遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『広重ぶるう』  梶よう子   新潮社

2022-08-31 12:30:54 | レビュー
 歌川広重(1797~1858)。手許の国語辞典には、次のように説明している。
「江戸後期の浮世絵師。江戸の人。本姓、安藤。号は一立斎など。歌川豊広に入門。浮世絵風景版画を大成し、フランス印象派にも影響を与えた。作品『東海道五十三次』『名所江戸百景』など。」(『日本語大辞典』角川書店)
 本書は歌川広重についての伝記風小説である。史実を踏まえたフィクション。「東都の藍」という題で「小説新潮」(2019年4月~2020年8月号)に連載された後、『広重ぶるう』に改題されて、2022年5月に単行本が刊行された。

 「ぶるう」は日本には存在しなかった藍色をさす。舶来物、異国の新しい色。「ぷるしあんぶるう」という伯林(ベルリン)で作られたものが輸入された。「伯林の藍」なので「ベロ藍」と呼ばれたようだ。葛飾北斎はいち早くこのベロ藍に目をつけていた。
 広重を本書では一貫して重右衛門で表記している。重右衛門は、このベロ藍が渓斎英泉の絵による団扇に使われていることを見つけ、後付けで、葛飾北斎がこのベロ藍を使い富士を描くのを知ったという。
 重右衛門はこのベロ藍を使って、江戸の風景、江戸の空を描きたいという夢を抱く。この小説は重右衛門がその目標を達成するまでの紆余曲折を町絵師としての喜怒哀楽を織り込みながら、巧みに描きあげていく。

 広重こと、安藤重右衛門が主人公である。馬場先門外、八代洲(やよす)河岸の定火消御役屋敷内の同心長屋で、父安藤源右衛門の子として生まれ、13歳で元服した。役目を退いた父の代わりに、安藤家当主として火消同心の役を継ぐ。重右衛門が13になって間もなくの頃に母が死に、隠居した父は10ヶ月のちに急逝した。重右衛門にとり、絵を描くのは当初は本職ではなかった。10歳の頃、両親に絵を褒められたことが絵の道への契機だったという。

 ストーリーは、重右衛門が歌川豊広から広重の名をもらって以来19年の歳月が経た時点から始まる。重右衛門の家を訪れた栄林堂岩戸屋喜三郎に説教されるという場面である。売れていない重右衛門に、喜三郎は小言を言い発破をかけに来たのだ。町絵師・浮世絵師として名を成し得るかどうかの瀬戸際にいる時期だった。そういう意味で、広重は晩熟型である。役者絵を描くのも、美人画を描くのも下手、喜三郎に絵師で食って行きたいならワ印(枕絵)を描けばよいと言われても、己は武士だという矜持からこれを拒絶する。当時は役者絵と美人画が浮世絵の主流だったのだ。長年重右衛門はそのジャンルでの名声に固執していたが、力量は伴わないという側面を持っていたようだ。
 また「東都名所拾景」を西村屋与八のところから出してはいたが売れ行きは冴えなかったという。

 ストーリーは一転し、過去に遡り、重右衛門がどのようにして絵の筆法を習得して行ったのかという背景から始まって行く。この小説、一人称の回想で始まるというスタイルではないが、一貫して重右衛門の視点でストーリーが展開していると私は受けとめた。
 広重は町絵師として己のめざすべきジャンルは名所絵、風景を主体にした絵であると決意する。彼は風景を描いている時に心も晴れるのだ。そして、団扇の色を見た瞬間に、己の本領を発揮するにはベロ藍が必須だと思い定める。
 「東海道五十三次」(文政12年/1829年)という風景を主体として宿場町を描くシリーズがどのような経緯を経て生み出され、人気を博するようになったのか。ここにまず焦点があたる。そこに至る過程が、このストーリーでの一つの山場となる。読者にとっては、有名で見慣れた「東海道五十三次」の背景、裏話を読むというおもしろさがある。
 この五十三次のシリーズで、重右衛門は摺り政という摺り場にいる寬治と一緒に、ベロ藍の使い方の工夫を確立していく。ここに、浮世絵が生み出されるまでの製作プロセスがどのようなものかを、読者は副産物として学ぶ機会になる。浮世絵版画が生まれるプロセスは、様々な職人たちの巧みなコラボレーションなくして成り立たないのだ。

 一方、この五十三次で人気を確立するまでの重右衛門を支えたのは女房加代である。加代は同じ火消同心の娘だった。重右衛門は、不遇であまり売れない絵師でありながら、朝湯に出かけることを日課にしていた。加代の内助の功がなければ、重右衛門の生活スタイルは成り立たなかっただろう。加代の苦労を彼女が天保10年(1839)10月に亡くなるまで重右衛門は知らなかった。加代が後の広重の名声を生み出す重要な一因と言えるだろう。広重は良い妻に恵まれていたのだ。
 加代には、重右衛門の子を宿すことが出来ないという武家の妻としての負い目が一因にあったように思う。重右衛門は子をなすのは自然の摂理によると言い、加代を変わることなく大事にしていた。加代の哀しみと献身はそこに起因するように感じた。

 いくつかのエピソードがおもしろく織り込まれて行く。まず、東海道物で評判を取った重右衛門と北斎を湯屋で対峙させるエピソード。その次に、保栄堂が栄久堂との合版で、近江と京の名所絵の揃い物を重右衛門に描かせる、それも現地に行かずに名所絵を描かせたというエピソード。そして、版元が渓斎英泉に依頼した「木曾海道六拾九次」が版行途中で頓挫し、それを重右衛門が引き継いで仕上げたというエピソード。
 史実を踏まえて、著者が想像力を駆使したフィクションであろうが、読者にとって楽しめるサブ・ストーリーである。

 東海道物で名声を確立した重右衛門には、時代の運も巡ってくる。天保9年に幕府の出した政策である。「老中のお声掛りで、好色本と絵本類の店頭での売り出しが禁止されたが、重右衛門の名所絵には、なんら影響がなかった。」(p192)それは老中水野忠邦による改革の時期である。
 名声が確立し始めると、重右衛門の弟子になりたいという者が集まってくる。重右衛門と弟子との関係が始まる。特にこのストーリーでは、一番最初に弟子になりたいと申し出てきた昌吉、二番弟子の鎮平との関わりが中心に織り込まれて行く。
 第1~3章が広重の名声確立期までのストーリーであり、第4・5章は広重の願望達成への道程、町絵師としての後半人生物語ということになる。つまり、重右衛門の願望『江戸名所百景』と題された錦絵が生み出されるまでの経緯が語られる。
 『百景』の仕事をやり遂げた後、日課の朝湯に出かけようとした重右衛門に突然、死が襲ってくるというエンディング・・・・・。小説としては、重右衛門らしい終わり方だなと思う。
 実際の広重の末期はどうだったのだろうか。
 
 加代を亡くし、男やもめになった重右衛門は弟子をもつようになっていた。そこに天寿堂の仲立ちだと言い、奉公人になるつもりでお安という出戻り女がやって来る。長屋も引き払って、住み込みで働くつもりで来たのだ。重右衛門はびっくり仰天。だが、重右衛門の後半人生は、このお安が重右衛門の伴侶におさまっていく。加代とはがらりとキャラクターが異なるところがおもしいろい。
 後半にも一つのエピソードがストーリーを盛り上げる。それは重右衛門の妹さだに絡んでいた。さだは寺の坊主了信に嫁いでいた。この了信が破戒坊主。おさだは自分から離縁し、商家の後妻におさまろうとする。了信との間にできた子お辰を重右衛門に託すという虫のいい話。だが、諸般の事情から重右衛門・お安はお辰を養女にする。そこから、了信にまつわる借金話が飛び出してきて、重右衛門はワ印に一度限りの手を染めることになる・・・・・。このエピソードが一つの読ませどころになっている。
 広重にこれに相当する事実があったのだろうか。広重が『春の世和』というワ印本を残しているのは事実であるようだ。

 書棚から久しぶりに眠っていた図録『UKIYOE』を引っ張り出してみた。京都国立博物館で平成3年(1991)に開催された特別展の図録である。東京国立博物館/松方コレクションの「うきよ絵名品展」図録。開けて見ると、「温雅な抒情-広重-」という見出しで、「東海道五十三次」以外の名品が載っていた。作品の図柄の記憶があるが、その数枚は「名所江戸百景」のうちのものだった。あの頃はこの名称を意識していなかった。そこにベロ藍がどのような濃淡で使われているかを見ることができた。重右衛門と摺り師寬治とのコラボシーンが重なり、絵に親しみが一層出て来た。
図録に載るのは「名所江戸百景」からベロ藍を使った作品では「両国花火」と「高輪うしまち」、さらに「王子装束榎大晦日の狐火」。藍色は使われていないが「亀戸梅屋敷」は記憶に残る作品の一つだった。

