遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『絵を見る技術 名画の構造を読み解く』 秋田麻早子 朝日出版社

2019-08-22 11:34:15 | レビュー
 有名画家たちの展覧会や画家の回顧展など、美術展に出かけると、絵画作品の鑑賞の手引きになる解説が作品の近くに掲示されている。そこには、画家がどのような状況でその絵を描いたか、その絵のテーマやモチーフに関連した背景情報など、またその絵に使われている絵画技法の側面での解説などが端的に解説されている。そこに解説されている内容は、展覧会の図録を購入すると末尾の作品一覧で、個々の作品の解説をしている文と共通である。一般の美術鑑賞者が絵を鑑賞するのに役立つ情報の提供であることは間違いない。ある作品の背景情報を知り、それを踏まえて個別の作品を眺める上で役に立つ。
 このように、美術史的視点と個別の絵の背景情報を主体に解説する方式やその流れでの美術本はけっこう多い。というより、大半がそうだと言えるかもしれない。

 それに対して、本書はそのタイトルに「見る技術」、サブタイトルに「構造を読み解く」という語句をストレートに使っている。つまり、美術史的時間軸での絵の位置づけや個別の絵の背景情報を知るというところから鑑賞を促すというアプローチではない。
 描かれた絵の時代や画家の背景などとは一線を画し、そこに存在する絵自体にストレートに分析的にアプローチする「技術」を解説してくれる。ここでは世評で名画であると認められている絵を題材にして、絵の構造を読み解く技術を伝授してくれる。
 著者は名画を見るだけでは、名画の良さはわからない。観察することの大事さを冒頭で読者にぶつけてくる。観察するためには、絵を見る技術を知って、絵の構造を読み解くことのできる技術を身につけることが必要だと説く。本書ではその技術をステップ・バイ・ステップで解説している。
 著者は4年前からビジネスパーソン向けの講座「絵を見る技術を学ぼう!」を実施してきたという。その講座内容をベースにしてそれを充実させ、たくさんの練習問題を加えて技術について説明した本と著者自身が記している。
 つまり絵を見る技術、ノウハウ伝授書である。

 美術展覧会に出かけるのは私の趣味の1つ。ここに解説されている技術をもっと早くから知り、習熟していれば、今までの展覧会の楽しみ方が何倍にも充実していたことだろう。本書に出会えたことを契機に、今からでも遅くはないと前向きにとらえ、絵を見る技術に習熟したいものと思う。本書は名画を題材にしているので、定評のある名画を再認識できるチャンスであり、名画を事例に絵の構造を分析する技術を学べるチャンスと、二重に楽しめるお薦めの書である。

 本書に網羅された技術・視点は分解してみると、かなりのことは様々なところで多彩なやり方で説明したり、情報提供されている。それを後でネット検索したりして、多少は知ることができた。しかし、それらの技術を体系化して、一定レベルでまとめて解説し、比較的コンパクトにまとめた本には今まで出会った事がなかった。寡聞にしてその種の情報を得たことがない。この点が本書の特徴と言えよう。

 では、その技術とは何か? 章毎に絵を見る技術になる柱(視点)が立てられ、具体的な技術の説明が展開されている。章ごとに、本書で技術として立てられた柱とその技術を垣間見る形で要旨としてまとめご紹介しよう。関心を抱かれたら、ぜひ本書を開いてみてほしい。

 第1章:絵の主役であるその絵の目立つ箇所、フォーカルポイントを探せ。
 著者はまず、人が着目する部分には5つの特徴があるという。そして、明暗の落差が激しいところに気づくこと。つまり光を探せ!という。また、フォーカルポイントには線が集まっていくといい、「リーディングライン」と名づけている。集中と分散、2つのフォーカルポイントという見方にもふれていく。

 第2章:画家は絵をすみずみまで見せる工夫を絵に描き込んでいる。だから鑑賞者には画面内に絵を見ていく「経路」を探せという。
 名画は場面の4つの角をうまく避けている。それを「周回路」と名づけて著者は説明する。わかりやすい説明だ。「ジグザク経路」と呼び、画面の両サイドでうまく視線を誘導する絵の構造があることも読み解いている。また、絵のある箇所を基点にして視線を誘導する3つの型(集中型・十字型・クラッカー型)があるという。

