リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

トップページ変更

2017-11-28 08:19:25 | コーヒーブレイク
マイフェイボリットシング

 早々にトップページ変更。
 だからいやだといったんだ。わたしは悪口は嫌いだ。


 取替え。ブラザース・フォー
 
 長いのもしつこいので、2番の歌詞


       "Seven Daffodils" 

  I do not have a fortune to buy you pretty things
  But I can weave you moonbeams for necklaces and rings
  And I can show you morning on a thousand hills
  And kiss you and give you seven daffodils


       「七つの水仙」

  僕には綺麗なものを買ってあげるお金もない
  でも月の光で編んだ指輪や首飾りを編んであげられる。
  そして丘々が輝く朝を見せてあげる。
  それからキスして、黄色い水仙を七本、君にあげるんだ。



      こんな歌詞を子供たちが素直に聞き入った時代を
      最近の若い子はうらやましいに違いない。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

見たこともない男に

2017-11-27 21:01:15 | コーヒーブレイク
マイフェイボリットシング


 カラオケスナックも、いきつけると、ママには「このおじん、こんなやつか」と認識されもする。
 そういう人格的評価は、仕事上では仮に為されても表面には出ないので、うれしいことでもある。
 1年に2回しか行かないがそんなスナックで、さだまさしの「防人の歌」を歌って、といわれた。
 いやだ。
 心に深入りしすぎて歌えるものか。そんなもの今まで1度だって歌ったことはない。

    私は時折
    苦しみについて考えます
    誰もが等しく 抱いた悲しみについて
    生きる苦しみと 老いてゆく悲しみと
    病いの苦しみと 死にゆく悲しみと
    現在(いま)の自分と
 
 25歳の時、私は信じていた。今は変わった者も呼びかければ振り向いてくれる、と。
 これは40歳まで変わらぬ認識だった、が、ふつうの人間の生は、40で終わるということを生きていくうちに思い知った。
 
 30歳を過ぎて私は、生活費を稼ぐためにその後の3年間を泥沼の中で這い回らなければならなかった。
 30歳を過ぎて佐田は、借金を返すためにその後の30年間の泥沼を肯定するしかなくなった。
 私は痩せたままであり、佐田は太った
 
    おしえてください
    この世に生きとし生けるものの
    すべての生命(いのち)に 限りがあるのならば
    海は死にますか 山は死にますか
    春は死にますか 秋は死にますか
    愛は死にますか 心は死にますか
    私の大切な 故郷(ふるさと)もみんな
    逝ってしまいますか
 
 若人である私は信じていた。同様に、佐田まさしも信じていただろう。
 「われわれが変わるわけがない。」
 そして私は変わらなかった。
 とりあえず佐田と一緒で高い音は出なくなったが。
 
 しかしまだわれわれは死んではいない。
 なので言わせてもらおう。ほんの半歩もないドブのような溝しかなかったはずの男に 
 変わったのはお前だ、と、死んだのはお前だ、と、ふるさとの海や山は言ってはいないのだろうか。春を、秋を、ほんとうに今でもお前は見つめているのだろうか。愛を心を、、、ここまでは言うまい。
 
 youtubeの画面の痩せた「佐田まさし」を見てそう思うのだ。
 今日も「佐田」は、私の半身のように歌っているのだ。歌っていないはずがない。いないはずなどない。君はどうして歌っていないなどというのか。
 
 私の大切な ふるさとは決して、逝きはしない。
    人がそれを許さない限り。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

本日は将棋(中高年予備軍向き)

2017-08-30 20:09:30 | コーヒーブレイク
 こんばんは。ひさしぶりのコーヒーブレイク、きょうは寂しい中高年将棋。
 本日、羽生3冠が1タイトル失ってしまいました。ボロ負け。4敗1勝にて敗退。
 あーあ。

 本人、ある局面で全てに近い手を読むこととその中の価値を見極めることで7冠王になったのですが、あ、こりゃだめ。端から忘れている。あの恐ろしい中高年病の発症です。46歳メモリー不全。

 読むったってそれを覚えてなきゃしょうがないのですが、これが覚えられてない。途中で入り組んじまう。別に羽生のファンではありませんが、わけわかんない若いのにやられると悲しい。
 昔の大山名人という人は読みゃしないで69歳までベスト5に入っておりました。そのまま死んでしまいましたが。読まなくても将棋は勝てるのか、って、ゲームを自分の好きな形にもってく方向を知っていればいいのです。不利にならないようしながらその方向に進ませればいいわけです。それで好きな体勢なら広く読まなくていい、元は強いから部分的には最強、最善でなくともそのまま押し切ってこっちの勝ち。

 森下9段ていう人もいてこちらは3年前48歳でコンピュータ将棋と対決、圧倒的優勢のうちに、体力が尽きて引き分けにしました。そんなに強いの? って、メモリー使わなきゃ勝てる、って主張したから。具体的には検討用に傍で将棋盤を使っていい、というわけ。これなら覚えなくとも読む力さえ勝ればそちらの勝ち。いかにメモリーというものが大事か。というわけです。
 はあ、、、

