リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

警察権力の昂進条件

2016-10-29 10:20:58 | 歴史への視角
 こんにちは。気温も次第に季節に追いついてきました。昨夜はタオルケットを毛布に変えたところです。
 世間ではいつか出るのが決まっていたポケモンの犠牲者が出たり、年寄りから免許を取り上げないからあたら若い命が消えたり。外は危険だらけです。10歳以下のガキから自転車を取り上げるのも急務ですね。以前、狭い歩道の曲がり角で目一杯ペダル踏んでるガキに正面衝突されそうになりました。危険を感じて歩みをのろくしてなかったら、もろ。命はどうでも、ふつう突然仕事を3日も休むなんて大変な問題ですよね、予定詰まってるのに。
 
 さて、まずはご報告、世の中に家庭教育支援法案なんてものがあって、われわれの城たる家族にまで支配権力を及ぼさんとする勢力があるそうです、と、新聞の投書にありました。「ご報告」と呼ぶのは、一週間前の新聞に載った、という話で、先週の題材ですよね。一言あってしかるべきでしたが、見逃してしまいました。「親学」一派だそうです。日本会議のやつらね。むかし大阪で条例作ろうとして敗れたイメージがありますが、並み居るド田舎では着実にできているそうな。熊本なんか被災支援もしたくありませんな。
 とゆうようなことを、各派機関紙が載せていない。
 かっこつけだけの機関紙はおいて、なんで赤旗が載せないかねえ。
 こういう草の根の権力ネットが一気に体制を持ってくんだぜ。権力ネットをばかにしちゃあいけねえ。
 それにしても右翼って考えること一緒なのね。単純に、政治家になって権力を振るいたかったけど、無能で政治家にさえなれなかったやつがなるんだろうね。ただの口舌の徒。思想なんてありゃあしない。右翼の世の中になったらぶるぶる震えているだけの弱虫。でもなんでもいいからなんとか権力を揮(ふる)いたいんだね。哀れなやつらだ。
 
 さて今週は不愉快なニュースはいくらもあって、書くのも不愉快なので、感心した話を、でドゥテルテ。やっぱこいつは庶民的によい。
 私儀、いつも庶民としての気持ちをイデオロギーに流されないようにしておりますが、いいでしょ? みなさん。悪口雑言だとかというけれど、ホントもウソも初めからなく、いいからフィリピンはまかせろ、みたいな清々しさがあります。
 で、なにがいいって、あの暗さがいい。小説を地でいってますよね。過去に何があったんでしょうか、ほんと、官僚体制なきスターリン。命捨ててますね。わたしは大審問官たるスターリニストにはなれてもスターリンには到底及ぶことはできない、と自分のことで安心しました。庶民で十分。
 で、本題は、武力権力の行使。
 国民が分断されている中での戦争介入、人殺し化は、その他の武力権力たる警察権力の行使を昂進させる。
 というテーゼ。
 これはもう本にしませんので、この場限りの貴重な発表。
 軍による他国民の殺害と自分たちの死亡は、庶民に国家殺人に対する賞賛と優越を与えます。庶民は、「他国民を殺害するのは悪ではない」 と思いたがるし、他方、「よくもやったな」 とも思うんですよね。そうすると当然に、国家のための警察も、「よし、俺だって」 と思うし、思うだけじゃなく実行するし、庶民もそれを見て喝采する、というわけです。 で、後になって汐が変われば「俺たちは騙されていた」 とか、カエルのツラで言う。
 ここで「国民が分断されている」というのは、分断されていないと警察権力の行使が鈍ることを指しています。分断自体が社会的ストレインを高める、ということですね。もっともイギリスのように安定した分断というのも、過去にはあったところですが。
 こういうのは形式社会学ではなく、社会過程をめぐる抽象、といいます。どう違うかというと、抽象理論の基礎に行為理論がある、というわけで。
 なので、だいじょぶ、歴史の動きは加速度がつきます。自衛隊の国防軍化以降、すぐにアメリカのようなファシズムです。許される党派は自民党のみ。
 何がだいじょぶか、って、未来の革命情勢ですかね。
 
