買力もなくなるということになります。かくて、社会不安が昂じ、資本家の首も怪しくなる。
 それでも崩壊期資本主義が軍需生産に走るのは、次の2点によります。
 第1に、軍需物資は、その生産によって労働者大衆は貧しくなろうが、しかし「売れる」ことが決まっていること。これがモノが多すぎて売れない過剰生産期には必要なのです。売れれば、とりあえず安いながらも社会に「給料」分のカネが回ります。(資本家のメリットをわかりやすく説明するのは長くなる)
 第2に、なによりも、民需生産を抑えても軍需生産を増大させなければならない、という国家対立状況下での「軍備競争」の必要です。つまり、安倍の要望ですね。 
 先に挙げた原材料なき国家に生ずる不利益は、『精巧な弾薬』を輸出することによって取り返せます。「武器」を売らずに「弾薬」を売ればいい。中谷防衛大臣が「ミサイルは武器ではない。弾薬である」っていったでしょ。
 先の経団連等の資本家も、まずはアメリカに売りたかったんでしょうね。朝鮮戦争はなんたって日本経済にとってはビフテキでしたから。
 
 これが軍需生産のアヘン。(なんか前に言った気もするんだけど、、、) そうやっていったん軍需に頼る経済ができてしまえば、これがなくなれば資本家も労働者も路頭に迷います。したがって「国民」は、これを廃止することはできません。革命以外には。 

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宇野経済原論の不十分さ

2014-12-28 20:57:07 | 賃金・価値・権力
 こんばんは。昨日でようやくいわゆる仕事納め。勤務2ヶ月だけどなんにもやれなかったぜ。って、要は急ぎの自分の仕事ナシ。あとでやればすむってことですが。そんな精神ではこの寒さには勝てない。

 
 さて、今日は久しぶり、朝日新聞のわるくち。編集委員の松下秀雄某。いわく
 ”ネット情報では、民主党CMの「夢は正社員になること」の評価が悪い。人それぞれ、非正規もよい生き方なのに正社員の価値を謳ってるのが時代遅れだからだ”旨。
 違うだろう。「偉そうなブルジョワの知ったか野郎が、オイラの(あたしの)ことをわかってるようなことを言う」 から怒るんだろうが。みんなカネは欲しいが、自分は自分のやり方で生きるしかない、と思うしかなく生きてんだろう、ふつう。そうでないやつなんかいるのか。おいらやるだけのことやって生きてんのに、この能天気が、って思うだろ、ふつう。
 じゃあ、同じじゃないか、どこが違う、などと思うのは高級高給の新聞社員だけだ。
 「それぞれの生き方」じゃねえよ。それは前提なのであって、およそ30歳超えたら9割の人間は非正規がいいなんて思うものか。よくなくともしょうがねえだろう、お前にとやかくいわれたくない、っていわれなきゃわからねえバカ。
 だいたいこいつ、前には ”わたしは平和主義者だが徴兵制は悪くない”とかいう言辞をばら撒いて、結局徴兵制を広めようとしていたやつだ。今回は、”正社員謳歌は社会に否定された。非正規も悪くないのだ”、と言って世に非正規を広めようとしているわけ。
 世の中の悪の制度などは、左翼以外のイデオローグはたとえ自称(このばあい、ほんとに自称している)良心派であっても一緒になって破滅へ向かうべく進めるのだ、というまことによいサンプルです。

 
 と、まあ、これは時候のごあいさつ。
 本題は宇野資本論ね(以下は枠組み論なので、個別の内容での宇野の不十分さは、隈の「行為の集成」でもお読みください)。
 まあおめでたくも共産党の支持は伸び、世に「資本論」の本はそこそこ出回ってきているそうな。だからして私など、かえって暗澹ともなるわけ。「まためちゃくちゃな偉そうなブルジョワご勝手論議が始まって、資本論が貶められる、、、」
 ほんと、まずは資本論本体があのざま。あんなの読んで何がわかろうか。
 ついで、解説者が輪をかけて無論理。共産党はめちゃくちゃだし、救いの主のはずの「宇野の高弟」などは、どれをとってもイッチャってるし。ほんとに基本をわかってるのって降旗しかいないんじゃないか、と思うしかない、が死んじゃったし。さっき鎌倉孝夫と佐藤優の本てやつをネットで垣間見たら、おいおい鎌倉君、資本て労働力の変態のことじゃないのかね、といってみたい気が。いや、ほかの高弟はもっとひどいし。