 というわけでめずらしく中高年予備軍向きに役に立つブログ。というか、本日は面白くないので気晴らし。
 だいじょうぶ、年取っても頭は減りません。ただ、メモリーのなさをどうカバーするか。
 道具を使うことはしょうがありません。
 メモリーは外部へ置く。
 メモとペンはそこらじゅうに置いておく。
 論文は打ち出して見直す。
 まあ、紙代とインク代は中高年以上の税金です。
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

詩写真

2017-02-18 17:05:21 | コーヒーブレイク
 こんにちは。東京地方、昨日はほんとに春の陽気でした、花粉が飛ばないだけ春よりずいぶんいいし。残念なのは若葉が出てないことですが。対して今日は寒々しい。今お客さんが帰ったしね。
 
 さて、新聞世間は相変わらずトランプ。金の息子の暗殺というのもあるけれど、こちらはなんといってもキチガイの仕業でコメントのしようもない。
 トランプも世間におまかせなんだけれど、今日テレビで見てたら、いかにも言うことがファシズムで。これはあまり世間の人は感じないかな、と。
 ざっとネットを見ましたが、某K派が、40年来、気に入らない者向けに使っている悪口でファシスト呼ばわりしているだけのもよう。
 そうじゃなくて、当人たちはファシストではないけれど、状況に応えた政策提示がファシズムに近い、ということで。アメリカ白人を守るため、海外資本とイスラムをシャットアウトの大規制を! それしかない! ちゅうわけ。
 これを「民族主義」と呼ぶ人が多いですが、民族主義なんちゅうものは社会科学の概念ではない。ま、「準」ファシズムです。
 ファシズム、すなわち、資本主義過剰生産の行き詰まりによる労働者反乱を抑圧し、過剰生産を国家主導で打開すべく支配権力者がしかけた経済(-社会)規制体制のことです。
 (ところでアホのMS・IMEが変換する「期性」(きせい)たあ、いったいなんのことだね)
 ファシズムは世界戦争による経済体制の変革(不要な資本のリセットと人民の平等の進展による大衆資本主義の拡大)で解消されたけれど、今度は泥沼しかなさそうだ。今のところ相手がイスラムなのが、まだ「ファシスト」にまでなる必要のない状況、というわけ。
 こういうのも、展開しないとわからないので、ま、感想ね。
 
 さて、本日は、今年も決まりました中原中也賞。
 なんですが、今回はどの候補者も感情の薄さが目立ってお薦めできず。薄いなあ、、、可哀想というべきかもしれないほど。人生は1回ですぜ。何が面白くて生きているのか。詩人なんてどうせ、なんでも楽しめる庶民じゃないんだから。
 それにしても毎年非中也的な詩ばかりが受賞、さすがに客観的にも選者が何も考えていないと断定できそうに思われます。北川透とか佐々木幹郎とかいるのに何を考えているのだろうか。おそらくは年寄りの諦観なのだろうと思うのですが。「いまどき要求するほうがムリ」みたいな。
 
 で、わたし的にはこちらのほうがおなじみなった谷内修三さん。いつも詩人を検索するとこの人がブログで評を書いていて、その評が奇をてらわずまことにしっかりした評。
 いいね、こんな存在。今回も候補者の批評はほとんど網羅。
 ご本人、詩人ということですが、なにも無理して詩を書くことはない。なにしろとてもお人柄のよさそうな顔をしている。(検索でご当人の詩はすぐ見つからない、が無理して探さない)

 さて、遅ればせながら、久しぶりマイフェイボリットシング。
 そのブログに2年前から嵯峨信之のコーナーがあるようで、もしかすると、と検索すると、これが、あったね、朝焼けの大淀川。43番目にある。あるけど、わたしが覚えているフレーズだけで終わってしまってる。ざんねん。短詩だから。あと数行なんですが。谷内という人は客観的なので正しく、たいしたことない、と認識したようで。
 ま、詩集を借りたりすればいいんだけどね、そういう問題じゃないんだよね。
 詩集の字を読んだからって何かが甦るわけではない。そこまで自立的に立派な詩ではない。
 しかし、他者が語ればそこに新しい世界が広がる、場合がある。「嵯峨さんここにいたんだ、ところでここはどこ?」 みたいなもんさ。なにしろ他開的なわたし。
 けなしといて何をお前はいってるんだ? というと、あれは写真とコラボなんだよね。日本交通公社の雑誌「旅」、1973年近辺所収。10年位前、俳句写真とかあったじゃん。あんなもん。写真家不明。
 芸術的には少しインチキだけれど、受け手には芸術とか関係ないもんね。
 
 といえば、中原中也詩集に大竹新助の写真コラボがあるんですよ、これがまたなかなかよろしい。今ざっと検索しても出ないのはなぜかな。
 
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

埋め草

2016-03-12 11:13:14 | コーヒーブレイク
 こんにちは、また冬に逆戻り。来週火曜から春だそうです。ともかく鼻炎で寝られない日が少なくなるのはよいことです。
 