 すでにドゥテルテの話題ではありませんね。あと別の話題も、とは思いましたが、話が重要すぎましたのでバランスが悪く、本日はこの辺で。
  
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新聞記事

2016-10-22 14:49:40 | 断片
 こんにちは。ようやく涼しくなり、昼食後のひと時に花粉症用薬の眠気もちょうど良く力を添える今日この頃。
 また地震ですね。まだ亡くなられた方はいないようなのが不幸中の幸い。ともかく過去300年に地震のあったところは常に明日起こると思うしかないですね。柏崎は(中越地震で)運が良かっただけ、というべきでしょう。私はご存知のように原発派ですが、この間の資本主義政府や東電という政府機関の対応で、日本でさえ200年は時期尚早と知らされてしまいました。もうちょっと意識のある政治システムなら、と思っていたのですが、ぜんぜん技術が追いついてない上に、技術がないという危機認識さえ持てない。強弁ばかり。あきらめたほうがよさそうでとてもざんねん。
 
 というわけで本日も自分の仕事は順調ながら、それだけにその他のことがない状況。
 その1 ネットを見たら上西小百合という人が土人発言問題で大阪府知事を怒っていました。「人が平等に、そしてなんとか公平に生きていく為」が政治家という存在のはず、だって。そこらのアホかとおもっていたら、偉いじゃん。見直し。悪い人が良い人だとわかるのはいいですね。
 
 その2 この間、なにかと幻滅が。趣味の将棋のカンニング騒動とか、事実かどうかよりもそんなことを騒動にすること自体幻滅。趣味は庶民には俗世間を忘れたい息抜きの場なんだということがわかっていない。もう見ても不快感を免れない。
 更に、あのトランプはだめだね。なに当たり前のことを、って、威勢がいいのはウサ晴らしにちょうどいいと思ってたら、耐え切れないクズだった。ほんと人間としての資質に欠ける。支持米人だってせっかく息抜きだと思ってるのに不愉快なんじゃないだろうか。
 他方、ドゥテルテ(フィリピン)というのはまだ幻滅していないけれど、どうだろうか。なんとかうまくやっていかないだろうか。
 
 今朝はいかにも悪そうな南スーダン反政府軍司令官という背広姿の写真が出てましたが、南スーダンというのは、ウィンダムという人の「ナイルの奥地」という本があって、80年前の暮らしが書いてあります。アフリカのまあ40年前までの本は大体そうですが、みなさん裸で暮らしながらもそこそこ平穏に幸せそうに暮らしてらっしゃる。(特に政府軍系のディンカ族の昔というのは、ケンシロウにやっつけられそうな今のデブ高官たちじゃなくて、みんなすらっとして精悍そうなアフリカン)。村落内支配はあっても日本の明治農村くらいで抑圧もそうひどくはなさそうなのに、あんな殺し合いになっちゃうのか、ってそこが資本主義というものなんだけれど。
 まあ80年前と違って、少なくとも植民地じゃない、というその1点だけが救いですね。いつか「国民」ができて、いつかせめて下層階級間の連帯でもできるなら。
 
 無理に今朝の朝刊記事の驚きを探すと、非行少年だった人が更生事業をやってるそうなんですが、その人が忘れられない一言で、「この子は更生する子だから」と家裁調査官が涙ながらに裁判官に訴えたという。で、その人が「誰かが信じてくれなければ非行者は立ち直れない」、と続くのですが、
 家裁調査官てそんな積極的な仕事だったのか、という驚き。
 20年以上前、ラーメン屋で「家栽の人」(というマンガ)を何回か読みましたが、主人公が裁判官なのでカッコ良すぎて、調査官はマイナーだなあと思ってましたが。
 家裁調査官というのは社会学(及び心理学)系の仕事で、知り合いが就いて、ちょうど「家栽の人」の頃に出会って、やけに柄に合わない地味っぽい職業についたなあ、と思ってたのですが、なるほど、これはこれでメジャーたる仕事なんだ、と感想したところです。
 
