遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ウィスキーの教科書』  橋口孝司  新星出版社

2021-04-30 19:52:36 | レビュー
 タイトルに「教科書」とあるのでついつい手に取ってペラペラめくってみた。ウィスキーの歴史的な押さえどころから始め、蒸留所やウィスキーの銘柄の写真を多く載せていて、読みやすそうである。酒はあまり飲めないけれどウィスキーには関心があるので、どんな「教科書」か楽しんでみることにした。

 最初に本書の構成と絡めて少し要点をご紹介する。
<はじめに>
 著者はホテルバーテンダーの見習いになったという。「最初はジョニーウォーカー、シーバスしかしらなかった。聞かれてもわかりませんではすまない。だから、本を買いあさった」という。奥書を読むと、バーテンダーとして20年以上の経験があり、現在は会社の経営にも携わるそうである。現場の経験と、酒に関するトータル・アドバイザーとしての活躍が、本書に生かされているようだ。

<WHISKY HISTORY>
 「ウィスキーは穀物を大麦麦芽で発酵、蒸留し、さらに樽熟成させた蒸留酒である」という一文から始まり、わずか12ページであるが、ウィスキーの歴史における基礎的知識をまず押さえている。ウィスキーの語源は? 蒸留技術はどこから? 透明のホワイトスピリッツがどうして琥珀色に? ウィスキー論争とは? ウィスキーの広がり方は? 市場の変化? など。基本的な知識を得たい私には良い入門書。

<Part 1 世界のウィスキー事情>
 スコットランド、アイルランド、カナダ、アメリカ、日本という地域毎に、スコットランド以外は見開きの2ページで簡潔にまとめられている。スコットランドは6ページである。

<Part 2 ウィスキー蒸溜所ガイド>
 アベラワー蒸溜所から始まって、白州蒸溜所まで34箇所が取り上げられている。数ページに及ぶ蒸溜所から1ページ、半ページなどさまざま。蒸溜所の風景写真のないものもあるが、ウィスキーボトルは必ず載っている。スコッチ、バーボンで私の知っているボトルがいくつか載っていたので、ちょっと親近感がわく。

<Part 3 厳選のウィスキーカタログ>
 勿論、Part 1 と照応する区分で、ウィスキーの名称、ボトルの写真、簡潔な解説文でまとめらている。1点 38mm×58mm というスペースでズラリと並ぶ。最大1ページに9つのウィスキーボトルが登場する。ウィスキー好きには、垂涎のページかもしれない。
 最後のコラムで著者は記す。「各人が自分なりのおいしさを追求する、ということはまず正しい」と。その上で、ウィスキー側の視点に立っての厳選という。「ウィスキーカクテルを楽しみ方のひとつと位置付け、お酒の奥深さがわかるようになってきたら、徐々に飾りを外し、ウィスキーそのものを追求する」「洗練のさきにシンプルな姿があることはたしかだ」と記す。

<Part 4 ウィスキーの知られざる逸話>
 ブレンデッドウィスキーにまつわる背景話、ヴィンテージ品の話、ボトルの形や容器の話など多方面にわたり豆知識的にその蘊蓄が綴られていく。
 たとえば、バランタインは創業者ジョージ・バランタインの名に由来するブランド。カティーサークは1869年にダンバートン港で進水した帆船の名前に由来し、人間が考えたなかで最も美しい帆船と言われたという。オールドパーは19世紀後半に岩倉具視ら欧米使節団が日本に持ち込んだ酒。キングス・ランサムは1945年のポツダム宣言の会議に出された酒。ボトラーズのこだわりにも触れ、ベストボトラーズ10も写真入りで解説する。ボトルの形の変遷やラベルの魅力、「おもしろボトルコレクション」もある。

<Part 5 ウィスキー造りの秘密>
 「CHAPTER 1 ウィスキーの定義」から始め、「CHAPTER 24 ブレンディングとヴァッテイング」まで、基礎知識が見開き2ページで写真やイラスト図を併用しわかりやすく説明されている。真っ先に知りたかったことは、ここでカバーされた。
 
<Part 6 ウィスキー味わいの秘密>
 味わうという意味、味を決める要因、ウィスキーの香りについて、テイスティングの醍醐味とその方法を語り、ウィスキーを「愉しむ」ことに目を向けさせる。「ウィスキーはただ酔っ払うだけの道具ではない」と断言し、ウィスキーを生涯の友とする心得を著者は語る。そして、「嗜好品であるお酒は飲むときのシチュエーションがおいしさにも大きく関わってくる」と述べ、「グラス」並びにマドラーやマドラースタンドへのこだわりを勧めている。
 最後に、4ページとわずかであるが、「用語集 KEY WORD」として基礎用語を集めて解説して締めくくっている。
 この用語集の4ページの下端にずらりとボトルの写真が並んでいる。ちょっと壮観である。日本にバーが何軒あるのか知らないが、ここの写真のボトルを全部揃えている店ってないだろうな・・・・と思う。ウィスキー好きというか、ウィスキー通と自称する人でもこの38本のボトルとラベルを一瞥しただけで全部のブランドを指摘できるだろうか・・・・と思う。p210~213を開けて、まずブランド名指摘にチャレンジしてみるのも、おもしろいかも。

 最後に、本書からこれだけは少なくとも押さえておきたいと思ったことの一端を要約してみよう。ほんの一部だけだが、本書を開いてみようかと思われる契機にはなると思う。
*スコットランドでウィスキーの木樽熟成が法律で義務づけられたのは1915年。
 ウィスキーが琥珀色になったのはウィスキーの歴史としては意外と最近のこと。
*通常の樽熟成の後、仕上げに別の樽で熟成を行うことをウッドフィニッシュという。
 バーボンの空き樽がスコッチの熟成樽としてよく使われる。
  ⇒アメリカンウィスキーは法律で新樽熟成が義務づけられている。
*ウィスキー業界は、マス向けの大資本メーカー(たとえば、ディアジオ社、ペルノ・リカール社)とマニア向けの少量生産のシングル・モルトやボトラーズブランドに二極化
*それぞれの国がウィスキーの分類を定め、法律で規定している。
 事例:スコッチウィスキー
 5つの分類:シングルモルト、シングルグレーン、ブレンデッドモルト(ヴアンテッドモルト)
        ブレンデッドグレーン(ヴァンテッドグレーン)、ブレンデッドウィスキー
 6つの法律
  ・原料は水とイースト菌と大麦麦芽など穀物のみを使う
  ・糖化から発酵、蒸留をスコットランドにある蒸溜所で行うこと
  ・蒸溜時のアルコール度数は94.8度以下
  ・容量700?以下のオーク樽に詰め、スコットランド国内の倉庫で3年以上熟成させる
  ・瓶詰めする際に認められている添加物は水と、色調整のためのカラメルのみ
  ・瓶詰めする際のアルコール度数は最低40度
(本書を読み、相対的に日本は法律での規定が一番緩い印象を持った。)
*「ブレンデッドウィスキーにおいて重要なのは、造った人の思い入れである。」p104
*ボトラーズブランドとは、蒸溜所から樽ごと原酒を買い取り、独自の熟成庫で熟成させ瓶詰めして販売する業者をさす。尚、イギリス以外の海外のボトラーズの多くは個人事業に近い。(⇒設備を持たず委託による商品化)
*ボトラーズの有名どころは、ゴードン&マックファイル(G&M)、ウィリアム・ケイデンヘッド、シルヴァーノ・サマローリ。
*ウィスキー 4つの条件
 1.原料は穀物 2.糖化は自分の力で 3.蒸留方法は2種類 4.熟成が不可欠
*味を決める6つの要因
 1.原料 2.ピート 3.酵母&発酵槽 4.蒸溜器 5.水 6.樽熟成
*単式蒸溜(ポットスチル)生産の代表的な会社はフォーサイス社。エルギンの南15マイル
*テイスティングの4ステップ
 1.舌で感じる ⇒2.口中やのどを通過する感覚 ⇒3.フィニシュ ⇒4.アフターフレーバー
 
 こんなところでとどめておきたい。
 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、ネットからだと基礎知識の学習という観点でどんな情報が得られるかに関心を向けてみた。検索結果の一端を一覧にしておきたい。
ウイスキー  :ウィキペディア
ウィスキー入門  :「SUNTORY」
  ウィスキーのできるまで
【保存版】これでウイスキーの基礎知識はOK! 原料/製造法/飲み方/銘柄をまとめて解説!  :「GetNaviweb」
ウィスキーの基礎知識  :「たのしいお酒.jp」
ニッカウヰスキーストーリー  :「NIKKA WHISKY」
蒸溜の方法 蒸溜方式  :「SUNTORY」
スマートな蒸溜器「iStill」とスピリッツの未来 :「WHISKY Magazine」
サントリー山崎蒸溜所  :「SUNTORY」
サントリー白州蒸溜所  :「SUNTORY」
余市蒸溜所   :「NIKKA WHISKY」
宮城峡蒸溜所  :「NIKKA WHISKY」
安積蒸溜所   :「郡山市観光協会」
プロ監修】オススメのウイスキー28選!初心者必見の飲み方・ペアリング・基礎知識も解説  :「Betters」
ウイスキーのおすすめ人気銘柄59選。初心者向けの基礎知識も解説  :「SAKIDORI」
ウイスキーのテイスティング表現で使われる形容詞  :「BARREL」
テイスティング  :「WHISKY Magazine」

    インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
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『ブラタモリ 6 松山・道後温泉 沖縄 熊本』 監修:NHK「ブラタモリ」制作班 角川書店

2021-04-29 22:33:21 | レビュー
 沖縄には一度仕事で出張したことがある。残念ながら観光を兼ねる時間がなかった。本書で少し、タモリ流の沖縄を読んで楽しむことにした。松山で連想するのは、お城と正岡子規。お城はきっちりかぶさったが、正岡子規は直接には出て来ず、俳句に関わる文化の一面で重なってきておもしろい。熊本はその番組放送の日付をみて、あの熊本地震の発生前の放映だと知った。「放送された番組の内容のまま記載。いつの日か復旧をはたす熊本城、その本来の記録です」という冒頭のメッセージに、改めて熊本地震を思い起こしてみた。着実に復旧されることを祈念する。

 本書には「松山・道後温泉」(2016年1月30日放送)、「沖縄」(2016年2月6日/3月5日放送)、「熊本」(2016年3月19日/4月2日放送)が収録されている。震度7の熊本地震が発生したのは2016年4月14日だった。一方、本書が2016年12月に出版された3年後、2019年10月31日に沖縄の首里城で火災が発生、正殿・北殿など6棟が焼失した。テレビでの報道を見て驚いた。首里城も速やかに復元されることを祈念する。

 本書の基本構成コンセプトについて繰り返しになるがまずご紹介しておこう。
  *ブラタモリの番組放映のテーマについて、番組の流れに沿って論点を説明。
  *番組では語り尽くせなかった部分の補足説明(番組出演した研究者等のVOICE)
  *番組で採り上げた地域の観光スポットのガイド
  *同行アナウンサーの番組裏話 本書は桑子真帆さんのトーク(熊本が最後の回)
である。

 「タモリのつぶやき」が新しいカメラを買いましたという話から始まる。「ブラタモリ」であれだけ崖や岩脈、キワ・段差を見ていたら記録に残したくなるだろうな・・・・。

 地図と現地写真とイラスト図などを巧みに組み合わせながら、番組の雰囲気を漂わせつつ軽い語り口調で進展して行く本文。やはり読みやすい。ブラブラ歩き、ぶっつけ本場でタモリさんが発見したこと学んだことの要点は何か。例によって、読後印象と私の覚書を兼ねて以下ご紹介したい。

<松山> テーマ 四国一の街・松山はどうできた?
 松山市の人口が本書時点で約51万5000人、四国最大の都市ということを初めて知った。その松山は戦国武将の加藤嘉明が松山城を建てるまでは、荒れ地だったという。石手川という暴れ川を制したことが現在に至る発展要因の一つだとか。当時の土木工事力が印象的だ。
*松山城は現存する12天守のひとつ。現在の天守は安政元(1854)年の再建。
*松山城の東に石手川の氾濫による洪水を防ぐための巨大な土手(堤防の役割)を築く。
*石手川の上流に岩堰(いわぜき)を作る。江戸時代初期に河底の岩盤をノミで掘り下げた。
 川底を深くした距離は200mに及ぶ。期間1年の人力工事。石くず1升と米1升の交換策。
*松山銀天街にある湊町という地名。元灌漑用水として作られた中の川。今は暗渠に。
 三津港で荷物を船に乗せ陸から引いて運び、湊町が荷揚げ場になり商業の中心地に。
*松山の玄関口三津は城下町から直線距離で5km。町屋の地域には間口10m、奥行60m余の家も。
*江戸時代には、藍玉を扱う商人が集住。伊予絣が特産。商人たちが町屋を形成。
*三津には松山城主のための「茶屋」があった。藩主の参勤交代の折りの玄関口。
*三津の商家(問屋)の裏庭に藩主の駕籠置き石。藩主は庶民と俳句で交流したという。
 藩主自らが俳句を奨励した。それが後に正岡子規などの俳人を生み出す土壌に。
*三津は古代から発展した地域。「御津」と書いたという説も。周辺に3世紀半ばの古墳も。
*正岡子規、高浜虚子、河東碧梧桐は松山出身。松山で「俳句甲子園」。夏井いつき在住。

<道後温泉> テーマ 道後温泉100万人の湯はどうできた?
*道後温泉本館は明治27(1891)年、源泉があった場所に建築された。今は松山市が管理する公衆浴場。
 入浴コースは4つ。基本は「神の湯」。明治38(1905)年に年間入浴者数100万人達成。
*3000年の歴史を誇る日本最古の温泉。3000年前既に人が居住していたという。
 聖徳太子が道後に来訪。
 「伊豫温湯宮」という行宮が道後温泉近くにあったという説もある。
 『伊予国風土記』逸文、『日本書紀』に諸天皇の道後来訪記録。『源氏物語』にも。
*道後公園内(湯築城跡)に奈良時代に作られたという湯釜が保存されている。
*湯築城は河野氏の城、南北朝(14世紀前半)~戦国時代(16世紀末)まで約250年。
 道後温泉を取り込むように建てられていた。道後温泉を湯築城城主が管理。制札あり。
*石手寺は四国八十八箇所霊場第51番札所。創建は奈良時代728年。修行の場かつ温泉の旅籠。
*道後温泉の熱源は地熱で非火山性。山と平地のキワの断層の真上に道後温泉本館が所在。
*道後湯之町初代町長伊佐庭如矢が道後温泉への集客戦略として道後温泉本館を建設。
 地元の人々が協力し銀行融資の抵当に不動産を提供。代わりに入浴の永代終身優待券の権利を獲得したという。
 伊佐庭如矢は、さらに、道後温泉~松山中心部~三津をつなぐ鉄道を敷く。
*松山の俳句文化の源流に時衆の一遍の存在。道後の宝厳寺の生まれ。時衆僧たちは連歌の指導者でもあった。連歌の発句がのちに俳句に。