 歌川広重の絵を楽しむ上で、フィクションとはいえ、本書はこの浮世絵師の背景を楽しみながら拡げてくれること間違いなしである。お楽しみいただきたい。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、関連事項をネット検索してみた。一覧にしていきたい。
安藤広重はいつから歌川広重になったのかという話。 :「太田記念美術館」
歌川広重  :「コトバンク」
歌川広重  :ウィキペディア
「歌川広重伝」 :「浮世絵文献資料舘」
東海道五十三次 (浮世絵)  :ウィキペディア
『歌川広重・東海道五十三次』= 江崎屋版・行書版・行書東海道 =:「ちょっと便利帳」
『歌川広重・東海道五十三次』= 丸清版・隷書版・隷書東海道 =:「ちょっと便利帳」
木曽海道六十九次   :ウィキペディア
歌川広重と三代豊国(歌川国貞)の合作『双筆五十三次』  :「ちょっと便利帳」
広重東都名所  :「国立国会図書館デジタルコレクション」
名所江戸百景  :ウィキペディア
両国花火  錦絵でたのしむ江戸の名所 :「国立国会図書館」
高輪うしまち 錦絵でたのしむ江戸の名所 :「国立国会図書館」

【王子】名所江戸百景 王子装束ゑの木大晦日の狐火 :「北区飛鳥山博物館」
名所江戸百景・亀戸梅屋舗 :「文化遺産オンライン」
歌川広重の『冨士三十六景』 全36枚 :「ネット美術館会『アートまとめん』」
歌川国貞  :ウィキペディア
歌川国広  :「文化デジタルライブラリー」
歌川国広  :「Lyon Collection」
歌川 国貞(豊国三代)  :「浮世絵文献資料舘」
岡島林斎  :ウィキペディア
歌川広重「春の世和 二冊」  :「よろずやマルシェ」
春画とは?北斎など有名な浮世絵作品をご紹介 :「Thi isMedia}

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

『Curious George and the Birthday Surprise』 MARGRET & H.A.REY Houghton Mifflin Company

2022-08-28 14:26:42 | レビュー
『Curious George』シリーズのランダムに選んだ2冊目。英語版絵本で、2003年の出版。「Read-Aloud ebook」なので、ページを繰って絵を見ながら、本文のナレーションを聞くことができる。ナレーションのスピードは前作と同じであり、読まれている単語が次々にハイライトされていく。
 絵本の絵については、Illustrated in the style of H.A.Rey by Martha Weston と記されている。 H.A.REY の好みのスタイルでという点は同じだが、Martha Weston という画家が描いている。

 黄色帽子の男が、朝食の時に、友達のジョージ(小さなモンキー)に「今日は特別の日なんだ。ちょっとしたサプライズを考えていて、大凡は準備できた」と語りかけた後、おとなしくしているんだよ、と言って外出していく。
 好奇心旺盛なジョージは、部屋に準備されているものを次々に手に取り眺めていく。
 キッチンからは良い匂いがする。勿論、ジョージはキッチンへ。スポンジケーキは焼き上がていて、ケーキに糖衣をかぶせる用意が調えられていた。ジョージはお手伝いをしようと思いつく。ミキサーを使っての糖衣を準備し始めた・・・・。それが大失敗に・・・・。お手伝いのつもりで始めたジョージの困惑状況を描く絵がおもしろい。

 この絵本で、frost という単語の別の意味を学んだ。ケーキ作りを趣味とする人には常識かもしれないが、食べるのが専門の私には、「(ケーキに)糖衣をかぶせる」という普段使うことのない意味。アメリカでは frost だが、イギリスでは ice という単語を使うとか。念の為に ice を辞書で引くとちゃんとこの語義が載っていた。
 ケーキ作りのページをちょっと覗くと、クリームを塗るという表現が使われるようだ。

 ジョージは犯した失敗への対策を思いつく。それはどんな策か? お楽しみ。

 黄色帽子の男は、パーティを計画していたのだ。大勢の人々がパーティにやって来る。
 楽しいジョージ。最後に黄色帽子の男がサプライズの品を持ってパーティの部屋に登場する・・・・というストーリー。サプライズとは何か? お楽しみに!

 絵と本文は22ページというボリュームのお話。
 パーティの雰囲気が楽しい絵本。
 英文は比較的優しい文章なので、読みやすいし聞き取りやすい。
 ちょっと一冊読んだ気になれるのがやはりいい。
 
 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『Curious George Goes to a Movie』 MARGRET & H.A.REY Houghton Mifflin Company
「Cinderella」 Retold by Casey Malarcher illustrated bu Necder Yilmaz Compass Publishing
THE LION KING Adapted by Kathryn Collins Disney PRESS

『火花』  又吉直樹   文藝春秋

2022-08-25 23:24:26 | レビュー
 本箱に眠っていた本を読んだ。奥書を見れば、2015.5.25付の第7刷である。2015.3.15に第1刷発行とあるので、急激な増刷カーブになる。ウィキペデイアの「又吉直樹」項を読むと、中編小説『火花』は著者にとっては純文学デビューの作品のようだ。単行本発売後、同月内に35万部に達し、単行本の累計発行部数は239万部を突破したという。同年7月に第153回芥川龍之介賞を受賞した。お笑いタレントの純文学作品発表、それが芥川賞を受賞ということとの二重の効果で、爆発的な発売記録冊数を生み出したのだろう。
 手許の本は第7刷だが、入手したのは2016年の芥川龍之介賞発表よりも後であり、それからさらに本箱に眠っていた。ひとときのブームとは離れた時点で、遅ればせながら読み始めた。
 これには、友人が韓国語の翻訳で読んでおもしろかったという感想を書いているのを読んだことが、本箱での眠りをさまさせるもう一つの動機づけになった。

 本書には、お笑い芸人コンビ2組が登場する。一組は「スパークス」という名でコンビを組む僕と山下。僕は徳永という姓である。この徳永の視点からストーリーが綴られていく。もう一組は、「あほんだら」という名でコンビを組む神谷と大林である。だが、山下は、このストーリーでは時折登場するだけ。大林もストーリーの最終コーナーで登場するにとどまる。ストーリーは僕と神谷の関わり方に焦点があたっていく。
 このストーリー、熱海湾での花火大会の会場を目指す人々に向けて、スパークスが漫才を披露している-哀しいかな漫才に見向きもされない状況で持ち時間、漫才を披露し続ける-場面描写から始まる。そして、ストーリーの最後は、僕と神谷が花火大会の夜に熱海の旅館に居る場面で終わる。

 タイトルの「火花」は、花火の火花、漫才コンビが舞台で生み出す火花、漫才師の内なる情熱、漫才を生み出す火花など、意味合いが重層的だと感じた。直接的には、次の一文が記されている。「今度は巨大な柳のような花火が暗闇に垂れ、細かい無数の火花が捻れながら夜を灯し海に落ちて行くと、一瞬大きな歓声が上がった。・・・・・・そこに人間が生み出した物の中では傑出した壮大さと美しさを持つ花火である。」(p5)の火花だろう。スパークスの僕という存在は、漫才という舞台(花火)の中に咲く無数の火花(コンビ)の一つなのだ。

 この花火大会での出演が終わった後、主人公の僕(徳永)は、自分逹「スパークス」より大きな失態を晒す結果となった「あほんだら」の神谷に「取っ払いでギャラ貰ったから呑みに行けへんか?」と誘われた。これが契機となり、この一杯飲みの場で、僕はお笑い芸人として先輩の神谷さんに「弟子にしてください」と頭を下げた。ここに師弟関係が生まれた。ここからストーリーが始まることに。

 このストーリーを読み、興味深く、また一方で疑問を持った点がいくつかある。
1.僕と神谷さんは所属する事務所(会社)が異なる。そういう状況で、漫才の世界では師弟関係が実際に成り立つのか? 落語の世界の師弟関係ともまた違うのか?
2.漫才はふつうコンビで成り立つ。ここで描かれる師弟関係は、コンビとしてでなく、個人としての関係性になっている。漫才の世界での師弟関係は、漫才師コンビを師として、漫才コンビで弟子となるという関係ではないのか? 様々な師弟関係がありえるということか。
3.このストーリーでは神谷が大阪弁(たぶん)で語り、僕(徳永)は大阪人であるが標準語で応対するという対話となる。漫才・お笑い芸人の師弟関係で交わされる対話が主体となる。神谷が大阪弁(関西弁)で語り醸し出すニュアンスが、非関西弁の地域の人にどのように、どこまでつたわるのだろうかという興味を抱いた。一方なぜ、大阪人の僕(徳永)は標準語で応対したのかに対する疑問(?)も生まれた。
 いわば方言の持つおもしろみと言葉の背景のニュアンスがどれだけ的確に伝達可能性だろうかということへの関心である。大げさかもしれないが、日本語文化圏内のサブ・カルチャ-である方言の異文化コミュニケーションといえるかもしれない。そんな側面に関心を持った。
 もし、このストーリーが標準語(?)だけの会話で書かれていたら、賞の対象に入っていただろうか、そんな気さえする。つまり、大阪弁でないと、神谷の存在感とそのおもしろみは表現しづらかったのではないか。
4.序でに、上記3との関わりになるが、大阪弁の会話文の内容をどのように翻訳できるのだろうか。方言が醸し出している雰囲気、方言での表現にまといつく背景がどこまで翻訳に反映できるのだろうか。そんな関心も抱いた。

