5年ほど前にこのブログでThorens TD134とTD184のメンテナンスの記事を書いた。それからも何台か修理、メンテナンスをする機会があったが最近は手軽に入手できる状態の良いものが少なくなっていると感じる。今回久しぶりに縁あってTD184の修理をすることになった。今まで見た中でも外観は非常に良好なのだが不動なので部品採りにとの説明。
確かに通電しても動作しない。早速開けてみるとモーターが配線されておらず取り外してみると
やはり巻線が断線している。以前描いた巻線のメモ書きを見ながら確認すると2個あるうちの一方のコイルは無事だがもう一方は黄-黒-赤の導通がない。僅かに黄-緑(200Ω 350mH)だけが導通している。ネジも替わっていたり(元々のネジ溝が破損していて非常に残念)引き出し線も繋がれているなどかなり苦労した跡が認められる。コイルを交換するか解いて巻き直す選択もあると思うがコイルを取り出すにはコアを分解する必要がある。モーターを海外オークションで検索すると出品はあるのだが少し前ならプレーヤー本体が手に入るような値つけに驚いた。Thorens製品全体が高騰しているようでこれは世界的にアナログ回帰している影響なのだろうか?
このモーターはコイル1とコイル2の同色の引き出し線どうしを接続することで3種類の電圧に対応している。黒-黒(100V-120V)、黄-黄(125V-150V)、緑-緑(200V-250V)ACは2ヶ所の赤に接続される。現在生きている巻線は黄-緑だけなのでこの部分の巻線でモーターを動かしてみましょう。緑どうしを接続して黄にACを加えてみる。スライダックで電圧を上げていくと
回転を確認した。この接続(もともと設定されていない)は電圧による区分では丁度100Vくらいではないかと思うがこのまま軸受を整備して電圧を調整して使用することはできるだろうか。軸受を非分解で洗浄して古いオイルを洗い流して新たなオイルを注入した。これでラフに組み立てて電圧を変化させながら回転数を測定してみるとやはり電圧を上げるにつれて回転数が上がる。60Hzのインダクションモーターの回転数は1800rpmだが実際には少し低くなる。この差を「すべり」といい以前数台のThorensのE50モーターを整備した時に採ったデータでは1700rpmを切るほど低い値だとターンテーブルの回転が定速に達しないことがあったのでこの辺りを参考にどの程度の電圧にするか決める。100V時では写真のように1735rpmだった。発熱はあるが常識的な範囲(?)ではないかと思う。供給する電圧は100Vが具合が良いのでつい甘い判断になってしまいそう。
しかし60分ほど無負荷で回転させて表面温度を測定すると最高で51°Cでちょっと高い。以前のデータ収集でも50°Cは越えなかったので100V駆動は無理があるかもしれない。モーターが冷えてからこんどは電圧を86Vに落として測定すると回転数は1720rpmでほとんど変わらず温度も60分で49°Cだったのでこの辺りが一応の目明日になりそう。ただし負荷を加えると状況は変わるので実際に搭載してみましょう。
本体に搭載してベルトを掛けようとしたが伸びていて60Hzの小さなプーリーは空回りする。ゴムベルトも寿命が尽きていてもちろん交換だがテスト用にとりあえず再生する。まず10mmほど切り詰めて
オープンテープをつなぐみたいに重ねて斜めにカットして瞬間接着剤で繋いで回転させる。ストロボで様子を見ると86Vでは定速に達しない。100Vでもストロボが遅い方向に少し流れたが5分ほどで若干だが余裕ができた。各部未整備だがこの状況だと100Vはかけないと稼働は難しいようだ。心配していた温度上昇は通気が良かったのか60分経過でも40°C前半と少なかった。
モーター以外だがセミオート機能に問題がありそうだ。アームのリフトのボタンを押す部分に変形があり無理な力が加わったらしく不動。
TD184はTD134やTD224と比べるとより繊細な機構でTD224のように駆動モーターの動力は使わず人力とアームだけでメカニズムをコントロールする。アームの横方向の動きでロックを外したりするのだがこれはレコードの溝に対しては側圧がかかるため針圧の軽いハイコンプライアンスのカートリッジでは再生に支障が出る。このアームにクリスタルカートリッジが組み込まれた電蓄もありこれが本来の姿かもしれない。TD135MKⅡは軽針圧にも使えるアームをして搭載しているが過去使用してみてオート機能には支障が出た。この製品は10inchと12inchのターンテーブル2種類があり10inch版はなぜTD134MKⅡとしなかったのだろうと思う。EL104ショートアームは単品としても販売されていてTD124と組み合わせた場合もあった。トーンアームとしての性能には特筆する点は何もないと思われるがデザインが優れているということで人気があったのかもしれない。しかしTD184やTD134のような10inchのターンテーブルとの組み合わせが一番バランスが取れていて美しいと思っています。
変形していたパーツの形態を修正しセミオート時にアームの降りる位置を調整し(アームの根元にある調節ネジで行う)、適当な重りをシェルに固定して欠品だったターンテーブルの軸に固定されているピアノ線を他から移植して一応動作するようになった。各部を清掃しグリスとオイルで潤滑、整備する。モーターの固定ネジは残念ながらISOネジに替わっていたので改めてタップでネジ穴を切って、またネジの長さを切って揃えて適合させた。ネジ頭はプラスだが美しくないのでドリルに咥えて回転させてヤスリで形態を修正しネジ頭に錆止めのクリア塗料を塗布した。このモーターはいずれ本体もしくはコイルの交換になるかと思うがそれまでは使えるだけ使っていきたい。モーターは100V専用とし電圧変更のパネルをパスして配線した。
これで消費電力をテーブルタップで見ると