 さて、次回本、寝られない夜間と朝の通勤電車で積み上げた立言もそこそこ数十枚追加され、内容の7、8割は出来上がったところ、あとは構成と整形ですが、これは寝ながらではできませんので棚上げ。4月からの自由な時間を待ちます、が、そういうわけで漫画の代わりの本の感想以外はこのページには手が回らず。
 本日は埋め草で、例によって中原中也賞、2016、、、
 、、、う~~ん、例によってお達者で。候補者もお達者なだけ。賞の趣旨がまったく不明。お達者でいいならH氏賞があるのに。
 
 というわけで、そうではなく、今見つけた現代詩人賞、尾花仙朔。知らない賞に知らない人ですが。88歳だって。すごいね。
 あまりの年齢でファン層のメディアが違うのか、ネットにはほとんど詩情報がない。谷内さんという人の、これは文章内だから著作権とは関係がないブログから継ぎ接(は)ぐと。以下。

     「化外の書」

     (第2連以下)
 
 ママン いとしいかあさん
 赤紙一枚 国家の召集令状で
 戦場にいったあなたの父 ぼくの祖父が
 白木の箱のただ石塊(いしくれ)に変わって帰ってきた
 そのとき あなたの母ぼくの祖母は語ったのだね

 白木の箱を石塊でたたきつけながら
 ママン 祖母はあなたに生涯くりかえした
 《これが せめて遺髪であったらよかったのに》
 祖母は泣きじゃくり 泣きじゃくりながらあなたに頼んだ 
 《年老いて もしもわたしが惚(ほう)けた人になったら
 父さんの 白木の箱を包んでいるこの白い布で
 わたしの首を絞めておくれ 後生だから……》

 ママン 祖母は恍惚の人になった だがあなたは
 祖母の頼みを聞き入れなかった
 あなたを誰かも見分けがつかなくなった祖母を
 あなたは看取(みと)り
 祖母は何年も幻の世をさすらい
 ある日 滑るように月の裏側に隠れていった 平穏に
 ああ ママン それなのにそれからあなたはぼくに
 祖母があなたに頼んだ言葉をくりかえした
 《わたしが もしも病んで身動きできなくなったら……》と


   尾花という人はもともと「荒地」派なのに、受賞者候補者の若い衆と比べたらまだしも本質的に中也と思える。
   「荒地」というのは、中也と同じく、歌唄いなのだね、結局。
   生を懸けた歌唄い。
     彼らに比べて、なんとも幸せな若い衆だね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

あたらしい詩人の人

2015-07-25 10:59:18 | コーヒーブレイク
 こんにちは。暑い中、もう本日は隅田川の花火。花火が終われば、もう旧盆です。お盆休みが終わればもう秋風です。もう夏も終わり。さみしいですね。しつこいか。ほんと、夏嫌い。この1週間など、何していたかわかりません。いえ、毎日、今日は仕事が確かに進んだ、と確認しつつ寝るわけですが。やる気のないままこなしてると達成感もない。
 
 などとぐだっているところへ、昨日は新聞に知らない詩人が。これを本日は、マイフェイボリットシングでご紹介。題にしちゃうと検索にでちゃうので、題はぼかし。
 
 
     『中国の大半を通り抜けてあなたを寝に行く』

   (前略)
 
   私は弾丸雨飛の中をくぐってあなたを寝に行く
   私は無数の暗夜を一つの黎明に押し込んであなたを寝に行く
   無数の私が疾走し一人の私になってあなたを寝に行く

   むろん私も何匹かの蝶々に惑わされ岐路に迷いこんだことがある
   いくつかの讃美を春だと勘違いし
   横店と似た村を故郷と思ったことがある

   しかしそれらは
   すべて私があなたを寝に行く理由である

               (余秀華)


 「中国の大半を移動しないと、愛する伴侶と夜を共にすることすら出来ない民工(出稼ぎ労働者)の苦悩を歌ったものだ。」そうです。「前略」なのは、訳がないため。
 これはよい。
 インチキなコトバ遊びとの格差はどうだ!
      やはり全世界的に、現代の詩は女性優位か?

 言葉が日本語的でないのは、原文が自動詞を他動詞にしてるそうです。
 訳が張競さんていう人、詩人でないのがちょっと残念。忠実な訳をうまく日本語にしてるとは思うのですが。
 
 せめて最後は、(原文は文字化けるかも)
   「而它们
   都是我去睡你必不可少的理由」

   「そしてそれらが
    すべて私があなたを寝に行く理由なのだ」
 くらいで。
 「である」の翻訳調はいいけれど、それ、邪道ですよね。

 ついでにもひとつ。


     『ある脱穀場の麦』

   長らく見続けた夢は雲から墜落し
   生きている黄金色の中に落ちた

   父はもう一度麦たちをひっくり返した
   内面の湿気は日差しに晒さなければならない
   こうして麦たちはようやくカビの生えない冬に手が届くようになった
   ひっくり返してから、父は一粒の麦を拾い
   神経を集中して噛み砕いた             
   すると地上一面に月光が流れ出した         