 で、土曜なので、特集があって、例によって写真記者の写真が。この間、新聞写真部員は腰掛に違いないと感想したところですが、
 本日の感想:『こんな撮り方してると、一流になれなくなっちゃうけど、、、』
 これじゃあ挿絵画家だな。
 挿絵画家を馬鹿にするわけではありませんが、でも一流じゃないと思われ。
 一流の画家というのは自分の心を描いて、その描写が見る者の感動をもたらすものを指す、というところでどうですか? これには大変な心の研ぎすましが必要と愚考するものであります。
 挿絵画家氏の場合、自分の心を描けない。描けるのは文を読んで反応した自分の心の動きだけ。
 その描写は単独で見る者に感動を及ぼすものではない。あくまで文とセット。
 なので、挿絵画家氏は一流ではない。
 もちろん、私も岩田専太郎もビアズリーも好きだし、彼らは一流の挿絵画家だと思っておりますが、でも挿絵画家。しつこく書くとうらみでもありそうですね。ありません。単なる老爺心。腰掛にする気なら雰囲気を描いてはいけませんね。絵が自立できない。美術の教師なら絶対にそういうと思います。
 
 
 さて、役に立つブログ、本日は役に立たないので、酒のみの金持ちあて情報。
 ずっと昔に記事にした、どうしても名前の思い出せない、八海山の大吟醸より美味しい大吟醸、そのとき発案した知人に尋くことができました
 「そんな昔の話。でもそしたら香露だと思うよ。」とのこと。香露、大吟醸、yahooショッピングにて、四合瓶6800円也。
 、、、たけええ。いつもなら味を確かめるまでここには書かないところですが、これはちょっと尋常な手段では買えないし、ほかにちょっと情報の確かめようもないので、これに確定。(八海山は4300円)
 30年前でも一升8千円て言ってたし。熊本県酒造研究所。(私の一種の田舎の)熊本なのはたまたまです。
 ブルジョワのために書くな、って、私もみんなで買ったから(盃一杯)呑めただけ。いろいろ方法はあるものです。でも買うなら決して普通の「吟醸」で手を打たないでください。
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ニュースより

2016-10-16 10:03:52 | 断片
 こんにちは。めっきりと秋らしくなってまいりました。何ヶ月かぶりの青空のもと、昨日は所用後、多摩森林科学園というところへ秋を探しに。田舎育ちのため、ときどき木の間を歩かないと死んでしまいます。
 上記、今見ても「森林科」学園に読めるのですが、林野庁の科学園。ネットを見ると悪口もありますが、木や鳥の勉強にいくならおすすめです。じっさい楽しんでまいりましたが、ただ面白みに欠ける。この微妙な違いは、やっぱ、目標がない公園散策、というところかと。かすかにでも「頂上」があるとか、この先抜けて有名な「寺」に行こう、とかというささいでも目標があると、人間、違いませんかね。
 たとえば、美ヶ原高原とか、ああゆう広々として空の高い草原は好きで楽しそうですが、さてあの原っぱをただ歩けといわれると、面白みに欠けませんかね。みたいな感覚です。
 でも緑はいい。赤はもっといいけど。
 
