書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

木村肥佐生 『チベット潜行十年』 から

2009年07月11日 | 抜き書き
 もと毎日新聞社、1958年7月刊。

 彼〔ガヤツェレン。カンパ人〕の話によると、この辺の者は皆、中国領土へ移住したがっている。チベット政府はむやみに税金を取り立てる。その税金も本当に政府へ届いているか、だれにもわからない。賦役(オラー)といっては家畜や物をとられ、人をかり出して労働させ、食物は自分持ちで賃金は一銭もくれない。それに比べると川向こうの中国領の同じ東チベット人は、はるかに楽な暮らしをしている。毎年税金はきまっているし、賦役には賃金が払われる。うらやましいことだという。普通、国境から遠いチベット国内のカムパやチベット農村の人たちは、どんなに搾取されても、圧迫されても、それは彼らが前世で犯した悪業のむくいだとして一種の諦観をもって甘受するのである。しかし、比較する対象が眼前にあっては彼らもたまるまい。 (「東チベットを探る」 本書206頁)

 木村肥佐生と西川一三は、昭和21・1946年末から翌年秋にかけ、約10ヶ月間、カム地方一帯を踏査した。

(中央公論社 1982年7月初版 1994年4月9版)