   もしこの脱穀場の麦たちのなかで泳ぐならば
   必ずや身体の枝葉末節と
   抒情のなかのあらゆる形容詞を洗い流すであろう
   心配なのは私のさほど硬くない骨は
   このような黄金色に耐えられないことだ


 なかなかすごいしょ。
 張さんかな。ただ、8行目いやじゃない?
    「用心一咬
     便流出了一地月光」
 というの。
 どうでしょう、
    「ゆっくりと一噛みする
     流れ出る 地一面の月光」
 くらいで。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

1年後また、ありがとうございました

2015-03-31 20:12:09 | コーヒーブレイク
 本日は、1年前から1年経って、また退職日です、といってもアルバイト。
 普段のお客様に説明すると、まあ、嘱託退職日かな。

 職場の皆様には、去年と場所は違うのですが、本年も心温かく送り出していただき、ありがとうございました。
 おかげさまで、2番煎じのようですが、あたかも夢のようにうかれて過ぎた昨年の就業依頼受信前の1週間のように、もう一度、退職後の人生をゆっくり検討できる気がします。

 基本、こちらへは見えられないはずの方々ではありますが、いつの日かのために、こちらで御礼申し上げます。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ほら、勝った。異能の攻め

2014-09-11 21:39:14 | コーヒーブレイク
 こんばんは。
 さっそくですが、もう4、5回前のエントリー、将棋の木村。異能で攻めればいいのに、といった私の言葉通り、本日の王位戦、羽生先生を異能に攻めて、ようやく星を返しました。あと2回勝たないといけないけど。
 どのくらい異能かというと、周りのプロの将棋指しも、コンピューターソフトも「そんなことしちゃだめだ」 という攻め手。将棋ファンはおわかりですよね。
 そらみたことか。わたしの理論は常に正しい。
 あとから、重箱の隅をコンピューターに突っつかせて何か言ってるやつもいるようですが、てやんでえ、見ていたファンはみんなご存知ですね。

 
 それにしてもあほなコンピューターソフト。将棋の手の善悪を点数なんかにして出して。もっともらしく。
 この前申し上げましたように、コンピュータがほんとに強ければ、その手の評価はゼロか百しかない、って。自分は勝つから100だで。それ以外は相手がどんな手をやろうがゼロ。
 それをまあしったふうに点数にして、それも間違ってるようじゃお笑いだ。

 
 などなど。

 
 こんなことは本来のお客様には関係ないですよね、単に自分が正しかったことの宣伝。
 
 本来のお客様には朝日新聞の失態につけ込む支配者の手先共の姿をけなすのがよいのでしょうが、あいにくわたしには朝日新聞でさえ資本主義者の傀儡新聞、評価の対象にもならない。(どっちかというと毎日のほうがすき)
 というわけで近況報告だけ。

 
 現在、一歩一歩、新規書籍を、ホームページダウンロード化すべく作業を進行させちゅう。
 もっともわたしもあたまにきたので、装いを変更させる所存です。
 もう関係ないやつは相手しないの。
 前からそうだったけど、その関係なさの範囲をぐんと広げました。

 
    わたしの行動はすべて気持ちだけの束。

 
    ところで、まったく話題が変わるようですが、みなさんちゃんと賃労働してますか? いつか報われますから、ここは我慢してかせでくださいませ。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

自己認識の間違い

2014-08-28 20:57:43 | コーヒーブレイク
 こんばんは。本日はマイフェイボリット、マン。この題も例によって普通の方回避のお題。ほんとうは、「木村8段がんばれ」
 
 将棋で木村一基8段という人がいまして、人柄が良いので好きな人。私の人間の判断基準て、ともかく人柄だけなもので。
 で、この人が羽生センセーの王位というタイトルに挑戦中。本日も対局で負け。あと1回負けるともうダメというところ。
 本日はパソコン作業をしながらネット放映をちょくちょく見ていましたら、ずるずるっと負けて、あらあらまあまあ。

 
 で、専門的な話で。

 
 この人は受けの木村と自他共に認める将棋棋士で、タイトル戦に挑戦するんですからもちろんトータルで強いんですが、この「受け」というのが認識の間違い。
 将棋ゲームというのは当たり前ながら、敵方の王様を詰めるものです。(なんちゅうと、「王様じゃない、玉、宝石だ」とかいうしったかぶりが人間には1割ぐらいいますが、大嫌い。今の日本語で「うざい」といいますね。人間にはまっすぐに対応しなさい。高校の倫社でそう習ったでしょ)

 
 で、王様を詰めるゲームに、受けてなんぼということはありえない。
 「そんなこといったって、現実に勝つよ」って、だからそこが間違い。勝つのは現実ですけどね。
 受けて勝つのは、
 その1、駒得して(敵の陣形はそれだけ薄く)、反撃するタイミングを得たときに寄せきる。(大山その1)
 その2、受けてるようでも、長射程の駒で潜在的に寄せている。(大山その2)
 の場合があるにすぎない。
 わたしはもっていないけど、2チャンネル系で見られるPCソフトの形勢判断をみればわかるように、受けてできることは、相手も緻密であれば、平衡を保つことだけ。
 