 
 話は変わるようですが、大学教授レベルの研究者でも一つや二つの独自主張点は持っているものです。一流大学教授なら4つか5つ。
 1、2ヶ月前に話題にした大塚久雄も4つ5つは持っていたわけですが、その1つが局地的市場圏概念。 
 (で、大塚で検索したら、頭から2番目に池田信夫の噴飯エッセイが出てきて、思わず笑ってしまった。相変わらずのバカだが、世間様にペラペラ軽薄なことをしゃべってよく恥ずかしくないものだ)(いいっぱなしも悪いか、と、どこが悪いか具体化しようかと思って見直したら、恒木健太郎とかいう人の本の紹介なのか、よくわからないが、どこまでが自分の意見かわからない感想だった。失礼しました、ってどっちにいえばいいのかね。わかんねえ書き方すんなよ。恒木という人は文芸評論家のようなので、わざわざケチはつけません。羽入辰郎みたいなもんです。ともかく、大塚はウェーバーとは異なり、近代資本主義一般を問題にしたのではないのだ。)
 要は大塚の真摯な問題意識は、商品経済は古代からあったのに、なぜ近世イギリスでのみ、資本主義として実を結んだか、という理由です。
 カルヴァンがどうだろうが、そんなことは資料にすぎない。彼の問題意識では「世界は人間が変えたのだ。従って、近世イギリスの人間が持つどういう主体的な意識が世界を変えたか。」 この1点なのです。その考慮の結果が局地的市場圏なのです。彼の問いかけは人間のことであり、彼の答えも人の存在以外にはなかったのだ。これにまともに応対しない批判など、彼にとっては何の批判でもない。「そういう説もとれるかもしれないが、わたしが言っているのはそういうことではない。」 それは、池田の笑い話など1秒も顧みはしない真摯な問いかけのはずです。
 同様に、宇野にとっては、資本主義を作ったのは、自分が作った生産物商品を自分で買い戻さざるを得ない圧倒的な労働者の存在だった。従って、人間の意識がどうのなどという大塚の妄言は、決して許されるものではなかった。これが大塚の戦前の自分への批判後、何十年経っても反批判せざるをえない理由です。
 そして宇野としては大塚のケースと同様に、この買戻しの機構=労働価値説に反論し得ない(それが現実なのでできっこない)近代「経済学」者など、池田と同様のバカにしか見えやしなかったでしょう。
 世の真理に該当せんとする立言とはそういうものです。
 同様に、笑い話の批判しかできない人間は、数年期限の消費物資です。
 批判という無内容な悪口しかしたことのない自称研究者(学者)にはわかりはしないことだと思いますので、あえて申し上げました。
 これをお読みで高校生の人がいたら、どうです、将来わかりやすい宇野原論をお書きになったら。
 宇野も小さい方で、マルクス経済学大学教授の席が好きだったようで、他人にわかるように書物を書かなかった。宇野経済原論もまだまだ資本論への遠慮で曇っている。基本、弁証法はなんら叙述には役に立たない(その概念が内に含む契機だけで発展するものではあるわけがない) ということがわかっていない。おかげで居並ぶ高弟は校庭で遊ぶ小学生そのもの。
 あなたは国際経済学を専攻して、(それでも一般教養で経済原論を教えますから)マルクスも資本論に書けなかった世界経済体系を原論に付け加えたらよろしい。資本主義とは買戻しの機構だということがわかっていればそんなものはすぐに書けます。若いうちにわかってればね。 私はこれからまだまだ誰も知らない大事なことを定式化しなければいけませんので。

 
 などなど。
 今年も終わりです。
 今年は仕事を退職しましたが、みなさまにお礼(の言葉)を受けてとてもありがたかったです。ああ、結局自分てそんなふうに生きるように作られた人間なのだな、と思いました。そのほか環境が変わると初めてわかることも多く、勉強になりました。
 それでは皆様も、これからの私と同様、悔いのない人生を送りましょうね。
 
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資本制の本質とは

2012-06-03 21:10:21 | 賃金・価値・権力
 こんばんは。東京地方は蝶の季節。
 一昨日の勤め先の昼休みには、八百屋さんの店先で、紋白蝶が、レタスがいいかな、いや、やっぱキャベツが一番、と、ヒラヒラ、野菜の品定めをしておりました。可愛いというか可哀想というか。
 一体、どこの育ちなんでしょうね。まがりなりにも東京でして、キャベツ畑はずーっと遠くにいかないとありません。