 第3章:名画は必ず、線的・量的にバランスがとれている。その構造に気づくこと。
 絵には柱となっている線(構造線)がある。直線、曲線と様々。構造線を探せ。縦線は横線を求める。左右対称でも左右非対称でも、絵にバランスを生み出す工夫が組み込まれている。様々なバランスの取らせかたについて、名画の実例で具体的に積み重ねている。その絵解きにはナルホド!である。

 第4章:絵画の「色の見方」における技術を解き明かす。
 色の正体である絵具と色について、その性質や歴史的背景の知識は色の見方の前提であるという。「色の素はみんな一緒で、何で溶くかで呼び名が変化します」(p149)と著者は解説する。「媒材(メディウム)」を押さえて、絵の種類の違いをあなたは考えてきただろうか? 著者は高価な色を使い豪華に見せたいという画家の欲求にも言及する。さらに、色については、「色相」、「彩度」、「明暗」というカラー・スキームの視点から構造の読み解きを具体的に展開していく。定評のある名画を使っての解説はわかりやすい。
 
 第5章:名画の裏には計算し尽くされた構図と比例という構造がある。
 画面の上下、左右、前景と後景という構造、異時同図法という構造をまず解説し、構図の定石に注意を喚起する。「名画の多くはその組み合わせで成り立っています」と説く。つまり、構図の定石を技術として知り、それを切り口に絵の構図を分析してみよという。そして、名画として成功した絵の構図を真似した名画の実例を対比して見せているから、おもしろいし、説得力もある。
 名画には秩序があり、その秩序は画面の分割の仕方にあると読み解く。十字線と対角線による二分割から始めて、構図の「マスター・パターン」を次々に名画で例示して解説してくれている。名画の秩序ある状態に隠された構図を分析的に見つめる上で役立つ技術知識である。これが読み解ければ、絵の背景情報からの鑑賞に加えた相乗効果が発揮される。鑑賞と楽しみ方の次元が変化することだろう。

 第6章:第一印象に強く作用する絵の表面的な特徴が絵に統一感を生むという。
 絵の技術として解説されているキーワードを列挙しておこう。
 輪郭線の有無。描き込みの疏/密。仕上げの質感。形の反復(フラクタル)。主要ポイントの一致/共感性。ガムット。
 そして、この章の最後で、これまでに学んできた技術知識の総合的な応用編として、2つの名画で総合的な事例分析をしてみせている。
 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ作『ウルビーノのヴーナス』1538年
 ピーテル・パウル・ルーベンス作『十字架降架』1612-14年
である。
 
 著者は「あとがき」の冒頭に、本書をまとめる際に目標としたことが何かを明記している。その2つの目標を抜き書きしておこう。
 1.絵画をできる限り客観的に読み取る方法を示すこと。
 2.絵を通して得られた自分の感覚を語るための、共通のプラットフォームを作ること。
 その後に、著者は「自分の美意識を知るための簡単な方法」を紹介している。この方法はどんな方法? それは本書を開いて確認してみてほしい。

 本書があなたにとって絵画鑑賞のための必携書の一冊に加わることは間違いないだろう。
 ご一読いただきありがとうございます。


本書に関連して、関心の波紋からネット検索して得た役立つ事項を一覧にしておきたい。
ウルビーノのヴィーナス  :ウィキペディア
キリスト降架 :ウィキペディア
  :「コトバンク」
色彩 :「コトバンク」
色彩理論の基礎に学ぶ、相性抜群な「色の組み合わせ」  :「lifehacker」
絵具 :ウィキペディア
構図のはなし Tomoki Moriyama
分割とプロポーション :「デッサンという礎」
構図の基本  :「おえかきファンタジア」
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ  :「Salvastyle.com」
ティツィアーノ  :「コトバンク」
ルーベンス    :「コトバンク」
ピーテル・パウル・ルーベンスの生涯と代表作・作品解説  :「美術ファン」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

