リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

テレビ変えました

2022-10-29 21:12:34 | 断片
 こんばんは。陽の光がベランダから入ってくるようになりました。東京地方ようやく秋晴れが続くような。遊ぶのは今のうちですね。かぼちゃ祭りなんてやってる場合じゃない。
 私は一足お先に国民の税金だか借金(国債)だかを使って奥入瀬までいってきました。黄葉の盛りが見れてよかったです。
 あそこの縞の白い蜜蜂はかわいい。って、どう見てもクロスズメバチなのですが、私の手に止まって遊んでるので隣の人に見せようと思ったら、飛んでってしまいました、手に黄色い水玉を残して。花の蜜だったらいいなと思ったのですが、おしっこのようでした。 
 それにしても新幹線は早い。いつも思うのですが東京から東北本線区間はどこにいっても景色が変わらず、神秘のみちのく盛岡なんて隣りの町も同然ですね、若い頃あんなに苦労していったのに、って覚えてないけど。
 そういえば気になってましたが、前、マイナンバーカードの保険証化をけなしたところ、だからやめようなんて思わないでね。せっかくくれるお金は貰っておこう。大きいよ、7500円だもの。登録したって使わなきゃ一緒。わたしは成り行きでありがたく貰いました。口座登録は業腹でしてませんが。これも毎年還付請求してるから登録したって実質変わりないんだけど。

 そんなことをしてる間、当家の東芝19インチ・テレビがとうとう壊れてしまいました。色縞ばかりで映らない。もう14年もったからしょうがないのですが。
 すごいね、といいたいところ、画面が寸足らずで端っこちょん切れてんだよね、注意報とか字幕とか見えないの。それでももつほうが偉いか。
 当家はテレビなんてほとんど見ないのでそう困らないのですが、世間様と断絶しているようで、生活の欠落を感じます。今日、ブラタモリみれないし、、、、

 、、、というわけで、もう夕方、近くのヤマダ電機でソニー32インチ・テレビを買って、エッチラオッチラという擬態語も古そうですが、買ってまいりました。ソニー、14年前も、色の綺麗な姿をして売ってたんですが、ちょっと大きくて(22インチだったかな、ちょっと高くて)主義に合わなくて。ようやく買えました。
 めんどくせえよ。と思う設定も終わって、といって、何が変わるまでもなく。
 「あの画面の下の吹き出し何??」って家人にいったら「前からあるわよ」と馬鹿にされました。せっかく見えたのにね。
 で、ぶらタモリ、野口さんとかいう共演者が案内人の45,6歳のおじさんに気を使っているのが見て取れました。これはたしかに前なら見て取れない。収穫です、ってどうでもいいけど。
 
 これだけで、やめるにはあまりに個人的なので、追加。
 なんでも政府が国民年金保険料を65歳までふんだくるとのこと。あいつらは年金保険料負担の辛さなんて知りはしないから驚くのはほかの方々にお任せします。
 私の役目は、「ほらみたことか、年金制度がつぶれるなんてことはありはしない」とお教えすること。
 「何言ってんだ、つぶれるから政府はこんな非道をするんじゃないか」って?
 だからさ、代わりにどんなことをしたって、潰すことだけはできないの。命なんていらない年寄りが反乱を起こすからね。
 で、この代替条件が、今まで払った保険料の分を考慮に入れなければならない、ってとこが庶民が考えるポイント。
 このつらい国民年金保険料、無駄になったら発狂しちゃうよ。しかして、払ってる事実が無駄になることはない、と。私はしがない年金生活者ですので知りませんが、これを政府が破ることがあれば、その政府主体は本気で大革命政府ですね。
 
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よもやま話

2022-10-22 16:06:50 | 断片
 こんにちは。東京地方、2,3日晴れで、やはり青空はいいものですね、今日は曇りだけど。晴れると言って曇るのはやめて欲しいものです。予定も何もたちゃしない。
 天気予報でいってましたが、キンモクセイは暖かいと2度咲きするんだって。今週もよく匂ってました。