 このストーリー、漫才とは何か? お笑いとは何か? 神谷さんと僕との師弟関係の中で、お笑いの本質論を神谷さんが語り、僕が己の観点で反論したり同意したり・・・・とその経緯を書き止めていく。お笑いの本質とお笑い芸人としての生き様、舞台芸人と実人生の関係、そんな側面に光りが当てられている

 僕が神谷さんとの最初の出会いで、「俺のことを近くで見てな、俺の言動を書き残して、俺の伝記を作って欲しいねん」(p13)それが師弟関係の契りを結ぶ一つだけの条件となった。このストーリーは、結果的に神谷のお笑い芸人の半生の伝記を描くことになっているという構成である。
 面白い会話が出てくる。(p18-19)
 「伝記って、その人が死んでから出版するんですよね」
 「お前、俺より長生き出来ると思うなよ」
 「生前に前編を出版して、死後に中編を出版やな」
 「後編気になって、文句出ますよ」
 「そんくらいの方が、面白いやんけ」
 「お前の言葉で、今日見たことが生きているうちに書けよ」

 お笑い芸人としてコンビを組み、舞台に立ち、その浮き沈みの中に身を置いてきた著者の体験・経験・見聞が、ストーリーに色濃く反映されているのだろうという印象を受けた。それ故に、お笑い芸人・漫才師神谷さんが、自分の実人生をも「お笑い」に投げ入れた生き方、その存在をリアルに感じられるのだろうという気がした。

 読了後に、ウィキペディアを読み、いくつかの事実を知った。
 著者自身、高校時代にサッカー部に属し、インターハイにも出場した経験がある。高校卒業後、1999年にNSC東京校に5期生として入学した。「線香花火」というコンビを組み、M-1グランプリでは準決勝進出まで行ったそうだ、しかし、コンビ解散という経験をしている。その後、綾部祐二に誘われて「ピース」というコンビを組んだ。この作品の発表までに15年ほど、お笑いという世界を経験してきていたのだ。
 
 「お笑い」の世界を観客側から楽しむのではなく、僕(徳永)の視点を仲介にて、演じる側、お笑い芸人そのものの生き様を、読者は垣間見ることになる。興味深くかつ面白かった。
 もう一つ加えると、僕と神谷さんが交わすメールのやりとりの文面がおもしろい。それそのものが、芸人センスなのだ。こんなやり取りは例外レベルかと凡人読者としては尋ねたくなる。お笑い芸人さんて、普段でもそんな世界?

 本書を読了後なのだが、先日あるテレビ番組を見ていて、最後に神谷さんが、どうせなら面白いやろと思ってやったという姿を、実際に外国人がやってしまっていた!その映像を見て驚いた。発想の原点は全く違うアプローチなのだが、現象面での結果は同じ。小説の中での想像が、既に現実化していた。事実は小説より奇なりを地でいっていた。

 神谷さんの発言あるいは姿として記された印象的な文のいくつかをご紹介しておきたい。それが、どんな文脈で語られているかは、148ページというボリュームのこの中編小説をお読みいただきたい。

*漫才師である以上、・・・・あらゆる日常の行動は全て漫才のためにあんねん。・・・・偽りのない純正の人間の姿を晒すもんやねん。つまりは賢い、には出来ひんくて、本物の阿保と自分は真つ当であると信じている阿保によってのみ実現できるもんやねん。 p16
*漫才師はこうあるべきやと語ることと、漫才師を語ることとは、全然違うねん。俺が話しているのは漫才師の話やねん。 p17 
   (⇒ この後、神谷はボケトとツッコミの具体例を挙げる。)
*一つだけの基準を持って何かを測ろうとすると眼がくらんでまうねん。・・・・創作に携わる人間はどこかで卒業せなあかんやろ。他のもの一切見えへんようになるからな。これは自分に対する戒めやねんけどな。 p32
*だから、唯一の方法は阿保になってな、感覚に正直に面白いかどうかだけで判断したらいいねん。  p34
*だが、一切ぶれずに自分のスタイルを全うする神谷さんを見ていると、随分と自分が軽い人間のように思えてくることがあった。 p79
*せやんな。俺等、そんな器用ちゃうもんな。好きなことやって、面白かったら飯食えて、面白くなかったら淘汰される。それだけのことやろ?  p97
*神谷さんが面白いと思うことは、神谷さんが未だ発していない言葉だ。未だ表現していない想像だ。つまりは神谷さんの才能を凌駕したもののみだ。  p114
*俺な、芸人に引退なんてないと思うねん。  p133

 僕にとって神谷さんは師と仰ぐ存在だった。だが、僕は己の基軸を揺るがさない。「自分の理想を崩さず、世間の観念とも闘う」(p115)というスタンスである。僕にとっては神谷さんは、師匠であるとともに、己を映し知るための鏡だったのだ。そこから僕(徳永)は己の歩むべき道、一つの方向性を導きだす。

 ご一読ありがとうございます。

『Curious George Goes to a Movie』 MARGRET & H.A.REY Houghton Mifflin Compay

2022-08-24 18:28:49 | レビュー
 この本、英語版絵本の電子書籍版。先にご紹介した出版社とはまた異なる。
 冒頭の表紙によれば、本のタイトルは正式には”MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to a Movie" となるのだろう。この本は共著のようだ。絵本の本文を共著者が書き、絵本の絵そのものは、Illustrated in the style of H.A.Rey by Vipah Interactive と記されているので、Vipah Interactive という集団が著者である H.A.REY の好みのスタイルで描いたということなのだろう。この本は1998年に出版されている。

 数えてはいなのだけれど、『Curious George』シリーズがかなりの冊数出版されている。アメリカでは良く知られた絵本の一つのようだ。ここでジョージ(George)というのはお猿さん、チンパンジーの名前。Curious は「好奇心の強い」という意味だから、『知りたがり屋のジョージ(お猿)』というところか。これが何作目のものか知らないが、私にとっては1冊目。

 内容は、タイトルにある通り、黄色い帽子の友達(大人の男性)と一緒に映画館に行き、そこでちょっとしたハプニングを起こすという内容。幼児が喜びそうなストーリー展開となる。
 映画館に入り、一旦席に着いた後、友達がポップコーンを買いに行く間に、ジョージが引き起こすハプニンが展開する。

 この英語版絵本もまた、「Read-Aloud ebook」であり、絵に添えられた本文のナレーションをリスニングすることができる。本文のどの単語が発音されているか、順次わかるように単語がハイライトされていく。
 本書には、レベル区分がされていないようだ。既にご紹介したもので相対比較すると、本文の難しさは、ライオン・キング> Curious George > シンデレラ という印象を受けた。
 ライオン・キングよりも聞き取りやすい英文である。英文の構文的な面でも平易な範囲で書かれているように思う。

 映写が始まると、映写の光りの出所にジョージは好奇心を抱く。映写室に忍びこみ、映写技師を驚かす。映写はストップ・・・・。観客からは即座にブーイングの声。そのとき、映写室でジョージがやったことは・・・・。
 
 本文26ページの英語絵本。ナレーションを聞きながら、絵を楽しみ、英文を読むのは、非英語圏の大人でも英語に親しむのに役立つ。ささやかに1冊読んだという気にもなる。
 このシリーズ、ランダムに順次楽しんでみようと思う。併せて、童心に戻ろうか・・・・。
 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
「Cinderella」 Retold by Casey Malarcher illustrated bu Necder Yilmaz Compass Publishing
THE LION KING Adapted by Kathryn Collins Disney PRESS


「普及版完本 原爆の図 THE HIROSHIMA PANELS」 共同制作=丸木位里・丸木俊 小峰書店

2022-08-22 22:56:47 | レビュー
 何十年か前に、丸木夫妻の共同制作による「原爆の図」を数点写真で見たことがある。その時、丸木美術館があることを知った。だが、そのままに留まった。
 本書が目に止まり、改めて読み、見つめてみることにした。タイトルに「普及版完本」と題されている。つまり、本書は「原爆の図」という象徴的な作品だけにとどまらない。丸木位里と丸木俊、位里は日本画家で水墨の名手、俊は洋画家というジャンルの異なる2人が共同制作した全作品が収録されている。共同制作作品に関しての完本である。本書の末尾には、「丸木位里・丸木俊 略年譜」がまとめられていて、共同の仕事の他に、それぞれの単独の活動と作品の年譜もパラレルにまとめられている。
 英文のタイトルが併記されている。つまり、本文は日本語と英語のバイリンガルで記されている。本書は日本だけではなく、世界に向けて発信された本である。2000年7月に第一刷が刊行された。

 本書の外形から入ろう。24.8cm×24.8cmというサイズで、分厚い表紙であることもあり、厚み27mm。202ページの本。作品と関連文章だけにしぼると、「原爆の図」は7~91ページの前半にまとめられ、それ以降に制作された作品群が92~165ページに続く。つまり、絵とそれに直接関係する文章は全体で159ページのボリュームになる。

 「原爆の図」が15連作の作品だったことを遅ればせながら本書で初めて知った。作品には第○部△△△というタイトルがつく。簡略にすると、<幽霊、火、水、虹、少年少女、原子野、竹やぶ、救出、焼津、署名、母子像、とうろう流し、米兵捕虜の死、からす、ながさき> というタイトルが順に付いている。

