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■田村陸個展 月とナイフ (3月29日まで)

2009年03月23日 21時13分27秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
(長文です)

 田村陸さんは深川の中学3年生。もちろん、初の個展であり、筆者が見た「個展」のなかでは、もっとも作者が若い部類に入ると思う(札幌市資料館でかつて小学生が個展をひらいていたという記憶があり、史上最年少と断言はできない)。

 彼から手紙が来たのは昨年のことだった。
 オリジナル大賞展に入選したので見てほしいということだった。
 2009年春に美唄のアルテ・ピアッツァで個展をひらく予定であることも記されていた。

 富良野市山部の画家森本盛本学史さんに、旭川の絵画教室で絵を習っているが、そこで描いているのは一般的な静物画などが中心で、今回展示しているのはすべて自宅で描いたものという。
 全部で30点ほど。半分はモノクロのペン画だが、油絵が十数点ある。
 題はいっさいついていない。

 もしかして、自己の内面に沈潜する暗い中学生なのかも-と思っていたが、会ってみたら、笑顔を絶やさない、ふつうの少年だった。
 アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」が好きだという。

 たしかに、冒頭の画像の大きな絵は、どこか映画版の巨大化して地面につきささっている綾波レイの顔を思い出させるところはある。

 ただ、いわゆる「アニメ絵」ではなく、そういう世界を踏まえつつも、自分の内面から出てきたものを、油絵にしようと奮戦しているのは、つたわってくる。


          

 筆者をはじめ、「いちばん好きだと言ってくれる人が多い」と本人がいう絵。完成までかなりの年月を要したという。
 どこか灯篭流しのようでもある。
 フライヤーにもコピーされていたが、実際の色の再現がすごくむつかしい絵で、何枚か撮ったがうまくいかなかった。
 暗い画面なのに、絶望よりは、癒やしを感じさせる。それも、個人的な閉域に限定されたものではなく、共同的なところへとひらかれたなにかを。 

 あと、よく出てくるモティーフは赤い鳥居だ。
 稲荷信仰がどうこうというより、「神社が好き」ということらしい。


          

 「エヴァンゲリオン」が社会現象になったとき筆者は、社会人になってひさしい年月がながれていて、当時はオウム事件などで忙しくてそれどころではなく、作品に接したのははるかに後なんだけど、彼はあの「エヴァ」ブームをリアルタイムで知らないはずである(おもわず、めまいがする)。
 筆者より年上の人間が「戦争が終わってからしばらくしたあとに生まれた世代がいる」ということを、たぶん感覚的になかなか受け入れられなかったのではないかと思うが、筆者も、「ヤマト」や「ガンダム」のずっとあとに生まれた上にしかもものごころがついたときには「エヴァ」も終わっていたという人間がこの世にいるというのは、理屈ではわかっていても、なかなか驚きである。まあ、そんなことはどうでもいいのだが。

 センシティブな中学生が、死にたいほど悩んだり、じぶんの生きている意味について懐疑的になったり、人生の意義をめぐってあれこれ考えるのは、べつに近年に特有の現象ではなく、この社会に思春期というものができて以来の、いってみれば普遍的なことである(その意味では、太宰治と「エヴァ」は等価だ)。
 つまり、若いときの悩みというのは、まあ、ケータイやメールをめぐる事象にかぎってはわりと近年の、めあたらしいことだけれど、そのほかのいっさいは、昔からくりかえされてきたことなのだ。自分と世界がうまくいっていないと感じたときに、やむにやまれず表現することも、べつにめずらしいことではないのだ。


          

 この作者が、若い感性ならではの作品を描けているかどうかは、いまの段階では、明確な判断を下しにくい。
 もちろん技術的にはまだまだだけど、それは中学生だから当たり前のことであって、うまいほうがおかしい。
 若い人どうしで「シンクロ」するという面は、たぶんあると思うのだが、それは、筆者はすでにおじさんだからわからない。

 ただし、スキル(技術)というのは、バカにできない。
 いま、彼は、たぶん「イメージが降ってくる」状態なのだと思う。とりたてて苦しまなくても、描くべきことは向こうからやってくるのだ。
 そういう状態は、よほどの天才でないかぎり、長くは続かない。ほとんどの作家は、若いときの蓄積で後半生を生き延びてゆくしかない。そうなったとき、スキルがない人はどうにもならない。バスキアや長谷川利行は早死にしたけれど、たぶん彼は長生きしても、それ以降は20代のころのじぶんを超えられなかったのではないだろうか。

 だから、絵を描き続けていきたいのだったら、スキルの勉強はしておいたほうがいい。


          