 さて、ニュースではボブ・ディランがノーベル賞だと。みなさまのような若人は知らないでしょうが、プロテストシンガーの大御所ですね。位置的には経済学のアダム・スミスくらい。もっと前にプロテストシンガーが居はするんですが、ここで画期がくる、という。
 プロテストソングというと、実はキングストントリオとかPPMとかの方が「聞いた人間」は多いはずですが、彼らはただの「歌手」。そうでなくて、基礎を築いた、ということです。
 なんで文学賞だ、そいつより中島みゆきやさだまさしの詩がすごい、とか思われるかもしれませんが、なんといっても「好き勝手に」「どんなメロディーででも」詩をがなっていいんだ、ということを極東の後進国にさえわからせたのは、彼、といえるので、吟遊詩人として唯一無二の選択ですね。もうそんな歌も歌手もほとんどないですが、なんつったかしらあの膝で拍子取る無メロディーの歌い方、あれの祖先ともいえます。日本にも添田唖蝉坊という人もいますが、これを受け継ぐ人はなく、一つの文化になりませんでしたから。
 もっとも私は歌手としてのボブ・ディランしか知らないといってもよく、持ってるレコードは、昔都立大ハンター(という中古屋)で買ったサードアルバムという名のファーストアルバムで、アメリカ民謡集。素直な高校生にとっては、あの調子はずれのしわがれ声は、夜道の酔っ払いの詩吟といくらも変わらない。ああ、詩吟爺いも今居ないね。
 だからして、歌手のノーベル賞じゃなくて、詩人の文学賞でよろしい。

 だいたい、村上春樹は年寄りにとっては、論外。川端康成や三島由紀夫とはとうてい比較にならない。何が違うって、登場人物が存在する環境の描き方。文学の濃密さ。
 まあ比較にならないから時代を描いてよろしいんでしょうが、そういう文学が世界賞をもらうには、年月に耐えられるのか、という据置期間がないとね。
 じゃあ他に誰が、って、要するにいないけど。今回は、いない中の、年寄りによる苦肉の策かも。
 
 あと引っかかるニュースは、人殺しに出る可哀想な自衛隊員とかそういう話は、その他リベラルと書くことは一緒なので置いといて、タイの国王死去、国民は悲嘆、ってやつね。被支配人民てやつは悲しいことに最高権力者が好きなんだよね。支配者の手先の小頭が暴力を振るってるのを助けてくれるのは唯一、小頭なんか死のうが生きようがかまわない最高権力者だけだからね。そもそも権力者は、自分に直接害をなさない限りは、被支配者の賞賛と優越の担い手だし。(=自分が社会道徳を実行して賞賛してくれるのは支配権力者であり、モラルを犯す人間をネットでけなす自分が偉いのは、支配権力者がモラルを保護してくれるからだ)
 まあ、こんなのも誰か悲しんで退役陸軍大将が殉死したとかいう話がついてくれば、私がその後を展開してもよいところだけど、さすがにタイ王国も既に中堅の資本主義国家。誰も死にゃしない。いったいそれでいいのかね、君たち。忠臣諸君。
 おかげでわたしなどもタイ人民の民主的将来を心配する必要はなさそうです。
 
 あと、最近思うに、非正規のマスコミの取り上げ方って変だよね。「可哀想な非正規」「どうやって助けましょう」みたいな。何エラぶってんだろうね。そりゃお前より給料少ないけどさ。そんな気しませんか? 昔はブルジョワジーの命を受けて「若者の新しい選択」なんて持ち上げてて、そのうち社会に適当に低賃金労働者のルートができたら「不平等な非正規」と、まあこの辺りが普通の感覚か、と思うのだけれど、それが今度はどうやったってしょうがない非正規キャンペーンですよ。
 ふつう、「てめえなんぞに助けてもらわなくたっていいや」、と思うんじゃん?
 まあ現実は、非正規の中間層は定着しきって動かしようもない、これじゃあもうニュースにはならん、後は最低レベルでもニュースにすれば非正規の中間層も喜んで読むだろう、ということなんだろうけど。
 マスコミなんかそういうもんだよね。50年後日本労働者大賞を受けるべきまともな報道者(機関)は出ないのかなあ。
 
