遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『院内刑事 シャドウ・ペイシェンツ』  濱 嘉之   講談社文庫

2022-09-30 23:37:57 | レビュー
 院内刑事シリーズの第5弾、文庫書き下ろしである。このシリーズを、私は短編連作集風の積み上げにより、最終段階でそれらが総合される構成のストーリー展開と受けとめている。半ば完結する短編の集積なので読み進めやすい。2021年7月に刊行された。

 第4作に引き続き、コロナウィルス禍にある日本、直接的には、医療法人社団敬徳会傘下にある川崎殿町病院が舞台となる。廣瀬知剛の提言で、敬徳会理事長の住吉幸之助が採用した院内交番という組織が、廣瀬の許で活躍するというストーリー。
 この作品の興味深い点の一つは、同時代小説として、現在の日本の社会経済的状況と医療行政、医療体制の現状がリアルに反映されていることにある。読者は、日本の医療の現状を学ぶという副産物が得られる。考える材料がふんだんに提示されている。

 今回も、章を追いながら感想も併記してご紹介したい。
<プロローグ>
 首相官邸内の一室で、首相・官房長官・官房副長官の3人と廣瀬を伴った住吉理事長が会談をしているシーンから始まる。話題は新型コロナウィルス感染症問題。現時世に対してホットなトピックである。廣瀬がネット社会にからめて「知的下層階級」という表現を使い、一方でストレートに政府の説明不足や、肥大した内閣官房組織の情報の整理不足と伝達不足を指摘している点がまずおもしろい。ストーリーは東京オリンピック開催の少し前に設定されている。廣瀬はさらに、IS(Integrated Support)体制が根付いたことを評価しながら、一方、中国・北朝鮮情報が入らなくなっているという声を聞くと指摘する。まず現況の背景描写である。

<第1章 なりすまし患者>
 消化器内科に華春花という女性が受診にきた。その診察が終わった後、外来担当看護婦が3年前の勤務先病院で接した患者の華春花とは別人という違和感を医師に伝えた。その事が医事課に連絡され、廣瀬に伝えられる。中国人によるなりすまし患者が発生した。廣瀬は公安部の寺山理事官に最初のアクションとして事件情報の提供を行う。
 中国人による健康保険証の不正使用が浮上した。その健康保険証の発行元の大手IT企業に勤める本物の華春花は中国残留孤児三世で、日本に帰化することなく特別永住者証明書を所持していた。中国人グループによる健康保険証不正使用の詐欺事件とその背景状況が描かれて行く。
 医療分野の闇の一角、それも中国残留孤児問題と絡むという点に関心を抱かざるを得ない。

<第2章 バックグラウンド>
 なりすまし患者を逮捕したことから始まる捜査の第二段階が描かれる。一件の健康保険証不正使用の詐欺事件が芋蔓式に多くの事件に発展していく。捜査会議では全員がパソコンを開いている。捜査本部の環境もIT化が進んでいるようだ。そんな点描もおもしろい。一詐欺事件がマネーロンダリング事象にもリンクしていくという犯罪の広がりが闇の組織の怖さを示す。
 廣瀬のアドバイスで敬徳会傘下の福岡分院が産業医問題、テレワークの推進と医療行為をリンクさせているという点描は、発想としておもしろい。病院経営への目配りが盛り込まれている。

<第3章 コロナ妊婦>
 横浜市内の中規模病院から、川崎殿町病院が新型コロナウィルスに感染した妊婦を受け入れざるをえない事態が発生した。妊婦38週で出産間近だという。廣瀬は受け入れに対する危機管理対応を迫られる。「川崎殿町病院では産科内に感染症チームを作り、感染症内科との合同トレーニングを開始した。」(p120)ここ数年の現実のコロナ禍の中でこういう体制づくりが大病院では迅速に行われてきたのだろうか。一つの課題提示がされていると言える。
 新型コロナウィルスに感染した妊婦の受け入れ対応プロセスが中心に描写される。
 一方で、周辺で複数の問題事象が見え始める。該当中規模病院の経営問題。川崎殿町病院産科の雨宮医長の抱える問題。妊婦が妊娠した相手の問題・・・・。廣瀬の危機管理意識の比重は周辺問題への対処に移っていく。
 
<第4章 緊急事態宣言と医療体制>
 新型コロナウィルスの感染に対する医療体制と行政の対応について、現実の実態に対する警鐘を簡略に綴っていると読むこともできる。廣瀬と住吉理事長の会話が問題を浮彫にしていて、参考になる。
 「都内には都立病院がある。国立病院、大学病院も多い。それなのに何故個人病院に感染症患者を押し付けなければならないんだ?」住友理事長の発言だ。(p146)
 現実の東京・神奈川ではどのような状況なのだろう・・・・。

<第5章 総理倒れる>
 総理が公邸で倒れる。吉國官房副長官から廣瀬は緊急連絡を受けた。廣瀬は川崎殿町病院のドクターヘリの出動を命じた。胸部大動脈瘤が原因と診断が出る。
 トップシークレット扱いの対応状況が描かれて行く。これもまた重要な緊急事態対応事例である。治療体制、情報漏洩の徹底。一方で外部への対応。
 現実世界ではどのような危機管理が準備されているのだろうか。勿論そういうシミュレーションはなされているのだろう。
 本書を離れて、ドクターヘリ導入状況をネットで調べてみると、2022年4月現在で、全国都道府県に56機の配備という状況のようだ。(HEM-Netより)

<第6章 ターゲット>
 第1章と第2章が繋がり、パートⅡという展開に進展する。
 コロナ妊婦の高橋かおると、中国人の健康保険証不正使用事件に妙なつながりが出て来たという情報を廣瀬は警視庁公安部のIS担当秋本に電話を入れた時に知らされる。高橋かおるの父省三が経営する中堅芸能プロダクション高橋企画が絡んでいた。高橋企画はサミックスエージェンシーの傘下にあった。サミックスエージェンシーは反社会的勢力と関係していた。裏社会の情報が興味津々と言える。事実情報を踏まえた記述だろうと想像する。
 秋本は廣瀬に川崎殿町病院が中国人グループから狙われているようだと告げる。最近の緊急外来の状況確認から始め、廣瀬はこの危機管理対策を講じていく。
 ターゲットとされた第一段階は事なきを得て処置できることになる。この顛末が楽しめる。
 
<第7章 ローリング族>
 夜中の2時すぎに病院の横の道で大爆音を鳴らすローリング族が必ず現れるようになる。これもまた川崎殿町病院をターゲットにした行為なのか。竹村医事課長から連絡を受けた廣瀬はその排除策に乗りだす。神奈川県警の藤岡警務部長に電話し、状況を伝え調べてもらう一方、アクションテクニカ社の松原社長に監視カメラの設置に協力してもらい、監視と状況証拠を確保する対策に乗りだす。さらには、警視庁公安部の秋本理事官に協力を依頼した。廣瀬の人脈は、危機管理対応に抜群の威力を発揮する。
 第7章は、対策準備段階を描く。そして、次章につづく。

<第8章 敵の姿>
 暴走族の嫌がらせが続く。その都度情報が集積されていく。ほぼ全容が把握されると、いよいよローリング族の撲滅計画が作成される。第7章と第8章は一連のストーリーと言える。特にこの後半部が読ませどころとなる。警視庁と神奈川県警が共同で大捜査体制を組み、撲滅にかかるのだから。
 そして、最後に敵の姿が見え始める。
 このストーリー、話がドンドンと広域になり、更にとんでもない黒幕に行き着くことになる。廣瀬は川崎殿町病院がターゲットになったのは、病院システムそのものが狙われているのではないかと推測し始める。リアル感の漂うところがインテリジェンス小説らしい。

<第9章 反撃>
 川崎殿町病院の技術情報分野の情報セキュリティコンサルティング、セキュリティ監視、緊急対応を委託している情報通信会社の古溝から、サイバーテロを受けているとの通報が入る。古溝は攻撃元の95%は中国で、5%が朝鮮半島だと分析した。
 目には目を・・・の如く、廣瀬は秋本理事官に情報の提供を依頼した上で、自ら反撃を実施する。廣瀬が全てを知ったうえでどういう攻撃を仕掛けるかが楽しみ所と言える。

<エピローグ>
 一件の健康保険証不正使用事件が端緒になり、それが氷山の一角で、深い闇の世界が次々に明るみに出てくる。川崎殿町病院がターゲットとされ、一連の犯罪行為が繰り返された。廣瀬はそれを防御し反撃すらした。
 また、犯罪行為の過程で半グレが所持していた拳銃から、別の未解決事件が解明されることにもなった。秋本が病院を訪れ、廣瀬に説明することに・・・・。
 さらに、短編風に点描されていた事象に意外な事実が判明してきて、オチがつく。

 IT技術や裏社会のビジネスなど話題性を盛り込み、インテリジェンス小説の色彩が強いフィクションである。リアルタイムな情報とともに楽しめる作品である。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、関心を抱いた事項を検索してみた。一覧にしておきたい。
病院ヘリポート設置基準  :「エアロファシリティ株式会社」
ドクターヘリを知る 拠点 :「HEM-Net」
全国のドクターヘリ/病院ランキング:「ドクターマップ」(ホームメイトリサーチ」
大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術 :「京都大学医学部付属病院循環器内科」
行進曲サンブル エ ミューズ連隊 /ジャン ローベル プランケット ・ジョセフ フランソワ ラウスキー  YouTube
だれかが口笛ふいた  YouTube
「ラ・マルセイエーズ」  YouTube
「Jupiter」 :「Uta-Net」
海外と日本で行われる移植医療に違いはありますか。:「日本臓器移植ネットワーク」
腎臓あっせんの闇組織を摘発、100人が腎臓提供―過去最大規模 :「VIET JO」
臓器売買 :ウィキペディア
マッチングアプリおすすめ人気ランキング【2022年9月】無料アプリも含めて完全比較
           :「ブラザー Match Life」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『院内刑事 ザ・パンデミック』   講談社文庫
『院内刑事 フェイク・レセプト』   講談社文庫
『鬼手 世田谷駐在刑事・小林健』   講談社文庫
『電子の標的 警視庁特別捜査官・藤江康央』   講談社文庫
『ヒトイチ 内部告発 警視庁人事一課監察係』  講談社文庫
『ヒトイチ 画像解析 警視庁人事一課監察係』  講談社文庫
『ヒトイチ 警視庁人事一課監察係』   講談社文庫
『警視庁情報官 ノースブリザード』   講談社文庫
『院内刑事 ブラックメディスン』 講談社+α文庫
『院内刑事』   講談社+α文庫
===== 濱 嘉之 作品 読後印象記一覧 ===== 2021.9.14現在 1版 21冊

