書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

『三字経』の末尾のくだりと宋真宗「勧学文」の思想的な共通点――「実用理性」

2017年01月18日 | 東洋史
 先日からの続き。
 タイトルの「実用理性」は、功利主義的人格のこと。劉暁波氏の著作から借りた概念と用語。

 『三字経』の末尾は、こうなっている。

 勤有功  勤(つと)むれば功(こう)有(あ)り
 戯無益  戯(たはむ)るれば益(えき)無(な)し
 戒之哉  之(これ)を戒(いまし)めよや
 宜勉力  宜(よろ)しく勉(つと)め力(つと)むべし」
 (訓読は加藤敏氏のそれによる)

 「功有り」の「功」は功績あるいは功労の功であり、次行の「益」(=利益)と対になっていることからわかるように、これは具体的な見返り、実利、つまり“得”のことである。さらに具体的にいえば、科挙に合格すること、そしてそれによって得られる地位(官職)とそれに付随する権力に財貨、そして一層具体的にして下世話になるが、飽食と女色である。これは私の勝手な当て推量ではなくして、王応麒のほんの少し前の先輩にあたる北宋の真宗皇帝が、「汝臣民刻苦して勉強すればこんなよいものが手に入るぞよ」と、御製で保証しているものである。

 宋真宗「勧学文」

 富家不用買良田,
 書中自有千鍾粟。
 安居不用架高堂,
 書中自有黃金屋。
 娶妻莫愁無良媒,
 書中有女顏如玉。
 出門莫愁無人隨,
 書中車馬多如簇。
 男兒欲遂平生志,
 五更勤向窗前讀。
 (テキストはこちらから)

 前にもブログに書いたが、「経書はあたかも打出の小槌のごとく、良田も高堂も僕従も美女も、ことごとくこの中から打出せる」(砺波護要約、『唐の行政機構と官僚』より)の旨が、ここには書いてある。そして最後は、「男児平生の志を遂げんと欲すれば 六経勤めて窓前に向かいて読め」と、締め括ってある。富と地位と権力とセックスが男子一生の志なのであろうか。そして経書を読む、つまり学問することの究極の目的はそれかと、索然とした思いに囚われる。
 『三字経』は童蒙初学の書である。いまでいえばぴかぴかの一年生相手に、「お金と偉い肩書きと威張れる力が自分のものになるし好きな女の子をいくらでも囲ったり乳繰りあったりできるようになるから勉強しようね」と説くとは、言うことも為ることも、いかにも志の低いことである。志とはがんらい彼の地の言葉であり文化なのだが。

宋真宗 「勧学文」を読む

2014年10月16日 | 東洋史
 宋真宗 
 「勧学文
 読んだのは礪波護『唐の行政機構と官僚』(中央公論社 1998年8月)の教示による。

 なるほど確かに、「経書はあたかも打出の小槌のごとく、良田も高堂も僕従も美女も、ことごとくこの中から打出せる」(同書62頁)の旨が書いてある。そして最後は「男児平生の志を遂げんと欲すれば 六経勤めて窓前に向かいて読め」と、締め括ってある。富と地位と権力とセックスが男子一生の志なのであろうか。そして経書を読む、つまり学問することの究極の目的はそれかと、索然とした思いに囚われないでもない。
 なお中国語版ウィキペディアには「勸學詩」の名で項目が立てられていて、原文も収録されているが、そこでは「六経」が「五更」となっている。これなら「明け方まで勉学に励め」という意味になる。

 富家不用買良田,書中自有千鍾粟。
 安居不用架高堂,書中自有黃金屋。
 娶妻莫愁無良媒,書中有女顏如玉。
 出門莫愁無人隨,書中車馬多如簇。
 男兒欲遂平生志,五更勤向窗前讀。