五反田発リスボン行き急行列車

五反田駅からリスボン行き急行列車に乗ることを夢想する前期高齢者の徒然

2021・12・30

2021-12-31 10:08:17 | 日記
秋までは近所に住んでいる誼で週に一度は会っていた女優のNが12月になって初めて顔を出してくれた。彼女とは今年、春にやりかけてコロナの為に無期延期にった芝居が一本あったし、夏には俳優をどうしてもやりたくなった俺の相手役を勤めて貰ったり、「親密な関係」を続けていたもんだから、この一か月の空白は何だか恋人にふられたみたいな気持になっていたので、こうして顔を出してくれたことでちょっとだけ安心する。来年は彼女とどんな「関係」が結ばれるのだろうかと期待するが、今年みたいに俺の演出を受けたり相手役になったりすることはなくなって、女優としてもっと高みに飛んでいきそうな予感がしている。3時には俺の600枚弱の原稿をきれいに清書してくれた編集者のYさんが来てくれる。二人で原稿の一枚目から疑問点改善点を洗い出して行く。みっちり三時間半。終わった時にはすっかり外は暗くなっていたので、当然の如くビールから始まる酒宴に移行する。この小説には一度も行ったことのない長崎の街の描写が多くあるのだけど、実際に行ったことのあるポルトガルのリスボンでの登場人物の描き方に比べて、観光案内だけで書いた長崎での描写は今一つ迫ってこないとのYさんの指摘。だったら日帰りでも長崎へ行かなければこの小説は完成しない気になってきた。恐らく飛行機代だけで往復五万を覚悟して来年早々駆け足で長崎の街を逍遥して来るか?こうして来年も小説はまだ終わらない。Yさんとの関係もまだ続いていく。洗濯機がこの年の瀬になってまた故障してしまった。また排水が出来なくなったみたいだ。重たい洗濯機を移動させたりして奮闘するが、直らない。この夏に修理してくれた業者は年明けまで営業してないと云うし、この正月は汚れ物と一緒に過ごさなくてはならないのか?因みに今日の老老ブレックファーストは一昨日HKが焼いてきてくれたくるみパンの残りをトーストに、弟が持ってきて母が食べ残したケンタッキーをほぐしてチキンサラダにして、キャンベルのミネストローネと一緒に食べる。老老ディナーは打ち合わせ中だったのでいただきものの蒲鉾をたっぷり使ったしっぽくうどんを母に届けておいたが、後で覗いてみたら全く手付かずで熟睡中。さぞかしお腹が空いているだろうにと母心で母の寝顔を見る。
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2021・12・29

2021-12-30 05:51:57 | 日記
朝の四時からずっと途中ニュースを挟んで、夜7時の「バナナサンド」も含めて新作SPが終了する11時30分まで「99、9刑事専門弁護士」が流れ続けた今日一日。元々このドラマのファンだったし、新作SPと30日から上映の映画版には「おちょやん」以来お気に入りの杉咲花が出演するというので、9時から始まるSPを楽しみにしつつ、間あいだに再放送をチラ見しながら過ごす。だが、期待は半分もいかない内に裏切られる。どうやら2時間半のSPといいながら映画版のPR兼プロローグの気配がしてきてガッカリしたのだ。なにがSPだよ。こんな物で映画館に呼び込もうなんて許せない。天の邪鬼の俺は映画を見る気がすっかりなくなった。老老ブレックファーストは焼き鮭、和風サラダ、海苔、納豆、春菊の味噌汁。12時にすぐ下の弟のTが母にケンタッキーとコーラを持参して来る。でも、何故か彼は一人で母の部屋にいけないものだから、まず俺の在宅を確かめ、玄関ホールにつくと俺に電話して五階から一緒にエレベーターで母の部屋に行く。東大に入る頭はあるけど、Tの行動はいつも何処かアンバランスだ。結局母はケンタッキーを食べなかったみたいで、夕方はお腹がすいたといつものように老老ディナー(サーディーンとトマトの焼き飯ともやしと菠薐草の自家製スープ)を食べる。息子のAに四階のベランダに櫻の鉢植えをおいてくれと頼む。来年の春は無理だろうけど、再来年の春には歩けなくなっても母が櫻を見ることが出来るように、元生花業界にいた息子のAに四階のベランダを櫻の鉢植えで埋めつくすように依頼する。再来年は百歳。どうか我が家の櫻の花を見ることができますように。
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2021・12・28

