古代日本史への情熱

記・紀・源氏は魏志倭人伝の奇跡的で運命的な間違い方(逆)の構造どおりに記述されている。倭人伝にあるのは現代史と未来史

国生みの最後の島が両児島でなかった場合

2015年03月01日 11時55分49秒 | Weblog
古事記では大八島を産んだ後、吉備児島・小豆島・大島・女島・知訶島・両児島を産んだことになっています。
(日本書紀では、このくだりはないようです。大八島の中に『吉備子洲』が入っている場合もあります。)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E7%94%A3%E3%81%BF
国産み
  

国生みの最後の島が両児島ということだけに気を取られていたために、その前の段階をすっかり忘れていました。

しつこくやっておきますが
【イザナミ・イザナギが生んだ最後の島《(両児島=ふたごのしま)・またの名を(天両屋=あめのふたや)》は竹島に間違いありません。
《竹島=「ケケ島」=「二個島」=ふたごのしま=「両児島」=リャンコトウ=「Liancourt Rocks」》
竹島の日は2月22日。
また、藤原氏・中臣氏の始祖は≪天児屋命(あめのこやねのみこと)≫で、この名前には、『両児島・天両屋』の二つが含まれています。(地図上の北は『屋根』とみなせます)】

ところが、両児島を竹島とした場合、その前の
≪吉備児島・小豆島・大島・女島・知訶島≫の想定されている線とは離れすぎています。

まぁ、大八島を産むときにも、四国から隠岐の島に飛んでいますから、取り立てて問題にしなくてもいいかもしれません。
とはいえ、突飛な感は否めません。

そこで、気になったのは、
吉備児島→小豆島→大島→女島→知訶島→両児島
最初の吉備児島から小豆島は東に向かっていますが、小豆島からは知訶島(ちかのしま)までは西に行っていることでした。
小豆島→吉備児島のほうがいいのではないでしょうか。




ところが、国生みの最初は淡路島になっています。





ふと思いついたのですが、
小豆島→吉備児島→大島→女島→知訶島、とした場合、
最初の構想と逆の進路になっているのではないかと思えました。

最後の島が小豆島だとすると、最初の国生みが淡路島だったなら隣同士であり、即座に永遠の繰り返しが可能になるのではないか。
永遠に国を産み続けることになります。

思い出したのが『野馬臺詩』です。
http://blog.goo.ne.jp/go-hot-ai2395/e/f32833d83cba9b44a1c09aa65f1c5466
『野馬臺詩』について、ちょっとだけ追記 2010年05月06日

永遠に終わらない詩を書いたのではないかと考えました。

また、万葉集の最後の歌は新年の歌です。本来なら初めの歌が最後になっていることは、最初に戻るためと考えました。そして、終わらないで永遠に続くことになります。

これらは、「魏志倭人伝」が卑弥呼・臺与(とよ)の墓が造られた後で、臺与
が登場したと間違えたことに基づいています。永遠に復活が繰り返すことになります。

http://blog.goo.ne.jp/go-hot-ai2395/e/60bcffa25d7cf3b34a1509be6594f183
卑弥呼は少なくとも二人いた 2005年03月05日

http://blog.goo.ne.jp/go-hot-ai2395/e/fbdb8458da40fc39d2338cef93fcd95c
「魏志倭人伝」の最大の運命的な間違い 2005年03月05日

最初の構想では、最後の島は両児島ではなかったのではないでしょうか。
私には両児島の名前すら上げられていなかったと考えたいです。
竹島が超重要な島となってしまったために、永遠の繰り返しを捨ててまで、新たな構図を描こうとしたのではないでしょうか。
もしかすると、永遠の繰り返しを捨てるのではなく、竹島を含んだ新たな構想に永遠の繰り返しを容れこもうとしたのかもしれません。

イザナミ・イザナギは大八島(順に・淡路島・四国・隠岐島・九州・壱岐島・対馬・佐渡島・本州)(最初が淡路島で最後が本州です)
を産んだ後、
《還坐之時》吉備兒嶋・小豆嶋・大嶋・女嶋・知訶嶋・兩兒嶋(亦名謂天兩屋)
という六つの島を産んだことになっています。
それぞれどこに比定されているかといえば、吉備兒嶋は吉備の児島半島、小豆嶋(あずきしま)は小豆島(しょうどしま)、大嶋は山口県大島郡屋代島、女嶋(おみなしま)は大分県国東半島沖の姫島、知訶嶋(ちかのしま)は長崎県五島列島、最後が両児島です。
両児島は《五島列島南の男島・女島》という説があります。

吉備の児島半島は昔は島であったと文庫本の注にありました。
(古事記上全訳p48・講談社学術文庫)





エー、ところで、
とんでもない偶然というか、面白い偶然というか、つまらない偶然というか、困った偶然がありまして、その図は次回。


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