 さて、本日は昨日ゆっくり休みましたんですが、多少中学の同級生と遊んだためすごく疲れまして、またまたちょっとだけ。
 
 世の中、新しい本なんてろくな本がないですな。
 そんな難しい話をしているのではなく、世の中に疑問を持った人が読む本がない。
 昔は「新日本新書」というシリーズがありまして、共産党の本ですけどとにかく基礎的な知識は得られたのですが、いまじゃ、共産党直営店にいっても社会科学基礎理論の解説本は手に入りません。共産党はなに考えてるんだね。宮本やら上田やら不破やら、死んでしまった人間の何一つ意味のない本の出版など止めて、まともな本の地道な普及を続けるべきなんじゃないか。、、、あ、まだ生きてる人もいたか。
 
 というわけで、社会科学の基礎的な見方その1。資本制とは何か。
 
 それは、他人の労働(力)をどう自分のために使おうか、というよこしまな意志の具現化です。
 
 って、なんも社会科学チックじゃないな。
 ないけど、そう考えるのが基礎なの。
 そんなことは新日本新書には書いてないけどね。
 
 支配者の歴史とは、他人の行為能力を、どう自分のために使うか、という意志の歴史です。
 小麦を作らせたり、革をなめさせたり、銅像を作らせたりね。
 
 そんな直接性に対して、資本主義では、「私有」という制度を支配者が守らせることで、支配者の顔をせずに、他人の労働を自分のために使うことを正当化することに成功した。
 
 「そんなことはお前の解釈だろう」って、まあ人はいうよね。
 でも「そんなこと」もわからないと、先進国と後進国の間の関係がわからない、はずさ。
 先進国と後進国の関係は、後進国の労働力を先進国(の資本家)がどう自分のために使うか、ということなのだよ。
 違わないだろ?
 違わないさ、そのまんまだから。
 後進国人民の労働を自分のために使う手段が、「資本投下」さ。
 で、ちょっと難しいけど、後進国人民の労働を自分のものにする手段が、過剰「商品投下」さ。
 先進国資本家は、先進国労働者が作りすぎちゃって自分のものにせざるをえない余計な商品を、後進国人民に押し付けることで、その売却マネーで後進国人民の労働(力)を自分のものにする。
 そういう関係なのだよね。
 カネというものは、商品というものは、資本というものは、かくのごとく、資本家が人民の行為能力をどう自分のものにしていくか、という関係を規定しているものなのです。
 
 もちろん、というべきか、凡百の「資本論」の解説書にはそんなことはどこにも書いてないです。宇野理論にさえ書いていない。でも、そういう基礎を押さえておかないと、「疎外」の本当の意味などわかりはしない。資本制貿易の意味がわかるわけがない。もちろん、世界革命などわかろうはずもない。
 資本主義的カネ理論というのは亡霊のような観念の哲学論議じゃなくて、具体的な支配の理論なのだよ。
 
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+アルファ

2010-06-23 22:29:04 | 賃金・価値・権力
 今日も自分の勉強予定日で、そこはぐうたらだから、やだな、めんどいな、なんか面白いことはないかな、と開いたinfoseek

 辛坊正記という住友銀行の傍流の人が能書きを垂れております。
 現在は、日本総研情報サービス代表取締役専務とか。

 いえ、前回,せっかく書いた話が,その後確認すると,「所得税上げろ」は共産党も同じように書いていて、さすがといえばいいんですが、それじゃあ、わざわざ読者がこちらへいらっしゃる意味もなく,わたしとて忙しい時間を割く理由もない。

 で,多少追加しとこうかと。

 で,彼氏、いわく,小泉政権を弁護して
「しかし、小泉政権時代の数字をみると、財政収支の改善を図りながら株価やGDP(国内総生産)成長率は伸びており
(←後述)、
高校卒業予定者の就職内定率は劇的に改善し、完全失業率も低下しています。
(←だからニッチ労働=低賃金社会を作ったんでしょ.否定しないよ)
よく指摘される「格差拡大」についても、格差を示す最も一般的係数であるジニ係数は、小泉内閣直前の4、5年間の伸び率と比べると鈍化しています。
(←って、自民党中曽根以降,税制改悪で急激に開いた格差が常態になったってことだろ(ps.ちょっと前回を引きずりすぎ。「税制改悪に代表される施策の効果が一段落して」、かね))
この間欧米でも格差は拡大傾向でした」
(←って、サッチャーやレーガン、ブッシュのことだろうが。いいよ、そいつらよりましだよ,日本には野党がいる(いた?)からな)

一体,こいつは何の言い訳をしてるつもりだ?