『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Beach』 Houghton Mifflin Company

2022-09-29 14:56:35 | レビュー
 本書の内表紙に ”Illustrated in the style of H.A.REY by Vipah Interactive" と記されている。前回ご紹介した英語絵本・電子書籍版の後に出版されたシリーズの1冊でナレーションが付いている。こちらは1999年のコピーライトと表記されている。こちらもお話は実質22ページの絵本。

 ジョージの友達、黄色帽子の男は、ジョージへのサプライズとして彼を海水浴に連れて行った。そこで好奇心旺盛のジョージが引き起こしたエピソードが話材になっている。
 黄色帽子の男は、大きなビーチパラソル、昼食を詰めたバスケットや飲み物を持って行き、砂浜に拠点を据える。海辺でジョージは友だちのベッツィと彼女のおばあさんが来ているのを見つける。
 憩いの場所を整えると、昼食までには時間があるので、ジョージはいろんな遊びを始める。そこから、ジョージがやったエピソードが続く。
1.櫓の上から海水浴場を監視する救護員(lifeguard)の真似をする。
2.ちょっと食べたくなったジョージがバスケットからクラッカーやチーズを取り出すのだが、その都度海カモメ(sea gull)にかすめ取られる。ジョージは海カモメがお腹を空かしているんだと知り、一群れの海カモメたちに、バスケットの中身を振る舞いはじめる。そこに、ベッツィが加わる。
3.夢中になっていると、潮が満ちてきて、バスケットが沖に流されていく。知恵を絞ったジョージがビート板(float)を使い、バスケットを追っかけて、取り戻す。
4.その様子を監視していた救護員から、ジョージは声を掛けられる。
 ”That was some rescue!" と。ジョージはちょっと誇らしくなる。
5.昼食を無くした黄色帽子の男とジョージは、ベッツィのおばあさんから自分が持参した昼食に加わるように誘われる。ジョージのおかげで、ベッツィが海に入るのを怖がらなくなった御礼だと。

 海辺でのジョージのエピソードは、子供たちにとって想像力が膨らんでいくことだろう。海辺に行った経験のある子は自分の経験と重ねていくだろうし、海辺を知らない子はイラストを見ながら海と海水浴場そのものへの想像を膨らませることだろう。

 このジョージ・シリーズを読み継いできてわかったのは、友達の黄色帽子の男は、ジョージをある場所、状況に導き入れる役割だけを担っていることだ。そして、ジョージが主役となりさまざまなことをしでかす。エピソードは、楽しくハッピー・エンドに収まる。最後に黄色帽子の男が現れ、一緒に家に帰るという大枠の設定となっている。

 This is George. という一文から始まる。地の文は殆どが過去形の文。所々で過去完了形の文が現れる。会話の中で現在形の文と未来形の文が出てくる。その範囲で文がまとめられていて平易な文で綴られているので読みやすいし、分かりやすい。年齢の低い子供たちに向いている絵本と言える。

 絵本から、子供たちがこんなフレースを学ぶのだな・・・というので目に止まったもの:
set aside(わきに置)、before long(まもなく)、hungry for a snack(軽い食事をしたくなって)、if only(ただ・・・・だけとしても)。
 
 また、知っている単語だけれど、そんな意味での使い方があるのかと知った単語もある。一つは、miss。ここでは「<・・・・が>ないのに気づく」という意味で使われている。上記エピソード2に出てくる。
   No one would miss just one cracker, thought George.
もう一つは、treat。動詞の意味を知って使ってきたものの、名詞としては、「(めったにない)楽しみ、とてもいいもの」「ごちそう」「おごり;おごる番」などの意味を持つそうだ。私には新しい気づき。
Now George saw who was taking his treats.
It was a sea gull --- and he was still hungry!
という文で、エピソード2に登場する。
 絵本に出てくる単語の意味での使い方を、この年になって初めてて知るとは・・・・。
 私には英語絵本読み/聞きは英語リハビリになっていて、気楽におもしろく楽しめる。

 序でに、過去完了形がどのように出てくるか。抽出してみよう。
She had never been in the ocean before.
She still had not been in the water.
  Soon a whole flock had gathered.
George felt bad --- he hadn't meant to lose the basket.
The lifeguard, who had seen everything from his chair, said ~~~
このような記述が出てくる。上記のエピソードのどれに出てくるか、大凡推測できることだろう。

 絵本を通じて、過去形も過去完了形もこんな風に、自然に身近なものになって行くのだろう。子供たち自身の体験と想像力を絵本の世界で絡ませて行きながら・・・・・。

 英語絵本から学べることがあって、おもしろい。

 ご一読ありがとうございます。

 こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Makes Pancakes』 Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Zoo』 HOUGHTON MIFFLIN HARCOURT
『Curious George's First Day of School』 Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George Goes to the Hospital 』 MARGRET & H.A.REY Houghton mifflin Harcourt
『Curious George Learns the Alphabet』 H.A.REY Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George and the Birthday Surprise』 MARGRET & H.A.REY Houghton Mifflin Company
『Curious George Goes to a Movie』 MARGRET & H.A.REY Houghton Mifflin Company



『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅳ シンデレラはどこに』 松岡圭祐 角川文庫

2022-09-28 18:04:41 | レビュー
 杉浦李奈の推論シリーズ第4弾。文庫書き下ろしとして令和4年(2022)4月に刊行された。この本の推論テーマはタイトルで明確になっている。杉浦李奈はシンデレラ譚の原典を探さねばならないという苦境に陥れられるというストーリー。最後は、李奈が己の推論により、原典を特定する仮説を確立して終わる。どのようにして仮説を構築できたかのプロセスが読ませどころとなる。
 本書からの副産物は、日本を含め世界に広がるシンデレラ譚の蘊蓄について学べることである。

 脇道から始めよう。少し前に英語絵本『Cinderella』( Retold by Casey Malarcher/ illustrated by Necder Yilmaz/ Compass Publishing)の読後印象をご紹介した。

 その時、私はシンデレラが舞踏会に履いていったのはガラスの靴と記憶していた。絵本は金色の靴だった。その点に戸惑いを抱いて、グリム兄弟の童話集の英語版も調べてみたことに触れている。だが、その違いの由来を十分は理解できないままになっていた。
 それが、この『推論Ⅳ シンデレラはどこに』を通読して、ナルホドと理解できた。シンデレラの物語の発想とその核となる話の筋を共有する物語は世界中にあるそうなのだ。

 『推論Ⅳ』はフィクションであるが、その中で語られるシンデレラ譚自体については事実が記されていると判断する。そこには、次の記述がある。
「ディズニーのシンデレラとは、じつは複数の原作の寄せ集めだった。シンデレラの元になった文芸作品や、さらにその原典たる伝承は、世界中にたくさんある」(p59)
「有史以来確認されている『シンデレラ物語』の記録は、世界じゅうに760種以上、伝承まで含めると3000種を超える」(p143-144)と。
 つまり、ガラスの靴や金色の靴は物語の一バリエーションにしかすぎない。本書から知った事実を参考にご紹介しておこう。伝承をもとにしてシンデレラについての文学作品が作られた。シャルル・ペローは『Cendrillon ou La petite pantoufle de verre』を書き、舞踏会はふた晩行われ、シンデレラにガラスの靴を履かせた。グリム兄弟は『Aschenputtel(灰かぶり姫)』を書き、シンデレラにはひと番目に金の靴、ふた番目に銀の靴を履かせた。また、ペローやグリム兄弟以前にジャンバッティスタ・バジーレは『Cenerentola(灰かぶり猫)』を書き、シンデレラにあたるゼゾーラは祭事の時に木靴を履いていた。(p59,p64-66)という具合である。私には、引きずっていたモヤモヤが一つすっきりとした。それも大きな副産物。本書を先に読んでいたら、疑問を抱かずに英語絵本を読めていたのに・・・・。

 さて、本題に戻ろう。このストーリーの冒頭は、007シリーズ映画の導入部の如く、一つのトリッキーなエピソードから始まる。杉浦李奈を担当する KADOKAWA の編集者菊池が同僚が担当する作家与縄将星の作品の校正ミス問題に捲き込まれる。菊池は李奈に助力を頼み、与縄夫妻と菊池の面談に立会い、さらりと懸案事象を解決し、そこにオチがついている。冒頭から李奈の推論の手際に読者は引きこまれる。

 李奈は友人の小説家那覇優佳のスマホへの着信を介して、直木賞作家となった三尾谷祥季から盗作問題についての相談事を受ける。2年ぐらい前に唐突に現れたRENと称する小説家が、グライト出版から次々と作品を出版し、ひところ時代の寵児に躍り出た。三尾谷の3作がRENの3作品に盗作されているという。李奈が確認すると、ストーリーやアイディアは、百人が読めば百人とも模倣ととらえると確信しているという。またRENは現在、20人以上の小説家に訴えられている状況にあるとも言った。