2021-12-29 10:39:39 | 日記
S教授が乃木坂にあった店に常連のお客さんに連れられて最初に来たのは東日本大震災の前の年だったと云うから九年前のことだ。その時だったか次にいらした時だったか、父がアメリカ留学時代のことを書いた本「ケネディに続く若者たち」を大学生時代に古本屋で買って読んだということを聞いて一遍に親近感を持った記憶がある。最初にあった人に妹さんのファンでしたとか妹さんのレコードとか本を今でも持ってますと言われると、妹にもその人たちにも罪はないのだけど、関わりたくないと思って遠ざけてしまうのに、それが父となると話は違って来る。あんなに反発していたのに、あんなに憎いと思っていたのに、どこかに父を慕う気持が残っているのだ。でも、しばらくしてS教授は妹のファンであることを告白する。そればかりか妹にファンレターを書いたことも、更には妹から返事を貰ったと得意気に話しだす。おいおい、S教授よ。いくら偉い学者さんだからって嘘をついてはいけないぜ。忙しい妹がファンレターの返事なんか書く訳ないだろうと笑ったら、これなんですがねとS教授は鞄から妹からの返信だと云う一通の手紙を取り出した。寸見して俺は驚く。確かに妹の字だ。でも、ひょっとして誰かが妹の字を真似て書いたかも知れないと思って、妹に電話で確かめてみる。するとその頃、妹はファンレターに一々返事を書いていたことが分かる。驚きだ。S教授が妹のファンだったことも、妹が律儀にも返事を書いたことも、更にはS教授が五十年近く前に貰った妹の手紙をまだ持っていることも。うん?とそこで思い当たる。S教授は父の本を手にする前に妹のファンだったのじゃないのか?そのことを知られると俺に忌避されるのを恐れて後出しジャンケン的に妹のファンであることを「懺悔」したのではないのか?そう思うとS教授はなかなか強かだ。でも、お蔭で今日まで親しくお付き合いしてこられた。その教授がそれまで経済学部長を勤めていたS大学の学長になられた。そのことを知った同じ常連だった元社長秘書のYさんとスタッフだったHkがお祝する集いが今日ウチの店で開かれた。俺も店の人間というより一人の友人として参加させて貰った。こんな風に人と人とのつながりが出来るなんて、あの店をやっていた甲斐があったというものだ。
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2021・12・27

2021-12-28 05:40:58 | 日記
今日はmicこと美久空(みく そらと読む)が企画、脚本、演出、主演を務めた「女は女で、女である」と云う芝居の最終日。その芝居を手伝いにきたテアトロジャージャンの制作を担当して貰っているChさんと四時に近くの喫茶店で会って、来年の二本の企画について話す。一本は三月の公演が決まっている「デンティスト」の演出について。八年前に初演した時のテイストを残したいと思っていたが、そのままやるのでは「演出担当」としては何とも刺激的でなく、大幅に演出方法を変えることを話し、Chさんにも了解を得た。もう一本は公演日が未定の登場人物が男女二人きりの音楽劇について。設定を話し、台本中に書き込んである歌詞を作曲し、歌って貰って且つ演じて貰う主演男優を、今までテアトロジャージャンには二本出演して貰っている荒木真樹彦さんにしたいことを告げ、交渉して貰うことにする。荒木さんにはその日の内に快諾して貰い、早速台本を送る。問題は相手役の女優さんだ。歌えて、コケティシュな若い女から人生に疲れ果てた中年女を一人で演じることの出来る女優さんをこれから探すことになる。暮れから来年正月にかけての俺の演劇人生、かなり忙しくなる。そんな高揚した気持を抱えて見ることになった「女は女で、女である」。micこと美久空とはもう二十年近くものつきあいだから、彼女がやりたいことは薄々想像できる。それに脚本になる前の企画の段階で、うっすらとした構想は聞いていた。だからそれ故に(詳しくは話せない)初日に見たら中止命令を出しそうだったので今日まで見るのを我慢してきたのだけど、その甲斐があった。初日だったら明らかに中止命令を出していただろう。でも、彼女は俺の気持を知りながら自分のやりたいことを押し切った。そのことが無惨に終わればそれみたことかということになるのに、俺の想像をいい意味で裏切って、野心的で、冒険的で、挑戦的な舞台だった。今年見た何の冒険心もなく、通俗的で、常識的で、演劇的頭脳を全く使わない芝居の数々とは雲泥の差の芝居だった。美久よ、跳ねろ、飛べ。だからと言ってもうウチの店での公演は後免蒙るけど。
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2021・12・26