『血の日本史』 安部龍太郎 新潮文庫

2019-08-14 22:04:39 | レビュー
 どこの国であっても現実の歴史は闘争の繰り返しとその累積の結果である。権力争いにより血塗られた側面を含んでいる。かつて学生時代に「禅譲」という言葉を学んだ記憶がある。しかし、その理想的な姿は多分現実の歴史にはなかったのではないか。日本の歴史もまた血が流される繰り返し、累積の結果として現在に至っている。著者は日本史の中で血の流された政治的な史実を主体にしながら、社会文化的な事象も抜き出して、或る時代のある局面での出来事を短編小説で描き出すという作業を繰り返した。一方、社会文化的な事象の中での血塗られた出来事もいくつか取り上げられている。だから、タイトルは「血の日本史」である。

 まず、目次が面白い。西暦で年次を表記した日本史年表の形をとり、そこに短編小説のタイトルが並んでいく。目次という形の中で書き出された史実は「57 倭奴国、光武帝より金印を賜る」を始めとして、「1889 大日本帝国憲法発布」で終わる。
 その年表の間に、短編小説のタイトルが時系列で嵌まっていく。なんと、46の短編小説で、血が流された歴史的経緯の出来事を描く。勿論それは、著者がここを描いてみたい、解釈してみたいという意欲を感じた出来事だろう。記録に残る事実の空隙を想像と創作力、歴史解釈でフィクションを加えて、ビビッドに描き出している。

 最初の短編を事例として取り上げよう。まず目次は次のように時系列の史実の間に、短編小説のタイトルが挟み込まれるというスタイルである。
   527 筑紫国造・磐井、征新羅軍を阻み叛乱 
        ≪ 大和に異議あり
   562 任那の日本府滅ぶ
そして、本編に入ると、短編小説「大和に異議あり」というタイトルの次の行に、
   527年(継体21)、筑紫国造磐井、火・豊二国に拠りて叛乱を起こす(紀・記)
と日本史年表に記される史実的表記が段落としで二行で書き込まれている。そして14ページの歴史短編小説が描き出される。雄略天皇を尊崇してきた筑紫国造磐井が、雄略天皇の皇統を断ち、継体を傀儡天皇として祭り上げている大伴金村と対立する確執を描く。その背景には、朝鮮半島の西南端にある任那問題と半島における百済・新羅の政争、継体天皇の新羅征討方針が絡んでいた。雄略側で継体側に異議を唱える筑紫国造磐井にとり、筑紫国の存亡問題となる。この政治闘争の局面を切り取って著者は描出している。日本書紀に記されている内容とかなり解釈が異なるところがおもしろい。まず継体天皇の6年冬12月の条、同21年夏6月3日の条から22年12月の条あたりの記述と対比することをお薦めする。

 手許に学習参考書『新選日本史図表』(平成3年2月改訂15版、第一学習社)がある。一例として、この書に古墳時代・継体天皇の時期に政治・外交として抽出されている記述は次の項目がすべてである。転記する。
   507 大伴金村、男大迹(オホド)王を越前より迎え、天皇の位につける。(継体天皇)
      (書記)
   512 百済の要請により、金村、加羅(任那)4県を割譲する(書記)
         内政の動揺
   527 筑紫国造磐井の乱(加羅復興に向かう近江臣毛野軍を阻む)
   528 物部麁鹿毛(モノノベノアラカゲ)が磐井の乱平定

 著者の視点の置き方への興味深さとともに、年表に記載された出来事をどのように理解するか、歴史的事実の認識の仕方を広げるうえで役に立つ。事実の空隙を埋めるフィクションを加えた著者の解釈を介してということになるが、歴史的事実をどのように読み解くことができるかを考えるうえで、様々な示唆に富む短編小説集である。