 そんな最中に、李奈に着信メールが届く。差出人は佐田千重子となっている。目的は李奈に「シンデレラ」の原典を1週間以内に探せという指示である。回答がなければ李奈の身内もしくは親しい人が死ぬ。メールを他人に見せることも口外も禁じると。
 李奈にとっては青天の霹靂である。自分一人の問題だけではない・・・戦慄が走る。
 佐田千重子からのメールはその後、断続的に送信元を替えながら送信されてくる。
 「シンデレラはどこに」がここから始まる。
 李奈にとっては生活のたしにならず、逆に時間と金を浪費する難題の渦中に投げ込まれることに。この雲をつかむような要求を誰にも知らせず、身近な人を危険なめに曝さずに何とか自力で取り組もうと、李奈の健気な行動がスタートする。

 ネット検索で、佐田千重子が川端康成著『古都』の主人公名が使用されたと推測できる。だが、後にこの千重子にはもう一つの意味が重ねられていることがわかる。鍬谷芳雄は西洋古典文学研究の凖教授であり、プレジャーボートの転覆で遭難し死亡していた。鍬谷は『シンデレラ』の原典を突きとめたと吹聴していたが期待外れだったと、佐田千重子がメール返信してきた。「”34 40 139 40”とメモに書き、市原署をお訪ねください」と指示まで加えて。
 このわずか2つの糸口から李奈はシンデレラの原典なるものの追跡を迫られる。

 その翌日、優佳から小説家の曽埜田璋に引き合わされる。曽埜田もまたRENの盗作被害者だという。三尾谷祥季と曽埜田璋、二人の相談事ばかりでなく、李奈の『トウモロコシの粒は偶数』がREN著『サイレント・ラブ』で盗作されていると菊池から知らされることになる。RENの盗作問題は遂に李奈の問題ともなる。
 さらに、RENは李奈にだけは直接会いたいと菊池に申し入れてきた。李奈は六本木ヒルズ内のグランドハイアット東京でRENとの面会する。だが、それが契機で、RENの問題と佐田千重子のメール送信に何等かのリンクがありそうだと李奈は直感するのだが・・・・。

 このストーリー、2つの事案がパラレルに進行していく。RENによる盗作疑惑問題。もう一つが、佐田千重子の脅迫メールから始まった『シンデレラ』の原典追跡。そして李奈は盗作問題には直接の被害者の一人として関わり、「シンデレラはどこに」は孤独な追跡行動を余儀なくされる。
 盗作問題では、著作権法との絡みで具体的な文章表現とアイデア、発想レベルでの類似性などに具体的に踏み込んで行くことになるので、読者にとっては、著作権とは何かについて、李奈が盗作箇所について分析的に考える行動から学ぶという副次的な効用がある。
 ストーリーの中での著作権法からみの記述を要約して抽出してみよう。
*ストーリーの類似点を著作権違反として訴えるのは新潮にならざるを得ない。
 アイデアの一致が著作権侵害なら、大半の小説が槍玉にあがる。 p43-44
*作曲の旋律が似通っているという訴訟問題では、偶然の一致は著作権侵害にあたらないという判例が出た。  p105-106
*判例として「被上告人に特有の認識ないしアイディアであるとしても、その認識自体は著作権法上保護されるべき表現とはいえず、これと同じ認識を表明することが著作権法上禁止される謂われはない」とある。 p171
*最高裁判決「思想、感情もしくはアイディア、事実もしくは事件など表現それ自体でない部分、または表現上の創作性がない部分において、既存の言語の著作物と同一性を有するにすぎない著作物を創作する行為は、既存の著作物の翻案に当たらない」 p173
 こういう著作権解釈を背景として、RENによる盗作疑惑がどのように進展するのかが楽しめる。おもしろい。

 「シンデレラはどこに」の方は、李奈の追跡行動を通じて、著者の該博な文芸知識あるいは関連情報の集積を踏まえたシンデレラ譚についての蘊蓄が周到に展開されていく。文学、民俗学、情報文化の伝搬などを総合した流れを学んでいる趣きすら感じるところがあって、実に楽しめる。ミステリーを介して、世界のシンデレラ譚を知れるというところがよい。そして、そこにさらに最先端の情報処理技術を持ち込んでくるところが著者のセンスだろう。
 李奈は公益法人・国際文学研究協会の美和事務局長の協力を得て、文学テキストマイニングの国際標準を使い、データ解析をTDI社に外注するという方法を使う。勿論、そのデータ解析のためのデータは李奈と優佳らがデッドラインの迫る中で作成することに・・・・。
 IT技術のことは分からなくても、このストーリー展開は十分に楽しめる。何をしようとしているのか想像が大凡できるから。データ作成が現実的にタイムリミットまでの時間量で可能かという疑念は残るのだが、こnストーリーとしては出来るという線に乗っかる方が楽しい。どんな結論が導かれるか、読者にはそこに期待が湧く。

 そして、遂に二つの流れが合流する。李奈の推論結果の提示、そして李奈が仕組んでおいた事項が最後の証拠になる。クライマックス場面における李奈のプレゼンテーションが楽しめる。

 最後に、著者がここでシンデレラ譚として言及し李奈に語らせている上記以外の事例を列挙してみよう。この記事をお読みいただいたあなたはご存知だったでしょうか。私は無知だった。括弧内は国や地域をさす。
 「ストラボーンの残した記録 トラキア人の遊女(ロドビス)の話」(ギリシャ)、イソップ『薔薇色の靴の乙女』、ヘロドトス『歴史』の中の記述、坪内逍遥『おしん物語』、「プティと継母及び娘メラの伝承」(インドネシア)、「タムとカムの伝承」(ベトナム)、「葉限の物語」(中国・秦漢時代)、『米福粟福』(日本、東北・中部地方)、『豆福と小豆福』(韓国)、『アラビアン・ナイト』の中の「足飾り」の話、『奴隷の娘』(チベット、民話)、『アイシャ』(インド)、「ファティマの物語」(ペルシャ、民話)、「アーリヤの物語」(オマーン)、パルドメロ・レイノソ著『リンド』、『雨季の起源』(ミャンマーのカレン族の伝承)
 見落としがあるかもしれないが、こんな具合・・・・シンデレラも奥が深い!

 李奈の追跡するシンデレラ譚に関連して引用深い部分を引用しておきたい。
*伝承とは・・・土着の風俗を反映し、設定が現れたり消えたりするものであろう。 p197
*人類の四大文明には、横のつながりのなかった分野においても、同じような発展を遂げた例がみられます。文化とはかならずしも干渉しあうものではないのです。 p233
*現代の子供たちはディズニーに味付けされた、カラフルなメルヘンの『シンデレラ』しかうけつけない。  p162
*古代ギリシャの三大悲劇詩人のひとり、ソポクレスはいった。年をとると、人はふたたび子供になると、そのどこがわるいのだろう。 p164

 この小説、盗作問題とシンデレラ譚についての関心を読者に呼び覚ますトリガーになることと思う。

 ご一読ありがとうございます。

本書からの関心でネット検索した情報を一覧にしておきたい。
著作権法 :「e-GOV 法令検索」
盗作であると言われる作品が著作権侵害になる基準  :「スター綜合法律事務所」
著作権法からみる「パクリ」「盗作」とは?  :「たきざわ法律事務所」
イラストや画像の著作権侵害の判断基準は?どこまで類似で違法?
               :「企業法務の法律相談サービス」
ジャンバティスタ・バジーレ  :ウィキペディア
シャルル・ペロー :ウィキペディア
子どもに読ませたい世界の絵本 ~シャルル・ペロー~  :「kiminiブログ」
グリム(兄弟) :「ジャパンナレッジ」
グリム兄弟   :「コトバンク」
米福粟福  :「コトバンク」
125 米福と粟福  :「東北文京大学附属図書館」
アールネ・トンプソンのタイプ・インデックス :ウィキペディア
アールネ・トンプソンのタイプ・インデックス(AT分類) :「森の里ホームズ」
データマイニングとは?基本の考え方から分析手法、仕組みを解説!:「ITトレンド」
テキストマイニングツール比較12選!選び方や注意点も解説 :「ITトレンド」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅱ』 角川文庫

松岡圭祐の作品 読後印象記掲載リスト ver.3 2022.9.27時点


『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅱ』   松岡圭祐   角川文庫

2022-09-27 11:38:51 | レビュー
 杉浦李奈の推論シリーズ第2弾。文庫書き下ろしとして令和3年(2021)12月に刊行された。出版界に関連したビブリオミステリである。

 杉浦李奈の推論・第1作では、大学講師兼新進気鋭の小説家と評される岩崎翔吾に盗作疑惑が浮上し、さらに岩崎が失踪する。この謎を究明するために、李奈は編集者の菊池の示唆を受けて、ノンフィクション本を書くという前提で行動を起こしたというミステリだった。
 この第2作は、出版業界でスキャンダラスな問題に発展しかねない本の出版とその著者に殺人容疑の嫌疑が生まれるという問題事象に李奈が関わって行くというストーリー。

 李奈は友人の小説家那覇優佳と一緒に、戸惑いながらも日本推理作家協会の懇親会に出席する。その懇親会で優佳を介して、小説家曽埜田璋に引き合わされる。懇親会の後、協会賞を受賞した汰柱桃蔵は麻布のマンションに設けた仕事場に各社の編集者達を招き二次会を開きたいという。汰柱桃蔵は、重鎮並みの年齢で突然現れ5年間の作家生活で累計発行部数2000万部超という実績の新進作家だった。
 汰柱はKADOKAWAの宮宇編集長に二次会に李奈と優佳も連れて来たらと声をかけた。編集者菊池の意を汲んで、李奈は優佳とともに二次会に出席せざるを得なくなる。だが、その結果、李奈はその後に起こる事件について、再びノンフィクションの本をまとめるという形で関わりを持つことになる。だが、そこには李奈自身に書きたいという内発的な思いが生まれていた・・・・。