 で、木村という人の特技は、しったかぶりをさせてもらうと
 1 緻密な計算で
 2 受けることをいとわないことはそうだが、それは負けないというだけ。
 3 しかし、その本当の特技は、なぜA級8段を張っていることもあるかというと、敵の駒を攻めるという、攻めの得意系を持っていること。その攻めの系統は、相手としては理解不能なため、いつのまにか負けてしまう。
 の3つ。
 

 さて、木村さんももう40歳。緻密な計算など、羽生センセー相手では、一瞬のボケでもろくも崩れ去ります。
 といって、受けで勝つなどとは前記のようにありえない。

 
 というわけで、最後かもしれない次回の対戦では、ぜひ、PCソフトごときでは判断できない異能の攻めを試みてほしいものだと思います。
 あなたの特技は決して受けることではない。何度も言えば、受けただけで勝つなど、大山でもできるはずがない。
 逆に、攻めてしまえばこっちのもの。相手はあなたほど辛抱強くはない。今日も惜しかったなあ、羽生センセーは均衡しただけなのになんで引いちまうかなあ、、、ソフトの点数なんて、一時的にマイナスになったっていいんだよ、そっからさきが個性なんだから、、、
 ということを誰か木村さんに告げていただくとうれしい。


 
 
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

PC昔話

2014-06-07 11:06:32 | コーヒーブレイク
 こんにちは。東京は梅雨です。雨、雨、雨。なにしろ家にいるもので。

 
 さて、マイフェイボリットシング。パソコン。

 
 というわけで(前々回の続き)、プリンターを使えないと(=windows2000の対応商品、2%以下)わたしなどには致命的なもので、プリンターとともに、パソコンを買い換えました。windows7。
 これもため息ものですね、win8より100倍ましだけど。
 起動は遅いわ、動きは遅いわ、終了も遅いわ。遅い上にwindows更新が毎回のように邪魔はするわ。しかもデフォルトは無防備。裸でうろつくのと同じ。よくこんなんでNETを動けるよ。
 昔が懐かしい、、、
 昔の愛機、エプソンPC286UX、中古ですが新同品、ハードディスク40メガ。これが早い。立ち上がりまで3秒、終了に1秒。実際はATOK用のRAMデスクを入れてたので2秒余計にかかりますが。
 CPU載せ替えて(アクセラレーター。福井電気産業さん、お元気ですか?)10年使いました。
 次のアウトレットNECのMeだって早いよ。立ち上げ20秒。終了3秒。使ってて遅くなるとCドライブ入れ替えできれいにするんだ。過激ですが。
 ただこれが早々に対応周辺機器がなくなって。7年しかもたず、IBM中古品にwin2000載せてもらって貰い。
 これだってまだ早いよ、2000てすぐwinアップデート対象外になったから邪魔はしないし。立ち上げてるとき何してるかわかるしね。IE6以上非対応なので、各種商業サイトはまともに動かないけど、どうせActiveXもjavascriptも切ってネットサーフィンするから同じことだし。

 
 とかなんとか。ともかくwin7、まともに使えるように設定し直すのに昨日までかかりました。もう設定、2度とやりたくないな(=ハードディスク入れ替え掃除したくない)。この間(かん)、各種ネット情報様にはお世話になり続け、みなさまありがとうございました。お礼をいえない人も多いので心苦しい(でもすでにsafemode1回。286UXが恋しい、、、)
 win7なので、8と違い、Meからのソフトもほとんど使えました。唯一、フォトショ・エレメンツがだめ。ヴァージョン1(=win95用、雑誌のおまけ。良き時代です。)だし。
 VZエディター4.0も危なかったんだけど、ネット情報でOK。「パンクはいつも突然に」さまありがとうございます。わたしはMifesのほうが好きですが。
 Mifesなんか25年前、会社に来たF通の人にもらったの。フロッピー1枚でしたが。もらったというと怒られるね。それいいですね、といったら、コピーするなら見てませんよ、といってくれただけですが。時効ね。どの会社もみんな仲間で、いい時代。そうでしたよね。
 ともかく、エディター、これ1枚で十分。(あと、ATOKね)
 windowsに変えたとき、win用Mifes欲しいな、と思ったら2.4万円だかしてたので即VZに鞍替え。不満でしたが、9千円かだったし。
 素人用エディターなんて、1メガ製品でいいやね(ガワはいるけど)。といいながら、フリーソフトは見た目が気にいらなくて。私の場合、エディター≒パソコンということなので。

 
 Win7、遅いからってアップデート切るのも怖くてね。今回も家人のVistaを無線Lanにつなごうとしたらつなげず2時間。ネット検索の末、結局、winの更新抜けでだめだったもよう。うざいんで更新切ってたかも。更新してつながり。セキュリティなんか余計なお世話だけど。更新、一度にして何時間も待たされるのもごめんだし。