 ――具体的にどこが良かったのでしょうか。なる問いに
 
「それまでの、そして今でも多くの政治家は、「みんな幸せに」という幻想を維持するためにバラまきを続け、政府の借金を増やし続けてきたのです。この際「みんな」とは、「『今の』みんな」であって、「『将来の』みんな」には、負担をツケ回そうというものです。」
 (←で、いつの国債発行額が一番高いんだ?? 小泉が首相をしてた2000年以降に急激に伸びて,小泉がやめたらやっと止まった、っていう事実は,日本総研の統計にゃあ出てこないのかい?)(国債発行でようやく、15行上の「成長率も伸びて」おっただけじゃないか。
 
 まったく。世間の人間はなんも知らんと思っておる。みなさまも、イデオローグというやつの言は、まず全部うそだと思ってからお聞きなさるように。
 

 ま、それは、それ,実は,日本総研は、わたしはちょっとファンで、住友系のシンクタンクなんですけどね、基盤が緩いせいか、なかなか本当のことを言っちゃうので注目してきたところです。
 それが、なに、こいつ。
 、、、ってよく見たらこれ「総研」内部部門じゃないの。どこまでも傍流。
 そっか、、、 スタンドプレーはやめろよ。腐らずにきちんとまっすぐ前を向いてたら、いつか偉い人になれるよ。


     、、、あ,もう勉強時間ないや。ざんねん。
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消費税値上げ

2010-06-20 10:42:15 | 賃金・価値・権力
 こんにちは。東京地方も梅雨入り、急に暑さへの恐れ(=やる気のゼロ化)が現実化してきました。
 ま、ほとんど自分の仕事済んだからいいけど。

 何日か前は、谷垣が、消費税10%だと。バカだね、なにも民主党と違いがないのに、消費税だけが違いになっちゃうじゃないか、と思ったら、菅もこれ幸いと消費税値上げだと。
 まったくこの国の貧乏人はここまでバカにされて何もいわんのか、そこまでアホのウヨだらけか、みたいなもんですね。

 菅などは前から政府に居たから、国の歳出予算がどれだけ資本主義社会に寄与しているか知ってるわけで、かといって、自分の使うカネがなければ権力者になった意味はありませんわな。権力者というのは古代から、どれだけ人民の労働(=カネ)を自分のために使うかを楽しみに、アブナい人生を生きているわけで。
 10兆やそこらで国債は返せないけどお小遣いにはちょうどいい。

 ま、確かに歳出をこれ以上切ろうったって、以前に申し上げましたように、国の余りガネはせいぜい数兆、「余りガネ」といっても腐っても国の事業。権力者と産業(と少しの国家的夢)のしがらみでできているんだから数兆全部が切れるものではなく、切れるものは企業リストラと同じ、職員首切り・給与削減(相当補助金廃止)事業しかない。仙谷がいった「残りせいぜい2兆円切れればいいところだ」なんていうのも事情知ってれば革命的に資本主義的なことなんですよね。

 とはいえ、「資本主義的には」、足らんカネは金持からふんだくればいいのに、なんなんだろうねえ。
 日本なんて、余った労働力をニッチに使ってやっと国家が持ってんじゃないか。各種食品供給サービス業・雑貨衣料品販売業、ってやつだけどね。ニッチなんて、金持の消費金と関係ないんだぜ。小金もない大衆がささやかに遊んでるのがコンビニ菓子やユニクロのたぐいじゃないか。そんなカネまで貧乏消費者からふんだくったら、ニッチ潰れるぞ。
 どうせ金持のカネなんか不動産値上げやプール建設業者にしか寄与しないんだから、累進課税を以前のように戻せば、(法人税にさわらなくとも)所得税だけで誰も困らずにすぐ5兆くらい浮くさ。
 たんにこんじょなしだね。いいけどさ、私は。日本資本主義がどうなろうと。たんに不愉快なだけで。
 しかし、どうせ長くない権力者の座なんだから、もっと革命的にやればいいのに。世間じゃ極左政権とうわさされてるのにねえ、ヘッ(と、鼻で笑う)。
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破産の歴史過程

2010-05-15 22:55:07 | 賃金・価値・権力
 こんにちは、ようやく良いお日和で。部屋の中だとちょっと寒いくらい、あと1ヶ月は私は幸せです。衣食住、他には屋根もあるし、ディスカウントショップ食品でも何の不満もないので。
 
 ここんとこ、カテゴリー「その他」が多かったので、今日はちょっと硬く。農民層分解について。いえ、今日の朝日新聞夕刊に「昭和時代、出稼ぎ農家が大変だった」、って特集をやってて。
 「出稼ぎ」って農閑期にお金を稼ぎに都会へいき、工場や工事で働いて家族に仕送りすることです。って説明なんかしてしまう。なんでそんな大変な、って。
 まあ私のようなサラリーマンの子が口を出すとなんなんで。一般論。
 