 この短編小説集のタイトルと登場する主人公の名前を列挙しておこう。その大半は血を流した側の人物である。
   大和に異議あり(筑紫国造磐井)、  蘇我氏滅亡-前編(片岡女王)
   蘇我氏滅亡-後編(蘇我入鹿・蝦夷) 長屋王の変(長屋王)
   応天門放火(大宅首鷹取)      鉄身伝説(平将門)
   北上燃ゆ(安倍貞任)        陸奥の黄金(清原清衡)
   比叡おろし(藤原泰盛)       鎮西八郎見参(鎮西八郎為朝)
   六波羅の皇子(藤原信頼)      鬼界ガ島(俊寛)
   木曽の駒王(木曽義仲)       奥州征伐(藤原泰衡) 
   八幡宮雪の石階(源実朝)      王城落つ(後鳥羽院)
   異敵襲来(安藤弥四郎)       大峰山奇談-前編(護良親王)
   大峰山奇談-後編(護良親王)    霧に散る(高師直)
   山門炎上(足利義教)        道灌暗殺(太田道灌)
   末世の道者(大内義隆)       松永弾正(松永久秀)
   余が神である(織田信長)      沈黙の利休(千利休)
   性(茶々)             姦淫(帥局礼子)
   大坂落城(豊臣秀頼)        忠長を斬れ(徳川忠長)
   浪人弾圧(長井半四郎)       男伊達(幡随院長兵衛)
   雛形忠臣蔵(奥平伝蔵)       お七狂乱(八百屋お七)
   団十郎横死(初代市川団十郎)    絵島流刑(大奥老女絵島)
   加賀騒動-前編(天童敬一郎)    加賀騒動-後編(天童敬一郎)
   世直し大明神(田沼意次)      外記乱心(松平外記)
   大塩平八郎の乱(大塩平八郎)    銭屋丸難破(銭屋五兵衛)
   寺田屋騒動(有馬新七)       孝明天皇の死(岩倉具視)
   龍馬暗殺(坂本龍馬)        俺たちの維新(大久保利通)

 著者略歴を読むと、この『血の日本史』は著者・安部龍太郎のデビュー作だという。
 作家・安部龍太郎の原点を知るうえでも有益な一書だと思う。

 ご一読ありがとうございます。

著者の作品で以下の読後印象記を書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『信長はなぜ葬られたのか』  幻冬舎新書
『平城京』  角川書店
『等伯』 日本経済新聞出版社

『落花』 澤田瞳子  中央公論新社

2019-08-11 22:38:47 | レビュー
 主人公は仁和寺の僧・寬朝である。先帝醍醐天皇の同母弟であり、若き頃より政の中枢に身を置く敦実親王の第一皇子として、寬朝は生まれた。だがその出生の数寄さ故に父から忌み嫌われて、幼少の時点で、僧になるべしと仁和寺に放り込まれる。仁和寺の開基は寛平法皇(宇多天皇)であり、寬朝は法皇の孫にあたる。父敦実親王は、催馬楽や朗詠、様々な楽器の演奏に長け、当代一の楽者の名を恣にしていた。敦実は寬朝に風当たりの強い姿勢を取った。その結果、寬朝は仁和寺に入った後、父敦実親王が得意とする楽器は次第に手元から遠ざけていく。そして父が自ら関わりを持てない梵唄(ぼんばい:声明)を誦するという領域に寬朝は深く入って行く。敦実親王が如何に楽に通じていても、仏事である梵唄だけは学べない領域だということをわかればこその精進だった。
 梵唄とは、梵語や漢語で書かれた経典を節を付けて歌うことである。仏法とともに日本に伝えられた格式ある読誦法である。現在では寺ごとに異なる節が伝承され続けていて、歌でありながら歌にあらざる音楽と言える。
 寬朝は父の入り込めない梵唄の領域で、父に秀でたいという思いを強めていく。そこには父敦実を見返したいという切なる意志がある。

 寬朝は幼き頃、楽人・豊原是緒の「至誠の声」を一度だけ聴く機会があり、その声に感動した記憶があった。梵唄の領域で精進する寬朝は、豊原是緒に「至誠の声」の教えを受けたいという目標を立てる。だが、その豊原是緒はなぜか突然に職を辞し坂東の地に出奔してしまっていた。噂では今は常陸国に住むという。