 汰柱の仕事場で二次会が終わった後、銀座に繰り出すのは何とか回避された。汰柱は自宅に戻ったはずだが、その汰柱が行方不明になる。
 一方その時点で、KADOKAWA は、斑雪社を版元とする汰柱桃蔵著『告白・女児失踪』という1週間後に発売予定の見本を入手していた。李奈は宮宇編集長と菊池からそのハードカバー本を見せられた。その内容の後半は、2か月ほど前に、町田街道で目撃されたのを最後に失踪状態の惣崎亜矢音さん、5歳の事件状況に酷似していた。印刷所の経営者が内容を問題視して弁護士と相談し、その結果警察が動き出すことになった。未報道のあらゆる状況が本の内容に出てくるというのだ。本の内容が示す場所から、惣崎亜矢音さんの遺体が発見された。典型的なベストセラー作家汰柱桃蔵が惣崎亜矢音さんを殺した犯人なのか。
 汰柱が新木場の埠頭から海に飛び込んだ車の中で遺体として発見された。
 
 李奈は、菊池に汰柱桃蔵に関する事件の真相を綴った一冊まるごとのノンフィクションを出したいと申し出る。出版業界の慣例で、口約束ではあるが正式の依頼を受けた形で、李奈はこの問題に取り組み始める。一方曽埜田璋は、蓬生社から依頼されて汰柱桃蔵についてのノンフィクション本を書くことになったという。ライバルとなる一方で、協力関係が生まれることに・・・・。

 『告白・女児失踪』の内容と惣崎亜矢音事件の対比分析。斑雪社代表取締役の記者会見の傍聴、汰柱桃蔵の実弟・棚橋啓治を介して曽埜田と一緒に汰柱の自宅を実見し事情聴取をする。自宅に書棚はなく、ライティングデスクには横溝正史著『悪霊島』の初版本一冊だけが置かれていた。所々のページに、四角く囲った箇所が散見された。警察は立入捜査をしたがその本を重視しなかったようだ。警察の捜査後であり、李奈はその本を預かることになる。この囲った箇所は事件にリンクするのかどうか・・・・・。
 さらに、李奈は曽埜田とともに、『告白・女児失踪』の出版に至るまでの経緯を調査する。編集プロダクションのイメタニア社が印刷の前段階までを仕上げ、斑雪社が出版元になり、印刷所に発注して単行本化し販売するという特異な出版方法がとられていた。李奈はその方法と出版契約内容にも違和感を感じる。惣崎亜矢音さんの遺体発見場所や新木場の埠頭にも李奈は足を運ぶ。亜矢音さんの母とも面談する。
 そして、李奈は独自に調査を続行していかざるを得なくなる・・・・。調査が進むほど李奈には違和感が累積されていく。
 ある事実の確認から李奈はミッシング・リンクに気づくことに・・・・。それは今まで調べあげ集積してきた断片的事実を関連づけ筋読みと全体構成、整合性を根底から覆していくことになる。曽埜田の協力が相乗効果となって作用する。ミッシング・リンクの発見が、思わぬ真相を導き出す。
 警察の捜査では解明出来なかった真相を李奈が解明する。警察の捜査結果をきっちり踏まえて、推論を展開し犯人を特定して事件を終結させる。痛快なストーリー!

 このストーリーのおもしろいところは、李奈が警察の捜査に協力して事件を解決に導くのではなく、警察とは独立に行動するところにある。李奈はあくまで警察から開示された捜査結果情報をベースとして、独自の調査行動を重ねて推論するスタンスにある。
 李奈が調査の前に現れる障壁をどのように克服するか、そのこと自体も読む楽しみになる。文芸領域での李奈の造詣が魅力的である。それは本書著者の造詣の深さと広がりをも意味するのだろう。

 後で読み返すと、こんなところに伏線が敷かれていたのか・・・・と思う。毎回のことながら、真相にたどり着くのに必要なキー情報の分散とその織り込みかた、伏線の敷き方のさりげなさは実に巧みだと思う。読者は容易に見抜けない・・・・実感である。

 それにしても、文芸という分野での新人作家李奈の知識量と能力は、万能鑑定士Qを彷彿とさせるキャラクターになっている。これからさらに作家探偵というイメージが広がり成長していく期待を抱かせる。文芸領域を直接の背景とする故に、読書好きには魅力のあるシリーズになりそうだ。
 このシリーズのバックナンバーを行きつ戻りつしながらもまずは既刊を読みきり、その後にこのシリーズを最後まで読み継いで行こうと思う。
 
 このストーリー、出版業界が舞台だけに、業界並びに文芸に絡んだ様々なエピソードが各所に話材として盛り込まれている。そこには文芸関連作家のエピソードも点描される。読書好きには、この脇道話が結構楽しめる。そのいくつかを取り上げてみよう。興味が湧くと思うが如何? どの辺りで触れているかは読書のお楽しみに。
*作家と編集長・編集担当者との関係。力関係と駆け引き。原稿から出版の舞台裏
 編集者の質
*文芸は薄利多売化している?!
*委託販売システム。売れ残り本。サイン本。販促めあてのイベントの舞台裏
*有名作家のペンネームにまつわるエピソード
*江戸川乱歩と同性愛
*松本清張が横溝正史に言及した内容
*横溝正史作品の映画化と文庫本販売累計の関係
 
 さらにこんな文も記されている。そんな内情なのだろうか。
「最近では新刊の寿命も短い。三か月をまたず書店は売れ残りを取次に返本する。たちまち中古本が安く叩き売りされる。なら鮮度のあるネタをすばやく売りさばき、まとまった金を手にすればいい、そんな考え方が業界内に蔓延っている。」(p46)
「編集部に直接招かれる小説家は、まだ一人前と見なされておらず、雑用のライター扱いだときいたことがある。本当だろうか。」(p195)                                                        
 文芸というジャンルで出てくる作家と著書もバラエティに富んでいて、ストーリーに様々な色合いを加えていく。この点も本好きには読了本とリンクする箇所になり楽しいのではないか。知らない本なら、本への誘いとして興味の対象になるかもしれない。目に止まったものを列挙してみよう。
 太宰治『酒ぎらい』、芥川龍之介『地獄変』、江戸川乱歩『同性愛文学史』『屋根裏の散歩者』『モノグラム』『孤島の鬼』『一寸法師』『猟奇の果』、松本清張『疑惑』、高木彬光『白昼の死角』、横溝正史『悪霊嶌』『獄門島』『湖泥』『真説金田一耕助』『病院坂の首縊りの家』、森鴎外『花子』、五木寛之『雨の日には車をみがいて』、ホメーロス『イーリアス』『オデッセイア』、『論語』、ゲーテ『ファウスト』、ルソー『告白』、『赤毛のアン』、『ハリー・ポッター』、テリー・ケイ『白い犬とワルツを』、江國香織『流しのしたの骨』、長嶋有『佐渡の三人』、ミヒャエル・エンデ『モモ』、徳富蘆花『不如帰』、ジョン・アダムソン『野生のエルザ』、キプリング『ジャングルブック』、川端康成『虹いくたび』
 実に多彩な作家たちと書名が出てくる。それらの本がストーリーの文脈に照応し、一種のフレーバーを漂わせていく。中にはその一節が引用されているもの、あるいはこのストーリーで重要な役割を果たしていくものもある。作家名だけなら他にも多出する。実におもしろいではないか。

 最後に、印象深い文をご紹介しておこう。
*報道番組が世間の噂を扱うのは危険だ。いくら事実ではないと断ろうとも、噂こそ真実と受けとられてしまう。  p192
*法律は正義じゃなくて、きわめて不完全なシステム。いくつかボタンを押すうち、運よく正義が貫かれるかもしれない。法律がめざすのはそんなメカニズムだけ・・・・チャンドラーだね。  p247
*他社の権威性まで借り、新人作家を黙らせようとするのは、出版社に属する人間の常套手段だ。  p277
*勤め先も肩書きも、ただの社会的役割にすぎません。どんな職業に就いていようと、不祥事は個人の問題です。  p277

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
松岡圭祐の作品 読後印象記掲載リスト ver.3 2022.9.27時点


松岡圭祐の作品 読後印象記掲載リスト ver.3 2022.9.27時点

2022-09-27 11:28:03 | レビュー
これまでに読み継いできた作品のリストをVer.3 として更新します。 総計45冊
お読みいただけるとうれしいです。

☆新人作家・杉浦李奈の推論シリーズ
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論』  角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅴ 信頼できない語り手』   角川文庫


『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』   講談社文庫


『探偵の鑑定』Ⅰ・Ⅱ  講談社文庫
『探偵の探偵』、同 Ⅱ~Ⅳ  講談社文庫


『後催眠 完全版』   角川文庫
『催眠 完全版』   角川文庫


☆千里眼 クラシックシリーズ
『クラシックシリーズ6 千里眼 マジシャンの少女 完全版』   角川文庫
『クラシックシリーズ5 千里眼の瞳 完全版』   角川文庫
『クラシックシリーズ4 千里眼の復讐』  角川文庫
『クラシックシリーズ3 千里眼 運命の暗示 完全版』   角川文庫
『クラシックシリーズ2 千里眼 ミドリの猿 完全版』  角川文庫
『クラシックシリーズ1 千里眼 完全版』  角川文庫


