奈良の名所・古跡

行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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安穏寺の五輪塔

2012年07月27日 | 石造物
安穏寺の五輪塔
 南北朝時代の作と推定されています 撮影日;2012.07.21

 壇上基壇の上に立ち、基礎反花を亀腹にしているところが特徴です
 基壇には四方に一石層塔と石仏が巡らしてあります
 総高1.7m

 昭和45年に都祁村の文化財に指定されています 

地蔵石仏2 宝篋印塔4基 如意輪観音?板石仏
 
 境内の小堂に十九夜講石仏が安置されています

 左側の如意輪観音菩薩半跏像は、右ひざを立て女性らしい優しい姿をしています
 右側の石龕仏は弘法大師像でしょうか
 享和元年(1801)と享和4年銘が有ります

十九夜講由来記 扉を開けてみました
如意輪観音石仏 石龕仏

★所在地;奈良市荻町486
★交通;名阪国道「針IC]より北へ約4km(地図参照)
★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;


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越塚御門古墳

2012年07月26日 | 古墳
越塚御門古墳
 大田皇女墓である可能性が高いと言われています 撮影日;2012.07.15

 2010年に、牽牛子塚古墳の南側に隣接した八角形墳が発見されました
 横口式石槨の下部と墓道の敷石が発見されています

 埋葬施設は貝吹山周辺で採れる石英閃緑岩を使用した南に開口する刳り貫き式横口式石槨です
 天井部と床石の二石からなる構造で、内法長約2.4m・幅約0.9m・高さ約0.6m
 「鬼の雪隠」と「鬼の俎板」を組み合わせた姿に似ています
 床面には幅約2cmの溝をコの字形に設けてあり、排水溝として彫られたようです
 天井部の大半は石取り等で失われていますが、奥壁付近が残存しており、ドーム状を呈していました
 側石の底と床石を接する箇所には窪みがあり、石材を接合する際のほぞ穴と考えられます
 石槨の前面部には長さ4m以上、幅約1mの墓道が設けられています
 墓道は人頭大の川原石を側石として数個積み上げ、その間をバラスで敷き詰めています
 墓道の下には、幅40cmの排水溝が造られていました  

 石室は、幅3m・奥行き3.5m・高さ2.6m
 天井石の内部はきれいで、天井石と床石を組み合わせる窪みの穴には、均質な面を得るために施された漆喰が残っていたそうです

越塚御門古墳の現状
★所在地;高市郡明日香村大字越小字塚御門194
★交通;近鉄飛鳥駅下車 徒歩20分
★駐車場;なし
★入場料;埋め戻されています
★問合せ;

 宮内庁が比定している皇極・斉明天皇陵大田皇女墓は南西3kmほどの丘陵地に有ります


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竜田御坊山古墳群

2012年07月25日 | 古墳
橿原考古学研究所付属博物館の庭に展示されている竜田御坊山3号墳の石槨
 竜田神社の裏山で見つかった古墳です 撮影日;2012.07.15

 1965年に、宅地造成中に発見された
 御坊山は『御廟山』がなまったものとされ、古くから皇族の墓所としての伝承が有ります

 斑鳩の古墳では、もっとも新しい時期に作られ、7世紀初期~中頃の築造です

 1号墳は、竪穴式石室状遺構を確認
 2号墳は、横穴式石室で、家型石棺の一部が出土しています
 3号墳は、径8m・高さ2.5mの円墳で、横口式石槨が見つかりました

 3号墳の横口式石槨:花崗岩製で、底石・蓋石・閉塞石の3石からなります
 底石は長さ2.78m・中央部の幅1.44m・厚み0.56m
 蓋石と組合わせる為、凸基部を作りその上に箱型に刳り抜いた長さ2.75m・1.58m・厚み0.77mの巨石を被せてあります 
 南側の閉口部はL字型に加工した閉塞石で封じられていました

 石槨内部は奥行2.25m・幅0.7m・高さ0.52mの空間です
 内部に黒漆塗りの陶棺が納められていました
 長さ1.56m・幅0.46m・高さ0.47m
 中に身長150cmの成人男子の人骨一体分がほぼ完全な状態で残っていました
 