 (ああ接続がクソ遅で修正できない)
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紅葉の話では

2016-10-08 13:22:35 | その他
 こんにちは。もう1週間経ったなんて信じられませんね。ぽかっと記憶抜け。じゃあ2週間前を覚えているのか、ってそんなわけでもないのですが。そういえば暑くて死んでたような。ああ、風邪引いてたし。
 死んでたんで本日もまともな題材がございませんが、赤旗はふつうに中庸な記事があって、とくにちゃちゃをいれることもないですが、ふと思ったのですが、某K派のサイトって、あれなんですかね。ぜんぜん素人の入るスキなくて、あれでいいのかね。C派のはそこそこああそんなこと思ってるの、みたいなところがあるのにね。まあひとんちのことだけれど、なんか違わね? 完全に同伴者(同好者)用で宣伝にもならないと思われますが。関係ないけどね。
 
 えーと、yahoo記事では、瀬戸内寂聴が、死刑制度を批判したうえで「殺したがるばかどもと戦ってください」って言ったら、犯罪被害者筋から批判が殺到、だって。「被害者の気持ちを踏みにじる言葉だ」と弁護士筋が。嘆かわしいね。なんでも世間様の同情を引いて力にしたいんだね。どして「くたばりぞこないのババアが喚くんじゃない」って言えないのかねえ。
 いいじゃん、他人が何を考えて何を言おうが。被害者が怒るのはそれはそれ。お互い様のことだ。被害者だから偉いなんてことはない。怒るのはいいが、さも「自分だけが正しい」かのごとくいわれちゃあ、そりゃ同情もできない。泣いても偉くない、って女性方の間で流行ったのはもう20年も前だよねえ。わたしなど、「時代だねえ、ずいぶん率直な物言いだなあ」、と思ったものですが。時代はまた繰り返して、田舎談義の時代に戻ったんだね。ひとりで昼食を食えないのは子どもたちばかりと思っていたけれど、大のオトナがそうでは何をかいわんや。「部落の寄り合いで決まったべや。だまっとれ」って。
 弁護士なんて自立したインテリと思われるのに、なんとも世間様がいうことが正しい時代だと。まったく困ったもんだ。
 あ、ちなみにわたしは死刑論者ですが、ご存知のようにバカなんて言い慣れているのでもちろん怒りはしません。しょうがねえばばあだ、と思うだけです。
 
 まあそんなことはどうでも、役に立つブログ。仕方がないので、紅葉おすすめ情報でもお出ししましょう、といっても東京西地方限定。東京地方だからまだ早いのね。でも、時間なんて、友だちでも誘おうなんか思ったらすぐね。題が変? なるべくお客様は少ないほうが好き。
 
 まずは、高夫さん、、、て知ってる? 松村高夫、イギリス史。あん、まったく関係なし。こんなに変換したかね、社会科学ではなく歴史学の人。
 もとい。
 まずは、高尾山。頃は勤労感謝の日近辺。ド混みだけど、ふつうにリフトとかで上るように。歩いて上ってはだめ。その代わり帰りは歩きで、裏のもみじ台とか城山でナメコ汁とかをどうぞ。
 ついで、御岳。そもそも青梅線沿線の山は暗いのであがってはいけない。沢井で日本酒沢の井を試飲して川沿いに歩きます。頃は12月1日、もう紅葉には遅い頃、御岳からすぐの玉堂美術館の銀杏と紅葉の単純な対比が人を驚かせます。そういえば最近、タレント系のだれだかが玉堂の孫とか曾孫とか書いてあったな。
 五日市線も紅葉は期待薄。奥多摩湖近辺になるのでしょうが、わたしは車がないのでパス。
 小田急線だと大山の阿夫利神社近辺。やはり勤労感謝の日近辺なれど、ここは最悪なことにバス路線なので混んで乗れない。
 おしまい。
 こんだけかよ、ってこんだけ。ないんだから。そうでしょお立会い。桜モミジは別として。ずいぶん探しましたが、みんな黄葉。あとは日本庭園に必ず数本あるモミジを紅葉の名所と呼ぶかどうかの選択。そういやあ「うかい竹亭」の紅葉は綺麗。もっとも6ヶ月前の予約でないと入れない。
 