 寬朝は、豊原是緒から「至誠の声」の伝授を受けるために京から坂東の地に旅立ちたいという希望を述べる。当時、東国の坂東に行くのは生きて帰ることができるかどうか保証のない旅であった。京から忽然と去って行った豊原是緒が常陸国のどこに居るのかも定かでなく、是緒の所在を探すことから始まる旅となる。仁和寺の衆僧はそれを愚行とみなし、ただあきれるだけ。しかし、仁和寺から旅立つことの許しは出た。いわば、寬朝の自己責任による行旅である。寺は坂東の入口となる武蔵国の国庁に着くまでは随行に十数人の人々を付けてくれた。
 このストーリーは、寬朝の境遇・背景をまず明らかにし、この坂東の地への行旅を描くところから始まって行く。坂東の地に着くと、父・敦実親王から遣わされていた千歳という下人だけがこの後も随行すると言い、他の随行した人々は京に戻っていく。

 寬朝は武蔵国の国衙の客館にまず身を寄せた。だが、そこで思わぬ事態が発生する。国庁の倉に納められた調布を狙って群盗が襲撃してきたのだ。その頭は異羽丸という。だが、京から戻って来た旅の途中だという平将門が娘のうそとともにこの客館に立ち寄るという偶然が重なった。さらに、娘のうその希望で、将門が香取から呼び寄せた傀儡女が付き従っていた。将門は異羽丸を見つけて、襲撃を思いとどまらせることになる。
 武蔵国の国衙の客館でのこの一群の人々との偶然の出会いが、その後のストーリーを織りなして行く。

 寬朝が平将門に偶然に出会ったことが、後に将門との交流を深める契機となる。
 香取の傀儡女の一人あこやが、客館でその後、琵琶を奏でる。その琵琶をあこやは「無明」と称した。あこやが「朝には落花を踏んで、相伴って出づ」と朗詠する。自室に戻ろうとする寬朝がその朗詠を耳にする。それは朗詠「落花」であり、寬朝がたった一度かつて耳にした豊原是緒の朗詠したものでもあった。
 強盗の頭、異羽丸とも寬朝は後に再会する縁ができる。
 将門一行と出会い、一時宴席をともにしたことで、千歳の挙動に気づいた寬朝は、後で千歳の随行意図を白状させる。千歳は是緒が所蔵する琵琶「有明」を譲ってもらいたいという願望を持っていたのだ。千歳は琵琶「有明」を入手し、京の楽人になる望を抱いていた。

 また、寬朝は武蔵国を横切り、下房国衙に宿を取ったところで、藤原秀郷と出会う。秀郷は下総国衙から下野に戻るところだった。常陸国衙まで寬朝を案内する。この秀郷は、後に将門の乱の折には、将門を討伐する側の一人になる。
 つまり、寬朝は坂東の地に入りわずかの期間に、このストーリーの主な登場人物、かなりの数の人々と奇しき縁で面識ができていくことになる。

 このストーリーでは、坂東の人々にとって、寬朝が現在の京の都で政を行っている皇族の一員であり、僧として出家しているということが最も特異な点となって作用する。国衙の役人、平将門の側の人々、反将門側の人々、それらいずれからも中立的で、不可侵な存在、傷付けることがあってはならない存在とみられていく。京の政権の影響が及びがたい坂東において、彼らの最中で、朝廷側の視点からも客観的に思考できる寬朝の視点が、坂東での動きを客観的に捉えていく。坂東の有り様と平将門の姿が寬朝の目を通して、浮かび上がっていく。 

 このストーリーには大きく捉えると3つのテーマが織り込まれていると思う。そして、そのテーマの中には、またいくつかのサブテーマが組み込まれている。
1)寬朝が坂東の地で豊原是緒から「至誠の声」を伝授されることができるか。
  ここには以下のサブテーマがある。以下同様である。
  (1) 寬朝が求める「至誠の声」とは何なのか。
  (2)豊原是緒が楽人の名声を捨てて坂東に出奔したのはなぜか。是緒の生き様。
   (3)寬朝が坂東の地に居る間、どのような生き様をするのか。