 今週の発見。秋田では味噌汁のだしに鰹節を使わないんだって。煮干しだしだって。
 「うちもそう」? 東北地方でしょう。ポイントはそこではなくて、初めて知った、という点。家人とはもう40年も一緒で、鰹節の話題も「僕は小さいころ時々削ったけど大変だった」とか多々ありましたが、味噌汁に入れない(ご飯にかける)なんて初めて聞いた、お互い様のようですが。
 埼玉(母)も熊本(父)もかつおだしだよ。煮干しだしなんて小学校の家庭科で習ったくらい。以前、試しては見ましたがピンとこない。かつおぶしは味噌汁じゃ底に残るだろうと言われましたが、じっさい出し殻の鰹節は好きではありませんでしたが。
 しかしご飯に鰹節なんて、削ってちゃできないよ。うちは7人家族だったし。パックカツオが売り出されてから。
 
 次の発見、「シュウマイのシイタケは絞ってから入れろ」。そんなバカする奴はいない? 絞んないほうがだし汁が効いていいかと思って。全然ダメ、口の中に水がジュウ。もともとシイタケシュウマイは好きでないので知らなかった。
 で、蒸し器のことを「ふかしがま」と呼んだら、いかにも埼玉だと笑われた。これは子供たちは知らないね、埼玉はかまどだったから、「釜」なわけね。かまどに差し込む釜。ついでに蒸し器も「ふかしき」ではないらしい。じゃあ「ふかしイモ」は「ムシイモ」か。なんでも伝統というものです。
 
 けちづけ2件。
 昔からのことですが、テレビで外国ニュースの時の登場人物の吹き替え。
 「こんなことがハァあってヘェ、これからハァどうしたらいいんだハァ」
 吉幾三ではありません。息モレ。いちいち息を漏らす。やめて欲しい。そんな日本語ないだろ。吉幾三だっていわないぞ、いったいどこの劇団の言葉じゃ。聞いたことない? NHKニュースだけかね。もう10年以上聞いてる。ふつうに日本語をしゃべってほしい。
 
 その2。
「「ルール作ればいい」維新・猪瀬氏 マスクなし質問で注意」(産経新聞)於参議院議場・猪瀬直樹、
 1行でやめておきます、こいつよく顔も隠さずにおめおめと世間に出られるな。

 次は「同情」。
「「だらしない」に野党猛反発=参院委員長、発言を撤回」
「山際大志郎経済再生担当相を「瀬戸際大臣」と呼び、会食でのやりとりとして「(ほぼ定刻の)午後5時1分に予算委が終わるなんて野党に緊張感がない。瀬戸際大臣の首を取れるのか」と記者団に語った。」(時事通信社)
 ポイントは、「野党猛反発」。
 そりゃ恥ずかしかったろう。
 どまんなか、直球ストライクじゃ。
  
 土曜日の朝日新聞には読書案内で10人以上の評論家が本を推薦するのですが、ここんとこみんなスルー。
 前は少年少女用本とかマンガ本の評論があって、注目本ゼロということはなかったのですが、気づいたらその書評も消えていて。
 ロクな本が出ないのか、交替した書評家たちが悪いのか。これでは「本屋が消えていく」と嘆かれても同情はできない。
 「いや、最近の若人はこういうのが好きなのだ」と殊勝に思い返して書評を見直しましたが、ウソでえ。こんなの好きなはずがない。
 図書館はこんなものを買って、書架に並べてくださるのかねえ、、
 
 で、これはちょっと前のですが、今週貸借のうれしい本。
 雨宮処凛・佐高信「貧困と愛国」、という二人の対談。
 ほっと一息。威勢ばっかりの左翼本より、こういうふつうの人の本のほうがよっぽど力になる。佐高氏は好きではないけれど、いい人と一緒だと、いいところが引き出されるものだ。
 こんなブログにいらっしゃる若人におかれましては左翼的に生きるのがいいと思ってらっしゃるでしょうが、世の中そんなものではありません。
 世の中というのは、自分の仕事をしっかりする人によってよくなっていくものなのです(「しっかり」の正しい使い方)。
 「自分の仕事」とは、自分の好きなことを言います。そんなものがなければ、昨日したことがそれです。
 くれぐれも無理をしないように。無理をする人は無理ができる人なのです。雨宮氏のように。
 
