http://digital.asahi.com/articles/DA3S11355475.html
朝日新聞デジタル 2014年9月18日05時00分
(世界発2014)毒ガス弾処理「あと300年」 第1次大戦、激戦のベルギー・イーペル
第1次世界大戦が勃発して100年。大戦では、戦車などの近代兵器が投入され、1千万人以上が犠牲になった。60万人もの戦死者を出したベルギー西部の激戦地イーペルでは、いまだに遺骨が見つかり、人類史上で初めて大規模に使われた毒ガス弾の処理が続く。
■遺骨収集の男性、顔腫れ発熱
「手があっちに、足がこっちにちらばっていた。映画やドラマみたいに、きれいな遺体は一つもない」
イーペルにある第1次大戦の地下塹壕(ざんごう)跡の上にある広場で、パトリック・バンワンゼールさん(64)は、土に埋もれていた人骨の写真を指しながら、見学に来た小学生たちに語りかけた。その人骨は片方の大腿(だいたい)骨から下がない。
「多くの兵士が若者だった。戦争はむごい。英雄なんていないんだよ」
バンワンゼールさんは、大戦中の砲弾や遺骨の収集を続けている。きっかけは、40年ほど前にさかのぼる。もともと、金属探知機を使って土中の骨董(こっとう)品などを探すのが趣味だったが、毎日約20キロの銃弾や砲弾が出てくる場所を見つけた。調べてみると、そこは第1次大戦時の前線だった。長靴をはいた人の足も見つかった。ぎょっとしたが、すぐに爆弾に吹き飛ばされたのだと気づいた。
「自分の意思と関係なく、遠い異国で殺し合いをさせられた。せめて、きちんと葬ってやりたい」
こんな思いが人生の転機になった。以来、休暇を遺骨や遺品の収集にあてた。全身がきれいにそろう遺骨はほとんどない。それでも200体以上を掘り出し、集団墓地などに埋葬した。
一帯では今も、農作業や建設工事の際に遺骨や砲弾が見つかる。だが、自ら「発掘作業」をするのはバンワンゼールさんだけだ。
ドイツ兵の名札を見つけた時は、当局から「(敵だった)ドイツ人のものは放っておけ」と言われた。それでも気になって、取材に来たドイツ人ジャーナリストに存命中の親族を捜してもらった。妹が見つかり、兵士は当時、まだ17歳の少年だったことが分かった。
毒ガス弾の被害にあったこともある。手にした長さ50センチほどの砲弾は完全にさびつき、少しつんとしたにおいがした。帰宅後、両手も顔も赤黒く腫れ上がり、40度以上の熱が出た。息もできない。翌日、病院へ行くと、肺もひどい炎症をおこしていた。2日後、軍からの電話で、マスタードガスだとわかった。
「危険過ぎるのでは?」と尋ねると、バンワンゼールさんは答えた。「でも、死ぬまでやめられない。誰かが見つけてやらないと、兵士がかわいそうだ」
砲弾やヘルメットなど、集めた遺品は「トラック1・5台分」。すべて、イーペル市の戦争博物館に寄贈、展示されている。
■6600万発使用、3割が不発
イーペルから北に約10キロのプルカペルの軍の不発弾処理施設。民家から離れた森の中にある約280ヘクタールの敷地に、不発弾を分類する建物や、毒ガス弾を処理する立ち入り禁止の施設などが点在している。1999年に本格稼働を始めた。
ぼろぼろにさびた長さ30~50センチの不発弾を、職員が分厚いゴム手袋をはめた手で、慎重に分類している。木箱に並んだ不発弾は、数百発以上。住民たちの通報を受けて回収したものだ。
施設の責任者を務めるグレン・ノレットさん(42)が「絶対にさわらないで。少し触れただけでもテニスボールぐらい腫れ上がります」と注意を促した。
イーペルでは15年4月22日、ドイツ軍が致死性の高い塩素ガスを初めて大規模に使用し、1時間で2千人が死亡。その後も連合軍、独軍の双方がホスゲン、マスタードガスなど新種の毒ガスを投入した。
第1次大戦中にイーペル周辺で使われた約15億発の砲弾のうち、約6600万発が毒ガス弾で、全体の3割が不発弾だった。
毒ガス弾は呼吸器や皮膚への被害が大きく、死に至らなくても後遺症が残る。非人道的だとして、第2次世界大戦ではほとんど使われず、現在は化学兵器禁止条約(97年発効)で生産、使用が禁じられている。
イーペル周辺では今も年間100トン以上の不発弾が見つかり、毒ガス弾も少なくない。成分を確認後、40分ほどかけて爆破、分解する地道な作業が続く。ノレットさんは「すべてを廃棄するのにあと300年以上はかかる」と話す。
■土壌汚染のおそれ
周辺地域では、土壌汚染の心配も指摘されている。ヘント大学のマーク・バンメーフベヌ教授(生物科学エンジニアリング)は、2005年にフランドル地方政府の依頼で土の成分を調べた。その結果、土に含まれている鉛などの重金属は、第1次大戦の不発弾に由来すると確信した。
「問題なのは、大量の不発弾がどこにあるのか分からず、砲弾の鉛や毒ガスで土壌が汚染され続けていることだ」
バンメーフベヌ教授は汚染の全容を解明するため、今後4年間、イーペルなどの3カ所で新たに調査をする。
(イーペル=吉田美智子)