 丸木夫妻が共同制作で「原爆の図」の作品群をなぜ描いたのか、なぜ描かざるをえなかったのか。号泣が聞こえて来るような悲惨な姿、怒りを感じさせる一方でおぞましさすら感じさせる作品を次々と描いたのか。その理由の一端を本書から理解できた。
 位里は広島県の生まれ、俊は北海道の生まれである。「原爆の図」と題した冒頭文で、位里は、原爆によりおじとめい2人をなくし、妹はやけどし、父は半年後になくなったと記す。そして知人友人を多く失ったと。3日目に東京からはじめての汽車で広島に入る。爆心から2キロちょっとの所の家は半壊で焼け残っていたが、大勢のけが人がその家にたどりつき家中いっぱいに倒れていた。9月初めに東京に帰ったと記す。それまでの期間、明記はないが、丸木夫妻は現地でやけどをした人々の世話、息絶えた人々への対処など、現地での救援活動に明け暮れたのだろう。「広島では戦争が終わろうが終わるまいが、考える力を失っていたのです。原爆の図を描き始めたのは3年も経ってからのことです。」「17才の娘さんには17才の生涯があった。3つの子には3年の命があった、と思うようになりました」と記している。そして文末に記す。
「絵でさえも一生かかって描ききれない程の人の数が、一瞬間に一発の爆弾で死んだということ、長く残る放射能、今だに原爆症で苦しみ死んで行った人のこと、これは自然の災害ではないということ。
 わたくしたちは描きながら、その絵の中から考えるようになりました」と。
 広島入りして、現地で凄惨な状況を実際に経験した画家の魂が、その状況を如何に伝えるかという内的衝動に突き動かされたのだろう。写真家は写真にその一瞬を凝結させ、詩人は詩で訴え、語り部は実体験を伝えようとしてきた。画家として絵筆でその事実と思いを如何に伝えるか。それが15連作となったのだろう。そう思う。

 川北倫明氏は「丸木夫妻作『原爆の図』」という一文を寄稿する。これら屏風連作は「今日の日本が生んだ代表的美術作品であり、世界に類をみない記念的制作といってよい」と述べ、2つの決定的な意義がこの作品にあるという。一つは「この絵の主題の決定的な貴重さ」、もう一つは「この記念的作品の表現形式が民族古来の伝統に立って、その長所を十分に生かしていること」だという。

 読了後にネット検索して知ったことだが、丸木美術館のホームページを見ると、「原爆の図」の全図が公開され、発信されている。各作品と本書で各作品の冒頭に付されているメッセージとの双方を閲覧できる。まず一度ご覧いただきたいと思う。

 丸木夫妻の共同制作は、「原爆の図」の連作だけには留まらなかった。それが後半の作品群である。
 もう一つの「ひろしまの図」(広島市現代美術館蔵)からはじまり以下の作品が続く。作品名を列挙する。丸木夫妻の問題意識の広がりもうかがえることだろう。
  「南京大虐殺の図」
  「アウシュビッツの図」
  「三国同盟から三里塚まで」(ブルガリア国立美術館蔵)
  「水俣の図」
  「水俣・原発・三里塚」
  「おきなわの図」(8連作)
  「沖縄戦の図」    ⇒ 沖縄の佐喜眞美術館に常設展示
  「原爆 - 高張提灯」(大阪人権資料舘蔵)
  「沖縄戦 - きゃん岬」
  「沖縄戦 - ガマ」 付記:ガマは鍾乳洞が自然壕として使われたことをさす
  「沖縄戦」[読谷村3部作]
  「地獄の図」     (ブルガリア国立美術館蔵)
  「どこが地獄か極楽か」
  「足尾鉱毒の図」

 これらの作品が創作されたことについて、「いざ旅立とう 『原爆の図』以下の共同制作へ」という見開き2ページの寄稿文で、針生一郎氏は次のような解釈を記している。
「『原爆の図』(の連作プロセスで:付記)・・・丸木夫妻が制作を通して思想的に深化していったことは疑いない。
 したがってその延長で、広島・長崎への原爆投下は日本軍の南京・マニラ大虐殺など、加害殺戮に対する当然の報復だ、という主として外国からの批判を受けとめ、夫妻が『南京大虐殺の図』や日本と同盟関係にあったナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺の象徴としての『アウシュビッツ』、さらに戦後にもつづく戦争ともいうべき『三里塚』や『水俣の図』に進んだのも当然である」と。 p171
 丸木夫妻の共同制作の最後が「沖縄戦の図」となる。

 「三国同盟から三里塚」という作品の冒頭メッセージの最後の部分が私には強烈に印象深い。ご紹介しておきたい。
 「三国同盟から原爆や戦争や公害、それに三里塚闘争まで、時間も場所もちがう悲劇を集めて描いてありますが、結局はみんな同じだということです。権力というばけものにみんながいじめられているということです」 p112

 「権力というばけもの」それが、今この時点でも、蠢いているのではないか。
 そんな思いにとらわれる。

 本書は、絵画作品を通じて「原点」を考える一冊になる。

 ご一読ありがとうございます。
 
本書に関連して、ネット検索した事項を一覧にしておきたい。
原爆の図 丸木美術舘  ホームページ
  原爆の図  ⇒ 第1部~第15部の全図公開
原爆の図丸木美術館 :ウィキペディア
原爆の図 丸木美術館  YouTube
常設展「沖縄戦の図」  :「佐喜眞美術館」
加害の実相に目を向けた丸木夫妻 対話を重んじる姿勢が絵を描かせた :「情報労連」
南京大虐殺  :「コトバンク」
三里塚闘争  :ウィキペディア
足尾銅山鉱毒事件 :「コトバンク」
沖縄戦  :ウィキペディア
【そもそも解説】沖縄戦で何が起きた 住民巻き込んだ「地獄」の戦場 :「朝日新聞」
沖縄戦の概要  :「内閣府」
沖縄戦の実相  :「沖縄市」
アイスバーグ作戦  :「沖縄県公文書館」
終戦特集~太平洋戦争の歴史~  :「JIJI.COM」
アウシュビッツ  :「ホロコースト百科事典」
【海外男ぼっち旅】1人アウシュビッツ【ポーランド/ガイド/かかった金額】YouTube
映画『アウシュヴィッツ・レポート』予告編   YouTube
『アウシュヴィッツのチャンピオン』本編映像  YouTube

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『原爆写真 ノーモア ヒロシマ・ナガサキ』 黒古一夫・清水博義 編 日本図書センター
『ヒロシマの空白 被爆75年』  中国新聞社  中国新聞社×ザメディアジョン
『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』  堀川惠子  文藝春秋 
『決定版 広島原爆写真集』「反核・写真運動」監修 小松健一・新藤健一編 勉誠出版
『決定版 長崎原爆写真集』 「反核・写真運動」監修 小松健一・新藤健一編 勉誠出版
『第二楽章 ヒロシマの風 長崎から』 編 吉永小百合 画 男鹿和雄 徳間書店

『原爆写真 ノーモア ヒロシマ・ナガサキ』 黒古一夫・清水博義 編 日本図書センター

2022-08-21 15:10:06 | レビュー
 地元の図書館に本の返却に行くと、原爆関連書籍のコーナーが特設されていた。8月6日ヒロシマ、8月9日ナガサキ、77年目が巡って来た後、1週間余が経っていたが、その中から2冊借り出してきた。その内の1冊である。

 本書は、2005年3月に初版第1刷として刊行されていた。本書のことは知らなかった。
 原爆がヒロシマとナガサキに投下されてから、60年という時が経った時点で編纂された本。先日、『ヒロシマの空白 被爆75年』(中国新聞社)が目に止まり読んだ結果をご紹介した。本書はさらに15年前に、No More を主張するために編纂された本だった。

 冒頭の表紙に見るとおり、日本語・英語のバイリンガルで記されている。その意図は明らかに、本書が日本人に対して、原爆の悲劇が過去の事でなく、今もなお継続している進行形の問題であることを主張すると同時に、世界に向けた発信という意図で英語併記しているのだろう。非核が60年を経た時点でも進展していないことを訴えている。一方で、原爆についての事実が風化を始めていることへの警鐘を鳴らす書でもある。日本人に対して、そして世界に向けて。
 風化への懸念は、『ヒロシマの空白 被爆75年』にも一層色濃く反映している。
 原爆投下により発生した事象と事実、それが未来に向い継続進行している問題であり、その点を自覚するうえでも、決して意識を風化させてはならないと再認識させる書である。

 本書の「はじめに」の後半に記されたメッセージを引用する。
「戦後60年-その歴史の原点に、この被爆体験がある。それは平和の原点であると同時に、人類が直面している『核時代』の原点でもある。
 原点を風化させてはならない。事あるごとに原点に立ち返り、私たち自身のありようや日本・世界の未来を考えねばならないと強く思う。」