<沖縄>
テーマ1 王都・首里はサンゴでできている?
このテーマでわかるように、首里城の建造物-残念ながら6棟が火災で焼失-とその内部ではなく、首里城の立地する地形環境に焦点があたっている。なぜここに首里城が築かれたのか。おもしろいアプローチである。
*首里城は1879(明治12)まで約450年続いた「琉球王国」の城。貿易が盛んだった。
*守礼門には、中国皇帝から下賜された「守禮之邦」の額が掲げられている。
*2000(平成12)年に世界遺産に登録されたのはかつての城の遺構部分が評価されたため。
*城壁・石垣が曲線的である。「相方積み」(五角形や六角形の石を組み合わせる)の技法を使う。崩れにくく美しい積み方。民家の石垣や道路に今も使われている技法。
*首里城のある沖縄本島南部は、1000m以上の厚さのある泥岩の上に、琉球石灰岩がのっている地層。琉球石灰岩は50万年くらいまえのサンゴ樵からできたもの。多孔質で水を通しやすい。隆起により高台として残った地形で「残丘」と称される。
*首里城には10を超える御嶽が存在していたといわれる。「首里森御嶽(すいむいうたき)が城のできる前からあり、それが首里城の名前の由来となった。
*高台の首里城にある枯れたことがない湧き水「龍榧」は泥岩と琉球石灰岩の2つの層のキワ(境界)が露出した箇所になる。
*沖縄では坂道のことを「平」とも「坂」ともいう。語源は『古事記』に出てくる「よもつひらさか」にあるとか。
*水を生かした伝統の味噌・醤油づくりと泡盛 ⇒「玉那覇味噌醤油」「瑞泉酒造」
 琉球王朝は首里の三箇(赤田・崎山・鳥堀)地域の40軒だけに泡盛づくりを許可した。
*泡盛の語源は、アルコール度数が高いと泡がよく発生する、つまり泡が盛ることから。
*泡盛はもろみをつくるのに黒麹菌を使う。長年月熟成した泡盛を「古酒」と言う。
*造り酒屋の主たちは護身術として首里発祥の空手を習得。売上げを狙う強盗への対策。
*琉球王家が継承してきた湧き水を引いてきて水を蓄える施設「佐司笠樋川」(松山御殿跡)が現存する。

テーマ2 那覇は2つある?
 那覇の地質・地形と立地を追跡することで、沖縄の苦難の歴史も浮かびあがってくる。
*古き那覇は、琉球王国において貿易で栄えた港町で琉球石灰岩でできた島にあった。
 沖縄では岩礁を「ナー」という。ナーのある場所だから「ナーバ」。それが「ナハ」に
 島のヘリだった巨岩の上に神社「波上宮」がある。神社の奥に御嶽がある。
 中国からの渡来人は島に集落を作り「久米村」を形成。「天尊廟・天妃宮」(道教)
 オールド那覇と王都・首里を結ぶのが長紅堤(ちょうこうてい:海中の浮道)だった。
*オールド那覇は終戦後、米軍に軍港として接収され立入禁止区域になった。
 「十・十空襲」で那覇の90%は破壊され焦土に。終戦直後、市民のほとんどが収容所暮らしをしいられたという。
*復興産業は食器づくり(壺屋地域)から始まる。ニュー那覇のは、壺屋から牧志、開南地域に人々が居住し、街が広がっていくことから始まる。「公設市場」はヤミ市から発達した。
*「国際通り」の名は終戦の3年後にできた映画館「アーニーパイル国際劇場」に由来。
*「むつみ橋通り商店街」はガーブ川の上に立つ「水上店舗」 ⇒水害対策と土地活用
*戦後のニュー那覇は戦後70年を過ぎ、今やオールド那覇に。迷宮状の商店街を形成。
 おもろまち地域が新たなニュー那覇となっている。

<熊本> 
テーマ1 熊本城は”やりすぎ城”?
 やりすぎ感のある城の縄張りがやはりおもしろい。写真と図の併用が生きる。
*熊本城は加藤清正が慶長4(4599)年頃築城を初め、本丸のほぼ完成が慶長12(1607)年
 面積98万㎡(東京ドームおよそ21個分)、石垣総面積 7万8800㎡。日本の城郭の最大級
*加藤清正の銅像は勇猛果敢だが、肖像画は神経質で心配性な雰囲気が漂う。
 熊本城の防備は万全を期すための”やりすぎ”と思える工夫が随所に。⇒島津氏を意識
*枡形、6連続の曲がり角、闇り御門、空中雪隠の謎、小天守下の石門
 城下町には碁盤の目の区画毎にその中央部に寺を配置。掘と土塁の組み合わせで囲む
 薩摩街道を熊本城内経由で通過させ豊前街道につなぐ。城の偉容を見せつけて威嚇?

テーマ2 ”火の国”熊本は”水の国”?
 熊本が日本有数の”水の国”だったとは! 加藤清正の存在感が一層強くなる。
*熊本の台地は阿蘇の火砕流堆積物。軽石や火山灰から成り、水を通しやすいのが特徴。 川には台地のキワからふんだんに湧き水が出てくる。「水前寺成趣園」の池も湧水池
*「健軍水源地」には日本最大級の自噴井戸「健軍5号井」をはじめ11本の井戸がある
 熊本市の地下水を含む地層(帯水層)は2層になっている。第2帯水層の水が噴き出す
*大正13(1924)年の通水開始以来、熊本市は水道の水源のすべてに地下水を利用
*清正は熊本城築城にあたり、白川の流れを直線化した。一方、蛇行部分が坪井川と合流
 2本の川に分けることで内堀と外堀に見立て防御にも役立てた。城下町の拡大にもなる
*白川の中流域で「鼻ぐり井手」と称される工夫を農業用水路の一部区間に取り入れる。
 12kmの用水路中の400mほどの区間。高さ2mほどの穴の開いた壁で仕切られている。
 この穴の形が牛の鼻輪(はなぐり)に似ていることからこの名がついたという。
 人工的に渦を発生させ、火山灰が沈殿せずに流れる工夫 ⇒自然の自動除灰システム
*祇園橋付近で坪井川と白川が再度合流するのを防ぐ「石塘(いしとも)」を築堤
 この石積みの堤防上は道路で、南へ350mほど延びる。治水と同時に坪井川を灌漑用水に。
 石塘には北から島津が攻め入った際の防衛の意図があったと考えられるとか。

 私流に要約すると大凡こんな知識と情報を学べたことになる。これらが、わかりやすい流れでビジュアルに写真や地図、イラスト図を使いながらイメージしやすく語られて行く。その妙味が読みどころ、楽しみどころである。

 お読みいただきありがとうございます。

本書に関連して関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
松山城 ホームページ
松山城周辺地図 e~よまちナビ  :「松山市」
俳句甲子園 全国高等学校俳句選手権大会  ホームページ
道後温泉本館  公式サイト
伊佐庭如矢  :ウィキペディア 
道後温泉本館の改築と伊佐庭如矢の偉業  :「松山市」
沖縄の歴史  ホームページ
首里城公園  ホームページ
首里城火災から1年、再建へ思い募る  YouTube
世界遺産・首里城で火災 写真特集  :「JIJI.COM」
首里城火災  :「朝日新聞DIGITAL」
史跡リスト  :「首里あるき」
佐司笠樋川  :「那覇市観光資源データベース」
沖縄焼物ふるさと壺屋  ホームページ
那覇国際通り商店街   ホームページ
熊本地震 (2016年)  :ウィキペディア
熊本城  公式サイト
水前寺成趣園  ホームページ
水道のしくみ 健軍水源地  :「熊本市上下水道局」
No.068 「 加藤清正の創った歴史的遺構 鼻ぐりのヒミツ 」 :「もっと、もーっと!くまもっと。」

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ブラタモリ 1 長崎 金沢 鎌倉』 角川書店
『ブラタモリ 3 函館 川越 奈良 仙台』 角川書店
『ブラタモリ 4 松江 出雲 軽井沢 博多・福岡』 角川書店
『ブラタモリ 7 京都(嵐山・伏見)志摩 伊勢(伊勢神宮・お伊勢参り)』 角川書店
『ブラタモリ 10 富士の樹海 富士山麓 大阪 大坂城 知床』  角川書店
『ブラタモリ 13 京都(清水寺・祇園) 黒部ダム 立山』  角川書店
『ブラタモリ 15 名古屋 岐阜 彦根』  角川書店
『ブラタモリ 16 富士山・三保松原 高野山 宝塚 有馬温泉』  角川書店


『絵本のようにめくる 城と宮殿の物語』 監修 石井美樹子  昭文社

2021-04-27 21:51:03 | レビュー
 メルヘン風でかつ複雑なスタイルのお城が表紙カバーに使われているのが目に止まり、手に取ってみた。パラパラとめくると、見開きの2ページごとに城あるいは宮殿が載っている。城や宮殿を主体にした風景写真が大半であり、その城・宮殿について簡潔にまとめた文章が写真を極力活かす形で添えてある。そんなまとめ方の本である。タイトルには「絵本のようにめくる」という修飾語が付いている。2020年12月刊。

 表紙の城を事例にご紹介しよう。この本で初めて知ったお城。見開きの2ページで写真と文を載せるというスタイルで構成されている。城名はエルツ城。所在国はドイツ。「ロマネスク様式・ゴシック様式・ルネサンス様式・バロック様式」と建築様式の名称が列挙されている。この城の場合、時代の変遷とともにこれらの様式が採り入れられているということを示す。つまり、城(宮殿)名、所在国、建築様式名という三要素が、見開きページの四隅のどこかに記されている。エルツ城の場合だと左上隅である。

 本書は、3章構成になっている。「第Ⅰ章 伝説に彩られた-城・宮殿ー」「第Ⅱ章 愛憎劇と隠謀渦巻く-城・宮殿-」「第Ⅲ章 歴史の舞台となった-城・宮殿-」である。エルツ城は第Ⅰ章に収録されている。
 ところで、掲載された城と宮殿はどういう分布になっているか。目次の一覧で数えてみた。第Ⅰ章(20)、第Ⅱ章(12)、第Ⅲ章(26)である。括弧内がその数。権力闘争や色恋沙汰はいずこの城や宮殿にもつきまとう話だろうが、世に広がり有名になった愛憎劇・隠謀劇となると、やはり相対的に数が減るようだ。一方、それはやはり読者にとって説明を読むと言う点では一番おもしろいと言える。

 「絵本のようにめくる」ことで、説明文を読み飛ばして絵を見ながら一通り眺めてみる楽しみ方もできる。それはその城あるいは宮殿について、大きな文字でキャプションが記されているから。上記の城(宮殿)名、所在国、建築様式とキャプションを読み、見開きページに載る写真を眺め、自らの印象と想像を楽しみながら先に進むことができる。城や宮殿の切り取り方がおもしろく、そのワンショットを楽しめる。
 エルツ城の場合、第Ⅰ章の伝説に彩られた城として取り上げられている。「ドイツ3大美城のひとつは、33代にわたって個人所有される」との大文字が目に入る。これだけで、絵本をめくるように空想していく楽しみもある。絵本のようにめくりながら読むのも一興だと言える。
 一方、説明文を読むと、その末尾には、「現在も個人所有となっており、観光シーズンに公開されます」とのこと。日本のお城の所有者のことを考えると、驚きだ。

 本書で取り上げられている城と宮殿の物語に対して、付けられているキャプションを7つご紹介しよう。それがどの城あるいは宮殿か、指摘できるでしょうか?
1. ロワール渓谷には『眠れる森の美女』の城が佇む
2. 政争に敗れた人々の血を吸った古城で、カラスが飼われているのはなぜ?
3. 吸血鬼がうごめくトランシルヴァニアの山城
4. オスマン帝国のハレムに暮らした女性たちは、白人奴隷だった!
5. スペイン・ブルボン朝を崩壊させた王妃と宰相の不倫の行く末
6. ブルボン家の大宮殿が、世界最大級の美術館に生まれ変わった!
7. 芸術を愛しすぎた宮殿の主は、芸術のために命を散らした

 本書は城と宮殿について、三章構成の物語として、58の物語が中心になっている。だが、実はそれだけではない。
 建築様式と言われても・・・・という読者への一手が目次の後に打たれている。「城と宮殿 発展の歴史」と題して、「建築様式」の変遷が典型的様式での変遷として写真入りで説明され、「城と宮殿の変遷」もマクロ的にポイントが押さえられている。
 「美しきイスラーム建築の城と宮殿」というタイトルの見開きで、物語としての「トプカブ宮殿」に加えて、観光ガイドブック程度の説明付きで、ドルマバチェ宮殿、アーリー・ガープー宮殿、チェヘル・ソトゥン宮殿、アーグラ城塞、デリー城塞、ラホール城塞が紹介されている。
 「幽霊たちが彷徨う城」というタイトルの見開きページもある。合計7つの城と宮殿がまとめられている。
 「ヴェルサイユそっくり宮殿」というタイトルで、5つの宮殿が紹介されている。
 「美しき廃城」というタイトルで、7つの廃城が紹介されている。
 付録がけっこうあって、読者を楽しませる工夫がみられる。

 第Ⅲ章は歴史が舞台となる説明だけに、西欧史にかなり詳しい知識がないと、その背景を十分に理解し深く楽しめるまでにはいたらない箇所がたぶんあると思う。私には結構あった。その史実をこの本で初めて知るということも。
 初めて知ることについては、読む事で字面の意味は理解できても、そのことの重要性やその時代における影響まで思考が及ばない。いわば、猫に小判・・・・的なレベルといえようか。それは、逆に西洋史を見直す刺激を与えられた事にもなる。その城あるいは宮殿を知る機会になった。さらに歴史を学びながら楽しめる機会とも言える。
 たとえば、宗教改革者ルターのことは歴史で少し学んだが、ヴァルトブルク城のこと、城とルターの関係のことなど知らなかった。ここのキャプションは「この城がなければ宗教改革も起こらなかった!?」である。(p134-135)

 第Ⅲ章で取り上げられている城・宮殿についてのキャプションを3つご紹介しよう。城あるいは宮殿名称を指摘できるでしょうか?
1. 「500人の間」の東西の壁は、ルネサンス二代巨匠共演の舞台となる・・・はずだった!
2. 豪華邸宅での祝宴がルイ14世を嫉妬させ、主の破滅を招いた!?
3. 英国王室が生き残ったのは、このお城のおかげ?