☆水鏡推理シリーズ 
『水鏡推理』  講談社
『水鏡推理Ⅱ インパクトファクター』  講談社
『パレイドリア・フェイス 水鏡推理』  講談社
『アノマリー 水鏡推理』 講談社
『水鏡推理Ⅴ ニュークリアフュージョン』  講談社文庫
『水鏡推理Ⅵ クロノスタシス』  講談社文庫


☆特等添乗員αシリーズ
『特等添乗員αの難事件 Ⅰ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅱ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅲ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅳ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅴ』


=万能鑑定士Qシリーズ=

『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修

『万能鑑定士Qの探偵譚』


☆短編集シリーズ
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅱ』

☆推理劇シリーズ
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』 

☆事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。
『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』
『万能鑑定士Qの最終巻  ムンクの<叫び>』  講談社文庫


『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Makes Pancakes』 Houghton Mifflin Company

2022-09-25 22:03:33 | レビュー
 本書の内表紙に ”Illustrated in the style of H.A.REY by Vipah Interactive" と記されている。英語絵本・電子書籍版を読んだ。ナレーション付きである。
『Curious George Learns the Alphabet』のご紹介で説明したが、 H.A.REY の死後に、MARGRET が書き継いだ一冊だろうか。イラストは Vipah Interactive が担当した。この名称から推測すると工房(会社)の名称と思われる。英語絵本には1998年のコピーライトと表記されている。お話は実質22ページの絵本。
 
 朝、ジョージは友達の黄色帽子の男に起こされ「パンケーキ・ブレクファストは今日だよ」と告げられた。ジョージが大好きな毎年行われる催しだ。子供病院の特別な計画のための募金集めとして催される。そこでパンケーキが焼かれ、様々な遊び・催しが行われる。この会場で、ジョージの好奇心が発揮されるというお話。
 一つは、パンケーキを焼くという作業を勝手に手伝い始め、パンケーキにブルーベリーをトッピングする。それがパンケーキを買う人々に喜ばれるのだが、ジョージがしていることに気づいた担当調理人は、ジョージを追いかける。ジョージは何とか逃げた。
 もう一つは、体についたシロップを取り除こうとして、ジョージは内側にベンチが設けられた水槽によじ登って入りこみ、ベンチに座って水でシロップを流しとろうとする。水槽の外側にはベンチに連動した的があり、的にボールが当るとベンチが倒れるという仕掛けになっていた。的当てゲーム参加者がボールを当てれば、ベンチに座るジョージは水中に落ち込むことになる。シロップを落としたいジョージはこれを楽しむ・・・・一方、お客は増える・・・・・ということに。
 好奇心旺盛なジョージの行ういたずら(?)が結果的には客集めになり、ハッピーエンドになるというお話。

 アメリカでの一つの慈善事業の様子を題材にしているのだろう。この絵本から彼の地の社会文化の一端を知ることができる。大人でも楽しめる絵本だ。

 It was a fundraiser held every year to make money for a special programs at the children's hospital. という一文が記されている。fundraiser という単語がこんな風にも使われるのかということを知った。
 この絵本から、griddle(<菓子などを焼く>鉄板、フライパン)。batter circle という語彙も知った。batter は「バター」で「小麦粉・水または牛乳・鶏卵などを混ぜ合わせたもの;ホットケーキなどのもとやてんぷらの衣にする」(『新英和中辞典』研究社)ということだとか。つまり、円形のパンケーキに焼き上げる前の状態をさすのだろう。
 ジョージがよじ登って入ったゲーム用のベンチが倒れる水槽が dunk tank という語句で表現されている。この語句、手許にある数冊の英和辞典には載っていない。
 flip (batter circles) up in the air、flip pancakes over、splash himself with water、I have a special favor to ask you ・・・ という表現も学べた。
 英語絵本は楽しく学べる教材になる。

 この本のおもしろいところは、ジョージがパンケーキを焼いているイラストがあって、そこに PANCAKES APLENTY というタイトルで、Ingredients(材料)と Directions(作り方)のレシピ-が載せてあること。
 前文には冷凍のパンケーキを手軽に買えるけれど、自分で手作りしてみたらという意味の案内文があり、そこに次の英文が続いている。
     Here's an all-purpose pancake recipe: と。
 裏表紙の一番上には、You can decorate pancakes just like George! の一文。その下に、3つの事例が載せてある。子供たちに自分流のパンケーキづくりを誘っている。
 そして、Let your imagination run wild and enjoy! と・・・・・。刺激的な一文!

 この絵本を読んだ子はやってみたいと思うんじゃないだろうか。

 ご一読ありがとうございます。

 こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Zoo』 HOUGHTON MIFFLIN HARCOURT
『Curious George's First Day of School』 Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George Goes to the Hospital 』 MARGRET & H.A.REY Houghton mifflin Harcourt
『Curious George Learns the Alphabet』 H.A.REY Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George and the Birthday Surprise』 MARGRET & H.A.REY Houghton Mifflin Company
『Curious George Goes to a Movie』 MARGRET & H.A.REY Houghton Mifflin Company

『院内刑事 ザ・パンデミック』   濱 嘉之   講談社文庫

2022-09-22 22:20:25 | レビュー
 院内刑事シリーズの第4弾。文庫書き下ろしとして2020年11月に刊行された。
 短編連作集の趣が強い作品である。各章が特定のテーマで一応一話としてまとまっている。そこで描かれたイベントのある部分が、このストーリー全体との関わりを潜めている。ストーリーの終盤では今までの事象がジグソウパズルの一片のように、一つの図柄のなかに収まっていく。そんな構成になっている。
 医療法人社団敬徳会の理事長・住吉幸之助に請われて、廣瀬知剛は敬徳会傘下の総合病院・川崎殿町病院のリスクマネジメント担当顧問になった。廣瀬の発案で敬徳会傘下の病院には、組織として院内交番が設けられた。廣瀬が面談採用した優秀な元警察官である牛島隆二は外来、前澤真美子は病棟、と分担して危機管理を担当する。いわば院内刑事である。元看護婦長だった持田奈央子が川崎殿町病院の危機管理担当責任者である。病院の看護婦長としての持田の実績が、院内交番の機能と必要性、効果への認識を一層高めていた。廣瀬は顧問という立場から病院のリスクマネジメントを監督し、必要な手を打つ立場である。このストーリーのおもしろさは、病院内で起こるあるいは持ち込まれる問題事象を如何にリスクマネジメントの視点から回避・緩和・解消・解決し、さらなる対策をとっていくかである。そんな危機管理対応のエピソード集と言える。
 第一に興味深い点は、問題事象をリスクマネジメント(危機管理)の立場で即座に受けとめ、速やかに解決策を実施する実行力の冴えにある。さらに廣瀬が一歩先の手を打っていくかどうかの展開にある。読者はこの視点と事件対応プロセスを楽しむことになる。
 章を追いながら、読後印象のコメントを含めて、少しご紹介して行こう。

<プロローグ>
 大型クルーズ船で新型コロナウィルス集団感染が発生し、横浜入港という事態が起きた。廣瀬がそれを知ったことに端を発する。感染症内科医長半田は防衛省副大臣から大型船入港に協力する要請を請けることに。廣瀬は即座にこの新型コロナウィルスへの対策を打ち始める。パンデミックの発生にどう対処できるか。リアルタイムな問題事象のストーリーが始まっていく。
 読者は、フィクションとして描き出される廣瀬たちの行動に、現実のコロナ禍の発生・進展を重ね合わせ、病原菌に対するリスクマネジメントの側面を対比的に読み進め考えることになる。このリアルタイム性が現実社会への批判的側面を内包している故に考えさせられる点を含んでいる。そこに対比的おもしろさが生まれてくる。

<第一章 派閥争い>
 廣瀬はパンデミックを想定して住吉理事長とその対策・アクションを取り始める。
 前澤は病院内の観察から、看護師間の派閥の動き、院外の職域労働組合の浸透の兆候を捕らえ、廣瀬に報告した。看護師長の座を狙った副師長間の派閥抗争が浮かびあがる。その兆候が描かれる。大きな組織は何処も同じ・・・・と思う。これがどう絡んでいくのか。

<第二章 産科の苦悩>
 VIP棟の下層階にある産科の特別室に入院する月岡香苗に焦点があたる。国会議員を父に持つ若手芸能人。彼女はLGBTであることでカミングアウトした。インターネットで購入した精子で妊娠し、転院してきた。転院は赤坂の本院の産科医長が開業医からの願いを受けたものだった。臨月まで1ヶ月近くあるのだが、赤ちゃんが十八トリソミー症候群だと判明した。染色体異常症の一種。
 背景を含めて特殊な事例が浮かびあがる。前段描写の章となる。この後どう展開するのか。

<第三章 ドクターヘリ>
 川崎殿町病院に第二ヘリポートが建設されるに至った経緯とその第二ヘリポートを使う事態が描かれる。新生児へのオペのために緊急搬入が必要となったのだ。ヘリの着陸状況が思わぬ形の影響を生み出すに至る。緊急手術は成功した。だが、廣瀬は第二ヘリポートの使用について改善点を見つけていた。
 ヘリポートは緊急医療処置との対応関係で捕らえられ、リスクマネジメント視点が盛り込まれている。ナルホドと思う。

<第四章 パンデミック>
 新型コロナウィルス感染の最初期の対応状況、および大型クルーズ船への右往左往の対応に対し、明治28年(1895)に後藤新平が日清戦争帰還兵に対して行った検疫、感染症対策事業が対比的に語られる。廣瀬の目を借りて著者の批判精神が現れているように思う。
 廣瀬の指導の下で、川崎殿町病院がどのようなパンデミック対策を講じていくか。並びに感染患者の受け入れ状況が描かれていく。
 その最中に常識が通用しない一人のコロナ感染者が現れ暴れる状況が点描される。
 パンデミックの一側面をリスクマネジメントの視点から描写する。

