書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

ハワード・R. ターナー著 久保儀明訳 『図説 科学で読むイスラム文化』

2011年01月06日 | 自然科学
 中世後期〔15-16世紀〕のイスラム文化の凋落は、知識に対するヘレニズム的なアプローチが、歴史の変遷とともに、科学を、イスラムの天啓に規定されている救済への道筋を照らす実用的な「道具」として限定するイスラム的な観念に席を譲っていくプロセスに対応していると考えることもできる。 (「13 中世後期のイスラム」本書245頁)

 中世ヨーロッパは、教会がふりかざす教義と、知性の解放を求める一種の人道主義的、個人主義的な要求の間の絶え間のないせめぎ合いによって支配されていた。だが、一つの決定的な条件が中世以降の西洋の文明の形成に影響力を及ぼすことによって、西洋の文明は、イスラム文明とは異なった道をたどることになる。西洋では教会が争いにおける主導権を失ってしまったのだ。だが、イスラム世界においては、正統派の宗教的権威がその支配力をさらに強化していった。 (「15 新たな西洋」本書263頁)

 おなじ宗教(一神教、しかも同じ神と経典を共有するいわば兄弟関係)でありながら、イスラム教では、なぜ正統派の「宗教的権威がその支配力をさらに強化していった」のか、それが西洋(キリスト教)では教会が「主導権を失ってしまった」のか。それに答えなければ歴史研究にならないだろう。コペルニクスより先に地動説がイスラム世界にあった(15世紀。本書138-140頁参照)というのであれば、なおさらであろう。
 この本、「著者略歴」もなければ「訳者あとがき」でも著者についてまったく言及がない。仕方がないので自分で調べてみた。
 ここに原書の紹介ととも著者についての簡単な紹介があった(以下引用)。

  Howard R. Turner is a documentary and educational film and television writer who served as Curator for Science for the major traveling exhibition "The Heritage of Islam, 1982-1983."

 どうもテレビマン(ライター)であって、専門の研究者ではないらしい。それなら仕方がないといえばいえないこともないが、しかしおなじテレビマンでも『河殤』の蘇暁康(彼も専門家ではなく映像作家だった)は問いを設け、設けるだけでなく、答えを出した。結局は個人の資質に帰せられるべき問題だろう。

(青土社 2001年1月)