 この本の末尾には、58の物語、つまり58の城と宮殿の位置を示す「ヨーロッパの城・宮殿地図」が掲載されている。
 地域別、国別にリストがまとめられているので、そのリストを利用し、58のそれぞれの城や宮殿が三章構成(Ⅰ~Ⅲ)のどの章で取り上げられているかを以下に示す。城と宮殿の名称の後に①、②、③を追記し三章を区別した。

[北ヨーロッパ]
イギリス ロンドン塔①、カーナーヴォン城①、ヒーヴァー城②、ブレナム宮殿②
     ハンプトン・コート②、ウィンザー城③、ビューマリス城③
     カーディフ城③、エディンバラ城③

デンマーク クロンボー城②

スウェーデン トロットニングホルム宮殿③

[西ヨーロッパ]
フランス ユッセ城①、ヴカンセンヌ城①、シノン城①、シュノンソー城②
     シャンポール城③、ルーヴル宮殿③、ヴォー・ル・ヴィコント城③
     ヴェルサイユ宮殿③、フォンテエーヌブロー宮殿③、ガオヤール城③

ドイツ  ノイシュヴァンシュタイン城、エルツ城①、プファルツ城①
     フランケンシュタイン城①、ツヴィンガー宮殿①、
     シャルロッテンブルク宮殿②、ホーエンツォレルン城③、ハイデルベルグ城③
     サンスーシ宮殿③、コッヘム・ライヒスブルク城③、ヴァルトブルク城③

オーストリア デュルンシュタイン城①、シェーンブルン宮殿②
     ホーエンザルツブルク城③

スイス  ション城①

[南ヨーロッパ]
スペイン アルハンブラ宮殿①、アヴィラ①、セゴビアのアルカサス②
     マドリード王宮②、エル・エスコリアル③

ポルトガル ベーナ宮殿③

イタリア カステル・デル・モンテ①、サン・レオ城塞①、ミラマーレ城②
     ヴェッキオ宮殿③、ドゥカーレ宮殿③
     
ヴァチカン サンタンジェロ城①

サンマリノ サンマリノ③

[東ヨーロッパ」
チェコ  プラハ城①

スロヴァキア スピシュスキー城③

ルーマニア ブラン城①、ペレシュ城③

ハンガリー ブダ城③

クロアチア ドゥブロブニック①

ポーランド マルボルク城③

ロシア   エカテリーナ宮殿②

トルコ   トプカピ宮殿②

 さて、上記のキャプションを利用したクイズ箇所がどの城・宮殿かお解りになるだろうか? わからなければ、本書を開くきっかけになれば幸いである。

 掲載されている写真の撮り方とその表現が様々であり、写真も見応えがある。
 遠い国、かけ離れた場所、それぞれの城と宮殿の美しい写真を、気軽に一瞬にしてパラパラと眺めていける、自由に行きつ戻りつしながら眺められるのがよい。

 ご一読ありがとうございます。

『サロメ』  原田 マハ  文藝春秋

2021-04-23 10:23:10 | レビュー
 冒頭の表紙は2017年1月に出版された単行本のもの。2015年から2016年にかけて「オール讀物」に連載として発表された後、このショッキングな聖人殺害にまつわる挿画が表紙に使われて単行本となった。戯曲<サロメ>の象徴的場面である。

こちらは、2020年5月に出版された文庫の表紙。サロメがバプテスマのヨハネの首を見つめるシーンが二通りに描かれているのだ。

 オスカー・ワイルドは戯曲<サロメ>をフランス語で書き、最初は私家版として出版した。少女サロメの要求に応じざるを得なくなった領主ヘロデの命令で、捕らわれていたバプテスマのヨハネの首が切られる。その首が盆に載せられてサロメにわたされた。少女はそれを母のところに持っていくのだ。新約聖書の福音書「マタイ伝」第14章の1節から12節にその話が記されている。そこにはサロメという名は出て来ないが・・・・。当時においては「聖人殺害」という禁断のテーマを取り上げること自体が大きな問題である。それを人気作家・ワイルドはフランス語で戯曲を書いた。それだけでも話題性は十分にある。
  余談だが、調べてみると、単行本の表紙の挿画の方が、芸術雑誌「The Studio」の創刊号(1893年4月)に掲載された「クライマックス」という作品である。フランス語版<サロメ>が出版されたことに呼応して描かれ発表されたイラストレーションである。

 戯曲<サロメ>が英語に翻訳して出版される時には挿画が加えられた。これを描いた画家がオーブリー・ビアズリーである。未だ無名に近いイラスト画家だったが、起用されたのである。
 この小説はワイルドの<サロメ>を大化けさせることになったオーブリーに焦点を当てながら、戯曲<サロメ>に関わりを持った人々とその時代を描き出していく。オスカー・ワイルド。オーブリー・ビアズリー。オーブリーの母と姉のメイベル。英語版翻訳者となったアルフレッド・ダグラス。出版人のジョン・レイン。書店の店主、フレデリック・エヴァンズ。イギリス画壇の重鎮、エドワード・バーン=ジョーンズなど実在した人物と史実をベースに、架空の人物を絡ませていく。史実と仮想を巧みに織上げて創作されたアート・ミステリー風のフィクションである。

 文庫本は未確認なのだが、単行本には目次がない。構成の区切りの要所要所に真っ黒なページが挿入されている。ちょっとユニークな装丁だ。
 本書の構成は、現在時点と過去時点との入れ子構造になっている。その過去がさらに入れ子構造になっているところがおもしろい。まさに二重構造である。そして、それに大きな意味が込められているといえる。

 プロローグは20XX年9月上旬から始まる。まず登場するのは甲斐祐也。彼は東京国立近代美術館の研究員で、ロンドンにあるヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)に客員学芸員として赴任しほぼ半年が経過した。甲斐は19世紀末から20世紀初頭にかけてのロンドンにおける新興美術と、画家オーブリー・ビアズリーを専門に研究している。ジェーン・マクノイアという女性からコンタクトがあった。彼女はロンドン大学大学院のある研究室に所属し、主にオスカー・ワイルドの研究を手がけている研究員。調査を進めている資料について、直接会って話し合いたいと言う。その待ち合わせ場所が、サヴォイ・ホテル1階のティーサロンだった。ジェーンは甲斐の論文内容を熟知していた。
 ジェーンは甲斐に質問を投げかける。「ユウヤ、あなたは・・・・,<サロメ>は、誰によって書かれたと思いますか?」(p19)と。祐也は勿論、聖書の記述をもとに、ワイルドが自己流の解釈と味付けをして戯曲を書いたことは熟知していた。
 戸惑う甲斐に、ジェーンは自分のトートバックからパラフィン紙に包まれた紙挟みのようなものを取り出した。そして、「<サロメ>です。--未発表の・・・・開けてみてください」と言った。それはパリのある劇場の舞台の床下で偶然見つけられたものだという。

 そして、甲斐が見せられた物語が始まって行く。真っ黒のページがあたかも結界となり、1898年3月上旬、フランスのマントンに時空間が溯る。
 結核の症状が悪化していたオーブリーは母と姉メイベルとともに、マントンのホテルに転地療養のために滞在していた。
 メイベルは、ホテル・コスモポリタンで、エリック・クリエールと名乗る男と知り合うことになる。この出会いが伏線となることに・・・・。

 そこで、再び時空間が転換する。次の結界の先は、1891年7月のロンドンに溯る。ここから始まるストーリーがいわばメインと言える。ストーリーは、19歳のメイベルの視点からまず始まり、時を重ねていく。母とメイベルは結核を患っているオーブリーの看護に長年影のように付き添っている。オーブリーの画家としての才能を二人は信じ切っている。メイベルはオーブリーのためにモデルの役割も果たしてやる。一度、オーブリーは姉にヌードでモデルになって欲しいと要求した。
 画家をめざす弟に対し、メイベルは女優をめざしている。だが、現実は厳しい。
 メイン・ストーリーは、1892年6月に、見聞を広げるためにオーブリーとメイベルがパリに旅行する時期をはさみ、1893年6月までが語られる。
 メイベルは、オーブリーを画家として世に出すために、また自分自身が有名な女優になるために、悪魔に身体を売り渡すことすら辞さないというスタンスを取っていく。そしてオーブリーが敬意を抱くイギリス画壇の重鎮であるエドワード・バーンズ=ジョーンズに面会し、絵を見て貰う機会を作ってやることに。それが、偶然にもオスカー・ワイルドとオーブリーが出会い、ワイルドがオーブリーの絵を目にする契機にも繋がる。そして、オーブリーがエドワード・バーンズ=ジョーンズに面会したことが、彼のその後の生き様を変えていく契機にもなっていく。一方、メイベルは端役であるが舞台に立つチャンスを得る。
 ワイルドとの交流の深まり、パリへの旅行とその意味、1892年8月に20歳になったオーズリーが書店を経営するエヴアンズの仲介で<アーサー王の死>の挿絵を描く仕事を得る経緯が描かれて行く。をオーブリーはワイルドからフランス語で書かれた<サロメ>得ると、そのレスポンスとして、まず後に「クライマックス」と称される絵を描くに至る。「クライマックス」は載らなかったが、雑誌「ペル・メル・バジェット」にオーブリー・ビアズリーの作品が掲載される。それがオーブリーが「画家」として「公式に」デビューを果たしたことになる。後に「クライマックス」は雑誌「ステューディオ」に掲載される。

 オーブリーは自分が目にしている世界と同じ世界をオスカー・ワイルドが目にしていると意識し始めて行く。オスカーが英語版を挿画入りで出すことになったとき、オーブリーがそれを担当するのは必然の流れとなっていく。
 オスカーは<サロメ>の英語への翻訳をオーブリーにさせて出版する腹づもりだったようだ。だが、メイベルがある画策をする方向で事態が動き出す。このプロセスが興味深い。<サロメ>の英語版出版へのプロセスは著者の巧みな創作力が羽ばたいている。メイベルが悪女に徹していく生き様がしたたかに描かれているともいえる。オーブリーの失意とのコントラストと併せて、読ませどころとなっていく。
 出版人はジョン・レイン。英語版<サロメ>は、オスカー・ワイルド原作、アルフレッド・ダラス訳、オーブリー・ビアズリー画という形で出版されることになる。
 ここで一つの区切りができる。

 次は1894年4月から1895年4月5日までが描かれる。
 メイベルがロンドンの中心部にある伝統ある劇場「グレイス・パレス」でシェイクスピア原作の演劇<アントニーとクレオパトラ>にメイベルがクレオパトラ役で大抜擢されて出演している状況の描写から始まり、オスカー・ワイルドが重大猥褻罪で逮捕されるまでの経緯が語られて行く。この時期に、オーブリーが美術監督に就任した雑誌「イエローブック」が出版される。
 著名な作家おすかー・ワイルドは妻子が居ながら男色家だった。「19世紀のイギリスにおいて、男色は、宗教的観点からはもちろんのこと、法律で禁じられていた。つまり、男色家とは、犯罪者の同義語であったのだ」(p11)
 つまり、ワイルドは監獄に収監されて、失墜することになる。
 これがビアズリー姉弟の人生の転換点にもなってしまう。舞台でいえば暗転となる。

 真っ黒のページで、場面はふたたび、フランスのマントンに切り替わる。
 1898年3月16日である。この日の夕方、往診に来た医者が告げる。「今夜が山場です」と。オーブリーはホテル・コスモポリタンの一室で、25年半という短い生涯を閉じた。
 エリック・クリエールはメイベルにメッセージを認めてパリに去る。
 オーブリーの最後の瞬間をメイベルが看取る場面描写は意味深長である。

 真っ黒なページの結界を超えると、エピローグになる。
 興味深いのは、真っ黒のページを結界にして2つの時空間が簡潔に描写されていくことである。
 最初は現在という時空間への戻り。ただし、20XX年11月末、パリのブフ・デュ・ノール劇場にタイムスリップする。
 床下から埃を被った便箋大の紙挟みが発見された現場である。甲斐祐也とジェーン・マクノイアが現場で意見交換をする場面が描写される。甲斐の読んだ「物語」のごく短い最終章。甲斐はそれを脳裡に追いかける。
 真っ黒いページの結界を超えると、もう一つの時空間にタイムスリップする。
 そこは、1900年11月30日。パリにあるブフ・デュ・ノール劇場である。
 それは、甲斐が脳裡に思い浮かべた、「物語」のごく短い最終章、つまり、問題の最終章が描かれていると言える。
 こちらの最後の一行は、
 「照明が落ち、幕が降りる。舞台は闇と静寂に包まれた。」(p322)である。
 このフィクションの最後の一行でもある。

 後で、調べてみると、オスカー・ワイルドが死去したのは1990年11月30日。
 ウィキペディアは、1987年に服役を終えたオスカー・ワイルドは、各地を転々と1900年初夏までさすらった後、パリ6区のホテルに泊り、梅毒による脳髄膜炎で亡くなったと説明している。享年46歳だったという。尚、英語版の説明を読むと死因について複数の異見があることを併記している。つまり、死因は定まっていないのが現状のようだ。
 序でに、オーブリーと姉のメイベルとの間には、近親相姦の噂があったという説もあるようだ。オーブリーについての日本語版、メイベルについての英語版の双方で、この点に言及している。英語版にはメイベルが妊娠し、流産しているという点にも触れている。そういう視点で読むと、著者が微妙な描写をしていると感じる箇所もありフィクションとして読む上では興味深い。
 