 で、これが二人とも堂に入った対談で、物事は慣れていれば1といえば自動的に10が出る。おかげさまで私も10行読めばその本1冊の内容がわかるわけですが、これって若い研究者には致命的な肉体反応なのではないか、と心配になりました。若い社会学の非常勤講師は先達の研究を大して理解もせず学生に話し続けるわけで、そんなことを5年も続ければ、ツーといえばカー、先達の論理が直反応で出てきてしまうのではないか? 「行為」といえばウェーバーの定義が、「贈与」といえばモース以降の定義が、まずは頭を支配してしまう。そんなんじゃ人の後付けしかできないわな。
 なんという矛盾だろう!
 一生を棒に振るために一生の仕事に就く!
 いやまあ、やっかみと思ってくださって結構。
 しかし、ほんとに心配してるんだよね。わたしなどのご同輩等は、老化のほうが心配だけどね。いや、お互い様。老化の隙を狙って考えるのもなかなか大変。
 
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賞味期限+γ

2022-10-15 16:01:38 | その他
 こんにちは、いよいよ秋も盛り、夜は虫の音の大合唱。シャーーッと何の虫かもわからなくなった合唱が、うちのサッシ窓を閉めるとパタッと止まるのもすごい、マンションの上階だから十数メートル離れてると思うのですが。
 東京地方は、毎日天気予報に裏切られて雨空。今日は曇りというがどうせ雨だろうと思ったら、また裏切られて青空です。信じなきゃいいんだけど、ほかに根拠もないんで。

 さて、本日の題は一般向けなので、先に書いてしまいます。
 お正月の(正月なので自由につまんでよい)おつまみ、ソフトさきイカ、ふと冷蔵庫扉の一番上の見えないとこで食べかけのまま眠っていたのを発見。賞味期限3月までだって。さてこれをどうしよう。
 さきイカは賞味期限3か月なんだってさ、で、1か月くらいはだいじょぶだと。
 それは知っております、いつも6月くらいまでは食べてるから。しかし、もう10月。カビが生えていなければいいという説もあるのでちょっと食べてみましたが、味に変わりはないもよう。しかし、まだいっぱい残っている。よし、煮て消毒して松前漬けにしちゃおう。
 そこでさきイカをさらに細くちぎって、煮ること3分。だし昆布は濡れてるとヌメってつらいところ、これも細く切って、醤油とみりんにつけること2日。
 まあ食えるけど。
 イカの調味料のアミノ酸が強すぎておいしくない。
 そこで結論。7カ月越えの開封済みさきイカは冷蔵庫に保存してあれば食えるが、その際は水を変えて2度煮して松前漬けにして食べることをお勧めします。
 
 以上、ふつうの方は、またいつか別の日にお会いしましょう。
 
 ********
 
 といって、今日も感想くらいの話題しかないですが。
 
 なんでもマイナンバーカードを保険証にして保険証をやめるって。
 馬鹿言ってんじゃないよ。
 失くしたらどうすんだよ。マイナンバーカードなんて発行に2週間もかかる上に手続きに2時間もかかるじゃないか。保険証待ってる間に死んでしまうわ。(紙の保険証なら窓口で泣き付けば30秒で出してくれる)。
 だいたい、年寄の一人暮らしで発行手続きなんかできるのか? 出来るもんか。
 ほんとに世間のことなど何一つ知らない官僚どもが。
 
 まじめな「ただの感想」、決して意見ではなく。
 30年来の円安だって? 某経済評論家Nがしつこくけなしているけど(わたしゃ10秒くらいしか読まず無責任なので頭文字)、円安がなきゃ物価上昇は半分にしかならないって。ま、理屈だね。で、政府がいうには物価高だから、安くするのに税金をつぎ込む、って。
 そりゃおかしいよね。
 円安で儲かってるやつがいるんだから、その儲けから出させるべきだよ、って前も言ったけどね。、、、そうか、いったね。
 今日のポイントは、税金をつぎ込むのはおかしいという点。
 円高にすればいいじゃんか。利息が上がったって、わたしゃ困んないし。
 「俺は困る」? じゃ、貧乏人の生活費出してよ。どうせ貧乏人じゃあるまいし。
 インフレになる?
 もう庶民には十分インフレ以上だってば。そんなもんは金持ちのいいわけだ。同じ日本人、困るときは全員で困ろうじゃないか。
   って、だからね、ただの感想。
   しかし、こんな事態もクリアできずに、なんのために近代経済学ってあるんだろうね。山のような数式使って、端から解いて見せてよ。
   
