奈良の名所・古跡

行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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塞の神石碑

2012年04月25日 | 碑・塚
塞の神石碑
 この碑は道祖神だそうです 撮影日;2012.04.15

 高さ103cmの緑泥片岩に『塞神守護』と彫られています
 民間信仰を伝える貴重な民俗資料として、下市町の文化財に指定されています
 (昭和50年の指定)

 塞の神は道祖神であり、境を護る神でもあり、また悪疫悪霊の入り込むのを遮る神として、古くから信仰されていたそうです

塞の神石碑と堂 塞の神石碑の説明版

★所在地;吉野郡下市町新住
★交通;近鉄下市口駅下車 徒歩20分
★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;0747-52-1711(下市町教育委員会)

 碑の建っている分岐を登っていくとの森が広がっています


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才谷の稲荷桜

2012年04月23日 | 巨樹
才谷の稲荷桜
 才谷の集落を守るヤマザクラの巨木です 撮影日;2012.04.15

 樹齢およそ350年
 幹廻り4.16m
 4月中頃に咲くそうです
 根元付近には、名前の通りお稲荷さんが祀られています

 過去にNHKで紹介されたことがあるそうです
 旧才谷小学校跡集会所前の桜も綺麗です 

才谷の稲荷桜遠景 渦巻くような稲荷桜の太い幹
★所在地;吉野郡下市町才谷480
★交通;近鉄下市口駅より 黒岩行きバスで才谷下車 徒歩10分
★駐車場;有ります
★入場料;見学自由
★問合せ;


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才谷の一本杉

2012年04月22日 | 巨樹
才谷の一本杉根元
 蓮如上人の御手植との伝承が有ります 撮影日;2012.04.15

 文明7年(1475)植樹と伝わる古杉です
 「蓮如上人御手植之杉」の石碑が置かれてあります
 平成9年に、奈良県の保護樹木の指定を受けました

才谷の一本杉 才谷の一本杉石碑
 蓮如上人が下市巡教の時、和田衛門次郎正頓という者が、各所で上人の聴聞を重ねたそうです
 和田夫妻は念仏信者として、法名「釈慶空、釈尼妙祐」と賜り、蓮如上人染筆の名号を本尊として念仏の道場を開きました
 それが、現在の「西照寺」です 

★所在地;吉野郡下市町才谷峠
★交通;近鉄下市口駅より 岩森行きバスで才谷下車 徒歩25分
★駐車場;スペース有ります
★入場料;見学自由
★問合せ;

 才谷のバス停付近から吉野山(大日寺勝手神社附近)へ抜ける道の途中の峠に有ります


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白もくれんの里

2012年04月21日 | 名所
白もくれんの里1

 白もくれんが群集する山村です 撮影日;2012.04.15

 桜が満開になる頃と同じ頃に満開になります 

白もくれんと蛍の里看板 白もくれんの里2
白もくれんの里3 白もくれんの里4
白もくれんの里5 白もくれんの里6
白もくれんの里7 白もくれんの里8

★所在地;吉野郡下市町立石・才谷
★交通;近鉄下市口駅より バスで「才谷」下車
★駐車場;スペース有り


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榛原愛宕山古墳

2012年04月20日 | 古墳
愛宕山古墳墳頂
 明治32年に三角縁神獣鏡などが見つかった古墳です 撮影日;2012.04.08

 全長37mの前方後円墳です(遺跡地図の「15B-65」)
 後円部径27m・高さ4~6.7m、前方部最大幅11m・高さ1~1.3m
 「米山古墳」とも呼ばれます(山内に小規模な円墳がいくつか有ります)
 山頂(愛宕山古墳の後円部)には「三社大神」が祀られています

 埋葬施設は竪穴式石室か竪穴系横口式石室とみられています
 (括れ部に窪みがあり、石材らしき石が残っています、埋葬施設跡でしょうか?)

 築造は5世紀後半とされています

愛宕山古墳説明版 愛宕山古墳墳丘
 明治32年11月26日、石材採取のために地主の松浦富三郎氏が裏山の頂上を発掘した際に古鏡その他数種類の古器類を発見しています
 後漢後期に鋳造されたと推定される神人画象鏡・鉾・槍等が出土
 鏡には「王氏作竟佳旦好、明而日月世之保、服此竟者不知老、寿而東王父西王母山人高赤松保二親、宣□□」の銘文が記されています

★所在地;宇陀市榛原上井足・下井足 MAP
★交通;近鉄榛原駅下車 徒歩15分
★駐車場;なし
★入場料;見学可
★問合せ;


米山:中央の茶色い屋根の裏手に古墳への参道が有ります

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東タニノガイト古墳

2012年04月19日 | 古墳
東タニノガイト古墳
 山腹斜面に築かれた古墳です 撮影日;2012.04.08

 「威徳王神社」の背後100mほど登った所に有ります 
 遺跡地図の「15A-202」です
 径8m・高さ2mほどの円墳です
 
 横穴式石室が開口しています
 石室天井石・羨道天井石のほとんどが無くなっています(一枚ずつ残っています) 
 石室長さ約2.7m・高さ約1.8m
 羨道長さ現存部分約2m・幅約1m・高さ約0.7m

 築造は古墳時代後期頃でしょう

東タニノガイト古墳羨道部 東タニノガイト古墳羨道内
東タニノガイト古墳奥壁 東タニノガイト古墳天井石

 すぐ西横に「15A-40」も有り、横穴式石室と有りますが? 