2021-12-27 05:26:18 | 日記
今日もまた店はMの公演が続いていて、厨房の中は辛うじて確保されているものの、店内は客席がびっしり埋めつくされているもんだから、いつものようにテーブルで母と食事することが出来ない。仕方無く老老ブレックファーストはホットドッグとキャンベルのスープ、老老ディナーはカツ丼をトレイで母の部屋に運び、食べることになる。これって何だかおかしい。一番おかしいのは何の注意もしない俺だ。Mの芝居を作る熱情にまけて使用を許可してしまったものの、他人が数日間に渡って店内スペースを使用するのは最初から無理筋だったのだ。Mたちが4階を使っている間は何かあるといけないのでビルから出ることが出来ず、必然的に母の世話をする以外は部屋にこもることになる。その間に去年各誌でベストイン入りした城定哲夫監督の「アルプススタンドのはしの方」(脚本・奥村徹也)を見る。確か高校演劇で演じられた芝居が原作だ。だから映画でも殆ど場面は「アルプススタンドのはしの方」に限られているし、特別大きな事件も起きたりしない。出演者も知らない俳優ばかり。それなのに面白い。キネマ旬報ベスト10位、映画芸術三位。嫉妬すら覚える。そのきっかけで去年のベストテンした映画をしらべてみたら、そうとは知らずに俺が見て面白いと思った映画、例えば数日前に見た「ミセスノイズィ」は映画芸術では四位だったし、随分前にみた「空に住む」はキネ旬九位だった。因みに今年の俺の邦画ベストテンは一月から順不同で、「あの頃。」「痛くない死に方」「街の上で」「BLUE」「海辺の金魚」「ドライブ・マイ・カー」「先生、私の隣に座っていただけませんか?」「由宇子の天秤」「空白」「かそけきサンカヨウ」
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2021・12・25

2021-12-26 08:38:24 | 日記
母の世話をする内に、人間と云うのは食物の摂取と排泄と睡眠で出来ているんだなとつくづく思う。人間はその三つの機能さえあれば最低限人間であることを保つことが出来る。母もそれ以外の機能を働かすことはない。テレビも見ないし、新聞や本も読まない。俺以外の人と話すことも出来なくなりつつある。母の年齢まで俺だって24年しかない。知的機能も性的機能も社会的機能も日一日と衰えて行って、24年後には母と同様になるのか?それに耐えられるのか?耐えなくてはいけないのか?NO!NO!NO!そんなこと出来るか!と一喝しておこう。その為に今日も知的機能も性的機能も社会的機能も訓練あるのみ。今日は女優のMさんに四階のスペースをレンタルしてしまっているもんだから、昨夜の蟹鍋をうどんすきにして老老ブレックファーストにした以外はキッチンを大々的に使うことが出来ず、老老ディナーはスーパーで買ってきたにぎり寿司にしてしまった。後二日間どうしよう?食後は数年前にも見た筈の「その夜の侍」(脚本監督・赤堀雅秋)、続けてNHK「風の向こうへ駆け抜けろ」(脚本・大森寿美男)の後編を見てから机に座って先日読み返したばかりの小説をもう一度見返してみる。ホント、下手だ。絶望的になる下手さだ。人生の最後になって自分の才能のなさを思い知る絶望的絶望。
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2021・12・24

2021-12-25 09:17:04 | 日記
今日はクリスマスイブ、と言っても恋人がいる訳じゃなし、キリスト教徒でもなく、99歳の母と半分同居の74歳は浮かれ騒ぐ理由がない。老老ブレックファーストは太刀魚の酒煮、納豆、小松菜のお浸し、昨夜のかき鍋の残りをリフォームして汁物としていただく。でも、それで終わったら99歳のクリスマスイブが悲惨な気がして、近くのケーキ屋で4000円のクリスマスケーキを買い求め、お正月用に冷凍してある蟹の足を一本だけ解凍して老老ディナーの時食べる。7時半近くに元法律事務所勤務のNさんが勤務先の新宿からわざわざ来てくれる。というか来させたのか?実は明日から27日までは店をレンタルしているし、28日、30日は先約があるので、年内店に来るんだったら今日しかないですよとお昼にメールしておいたのだ。それにしても失礼な話だ。はなからNさんにはクリスマスイブに予定がないと決めつけている。おまけに年内に一度は来る筈だとこれまた決めつけている。お許しを。彼が帰った後、リアルタイムでNHK「群青領域」(脚本詩森ろば)の最終回を見てから、ベッドで昨日いただいた「もういちど,あなたと食べたい」(筒井ともみ著)を読みながら眠る。
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2021・12・23