 農民層分解っていうのは、yahoo百科事典によると、
「こうした商品経済のなかに農民層が巻き込まれると、それぞれの農民の生産する商品の個別的価値と市場価値との間の格差(農民各自の条件の差)に基づいて、富裕化する農民と貧困化する農民とへの分解が生じる。」
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E8%BE%B2%E6%B0%91%E5%B1%A4%E5%88%86%E8%A7%A3/

 農村の生活に商品経済が加わると、農民層が上下に分解する。その下となった部分が工場労働者となっていく、という過程です。
 現実がそうなんだから何も問題ではないのですが、じゃあ、どうしてそうなるんだ、ってことになると、金持が横暴を働いて弱いものをいじめ尽くす、という評論になってしまう。そうじゃないんですな。
 
 以前、このブログで、「金持だの貧乏だのというのは本当は存在せず、生理的最低限を満足したら、それ以上の事態はすべて社会的な規定なのだ」、といいました。
 商品経済社会の場合、この規定性は
 1 カネによって、他人が持っている明るい将来が、カネを手に入れることによって自分のものとなる認識が生まれる。
 2 カネは貸してくれる者がいる。
 3 第一次産業者にとって「借りる」とは消費物資を借りることであり、彼はそのようにカネを借りる。
 4 自然的(=飢饉)人為的(=経済政策)によって、カネが返せない状況が生まれる。消費物資であったなら、返すも返せないもない、ないんだからおしまい、だが、カネというものは、彼の占有物権すべてを巻き上げる。
 という過程を生じさせ、農民が破滅していきます。
 
 ここで2の過程が
 2ダッシュ、 国家が重税を納めさせるときに、これを貸したカネで払わせる。
 というものに換わることもあります。その他は一緒ですけどね。
   もっとも「ほかで使っちゃって税金を払うカネなんて残ってない」というのはありますが。
   
 これが農民層分解の歴史過程です。
 
 それは直接に権力者のいじめによるものではない。
 社会の常識的生活をしようと心がければ借金地獄に落ちていく、そういう過程です。
 権力者がいじめていないなんていってはいませんよ。いじめない権力者なんてありはしない。しかし、商品経済以前なら、ないものはない、だから払えないだけ。という社会事象だったのです。人間には飢え死にしないだけの消費物資があればそれですんだことだ。しかし、商品経済は「貧乏」を発生させる。カネがなければ将来がない、かのごとき幻影が生まれる。こうして農業生産力が増加したはずの人間は、子を売り、借金をし、破産する。
 ほんとに飢え死にする人もそりゃ多少はいるから話がごっちゃにはなりますけどね。
 しかも、私はサラリーマンの子だし(=あまり端的に分かりやすく言うのは失礼)。
 
 しかし、資本主義の初期から中期に引き続く農民層の分解では、「借金」が基本動力なのです。
 (あるいは重税で言えば、払う前にカネを使ってしまう事態。これを「使わざるをえない事態」と表現するのは当事者には「本当」ではある一方、文学的表現でもあるのです)
 すなわち、抽象的には、資本主義社会とは「労働(力)の前売り(=借金)が可能となる時代」に展開していくものなのです。
 売れるはずの将来の労働が実は売れないとなれば、そりゃ身を売って奴隷になるしかありませんね。
   みなさん、借金はやめましょうや。
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酔言

2009-08-18 21:35:38 | 賃金・価値・権力
 こんばんは。思いかけず、今日もお会いした方が。

 本日も思いかけず引っかかった、本日の朝日新聞夕刊コラム、「素粒子」の文章

  (衆議院選挙にあたり)
 「 あなたの苦戦を知りました。
   でも私の暮らしはもっと苦戦 」

  このやろう。
  名前を名乗れ、名前を。
  新聞記者45歳で、年収1200万以下だなんていわせないぞ。
  こちとらそんなカネ見たこともねえ。見たことなくたって、子供二人、大学までやったぞ。
     なにが暮らしが「苦戦」だ、くそったれ。(どうも世の中、口先男ほど嫌いな物質はなく)
   