 
 というわけで、新PCの富士通わけあり品、本体はもんだいありません、セレロンだけど。G1610。すげえ静か。前のはうるさいうえに冷却が効かなくて。今回、移行でデータをDVDに焼いてたら熱暴走。ぜんぜんスイッチ認識しないの。これ、生涯2回しか経験ない。コンセント引っこ抜きました。新しいのは買う前にCPUのネット情報確認。熱くなりません、2コアだけど。

 
 などなど。次の買換えの機会までに、なんとかお手軽OSの発売が欲しいものですが、Linaxとか、対応プリンターさえめったにないんだって(めった、は言い過ぎ? 適当なものがないのは、「ない」も同然だし)。周辺機器とセットで買い替えじゃあしょうがないし、、、

  (このところ、エディターの改行がブログに反映しないことに気づきました、なんなのかな?)
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

老後計画的人生訓

2014-05-03 21:18:14 | コーヒーブレイク
 こんばんは。皆様におかれましては楽しい連休など? わたくしも本日ようやくアルバイトも終わり、とてもうれしい。アルバイト、どうもこちら側の犠牲とあちら方の私のいない場合の苦労を秤量しますと、こちらの方が3,4倍重そうな。これは割が合っていないというわけで早々に退散。早々といっても人材切り替えの4月の1ヶ月はクリアというわけで。
 うれしいといってもそう簡単ではなく、まあ、だいじょぶかなあ、という気持ちもありまして。結局、事務屋というのは基本的にはその組織内で重宝されるものなんですよね(=でしか重宝されない)。

 おかげさまの教訓、その3 (1や2は面倒なので不問)。
 「短気な人間に関しては、人生、いつになっても10年計画で未来を構築なんて事態はありえない」
 ほんとこんなこと知ってもしょうがないかと思いますが。
 ただ、まだ余命のありそうな私としてはなかなか大きな、自分で知った人生訓。
 結局私には、あくせくと、目先のことをクリアしていってその過程で死んでしまう、という人生しかないようで。
 そうでない理由なんてのも確かにないし。
   人間、老後はいつかヒマになる、って誰が決めたことかな?
     もちろん私には誰もいってないし。
    
 それにしちゃあお前は悠々としすぎている、って、
 だから。体力のたの字もあったことがない私、目先のことをあくせくし続けるのは疲れるから悠々とあくせくするわけです。なんの矛盾もない。
 
 ほんとこんなことどうでもいいね。
 1万人にお一人様へのためになるブログでした。
 
 さて、と、昨今のニュースで、覚えようと思っても(酒を呑んでいて)覚えられない状況の中、ほんとシンプルにはいろいろなやむに立つこともよぎるんですが、忘れちゃうんで。忘れないというと、ウクライナ的国家分裂状況、これは新聞の見出しで。
 こういうのは、国家内に経済的地域矛盾があったとき、国家というのは経済を除けば武力にすぎませんから、いくらでも地域が破裂するという。隈的二分法の有効性の証拠みたいなものですね。国家支配権力とそれに取り込まれ追随する経済権力。
 ためしに沖縄にきれいな顔(比喩。アメリカや中国じゃだめ、といっているだけ(=事実認知原理の大きさ))と経済力を抱えた国家が武力介入すれば、「オキナワ自立国家」論などすぐ実現的になる、という話ですな。
 北海道アイヌは、本質的には同等だけれども、すでに人的=文化的に遅い、100年遅い、てなわけで。
 こっちの話のほうが役に立つ?
 残念ながらこんな評言の基礎はもう30年も前から左翼にはポピュラーなもので、「地域の差別が民族闘争を生む」 みたいな。これはわたしのアタマの成果じゃない。
 初めに言ったのはだれなんだろうねえ。なんでもコロンブス。あたりまえじゃん、と思っても、それまでの「パラダイム」(この場合思想中心主義)を変えた。思想中心主義は、新だろうが旧だろうが、左翼は基本、前衛主義者、間違ってようが当然のパラダイムだったからねえ(、、、今でも)。
 で、30数年前、だれがはじめに広めたんだろうねえ(もちろんいつの時代でもささやく声で正しいことを唱え続けた人間(たち)がいるんだよ、でもその瞬間にだれかが広めたんだね。まあ他人のことなら正しく評価するのはちょっと頭が良ければできるからね)。
 なにしろわたしは青春のみぎり、差別だの地域だのというのには興味がなかったもので。まあ、その辺の小ブル雑派のだれかと推定しますが、宣伝家にすぎないとはいえ、立派。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

寝不足?