★所在地;宇陀市大宇陀麻生田 MAP
★交通;近鉄「桜井」駅より 大宇陀行きバスで「麻生田」下車 徒歩8分
★駐車場;威徳王神社前にスペース有り
★入場料;見学自由
★問合せ;

 威徳王神社の横にコンクリートの道が続いています
 5分ほど登って行くと、北へと続く細い脇道が有るので、そこを10m行くと左手に墳丘が有ります
 草で覆われていて、開口部が少し見つけづらいです



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北八木町の河合家住宅

2012年04月18日 | 文化財
河合鋭冶家住宅
 江戸時代の町屋で、平成21年に有形文化財に登録されました 撮影日;2012.04.08 

 河合鋭冶家住宅は「八木札の辻」の北側に位置し、広大な敷地に建ちます
 軒が低く、段違いの棟と大屋根を持っている大規模な古民家です
 天保13年(1842)八代目の河合庄九郎の頃には「絞り油屋」を営んでおり、建物自体があったと推測されます
 安政6年(1859)の九代庄九郎の頃には庄屋となり、「両替商」も営んでおり、「隠居所」「内蔵」ができていたことがわかっています

 南隣りに河合源七郎家が有ります
 初代河合源七郎によって、明治20年代後半に町屋として主屋を建築
 さらに大正時代に、離れ座敷や茶室が増築されました
 旧街道「下ツ道」に面して、蔵の妻面「貴賓口」を挟んで重厚な「出桁造」・漆喰塗込の主屋、高い境界塀と変化あるファザードを持つ民家です 

河合源七郎家 河合源七郎家の南にある芭蕉句碑

★所在地;橿原市北八木町2-155
★交通;近鉄大和八木駅下車 徒歩8分
★駐車場;なし
★入場料;外観のみ見学可
★問合せ;0744-29-5902(橿原市文化財局文化財課)


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東・西の平田家

2012年04月17日 | 文化財
東の平田家
 「八木札ノ辻」を挟んで東側と西側の平田家があります 撮影日;2012.04.08

 江戸時代に旅籠を営んでいました
 「八木札ノ辻」は、古代大和の主要道路「下ツ道」と「横大路」との交差点です
 江戸時代中期以降、伊勢参りや大峰山への巡礼などで、特に賑わったようです

建築年代:18世紀後半~19世紀前半

西の平田家
 嘉永6年(1853)に描かれた『西国三十三所名所図会』に六角形枠の井戸を中心とした町の賑わいが描かれています
 絵図には東の平田家と西の平田家も描かれ、どちらも南側が入母屋造で、2階街道筋に手摺りが回されている様相は、今もその面影をよく残しています
 また、西側の平田家の2階の客間に露出した梁があり、その梁に天保4年(1833)の宿泊者の悪戯書きが残っているそうです

 明治時代の当主・平田嘉十郎(嘉重郎)は、2軒の旅籠と料理店・魚問屋も経営していたそうです 

八木札ノ辻 六角形枠の井戸

★所在地;橿原市八木町2丁目1-1
★交通;近鉄大和八木駅下車 徒歩8分
★駐車場;なし
 東の平田家は改修され「八木札の辻交流館」として2012年7月14日から一般公開されています
★入場料;無料
★休館日;月曜日
★問合せ;0744-29-5902(橿原市文化財局文化財課)


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八木接待場の太神宮灯籠

2012年04月16日 | 石造物
太神宮灯籠
 今の場所から東へ200mの「接待場(センタイバ)」と伝承される場所に有った石灯籠です 撮影日;2012.04.08

 高さ2.28mで、明和8年(1771)の銘が有ります
 本来の方位から45度傾いているそうです
  
 現在、横大路に面した住宅の間に接待場跡が残っています
 以前はこの接待場跡におかげ灯籠と金比羅灯籠の二基の常夜灯が有りました
 (おかげ灯籠は、伊勢神宮までの道先案内として街道筋に設置された太神宮灯籠のことです)
 この灯籠が立てられた明和8年は、おかげ参りが大流行した年で、その数は200万人にも達したそうです

横大路と太神宮灯籠
★所在地;橿原市八木町1丁目
★交通;近鉄大和八木駅下車 徒歩2分
★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;


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旧六十八銀行八木支店

2012年04月15日 | 文化財
旧六十八銀行八木支店
 県南部の現存する最古の鉄筋コンクリート造の1つです 撮影日;2012.04.08

 平成18年度に登録;旧六十八銀行八木支店(旧和歌山銀行橿原支店)
 現在はウエディングレストランとして活用されています「La BANK」
 近代建築の優美さと重厚なたたずまいで、道行く人々の目を止めます

 昭和3年竣工、設計は元奈良県技師・舟橋俊一氏です
 国道165号線沿いに建っています
 両翼を薄く張り出したルネッサンス風の形態で、中央部の玄関とその上部の半円形窓の左右にイオニア式の円柱を配しています
 幾何学的な細部や玄関廻りタイルの芋目地貼等に新味が認められます

 六十八銀行は旧郡山藩主柳沢保申が明治12年(1879)に提唱した国立銀行です
 その後、昭和9年(1934)に吉野銀行・八木銀行・御所銀行と六十八銀行は合併し、現在の南都銀行となりました
 昭和38年からは和歌山相互銀行橿原支店(後に改組により、和歌山銀行橿原支店)として使用されていましたが、支店統合で橿原支店消滅となりました
 一時は、映画館としても使われたそうです 

★所在地;橿原市八木町1-501-2
★交通;近鉄八木西口駅下車 徒歩3分
★駐車場;なし
★問合せ;0744-29-5902(橿原市文化財局文化財課)


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