 次、「東工大と東京医科歯科大、単一の新大学に…「医工連携」へ24年度中に統合」(読売新聞オンライン)
 東工大は教育大といっしょで専門大学だから親近感あるんだよね。ここは古典赤点の人でも入れてくれたの。教育大が数学5点でも入れてくれたのと一緒。専門大だからね(今は知らない)。そうか、君とこも名前消滅か。なんて名前にするのかしら。筑波医工大学??
 医科歯科は学生の時友だちの友だちがいってって、マージャンしたりしてました。精神科にしたと聞きましたが、カラフルなパンタロンをはいたまじめな軟派学生。懐かしいね。
 
 ここんとこ次回作の文の修正しかしてないんで、新しい「探求」をしたくなります。いつもはもう次々回作の原稿を書き出す時期なのですが、目が悪くてそんなに書けないし。
 次回作に滑り込ませることもできますが、それやると完成が遅れるし、、、
 実は、昔黒田寛一が宇野弘蔵の悪口だけ言ってなにも出来やしなかった仕事、私ならできるんだけどな(なんでもできるんだけどね)、誰か買ってくれるならやってもいいけどな。変質したK派は論外として北井とかいう分派の人たちはどうなのかな。
 
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「いいこと」について2件

2022-10-08 16:30:20 | 断片
 こんにちは。涼しくてもったいない御日和、東京地方、今回も3連休は天気が悪そうな。
 キンモクセイも落ちてしまって、近場の木陰では杉の匂いがこもってました。
 夜の風は寒いほどで、「この風の匂いは」とか時々書きますけど、思い出に残っているのは総括として、いやな実家を出た夜に嗅いだ匂い。小学校の逗子の臨海学校とか、箱根の林間学校とか、あるいは、相模原補給廠の徹夜の匂いとか、、、最近、自分の境遇に踏み込んだ表現が多々ありますね。もう寿命だからね、誰も聞きはしないことだし。

 さて、もう10月で青蜜柑の季節も終わり。今年は60点、まだいいほう。救いは飯田橋・八百武青果店はまだやってそうなことで。ここの青蜜柑はほんと美味しいんだから。お近くの方にはお薦め。

 では、ネット記事。
 今さっき見たら「無邪気な「ヘアドネーション」に潜む“罪”。なぜ「いいこと」で終わらせてはいけないのか?」(ハフポスト日本版)
 なんていうのがありました。社会では「かつらが必要だ」という差別を追認している、というわけですね。
 「寄付」というものは何でも一緒。
 本来あってはいけないことなのだが、じゃあ、今現在お前はほっておくのか?
 という資本主義環境下での問い。
 「すべての社会的行為は」、現状維持につながらざるを得ない。
 だから、行為して「いいこと」など存在しない。
 ただ、それを認識するのはふつうの人にはできない。
 そこでどうするか、そこから先が運動者とふつうの人とを分けているにすぎない。という。
   私とて左翼を物見遊山でやっているわけではありませんぜ。
   といって、「ふつうの人」で悪いわけでもありません。
   人間、この最後の1行が言えて、やっと一人前。
   わたしもヘアドネーションはしません。ふつうの人だし。
   「ってできないくせに」、
   「なんて笑いものにしちゃいけないんだよ」、、とかウジウジいわなくたっていいじゃん。禿げてたらなにか悪いんかね?
   最近の子どもたちは弱すぎないかね?
   