 などという個人的感慨は別としまして、そういうことはあるんですよね。
 なんでかというと、日本人、カネの使いどころがないから。
 カネの使いどころがないと、どこへ走るか。
 家です。
 みんながカネを不動産につぎ込む。不動産は生活必需品じゃないので、ある程度まで価値法則を反映せず、そこそこ高くなれる。ある程度ったって、私などの知らない世界ですが。
 その結果、家のローンで月15万、ボーナス込みで年300万も払うと、そりゃ苦戦かも。
  私なんぞと違い、他の支出もある。640ml1200円の焼酎に悪態をつくこともなく、築地、銀座で酒飲むんでしょうしね。


 で、今日のテーマは、仕事が余裕だと、ブログも毎晩かける、です。
 じゃないか。
 単に、酔っ払った神経に障っただけです。
 が、先の話もほんとのことでね。
 階級制度の薄い日本では、金持ちのカネの支払い先がないので、(他のどこに支出しても賞賛も優越も取れないので)、庶民の倍額くらいの収入じゃ、われわれ庶民的日本共同体を脱しないんですよ。
    (計り知れないほど、って何億、何十億の単位で収入がありゃ別でしょうけどね。某新興宗教のおじさんとかね。他人の収入は知りませんけどね。
     ともかく、そんなレベルのカネがあれば20代女性アルバイトを動員して選挙だってできる。
     ま、ここは、ないもの同士の話で。)
 その挙句が六本木族、じゃない、六本木ヒル族か。カネがあっても住めるのはたかだか、200平米のマンション。そんなもん、○○県なら一戸建てですよね。カネをドブに捨てて。

 以上、日本はいい国だ、という政府広報でした。
 ていうか、そうした国では、いくらでも貧乏人の給料をあげることができるんですよ。
 もちろん、その結果買えるものは平均すれば変わりませんけどね。日本人みんな庶民化。もとから庶民分の生活しかしないんだから、文句もでやしない。
   某新興宗教収入者は別として。

     ささ、原稿書かなきゃ。
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「奇妙な」現実

2009-04-12 22:03:02 | 賃金・価値・権力
 こんばんは。
 2月3月中ヒマだったので、勤務を移ってこの(普通の)忙しさに戸惑いながらふと思うと、「忙しいんじゃなくて人が少ないんだよな」と。

 こうゆうのは、私たち世代では基本ですが、今の人たちは知らなかろうと、ちょっと展開してみます。

 およそ、(研究者や趣味の人間は別として)社会的な業務で人が十分居るのに忙しいなんてことはありませんね。あったら、それは仕事の配分が悪いだけ。
 最悪にできの悪いやつが同僚でも、「こいつがいなきゃどんなに楽か」とは思っても、現実には、そいつがいれば、自分の2割、3割の時間は助かってるものです。そちらではそうじゃないですか? 2割3割で給料とるな、ということは別としてですが。
 要は人が少なければ忙しい。
 当たり前です。

 が、人は周りにいないわけじゃない。派遣・フリーター・アルバイトの例えば5割はパートタイム希望でも残りの5割は常勤が希望だ。(割合はいい加減です。もともと定義がないしね)
 その残りの2割はいかにもサラリーマンには向かない性格だとしても、残りの8割は会社に勤めようといっている。
 だが、働きたい人間がいるのに、かつ、労働者同士としては働いて欲しいのに、資本家は雇わない。それが資本主義です。

 同様に、コンビニでご飯が余る。世界中のお百姓さん、漁師、牧童が、一生懸命育て、命を奪った食物が、買われないまま焼却炉へゆく。
 かたや、段ボールの家の中、腹を空かせたホームレスが、そして毛布1枚にくるまった難民が、絶望的に生きている。
それが資本主義です。

 あるいは、・・・とここで、昔なら、働いても働いてもお金のない人たちの話が来るのですが、まあそこは先進国日本でして、飽食日本で生きている私はそこまで言う気にはなりませんけどね。
 しかし、人間日本人、食物原材料を作り衣服等を生産してくれる後進諸国の貧乏を考えるべきではあります。

 とゆうように、アナーキズムであれ、共産主義であれ、民主社会主義であれ、社会主義の基本は、人間、複数のわれわれが、どれだけ合理的に生き易く生きていける仕組みを作れるか、という問いかけへの答えなのです。
 「社会主義は間違っている」とかなんとか、そう発言する発想からして間違っている。社会主義はただの方法なのです。初めの問いかけにどう応えるか、その方法は何か。ウヨクでもいいから「間違っている」じゃなくて自分の答を言え、ということです。
 残念なことに、この日本、そんな問いさえ忘れ果てた人間だらけですけどね。