 本のカバーを開くと、最初に「広島被爆地図」が載っている。裏のカバー内側には、同様に「長崎被爆地図」が載る。この地図にも英語が併記されている。すべてバイリンガル。 次の見開きページの左1/2に「はじめに」のメッセージがあり、残り1ページ半には、広島に投下された原子爆弾が炸裂した後に3機のB29爆撃機のうちの1機が撮影したキノコ雲の写真が大きく背景に使われ、内表紙となっている。
 ひょっとしたら、「キノコ雲」と聞き、「それ何? シラナイ」という世代、人々が既に増えてきているのではないか・・・・・・そんな危惧を抱く。つい先日のあの「フクシマ」でさえ、意識の風化が始まっているかもしれないのだから。

 本書は生々しく悲惨この上ない原爆写真を中軸にして、広島・長崎で何が起こり、どんな状況が発生したのかを提示する。どういう問題事象が継続しているか、何をしなければならないか。そして、まず、No More Hiroshima, Nagasaki の実現をめざすために、原点を風化させてはならないと警鐘を発しているのだ。

 目次の大項目並びに内容の一端をご紹介しよう。
   広島            原爆写真とその説明文
   長崎            同上
   表現された「地獄」の諸相  絵画に表現された事例を取り上げる
   原爆遺品          3人の中学生の衣服・三輪車・解けたビン・時計等
   被爆を超えて、いま     被爆者の体験記(山岡ミチコ・谷口稜嘩)
   外国人被爆者        外国人被爆者がいた事実・実態、その後
   核なき世界を求めて     60年間の動向と諸相。この時点での事実データ

 そして、峠三吉の『原爆詩集』の序
   「ちちをかえせ ははをかえせ 
    としよりをかえせ
    こどもをかえせ
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
の詩を皮切りに要所要所に、栗原貞子作「生ましめんかな」、中川美苗作「学徒」、福田須磨子作「花こそはこころのいこい」、原民喜作「コレガ人間ナノデス」、山田かん作「武器」の各詩が挿入されていく。
 
 目次項目の各項には、5編の寄稿文も併載されている。「新しき生き方を」(平岡敬)、「若い人たちへ」(林京子)、「悪魔の申し子を、だれが-」(井上ひさし)、「広島を何度も歩いた」(広河隆一)、「もう一つの福竜丸のこと」(松谷みよ子)。
 原爆写真は折りにふれ見る機会があった。だが原爆写真の示す事実は幾度見てもその都度衝撃的である。その次に本書で井上ひさしの寄稿文が強烈に印象に残る。
 井上ひさしの寄稿文は、冒頭のパラグラフの末尾「けれども、投下までの事実の経過を正確に克明に辿って行くと、びっくりすることに、共犯者が大勢いたのです。」から始まる。そして「・・・・こう考えがまとまってからは、わたしは指導者というものを一切、信じないことにしました。」と最後に著者は決断する。その内容は実に衝撃的だった。

 次の事実をあなたはご存知でしょうか?
 広島 ウラニウム原子爆弾 TNT1トン火薬爆弾の1万2500倍以上のエネルギー
 長崎 プルトニウム原子爆弾 TNT1トン火薬爆弾の2万2000倍以上のエネルギー
     ⇒エネルギーの15%が熱線、50%が爆風、15%が放射線エネルギーと推定
 これらの原子爆弾は1945年時点での開発結果である。
 その後、更に現実には核兵器開発が促進された。原子核兵器は性能がはるかに強化された一方で小型化もされてきたという。それが世界に配備され溢れている。

 No More 
 HIroshima,
 Nagasaki

 まだまだ、緒についた域をでていないと思う。原点を風化させてはならない。

 ご一読ありがとうございます。

本書から関心の波及で、ネット検索してみた。一覧にしておきたい。
「この傷を、撮りなさい」 原爆を撮り続ける覚悟  戦跡-薄れる記憶-:「NHK」
被爆直後のヒロシマ 写真で見る惨状の記録「人」編  :「中國新聞」
原子爆弾  :ウィキペディア
ヒロシマ型原爆(ウラン原爆)  :「原爆先生の特別授業」
ナガサキ型原爆(プルトニウム原爆) :「原爆先生の特別授業」
Bombings of Hiroshima and Nagasaki - 1945 :「Atomic Heritage Foundation」
Science Today TV: What Actually Happened To HIROSHIMA & NAKASAKI(Mind Blowing...) YouTube
Hiroshima: Dropping the Bomb YouTube
The Effects of the Atomic Bomb on Hiroshima and Nagasaki YouTube
Hiroshima Bombing Story | Tour around the Atomic Hypocenter ★ ONLY in JAPAN
YouTube
75 Jahre Hiroshima: Als die Sonne vom Himmel fiel | DER SPIEGEL YouTube
Atomic bombing of Nagasaki - BBC YouTube
What a Nuclear Bomb Explosion Feels Like YouTube

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『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』  堀川惠子  文藝春秋 
『決定版 広島原爆写真集』「反核・写真運動」監修 小松健一・新藤健一編 勉誠出版
『決定版 長崎原爆写真集』 「反核・写真運動」監修 小松健一・新藤健一編 勉誠出版
『第二楽章 ヒロシマの風 長崎から』 編 吉永小百合 画 男鹿和雄 徳間書店

「Cinderella」 Retold by Casey Malarcher illustrated bu Necder Yilmaz Compass Publishing

2022-08-20 00:08:29 | レビュー
 「シンデレラ」の英語絵本を電子書籍版で読んだ。原作は Wilhelm and Jacob Grimm つまりドイツで活躍したグリム兄弟の作った童話。それが絵本向きに翻案されたもの。この出版社の絵本を初めて読んだ。本書は、コピーライトが2012年となっているので、2012年に出版されたのだろう。

 この出版社のおもしろいところは、絵本がレベル1からレベル6まで段階区分が表示されていること。各段階で10冊ずつの英語絵本が出版されていることが末尾に掲載のリストでわかる。この絵本はレベル3にランクされ、その第1作になっている。
 読んでみて、英文は先に紹介した別の出版社の「ライオン・キング」と比較すると、こちらの「シンデレラ」の方がかなり易しい英文で綴られている。この本もオーディオ付きなので、やさしい英文のヒアリングとして気軽に聞けると思う。

 「シンデレラ」の話はたぶん、大半の方はどこかで実読あるいは見聞されてごく大筋はご存知だろう。あまりにも有名な童話だから。
 ところが、この絵本を読んで、私がおぼろげに記憶しているシンデレラ物語と異なるストーリー箇所があった。私の記憶では、シンデレラは1晩の舞踏会に参加し、深夜0時まじかに慌てて引き返すのだが、ガラスの靴の片方を残してしまった。王子様はその靴の片方を頼りに国中を探して、遂にシンデレラをみつけて、結婚を申し込む。そんな記憶だった。家人に尋ねてみても、1晩の舞踏会、ガラスの靴という点では記憶が一致した。
 このブログ記事をお読み頂いているあなたの知るシンデレラ物語はどういう記憶でしょうか?

 一方、この絵本では、舞踏会が3日間毎夜続けられる。シンデレラはその都度異なる衣裳を身にまとい、金の靴(gold shoes)を履いていくというストーリー展開になっている。
 短いストーリーなので、これ以上はストーリーの細部には触れない。直に絵本を開いて楽しんでいただきたい。
 
 「THE COMPLETE ILLUSTRATED STORIES OF THE BROTHERS GRIMM」(CHANCELLOR PRESS)という英語版で該当箇所を確認すると、やはり、舞踏会は3日間続くストーリーで、3日目は、the golden shoes だった。ただし、1日目は、silken slippers ornamented with silver と記されている。シンデレラの靴に関しては、絵本としてやさしい英文にするために、金の靴で一貫させた翻案なのだろうと理解した。

 私はどこで、ガラスの靴と記憶したのだろう・・・・・・。

さて、本英語絵本の特徴をご紹介しておこう。
 まず、やさしい英文で記されているのは上記の通り。挿し絵と英文での物語がまず載っている。その次にこのストーリーが、「寸劇(playlet)」として脚本に仕立ててある。子供達が、登場人物の役割を演じて楽しめるようにしてあるのだろう。また、寸劇を通じて、会話文とその表現を学ぶことにもつながる。その後に、この絵本に出てきた「単語リスト」が続く。単語の説明ページである。やさしい英英辞典、つまり国語辞典である。最初に6段階に区分された絵本と述べた。つまり、段階的に語彙力を高めていくための絵本という目的も担っている絵本と理解した。

 やさしい英語で、英語に触れるには絵本は便利だと思う。
 ボリュームとして少なくて、やさしい英文であり、比較的短い時間で通読できる。絵本だとは言え、一冊読んだという気持ちは楽しい。
 オーディオを先に聞くか、ストーリーの英文を先に読むか、それは読者のお好み次第である。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して少し検索してみた。一覧にしておきたい。
シンデレラ :ウィキペディア
シンデレラ :「コトバンク」
グリム兄弟 :ウィキペディア
グリム(兄弟)  :「ジャパンナレッジ」
アッシェンプッテル-灰かぶり姫のものがたり-  :「青空文庫」
『灰かぶり(シンデレラ)』のあらすじなど (KHM021) :「グリムCLUB」
シンデレラは継母につけられた悪意あるあだ名!本当の名前は?/毎日雑学:「ダ・ヴィンチ」