2021-12-24 09:30:52 | 日記
「カムカムエブリボディ」(脚本・藤本有紀)が凄い。こんな風に主人公の生き方を描くのって、朝ドラでは初めてではないか?娘のルイを産んでからルイ命で生きてきたのに、そのルイを残してアメリカ人と旅立ってしまうなんて。主人公の心情に寄り添って見て来た俺の気持を見事に裏切ってくれた。おまけにたった15分の放送時間しかないのに、以前にもあったけど、14分までタイトルが出ない。タイトルが出て主題歌が流れた後、とんでもない1分が待っている。「おちょやん」とは違うけど、俺はもうこのドラマにすっかり嵌まってしまった。午後から母をリハビリに連れていく。表は寒いので今朝風呂から出た時に上も下もヒートテックに替えておいたので、寒さ対策は万全か?脚本家でもあり作家でもある筒井ともみさんから帯のコピーに「おいしい自叙伝」とある新刊「もういちど、あなたと食べたい」(新潮社)が著者謹呈されて来る。松田優作、藤田敏八、向田邦子さんたちとの「食」の思い出は、くっきりその人々の人間を描き出している。特に松田優作とにぎり寿司を食べたエピソードは秀逸。老老ディナー(牡蠣なべと中華スープ)の後、母を寝かしつけてから早速礼状を書いて投函しに出掛ける。そのついでに夜の広尾を散歩。以前にも入ったことのあるワインバーにフラッと入る。すると何処かから聞こえてきたAIの歌う「カムカムエブリボディ」の主題歌に思わず涙してしまう。年取ると、体内から放出したいのに出なくなるものもあるが、出なくていいのにやたらと出てしまうものがある。それが涙。
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2021・12・22

2021-12-23 04:58:10 | 日記
老老ブレックファーストは真鯛の煮つけ、かぶの甘酢和え、納豆、海苔、小松菜の味噌汁。食後一休み、と云うか、俺はいつものように睡魔に襲われ、30分ほどの仮眠。これは絶対服用している薬のせいだと思うけど、処方したS医師は認めない。それでも母の薬もなくなったので、S医師のところに母を車椅子で連れていく。バス停二つ分だから歩けば楽勝なんだけど、かなり急な坂の昇り降りは車椅子を押してだと辛いので、坂を避けて台形の周囲を廻るようにいく。三か月に一度見てもらうK研究所病院の循環器のT医師と同じく、四か月ぶりのS医師も母の体は全く異常なし、こんな99歳見たことないと云う。車椅子を押しての帰り道、ひどくへばり気味で体力の衰えを覚える俺は、母の方が長生きするんじゃないかと恐れる。コンビニで母は暖かなつぶあん饅頭、俺は肉まんを買って部屋に帰るのを待ちきれず立ち食いするこの幸せがもう少し続きますように。帰宅後昨日Yさんに打ち直して貰った小説を最初から読んでみる。面白いのか面白くないのか自分では分からない。だからと言って何処かに発表したり、応募したりするつもりはない。これはあくまで自分の家族だけが知っていいファミリーヒストリーだ。でも、こうして殆どストーリーだけの原稿用紙600枚弱を読んでみると、それぞれの家族だけをピックアップしての小説を書いてみたくなる。父も母も弟も妹も息子も娘も、俺の廻りにはまだまだ書きたい人々が一杯いる。でも、一番書きたいのが俺のことか?そして一番書きにくいのも俺のことか?老老ディナー(中華丼と中華スープ)の後、松坂桃李が出演している「ユリゴコロ」と大林宣彦監督の「花筐」を途中までみる。今日は映画を見る気分じゃないのか?入っていけない。日を改めて見ることにしよう。散歩の途中買い求めた「歴史探偵 昭和の教え」(半藤一利)を読みつつ9時過ぎには眠る。
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2021・12・21

2021-12-22 05:31:26 | 日記
長い間音信不通だった娘のAから手紙がきた。と言っても、来年一月にやる母の白寿のお祝の案内状への返信だ。緩和ケア認定看護師として幼い子供の看取りや介護の仕事をしている娘は、このコロナ下四人以上の会合に参加することを禁じられているとかで母のお祝には参加できないとのこと。でも、文面から感じ取れるその責任感に十代の時に看護師を目指した彼女の目の輝きを思い出し、手紙の最後に書かれてあった「お父さんもこれからの人生悔いなく過ごして行って下さい」と云う大人びたいい方に一瞬涙し、添えられていたクリスマスカードに久し振りに娘の香りを嗅ぐ。今日は火曜日で弟のHが来ているので老老ディナーはパス。因みに老老ブレックファーストは納豆オムレツWITHサラダ、自家製トマトと豆のチーズスープなり。夕方、編集者のYさんが俺が目茶苦茶朱をいれた小説をきれいに打ち直した原稿をもってきてくれる。400字詰め原稿用紙で六百枚ぐらいか。目方も重いが、俺の精神世界的にも重い。近くの焼鳥屋で完成祝いの乾杯。でも、これが世の中に出ることはないだろう。世間の人には知られてはいけないことが一杯書いてある。俺が死んだ後、親族と一部の人だけに配る手配をYさんに頼む。焼鳥屋を出て、目の前にあるスーパーでアイスクリームを買う。74歳の男と64歳の女がアイスクリームをなめながら彼女が帰る渋谷行きのバスを待つ。
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