2014-04-19 20:33:10 | コーヒーブレイク
 こんばんは。いま確認したら、ここのところずっと『コーヒーブレイク』カテゴリー。まあ、私の36年が終わったということで、よろしく。
 で、わたくしごと、再度の勤務仕事でお忙しい毎日、気持ちだけとはいえ。。
 そのへんが変なところで、つい2ヶ月前より絶対忙しくないのに、その2倍くらい忙しい気持ちという。ボケたんだよ、というのはわかりますが、2ヶ月でこの差のボケ方というのは、、、まあ忙しいのでその理由には興味がなく。

 昨日は、昔の出向先の、そこのいつもとは別の方たちとの飲み会(いちおう、お疲れさま会、私宛のような) で、楽しかったです。前も書きましたが、ここの出向先の人、みんな前向きで、こちらの気持ちも明るい。「前向き」であること自体の悪口も人次第でいろいろ書けることはもちろんわかりますが、人のあり方ってそんなもんじゃないしね。(でも帰り夜遅くって、ねむ。)
 かたや今の勤め先では、別の部署の若いもん(採用後2年)に声をかけられて、「Kさん、呼ばれてまたお勤めですってね、お疲れさまです。でも自分、応援してます」 って。
 なんとも嬉しい声掛けでありがたいことです、、、(けど、「応援」、、、少し違うような、、、)
 まあ、そんなありがたい、はずの、人生。今の私の現実はあせりのかたまりで。もっとも、そんな日数であせるのもフランクリンの時代から引き続く資本主義の恥かしさですね。
 
 で、前回の注釈、『天の配剤』とは、「ただの平凡な環境」 という意味でもあります。だれであれ、人はその環境内で最善をつくすものです。あるいは「やるだけやっ」ってもらった他人にとっては、言い方は悪いですが、当人にはそれ以外の存在意義などないのです。そもそも社会的人間、という立場での個人行為者には、それ以外の存在過程などありはしません。
 (書きたくもないですが、逆に、社会を忘れた、自分かわいい人間には彼自身にフィットする自分の存在意義がいくらでもあるんでしょう、、、しかし、それってどんな意義なんですかねえ? ああた、ぼくにも教えてほしいものです、、、あ、やっぱいらん。うっとおしい)

 逆にいえば、ぐちはいくらでもいっていいが、人間が生きてきた自慢はただ一つ。「やるだけやった」 だけだ。(by 『地下水道』、、、たしか。)
 まあ、きょうも「引き続き来月も働いて」 攻勢。わたしゃすでにひとのため以外では働きません。


 さて、濃いコーヒーを飲もうか、ウィスキーを(追加で)呑もうか、と考えていて、そのとき、サミー・デイビス・ジュニアをyoutubeで聞いて思ったところ、これだけで十分。(ちなみに、”Mr. Bojangles”)
 ともかく手段を問わず、現実を忘れられれば、それで勝ちだな、というか。もちろんAKBじゃ現実を忘れることにはならないけれども、ですが。といってみれば、昨今15年の日本における芸術の空白という現状がわかりますね。にんげんて、夢を見て暮らすもんですよね、週刊誌風に言うと、少なくとも男は。その表現がほんとかは別として。夢を見させるものこそが芸術ですが、「かわいい」夢などあるものかい。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ただの個人的希望

2014-04-13 16:46:14 | コーヒーブレイク
 こんにちは。スギ花粉は年齢勝ちで鼻、目アレルギーをなんとかしのいだものの、ヒノキ花粉なのか、どうにも眼がかゆく鼻水も出る4月、今日この頃。

 この3月、退職の話をしておりましたが、またまだ週5日、働いているのはなぜ?
 じょうだんじゃねえよ。
 まあ、自分で承諾したんだけどさあ。前の職場が病欠とかで大変で、旧同僚から要望された、てなわけで。ワンポイントだけだけど。
 結局、早く新しい体勢を作んないと、というあせりだけは引き継いでいるので、かえって以前にましてなにもできなく(したくなく)なってしまいました。
 まあ、すべては天の配剤、それも一局、と、いつものように思ってはおりますが。。
 
 というわけでおよそ世界に興味が湧かず、ブログも困りましたね。
 
 昨今の興味だと、「身体にいいことをしないとすぐボロボロになりそうだ」、というテーマで、思うに、武道の強いには3通りあるのでは、と。
 第1が、ただの筋肉と運動神経。日本選手権者みたいなやつ。
 「ただの」っていうのは、あの無敵山下泰裕は今現在まだ強いか、という次元ね。山下先生、まだ60歳前だが、これからオリンピックに出てどれだけ勝てるか、という話。剣道その他も一緒。今様武蔵とか、昭和の剣聖とか、沖田総司みたいなの。
 だからいってみればたいしたことはない。だれでも数年修羅場をくぐってればなれる強さ。某六段とベテランの不良Aはどちらが強いか。
 
 第2は、エイジングで感情が鈍化して、いっちゃってる人たちが凶器をもったとき。
 剣道範士でほんとに強い人のようなのね。老人のくせに真剣を持たせると怖い、みたいなの。
 これもたいしたことはない。1対1でしか通じない話で、それも対戦の前に石ころでも5,6発ぶつければ、さすがに心も態勢も乱れるだろうから、第1の人のほうが強い。
 
 そんじゃ「武道が強い」なんて偉そうなことをいっても、他人たちに勝てるわけじゃないんだ、って気がしませんか?
 