100V 60Hzで11W。TD134で同様に測定すると8Wなので若干大きい。同じ負荷をかけて同じ動作なら3Wロスしているということになるかもしれない。これをどう評価するかだがやはり発熱の様子を測定比較することが一番現実的かと思う。
ケース(台)を仕立てます。なぜか合板をくり抜いた残骸があったのでこれを生かす。ホームセンターで15mm厚の南洋材と桧の三角材を買ってきました。残骸のボードをカットしてそれに合わせてカットする。なるべく大きくしたくないのでギリギリに。
三角材を接着して組み立てる。
角はこんな感じ。丸く加工します。
カットはカッターで、軍手は必需。その後#60のサンドペーパーでザクザク削る。
これで本体を載せてみる
角のRは本体に合わせて削り込んで同心円状にするか楔のような角木を生かした方がいいか迷っています。もう少し縦横サイズを小さくするには上板はこれ以上小さくできないのでサスペンション受けはケースの内部に材を渡して穴を開けることになる。仕上げはつき板+オイル塗布をよく行うが白木がきれいなのでこのままクリア塗装でも良いかもしれない。また考えましょう。
Thorensの象徴みたいなマッシュルーム型インシュレータですが最近では10000円以下では入手できなくなりました。純正ではなくレプリカでも同様で困ったものです。製品ごとの優劣はあるようだがとにかく高すぎる。細かな違いを気にする人は純正品を探せばいいと思いますが何とか工夫して代用できないかと以前からいろいろ試してきました。金属スプリングも試したが金属同士が擦れたりする感覚があまり好きではありません。またThorens電蓄でも廉価にするためかマッシュルームを使っていないものもある。
今回も使ったのはホームセンターで随分前に買ってあったウレタンスポンジ(正式名称はわからない)
正方形に切って2つ重ねて接着剤か両面テープで固定して真ん中にハンダゴテで穴あけてハサミで角落として丸くして完成。実際に装着してみると
いい感じの動き。水平の調節は4ヶ所にあるディスクを回す。この個体は足を短くカットされていたのだが特に問題ない。隣の純正マッシュルームのTD184と挙動を比較しても区別がつかないくらいだが(こちらのマッシュルームの素性はわからない)どうしても気になればその時に交換しましょう。またゴムベルトを新品に交換したら回転が少し速くなって余裕が生まれた。やはりベルトも古くなると硬化が進み抵抗となって回転に影響する。
結局クリアラッカー塗りました。底には小さいゴム足をねじ止めしています。
まだ音出しはしていないが一区切りにしたいと思います。TD184はセミオートの特徴としてレコード演奏終了時(ピックアップが最内周に到達もしくはSTOPレバーを押した時)にアームが持ち上がり、モーターの回転が止まり、アイドラーがターンテーブルから離れて変形を防ぐという非常に優れた機構を持っています。外国の古い公衆電話のダイヤルのような操作もなかなか面白い。アームの側方にかかるストレスはTD134と同等でとても合理的でまたBL104トーンアームと10inchターンテーブルとの組み合わせも美しく使っていても非常に楽しく満足度の高いレコードプレーヤーだと思います。
お読みいただきありがとうございました。
後日談1
接続して音出ししてみました。
カートリッジはShure M3D プリアンプはmarantz #7c メインアンプは浅野勇氏製作PX4s スピーカーはランドセル箱に入ったWE755A ソースはunivercity street/竹内まりや(1979)
#7cは久々の登場だったので最初はガタピシ言ってましたがしばらくすると落ち着いた。100Vでターンテーブルは最初から定速運転で時間と共にさらに安定してワウ・フラッターとも十分実用になりそう。普段はCDやnetで聴くことが多いが久々のアナログ再生は、、思っていた以上にそれも鳥肌が立つくらいに感動した。こんなに再生音楽に引き込まれたのはいつ以来だろうかと思ったほど。日々音楽は垂れ流し状態で聞こえてくるのだがいったい何が違うのだろう。デジタルがダメでアナログが良いというわけではないのはわかっている。古いレコードなのでところどころで傷みがあってちょっと心もとなく聞こえる時がありそれゆえ少し緊張、集中しながら聴いている。うまく奏でてくれている時は安堵し幸せな気持ちになる。アナログ再生は不完全さゆえに惹きつけられるのかもしれない。モーターのON,OFF時に大きなノイズが発生するので見るとノイズキャンセラーが入っていない。早速注文して取り付けたらノイズは消えてくれた。実は他ではこのノイズがなかなか消えなくて困ったことがあったのであまり期待していなかったので良かったです。カートリッジはShure M3Dを新たに入手した。1959年に発売されたShure初のステレオカートリッジですがとても気に入っています。針圧が5gくらいはかけられるのでオート動作するプレーヤーにはよく適合する。近年は交換針と共に高騰して手を出しづらくなりました。
TD184は針圧はもとよりオートスタート時に針の降りる位置、レコードに降りていく時のスピード、演奏終了時のリフトアップの高さなどが細かく調整できるし調整方法も分かりやすい。直径の小さな軽量ターンテーブルなので厳密な音楽再生(なんだそれ)には不利には違いない。ターンテーブルからはみ出したペラペラな(場合によっては波打っている)部分、LPレコードの最も音質に有利な場所にゆっくりと降りていく針。音の細かい部分にこだわりたい人はこんな変わり種を使わなくても良いと思う。でも楽しく気楽にたまにはちょっと格調高く音楽を聴きたい人には是非勧めたいプレーヤーだ。それでもサイモンとガーファンクル「明日にかける橋」のエンディングで伸ばされた弦楽器の音がワウワウしないくらいの基本性能は欲しいしそのために必要な手入れは行っておきたい。