 
 ともあれ、田村さんは出発したばかりだ。
 べつに作家であれば偉いというわけではないから、この先彼が筆を折ってアートと関係ない人生をおくることになってもそれはそれでぜんぜんかまわないと筆者は思う。ともあれ、たいせつなのは、才能や運よりも、「持続する志」だ。たぶん。
 ただ、元気で、幸あれと願うばかりだ。


 乱文多謝。


2009年3月15日(日)-29日(日)9:00-17:00(初日11:00-、最終日-15:00)、火曜休み
アルテピアッツァ美唄(美唄市落合町栄町)

□月とボクと夜の街 http://moonorkiss.exblog.jp/



(5月18日、盛本学史さんの姓が変換間違いになっていたので、直しました。たいへん失礼しました)


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6 コメント

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Unknown (tamura リク)
2009-03-24 00:19:20
こんばんはヤナイさん。
昨日はありがとうございました。
電車でいらっしゃってたのですね。
こんなに早く紹介してもらえてとても嬉しいです。
ヤナイさんの記事の中で「暗い画面なのに、絶望よりは、癒やしを感じさせる。それも、個人的な閉域に限定されたものではなく、共同的なところへとひらかれたなにかを。」と書いてもらえたこともとても嬉しいです。共同的か、閉域的か、それこそがアールブリュットと芸術を分ける物かと思います。
ぼくの画などまだまだ芸術と呼べる物ではありませんが、少なくともそのような要素があるように思って貰えたなら、とても喜びを感じます。これから、技術力をあげて見えたとおりの写実に復元できたとき、その要素が全開に開けて芸術となると思います。そのために、技術向上を志します。ヤナイさんもおっしゃっている「持続する志」の大切さは僕の大好きな大竹伸朗さんも言っていることで、ひらめきを持続させるために技術向上を持続させ、画のスケールを拡大するために人間的に大きくなれるようになりたいです。そして「何より画を描く行為」を持続させようと思います。でも、ヤナイさんも知ってのとおりぼくは、感情の波も激しくて持続することはぼくにとっては難しいですが頑張りたいです。
本当にありがとうございました。オリジナル画廊のDMが出来たら、また連絡します。
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りくくん、こんにちは (ねむいヤナイ@北海道美術ネット)
2009-03-24 21:13:31
なーんか、えらそうなこと書いてしまって、恐縮です。

「持続する志」は、もともとは大江健三郎のエッセー集のタイトルです。
でも、たしかに、大竹伸朗の営為にふさわしいフレーズかもしれませんね。

感情の波は中学生ならだれでも大きいものです。
それが表現の土台になるなら、うまく飼いならしていくしかないですよね。

健闘を祈ります。
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ご無沙汰してます (盛本学史かも)
2009-05-14 18:44:54
お元気ですか?ながらく失礼いたしてました。案内状等送りたいと思うのですが、ヤナイさんの住所が、わかりません。教えて下さい。陸のこと育ててください。よろしくお願いします。
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こんばんは! (ねむいヤナイ@北海道美術ネット)
2009-05-14 21:16:44
どうもごぶさたしてます。
コメントありがとうございます。
でも、↓こういうエントリもあったりするのですが。

http://blog.goo.ne.jp/h-art_2005/e/9d542c7076e6f089ee27fdb3ff61dbab

住所は以前とおなじです。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~artnorth/sub-about.htm#renraku


育てるなんておこがましいです。

音威子府は遠いです。盛本さんこそよろしくお願いします。

わたしは遠くから見ていて励ますぐらいしかできませんが。

がんばれー!
ですね。
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お世話になっています (ransun)
2009-05-17 22:30:28
こんばんわ。ヤナイさん、そして盛本先生。
相変わらずの不安定ぶりで、近くに居ても遠くに居ても振り回されていますが・・・離れているので、何もしてあげられません。その苦しさを・・音威子府の人達に助けてもらう事、そして感謝することが出来るようになってくれたら、絵はもう、二の次で良いと思っています。
盛本先生の、暖かいお言葉、ヤナイさんの応援、本当に嬉しく思います。
なんとか、成長して欲しいと願っています。
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こんばんは (ねむいヤナイ@北海道美術ネット)
2009-05-18 23:19:31
ransunさん、どうもです。

いやー、離れていると心配ですよねー。

でもこればっかりは、いつか子どもは親から巣立っていくものでありまして…。

>絵はもう、二の次で良いと思っています。

そうなんですよね。
筆を執ることはいつだってできることだし。

りくくん、勉強もがんばってね
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