 しょうがないので付録。ここは往復4千円くらいおごって、箱根まで。
 強羅から、ごめん間違い、湯本から(入口まで徒歩10分)湯坂道を通って。もうそろそろ浅間山かな、ってとこがすごい。一面真っ赤。
 あるいは、動くようになったロープウェイで大涌谷へ。そっから芦ノ湖目指して下っちゃいます。この道は赤い紅葉期待できます。 
 その他湯河原の上のほうね。でもこうゆう明るい風景に混ざってる植生にはあまり期待しないほうがよいです。
 
 さて、と。勉強的にはちょっとあてが逆に外れた加藤栄一、「現代資本主義と福祉国家」 。大内力とかこのたぐいのロシア革命がどうのという経済段階設定は、経済学とは関係ないな、と思ってたのですが、よく見てみると、おやおやそうでもない。そういやあ案外歴史段階的に重要、と2、3日で図書返却をする私らしくもなく、2週間も借りっぱしてしまいました。なかなかよかった。出来上がりをご期待、と肩スカし。
 
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細事3、4。

2016-10-01 20:36:12 | 断片
 こんにちは、今日はちょっと所用で。
 もう10月ですね。どうもこの辺の金木犀は花が早いような。すでにいい香りが立ち込めてます。いずれにしても秋の訪れを告げる花、名前負けの萩なんかよりずっと秋。香りは人の歴史を引きずり出しますからね。人間と一緒で見た目じゃないですね。

 当方ヒマになって3ヶ月、書き入れ時なのでアルバイトのオーダーも申し訳ないですが断ってしまいました。なにしろすでに社会科学史上未踏の地を走ってますので、ライバルは昨日の自分。ところが「この辺で」とまとめようにも残念ながら、毎日毎日、「今日の」自分はもっとできがよく。
 もうそろそろ満が持するので、そこで一気に。

 さて、今日は新聞にパート・アルバイト級社員も健保・年金へ入らす旨のニュース。それはよい、と思ったら保険料が合わせて最低1万2千円以上かかる、とか。
 なにいってんだよ、料率なんだから低賃金社員なら1万円越えるわけないだろ、ってネットで料率見たら、越える。
 わたしなどが昔経理に請求出してた時より、今はもう料率5割増し! 昔って、ほんのちょっと30年近く前だけど。知らんかった。 さっきブラタモリで「あれ?」と思って、広島県立大は10年前から県立広島大というんだって、知らねえ。10年なんて歴史じゃないって。
 ともかくこれではいくら天引きのサラリーマンでもきつい。
 こわいねえ、儲かってるねえ、医者。
 病院の医者はかわいそうだけどねえ。ほんと、医師は国会で自民党に健闘を拍手させたらよいと思うが。毎週職業決めて自民党に拍手させるのも良いね。公僕は公平にね。
 まああと30年の辛抱。われわれ世代が死んだら、もう年寄りいないし。30年なんて、これこの通り、すぐ。

 そこで、自民党パフォーマンス、誰か実践的な政治研究家がついてるね。ほんと、この数年ずっと見事なもんさ、右翼化の運動。
 もっと、(名前何つったか、ああ)アベがうまく踊ればすぐ天下はわが手なのに。笛吹けど踊らず、だね。ビビッちゃってさ。たぶん、研究家は経験知識はあれど下っ端なのであろう。
 講壇政治学者は、よく自民党を見て学んだらよい。

 当方、実は花粉症も風邪と化しまして体調悪し。
 家人はもっとひどいので、献立に気をつけると、「日本の料理は病気に良い」 ということが分かりました。豆腐におひたしに焼き魚、梅干におろしにシラスに、まあたんぱく質交代にさつま揚げ。テンプラ、カツレツなんてパス。脂肉なんか食いたくないし。
 西洋では何を食べるのかね。乳かチーズか。オートミールってのは読んだことあるけどね。
 
 というわけで本日はおしまい。寝ます。
 風邪、流行ってるようですよ、みなさまご注意のほど。

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