 ご一読ありがとうございます。
 
本書を読み、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
サロメ(戯曲) :ウィキペディア
サロメ 日本語訳:白神貴士 オスカー・ワイルド(仏語原本) 英訳:アルフレッド・ダグラス
Salome (play)  From Wikipedia, the free encyclopedia
オスカー・ワイルド     :ウィキペディア
オーブリー・ビアズリー   :ウィキペディア
オーブリー・ビアズリー / Aubrey Beardsley  :「Artpedia アートペディア」
Oscar Wilde   From Wikipedia, the free encyclopedia
Aubrey Beardsley  From Wikipedia, the free encyclopedia
Mabel Beardsley From Wikipedia, the free encyclopedia
Salome (play)   From Wikipedia, the free encyclopedia
サロメ(ヘオディアの娘)  :ウィキペディア
エドワード・バーン=ジョーンズ :ウィキペディア
腎臓たっぷりだもの。イギリス料理「キドニーパイ」が本場でも賛否両論らしい:「macaroni」
ピエール・ピュヴィ・ド・シャヴァンヌ :ウィキペディア
ギュスターヴ・モロー :ウィキペディア
トマス・マロリー :ウィキペディア
アルフレッド・ダグラス  :ウィキペディア
Lord Alfred Douglas  From Wikipedia, the free encyclopedia
First edition of Oscar Wilde's Salome  :「BRITISH LIBRARY」
Aubrey Beardsley illustrations for Salome by Oscar Wilde :「BRITISH LIBRARY」
The Climax (illustration)  From Wikipedia, the free encyclopedia
オーブリー・ビアズリーのサロメ(1)  :「さきの小さな大発見」
The Yellow Book の表紙  :「BRITISH LIBRARY」
アーサー王の死 :ウィキペディア
ビアズリー「アーサー王の死」:「天牛書店」

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こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『<あの絵>のまえで』   幻冬舎
『風神雷神 Jupiter, Aeolus』上・下  PHP
『たゆたえども沈まず』  幻冬舎
『アノニム』  角川書店
『デトロイト美術館の奇跡 DIA:A Portrait of Life』  新潮社
『モダン The Modern』   文藝春秋
『楽園のカンヴァス』  新潮文庫
『翼をください Freedom in the Sky』  毎日新聞社


『破断 越境捜査』  笹本稜平  双葉文庫

2021-04-21 16:01:39 | レビュー
 越境捜査シリーズの第3弾。『小説推理』(2010年3月号~2011年4月号)に連載された後、2011年10月に単行本が出版され、2014年11月に文庫化された。
 
 最初に主な登場人物を挙げておこう。
鷺沼友哉 警視庁捜査一課特別捜査一係所蔵。未解決事件の継続捜査が本業。
     かつては殺人班所属。上司と衝突して異動となる。生まれついての反骨魂。
     大勢に流されるのが極端に下手。警察組織に巣くう悪の排除をめざす。
     離婚し、今は独身。
井上   鷺沼の相方。若手刑事。正義感に溢れ、宮野の舌先三寸に影響を受ける。
     IT分野は得意で情報収集を担当する。鷺沼の姿勢に共感していく。
三好   鷺沼の上司。特別捜査一係の係長。定年まで残り少ない段階に来ている。
     鷺沼の捜査スタンスを信頼している。警察組織内の闇の存在を嫌悪する。
     刑事の職を辞す前に己の自負となる事件・問題事象の解明を希求している。
宮野裕之 神奈川県警瀬谷警察署刑事課所属。巡査部長。県警内部では爪弾きの存在。
     金に目がなく捜査の行く手に金の匂いを嗅ぎ取り、どさくさの余禄を狙う。
     得た金はギャンブルですってしまう。事件絡みで鷺沼に泣きついてくる。
     舌先三寸、したたかさを持つ。料理が上手。ついつい鷺沼が妥協する羽目に。福富   鷺沼と宮野の共通の知人。12億円裏金事件以来の付き合い。腐れ縁でもある。
     表の顔は、関内と桜木町でイタリアレストランを経営する実業家。
     本業は横浜を根城にする暴力団極濤会の大物幹部。金の匂いに聡い。
     金を得られそうと判断すると鷺沼・宮野の捜査に陰で協力する。宮野と同類。
 警視庁と神奈川県警は犬猿の仲であるが、結果的に鷺沼と宮野は共同戦線を張り越境をものともせず捜査に専念していく。

 1月中旬、三好から電話連絡を受けた鷺沼が本庁に入ると、宮野が来ていた。悪い予感が当たったのだ。三好は鷺沼と井上に3日前に瀬谷区内の山林で白骨化した死体が発見された事実について語り始めた。その身元が、10年前に都内で失踪してそのまま行方不明になっていた湯浅慶三郎と判明した。事件当時は大日本報国党党首で、政財界に強い人脈をもつ右翼だった。既に新聞で拳銃による自殺と報道されていたのを鷺沼は知っていた。湯浅の失踪事件が頭に引っかかっていた三好は、捜査が打ち切られ、継続事案となっていた資料に当たってみて、腑に落ちないことがいろいろ出てきたという。瀬谷区南部の薮山にある古い防空壕で発見された現場に、宮野は少し遅れて駆けつけたという。瀬谷署に帳場が立つと宮野は思っていたが、県警がいとも簡単に自殺で幕引きをしたという。宮野は実は不審なものを現場で目撃していた。湯浅が自殺に拳銃を使ったと報道されたが、その拳銃は間違いなくニューナンブだったと彼は断言した。

 ニューナンブはかつて日本の警察が制式採用していた回転式拳銃である。何年か前までは現役だった拳銃だが、今はどこの警察も使っていない。市販や輸出はされていないし、民間人が入手することは不可能なはず。今、日本の警察の制式拳銃はS&W製のリボルバーやシグ・ザウエル製のオートマチックに切り替えられている。回収された何十万丁にも及ぶニューナンブは厳格にメーカーで破砕処分されているはずなのだ。
 もし、ニューナンブだとすると、これは相当やばい話に転換してしまう。つまり、神奈川県警が早々に拳銃による自殺報道をした背景には、警察組織内に相当やばい裏があると宮野はみている。宮野は三好に呼ばれたのを幸いと、三好・鷺沼・井上と手を組んで真相を調べたいと言う。
 鷺沼はもちろん、過去の経験から宮野はそこに金の匂いを嗅いでいるのに気づいた。だが、三好と井上はその側面には気づいていない。単純に宮野の正義感に共感していく。
 警察内部に廃棄されるはずのニューナンブを横流しし甘い汁にたかる組織が秘密裡に形成され根付いているのか? 
 
 三好は、拳銃がニューナンブという危惧の側面は一旦切り離し、湯浅の死についてあくまで他殺を視野に入れて捜査の洗い直しをするという形を採るという。犯人は誰かを追うことにより、その過程で銃の出所が絡み、調べるという段取りである。その線で警視庁から神奈川県警に公式に証拠物件の提供を求めるシナリオを考えていた。
 当面、ニューナンブの線は宮野独自に県警内部のこととして調べることを任せることで進めたいと言う。

 鷺沼たちは継続捜査用の資料の精査から始める。資料は貧弱だったが、三好が腑に落ちないと思った事実は資料に記載されていた。当時、湯浅は大物右翼だったので、公安も何らかの情報を収集累積しているはずだ。井上は早速、湯浅に関するインターネット上の情報検索を行う。鷺沼は井上の収集した情報から、湯浅のあとを引き継いだ娘婿の深町靖男にコンタクトをとり、井上とともに聞き取り捜査をすることから着手する。
 
 宮野が公安らしき者に尾行されていると鷺沼に連絡を入れてくる事態が発生する。
 深町は湯浅が行方不明になった時、捜査を刑事部が行うだけで、日常的に接触があったはずの公安が捜査に乗り出さなかったことや、深町が後継党首になった後公安が一切姿を見せなくなったことを、逆に不思議に感じたという。
 湯浅の周辺に一番頻繁に現れていたのは公安三課の生方刑事だと湯浅の娘の発言からわかる。その生方について三好が調べたところ、湯浅失踪の三年後に42歳、警部補で依願退職していた。その理由は何か? 三好は確たる記録がないと言う。鷺沼はそこに追ってみる価値がありそうだと判断する。
 公安の追尾の目を避けるという名目で、宮野は鷺沼のマンションに転がり込む。そして福富がフィリピンでおかしな拳銃を目にしたという話を鷺沼に語る。それはニューナンブM60そっくりのS&WーM36チーフズスペシアルだったという。福富はけっこうガンマニアで拳銃の細部の特徴をも宮野に説明していた。警察組織内部の闇への疑惑が高まる。
 さらに、宮野が逆に同窓生に公安の刑事がいることから、その公安刑事を呼び出して探りを入れてみるという行動を取る。そこから思わぬボロが出てくる。公安が何らかの形で背景に絡んでいるようなのだ。
 捜査が始まると、次々に不可解な事象が発生するとともに、糸口が見え始めることに・・・。

 このストーリー、芋蔓式に聞き取り捜査を深めて行き、周辺情報が累積されていくにつれ、状況証拠として警察組織内に潜む闇組織のシナリオが見え始める。だがその確たる証拠がなかなか入手出来ずに紆余曲折を経ながら捜査が進展する。このプロセスがおもしろい。読者としてちょっとじれったい部分もあるが・・・・まあ、そんなものだろう。なにせ、長い時間が経過した事件なのだから。
 鷺沼と井上の捜査行動が生方の郷里での聞き込み捜査に及ぶや、公然と公安刑事が姿を見せるようになってくる。だが、上層部の指示範囲だけで駒として動く先端の公安刑事から先への糸口は見えてこない。
 周辺をジワジワと固めている確信はあっても、核心となる闇の本丸を押さえられないプロセスの描写。鷺沼、井上、宮野、三好の心理の動きとそこに加わる福富の心理の動き。それらが焦燥感を伴いつつ描かれていく。

 鷺沼が確たる証拠を入手できたと一瞬確信したが、その資料がするりと移送過程の途中で奪われてしまう。決め手となりうる確度の高い証拠の消滅!
 鷺沼たちは、次の一手、次善の策を案出する。マルサと組むという奇策。闇の組織の頂上を何としても捉えるために・・・・。
 だが、それも敵の牙城を切り崩せない。そこで、鷺沼は宮野らとフィリピンまで行くことにもなるのだが。
 
 鷺沼に幾度も辞表を書いては破り捨てるという行動をとらせるまでの手詰まりに至る。胸中に渦巻くのは慚愧の念。鷺沼が悶々とする日々のある日、一通の小封筒がマンションの集合ポストに届いていた。
 意外な形で、闇の組織に鉄槌を加えることができる証拠物件が舞い込んだのだ。
 それにより、鷺沼は湯浅と生方の周辺で起こった一連の出来事を組み立てることと、生方の生き様の全貌を理解することができた。
 鷺沼と三好は事件を何としても解決し、闇の組織を壊滅させる秘策を練る。

 この第3弾で特徴的と感じるのは、鷺沼と宮野の視点から公安警察の有り様についてかなり踏み込んで描いているところである。ここに描かれた公安警察とリアルな公安警察との間で、その思考・行動様式が近似しているのか。ここでの描写はあくまでフィクションの中での仮想現実の公安警察なのか・・・・。興味深いところだ。

 この作品のタイトル「破断」について、読後印象としてダブルミーニングのように受けとめた。鷺沼たちの地道な聞き込み捜査の先に幾度も立ちはだかる障壁により、事件捜査が破綻し断ち切れてしまうかもしれない危うさが押しよせるという側面。その一方は、鷺沼たちの捜査が警察組織内に築かれた拳銃の横流しをする闇の組織内にきしみを生み出させて生まれる破断という側面である。
 ところで、「破断」という熟語について。数十年来愛用している手元の複数の大型国語辞書には「破綻」「破談」は載っているが、「破断」という熟語は載っていない。一方、ネット検索で調べると、最近の国語辞書には熟語掲載しているのもあるようだ。少なくとも2つの辞典名称が付記されている説明ページをみつけた。
 本書での「破断」の使用と最近の辞書の熟語掲載の時期、そのどちらが先なのだろうか・・・・。思わぬ疑問が残った。

 ご一読ありがとうございます。

本書を読み、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ニューナンブM60 :ウィキペディア
おまわりさんの銃「ニューナンブM60」とは :「ミリタリーショップ レプマート」
S&W M36 チーフスペシャル X カートリッジ仕様 2インチ ブラック :「マルシン」
SIG SAUER P220  :ウィキペディア
SIG SAUER P226  :ウィキペディア
S&W M360     :ウィキペディア
制服警察官が持つ「回転式拳銃」は3種類が存在 2020.8.10 :「exeiteニュース」
【ガンマメ】日本の警察官の銃って、なんでリボルバーなの?装弾数足りなくない?
:「あきゅらぼ Accu-Labo」(ピストル射撃競技メインのサイト)
盗聴  :ウィキペディア
盗聴器・発見器  :「価格.com」
日本共産党幹部宅盗聴事件 :ウィキペディア
警察の市民監視考える 町田で「憲法守るたたかい」:「日本共産党 東京都委員会」
イラン・コントラ事件  :「コトバンク」
イラン・コントラ事件  :ウィキペディア
破断  :「コトバンク」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
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その点、ご寛恕ください。)

この印象記を書き始めた以降に、この作家の作品で読んだものは次の小説です。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『希望の峰 マカルー西壁』  祥伝社
『駐在刑事 尾根を渡る風』   談社文庫
『駐在刑事』  講談社文庫
『漏洩 素行調査官』  光文社文庫
『山岳捜査』  小学館
『公安狼』   徳間書店
『ビッグブラザーを撃て!』  光文社文庫
『時の渚』  文春文庫
『白日夢 素行調査官』  光文社文庫
『素行調査官』  光文社文庫
『越境捜査』 上・下  双葉文庫
『サンズイ』  光文社
『失踪都市 所轄魂』  徳間文庫
『所轄魂』  徳間文庫
『突破口 組織犯罪対策部マネロン室』  幻冬舎
『遺産 The Legacy 』  小学館


『<あの絵>のまえで』   原田マハ   幻冬舎

2021-04-20 09:34:27 | レビュー
 ある美術館に展示されている一つの絵、<あの絵>が、一人の人生に、あるいは家族の人生に、大きく深く関わりを持っていく。<あの絵>との出会いがその人に意味を与えて行く。一つの絵と出会う瞬間にそれが必然的な関わりへと高められていく。<あの絵>のまえに佇むという場面をそれぞれに織り込んだ短編連作集である。6編が収録されている。
 冒頭の本書表紙には、大原美術館蔵のパブロ・ピカソ作<鳥籠>(1925)が使われている。この絵は2つめに収録された「窓辺の小鳥たち」に登場する「私」こと詩帆の人生に関わって行く。
 本書に描かれているのは普通のいわば平凡な一市民それぞれの人生の一コマである。人には己の生き方に思い悩む、あるいはなにがしかの壁の存在を感じる局面あるいは時期がある。そんなタイミングに<あの絵>と出会う。その出会いと関わりが、その人の人生に深く関わっていく。<あの絵>の世界で絵が語りかけてくるもの、そこにある意味を見出していくのは<あの絵>を見つめる側なのだ。だが<あの絵>がパワーを与えてくれる。そんな瞬間を著者は描き出して行く。