2)平将門はどのように生き、平将門の乱は何だったのか。
  (1)寬朝の目に映じ、寬朝が捉えた平将門像。
  (2)平将門の信条・思いと生き様。
  (3)平将門の周辺に群がってきた人々、対立した人々の思惑あるいは信条と行動。

3)千歳が探し求める琵琶「有明」は入手できるのか。
  (1) 琵琶「有明」の存在価値と変転。
  (2)千歳の生き様。
  (3)琵琶「有明」を巡る人間模様。

 この小説のタイトル「落花」は上記で既に触れている。
 朝(あした)には落花を踏んで 相伴(あいともな)って出(い)
 暮(ゆうべ)には飛鳥(ひちょう)に随(したが)って 一時(いちじ)に帰る
という白居易の七言律詩に由来する。友人と過ごす春日のさまを謳った詩である。
 寬朝は豊原是緒の朗詠に「至誠の声」を感じ感動したことがこのストーリーの根底にあり、「落花」は寬朝が友人と感じた平将門の生き様の終焉をシンボライズする。それはまた、豊原是緒の坂東での生き様とその死につながっていく。「落花」は傀儡女あこやと如意の理不尽な死にも重ねられて行く。

 この小説は「至誠の声」の意味するものが寬朝の中で変化発展していくプロセスを描く。一方、寬朝との関わりを介して平将門の生き様の爽やかさを描き出す。そこが読ませどころとなる。また興味深さの増すところでもある。
 また、平将門の乱の見方を広げるトリガーにもなり、歴史を見る立ち位置を考える材料にもなると思う。さらに、香取を領域とした傀儡女集団の存在を知る機会にもなった。そして、琵琶法師蝉丸の由来にさらりとリンクしていくところがおもろい。

 尚、成田山新勝寺のホームページを見ると、「成田山のはじまり(開山縁起)」に寬朝大僧正が弘法大師空海の彫った不動明王像を棒持して京の都を出発し、成田の地で護摩を焚いて戦乱が鎮まるよう祈願したとしています。その後、寬朝大僧正は帰京しますが、不動明王像はこの地から動こうとしなかったので、成田山新勝寺が開山されたという縁起です。この縁起が史実に近いとすると、この小説では、寬朝という実在僧に著者の想像力を広げて巧みにフィクションを加え、新たな寬朝像を紡ぎ出したと言えます。縁起に記された寬朝大僧正よりも、この『落花』で創造された苦悩する寬朝像の方がその立ち居位置として私にははるかに魅力的です。

ご一読いただき、ありがとうございます。

本書に関連して、関心の波紋を広げてみた。一覧にしておきたい。
寬朝 :「佛光大辞典」
寛朝 :ウィキペディア
京都・大原 勝林院の声明  :YouTube
京都 大原 宝泉院 天台声明 四智梵語 :YouTube
黄檗宗 梵唄(ぼんばい)  :YouTube
魂の声楽、声明  :YouTube
長谷寺に伝わる節のついたお経、声明(しょうみょう):YouTube
善照寺住職の「真言宗豊山派 檀信徒のおつとめ」 :YouTube
大本山成田山 ホームページ  
  成田山のはじまり(開山縁起)
平将門はなぜ日本史の中で「特異な存在」に見えるのか :「現代新書」
平将門とは?平将門の乱や子孫、首塚や呪いについて解説! :「歴史人」
「平将門」の歴史。天皇になろうとして失敗するも、後世に残した影響とは?
    :「wondertrip」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


徒然に読んできた著者の作品の中で印象記を以下のものについて書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『龍華記』 KADOKAWA
『火定』  PHP
『泣くな道真 -太宰府の詩-』  集英社文庫
『腐れ梅』  集英社
『若冲』  文藝春秋
『弧鷹の天』  徳間書店
『満つる月の如し 仏師・定朝』  徳間書店