 こんな「いいこと」もあるよ。  
 「1人で続けた通学路の清掃 レジェンドは見ていた 元カープ黒田博樹さんから届いたサインボール」(中国新聞デジタル)
 広島市東区の牛田中3年安倍謙考(あきたか)さん。
 半年続けていたゴミ拾いを黒田氏が見ていたというはなし。
 昔だとこんなことだって、「清掃労働者の仕事を取るな」とかいってけなされたものです。あの頃は世界中がピリピリしててよかった、、、
 よかったじゃないけど。いいじゃんね、「いいこと」って誰かが見てるものだよ、アラフィフ黒田氏ともなれば世間のことなど一目でわかるんだよね。ここには中学生は来ませんが、世の中そういうものだよ。
 ところで、この話で
 「別れ際、男性が「誰か分かる?」とサングラスを少しずらし、安倍さんはのけ反った。」
 なんてあって、黒田氏って一目で分かったんだって。おりゃわかんねえよ。
 昔巨人軍の柴田にあったらわかったろうけど(一時柴田は自由が丘に住んでた)。
 さすがに広島市だね。しかし、「誰かわかる?」って自信。
 
 これが「中国新聞」。ここの周りって、ほかに山口新聞から山陽新聞とか日本海新聞とか神戸新聞とか丹波新聞とかいろいろあることをyahooの写真ニュースでだんだんに知りました。両丹日日新聞なんてのもあるよ。新聞て幕臣のストレス解消の産物とならったけど、やはり富裕県(地方)には勝たれないのかね。誰かが買ってくれないとね。
 島根にもある? ほんとだね。国立大学みたいに1県に1新聞はあるのかね、、でもyahooニュースに出ないとね。
 
 本日のどうでもよい本、鈴木泰子「男たちは変わったか?」
 男たちの対女意識が変わったというのなら読んでやろう、と思ったら、ただの全共闘男たちの現状生活紹介でした。その時点で20年しか経ってないのにこんなもんさ。
 そんなのどうでもいいや。ほんと、その手の男たちってそもそも私などとは根本が違うから、読んでてゲンナリしてくんだよね。そんな話はもう何度も味わったし。
 まず相手を見極めてから読まないと、人間に絶望するだけだ。人ってみんな違う上に、他方、類は友を呼ぶんだよね。一人避ければ一括して避けられる。くわばらくわばら。幽遊白書ではありません、災難除けのおまじない。
 そんなくだらないことでウジウジ言うな、と。それはそうですが、わたくしも前に進むには力がいる、それは、同じ生き方の人と日常を支えてくれるだろう人との2通りの方たちからしか得られません。同志の顔をしてるのに、いや違う、ともなれば、裏切り者の範疇に行ってしまいますから、「知る」相手は選ばないとお互いの不利益なのです。
 ほんとどうでもいいぐち。それだけダメージだったよ。著者等におかれては気が済んだかね。

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「権利」いじりと人間の生

2022-10-01 16:06:17 | その他
 こんにちは。いよいよ金木犀薫る秋、しかし去年と同じくまだ早いなあ、40年前より開花が1週間は早い。でも他の(近くの)土地へ行っても満開だからしょうがない。暑いから遅くなるというならわかるけど、どして早くなるかねえ。
 今日から赤い羽根運動だって。「赤い羽根はなんにでも支出する助け合いです」とアナウンスしてたんで、寄付はやめてしまった。なんでも、ってお前の小遣いか。そんなの税金でやれや。
 いえ、私は私の世代には珍しく、寄付をしない思想はもってないんですが、わざわざそういうならやめ。あしながおじさん(交通遺児)募金は(近くの)溝の口でもやってたんだけど、やめちゃったみたい。募金人が集まらないのかねえ。赤い羽根、人を少し分けろや。

 さて、早々に役に立つブログ。ネット情報。
「夜明けの空に連なる「銀河鉄道!?」天文学芸員が撮影した動画が話題「絶対、メーテルと鉄郎乗ってる」実は…」(まいどなニュース)(画像提供:藤井大地さん)
「夜明け前の暗い空の上、星々の間を静かに飛んでいく「スターリンク衛星」の動画がTwitterに投稿され注目を集めました。その姿ははるか彼方の終着駅を目指し、宇宙を旅する銀河鉄道のようです。」
 ほんと銀河鉄道、いいものを見ました。以前電柱の「猫バス」をご紹介転記しましたが、それに匹敵する傑作。
 ご一見ください。