 付けたりですが、サッカー選手とか、将棋の棋士とか、米も作らなくともお米が手に入りますね。なんで?
 平たく言えば、お米を米農家からめぐんでもらっているわけです。
 お米だけじゃない、自動車や子供のオモチャもめぐんでもらってますね。

 農民・工員は、サッカーや将棋を見せてもらっているから、その代わりにお米や自動車をあげるわけです。
 これを指して、
「お金は交換手段であり、生産にたずさわらない人間は、カネにより労働の剰余を得る」
と表現します。
 マルクスじゃなくて、自由主義経済学の祖、アダム・スミスです。
 
 今の現代経済学=近代経済学では需要と供給のおとぎ話しかしませんから、「イチローがカネを稼げば何でも買える」と言うしかない。ところが残念ながら、世界中の人間が野球の選手だったら、みな飢えて死ぬ。当たり前ですね。
 この当たり前のことが、近代経済学では何一つ表現できないのです。
 そんなものは社会の科学ではない。
 人間には必要ない。
 ま、資本家には要るんでしょうけどね。

 さて、ところで、一つ上の段落「労働の剰余を得る」について「資本家が労働の剰余を力づくで自分の物にしている」と人民に目に見える形でまとめたのが若き天才エンゲルス、そしてこれを「搾取」という言葉で全世界に広めたのが修辞術の異才者、カール・マルクスだ、というわけです。
 常識的な話でわざわざここまで来てもらってなんですが、エンゲルスの方が早いのはあんまり知らないでしょ?

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国内消費か輸出振興か

2009-01-17 22:09:39 | 賃金・価値・権力
 あるいは、「聞きたいこと、聞きたくないこと」
 あるいは、「経済学は退歩している」

 題をどうしようかと思ったんですけどねえ。
 私は社会学研究者だから、わざわざ経済学の題はつけたくないところですが、余りにも経済学が低水準でねえ。

 どうも資本主義者のブレーンが「日本の生産物は外国が買って成り立っているんだから、人民の一部に(クビとかなんとか)ひずみがきても我慢しろ」とかいっているようです。ブレーンて「糠味噌」って意味でしたっけ?
  、、、あ、古うう。

 かたや、資本主義者以外の人たちは、公明党も含めて、「国内需要を高めなければ不景気は乗り越えられない」といっております。

 なにをいっているのか。
 50年前の日本の経済学ってマルクス主義一辺倒だったのですよ。近代経済学=今の経済学は、50年前は、一橋大学と慶応大学で、細々と暮らしていた。東京大学の近代経済学者には、「周りのマルクス主義者につぶされてなるものか」という使命感しかなかった、って感じのはずです。
 でも、というか、だからというか、その頃は近代経済学者も経済がどう動いているかは分かっていた。一方での生産、他方での「消費では決してなく消費配分」これが経済の要であることを知っていた。だからこんなバカなことは言わない。まあ、両経済学のもとは同じアダム・スミスですしねえ。
 第1に、消費物資は日本では足りている、従って、これを買ってもらうために、人民にカネを渡さなければならない。これが経済の第1要件です。
 消費物資が足りてるって? みんな外国産ではないか!
 だからね、どっちもどっち。検索して確かめるのはかったるいからしないけど、国内国外の需要比率は半分半分なのですよ。国外の需要というのは、国外に売った金を使わなければいけないんで、相当程度イコールで国外分の物資の需要になるんです。両方の需要は両方とも日本経済には重要なのです。
 とりわけ残念なことに、必須消費物資が外国産なのです。(だから、食料自給率を高めるのは、最重要の課題の一つです)
 だから、第2に、現在の生活レベルを急激に落とさないためには通商経済も現状維持しないといけない。
 ここで第1と第2は、直接には矛盾などしてはいないのです。
 要するに貧乏な人間にカネを渡し、足りている消費物資を消費してもらう。
 消費してもらえば、国内分の生産資材が回っていく。国内分の生産資材が回れば、輸出分の製品が仕上がる。
 これが売れるか売れないかは、製造資本家次第さあ、別に安くしたら売れるわけではない。売れるほど安いってことは赤字だってこと。赤字では国益にはならない。他国のいないスキにシェアをあげようとする企業エゴ以外には意味がない。外国に買う奴がいなければ元から売れないのだから日本の貧乏人民と一緒に現在ある消費物資をおとなしく消費していればいい。売れないものは、世界にいらないんですよ。

 基本は、国民国家は一蓮托生ということです。自分だけうまくやろうなどと、そいつあ非国民でしょうが、ねえ右翼の方たち。
 私はアナーキストだけど、アナーキストって、非国家民のふりをしてて実は共同体主義者なんですよ。(まあ、「アナーキストの9割」、ぐらいにしておきましょうか。)仲間主義者ですからね。