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こちらもご一読いただけるとうれしいです。
『不思議の国のアリス』 原作 ルイス・キャロル イラストト せきぐちよしみ 翻訳 森悠樹 きいろいとり文庫
THE LION KING Adapted by Kathryn Collins Disney PRESS



『暮鐘 東京湾臨海署安積班』  今野 敏  角川春樹事務所

2022-08-17 17:13:54 | レビュー
 私の好きなシリーズものの一つである。前作『炎天夢』(2019年6月刊)に引き続き
「ランティエ」(2020年8月号~2021年5月号)に連載された後、2021年8月に単行本として刊行された。短編連作集で、10編が収録されている。

 このシリーズは東京湾臨海署の安積剛志強行犯第一係長をリーダーに、安積班がチームワークを発揮して事件解決に挑むという点が楽しい。安積班は、村雨巡査部長と桜井巡査長のペア、須田巡査部長と黒木巡査長のペア、安積は班の紅一点である水野巡査部長とペアを組むこともある。村雨と須田は対照的なキャラクターとして描かれている。安積は村雨を信頼しつつも一歩距離を置きぎみであり、須田には彼の洞察力を信頼し、彼のちょっととぼけた行動パターンに親しみを感じている。チームワークがバッチリ発揮されるのがこのシリーズの読ませどころとなる。それぞれの持ち味が相乗効果を発揮していく。

 警視庁から異動してきた相楽啓強行犯第二係長は、警視庁時代以来、安積に対抗意識を持っている。東京湾臨海署に異動して以来、少しずつ相楽の意識が変化していく側面がこのシリーズでは織り込まれてきている。そこには警察組織の実態と人間関係がおおきな要因として存在する。この側面も興味深くリアル感を伴って読める要因になっている。

 収録されている短編について、感想を交えて簡単にご紹介しよう。
<公務>
 2019年4月に、働き方改革推進の掛け声のもとに関連法案が施行された。行政官庁から率先せよとの動きが生まれる。杓子定規な適用が不可能なのが強行犯係という捜査現場である。署長の方針指示、中間管理職・課長の板挟み、懲罰的異動人事の噂など、皮肉を込めて描かれる。働き方改革推進の理念・方針と現場の実態とのズレ・軋轢。
 安積の信念と対応がおもしろい。

<暮鐘>
 本書のタイトルは、この短編のタイトルに由来する。
 江東区有明1丁目の不動産屋の前で、そこの社員が刃物で刺された。強盗致死事件となる。榊原課長の指示で安積班が現場に直行。警視庁から佐治係長以下が出向いてくる。だが、犯人と名乗る男が自首してきた。供述内容は現場・時刻等でほぼ一致するのだが・・・・。佐治はそれで一件落着と判断する。一方、安積は異議を唱える。須田が供述の中のある一点の違いに気づいたのだ。見かけはとぼけた頼り無い須田の洞察力! これが頼もしいのだ。

<別館>
 海上での人質事件の恐れという無線が流れる。榊原課長は安積に別館に行けと指示をした。安積班は拳銃携帯で出動。水上安全第一係の吉田勇警部補のもとに出向き、ともに「しおかぜ」に乗って、海上の現場へ。問題の船が発見できた。パンという乾いた炸裂音が聞こえた。SAT、SSTの出動という事態にまでエスカレートしていく。
 だが、意外な結末に。大山鳴動して・・・・・という一幕劇に。この過剰反応の描写がおもしろい。

<確保>
 警察庁指定の重要指名手配被疑者の一人、大原耕治を住民の通報で地域課係員が視認した。強行犯第一係と第二係が大原耕治の確保のために駆り出される。組を編成し交替制による監視から始まる。ここに佐治係長がまたもや出っ張ってくる。佐治特有の捜査一課偏重の指示命令が出ることに。佐治はもと部下の相楽に前線本部の指揮・指示を委ねた。
 相楽がどうするか。そこからが読ませどころになる。

<大物>
 組織犯罪対策係の古賀巡査部長に桜井が怒鳴られている場面から話が始まる。古賀は桜井がマルB検挙のチャンスをつぶしたと怒っていた。飲食店での恐喝事件の通報で、桜井は現場に出向いたのだが、恐喝の事実を確認できなかったと安積に報告した。
 その後、桜井は古賀に恐喝事件について、組対係と強行犯係の合同捜査ができないかと相談をもちかける行動にでた。桜井には思うところがあったのだ。
 村雨は桜井にまず確実な説得材料を見つけるのが先と言い、聞き込みを行う行動に出る。安積は今まで踏み込んで知ろうとしていなかった桜井のことを考え始める。交機隊の速水が現れて助言するのが興味深い。
 
<予断>
 安積班の2組がそれぞれ追っていた事件がほぼ同時に解決した。安積班は普段より早めに退庁する。安積・須田・村雨・水野は馴染みの居酒屋に立ち寄ることに。そこへ鑑識係の石倉が偶然現れて合流する。石倉が安積班のメンバーに推理合戦だと言い、ある死体発見の問題を出した。メンバーは必死で犯人を推理する。そのプロセスがこの短編の内容である。面白い!
 部下3人の推理合戦を黙って聞いていた安積が、最後に3人の推理からヒントを得たと言い、正解を述べた。そして、安積は言う。「先入観が予断につながる。予断は禁物だとよく言われることだがな・・・・・」(p188)と。

<部長>
 タイトルでいう部長は、ここでは巡査部長を意味する。「連続強盗事件捜査本部」で、安積が「大牟礼部長、よろしくお願いします」(p193)と挨拶した。安積が卒配で地域課に属した時に世話になったという地域課の大ベテランだった。
 被疑者が確保された。だが、被疑者をよく知っているという大牟礼はそれはおかしいと言い出す。大牟礼は捜査一課の沼田と組んでいた。その沼田が「地域課が、捜査のことに口出しするんじゃねえ」と怒鳴る。安積は大牟礼がもう少し調べたいと言っているのだと説明を加えると、捜査一課の音頭取りである井上係長は「余計なことはするな」と言う。 井上係長に見解が対立する安積は、井上の許可を得た上で、所轄が中心となり大牟礼の意見を踏まえ調べを継続する。地域課の日常勤務での情報が事態打開に結びついていく。
 事件が解決したあと、安積の感想発言に対し大牟礼の返事が愉快である。どう愉快かは、このストーリーを楽しんでこそ、味わえる。

<防犯>
 新聞が「ストーカー殺人はなぜなくならないのか?」という特集を組む。一方、あおり運転も頻発しているが、明確な証拠がなければ逮捕は難しい。検事は有罪が勝ち取れる事案しか起訴したがらない。そんな背景事情描写から始まる。
 強行犯係は事件が発生してからが仕事になる。ならば、防犯にはどう対処できるのか。速水が安積に不起訴になったあおり運転の加害者田川と被害者の情報を伝えた。安積班はこの事案に立ち向かっていく。どのように? 「もし、その田川というやつが、誰かに怪我をさせたら傷害だ。強行犯係の仕事だよ」(p245)と須田が安積班のメンバーの前で発言した。
 この短編、キーワードは「警察官の気配り」と言う。最もベーシックな側面に戻って行く内容になっている。現在の警察組織活動に対する警鐘の意味を含むのかもしれない。

<予告>
 SNSに大ヒット中のアニメのキャラクターをもとにしたフィギュアを盗むという犯行予告があった。東京湾臨海署の署長が必ず捕まえてみせると記者たちに宣言した。榊原課長は係長を集合させ刑事課総動員だと言う。「盗犯係の事案でしょう?」という反応から事が始まった。テレビ局主催の野外イベントでのフィギュアの展示である。
 須田は現物を拝めることに嬉しげである。また、須田は疑問を呈した。「犯行予告が、アイドル声優のミニコンサートと同じ日だというのが、ひっかかるんですよね」(p274)と。
 人間の心理の盲点をうまくついた犯罪計画。現場張り込みでの須田の疑念が犯人逮捕に結びつく。須田のキャラクターが楽しめるのがこのシリーズのよさの一つだ。

<実戦>
 コンテナ埠頭での乱闘という無線連絡に対し、須田が反応する。現場に行くという。強行犯の出る幕ではないと村雨は言うが、須田は傷害罪なら俺たちの仕事だと。安積は今時の乱闘を己の眼で確かめたいと言う。須田・黒木・安積が現場に行く。
 黒木が伸縮式の警棒を取り出し、騒ぎを押さえると言い乱闘のただ中に向かって行った。
 黒木はあっけなく乱闘を鎮圧した。須田は安積に言う。「なんせ、剣道五段ですからね」(p291)と。安積には初耳だった。黒木は周囲に隠していたのだ。彼なりの理由があった。
 刺されている人間が地域課員に発見された。安積たちは犯人の追跡を始める。ここからがもう一つの読ませどころになる。交機隊の速水が登場しおもしろさが増す。
 黒木の乱闘制圧が服務規程違反の過剰な反応になるのかどうか、一抹の不安がよぎる。だが、意外な反応が署長から出て来た。
 最後の一文が良い。「黒木の剣道の実力も、刑事としての可能性も、まだまだ未知数だ」(p316)