 カバーには、「A Piece of Your Life」という英文のフレーズが記されている。ここで使われている your は、たぶん、「[話し手・聞き手を含めて人間一般を指して:総称]人の(◆日本語には訳さない)」(『ジーニアス英和辞典』大修館書店)に相当する語義なのだろう。まさに「人生の一コマ」が、<あの絵>との関わりで、鮮やかに切り出されている。それは時に読者をほのぼのとした気持ちにさせる、共に希望を感じさせる、あるいは涙を誘う・・・・・そんな出会い、思いを共有させるプロセスへ誘っていく。読者がその短編に描かれた人生の一コマに思いを重ねて行くならば・・・・。
 
各短編を簡単にご紹介して行こう。

<ハピー・バースデー>
 現在の時間軸の中に、過去の経緯が挟みこまれ、そのストーリーが中心に展開する。これは夏花の人生物語である。
 東京に出て一人暮らしをする大学4年生、22歳。就職活動の真っ最中の時期に焦点があたる。夏花はなかなか採用内定が得られず悩み焦りまくっている。大学同期で友人の亜季は早々と都内の大手出版社への就職が決まった。亜季の両親のいずれかの口利きといううわさが友人たちの間にはあった。夏花は亜季の優秀さを認めていた。広島が郷里の夏花は母子家庭で育った。夏花はそのことを気にしたことはない。
 就職先が決まらず焦る夏花は、8月6日、自分の誕生日であることすら忘れていた。ある製薬会社の面接に向かう途中でそのことに気づく。面接を受けた後、後先を考えず東京駅へ。広島に直行する。その時の経緯が描かれていく。
 クリスマス・プレゼントに亜季が夏花に贈った手帳の表紙絵のこと、夏花が2歳のときの母との思い出話などが重ねられていく。手帳の表紙絵はゴッホ作の<ドービニーの庭>(1890年)でひろしま美術館所蔵だ。
 再び現在。夏花は広島で41回目の8月6日を迎えた。その日、ある場所で、ある人との劇的な再会。「ハピー・バースデー」でこのストーリーは終わる。

<窓辺の小鳥たち>
 「私」と一人称で詩帆が語る。彼女は東京で広告代理店に勤めていて、岡山の両親には内緒で、なっしーと呼ぶ相方、小鳥遊音叉(たかなしおんさ)と同棲している。なっしーとは岡山に居た高校2年のときに知り合って以来の付き合い。そのなっしーがサンフランシスコに旅立とうとしている。ギタリストになる夢を抱いて。
 なっしーがその決意をしたのは、ファミレスでパートから正社員になればと推薦されたことを詩帆に話したとき。「それが一生かけてやりたいことなの?」と問いかけられたことにあるという。
 なっしーが旅立つ日に、私(詩帆)は高校時代から今までのことを振り返る。そして、思い出す。二人で大原美術館に行き、ピカソの<鳥籠>の絵の前に立ち、ピカソの絵での発見を。その後アイビースクエアで初めてなっしーが私に捧げるとギターを奏でたことを。 「私」の切ない心の揺らぎが回想を通じて確かめられていく。
 <鳥籠>に描かれている鳥にふたりがそれぞれに思いを託すという小品である。

<檸檬>
 この作品も第一人称で綴られる。冒頭で私(岡島)は同期入社の澤本静佳に誘われてカフェに行く。その席で同期としての忠告を受ける。岡島のふるまいに周囲の人々が「炎上」していると。何も言えない私に澤本は腹を立てる。
 私は、中学・高校時代のことを回想していく。「空想の友だち」「モウさん」と対話していたこと。お絵かきが好きで、高校では美術部に入ったが、絵を止めてしまった事情・・・・。
 澤本さんに忠告された翌日、通勤のために新百合ヶ丘駅のホームに立っていると、正面の逆方向へのホームに立つ女子学生が目に入る。その少女がスカートのポケットからレモンを取り出した。モウさんの声が響き、私は思わぬ行動をとる。少女の後を追うことに。
 私が導かれたのはポーラ美術館。<砂糖壺、梨とテーブルクロス>というセザンヌの静物画の前だった。構図のいちばん右手にレモンがオブジェの一つとして描かれている。
 少女の行動とセザンヌの絵を眺め、私には「もう一度、絵を描いてみようか」という気持ちがあふれてくる。
 本物の絵と友だちになる。そこに「私」が新たな道を見出した。
 彼女の生き方はここから変わるだろう。そんな余韻が心地よい小品だ。

<豊穣>
 この短編も第一人称で語られる。私(亜衣)は愛知県豊田市にある築30年のコーポの一室に住み、将来大物の作家になることを目指している。この部屋に住み始めて3年。
 文章を書くのが得意だった。高校3年で進路を考えるとき、小説家になりたいと思ったのだ。大学に行かずにアルバイトしながら小説を書くと。作家になったら帰ってくると言い、おばあちゃんの家を出た。その私は、今、昼夜転倒の生活で「さくらレビュワー」という嘘っぱちな仕事で金を貰っている。
 スガワラさんが引っ越しの挨拶で、お近づきにと、四角い包みと封筒を差し出す。一人暮らしは初めてだと言う。封筒には豊田市美術館の入場券が入っていた。勤務先なので、ぜひ、来てくださいと言う。そこから、左隣りの部屋に住むスガワラさんと私の関わりが深まっていく。スガワラさんは70歳。
 私の生い立ちが語られ、スガワラさんとの交流が深まるにつれ、私の生活スタイルが変化していく。そのスガワラさんが、「あなたが書きたいと思ったものを、読んでみたいな」と言った。
 スガワラさんが再び家族と住むために引っ越することになり、最後の出勤となる日に、私は初めて豊田市美術館を訪ねた。そして、スガワラさんの勤務の意味を知る。
 そして、常設展示室の正面の壁で待っていた<オイゲニア・プリマフェージの肖像>と対面する。
 小説家をめざす「私」の心が、そして生き方が変わっていく。その変容プロセスが読ませどころとなる小品だ。

<聖夜>
 長野県茅野市内の別荘地の「森の家」に夫の忠さんと住む「私」が、10年前にたったひとりで天国へ旅立った息子、誠也のことと自分たち家族のことを回想することが主軸となるストーリー。誠也が未熟児で誕生したときの事から、たくましく成長するまでの家族の関わりと行動。父・忠の了解を得て、2年かけて冬登山のトレーニングを続けた上で、谷川岳に12月21日にアタックすることが決まり、そして天国に旅立って行ったときまでの経緯が綴られていく。
 誠也の誕生日は12月24日。21歳で旅だったのは12月22日。誠也が旅立つ2年前の誕生日に、私は東山魁夷の<白馬の森>の絵を贈っていた。さらに誠也が本格的に冬山を制覇したあとの夢を語っていたことに回想が及ぶ。
 
 そして現在に。12月22日、私は忠さんと墓所に出かける。先に墓前に行っていた忠さんは墓前に置かれていた一通の手紙を手にしていたのだった。
 二人は誠也の誕生日24日、初めて東山魁夷館を訪れる。<あの絵>を見るために。そして、<あの絵>をみつめながら、ひっそりと佇む人を見つめるために。
 収録された短編連作の中で一番心を動かされた小品である。

<さざなみ>
 これも一人称で語られる。地元仙台市で大学を卒業し、地元で就職した。だが、マッサージセラピストになりたくて、東京の専門学校に入り、資格を取ることにチャレンジする。生まれて以来28年間、仙台から出たことのない私が実家を離れたのだ。学校を卒業後、渋谷のマッサージサロンに勤務を始めた。勤務中に貧血で倒れ、救急車で病院に担ぎ込まれる騒ぎになる。秋の初めに子宮筋腫の手術を受け、二週間入院して退院。それまでに、勤め先は一方的に追い出されていた。
 そんな私が、入院中に偶然テレビの旅番組で見た「アートアイランド・直島」に旅する決断をした。ストーリーの主軸は直島に。直島での人との出会い、モネの<睡蓮>との出会い。
 <睡蓮>の前で出会った男性に、二度目に会ったとき、「アートのパワーをもらって、もっと元気になりました」と話す。
 私は、「モネに会って、自分の生き方を見つめ直すきっかけを得たと、すなおに話すことができた」(p191)のだ。
 この小品を読み、直島に行き、地中美術館を訪れ、<睡蓮>を見たくなった。
 著者は、「入口からは想像もできない、とても斬新な風景を建築が創り出している」(p180)と「私」にその美術館の印象を語らせている。

 様々な人の人生の一コマでの<あの絵>との出会いが鮮やかに切り取られている。

 ご一読ありがとうございます。
 
本書に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ドービニーの庭 ビンセント・ファン・ゴッホ :「ひろしま美術館」
ピカソ 鳥籠 図録・レゾネより  :「ヤフオク!」
砂糖壺、梨とテーブルクロス  ポール・セザンヌ :「ポーラ美術館」
オイゲニア・プリマフェージの肖像 グスタフ・クリムト :「豊田市美術館」
白馬の森  東山魁夷 :「東京書芸館」
地中美術館 :「Benesse Art Site Naoshima」
「アートのご紹介」の冒頭にクロード・モネの作品が載っている。 
ひろしま美術館 ホームページ
大原美術館 ホームページ
ポーラ美術館 ホームページ
豊田市美術館 ホームページ
長野県立美術館 ホームページ
  東山魁夷館
アタウアルパ・ユパンキ :ウィキペディア
Atahualpa Yupanqui Solo Guitar Works #2 'Zamba Del Ayer Feliz' /played by Shiro Otake ユパンキギターソロの神髄2  YouTube
はじめてのアコースティックギター  YouTube
フォルクローレ ギター のリズム Ritmo de guitarra para musica andina  YouTube
至宝 エドゥアルド・ファルー:ギターと歌 1967 Treasure 「Eduardo Falu」 YouTube
フォルクローレとは  :「名古屋大学フォルクローレ同好会」
Benesse Art Site Naoshima ホームページ
直島観光旅行サイト  ホームページ
グスタフ・クリムト  :ウィキペディア
東山魁夷   :ウィキペディア

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その点、ご寛恕ください。)


こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『風神雷神 Jupiter, Aeolus』上・下  PHP
『たゆたえども沈まず』  幻冬舎
『アノニム』  角川書店
『デトロイト美術館の奇跡 DIA:A Portrait of Life』  新潮社
『モダン The Modern』   文藝春秋
『楽園のカンヴァス』  新潮文庫
『翼をください Freedom in the Sky』  毎日新聞社


『ブラタモリ 4 松江 出雲 軽井沢 博多・福岡』  角川書店

2021-04-18 09:59:16 | レビュー
 昔、仕事で出張してほんの少しだけ立ち寄ったことがある博多が入っている。古代史の視点からも出雲は一度行ってみたいところ。松江は小泉八雲を私はまず連想する。そんなところから、第4弾を読んでみた。本書の監修はNHK「ブラタモリ」制作班。標題が長くなるのでここに記す。 

 本書には「松江」(2015年8月1日放送)、「出雲」(2015年8月22日放送)、「軽井沢」(2015年8月29日放送/11月21日)、「博多・福岡」(2015年9月19日/10月3日放送)が収録されている。なぜか、軽井沢の後半のテーマには日付だけで「放送」という語句が明記されていない。

 本書の基本構成コンセプトについて繰り返しになるがまずご紹介しておこう。
  *ブラタモリの番組放映のテーマについて、番組の流れに沿って論点を説明。
  *番組では語り尽くせなかった部分の補足説明(番組出演した研究者等のVOICE)
  *番組で採り上げた地域の観光スポットのガイド
  *同行アナウンサーの番組裏話 本書は桑子真帆さんのトーク
である。

 本書でおもしろいと感じたのは、そのテーマ設定のしかた。「松江」では湿地帯になぜ城下町ができたかというアプローチ。「出雲」には、なぜ日本有数の観光地になったかの視点からアプローチしている。「軽井沢」を避暑地としてアプローチするのは定石だろう。だが、軽井沢へ至るためにどう「峠」を超えたのかという視点は考えもしなかった。「博多」の誕生を「高低差」でとらえる発想はタモリさん好みのアプローチと言える。「福岡」の発展のカギとして鉄道を重視するのも興味深い。

 本書から学んだ要点を私なりに整理し覚書としてまとめてみたい。機会があれば現地を訪ねてみたい下準備でもある。専門家と一緒に歩き回れるわけではないので・・・・・。

<松江> テーマ 国宝松江城の城下町はどうつくられた?

 冒頭がまずおもしろい。松江城が国宝に指定されたのは、何とごく最近! 2015(平成27)年。城の地階の通し柱に穿たれた小さな釘穴が平成24年に松江神社で発見された祈祷札の2つの穴と一致した。祈祷札に記載の年号が松江城の築城年を特定することになったという。釘穴疎かにできず、という次第。
*松江城:現存12天守のひとつ。附櫓のある複合式望楼型。1,2層目は大入母屋屋根・下見板張り。木部は全て黒塗り。南北に千鳥破風。実戦に備えた強固な造りの城。別名「千鳥城」。堀尾吉晴が築城した。
 松江城の築城当時は城下全体に低湿地が広がっていた。かつての松江は一面の湿地帯。
*松江城は砂州の上にあった白潟という松江一の商業地を城下町に取り込んだ。
*松江城は多くの掘を巡らし、「防備」「排水」「埋め立て」の一挙三得を図る。宇賀丘陵中の「赤山」(横約240m、縦約90m)を切り崩し、城下町全体の埋め立てに使ったという。松山城と城下町の完成はわずか5年で。
 湿地からの排水と松江城の設計を、堀尾吉晴の臣下小瀬甫庵-『太閤記』の著者-が補佐したと言われる。
*かつての掘に面した武家屋敷は「舟入り」を敷地内に設けていた。マイマリーナ所有!
*「ぐるっと松江堀川めぐり」の小さな遊覧船は、ルート上の16の橋のうち4つの橋下を通過する際、屋根を下げる。暗渠状の水路箇所がある。
*四十間堀川河口近くにある「松江堀川浄化ポンプ場」が国宝松江城の掘の水位を一定に管理する。この水位は上記遊覧船にも影響する。
*宍道湖と中海をつなぐ大橋川の拡幅工事の実施が、宍道湖名産のシジミという副産物を産む。満潮時に海水が湖に流入することで海水と淡水が混ざり合い塩分濃度が高くなったことによる。江戸時代には大橋川流域にしかヤマトシジミはいなかったそうだ。
*松江に茶の湯文化を伝え根づかせたのは松江藩七代藩主松平治郷(不昧公)。風雅な松江の和菓子が発展。治郷の時代に松江では100品を超える菓子が作られたという。

<出雲> テーマ 出雲はなぜ日本有数の観光地になった?