 副葬品は、琥珀製枕・蓋付きの三彩(緑袖)円面硯・管状のガラス製品などです

博物館内に展示されている竜田御坊山3号墳陶棺と副葬品

 3号墳の横口式石槨は、橿原考古学研究所付属博物館の庭に展示されています
 博物館内には、内部にあった漆塗陶棺や副葬品が展示されています 

★所在地;生駒郡斑鳩町竜田北1丁目
★交通;JR法隆寺駅より バスで竜田神社前下車 徒歩5分
★駐車場;なし
★入場料;古墳の痕跡は有りません
★問合せ;0744-24-1185(橿原考古学研究所付属博物館


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來田家住宅離れ

2012年07月24日 | 文化財
來田家住宅の門
 大阪の紙問屋・来田甚太郎さんが建てた別荘です 撮影日;2012.07.13 

 大正3年の建築です
 1階を和風・2階を洋風とした折衷建築
 1階は6畳と8畳座敷の2室で、2階は10畳洋間1室とする
 2階外部はドイツ壁風の仕上げで、出隅部にコリント式の角柱形を付ける
 内部煖炉廻りの精巧な人造石仕上げや漆喰装飾などにも見所がある
 一階は床の間のある和風、二階は暖炉のある洋風と珍しい建物で日常に使われている

 平成18年に国の登録有形文化財に指定されています

★所在地;生駒郡斑鳩町五百井1-3-26
★交通;JR法隆寺駅下車 徒歩10分
★駐車場;なし
★入場料;見学不可
★問合せ;


参考;やまと建築詩のページ

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オスゲ古墳群

2012年07月23日 | 古墳
移築されているオスゲ10号墳
 大和三山を見渡せる眺めのよい場所に築かれていました 撮影日;2012.07.15

 下高家と山田の境、米川の西岸の丘陵地で造成中に見つかった古墳群です
 10~20mほどの円墳13基で構成されていました
 すべて消滅しています(現状は、畑地になっています) 

 オスゲ10号墳「14D-415」の石室は橿原考古学研究所付属博物館の庭に移築され、見学できます
オスゲ10号墳の石室
 自然石の石材で石棺状の玄室を作り、その前に羨道を取り付けた簡略化された横穴式石室です
 全長4.1m、幅1.6m
 遺物として鉄釘が見つかっているので、木管が納められていたようです
 (羨道の東壁は後補です)

 3号墳から、鉄製品(鉄鏃・鉄釘・刀子・針・ヤリガンナ・鑿・辻金具)
 5号墳から、須恵器・鉄鏃・鉄釘・銀製耳環
 7号墳から、土師器・須恵器・刀子・鉄釘・金銅製耳環・銀製耳環などが見つかっています

オスゲ古墳群の現状
★所在地;桜井市高家・山田
★交通;近鉄桜井駅より バスで安倍小学校前下車 徒歩10分
★駐車場;なし
★問合せ;0744-24-1185(橿原考古学研究所付属博物館


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おおくぼ まちづくり館

2012年07月22日 | 名所
おおくぼまちづくり館の門前
 大正9年(1920)に洞村から大久保町に移建された住宅です 撮影日;2012.07.15

 橿原市が旧丸谷家住宅を移築して、大久保地区のまちづくりの歩みの学習や人権学習などをすすめるため、歴史資料室/学習室等として平成14年に整備しました

 移転前の洞村の模型が当時の写真とともに展示されています
 大久保町の町づくりの歴史が紹介されています
 洞村の主な産業だった「下駄表づくり」と「靴づくり」の製造工程と技を実物資料とともに紹介しています 

おおくぼまちづくり館の北側・公園と駐車場

 大久保地区は、大正6年~9年にかけて国の方針など(「神武天皇陵」の改修拡張工事)により洞村からの全村移転でまちづくりをおこなった歴史があります
 昭和60年より小集落地区改良事業によって、よりよい住環境づくりをするため第2回目のまちづくりが実施されました
 参考;邪馬台国の会のページ(第225回 神武天皇陵の謎)

★所在地;橿原市大久保町40-59
★交通;近鉄畝傍御陵前駅下車 徒歩5分
★駐車場;有ります(無料4台)
★入場料;大人100円 (18歳未満無料)
★休館日;月曜日
★開館時間;9:00~17:00
★問合せ;0744-22-4747



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辰巳家住宅

2012年07月19日 | 文化財
辰巳家住宅
 西里の大地主の家柄です 撮影日;2012.07.13

 明治末期頃に貴族院議員を勤めた辰巳楢太郎氏が十年の歳月をかけて建設しました
 主屋(2階建・入母屋造・桟瓦葺)は、間口約30mに及ぶ大型の建物
 1・2階とも床棚を備えた座敷を配します
 外観は、当地方の民家の形式を踏襲する
 内部は良材をふんだんに使い、格調高い書院の意匠でまとめられた近代和風建築です