 ここんとこ私の検索に出てくるペット動画が皆無に近くなってさみしいです。あんなに席巻してたのに、どうして勝手に人の趣味を見違えるかねえ。たとえば今日のyahooトップの検索候補は、中国の雑記事以下、世界の雑記事。まあ大谷関係は出るからいいけど。
 
 以下、本日も雑記事です。
 この辺(北部川崎)は「多摩の横山(山並み)」(万葉集)で、初秋ともなると赤トンボが舞い飛んで風流なものです。私の生まれ故郷の東京自由が丘は基本は平地なので、シオカラトンボくらいしか飛ばず、文部省唱歌と合わないので残念に思ってました、と、これはマクラ。
 昨日姉から、「再開発で自由が丘駅前の1区画をつぶして14階建てのビルができる」と聞いてびっくり。その区画ばかりじゃなく、あと2区画つぶされるとのこと。天下の自由が丘がいつまでも、高層ビルもモールもない焼け跡小街じゃ納得できないんだそうな。誰が、か、知りたいものですが。
 わたしゃド田舎の「のくち(溝の口)」や「こすぎ(武蔵小杉)」にまで身を落としてどうするんだ、と思うのですが(失礼)。
 考えてみればもともと自由が丘は東急という不動産屋の町だし、それも持って生まれた定め。
 不動産屋はこんなカネ余りの時期にはほかに金の使い道もないし。区役所はそもそも頭とも理念とも無縁だから不動産屋の言うがまま。それでいいこともあって、おかげでシャッター街も「見えなくなる」し。見えなくなるということは、自分とこに文句が来ないという多大なメリットがある。ビルにいくつ空室ができようと、役所まで文句をいう家主はいない。
 姉と「自由が丘は死んだ」とうなづいてました。
 かくて「しもきた(下北沢)」も消え、「おかじゅう」も消える、と。
 私はもう関係がないんでどうなろうと知ったこっちゃないが、でも一抹の淋しさは。どうせもう二度と行きゃしないけど。
 こうやって、「ふるさと」は消えていくんだね。
 
 話は変わって、次回作関連。
 次回作の究極テーマは、ちらっと言いましたが、「共生」。
 川本隆史(という倫理学者)に「哲学塾 共生から」という本があって、ま、そのまんまの題で、みておこうかと。
 さて、この本、人間の「権利」の再定義をしようと、著書の2割もかけて述べられているのですが、そのマクラに引いているのが、最首悟氏。生物学者で元東大全共闘幹部。
 この人はその昔、全共闘の中では、その頃の中学生の私にとって、山本議長のきりきりした論理よりも、この人のいいひとっぽい言のほうが好きだったのですが、いつか、あれは嘘つきだとばらされてから嫌いになってしまった。
 が、まあいいんだけれど、問題は川本氏によるその引用の仕方。
 最首氏は、その後ダウン症のお子さんが生まれて気づかれたようで、
「私たちにもともとあるのは、天から降ってきたような権利とかじゃなくて、すくなくとも生まれてきたからには生を全うするという、ほとんどそれだけのことです」と引いてあります(せっかく気づかれたのに、続く言葉がお説教になってしまっているので、以下略)
 最首氏のおっしゃる通り。その事情のどこに「権利」などという契機があるだろうか。いや、ありません。
 人はだれでもが「生を全うする」というその事情のもとに生きる。だからそこに共生が生まれるのです。権利などという権力者、支配者から与えられる許可証など一切必要がない。人間がだれもが同じに生きる限りは。つまり、同じに生きられる環境がある限りは。
その時点で、倫理学者などお払い箱だ。
  もちろん、そんな環境は今はありませんが。だから、「権利」などという矮小な武器も、手段として役に立たないわけではありませんが、だからといって原理をしゃべらなきゃいけない倫理学者のくせに、お説教はやめてもらいたいものだ。
  倫理学というのは結局説教学だから、権力から離れることはできないんだけどね。

 さて、くしゃみ、鼻水が止まらないので、今、鼻炎錠剤を子供分飲んだらなんだか眠たい。それではまた。お元気で。
 
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