*出雲大社参拝への神門通りは突き当たりの正門(木製の鳥居)までゆるい上り坂。鳥居前は「勢溜(せいだまり)」と称する広場、鳥居から先の参道は一直線の下り道。このあたり、かつては砂丘だったところという。出雲大社の祭神は大国主大神。
*出雲大社の本殿は八丈(24m)。2000(平成12)年の本殿前の発掘調査で、3本で1セットになっていた中世の本殿の柱が発掘された。これで、古代の本殿は十六丈(48m)という言い伝えが事実だとわかった。古い平面図と発掘位置が合致した。
 「古代の出雲大社推定復元模型」の作製・展示。島根県立古代出雲歴史博物館にて。
*出雲大社では約60年に一度「遷宮」を行う。傷みの修繕、屋根の葺き替えレベルで。
 直近の遷宮は「平成の大遷宮」で、2016(平成28)年3月に実施。
 現在の本殿は約270年前の「延享の遷宮」で建て替えられたもの。内部は4部屋構成。
 本殿の天井には「八雲之図」が描かれている。ただし、雲の数は7つ。完成させず永遠性を求めるためだとか。(本殿内は非公開。本書には「八雲之図」を部分掲載)
*本殿の両側には、細長い社に19の扉がついた「十九社」がある。神在月に神が集い留まるための建物。
*出雲大社の正式な名称は「杵築(きづき)大社」。地名として「杵築」が使われている。
*初めは造営遷宮費用の調達のために17人の上級神官が各地の大庄屋を訪ねたのが起源。 江戸時代中期頃から「出雲御師」が全国に布教に出かけ出雲大社の信仰を広めた。
  ⇒幕府のお墨付き。町村の役人が配札や集金を代行するので非常に効率的。
 大社参拝を勧誘。出雲御師の屋敷が参拝者の宿泊所となる。最大のご利益が縁結び。
 出雲御師は、お札や暦と一緒に「蕎麦預」(そば1杯が無料になるクーポン券)を配った。海苔や椀、薬などを手土産にした。
*上記の神門通りは、大正時代に鉄道・大社線が敷かれてできた道。旧大社駅が現存。

<軽井沢>
テーマ1 軽井沢はなぜ日本一の避暑地になった!?

*江戸時代、旧軽井沢は中山道の宿場町「軽井沢宿」で、約20軒の宿屋があり栄えた。
 1884(明治17)年、中山道の南側に碓氷新道が開通し、町はすたれた。
*1885(明治18)年、カナダの宣教師、アレキサンダー・クロフト・ショーが軽井沢を訪れ、明治21年に避暑のための別荘を建てたのが最初となる。宣教師たちが夏の間、避暑のために軽井沢に逗留するようになる。
 ⇒ショーの頭には、西欧がアジアを植民地化した時に、「ヒルステーション」(高原避暑地)
  を造っていたというモデルと「サマーキャンプ」というモデルがあったのではないか、
  と安島博幸教授は考察されている。
*尚、その7年前の1877年には陸軍が軽井沢に脚気患者療養所を開設。その後も軍の療養所が開設されている。つまり、療養目的で軽井沢が見直されたという。
*1895(明治28)年に軽井沢ショー記念礼拝堂が軽井沢初の教会として建てられる。
 1906(明治39)年に軽井沢ユニオンチャーチが教派に関係なく礼拝できるようにとの趣旨で建てられる。木造建築でシンプルに造られている。ウィリアム・M・ヴォーリスの設計。
*多くの外国人が避暑に来るようになり、町にも変化が起こる。外国人のニーズに対応。
 靴屋・パン屋・ジャム屋・レース屋・家具屋・クリーニング店など。英語表記の看板も。
*1893(明治26)年、碓氷峠を越える鉄道が開通し、東京と直結することになる。
*1893年に、日本人では初めて元陸軍大佐の八田裕二郎が軽井沢に別荘を建てた。
 「八田別荘」は現在、軽井沢町が管理している。(建物内部は非公開)
*軽井沢は高原だが広大な平地。それは軽井沢駅近くの離山(はなれやま)が2万年前に噴火して、噴出した火砕流が一帯を埋め尽くした結果だという。そこに、浅間山の噴火による火山灰も痕跡を残すことに。軽井沢の地名の語源が「かるいしざわ」という説もあるとか。
*軽井沢別荘地開発の創始者のひとりは野沢源次郎という貿易商を営んだ実業家。
 軽井沢の美しい林は人工的に作られ、野沢はパリのような放射状の町並みを計画した。
 円弧状の曲線を描く道、洋館建築の町並み、ロータリー。ラウンドアバウトという発想。

テーマ2 軽井沢への道 人はどう「峠」を超えてきた?

*「木曽の桟(かけはし)、太田の渡し、碓氷峠がなくばよい」碓氷峠は交通の難所だった
*長野・群馬両県の県境、碓氷峠の山頂には熊野信仰の神社がある。神社は県境にまたがる。
 群馬側は「熊野神社」、長野側は「熊野皇大神社」と称しそれぞれに宮司さんが居る。
  ⇒戦後の宗教法人法で県ごとに法人登記をする規定となった結果による。
*碓氷峠は日本海と太平洋への分水嶺(界)にあたり、「中央分水界」と呼ぶ。
*長野側の軽井沢宿(標高960m)、碓氷峠(標高1190m)、群馬側の坂本宿(標高450m)
 碓氷峠は「片峠」(非対称の峠)の代表。群馬側に高低差が大きく、旅人泣かせの峠。
*旧中山道は溶岩流が作ったなだらかな尾根を通る道だった。坂本宿は中山道の整備に伴って三代将軍家光の時代に計画的に作られた宿場町。江戸時代、信州に向かう旅人が「碓氷関所」を抜けるのに時間がかかり、山越えに困難を伴うことによったためという。
*1893(明治26)年に軽井沢駅-横川駅間、11.2kmに「アプト式鉄道」が開通した。
 開通当初は蒸気機関車で約80分、1912年にアプト式電気機関車が導入され約50分の所要。
 1934(昭和9)年、国産電気機関車ED42形を運行。1963(昭和38)年アプト式廃止。
 1963年、粘着運転方式に変更し、電気機関車EF63形を導入。所要約20分に。
*1997(平成9)年、新幹線開通により横川-軽井沢間(標高差553m)は廃線となる。
*「アプトの道」という遊歩道:旧信越本線の横川-熊ノ平間の約6kmの区間
  ⇒めがね橋(碓氷第三橋梁、長さ91m、高さ31m、アーチが4つ)は勾配66.7パーミル
   変電所跡と10のトンネル。レンガ造りの鉄道施設跡を歩くことができる。

<博多> テーマ 博多誕生のカギは「高低差」にあり!?

*博多:中世以来、アジアとの貿易港として栄えてきた商人の町
 福岡:関ヶ原の戦い後に戦功として筑前国を得た黒田長政が開いた城下町
    黒田氏ゆかりの地岡山の福岡という地名から名付けられたという。
 博多と福岡は那珂川の中州が町の境目となる。中州は長政が河口近くに土を盛り架橋した。
*薬院新川から那珂川まで続く石垣が、2つの町だった時代の痕跡を示す。
 石垣は、かつては高さ8mを超え、800m以上も続いていたという。
*博多を復興したのは九州を平定した豊臣秀吉。太閤町割で碁盤目状に区画整理した。
 ⇒西の那珂川(博多川)と東の御笠川に挟まれた地域。南北の基準線を軸に(現大博通り)
*大博通りは2つの高まりを結ぶ細い高地を背骨のように貫いていて、基準軸となった。
 海抜5~6m程度の2つの砂丘の高まりの周囲に海が入り込んでいる地形だった。
 北側の砂丘のピークに当たるのは大博通りと昭和通りの交差点。
*博多の総鎮守、東西方向に向いた櫛田神社の鳥居の先の石段が段差(地形)の痕跡。
 石段の先にはかつて入り江が広がっていた。
 ⇒石段下に小舟を着け、櫛田神社で航海の安全を神に感謝したという。
*福岡城跡に、古代は外交使節に関わる鴻臚館という施設が建っていた。舞鶴公園内。
 平安時代後半、博多は宋との唯一の外交窓口になった。
*鎌倉時代の僧・栄西が創建した日本初の禅寺、聖福寺は博多で最も高い場所にある。
 かつての南側の砂丘のピーク。聖福寺周辺の町割は太閤町割と約10度のズレがある。
*「HKT203」(博多遺跡203次発掘調査現場)は、複数の時代の生活面が重なる「複合遺跡」で、珍しいもの。わずか3mほどの断面に江戸~弥生と5面の生活面が凝縮されている。

<福岡> テーマ 福岡発展のカギは「鉄道:にあり!?

*福岡市中央区の薬院駅前は福岡の公共交通網の重要なハブのひとつ。現在は立体交差化。
*江戸時代「天神」は福岡城下の武士の町。廃藩置県で武士が福岡を離れると一時はゴーストタウン化した。その転機は明治末の民間の路面電車だった。
 福博電気軌道と博多電気軌道の路線が現在の福岡パルコに面した交差点でクロスした。
  ⇒福博電気軌道は福岡と博多を東西方向に一直線の線路で結ぶ。
   博多電気鉄道は、福岡と博多を半円状にまたぐような形で線路を敷設。
 そこで天神が市内交通のハブになった。
 昭和に入り2社の経営が一元化される。戦後、西鉄福岡市内線として黄金期を迎える。
 1979(昭和54)年、モータリゼーションの発展により市内線は完全に姿を消す。
*市内の各所に路面電車の痕跡が残る。路面電車の専用軌道がバス専用道路に転用される。
 筥崎参道脇のゲートには路面電車のレールを使用。また電停の安全地帯跡がバス停に。
*JR博多駅は、かつては現在の地下鉄祇園駅付近にあった。移転当時周囲に田畑があった。
 1975(昭和50)年の山陽新幹線の博多延伸が急激な周辺の開発発展の契機となる。
*新幹線0形は博多と東京を6時間56分で結んだ。500形の登場で4時間49分になった。
*博多駅と博多総合車両所の間の回送線は、旅客線としても利用されている。運賃300円。
  ⇒1日に14,000人近くの乗客が利用。地域社会の旅客線としても貢献

 この基礎的な知識情報はやはり、当時の写真や地図、イラスト図を併用したビジュアルな説明によるとわかりやすい。本書を開いてみてほしい。

 お読みいただきありがとうございます。

本書に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
国宝松江城 ホームページ
小泉八雲記念館 ホームページ
宍道湖  :「出雲観光ガイド」
出雲大社  ホームページ
  境内全域図
古代出雲歴史博物館に展示されている出雲大社本殿の模型について :「島根県」
軽井沢を知る 軽井沢の歴史 :「美しい村 軽井沢」
軽井沢ユニオンチャーチ ホームページ
軽井沢ユニオンチャーチ  :「軽井澤銀座商店会」
軽井沢ショー記念礼拝堂  :「軽井澤銀座商店会」
アプト式  :ウィキペディア
【碓氷峠と同じ方式】アプト式鉄道 大井川鉄道井川線に乗車【1906四季島】千頭駅→奥大井湖上駅 6/23-01  YouTube
アプト式の電気機関車「ED42形1号機」模擬走行 碓氷峠鉄道文化むら(安中市)
碓氷峠    :ウィキペディア
碓氷峠周辺マップ  :「碓氷峠鉄道文化むら」
長野新幹線  :ウィキペディア
北陸新幹線  :ウィキペディア
聖福寺 ホームページ
櫛田神社 :「博多の魅力」
博多祇園山笠 公式サイト
福博電気軌道  :ウィキペディア
博多電気軌道  :ウィキペディア
福岡市内電車 鉄道路線の歴史 :「にしてつWebミュージアム」
新幹線車両   :ウィキペディア
新幹線車両の変遷  :「日本車両」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ブラタモリ 1 長崎 金沢 鎌倉』 角川書店
『ブラタモリ 3 函館 川越 奈良 仙台』 角川書店
『ブラタモリ 7 京都(嵐山・伏見)志摩 伊勢(伊勢神宮・お伊勢参り)』 角川書店
『ブラタモリ 10 富士の樹海 富士山麓 大阪 大坂城 知床』  角川書店
『ブラタモリ 13 京都(清水寺・祇園) 黒部ダム 立山』  角川書店
『ブラタモリ 15 名古屋 岐阜 彦根』  角川書店
『ブラタモリ 16 富士山・三保松原 高野山 宝塚 有馬温泉』  角川書店


『スカーフェイスⅢ ブラッドライン』 富樫倫太郎  講談社文庫

2021-04-17 11:29:08 | レビュー
 タイトルが長くなるので省略したが、「警視庁特別捜査第三係・淵神律子」という所属先・氏名が続く。冒頭のタイトルでわかるように、淵神律子シリーズの第3弾!2019年3月に<文庫書き下ろし>として出版されている。

 この第3弾の実質的タイトルは、<bloodline>。念の為に手元にある英和辞典を引くと、「血筋、血統」と訳されている。このストーリーの根底にあるテーマは「血筋」そのものである。だが、その血筋の意味するところが実におぞましい。慄然とさせるものである。
 フィクションだからこそ成り立つ犯罪の実在感といえるかもしれない。実際にあれば恐怖そのものである。事実は小説より奇なりと言うので、近似的な犯罪は過去にあったかもしれないが・・・・・。警察小説愛読者にとって、奇抜な構想のストーリーとして楽しめることはまちがいない。