 でも、どうももっと強い人々の目撃談があちこちにある。
 わたしなんかも15年ほど前、テレビで、服に触っただけで触った人を投げ飛ばす(っていうか、人が勝手に転げる)合気道者を見たし。今もyoutubeとかにあんでしょうね。
 あるいは刀なんて持ってなくて、相手が構える刀をすぐ取っちゃう剣術者、とか。あるいは三船久蔵はどうかな。中国拳法にはよくある話だよね、話9割だけど。でも日本人の目撃談も相当あるから多少はほんとでは?
 
 というように3種類あること自体はどうでもいいんだけど、それをだれも解明しない。(注:三船のは読んだよ)
 物理学と武道、というテーマはよくあって、第1の次元についてはだいたい出つくしていることなのですが、そして第2の次元はほんとどうでもいいのですが、それらの次元ではない本当の強さ。若さ、体重、得物、人数に左右されない強さを物理学的に解明して欲しいものです。発勁のごく一部の「解明」は成果だと思うけど、ごくわずかを除けば、大方の本は分かった気になってるだけだしね。甲野という人は求学的で偉いと思うけど、頭でっかちすぎでまだまだのもようだし。
 物事、力が強くて勝つなんざなんのロマンもないやね。体力づくりの努力譚はよろしいが、たかだか数年の努力など、難関大学受験生という世の中の何の変哲もない人たちにはもっと努力してる人も多いでしょ。
 
 そんなこといってもしょうがないけど、ただの希望。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

退職日の感謝

2014-03-31 20:50:09 | コーヒーブレイク
 みなさまに感謝。

 それぞれに、それぞれの感謝を綴ることができないので、ただ、感謝。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

昔とは、その3

2014-03-30 20:57:01 | コーヒーブレイク
 こんばんは。東京地方さえもひどい春の嵐。桜の花びらの元気な頃でよかった、散らなくて。東京地方中部南部は関東山地に守られて、自然現象にはだいたい無事なんですけどね。

 さて、コンピューターと将棋指しの電王戦第3局。ようやく人間が勝ったとか。
 それにしても掲示板等の将棋ネット情報は言いたい放題。ああゆう奴らは俺らなんかみたいな普通に将棋指しという人間を人間として感じる部類とは発想が違いすぎて、一緒になる気になれん。下品。ないし、人間を動物扱いする毛唐。
 昔っから今まで、スポーツ・趣味の、見世物のような娯楽情報は、観てるほうには闘犬や闘鶏のようなストレスの解消で給料が出てたんですね。人間を動物としか見られん奴らなんか、おりゃあ嫌いだ。わたしには動物が人間とおんなじだけどね。
 (私はときどき嫌みを言いますので、「毛唐」とか「日本国民」とかっていう言葉をそのままに受け取ると誤解になります。誤解されたって別にいいけどね。、、、あ、投げやり)
 
 ま、それはさておき、昔とは、その3。
 もちろん自分でも「その3」まで書くなんて思いもしませんでしたが、やはり、36年ぶりのイベント、まだ言い忘れが。
 なんて追加する意味は、1つは、言い忘れそのもののことで、こんなことが起こるから脳力の減で。
 2つは、タイミング的にもう10年は書く時がないはずのことなので、今書いとくしかないか、と。
 
 といっても、前にも触れたことですが。
 先に人のことは書いたので、書かなかった「過去の環境」。
 過去の環境って、「建物」のことね。って意地になって限定しなくてもいいのですが。(「意地に」って意味は、都会暮らしの想い出は、私の嫌いなはずの建築物だけなので不愉快、というニュアンス。)
 「ここは昔なにそれだった」と思う環境って、建物、海辺、あるいは、街角とか、そんなものがありますよね。
 そんなものの98%って、みんな想い出に彩られた、しかし想い出にしか飾られない、シンプルにいえば「哀しい」環境ですよね。世の中、哀しくない思い出って、100分の2しかないでしょ。
 そして、それらは確認したように、人々の環境でしかない。それが哀しいのは人々が消えてしまったから。それでも、その哀しさが力になる時がある。それは、そんな過去の人々が、あるいは過去の人々のエッセンスを持った次の人々が、今も周りにいるときに。
 そうでないときには、そんな環境の存在意義はない。「ああこの広場でストライキの旗を振ったな」。そうか? そんなことはねえだろう、だって今ここには誰もいないぜ。
 
  上記について、若い人たちはシンプルに、「私の仲間たちは累積して私を形作ってくれるんだ」と思ってくださいませ。
  
  しかし、わたし自身は実はそうではない。もちろん、それに値する想い出の人たちに感謝を。
  しかし、そうでない人々に冷たい視線を。という感情は自分の力にはなるかもしれませんが、過去の環境に、その風景に、価値を与えることはありません。かくて、そんな「環境」の風景には、シンプルな「さようなら」でおしまい。
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加