<第五章 ストーカー>
 牛島の居る院内交番に消化器内科の看護師柘植美里が相談に訪れる。患者・大谷国男にストーカーされているという。牛島は勿論廣瀬に状況報告する。それが契機となる。
 このストーカー問題に、廣瀬と牛島がどう対処していくかが読ませどころ。
 廣瀬は、院内の防犯カメラの映像分析、ストーカーの人物像の洗い出し、古巣である警視庁の寺山理事官との緊密な連携、牛島の行動に対する指示など、適切な手段を講じ、ストーカー対応を進めていく。廣瀬は牛島にストーカーの心理を分析する。「ストーカーにとって、自分自身の執っているストーカー行為は全てが正当行為なのです。これを邪魔する行為に攻撃をするのは正当防衛なんですね」(p238-239)と。
 併せて、大谷国男関連で、ソーシャルエンジニアリング攻撃、ルート権限、アドミニストレーター権限、トラステッドインストーラーというIT絡みの話題も出てきて興味深い。

<第六章 院内感染>
 院内感染がテーマとなる。なぜ起こるのか。万全の体制を作る廣瀬はそれでも院内感染の起こる要因を住吉理事長に説明する。
 再び、自分はコロナ感染者だと言い、院内で暴れる男が出てくる。牛島が対応する。牛島は、現行犯人逮捕手続(乙)と供述調書を作成して、県警から来た捜査員に身柄とともに渡すのだからおもしろい。廣瀬はこの事件について記者会見を実施し、風評被害への対処に怠りがない。これもまた、ナルホドと思う。
 この章のおもしろさは、第二章に登場した月岡香苗の父、月岡孝昭参議院議員の名前が出てくるところである。ここから、世界平和教の内部分裂がらみの新たな展開が進展する。宗教と政治家が絡むと、ろくな話はない。今どこかの国で、政治家と宗教絡みの論議が盛んなように・・・・・。
 このストーリー、状況は北朝鮮系のパチンコ業者がからむ形で、さらに一歩複雑さを増して行く。なぜか。それについてはこの章を読んでいただきたい。

<第7章 労働組合と内部告発>
 第一章が前段とみると、こちらが後段になる。2020年春の医療法人社団敬徳会におけるベースアップ交渉の状況から話が始まる。その交渉は、一方で労働組合内部ではベースアップ交渉に絡めた付帯意見について、一種の論争が生まれる。一方、インターネットのあるサイトに、病院批判の内容が公開された。医事課の松原主事がそれを発見し、廣瀬に報告した。それは強い悪意を感じされる内容だったからだ。廣瀬は内部告発の背景と真相の解明を始める。
 廣瀬は寺山理事官に相談を投げかける。寺山理事官は、その内容から廣瀬に元ハイテク捜査官中藤慎二を紹介する。廣瀬と中藤がタッグを組むことで、おもしろい展開となっていく。勿論寺山理事官には己の職務領域に絡む側面があり、廣瀬をサポートする。
 この顛末はなかなか興味深い。

<エピローグ>
 いくつかトピック的に事案が取り上げられていく。
1.川崎殿町病院内の看護師人事の発表。これは、今後のこのシリーズに何等かの影響を及ぼしていくだろう。内部告発の事実がわかった後のアフターにも触れていく。
2.住吉理事長が厚生労働省の審議会仲間から感染症専門医師を一人推挙された。住吉理事長は、廣瀬に最終面談をするように依頼する。この最終面談の顛末が描かれる。これがおもしろい。廣瀬はその若い医師の人物評価を天ぷら店での会食、2カ所のバーの梯子を通じて行うというもの。
3.新型コロナウィルスの中国陰謀説。一つの仮説が廣瀬と住吉理事長の話材になる。
4.コロナ禍での病院経営について。廣瀬の次の発言には重みがあると感じる。
「・・・・医は仁術ではありますが、そこに経営手腕が伴わなければ『仁』を語る意味がありません。職員を弱らせてしまう経営者に医療を語る資格はないと思います。」(p327)
「エクモを持っていながらも、これを使うことができるスタッフがいない病院がある・・・・という笑い話のようなところもあるわけですからね。」(p328)
5.PCR検査を医療側から捕らえた意味について。こういう視点を持っていなかった。
6.月岡香苗の出産とアフター(退院まで)。
7.廣瀬の立場と行動。

 実に、盛りだくさんなまとめになっている。盛り込まれた内容が幅広いのでこうならざるを得ないのかもしれないが、語りたいことがいろいろあったということでもある。
 病院側からみた新型コロナウィルスへの対処が、リスクマネジメントという視点からリアルに取り上げられている。医療としての対処。そこに様々な局面で生まれそうな話が枝葉として絡められていく。ここがおもしろい。
 このフィクションで重要な指摘と感じること。それは廣瀬と前澤の会話で前澤が語った一文である。
 「新型コロナウィルス医療従事者の『こころ』をどう守るか・・・・ですね。」(p343)

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連してネット検索した事項を、一覧にしておきたい。
新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け) :「厚生労働省」
国内の発生状況など  :「厚生労働省」
都内の最新感染動向  :「東京都」
新型コロナウイルス感染症  :「日本医師会」 
ダイヤモンド・プリンセス号新型コロナウイルス感染症事例における事例発生初期の疫学
             :「NIID国立感染症研究所」
クルーズ船「コスタ・アトランチカ号」における新型コロナウイルス感染症クラスター発生事案検証報告書  :「長崎県」
「対策が数日早ければ…」後悔 クルーズ船集団感染1年  :「日本経済新聞」
クルーズの再開に向けた安全対策について  :「国土交通省」
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックに対する大学病院としての取り組み
          :「産学官連携ジャーナル」
新型コロナウイルス感染症に関する検査について  :「厚生労働省」
各都道府県の無料検査事業サイト [新型コロナウィルス感染症対策] :「内閣官房」
なおも消えないウイルス起源の陰謀論  :「日経サイエンス」
コロナウイルスと陰謀論―― 感染症危機と米中対立 :「フォーリン・アフェアーズ・リポート」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『院内刑事 フェイク・レセプト』   講談社文庫
『鬼手 世田谷駐在刑事・小林健』   講談社文庫
『電子の標的 警視庁特別捜査官・藤江康央』   講談社文庫
『ヒトイチ 内部告発 警視庁人事一課監察係』  講談社文庫
『ヒトイチ 画像解析 警視庁人事一課監察係』  講談社文庫
『ヒトイチ 警視庁人事一課監察係』   講談社文庫
『警視庁情報官 ノースブリザード』   講談社文庫
『院内刑事 ブラックメディスン』 講談社+α文庫
『院内刑事』   講談社+α文庫
===== 濱 嘉之 作品 読後印象記一覧 ===== 2021.9.14現在 1版 21冊

『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論』  松岡圭祐  角川文庫

2022-09-20 23:32:00 | レビュー
 角川文庫でライトミステリを3冊出版している新人作家、23歳になる杉浦李奈が主人公となる新シリーズ! なぜシリーズとのっけから言えるかというと、たまたま第5作になる作品を最初に読んだから。第5作で、ラノベ作家杉浦李奈という表現が突然にでてきて、何を意味するのか最初理解できなかった。ラノベがライト・ノベルの略だと、本書の冒頭文でライトミステリと記されているのを読み理解できた。第5作には、「岩崎翔吾事件」という語句が出て来た。その時は杉浦李奈が過去に関与した事件の一つというだけの抽象的理解で第5作を一旦読了していた。第5作の理解にはそれで支障がなかった。
 この第1作に戻ってみて「岩崎翔吾事件」が具体的に理解できた。これが新人作家杉浦李奈にとって、まず最初に捲き込まれて推論を積み重ねる事件なのだ。
 本書は、書き下ろし作品として、令和3年(2021)10月に初版が刊行された。
 2022年6月に第5作が刊行されているので、2ヵ月に1冊のペースでシリーズ化されていることになる。

 「岩崎翔吾事件」とは何か? 最初に結論的なことを言うなら、作家による盗作問題に杉浦李奈が捲き込まれ、その盗作の真実を推論するというストーリー。「盗作とは何か」がテーマになっている。

 東京メトロ護国寺駅の傍に在る講談社の社屋内、江戸川乱歩賞の贈呈式が行われる部屋で、杉浦李奈が岩崎翔吾と対談をする場面から始まる。李奈はライトノベル3冊の出版実績を持つだけの新人ラノベ作家。一方、岩崎は駿望大学文学部の講師で、日本文学研究の第一人者。彼が4年前に著した『黎明に至りし暁闇』は芥川賞と直木賞の同時候補作になった。受賞は逸したがこの小説は250万部超のベストセラーに。いまや時代の寵児となっていた。ライターの秋山颯人が進行役という形で、この二人が芥川と太宰について対談する場面が描かれて行く。これは李奈が岩崎という研究者兼作家の人物印象を己にインプットする機会となる。

 この小説の興味深いところは、文芸についての論議が頻出してくることである。本著者がストーリーに、このようなジャンルの話材や視点を盛り込むのは初めてではないかと思う。それが「盗作」というテーマに重ね合わせられる側面が出てくる。太宰治と芥川龍之介についての作家論やエピソードが話材として交わされる。宮沢賢治の作品についても触れられる。この内容自体が興味深い知的副産物。いわば裏話的側面も出てきておもしろい。