 安積班には、個性豊かなメンバーが揃っている。安積が未知の側面を感じる黒木と桜井という若手もいる。このシリーズの次作を期待したい。

 ご一読ありがとうございます。

このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』   幻冬舎

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===  更新7版 (96冊) 2022.8.6 時点

『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』  堀川惠子  講談社

2022-08-15 18:11:43 | レビュー
 ヒロシマに原爆が投下されて77年が経過した。8月6日にヒロシマで一瞬にして推定14万人±1万人の命が失われたと推定されている。そして、毎年この日、平和祈念式典が開催され、死者への冥福が祈られて、非核が訴えられてきた。瞬時にして膨大な死者が出たこと、私の意識もそこから出発していたと今にして思う。なぜ、原爆投下がヒロシマだったのか。さらに続いてナガサキに投下されたのか・・・・。そこまで意識的に掘り下げて考えたことはなかった。
 <序章>の2ページ目で著者は「--人類初の原子爆弾は、なぜ”ヒロシマ”に投下されなくてはならなかったか。 本書の取材は、このシンプルな疑問を突き詰めることから出発した。」(p5)と記す。
 本書は、ノンフィクションである。私の意識の盲点に対して、一つの儼然たる事実を提示してくれることとなった。本書は、2021年7月に刊行された。

 <序章>の冒頭は「明治27(1894)年、日清戦争を機に、東京の大本営が広島に移されたことはよく知られている。」の一文で始まる。ここでまず頭にガツンである。私は知らなかった。そして、序章の前の見開きに載る再構成された昭和9年の「大廣島市街地図」を見て、はっとした。広島市は様々な軍事関連組織・施設が集合した大軍事都市だったことである。
 現在の地図を確認すると、JR広島駅前から南に的場町・比治山橋・皆実六丁目を経由して広島港まで電車が走っている。広島港の南西側に宇品島がある。上記「大廣島市街地図」では、広島駅と宇品駅を結ぶ宇品線が存在し、同駅の東、宇品島の北東方向に「陸軍運輸部」が位置し、この近くに陸軍桟橋があったことが付記されている。
 タイトルにある宇品は、広島港のエリアと同義である。

 序章で著者は、アメリカが原爆投下候補地を選定するために委員会を設置して議論した記録「目標検討委員会会議要約」を引用し、ヒロシマが議論の最初から最後まで候補地の筆頭に上り続けていたことを指摘する。そこには、標的とされた理由に「重要な軍隊の乗船基地」がある点を挙げていること。これに加え、「町に広範囲な被害を与えられる広さがあり、隣接する丘陵が爆風の集束効果を生じさせて被害を増幅させることができる」という説明が続いていると言う。この「軍隊の乗船基地」が陸軍の宇品を意味した。

 日本には世界に例を見ない特異性があったという。兵隊と兵器・諸物資を運搬するための船舶には、海軍が一切関与せず、陸上の戦闘部隊であるはずの陸軍が海洋運送の船舶を運用管理してきたと言う。その所管が陸軍船舶司令部だった。
 ここにまず根本的な問題点が含まれていた。陸軍が海洋で操る船は、陸軍が調達する傭船であり、船長以下船員はすべて民間人であったという。海軍は戦闘に特化し、運搬船には関与しない。せいぜい運送船団の護衛任務を担当するだけだったそうだ。旧軍隊のこういう内実を本書で初めて知った。

 日清・日露戦争から始まり、シベリア出兵中、国大陸への出兵、東南アジアへの南進は主に陸地での戦闘、つまり陸軍の進出であり、そのためのロジスティクス(兵站機能)は陸軍船舶司令部が中枢になって担った。旧日本軍最大の輸送基地が宇品だった。
 「陸上の部隊であるはずの陸軍が海洋で船舶を操る・・・・名もなき技術者たちが、この国の貧弱な船舶輸送体制の近代化に奔走した。先人たちが苦悩の末に宇品に集約させた、島国としてもっとも重要な兵站機能はやがて軍中枢で軽視されてゆく。」(p10)
 本書はそのプロセスを克明に跡づけていく。つまり、島国日本に必須の船舶輸送体制を扱った陸軍船舶司令部に着目して、ロジスティクスという視点から、中国大陸進出・太平洋戦争での敗北、ヒロシマへの原爆投下という事実の原因に肉迫していく。本書は、無謀とも言える戦争の実態を知り、問題事象を捕らえ直し、考えるうえで役立つ書である。

 本書は、陸軍船舶司令官となって船舶輸送体制並びに、今何を成すべきかに邁進した2人の司令官に焦点を当てていく。前半、第6章までは、人々から「船舶の神」とまで称された田尻昌次中将を中軸にする。田尻昌次氏の『自叙伝』と彼の諸論文を基礎にして、田尻昌次の人生と軍暦の経緯を折り込みながら、明治後期から昭和15年(1940)3月、陸軍船舶司令官を罷免されるまでの期間の陸軍組織の実態が叙述されていく。
 ここでは当時の軍隊組織の状況、特に運輸本部や参謀本部の実情が見えて来る。田尻昌次が昭和6年に運輸本部に異動となり、宇品に着任し、昭和12年から直接第一船舶輸送司令部に関わっていく。船舶輸送の専門家としての道を歩む。その中で、彼が船舶輸送体制の脆弱性を克服するために、何を考え何を行ったのかの経緯が綴られていく。
 本書で取り上げられた事項の一端をキーワードとして列挙してみる。
 小型舟艇の開発。「船舶工兵」と「船舶練習員」の制度創設。七了口における近代上陸作戦の遂行。宇品港の再整備。船舶準備のマニュアル作成。舟艇母艦・神州丸(MT)の建造等々。
 事実ベースでの分析と着実な構想、体制の改善強化を進める実行力にます敬服する。
 そして、陸軍船舶司令官の在任中に、「民間ノ舩腹不足緩和ニ関スル意見具申」という捨て身の行動をとった。参謀本部と陸軍省宛だが、関係省庁すべてに意見具申をしているのだ。だが、それが受け入れられることはなかった。
 田尻は宇品の運輸部倉庫における出火(不審火)が原因で罷免されることになる。
 田尻は船舶輸送体制の改善に注力し、事実をベースにしてロジスティクス側面での人的物的改善・強化が戦争に不可欠であることを力説した。だがそれは軽視される。ここに、日本の組織体質の問題点が内在する。

 後半の<第7章「ナントカナル」の戦争計画>では、半年間だけ船舶輸送司令官を務める上月良夫中将が宇品を昭和15年10月に去ると、佐伯文郎中将が司令官を継承する。
 それは、密かに対米開戦準備が進められ、一方でマレーへの進攻、「南進」論が本格化する時期だった。だが、田尻司令官が最後の意見具申をしている通り、船舶輸送体制の脆弱性が明確に露呈していくことになる。佐伯の懊悩が始まって行く。
 この後半は佐伯中将と共に歩んだ篠原優が書き残した『暁部隊始末記』を基礎に諸参考文献等が利用される。船舶輸送体制という視点から、戦争の作戦が進展する中で、その軽視がどのような結果に結びついて行ったかという事実が克明に語られて行く。
 それは<第8章 砂上の楼閣><第9章 船乗りたちの挽歌><第10章 輸送から特攻へ>という章タイトルから多少は類推できるかもしれない。そのプロセスは正にかつてベストセラーになった『失敗の本質』の分析に通底する事例研究の様相を帯びていく。
 もう一つ、後半で重要な点は、<第11章 爆心>である。ヒロシマに原爆が投下された直後から、佐伯中将の指揮の下、船舶輸送司令部がどのような働きをしたかのか。断片的な説明はあったかも知れないが、総合的な行動事実としての内容はほとんど語られることがなかったのではないか。
 著者は佐伯中将の適切な指揮と行動は、関東大震災発生時における佐伯の原体験にあると推測している。ヒロシマでの原爆投下直後に、救助救援、現場復旧のために何が行われていたのか、その一側面を本書により具体的に知る機会となった。

 <終章>は船舶輸送司令部の主要登場人物について、彼らの敗戦後の生き方を描き出している。
 タイトルになぜ「暁の」という語句が付されたのか。それは、陸軍船舶司令部の呼称が「暁部隊」だったことに由来するようだ。
 さらに、この船舶司令部がどんな組織だったのかその実態についての情報がほとんどないという。著者は、「船舶司令部そして軍港宇品を知る手がかりは完全に封じられている」と感じているのだ。一方で、アメリカ側の資料は宇品の重みを雄弁に物語ると述べ、「アメリカはすでに日露戦争の直後から、日本を仮想敵国として作戦の立案に着手している。『オレンジ計画』と呼ばれるその作戦は、島国日本の海上封鎖を行って資源を断つ”兵糧ぜめ”を基本とした」(p9)という。