 平成13年4月24日、国の登録有形文化財に指定されました

 長屋門・茶室・渡り廊下・一の蔵・二の蔵・三の蔵・炭小屋・納屋・一の米蔵・二の米蔵・三の米蔵・土塀が同時に県の登録有形文化財に指定されています

 大正4年の建築です
 三の蔵のみ江戸時代後期の建築です

 黒漆喰塗の長屋門を、白漆喰塗の各蔵、繊細な意匠の茶室など
 いずれも丁寧なつくりの建築です
 外周は精緻に組まれた亀甲積石垣の上に、桟瓦葺屋根をのせた土塀を巡らしています

★所在地;生駒郡斑鳩町法隆寺西1-1826-1
★交通;JR法隆寺駅下車 徒歩20分
★駐車場;なし
★入場料;非公開です
★問合せ;

 法隆寺南大門から藤ノ木古墳に向かう道筋に位置しています


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石上北A9号墳

2012年07月13日 | 古墳
石上北A9号墳の移築石室
 天理東インター南側に小石室が保存されています 撮影日;2012.07.08

 ≪訂正≫石上北A5号墳としていましたが、石上北A9号墳「8D-347」の竪穴式小石室のようです
 石上豊田古墳群の東端に有る「8D-351」です
 径10mほどの円墳だったようです
 須恵器・土師器・金環・鉄鏃などが出土しています
 横穴式石室が移築保存されています


 石上・豊田古墳群は平尾山丘陵に広がる古墳群です
 この古墳群は物部氏の奥津城と言われ、5世紀~7世紀に築かれた古墳で構成されています
 100m前後の前方後円墳『石上大塚古墳ウワナリ古墳岩屋大塚古墳別所大塚古墳』など大小150基以上の古墳が有ります 

★所在地;天理市石上町
★交通;JR櫟本駅下車 徒歩45分
★駐車場;なし
★入場料;見学自由(交通量が多いので注意が必要です)
★問合せ;

ここに有ります

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小原のツチンド・笠塔婆

2012年07月06日 | 石造物
つちんど墓地笠塔婆
 鎌倉時代後期の笠塔婆です 撮影日;2012.06.29 

 小原のツチンド(辻堂墓地)に二基の笠塔婆が立っています
 父の祐盛が永仁6年に亡くなり、その翌年には母も亡くなった為、子息の道仏が一基は母の往生を願い、もう一基は父の一周忌供養の為に造立しました
 総高237cmで、花崗岩で造られています
 宇陀市指定の文化財です

つちんど墓地 つちんど笠塔婆説明版

 笠塔婆の後ろに建つ阿弥陀三尊石仏も宇陀市指定の文化財です
 三尊を各々別石で刻んだもので、亡き父親 祐盛のため子息の道仏が造立しました

 中尊は、笠石が載っています
 中尊は像高128cm、向かって左側の光背面に「永仁六年(1298)、戊戌、六月十六日 為過去祐盛造立之」の刻銘があります
 向かって右側の脇侍は観音菩薩立像で、像高は85cm
 左側の脇侍は勢至菩薩立像で、像高は85cm

つちんど墓地の阿弥陀三尊

★所在地;宇陀市室生小原
★交通;近鉄室生口大野駅より
★駐車場;なし
★入場料;墓地にはフェンスが有りますが、開けて入れます
★問合せ;


 参照;つちんど墓地阿弥陀三尊石仏:石仏と石塔のページつちんど墓地笠塔婆 :石仏と石塔のページ

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浄福寺のクロガネモチ

2012年07月05日 | 巨樹
浄福寺のクロガネモチの巨樹
 よく見かける樹ですが、これだけの巨樹は珍しい 撮影日;2012.06.29

 樹高はおよそ15mで幹周り3m
 推定樹齢400年とされます

 クロガネモチは関東以西本州・四国・九州・琉球、台湾・朝鮮南部・中国の暖地に生育する常緑高木です
 雌雄異株で、雌株には赤い果実がたくさんつくので、庭園木や街路樹などに植栽されています
 
 名前が「金持ち」に通じて縁起がよい、と庭木に好まれるようです 

浄福寺のクロガネモチの幹
★所在地;奈良市中町2215
★交通;近鉄富雄駅より バスで「藤の木」下車 徒歩5分
★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;


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