「これしかないね、というところに落ち着いたな」

 8月上旬、東京・帝国ホテル。5人の男が慰労の宴を開いていた。ワインを片手に、自民党副総裁の高村正彦が語りかけた。

 公明党副代表の北側一雄は笑顔で同意した。そばには内閣法制局長官横畠裕介に加え、外務省出身の兼原信克、防衛省出身の高見沢将林(のぶしげ)の両官房副長官補がいた。

 安倍内閣による7月1日の閣議決定では、集団的自衛権は「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」がある場合に行使が認められた。

 閣議決定の文案は自民、公明両党による与党協議でつくられたとされてきた。しかし真相は、首相の安倍晋三から交渉を任された高村と、北側、横畠、兼原、高見沢の「5人組」による秘密会合で練り上げられたものだった。

 6月9日夜、東京・麹町のビルの一室。机は一つしかなく、5人が向かい合って座ると部屋は窮屈に感じられるほどだった。机には、北側がコンビニで買ってきたお茶のペットボトルが5本置かれていた。

 張り詰めた空気のなか、北側が赤ペンで修正した紙を突きつけた。兼原と高見沢が作成した集団的自衛権を使えるようにする新3要件の政府案に、1972年の政府見解の骨格部分となる「根底から覆される」という文言が書かれていた。

 そして、弁護士資格を持つ高村が好んで使う「法理」(法の原理の意)という言葉を用いて迫った。

 「高村さんの言う法理はどこからどこまでなのか。『根底から覆される』という部分は法理のはずだ。武力行使のための新たな3要件に入れてもらいたい」

 5日前にあった前回の「5人組」会合では、兼原と高見沢から「我が国の存立が脅かされるおそれ」と書かれた政府案が示された。

 一読した北側は「全然話にならない」と突き返した。行使容認に慎重な公明党にとって、政府案では歯止めが利かない。そう判断した北側は、より厳しい条件となる72年見解の「根底から覆される」を盛り込んで、行使のハードルを上げようとしたのだ。

 高村も即座にボールを投げ返した。「実は、その表現は以前、安倍首相自らが削ると決めたものだ。首相の意思を変えるなら、私は『これさえ変えれば、公明がのんでくれる』と説得しなければならない。公明党はまとまるのか」

 北側は正直に答えた。「自信はない。とても約束する状況ではない。ただ、これでのんでくれれば、自分としては納得し、まとめる努力をする」

 高村はうなずき、兼原に「国の存立が全うされなかったら、国民の権利も根底から覆されるよな」と確認した。兼原も「そうですね」と応じた。「5人組」が閣議決定の文案で合意した瞬間だった。

 翌10日、高村は官邸に安倍を訪ね、新3要件に「根底から覆される」との表現を入れるよう進言する。安倍を説得した高村はすぐに北側に電話した。「首相は了解してくれました」

 

 ■従来見解との整合性、腐心

 「5人組」の始まりは、北側の懸念からだった。

 集団的自衛権の行使を認めるためには、国民をどう守るのかという安全保障論と、これまでの政府見解とどう整合性をつけるかという憲法解釈論の2点がポイントだと北側は考えた。

 しかし、与党協議は、自民党の国防族を中心に、米艦を防護する事例など安保分野ばかりに議論が集中しそうだった。集団的自衛権が使える範囲をできるだけ広げたい自民党外務省に押し切られてしまう――。

 そう考えた北側は5月下旬、憲法解釈について話し合う場を設けるよう高村に持ちかけた。

 「政府見解は長年、内閣法制局が論理を作ってきたが、与党協議に入っていない。ぜひ、長官の横畠さんを交えて話し合おう」

 内閣法制局は戦後一貫して「集団的自衛権の行使は憲法上、認められない」との解釈を維持した。北側には、行使を必要最小限度の範囲にとどめる「歯止め」をかけるには法制局と組むしかないとの計算もあった。

 与党協議の停滞を懸念した高村も受け入れたが、「事務方の2人を呼んでおかないとね」と、兼原と高見沢もメンバーに入った。

 こうして生まれた「5人組」の協議は、6月2日の初会合を皮切りに、7月1日の閣議決定までの1カ月間で計9回開かれた。うち6回は麹町の人目につかないビルに集まった。毎回、夕方から約2時間、食事もとらずに議論した。

 実は北側と横畠は昨年来、ひそかに意見交換を重ねていた。なにより「根底から覆される」という表現は、もともと横畠のアイデアだった。だが昨年9月、当時の内閣法制局長官の小松一郎(故人)がこの案を安倍に示したところ、「行使の範囲が狭すぎる」として立ち消えになった幻の表現だった。

 結果的に、横畠と北側は5人組会合で、幻の表現を復活させた。北側は「横畠さんは従来の政府解釈との整合性をとることに必死だった。私も『これなら、横畠さんもOKでは』と考えながらやっていた」と振り返る。

 7月14日の衆院予算委員会。北側は質問者として、自ら作った閣議決定について、こう訴えた。「もっぱら『他国防衛』を目的とするのではなく、あくまで『自国防衛』に限られる。憲法9条のもとで、いわゆる集団的自衛権の行使を容認することはできない」

 「根底から覆される」の表現は、追い詰められた公明党と内閣法制局による対抗策だった。=敬称略(岡村夏樹、園田耕司)

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 安倍内閣集団的自衛権の行使を認める閣議決定を行ってから約4カ月たった。閣議決定は、これまで「行使できない」としてきた政府見解の論理を用いて「行使できる」という逆の結論を導き出した。

 その閣議決定を実現させるための安全保障法制関連法案の審議は、来春に始まる見通しだ。ただ、閣議決定のあいまいさ故に、再び解釈をめぐり綱引きが始まっている。ここでもう一度、閣議決定に至る舞台裏を検証し、戦後の安全保障政策の大転換点である「今」、そして将来の日本のあり方を考えていきたい。

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 28日に「内閣法制局編」を4面で始める予定です。

 

 ◆キーワード

 <1972年の政府見解> 自国を守る個別的自衛権を使えるのは、「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態」に限定している。公明党と内閣法制局が72年見解に注目した最大の理由は、過去の政府見解のなかで最も明確で厳しい表現を使って、武力行使のあり方に制約をかけている見解だからだ。この表現を他国に対する武力攻撃を阻止するための集団的自衛権にもあてはめれば、「他国防衛」よりも「自国防衛」の性格に近いものに限定される、という狙いがあった。

 

 <内閣法制局> 憲法などの法令に関して首相、閣僚に意見を述べ、内閣が国会に提出する法案や政令案、条約案を審査する。長官は内閣を補佐する立場から憲法解釈について国会答弁を重ねており、「法の番人」と呼ばれる。