 本書は無謀な戦争を二度と繰り返さないため、史実に学ぶための一書だと言える。確然たる事実を軽視すると失敗という結果を引き起こす。それを示す書である。
 「あとがき」に著者は記す。「本書で繰り返し問われたシーレーンの安全と船舶による輸送力の確保は、決して過去の話ではない。食糧からあらゆる産業を支える資源のほとんどを依然として海上輸送に依存する日本にとって、それは平時においても国家存立の基本である」(p381)「日本にとって船舶の重要性と脆弱性は、いくら強調してもし過ぎることのない永遠の課題である。その危い現実を顧みることなく、国家の針路のかじ取りを誤るようなことは二度とあってはならない」(p382)と。
 
 最後に、本書から示唆深い、あるいは印象的な文を引用しご紹介しよう。その中には、現在でも政府並びに官僚の体制・体質の中で発生している問題事象に通じる側面があるという気がする。
*「将帥第一の任務は、与えられたる兵力によって達成し得る限界を明らかにすること」というクラウゼヴィツの言を引くまでもなく、本来、作戦の規模は国力に沿って検討されなくてはならない、しかし太平洋戦争の場合は、まず作戦ありきで検討が進められていく。そこで苦しい現状を克服するための様々な「補正数値」が出てこざるをえなくなる。」  p205
*長い文脈でとらえれば、満州事変が歴史の帰還不能点ではないかと前に書いた。短いスパンで見れば、南部仏印進駐こそ日本にとって破滅への引き金であった。アメリカが日本の資産凍結そして屑鉄・石油の輸出禁止措置に踏み切ったからだ。 p207
*船腹量が足りるかどうかは開戦判断にもっとも重要な要素である。しかし開戦の決断に決定的な影響を及ぼす損害船舶の数値は、海軍のたったひといの担当者の手で、四半世紀前のデータで「一夜漬け」で創られてしまった。  p218
*陸海軍も政府も、船舶の重要性は十分に知っていた。しかし彼らは、その脆弱性に向き合う誠意を持ち合わさなかった。圧倒的な船腹不足を証明する科学的データは排除され、脚色され、ねじ曲げられた。あらゆる疑問は保身のための沈黙の中で「ナントカナル」と封じられた。  p220
*陸軍は戦争の幕引きをどう考えていたのか。それについて開戦前に真剣に討議された形跡はない。  p242
*(ガダルカナル島から)1万652人が生きて島を脱出した。総勢3万1400人余の陸軍省将兵のうち、命を落とした者は約2万800人。死者の7割以上が餓死であった。
 だが、この数字に一般の船員が参入されているかどうかは疑わしい。軍属にみなされなかった彼らの死は「遭難死」とされたからだ。 p278
*軍需と民需のバランスの舵取りをして国内生産と補給を強化すべきときに、ここでも作戦一点張りの”統帥権”が優先された。  p279
*補給が途切れ、多くの兵士がジャングルで餓死したりマラリヤに冒されたりして病死していく様はガ島のそれと同じだが、敗戦までの二年半に積み重なった東部ニューギニアの死者のうち九割が餓死とされ、その凄惨さは半年の戦闘で終わったガ島の比ではないと訴える証言も多い。  p280
*日本へ入る荷も、日本から出る荷も、それを統制する組織が機能しなかった。
 占領地から本国へ安定的に物資を輸送するためえには、切れ目のない「輸送のリレー」が必要である。・・・・・・そもそも島国である日本がこの大戦争に踏み切ったのは、豊かな南方資源を国内に輸送して国力を回復させるためだった。開戦前、マレー半島はじめアジア地域を占領するための軍事作戦については全神経を集中して検討がなされた。しかし、占領地経営をいかに行うかについての議論や、物資を輸送するための組織の準備は手つかずのまま。唯一決まっていたのは、南方物資を還送するという「方針」だけだったのである。  p288-289
*アメリカ軍の海上封鎖によって宇品の輸送機能はほとんど失われており、もはや原爆を落とすほどの価値はなかった。・・・・・それでも原爆は落とされねばならなかった。莫大な国家予算を投じた世紀のプロジェクトは、必ず成功させねばならなかった。ソ連軍の南下を牽制するためにも一刻も早く、その威力を内外に示さねばならなかった。それは終戦のためというよりも、核大国アメリカが大戦後に覇権を握ることを世界に知らしめるための狼煙であった。  p353-354

 ご一読ありがとうございます。


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
ここでブログ記事を書き始めた以降に読んだ著者の本です。
『裁かれた命 死刑囚から届いた手紙』  講談社
『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』  文藝春秋 

THE LION KING    Adapted by Kathryn Collins    Disney PRESS

2022-08-13 16:07:12 | レビュー
 ライオン・キングの絵本、英語の電子書籍版を読んでみた。総ページが38ページで、実質31ページ。絵本だから勿論絵が主体になっていて、その絵の場面を説明する形でストーリーの文が記されている。2行から9行程度の文章が記されているだけである。読みやすい英文といえる。とは言うものの、私には初めてと思う単語が20語ほどあった。
 この絵本はたぶん最初は親が子供に読み聞かせることが基本なのだろうと思う。

 英語を国語とする子供でも、最初から絵を見つつこの文を読んで理解していくということはちょっと考えられない。ある程度文字と文を読めるようになった子供は別として・・・。
 本書はオーディオブックになっているので、ストーリーのナレーションが付いている。ナレーションにそって、本文の一語一語がハイライトされていく。そのためどの文のどの語を読んでいるかがわかるという点がおもしろい。リスニングの材料としても使える。

 ライオン・キングが映画化されたり、劇団四季で上演されているのは知っていたが、どちらも見ていない。そのため、タイトルは見慣れているが、そのストーリーがどういう内容か知らなかった。この絵本を読み、どういうストーリーなのか、その概要が理解できた。

 単純にいえば、ライオンの父・ムファサが国王である動物たちの王国は、叔父のスカーに乗っ取られる。王国は寂れる。成長した息子のシンバがその地位を奪還し、王国は再び往時の姿に戻る。愛でたし愛でたし。
 その乗っ取られるプロセスが波乱万丈。子供のシンバは叔父スカーを訪ねたとき、叔父の話、虚言に騙されて、自ら窮地に陥っていく。一方、その間にスカーはムファサを殺し国王になる。子供にとっては、ドキドキはらはらの途中展開。成長し力を身につけたシンバが最後に戻ってきて、王国に平和が甦る。
 ストーリーの冒頭は、Pride Rockの先端部で、初めて幼児ライオンのシンバが国王の子としてお披露目され、動物たちに讚嘆される。そして、Pride Rock はシンバが国王の地位を奪還したときには、王国を見渡す場所でもあり、家族を得たシンバが娘をお披露目するようになる場所でもある。

 読み進めてみて、少し遠ざかっていた英語に触れる機会とし学び直すリハビリには子供向けの絵本あたりが手軽でよいと思った。
 英語圏の子供たちが英語を習得する背景に、やはり身近なものとして絵本を開き、ストーリーを聞きつつ、言葉を覚えるというプロセスがあるのだろう。子供たちが絵本という世界で動物たちに接し、イメージを形成し、身近に感じ、その対象物を現す言葉(単語)に自然と親しみ、言葉を記憶していく、つまり学習していくことになる。それは彼らにとって自然に学ぶ身近な単語である。
 だけど、外国語として英語を学習してきた私には、学校での学習教材に出ることがない単語は知らない。興味を抱いた分野で自ら学習しなければ、英語圏の子供が知っていても、触れる機会もなく知らない単語にとどまる。今回、この英語絵本を読んでみて、その点を強く実感した次第。

 無知さ加減をさらすようなものだが、本書を読み、辞書を引くことになった単語を事例としていくつか列挙してみる、和文は手許の辞書で知ったその単語の意味である。
 cub :(クマ・ライオン・キツネ・サメなどの)子   baboon : ヒヒ
 den :(野獣の)巣穴  ditch : <物>を(必要がなくなったので)捨てる
 ravine : 峡谷、谷間  gorge : (両側が絶壁の)峡谷、山峡
 nudge :(注意を引くために)<人>をひじで軽くつつく[押す]
 meerkat : (動物)ミーアキャット warthog :(動物)イボイノシシ
という具合。
 英文では同じ単語を繰り返して使わず言い換えることがあるとかつて学んだ。この絵本でも、ravine と gorge が絵本に使われている。同類項の言葉だが、微妙な違いがあるのかもしれない。私は、valley という単語を知り、その延長線上で canyon を覚えた程度に留まる。

 英語の絵本、けっこう良い学習材料になる。大部でない点も通読しやすいし、読み通せば一応多少、ささやかな読了達成感もえられる。絵本という媒体を通じて、英語圏での常識という話材にも触れることになる。日常生活のベースになっている基礎知識に触れることになるので有益とも言える。
 それは、たとえば日本人が日本で幼児期を過ごしていくなかで、桃太郎、一寸法師、かぐや姫、さるかに合戦などのおとぎ話を意識せずに知って行くようなもの。そんな文化と言葉の基層部分に触れることにつながっていると言える。

 何よりも、楽しく読見通せるのが利点である。オーディオで聞けるのも、リスニングのリハビリにはちょうどよい。聞く機会を作れることになる。
 非英語圏の大人にとっても、子供向け英語絵本は役にたちそうだ。2冊目は何にチャレンジしようか。

 ご一読ありがとうございます。