 李奈は『トウモロコシの粒は偶数』というミステリ作品を出版する運びとなる。このとき、KADOKAWAの編集者菊池が、岩崎に出版本の帯に載せる推薦文を依頼しようというアイデアを提案した。それが実現して本屋の店頭に新刊書として並ぶ段階まで進んだ。だが直前で中止になる。なぜか? 岩崎が文芸新社から刊行した小説第2作目『エレメンタリー・ドクトリン』に盗作疑惑が突如出現したのだ。
 先週発売された『陽射しは明日を紡ぐ』(嶋貫克樹著、雲雀社刊)の盗作ではないかという指摘が、読者から相次いだ。
 そういう疑惑が出た最中に岩崎による帯の推薦文を付けるのは悪影響こそあれ、プラスはないと菊池は判断した。帯無しでの新刊が店頭に並ぶことに・・・・。李奈は愕然とする。
 嶋貫と雲雀社側は、この盗作された立場という点で十分な証拠を準備しているという。
 その渦中で岩崎が失踪した。刑事が李奈のところに聞き取り捜査に現れたのだ。
 編集者の菊池は、李奈にこの盗作問題について、ノンフィクション本を書けと持ちかけた。KADOKAWAには報道系の雑誌がないので、ノンフィクション本を出したいと言う。「ノンフィクションが売れれば、これまでの杉浦李奈の小説も動く。次の新刊にも弾みがつくよ」(p61)李奈は「次の作品のプロットを読んでもらえるなら・・・・」(p62)を条件に、突然、ルポライターに転じた仕事をやる羽目になる。

 岩崎翔吾の自宅すら知らない李奈が、ルポラーターとして試行錯誤を経ながら、盗作問題の事実に肉迫していくことになる。そのプロセスがこのストーリー。
 盗作問題となった2つの作品の対比分析。そこに太宰や芥川の影響があることにも気づく。岩崎の教え子たちとコンタクトし情報収集。岩崎の自宅情報の入手と岩崎の妻への接触。雲雀社の編集者と面談し情報収集。・・・・・李奈は少しずつ、行動範囲を拡げていく。嶋貫克樹という作家を知る為に、彼の本当の処女作を読んでみる。
 岩崎の妻の許可を得て、岩崎の自宅に残されたパソコンのロック解除や削除ファイルの復元等をプロに行ってもらう。そして、予定表の一部に岩崎の行先と推定できる場所を発見する。勿論、李奈はその場所に出向いていく。
 なかなかおもしろい筋立てで岩崎探しと盗作問題が進展していく。
 失踪届が提出された程度では、警察はそれほど活発に動かない、あるいは動けない。そんな狭間で、李奈が実質的な捜査まがいのアクションを次々に打っていくという展開がこのストーリーのおもしろさになる。警察が本格的に動くのは李奈が第一発見者となった岩崎翔吾の死、その時点からである。

 この新シリーズの第1作にみられる特徴をいくつか挙げておこう。
1.ラノベ作家杉浦李奈が一所懸命に創作し、本として世に出すことに苦労をしている側面が描かれつつも、それは副次的な部分になる。まき込まれた事象・事件について、李奈が推論して解決に導いていく、そのための行動がメイン・ストーリーになる。この設定がおもしろい。
 出版業界という今までに無い領域にシフトさせたミステリーとして、新鮮な感覚で楽しめる。

2.「盗作」とは何を言うのか。どういう状態であることが問題になるのか。著作権法上の解釈をベースに、盗作が問題となる作品を媒介として、ストーリーが展開していく。
 「盗作」という問題についてストーリーを読みつつ、考えることができる。
 例えば、「・・・・(芥川の)初期の『羅生門』『芋粥』は、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』の説話を原型にしている。ただしそれらはいわば本歌取りにすぎない。盗作とは明確に異なる。・・・・」(p18)という箇所が出てくる。
 このストーリーには、盗作について、読者の思い込みの盲点をつくようなトラップが仕組まれている。この発想の部分が一番の読ませどころとなる。

3.主人公が新人作家という設定である故か、文芸論的な要素が色濃く出ている。李奈並びに登場人物に、文芸領域でのコメントを様々に語らせている。
 上記のとおり、ここには芥川龍之介、太宰治、宮沢賢治についての作品論や作風、作家に関わる裏話・エピソードなどが話材として盛り込まれている。
 例えば、「元になった作品の魂を理解したうえで書くのは、模倣ではない。芥川自身がそのように発言していますが・・・・」(p18)、「『闇中問答』は? 彼自身が剽窃を認めてる」(p19)、「たとえば宮沢賢治について、世間の人々は・・・・」「作品のイメージから、ふんわりとナイーヴな人物像を思い描きがちですけど・・・・」「実像は異なる。技巧派のストーリーテラーだったと思います。」(p20)、「夏目漱石はいった。芸術は自己の表現に始まって自己の表現に終わるものである。」(p127)、「夏目漱石の『こころ』には、著者の分裂気質がありありと感じられる。三島由紀夫も分裂気質とみられる。」(p167)、「(夏目漱石、三島由紀夫)いずれも生い立ちに難があり、母親とのあいだに愛着問題を抱えていた。」(p167)などと。
 実在した作家たちの表には見えにくい一面が垣間見えて興味深い。
 
 また、様々な作家名が要所要所で出てくる。井伏鱒二、西鶴、石川啄木、田山花袋、横溝正史、有島武郎、松田解子、吉村昭、瀧井孝作、辻邦生など。文脈の中にある種のニュアンスや雰囲気を漂わせる。作家の広がりがおもしろい。そこには著者自身の読書背景や考えが反映しているのだろう。

4.新人作家が主人公となる故にだろうか、出版業界の仕組み、舞台裏がストーリーの中に織り込まれて行く。実在する出版社名とフィクションの出版社名が混在する形で描き出される。そこには業界内の常識や慣例・習慣など、特有の内輪話、裏話的な側面が出てくる。フィクションの中でだけれど、かなり一般的な事実が取り込まれているのではないかと想像する。おもしろい。たとえば:
*出版契約書を交わすのは、本が発売されたあとなんです。 p56
*だが一方で、印刷所への入稿など、まだ仮の締め切りにすぎないと居直る作家もいる。   p114
*(出版記念パーティについて)たいていは文化人や芸能人、富豪の社長なんかが、赤字を承知でやったりする。本の出版を誇りたいがために見栄を張るの。 p146
*誰でもやることだよ。本筋から外れた部分は、とりあえず抜かしておいて、あとで書けばいい。ある程度書き進んだのち、※印を検索すれば、抜かしておいた章の位置もみつけやすい。  p270

 出版業界の裏話は、たぶんこのシリーズでいろんな形で盛り込まれていくのではないか。副次的な面白味があると思う。よくいわれることだが、業界の常識は世間の非常識という側面も含めて・・・・。
 
 さて、このシリーズも随時読み継いでいこうと思う。
 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅴ 信頼できない語り手』   角川文庫
『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』   講談社文庫
『クラシックシリーズ6 千里眼 マジシャンの少女 完全版』   角川文庫
『クラシックシリーズ5 千里眼の瞳 完全版』   角川文庫
『クラシックシリーズ4 千里眼の復讐』  角川文庫
『後催眠 完全版』   角川文庫
『催眠 完全版』   角川文庫
『クラシックシリーズ3 千里眼 運命の暗示 完全版』   角川文庫
『クラシックシリーズ2 千里眼 ミドリの猿 完全版』  角川文庫
『クラシックシリーズ1 千里眼 完全版』  角川文庫
『探偵の鑑定』Ⅰ・Ⅱ  講談社文庫
『探偵の探偵』、同 Ⅱ~Ⅳ  講談社文庫
松岡圭祐 読後印象記掲載リスト ver.2 2021.6.11時点 総計32冊 

『沈黙のパレード』  東野圭吾  文春文庫

2022-09-19 23:39:36 | レビュー
 ガリレオ・シリーズの第9弾、2018年10月に単行本が刊行され、2021年9月に文庫化された。手許の文庫本は同年10月の第5刷。現在、映画の全国ロードショーが始まっている。

 東京都菊野市内にある『なみきや』食堂の長女、並木佐織は、歌の才能を見込まれ、地元では有名な資産家で若い頃にミュージシャンを目指していた新倉の許で、高校2年の時からレッスンを受けるようになった。佐織が19歳になった頃、新倉は、知り合いのプロデューサーに佐織を紹介する話を父親の祐太郎に告げた。だが、その2週間後に佐織が失踪。それから3年が経過していた。佐織の失踪の打撃からやっと立ち直り始めた両親が経営する『なみきや』食堂の場面からこのストーリーは始まる。だが、そこに、静岡県警から電話が入る。
 静岡県内の小さな町の有名なゴミ屋敷で火災が起きた。現場から白骨化していた遺体が発見される。焼け残っていたアクセサリーとDNA鑑定から、並木佐織と判断された。静岡県警と警視庁との合同捜査本部が菊野警察署に立つことになる。多々良理事官から草薙は間宮管理官とともに、この事件の捜査を指示される。ゴミ屋敷に住んでいた婆さんには一人息子が居た。蓮沼寛一。その蓮沼は、草薙が19年前に捜査に関わっていた優奈ちゃん事件の被告だった。だが、裁判で被告人は無罪となった。草薙らには痛恨の思いが残る。並木佐織の失踪は正確には3年2か月前。死体遺棄の時効は成立してしまっていた。

 菊野市では、キクノ・ストリート・パレードが今や有名になっていた。全国からコスプレをしたい人たちを集めて歩いてもらい、物語の名場面を再現するチーム戦の形式でコスプレ日本一を決めるという催しである。実施時期は10月。
 新しい研究施設が菊野市に作られたことで、昨年、アメリカから帰国した帝都大学の物理学者湯川学は菊野市に通っていて、施設内に泊まり込むこともある生活を送っていた。