 いや、こんなことは、経済学を20年もやればだれでも知ってるんだよね、近代経済学10年くらいの勉強経歴じゃわからないけど。もちろん野党でも経済担当幹部に限っては知っている。
 だけど、いわないのさ。お互いどちらかに利するから、ってことだけど、直接には、支持者が聞きたくないのさ。そんなホントのこと聞いたって面白くも何ともない。みんなストレスまみれの日常の中で、なんとかストレスを解消しようと思って政治家の言うことを聞いてるの。「本当の」つまんないことなんか聞きたいわけがない。かくて、政治関係者は、正直に、人々が聞きたいウソを言う。中島みゆきの世界だね。
 とゆうわけで、読者の方々は、25歳を越えた人間の言うことを信じちゃいけないよ。
 おらっちは、年齢が止まっちまったけどね。
 
 さて、本題です。
 2兆円は派遣・フリーター100万人(記憶だともっと少ない。あ、パートは別)に200万円づつ渡せよ。それで資本家共も1年間後顧の憂いなく合理化できるだろうが。
 来年もあるって? たかだか2兆円。国家予算はいくらあるの? この前もいったし。個人財産の上澄みだけで2兆など玉手箱のようにでてくる。

P.S.その後、ネットしましたら、国内消費は海外分よりずっと多いというが結論に近そうですね(統計が難しい)。
  さらに、派遣人数は200万越えというのが定説みたいです。なんでも不精するといけないなあ、、、
  まあ、派遣についていえば、緊急の実需要としては上記のような気も。
  なんて、ぬくぬくしてる人間がいってはいけません。
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失業者をなくす施策とは?

2008-12-14 22:02:41 | 賃金・価値・権力
<まずお詫び>
 どうも一昨日は失礼しました。
 ブログ記事を書いててどうしても「リンク」が必要だったので、操作はこんなもんでいいかな、でも載っかって見ないとわかんないな。えい、投稿しちゃえ、
 と思ったら失敗作が投稿されて、あわてて削除したんですが時遅く、gooで新規記事に載っかったみたいで、いらした方はからっぽの記事をご覧になるという。

 で、その記事はボツにしましたが、昨日今日やる気がなく。
 ちょっと時間つぶしで。

<失業者をなくす施策とは>
もうほとんど生き残っていない社会主義者は「社会主義社会にすればいいんだ」というんでしょうが、で、具体的に明日はどうすんの? と、いわれると分からない。
30年前の共産党なら計画経済のプログラムを持ってたでしょうけどね、今はルールある資本主義とか言ってるそうなんで、どうすんですかね。

この前、ちょっと名前を出した小林良彰という人が、きれいにまとめてくれてるんで、その紹介。

1 上場企業の株を国家に提出させる
2 個人の持ち株を国債と交換し国のものにする
3 外資を国債と交換していただく

んですって。
こうゆうシンプルなのが好きだなあ。
いや、本人の案はもうちょっと詳しいですけどね。

要するに、失業など働き口さえあれば問題はないんです。しかし、資本主義では儲かんないから、という名目で働かせない。そこで「そうじゃない、お前らが安売り競争するからいけない」、といって資本家がガメている儲けの形となった労働を吐き出させさえすればよろしい。
あとは労働者はワークシェアで短時間労働をする。企業は、純粋生産資本部分のみ国家財政に頼り生産を続ける。

「外資を国家が買い取る」というのも秀逸じゃないですか。ほっとくとどうしたって外国が口を出しますからね。ふつうの社会主義者ですと、「そんなもん国家が取り上げればいい」となるのに、買い取らせていただくというところがよい。

よくわからない?
うーんん、要するに社会主義革命をするってことですよね。悪いけど資本主義社会でなにやったって無駄です。
ただ、それは、暴力革命で計画経済にするとか、そんな大それた話じゃない、ということです。
シンプルなこの3施策で、資本主義企業の骨を抜く、というわけで。
十分大それてるかな。
そんなんで社会主義といえるかっていう声もありそうですしね。
  なんと言うのも勝手ですが、他に一つでもあるのかね。「具体的に」。

PS.最後の行は、他に策がない、ということではなく、そんなケチをつける奴らに限って策ななんて持っていない、という意味です。私だって、策は書きましたさ。「光と影とネズミの王様」。それぞれに欠点はある、状況の一致不一致はある。そんなことは自分の力で考えたことがあればわかる、が、受け売りの人間にはわかりはしない、ということでもあります。




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