 淵神律子は警視庁捜査一課に所属するが過激な捜査行動が禍して、第三係といういわば閑職に追いやられている。別名「情報分析室」。膨大な過去の捜査資料の整理・保管が主な仕事で、保管庫のある地下に第三係の部屋もある。律子が異動になったとき、キャリアの警部・藤平保は志願して律子と共に第三係に異動した。
 律子は私生活では看護師の町田景子とマンションに同居している。ある時期にわが子を虐待したことが原因で離婚した景子は、わが子に会うことがままならず、このところずっと親権問題で悩んでいる。この景子の悩みに対する律子の関わり方がサイドストーリーとして織り交ぜられていく。そのサイドストーリーの中に、メインストーリーに繋がる伏線が何気なく敷かれていることに読者は後で気づかされる。

 プロローグは、9月2日(日)と9月3日(月)の律子の行動などを描く。律子と景子の日常生活の断面描写と、律子の属する捜査一課第三係の日常の一コマ。だが、月曜日に律子は森繁係長から、永原課長が律子を強行犯に戻すことを考えているという話を聞かされる。

 第一部は、10月1日(月曜日)、朝礼が終わり事務処理が始まるところに藤平に電話がかかるという場面から始まる。女性2人の面会だという。面会をしてきた藤平の様子が気になることに。昼休みに円と律子が第17保管庫で藤平に尋ねた。面会は藤平の大学時代の友人の母親と婚約者だったと言う。藤平が警察官だから頼ってきたのだった。
 友人の名は北原勇太。勇太は9月16日(日)の夜、大学時代に所属していたテニスサークルのパーティに出席し、その後、行方不明になった。まったくの音信普通。1週間も連絡が取れないままで、警察に捜索願を出そうかと考えていたところに、警察から連絡が入る。勇太に女性を誘拐した容疑がかかっているというのだ。被害者は堀川佳奈子。9月23日(日)の夜に行方がわからなくなった。大学は異なるが、勇太と佳奈子は同じテニスサークルに所属し、学年がふたつ上の勇太は、コーチ役を務めていて佳奈子の指導もしていたという。佳奈子もテニスサークルのパーティに出席していた。
 円は藤平の話を聞くと、堀川佳奈子の失踪はテレビで報道されていることを知っていたと言う。円が密かに捜査の状況を調べてみると言う。その結果、荒らされていた堀川佳奈子の部屋から勇太の指紋が採取され、血のついた下着まで発見されていることがわかった。勇太を犯人と断定し特殊犯捜査一課が捜査にあたっていることも納得できる。だが、わかりすぎる事件である故に、円は不可解な点を感じていた。
 藤平は友達だから北原勇太の無実を信じるが、それだけでなく、この計画的な犯行は割に合わない。婚約者の居る勇太が犯行に及ぶとは考えがたい。それ故に、勇太の犯行かどうか確かめてみたいと言う。藤平は警察官になったのは正義を実践するためだった。自分の友達とその家族が困っているのに何もできないのなら何の為に警察官になったのかわからないとまで言う。
 律子は証拠が採取され、特殊犯が血眼で捜査をしているのだからヘマはしないだろうと割りきった見方をした。円は、律子が言うほど単純な事件という気がしないと感じているのだ。
 そこで、円は森繁係長に相談し永倉課長からある行動の許可を取り付けた。それは、特殊犯捜査一係の捜査の邪魔を一切しない前提で、捜査を補助する予備調査という範囲でなら行動してもよい。第三係の通常業務をこなした上での調査行動なら許可するというもの。
 予備調査という名目で、勇太が行方を断った16日の夜から、堀川佳奈子の行方がわからなくなった23日までの期間についてなら、勇太の足取りを調査すること、堀川佳奈子の周辺事情を調査してよいという。
 藤平に律子が協力する形でペアを組み、予備調査が開始される。円は二人の調査を後方支援する。ここから3人のチーム活動が始まって行く。律子に諭されていた藤平は既にどこから調査を始めるかのプラニングをしていた。
 藤平は、テニス・サークルのパーティの当夜、勇太と三次会に行ったという三人と面談するアポを取っていた。その事情聴取から調査がスタートした。
 
 このストーリーは3部構成になっている。「第一部・失踪」「第二部・ブラッドライン」「第三部・川名部農場」である。この構成がおもしろい設定になっている。

 第一部は、上記の通り、10月1日(月)から10月6日(土)にかけて、律子と藤平が円の支援を得て、勇太の失踪に対する調査行動を展開していく。そして、10月8日(月)永原課長の前で、篠原理事官がICレコーダーの録音内容を再生し、律子・藤平・円に聞かせる場面で終わる。勇太の声の語る内容に三人は言葉を失う羽目になる。
 現場から証拠が採取されたことで、特殊犯第一係のプロの刑事たちは堀川佳奈子に関わる事件が発生した時点以降を主体にして捜査活動を繰り広げている。そのため、勇太が失踪した16日の夜以降の時空間はあまり重視されていなかった。律子と藤平はその未捜査に近い時空間での関係者を追跡し事件解明への手がかりを見出そうとする。その地道な調査アプローチが読ませどころとなる。

 第二部は、9月2日(日)に日付が溯り、プロローグのシーンと重なる形でストーリーが始まっていく。そこに重要な意味が含まれている。
 この第二部は、川名部省吾の視点で、9月2日(日)から10月8日(月)の時空間と経緯が描かれる。省吾はこの不可解な事件の実行犯である。つまり、犯人の立場から、犯行のおぞましい経緯と省吾の抱く欲望の背景が描き込まれていく。

 こんな場面が9月2日の時空間で描かれる。(p175)
”二人に見送られて、省吾が玄関を出る。
 門扉を閉めて、軽トラックに乗り込もうとしたとき、髪の長い、すらりとした細身の女性が通り過ぎた。ちらりと横顔を見る。目が大きく、唇が厚い。省吾の好みのタイプである。
 エンジンをかけると、ゆっくりトラックを発進させる。50メートルほど進んだところで、その女性がマンションに入って行くのが見えた。
 省吾はトラックを停めると、助手席においてあるリュックから黒いバインダーノートを取り出す。ノートを開き、ボールペンを手にする。”

 これが事件の発生する起点となるのだ。「・・・・ 165センチくらい 細い ロングヘアー 30くらい? ジーンズ 白いサンダル 顔、好みのタイプ 目と唇 薬指に指輪 人妻?」省吾のメモの一部。
 周到で恐ろしい事件が生み出されていく。 
 実は北原勇太も被害者なのだ。ブラッドラインがここに暗い背景を投げかけている。読者は、犯行そのもののプロセスを第二部で読み込んで行く事になる。

 第二部の最後のシーンは、第一部の最後とうまくリンキングさせた形になっている。ストーリーのつながり具合がスムーズになっている。この辺りは読ませ方として巧みである。

 第三部は、10月9日(火)から10月12日(金)まで。事件が解決に至るプロセスが描き込まれていく。律子と藤平が如何にして犯人への手がかりをつかみ、ギリギリのところで省吾を取り押さえ、事件を解決することに至るかが描かれて行く。
 第二部で省吾の周到な犯行計画とその実施経緯が描かれてしまっている。だがそれは過去次元の挿話として一旦ブラックボックスにしておくことになる。
 第三部は第一部からの時間軸の流れとなる。律子と藤平がどんな手がかりを積み上げて、省吾の犯行だという事実に行き着くのか。読者に興味を持たせながら予備調査の進展を先へ先へと読ませていくところがこのミステリーの醍醐味と言える。
 一方で、犯人省吾の周辺で同じ時間軸の中で発生する状況がパラレルに描写されていく。その結果、川名部農場内で突発的に巻き込まれる形で新たな犠牲者が発生するのだが、律子と藤平が追跡してきた事件は解決への最終ステージへ突き進んで行く。この展開のスピード感が読ませどころとなる。
 
 プロローグは10月15日(月)の第三係の職場での対話場面が描かれる。犯人・川名部省吾の逮捕後の状況の経緯が描かれる。「シリアルキラー」という恐ろしい語句が出てくる。犯人は逮捕できたが、北原勇太と堀川佳奈子の失踪を契機にした事件の全貌の解明は緒についたままということになる。だがそれは特殊犯第一係の本業分野のこと。現在の律子の手を離れることになる。予備調査の範囲は終わったのだから。
 
 このシリーズ、例によって一つのオチが加わる。「オペレイター」からの電話が律子にかかってくるシーンが最後に登場する。次作への不気味なメッセージ。次作が待ち遠しくなる終わらせ方である。

 ご一読ありがとうございます。

徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『スカーフェイスⅡ デッドリミット 警視庁特別捜査第三係・淵神律子』 講談社文庫
『スカーフェイス 警視庁特別捜査第三係・淵神律子』 幻冬舎
『早雲の軍配者』 中央公論新社
『信玄の軍配者』 中央公論新社
『謙信の軍配者』 中央公論新社

『決戦! 大坂城』 葉室・木下・富樫・乾・天野・冲方・伊東  講談社




『ブラタモリ 1 長崎 金沢 鎌倉』 監修:NHK「ブラタモリ」制作班  角川書店

2021-04-15 13:04:51 | レビュー
 ブラタモリはおもしろいと聞き、興味を抱き途中から放送番組を見始めた。その内容が本として出版されていることを最近知った。そこでまず自分が訪れたことのある地域を取り上げているものからランダムに読み始めた。数冊読んで、それではと今回このシリーズの第1作に至った。このシリーズは興味の赴くままにランダムに・・・・。
 「ブラタモリ」は2008年から断続的に放送されていたという。それが現シリーズの形で始まったのが2015年4月だということを本書を開いて知った。

 ここには「長崎」(2015年4月10・18日放送)、「金沢」(2015年4月25日/5月2日放送)、「鎌倉」(2015年5月9・23日放送)が収録されている。異なるテーマ設定で、各地域連続2回の放送番組としてまとめられたようである。

 本書の基本構成コンセプトについて繰り返しになるがまずご紹介しておこう。
  *ブラタモリの番組放映のテーマについて、番組の流れに沿って論点を説明。
  *番組では語り尽くせなかった部分の補足説明(番組出演した研究者等のVOICE)
  *番組で採り上げた地域の観光スポットのガイド
  *同行アナウンサーの番組裏話 本書は桑子真帆さんのトーク
である。

 このシリーズ第1作に明確に記されているのは、タモリさんも同行アナウンサーの桑子さんも共に、一切の事前準備、予備知識なしに現地に臨むという方針で番組が始まるそうだ。まさにぶっつけ本番の進行である。番組のシナリオは秘密主義で始まるようだ。そして、例のテーマをまず与えられるというシーンが出てくることになる。「マニアックな専門家が次々に現れて、漠然とした疑問がどんどん解けていくんですから。これは本当に、ある意味ミステリーを読んでいるような感じですよね」(p5)というタモリさんの感想につながり、驚きと新鮮さに結びついていくのだろう。

 本書から私が学んだ要点を私なりに整理し覚書としてまとめてみたい。機会があれば現地を訪ねてみる下準備でもある。専門家と一緒に歩き回れるわけではないので・・・・・。
 このシリーズの面白味はこれらの要点がどのようなアプローチで解き明かされていくかにある。毎回書いているが、番組の語り口調を思い出させ、読みやすい本文の流れになっている。説明は写真やイラスト図のビジュアルなサポートによりわかりやすくなっている。
 基本知識の大凡の要点だけであるが、ご紹介しよう。
 このまとめが、軽妙で軽やかな語り口調の本書を開いてみようという誘いになれば幸いである。

<長崎> 
テーマ1 ”坂の町・長崎”の始まりとは?

*長崎は、海に突き出した長い岬だった。長崎の平たい場所はすべて海が埋め立てられたところである。だから、坂の町となった。
*長崎の開港による外国人居留地の広がり、近代化による人口の急増が、猛スピードで斜面や山の上まで家を建てる形に拡大した。それが深い坂の町を形成した。
*グラバースカイロードは日本初の公道に設置されたエレベーター。それは相生地獄坂の約50mの高低差を回避するため、町の住民の生活のために造られた。
*「ドンドン坂」の名称は、雨が降ると両側の側溝を流れる水の「ドンドン」と鳴る音に由来するという。側溝は石を刳り抜いたもので、坂の上はU字溝、坂の下は三角溝という形状である。流水速度を調節するための工夫による。
*長崎の開港は1571(元亀2)年。当時は大海原に長い岬が伸びている状態。その痕跡は町の随所に残る。「長い岬」が変化して地名「長崎」になったという。⇒坂道と石垣
*「出島」は扇形の人工島で、独特の長崎文化を育んだ国内唯一の国際島。
 近年、出島の発掘調査とともにその復元事業が進められている。「出島埋蔵整理作業所」が設置されている。2050年を目標に出島復元プロジェクトが推進されている。
 十六番蔵・筆者部屋・十四番蔵・乙名詰所・組頭部屋・銅蔵・出島表門橋・水門等は復元
*「出島」は1636(寛永13)年幕府の命で、長崎の有力町人25人の出資により扇型に造成された埋立の人工島。保安のために外周に石垣を巡らせ、架橋し、周囲に塀を築き、日本人の立入を禁止した。オランダ商館は土地建物の使用料を出資者に支払った。年間銀55巻目。凡そ1億円相当という。
 オランダ風説書は鎖国時代に世界情勢を知る情報源。翻訳⇒長崎奉行所⇒江戸幕府へ
*長崎電鉄の石橋電停近く、オランダ坂の一端付近の道路下には、江戸時代に架橋の「大浦橋」(石橋)が埋まっている。大浦川が暗渠となって流れている。

テーマ2 長崎の近代化は海から?

*長崎は帆船に最適なすり鉢状の港であり、開港により栄えた。造船が大きな役割を担う。
 「明治日本の産業革命遺産」(2015年世界文化遺産に登録)で長崎は8構成資産を登録・
  小菅修船場跡、旧グラバー邸、髙島炭鉱、三菱長崎造船所第三船渠
  端島炭鉱(軍艦島)、三菱長崎造船所ジャイアント・カンチレバークレーン、同旧木型場、同占勝閣*小菅修船場跡は日本初の西洋式スリップドック。1000t級の船まで船底の修理が可能。
*周囲4kmの池島は、九州で最後まで稼働した「池島炭鉱」。平成13年まで採炭。
  海面下650m、坑道総延長96kmの海底炭鉱。  ⇒長崎は炭鉱の町でもあった。
  
<金沢>
テーマ1 加賀百万石はどう守られた!?