 草薙は内海と共に『なみきや』に事情聴取に出かける。捜査の一環として彼等は並木夫妻に写真を見せた。夫妻はその写真の人物が、佐織に酌をさせようとしたことで出入禁止を告げた。それは3年と少し前の12月だったという。並木夫妻には捜査秘として人物名を知らせなかった。それは蓮沼寛一の写真だった。また、妹の夏美の証言で、佐織はお店に来る客の一人、高垣とつき合っていたという。両親は佐織の失踪後に夏美からそのことを聞かされていた。高垣智也や新倉直紀は佐織の関係者として、聞き込み捜査の対象になる。
 すこしずつ、佐織の周辺状況が明らかになっていく。一方、状況証拠の累積から蓮沼の部屋の家宅捜査と任意での事情聴取も行われる。

 菊野駅の近くのコーヒーショップで、草薙は湯川に4年ぶりに再会した。草薙は捜査が座礁していると言うと、湯川は愚痴を聞こうという。草薙は今回の被疑者は黙り込む男だと言い手短に概要を話す。それが湯川に興味を抱かせる契機になる。
 湯川は、草薙から聞いた『なみきや』を客として訪れることに・・・・・。

 10月のパレードに向けて、地元の菊野商店街でもパレードの準備および商店街としてのパレード参加の演し物の準備が進展していく。大型書店の跡継ぎ娘・宮沢摩耶がパレードの実行委員長を務めていて、この町の演し物についてもリーダーシップを発揮していた。祐太郎、祐太郎の友人戸島、新倉、高垣などもこのパレードに関わって行く。
 
 草薙たちの事件の捜査とパレードの準備・実施がパラレルに進展していく。読者には、当初ここにはどういう繋がりがあるのか、謎のままにストーリーは進む。パレードの準備過程が、商店街の人々の人間関係とその関係性の密度などを明らかにしていく。
 その渦中で「娘を殺された恨みを晴らしたい」という思いが、特定の人々の間で密かに話し合われるようになっていく・・・・・。
 パレード当日、蓮沼は以前働いていた会社の元同僚の部屋で死んでいるのを発見される。
 菊野警察署は蓮沼の死因の究明から着手する。草薙たちも現場に向かう。初動捜査のあと、事件は思わぬ方向に展開していく。
 当然のことながら、草薙達の捜査は、祐太郎夫妻や夏美、高垣、新倉などへの事情聴取を始めていく。それらの人々は、すべてキクノ・ストリート・パレードと何等かの関わりを持っていた。つまり、当日のパレードのプロセスでの関わりが各人のアリバイと深く関係してくる。パレードの状況が克明に再現されていく。
 その一方で、蓮沼の死因と発見現場の状況等関連事項が明らかになっていく。

このミステリーのおもしろくかつ興味深いところとして、少なくとも次の諸点が含まれていると思う。
1.恨みを晴らしたいという殺人計画が最初に表に出てくる。大凡の関係者が想定されている。普通なら善良な市民として日常生活を過ごす人々が殺人計画に関与していくことになる。このストーリーはキクノ・ストリート・パレードと絡んだ殺人者あるいは殺人者たちのアリバイ崩しが一つのテーマになっている。犯人は誰か?

2.何事も、計画通りに物事は進まない。殺人計画にも思わぬ齟齬が生まれてしまう。
 だが、その齟齬を乗り越えて、殺人計画の目標は達成された。なぜ、どのようにして達成されたのか。別の謎が生まれる。一筋縄では済まないおもしろさ!

3.ガリレオ先生、こと湯川先生が『なみきや』に自ら食事に行き、夏美の案内でパレードも見学するという形で、独自に事件との関わりを深めていく。かつて無い珍しい行動をとる。この行動が事件の解明にどのように関わって行くのか。今までとは少し違ったアプローチが加わり、読者として興味津々となる。
 勿論、今回も湯川先生は、殺人方法について、再現実験を実施する。やはりこのトリックくずしが興味深い。科学的論理的なのだから。いわゆる、密室殺人の謎解きが行われることになる・・・・。
 今回の湯川先生の活躍はそれだけにはとどまらなかった。そこが事件解明に大きな弾みとなっていく。ガリレオ先生、ますますおもしろさを増す。

4.状況証拠だけで起訴して、裁判に持ち込んでも「疑わしきは罰せず」という原則論が儼然としてある。
 「逮捕後の蓮沼は、19年前と全く同じだった。勾留期間中、完全黙秘を続けたのだ。検察での聴取でも同様だった。」(p78)
 佐織の遺体が見つかった後、勾留期間が切れる直前で検察は処分保留と判断した。彼は釈放された。
 実際のところ完全黙秘が成り立つということはあり得るのだろうか。小説の中でのみ成り立つことなのだろうか。いずれにしても、両刃の剣という局面をうまく採り入れているところが、おもしろい。
 著者はこんな一文を最終段階で湯川先生に結果報告をする内海薫の思いとして記している。
「本当に複雑な事件だった。蓮沼という、卑劣で凶悪な人物の犯罪を司法が裁ききれなかったことに、すべての原因があるのは明らかだった。」(p420)

5.アリバイ崩しだけでは解決できない側面が潜んでいた。最終ステージでその点が明らかになる。私と同様に、読者は、最後まで著者に翻弄されることになることだろう。
 「本当に複雑な」ストーリー構成になっている。翻弄される分、楽しめること請け合いである。

 一歩、距離を置いてストーリーを眺めると、全体は実に絵になる構成だと言える。映画化されやすいストーリーでもあるだろう。未だ映画は見ていないので、想像で少し、イメージを書いておこう。映画を見る機会を作ったときのために・・・・。
 回想場面と事件捜査のリアルな進展。その最中にパラレルに、キクノ・ストリート・パレードというコスチュームの華やかなパレードを潤色して映像化し盛り上げて行ける。回想としての優奈事件は容疑者の取り調べ状況などをシリアスに描き込める。燃え上がるゴミ屋敷、発見された白骨と初動捜査、草薙の取り調べでリアルさを表出し、インパクトを与えることもできる。シナリオ次第で、パレードの状況描写に併せ殺人計画と絡んだ準備を含む裏方行動を点描風に織り込んでいくこと、あるいはフラッシュバックさせることとアリバイ崩しを点描的に織り込める。殺人計画への関与について取り調べと絡ませた回想シーンあるいは告白シーンとすることもできる。脚本の妙味と様々な映像手法の駆使が可能だろう。そんな気がする。

 とにかく、読み応えのあるストーリー展開になっている。
 ご一読ありがとうございます。

ふと手に取った作品から私の読書領域の対象、愛読作家の一人に加わりました。
次の本を読み継いできています。こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ある閉ざされた雪の山荘で』  講談社文庫
『鳥人計画』  角川文庫
『マスカレード・ナイト』  集英社文庫
『仮面山荘殺人事件』  講談社文庫
『白馬山荘殺人事件』  光文社文庫
『放課後』   講談社文庫
『分身』   集英社文庫
『天空の蜂』   講談社文庫

東野圭吾 作品 読後印象記一覧 1版  2021.7.16 時点  26作品


『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Zoo』 HOUGHTON MIFFLIN HARCOURT

2022-09-18 21:39:03 | レビュー
 本書もまた "New Adventures" として出版されたシリーズの1冊。内表紙には、著者が Cynthia Platt と明記されている。イラストは H.A.REY のイラストを継承して、Mary O'Keefe Young が描いている。児童向けの英語絵本・電子書籍版である。実質22ページの絵本で、2011年の出版。

 タイトルにある通り、ジョージは友達である黄色帽子の男に連れられて、「Wild Animal Park」と称される動物園に出かける。その動物園は、サファリ・スタイルの動物園。大型の屋根なし自動車に乗って、動物たちが放し飼いになっている園内を見て回るという動物園である。
 ライオンを遠くに眺め、自動車からすぐ傍にいるキリン、シマウマ、ダチョウ、ゾウなどを眺めつつ進む、ジョージはピンク色のフラミンゴを初めて目にして、屋根無し自動車の上部の枠上でバランスを崩し自動車からころげ落ちてしまう。
 ジョージはフラミンゴの池に入る。ジョージの好奇心旺盛な冒険が始まっていく。
 自動車で園内を案内する係に、zookeeper(動物園の飼育員)という単語を宛ててある。"The flamingos turn pink because they eat so many tiny pink shrimp." という説明が出てくる。これって、ほんと? ジョークなのかな、どうだろう・・・・。
 フラミンゴのところで、The flamingos bobbed their heads. という文が出てくる。フラミンゴの映像は幾度かテレビ番組で見ているから、どいう動作かは類推できる。しかし知らない単語。bob (<頭などを>上下に動かす)という動詞をここで知った。
 フラミンゴの池に、hippo 現れる。絵から理解はできる。hippopotamus (カバ)をこんな口語の短縮形でまず覚えるのだな、ということがわかっておもしろい。
 また、芦に間から baby rhino が顔を覗かせる。これもまた絵から推測できるけれど、辞書を引くと、こちらも口語の短縮形だった。rhino=rhinoceros(サイ)である。親のサイからはぐれた子サイで、さみしそうにしているのをジョージが楽しませようとする。飼育員さんはこの子サイをずっと探していたのだった。
 ジョージはこの子サイの1歳の誕生パーティに参加することになるというハッピーエンドでストーリーが終わる。。
 他にも、spindly(ひょろ長い)、poke(突っ込む)、stomp(<足を>踏みならす)、naughty(いたずらな、わんぱくな)、glee(大喜び)等の単語と出会う機会になった。

 絵本は、ちょっと童心に戻りながら、錆び付きかけている英語の錆落としに便利だと思う。

 ご一読ありがとうございます。

 こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『Curious George's First Day of School』 Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George Goes to the Hospital 』 MARGRET & H.A.REY Houghton mifflin Harcourt
『Curious George Learns the Alphabet』 H.A.REY Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George and the Birthday Surprise』 MARGRET & H.A.REY Houghton Mifflin Company
『Curious George Goes to a Movie』 MARGRET & H.A.REY Houghton Mifflin Company