*加賀百万石の繁栄の基盤は河岸段丘の段差を利用した金沢城の「惣構」の防備にある。
  ⇒内惣構と外惣構の二重の惣構を構築した。それに城の掘が加わる。
享保19(1734)年に、兵学者有沢武貞が外惣構は慶長15年に造られたと論じている。
   この説は論拠が脆弱。惣構の全体は慶長6年には完成していたと木越隆三氏は説く。
*近江町市場に惣構の痕跡が残る(ある店の中にある段差)。
 主計町(かずえまち)緑水苑は、西内惣構の掘を生かして造られたもの。
 枯木橋は東内惣構の一部。
*三代前田利常は1651(慶安4)年から数年間、改作法と呼ばれる農政改革を実施し、農業社会を安定させた。また、豊かな財力で文化や芸術に力を注いだ。優れた政治力を発揮。
*金沢城には高い土木技術を駆使して約11kmに及ぶ辰已用水が引かれた。「逆サイフォン」の原理が使われている。辰已用水が水不足という藩の危機を救った。
  ⇒兼六園内に辰已用水の痕跡(石管)が残る。兼六園は辰已用水完成後に築庭された。
   辰已用水の水流を利用した「土清水塩硝蔵跡」遺構が発掘された。黒色火薬製造設備。

テーマ2 金沢は美のまち!?

*金沢城は「石垣の博物館」
  辰已櫓跡:金沢城初期の高石垣を明治期に旧陸軍第九師団が3段構造に改修
  初代前田利家の石垣:野面積みの石垣、文禄元(1592)年の築造、15mの高さ、間詰石
  三代前田利常の石垣:割石積みの石垣、石垣に200種以上の刻印、
  五代前田綱紀の石垣:色紙短冊積石垣(玉泉院丸庭園内)、鑑賞用石垣で切石積み
  石川門石垣:宝暦9(1759)年の大火で、左側は粗加工石積のまま、正面は切石積み
*前田綱紀は利常の改作法を継承し内政を安定させ善政を敷く。同時に学者文人の招聘、図書の蒐集、工芸標本集『百工比照』を完成させた。加賀藩きっての文人藩主。
*金沢は金の鉱脈から砂金を含む土砂が流れてできた土地。「金の沢」が「金沢」に。
*16世紀末にはすでに金・銀箔製造が行われていた記録がある。金沢を代表する工芸品
  ⇒国内の金箔のほぼ100%が金沢産。10円玉ほどの合金が畳1枚分にまで拡薄される。
   金箔は、金に少量の銀と銅が加えられ、1万分の1mmの厚みに延ばされたもの。
   箔打紙を使って行われる箔打作業は非常に高度な技と根気が必要。
*伝統工芸品:金沢箔、加賀友禅、九谷焼、加賀漆器、加賀繍(かがぬい)

<鎌倉>
テーマ1 鎌倉800年の”まちづくり”とは?

*鎌倉時代の鎌倉は「鎌倉中」と呼ばれた狭いエリア。そこに最大10万人が居住した。
 鎌倉中の7口:極楽寺口、大仏坂口、化粧坂口、亀谷口、巨福呂坂口、六浦口、名越坂口
*鎌倉では谷はヤツと読む。谷(ヤツ)・谷戸(ヤト)は山沿いに無数に存在する。
 鎌倉には200以上のヤツがあり、そのヤツのほとんどに武家の屋敷や寺が建てられた。
*鎌倉石は凝灰質砂岩で比較的柔らかく細工が容易。耐火性もある。
 鎌倉石の岩盤である自然のヤツを掘り「やぐら」を墳墓やお堂の代わりとする。石段を掘り出し、階段状に平らな土地を造成し立体的に土地を利用する工夫がみられる。
*北条氏が開いた浄光明寺には鎌倉石の切岸をバックに設えた「断層の庭」がある。
*鎌倉の海はかなりの遠浅。天然の良港がない。和賀江嶋は凝灰岩の岩盤地層からできた「波食台」に、他地域から石を搬入して人力で造られた日本最古の築港である。一方、和賀江嶋の築港が沿岸の海流を変え、砂の堆積など海岸沿いの地形に影響を及ぼした。
*鶴岡八幡宮の一の鳥居は由比ヶ浜砂丘の頂上にある。鎌倉時代はこの一の鳥居が「都市の境界」だった。海側が「前浜」で無住地域。八幡宮側は湿地が地盤改良され10万人都市となった。砂丘の内側(後背地)の地盤改良に、山を切り崩して出た鎌倉石(凝灰岩)の石クズが活躍した。

テーマ2 鎌倉が観光で発展し続ける理由は?

*江戸時代に爆発的に流行した江ノ島詣では、鎌倉が観光地となるきっかけの一つ。
*七里ヶ浜は江ノ島から海づたいに鎌倉へ入る玄関口となる。富士山を眺める絶景地。
*極楽坂切通しは江戸時代鎌倉中に入る最後の難関。それを越えると、古刹の長谷寺があり、門前は宿場町として栄えた。江ノ島から歩いてくると宿泊地として適度な距離となる。
*江戸時代から高徳院の「露坐の大仏」は鎌倉観光の最大の目玉。大仏の像高は約11.3m。
*徳川光圀が12年の歳月をかけ『新編鎌倉志』を編纂。全8巻12冊の地誌。これが鎌倉観光の情報発信の元ネタとなった。光圀が遠出したのはほぼ鎌倉のみという。
*江ノ電は江戸時代の定番観光ルートにほぼ沿うように走る全長10kmのローカル鉄道。
 年間1700万人が、おもに観光目的で利用する。江ノ島駅~腰越駅間のみ「併用軌道」
 腰越駅~鎌倉高校前駅間は幅ギリギリで急カーブあり。鎌倉高校前駅のみ海を一望可能
 江ノ電600形車両のフロント部分(本物!)を壁にめり込ませた「御菓子司 扇屋」あり*江ノ電の極楽寺検車区には昭和6年誕生で最古の車両100形108号が現存。愛称「タンコロ」

 基礎的な知識情報はこんなところでしょうか。これらの説明が写真・地図・イラスト図などでわかりやすく展開されていくアプローチ法と放映タッチの語り部調のスタイルが魅力だ。
 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
長崎県のすがた  :「長崎県」
長崎の特殊地形 TOP10 :「じゃらんnet」
出島 公式ホームページ
出島  :ウィキペディア
軍艦島  :「ながさき旅ネット」
池島炭鉱体験と外海めぐり  :「ながさき旅ネット」
池島炭鉱坑内体験ツアー  :「長崎さるく」
金沢城公園 ホームページ
石川県立図書館所蔵大型絵図  :「石川県立図書館」
金沢城古地図めぐり  :「Story β」
辰已用水  :「金沢市役所」
辰已用水の才 天才的技術者・板屋兵四郎 :「水土の礎」
加賀を創造した人々 有名無名の業績・五十選  :「水土の礎」
前田綱紀  :ウィキペディア
鎌倉大仏殿高徳院  ホームページ
鶴岡八幡宮 公式ホームページ
  知る 武士の都・鎌倉の文化の起点
鎌倉五山  :ウィキペディア
鎌倉五山  :「鎌倉手帳」
史跡 和賀江嶋  :「鎌倉タイム」
江ノ島電鉄 :ウィキペディア
駅の情報  :「江ノ電」

    インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ブラタモリ 3 函館 川越 奈良 仙台』 角川書店
『ブラタモリ 7 京都(嵐山・伏見)志摩 伊勢(伊勢神宮・お伊勢参り)』 角川書店
『ブラタモリ 10 富士の樹海 富士山麓 大阪 大坂城 知床』  角川書店
『ブラタモリ 13 京都(清水寺・祇園) 黒部ダム 立山』  角川書店
『ブラタモリ 15 名古屋 岐阜 彦根』  角川書店
『ブラタモリ 16 富士山・三保松原 高野山 宝塚 有馬温泉』  角川書店

『ナミヤ雑貨店の奇蹟』  東野圭吾  角川文庫

2021-04-08 20:51:39 | レビュー
 構想がおもしろいミステリーといえる。ウィキペディアの「東野圭吾」を読むと、第7回中央公論文芸賞を受賞した小説である。2012年3月に単行本が出版され、2014年11月に文庫本に入っている。

 盗んだ車でとある家に窃盗に入った3人組の若者たち-幸平、敦也、翔太-は、逃げる途中で車が不調になり、翔太が下見の折りに目をつけていたというあばらやに身を隠す。そのあばらやが廃業して久しい「ナミヤ雑貨店」だった。この雑貨店という空間が、たまたま3人組が忍びこんだ日になぜか現在と過去が連環し、彼等がある過去のナミヤ雑貨店という時空間に入り込むという事態になる。
 この小説は彼等が徐々に自分たちが異時空間の世界に迷い込んでいるということに気づいていく不可思議なストーリー。3人組がなぜか相談事に無い知恵を絞って助言をするという形が続くというユーモラスなストーリーの展開プロセスとなる。それは読者を奇妙な感覚に誘う物語となっていく。それは、過去時点からみれば、未来に発生する事象を知っているものからの助言でもあるから・・・・。

 彼等は動かなくなった車を住宅街の中にある月極駐車場に乗り捨てて、午前2時過ぎに雑貨店に身を隠す。裏口の鍵が壊れていることを事前に翔太が見つけていたのだ。彼等は夜明けまでここに潜み、その後逃げるつもりだった。雑貨店内を物色し、翔太は仏壇の引き出しに蝋燭を見つける。併せて古い週刊誌が入っているのにも気づいた。それには約40年前の日付が印刷されていた。オイルショックと称された時代の週刊誌だった。

 奇妙なことが起こる。微かな物音がして、シャッターの手前に置かれた段ボール箱に何か白いものが落ちるのを見たのだ。それが始まりとなる。
 表には何も書かれていず、封筒の裏には「月のウサギ」と記されていた。廃屋に投げ込まれた封筒。3人組は開封してみた。それは奇妙な手紙だった。そこには女性からの相談事が記されていたのである。、
 敦也はちらっと見たその週刊誌に「ナミヤ」という文字が出ていたことに気づく。「大評判!ナヤミ解決の雑貨店」という見出しの記事がその週刊誌に載っていたのである。
 廃屋であるはずのこの雑貨店に現在時点で投げ込まれた悩み相談の封書。それを開けて読んだ3人はそのことに責任を感じ返事を書くという行動に出る。
 それが契機となり、「月のウサギ」さんとの手紙のやりとりが始まって行く。
 そのやりとりから、徐々に3人組は自分たちの置かれている奇妙な時空間というものに気づかされていく。その相談事は過去のある時点の内容であり、手紙のやり取りがなされる時の流れの速さと、3人組が携帯電話を介して認知する時間経過の速さが違うのだ。そして、過去と自分たちが生きる現在がなぜかリンクしている。

 すると、今度は茶色の封筒が投げ入れられる。それは別の人間からのものだった。
 次々に封筒が舞い込んでくる。相談事の手紙、御礼の手紙・・・・。3人組は過去の事象に3人が持つ現在時点での情報と視点から、戸惑いつつもそれらの相談事に関わりを持っていく羽目になる。
「魚屋アーティスト」(松岡克郎)の物語。「迷える小犬」さんの物語。また、児童養護施設「丸光園」の名前が出てくることにより、敦也の過去の生い立ちとの接点がある話も立ち現れる。

 一方で、ナミヤ雑貨店そのものの経緯のストーリーが語られて行く。雑貨店の店主・浪矢雄治が悩み相談を始めた経緯は何か。息子の浪矢貴之が父と交わした男と男の約束。それは雄治の三十三回忌の告知に関係する。貴之は彼の息子・駿吾の協力を得てその約束を守ることになる。
 その三十三回忌の告知が、そもそも3人組が異時空間に巻き込まれていくことの接点だった。それは後でわかることなのだが・・・・・。
 3人組が投げ込まれたナミヤ雑貨店の異時空間で、3人組がある相談事に対して助言した。それは実は現在時点のある女性の生き方に関係していた。過去と現在がその女性の存在を介して3人組にも連環しているという奇妙な展開が読ませどころとなる。

 もう一つ、ここに現在時点から「ナミヤ雑貨店」に関わりを持とうとする男が登場する。和久浩介である。「ナミヤ雑貨店」が彼の運命に大きく関わっていたという。彼は、三十三回忌の告知を「ナミヤ雑貨店」の名称を使ったデマ情報と捉えていて、その事実を確かめる行動を取ろうとしていた。そのプロセスが綴られていく。
 3人組による現在と過去の連環する時空間に対し、こちらは現在時点から三十三回忌の告知に登場する「ナミヤ雑貨店」へのアプローチとなる。和久浩介が己の過去を回顧しながらという形で描写されていく。
 
 過去と現在が繋がるという異時空間での3人組の体験は、廻り廻るという連環状況を徐々に明らかにしていく。丸光園、3人組が窃盗行為を犯す動機、浪矢雄治の過去、迷える小犬さんの相談事・・・・それらの間に連環性が見えてくる・・・・・。そこが一番の読ませどころとなる。どのようにつながるのか。それは読んでのお楽しみ!

 タイトルにある「奇蹟」とは何か?
 私は、「名無しの権兵衛さん」に宛てて「ナミヤ雑貨店」名で書かれた「回答」が牛乳箱に入っていたことだと思う。
 それが妥当な印象と言えるか? あるいはその回答がなされたのプロセスは? もちろん、このストーリーを手に取ってお読みいただくことで明らかになる。

 読者の頭の中も、状況認識がぐるぐる廻ることになる・・・・・・かもしれない。おもしろい読書体験ができることだろう。

 ご一読ありがとうございます。

ふと手に取った作品から私の読書領域の対象、愛読作家の一人に加わりました。
次の本を読み継いできています。こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『禁断の魔術』  文春文庫
『虚像の道化師』  文春文庫
『真夏の方程式』  文春文庫
『聖女の救済』  文春文庫
『ガリレオの苦悩』  文春文庫
『容疑者Xの献身』  文春文庫
『予知夢』  文春文庫
『探偵ガリレオ』  文春文庫
『マスカレード・イブ』  集英社文庫
『夢幻花』  PHP文芸文庫
『祈りの幕が下りる時』  講談社文庫
『赤い指』 講談社文庫
『嘘をもうひとつだけ』 講談社文庫
『私が彼を殺した』  講談社文庫
『悪意』  講談社文庫
『どちらかが彼女を殺した』  講談社文庫
『眠りの森』  講談社文庫
『卒業』 講談社文庫
『新参者』  講談社
『麒麟の翼』 講談社
『プラチナデータ』  幻冬舎
『マスカレード・ホテル』 集英社